ポップの軍勢、つまり帝国軍来たるの報は、ベンガーナにも伝えられた。復讐に狂う情け容赦の無いポップである。城中の者も領民も震え上がった。
帝国軍が来る前に国から逃げ出すものもいたが、それを予想していた帝国軍の参謀サリーヌは前もって、精鋭部隊を城の周りに配備していた。そして国を逃げ出したものは、生首になって再び国に戻された。逃げた人間すべてがそうなったことは、さらに領民たちを恐怖に陥れた。つまり開戦前から逃げ出せる余地が無いほど帝国軍は周りをすでに囲んでいると云うことなのだ。
海沖に帝国軍の本隊が船影を見せ出した。アキーム元帥率いる海軍が迎え撃つ。
「何という軍勢だ…水平線が船影で埋まってしまった。我々がここで食い止めなければ、ベンガーナは終わりだ!」
アキームはゴクリとつばを飲み、叫ぶように号令した。
「撃てえ―――――!」
大海原にベンガーナ海軍の大砲の轟音が響く。ポップは旗艦の玉座に座りながら、目をキラリと光らせた。するとアキーム軍が撃った大砲の弾は帝国軍の船団に到達する前に消滅してしまった。
「さすがですわ」
ポップの横にいたエイミは言った。そしてポップは低い声で旗艦の運用を任していたサリーヌに命じた。
「サリーヌ、撃ち返せ」
「ハッ」(偉そうに、ちきしょう…)
帝国軍の艦隊から反撃の大砲が炸裂。ベンガーナの海軍の大砲よりはるかに優れた性能を持つ大砲は、確実にアキームの船団を破壊した。そして旗艦の大砲発射と同時に左右の船団も連動してつるべ打ちに発射した。
陸路でも旗艦の大砲を合図にヒム、ラーハルトの軍勢が城下に突入した。ベンガーナ海軍の船団は開戦よりわずか三十分で壊滅し、アキームの旗艦とボロボロになった数艦が何とか命からがら撤退した。
城下はほとんど焼け野原と化した。ベンガーナ自慢のデパートも跡形も無い。そして生き残った領民は城へと避難した。ヒムとラーハルトは作戦通り、その焼け野原に陣を張った。ポップは港をすべて帝国軍の軍船で埋め尽くした。ベンガーナ城は囲まれた。
船団をエルフ族の兵士長に任せ、彼はエイミとサリーヌを伴いベンガーナに上陸した。そして部下に城の外周に線を引くことを命じ、引き終わったその線に軽く触れた。
「ラナルータ!」
光の結界がベンガーナ城全体を包み込んだ。そして直径十メートルほどの簡易太陽を作り、ベンガーナ城の上空に放った。灼熱地獄のお膳立ては終わった。ヒムとラーハルトが設営した陣を本陣とし、その帷幕に入ろうとするその時であった。
「あ、そうそう忘れるトコだった。領民の唯一の望みも絶たないとな…」
ポップは片手に魔力をため出した。
「メラゾーマ」
城地下の水脈を掘る動力源の大きな風車をポップは呪文一つで消滅させてしまった。
「ハッハハハハハッ!!」
ポップは満足気に帷幕の中に入っていった。父ジャンクがかつて鍛冶屋として仕えたこのベンガーナを今、その息子のポップが滅ぼしにきたのである。
◆ ◆ ◆
帝国軍がベンガーナ城を囲んで、十日が過ぎた。毎日四十度を越す灼熱地獄。これが終わることなく続くのだ。夜も来ない。まさに地獄であった。
「…そうか、食料も底をついたか」
ベンガーナ王、クルテマッカ七世は心痛に言った。
「十箇所あった井戸も底を尽きました…領民は次々に弱りきり…ほぼ全滅です…」
アキームは無念極まる声で王に報告した。
それとは対象に、結界の外の帝国陣からは笑い声が絶えず聞こえてきた。毎日酒宴を開いているようなのだ。
陣の中央にあるポップの帷幕からは女たちの歌と踊りの音曲が絶えず、兵士たちは酒と肉に酔い、戦時というより、まるで祭りを楽しんでいるようである。これもサリーヌの策だった。狙いは二つ。
城内の敵にこちらの天国を見せて、士気を激減させる事。またベンガーナに『帝国は油断している』と思わせ、夜襲を誘う事である。実を言うと帝国側は交代で夜襲に二個師団備えていたのだ。ポップに油断は無かった。『窮鼠、猫を噛む』の例もある。
一度だけ、アキーム率いる決死隊が夜襲をかけたが、さんざんに打ち破られた。それにより、一層、士気は激減。帝国は勝利に酔い、士気は上がる。
ポップの作った簡易太陽により、城内は灼熱地獄。外の帝国軍は過ごしやすい温暖なベンガーナの気候を楽しみ、陣の中で相撲をとったり、剣舞を競ったりしている。女兵士などは浜辺に出て水着になりボール遊びに興じているほどだ。まさに外は天国。内は地獄であった。兵糧攻めを始めて、わずか数日で城の食料は無くなった。
城下を焼き払い、領民を城へと避難させて食料の削減を図ると言うサリーヌの策は兵糧攻めの定石ではあるが、それは見事に的中した。水も枯渇し領民は自分の小便まで飲み、庭園の雑草まで食べ、死んだ家畜や人間の肉まで食べた。それでも足りず、ついには同胞まで殺してその肉を食らう有様であった。
「何人…残っているのだ?」
「およそ百人…」
「フッ…ハッハハハハ!世界一裕福な国ベンガーナの国民がいまや百名か!」
クルテマッカ七世の空しい笑いが国王の間に響いた。
「陛下…この上は降伏しかございますまい…ご決心を…」
そのようなことは、とうに彼とて考えた。しかし命令を出す気にはなれなかった。彼にはポップが降伏を受け入れるとは思えなかったのだ。使者として向かった者は絶対に殺される。そう読んでいたのである。しかし今はわずかな望みに賭けるしかない。もはや選択の余地はなかった。
「アキーム…そなたはポップと面識があったのう。降伏の使者として彼奴めの陣に赴いてくれるか…。危険な役目だがその方しかおらぬのだ」
「御意…」
アキームの妻子はヒムとラーハルトが攻めてきて城下に火を放った時に亡くなっていた。火にまかれ、黒焦げの死体となっていたのである。アキームは使者として陣に赴く直前、自室で毎日つけていた日記を書いた。日記はこう締められていた。
(この上はあの世で妻と子供たちと会う事だけが私の望み)だがその文の手前に(あの悪魔と刺し違えても…)と云う言葉が書かれ、そしてそれをペンで黒く塗りつぶした形跡があった。
本陣の帷幄に設けた浴室に入っていたポップに伝令が入った。
「申し上げます」
「なんだ」
「白旗を掲げた使者が本陣に向かっております」
マーメイド族の戦士テティスが浴室のドアの向こうでポップに報告した。
「わかった。すぐに行く」
湯船から出たポップは愛妾にしている2人のエルフの少女に命じた。
「服を」
「はっ」
2人は手慣れた所作でポップの体を拭き、そして魔法の法衣を着用させ、その上に魔道士のマントを羽織らせた。その2人のエルフはどことなく少女期のマァムとメルルに似ていた。
「ご苦労であった。必要な時はまた呼ぶから、自分の持ち場に戻るがいい」
そういうとポップはテティスの示す方向に歩きだし、エルフたちは後ろ姿のポップに礼を表していた。
ポップは帷幕の中ではなく、外でアキームと相対した。アキームは単身でポップの本陣を訪れた。自分の前にひざまずくアキームに
「少し痩せたようだな。アキーム殿。禿げ頭は相変わらずのようだが…」
と皮肉を交えた言葉を投げかけた。アキームはその言葉に返答せず用向きを話し始めた。
「これが我が王、クルテマッカ七世の書状でございます」
王の書状をポップに両手で差し出す。エイミがそれを受け取りポップに渡した。ポップがその書簡を読み始めたその瞬間!
「魔王!覚悟!」
背中に隠しもっていた短刀でアキームはポップを刺殺せんと襲い掛かった。だが同時にポップの目が光った。短刀を持った腕ごと真空の刃によって切り落とされたのである。
「ぐああああ―――――!!」
アキームはその場に倒れ込み、その激痛にのた打ち回った。
「アキーム殿、それじゃあ降伏の使者失格だな…」
自分の命と引き換えに、残りの領民の命を助けて欲しいと云う嘆願が記されていた書状をポップはアキームを見下ろしながら破り捨てた。
「城に戻り、王に伝えよ。降伏は許さん。そのまま死ね、とな。おまえたち人間はダイやヒュンケル、マァムへの恩を忘れるようなゴミ屑。存在の価値は無い」
ポップもそして左右の者たちもアキームを見下ろし、嘲笑を浮かべていた。
「くそっ 殺せ!もはやこの後に及んで命なぞ惜しいものか!とっとと殺せ!だがいつか、いつかお前は殺されるのだ!お前たちがバーンを倒した時と同じように、必ず立ち上がる人間が出てくる!その者にお前は殺されるのだ!」
「そんな人間がいたら、討たれてやってもいいがな…」
ポップは倒れているアキームに手を向けた。
「さらばだ…アキーム殿。個人的には俺は貴方を嫌いじゃなかったよ」
ポップの手が怪しく光りだしたその時であった。ひとつの闘気弾がポップめがけて飛んできた。すさまじい威力のものである。だがラーハルトが魔槍でそれを軽く振り払った。
アキームに呪文を放つ姿勢のまま、ポップは闘気弾が放たれた方向を見た。陣からやや離れた小高い丘。そこにはクロコダインとチウがいた。
「ヒュウ」
ヒムは口笛を鳴らした。
「クロコダイン殿…」
クロコダインはアキームの無残な姿を見て、いっそう怒りを露にして吼えた。
「ポップ!」
大地が響くような轟声でクロコダインはポップを一喝した。
「貴様の悪鬼がごとき所業、もはや座視しているわけにはいかぬ!獣王の怒り、とくと思い知るがいい!」
ポップに気を取られている時、チウが叫んだ。
「クロコダインさん!右!」
ポップの側から離れたエイミがクロコダインめがけてメドローアの構えを取っていた。
「死ね」
エイミの目はクロコダインがかつて知っている温和な女のものではない。さながら鬼女。そして両の手に形成されているそれは紛れもなくメドローア。
「クッ」
クロコダインはメドローアの直撃を避けつつ、丘から下りた。するとエイミはその避けた先に再びメドローアを放った。
「連発だと!?」
かつてポップさえ容易にはできなかったメドローアの連発を容易にエイミはしてのけた。クロコダインはまだ体勢が整っていなかった。
「クロコダインさん!」
チウが小さな体をクロコダインにぶつけて避けさせる。しかし、そのチウにメドローアが直撃した。
「うああああ――――ッッ!」
チウは一瞬にして消滅した。
「チウ!チウ―――!」
「フフフ、次は貴方がそうなる番よ。私たちの道を遮る者には死あるのみ…覚悟を決めなさい。獣王…」
残された片目から大粒の涙を流しながら、クロコダインはエイミのあまりの変わりように愕然とした。その後ろではアキームに手を向けたままのポップがクロコダインを見下ろすように笑っている。そして次の瞬間!
「ぐああああ―――!」
アキームの体は業火に包まれた。
「ふ…はははは…あーはっはっはっ!」
ポップは不気味にそして実に楽しそうに笑った。クロコダインは思った。今のポップはバーンに匹敵するほど、いやそれ以上の残酷な男だと。そしてクロコダインは死を覚悟したかのようにグレイトアックスの柄を強く握った。
「皆下がれ、彼の相手は私がしよう」
そういうと同時に一つの銀色の箱がポップの後ろに現れた。鎧箱だ。やがて開かれた箱からまばゆい光が放たれた。その光がポップを包む。鮮やかな金属の接続音が響いた。箱の中身はポップの装備であった。その装備はメタルキングの鎧と盾と兜。武器はブラックロッド。最後に王者のマントがポップを羽織った。
「さあ、行くぞ獣王」
ポップは魔法ではなく、肉弾戦でクロコダインに向かった。獣王に肉弾戦を挑む魔法使い。ありえない話だが、あえてポップはこの方法を取った。何故なら肉弾戦でもポップはクロコダインをはるかに凌駕していたからだ。ロン・ベルクが作ったグレイトアックスは同じくロン・ベルクが作ったブラックロッドに傷一つ付けられず砕け散った。ポップの魔力により変幻自在のこのロッドは今や最強の武器だ。
獣王会心撃もヒートブレスもメタルキングの装備の前には意味すらなかった。やがてクロコダインは沈んだ。大地に横たえ、もう指を動かす力も無いクロコダイン。そしてそれを見下ろすポップ。彼は息一つ乱してはいなかった。
「獣王が…魔法使いに肉弾戦を挑まれ…疲れさせる事もできなかったとはな…」
皮肉にも、かつてのロモス城での戦いと2人は逆の立場となった。
「さあ、とどめを刺すがいい…あの世からダイたちと共に、お前が復讐の先に何を得るのか…じっくりと見ているぞ…」
「オッサン、あの時俺にとどめを刺しかけたとき、『許せ小僧!』と叫んだっけな…」
「……」
「俺はそれを言わない…」
ポップはカッと目を開き、右手を空に掲げた。
「俺を絶対に許すな!獣王よッ!」
メラゾーマ、いやバーンのカイザーフェニックスに匹敵するほどの業火がクロコダインに放たれた。クロコダインは死んだ。
「サリーヌ」
「はっ」
ポップは何事も無かったかのように、部下に武装を解かせながらサリーヌに命じた。
「お前の配下に命じ、クロコダインとチウ。そしてアキーム殿を弔ってやれ」
「御意」
(私の隊に弔ってやれだと!?あんな黒焦げの死体になんか触りたくねえよ!だいたい弔うくらいなら、はなっから戦うんじゃねえや!そういうの偽善と言うんだよバーカ!)
とはいえ、幹部の中で一番の新参者は自分だ。とりあえず今は命令を聞くしかない。
(あーあ…あのワニ野郎は私の手で殺したかったのに…獲物を人間に取られるなんて魔族の恥さらしも良いとこだね…しかし肉弾戦でも獣王をはるかに越えるか…恐ろしい人間だよ…)
はあ、とため息をついてサリーヌは部下のモンスターに三人の埋葬を指示した。