ダイの大冒険異伝-火水の法則-   作:越路遼介

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ベンガーナの干殺し(前編)

 ポップの進攻はすでにパプニカで留まるものではなかった。もう彼には人間そのものが復讐の対象であったのだ。それはエイミやヒム、ラーハルトも同様だったかもしれない。破竹の勢いで各国に攻め入った。

 かつてクロコダインとの戦いの舞台となり、彼を討伐した後には国民に英雄と崇められた、あのロモス王国にもポップは攻め入り,あれほどに親交の深かったロモス王シナナをポップは何のためらいも無く魔法で焼き殺した。

 復興中であったリンガイアも落とされ、ノヴァの父、バウスン将軍も討ち死にした。ヒムのオーラナックルの直撃を受け、死体はもはや原型を留めてはいなかった。ポップはいつしか人々より恐怖と侮蔑をこめて『魔王』と呼ばれるようになった。

 

 ポップはリンガイアを本拠地と定めた。このころになると、旧魔王軍の血を好むモンスターたちが過去の敵対も忘れ、続々とポップの配下に加わりだした。また山奥や森の奥地にひっそりと住んでいたドワーフ族、エルフ族、ホビット族、海のマーメイド族もポップの貴下に加わった。

 それらの一族は人間に住処をことごとく奪われ、時には捕獲され見世物にされ、迫害を受け続けてきた。彼らの人間に対する憎しみたるや凄まじいの一語に尽きる。そんな彼らが人間であるポップを盟主としたのは、戦闘能力の凄さに加え、人間に対する憎しみが自分たち一族のそれさえ凌駕していたからだろう。

 

(ポップには一族全てで立ち向かっても絶対に勝ち目は無い。ならばむしろ彼の覇道に協力して領土をもらえばいいのではないか)

 

 これが四つの一族たちが出した結論であった。そしてポップは彼らに寛大さを示し、ドワーフ族にはロモス、エルフ族にはパプニカ、ホビット族には行きがけの駄賃で手に入れた旧アルキード王国の領土を与え、マーメイド一族にはバルジ島を始めとする世界の島々のいくつかを与えた。

 実際に四つの一族の非戦闘員はすでにそれらの領土に向かい、早くも復旧作業や町づくりに取り掛かっていた。空手形ではなくポップは実際に彼らに領土を与えた。ポップにとって、領土などどうでも良いのであろう。

 しかしそれにより四つの一族は本気でポップを自分たちの盟主と認め、ポップの軍隊の中枢を担うようになるのである。ポップは自分の本拠地となったリンガイアに新たな国号をつけた。

 

『帝国ディーノ』

 

 そして居城に『ディーノ・キャッスル』と名づけた。

 軍勢もエルフ、ドワーフ、マーメイド、ホビット、モンスターの連合で数万に登りポップは『魔王』と呼ばれ、幹部ヒム、ラーハルト、エイミは『魔将』と云う称号で呼ばれるようになった。

 

◆  ◆  ◆

 

 帝国ディーノが国の形を成しつつあり、次の標的はベンガーナ王国と定めたころ、ポップの元に美しい女の妖魔が訪れた。ポップはその妖魔を知っていた。

「お前は確か…」

 玉座に座っているポップにひざまずき、その妖魔は言った。

「私はサッキュバスのサリーヌ。陛下にお会いするのはこれで2度目にございます」

 

 数ヶ月前、カール王国に存在する破邪の洞窟。ポップはエイミと共に、とうとう最下層まで到達した。しかし最下層まで行ってもポップ自身が納得できる力は習得できなかったのだ。『破邪』と云う言葉が洞窟名に付く以上、洞窟内にある魔法、特技は『光』の呪文と技である。

 最下層にあった呪文は『マダンテ』であり、その前の階層にあったのは特技『アルテマソード』であった。これだけでもポップは単騎で数万の兵士に匹敵するほどの強さであろう。でも彼は納得しなかった。

「これじゃ駄目だ…まだ足りない…人間を絶滅させるには力不足だ…」

 デルムリン島に行くためエイミと一時別行動を取っている時であった。ポップはマァムと初めて出会った森の中で焚き火をして体を休めていていた。ポップは何かの気配を感じ、指先に魔法力をため出した。

「怪しいものではありません…。貴方様に単身で挑むほど私は愚かではございません」

 ポップは魔法をいつでも放出できるよう体を備えて言った。

「何か用か。モンスターよ」

 その妖魔は森の影からポップに姿を見せた。一糸纏わぬ美しい裸の女であった。しかしポップは顔色ひとつ変えない。妖魔は苦笑し、そして瞬時に服をまとった。

「失礼いたしました。私はサッキュバスでございますので」

「淫魔か。それで俺がお前に欲望したら殺されていたと云うわけか…」

「そうなりますわ。噂ではお好きと聞いていたので、ひっかかると思いましたが…座ってよろしいですか?」

 一見、幼さも見える女の妖魔であるが、漂わせる雰囲気は一級の魔法の使い手を感じさせる。深緑の瞳、亜麻色の長い髪、そして魔族の女であるのを象徴するかのような黒い翼。容貌から年齢は人間で言うなら十七、十八歳くらいと感じ取れるが、実質はロン・ベルクと同様に長きを生きてきた女と思わせる。

 妖魔はポップが野宿のため焚いていた火の前に視線を向けて横に座ってよいかとポップに訊ねた。ポップは返事をせず、浅く頷いた。

 

「破邪の洞窟を踏破されたのに、期待していたほどの力を得られなかったみたいですわね」

 ポップは火に目を向けて答えた。

「ああ…期待はずれだった」

「…破邪の洞窟。これに類する洞窟があると云ったらどうでしょう」

 ポップは初めてその妖魔の方に顔を上げた。

「これに類する…だと?」

「はい、魔界にも破邪の洞窟同様にいまだ踏破されたことのないダンジョン『大魔の洞窟』がございます。そこにある呪文や特技は魔のもの。破邪の洞窟の魔法と特技が光ならば、大魔の洞窟にあるのは闇の魔法と特技。光と闇、双方の力を究極まで会得できれば、あなたの望みも叶うかと」

 ポップは立ち上がった。

「よし、すぐに連れて行ってくれ」

「生還困難なダンジョンです。それでも行きますか?」

「もちろんだ」

「ずいぶん簡単に私の言葉を信じますのね。私があなたに罠を仕掛けているとは思わないのですか?」

「罠なら罠でいい。破邪の洞窟と類似した洞窟なら、どのみち罠だらけだろう。かまわない。連れて行ってくれ。今すぐだ」

 ポップはかたわらに置いてあった大きい袋を持ち、妖魔にすぐに出かけることを促した。

 

 魔界。大魔王バーンの元々いた世界であり、冥竜王ヴェルザーが現在も封印されている場所。ポップはそこに降り立った。

「ここですわ」

 妖魔はおどろおどろとした洞窟の入口を指さして言った。

「すまない。後日に礼はする」

ポップは再び単身で広大な洞窟に入っていった。破邪の洞窟を突破したわずか一日後である。

「後日に礼はするだと?」

 ポップの姿が見えなくなると、妖魔サリーヌは嘲笑した。

「バーカ!人間のお前ごときが突破できるわけねえーだろ!後日なんてねえよ!罠なら罠でいいなんて余裕かましやがって!人間の貴様が踏破できるかよ、このタコが!」

 さきほどの慎ましさはどこへやら。彼女は舌を出し、目を剥き出しにしてポップをあざ笑う。

「お前をここに連れてくるのが最初から私の目的だったのさ!この洞窟で貴様を死なせるためにね!私と寝てりゃあ、いい気持ちのまんま死ねたのによ!馬鹿な奴!」

 そしてサリーヌは一呼吸置いて、魔界の空を仰ぎながら満足気に叫んだ。

「父上、兄上!復讐は果しました!ハーハハハハハハハッッ!」

 

 大魔の洞窟、誰も踏破したことのないダンジョンにポップは単身で挑んだ。破邪の洞窟より数倍困難な挑戦となった。ただの腕試し程度ならとうに屍となっていただろう。

 しかしポップは復讐の化身となっていた。この世でもっとも純然たる心情は憎悪の気持ちであることを証明するかのごとく、ポップは難関を次々と突破した。そしてそれごとに強くなっていった。

 バーンの特技であったカラミティウオール、天地魔闘、アルビナスの特技であったニードルサウザント、ミストバーンの特技であった闘魔滅砕陣、ザボエラの得意呪文マホプラウス、その他ジゴスパーク、れんごく火炎、しゃくねつ、輝く息と、もはや人智の及ばない呪文、特技をどんどん身に付けていった。

 また迷宮内にあるアイテムや武具もポップを強くしていった。そして彼は最下層に辿り着いた。わずか一ヶ月のことであった。もはやドラゴンの騎士か、もしくはそれ以上の力を身に付けポップはリレミトで迷宮より生還した。そして自力で魔界を脱出し、元の世界に帰ってきた。

 

 サリーヌはそれを知り、絶句した。ポップを殺すどころか彼のレベルアップに貢献してしまったのだ。彼女から見て、破邪の洞窟を突破した当時のポップにも自分はとうてい勝てないと悟っていた。ましてや大魔の洞窟を突破した今、自分はポップと戦っても瞬時に殺されるだろうと考えた。しかし彼女の心にあるポップへの復讐の炎は消せない。彼女はポップを殺すことをあきらめられない。

 ならばどうする…。彼女の出した結論。それはすでに魔王と化したポップの配下となり、油断をついて殺害するしかない。自分が美しい女であることを自負しているサリーヌは、いつかきっと自分に対してポップは油断を見せるだろうと云う確信にも似た思惑があった。そして彼女は父親が使っていたモンスターたちを再編成して軍団を造り、そのモンスター軍団を手土産にポップの配下となるべく、彼の居城『ディーノ・キャッスル』へと向かった。

 

 ディーノ・キャッスルで改めてポップと相対したサリーヌは、ポップの途方も無い強さを読み取り恐怖さえ覚えた。やはり今まともに戦ったら自分は瞬時にに殺される。ましてや彼の横には、あのヒムがおり謁見している自分を睨むように見つめていた。

 

「お前のおかげで、俺はより強くなれた。礼を言わねばと思っていたのだが、そちらから来てくれるとはな」

 おだやかな口調だが、ポップが漂わせる威圧は力が全ての世界で生きてきたサリーヌに恐怖感を与えるに十分であった。サリーヌはそれを悟られまいと必死だった。

「…では、その変わりと言っては何ですが、私を配下のモンスター軍団と共に陛下の部下としていただきたいのです…。魔力、武力は陛下や魔将たちに劣りますが、知恵ならお役に立てるかと」

 一瞬、沈黙が流れた。ポップはサリーヌの力量を測るがごとく彼女を見つめ、そしてヒムは相変わらず睨んでいる。彼女はその場から逃げたいのをこらえ、ポップの返事を待った。

「知恵か…。お前ならベンガーナをどう攻めるか?」

 サリーヌは即答する。

「はっ、兵糧攻めが宜しかろうと」

 それを聞き、ヒムは吹き出した。

「馬鹿なことを言うな。ベンガーナは世界一物資が豊富な国だぞ。城の庭園には自給自足ができるほどの田畑があり、風車で地下水脈から常に水も汲んで飲料水も尽きる事は無いと聞いている。ポップと俺たち幹部で一気に力攻めしたほうが早いぜ。おそまつな知恵だな」

 もっともな意見だが、サリーヌは引かなかった。

「魔将殿の言いようはもっともですが、ベンガーナをただ蹂躙するだけではつまらないのではないでしょうか?」

 ヒムが反論しないので、そのままサリーヌは続ける。

「ベンガーナは大砲を何門も所有しておりますので油断は禁物、力攻めでは少なからず、こちらににも討ち死にする者も出てきましょう」

 サリーヌは水が流れるように己が意見を披露する。智謀を自薦するだけあって言葉には自信が見られる。

「まず軍船のある港を制圧し、風車を破壊すれば飲料水は無論のこと、田畑の作物は育たず、自給自足もできません。さらに念を押すならば、城の周りに結界を張りラナルータの応用で、その場所だけ夜を来させなくするのもよろしいかと。灼熱の太陽を城に照らし続けるのです」

 一呼吸置き、サリーヌは笑って言った。

「さすれば、城中の井戸も数日で枯渇いたしましょう。水源はこれで完全に無くなります。何せ雨も降らないのですから。そして何より、一気に殺すよりじわじわとなぶり殺す事により、いっそう人間たちを追い詰めることができます。干殺しです」

 ヒムもだんだんサリーヌの献策に興味を示して聞き入った。ポップも玉座から身を乗り出して聞いている。サリーヌは手ごたえを感じながら更に続けた。

「城下を焼き払えば、領民は城に行くしかございません。城内にどれほど食料が備蓄されていても数日で無くなるのは必定。陛下の軍勢はいまや数万、ベンガーナを囲むことは容易です。それに苦しめてから殺すのが何よりの制裁かと。かつてキルバーンの謀略でドラゴン数体がベンガーナを攻めたとき、亡くなった勇者ダイ様は単騎でそれを撃破いたしました。なのに感謝の弁も述べず、化け物のように見る有様」

 サリーヌは自慢の亜麻色の長い髪を手櫛で流した。

「そんな恩知らずな連中には相応の罰を与えなくてはなりません」

 理路整然とサリーヌは兵糧攻めのメリットをポップとヒムに説いた。

「…面白い。その意見を採用しよう」

 あの時、ダイを異端視した領民をポップは苦々しく思っていたはず。サリーヌはそれを知っていた。だからポップのその感情を利用し、こちらの犠牲を払わずに勝つという兵法上、もっとも利点があり、もっとも敵を苦しめるという作戦を提示した。知恵者として見てもらうに十分であった。ポップに平伏しながらサリーヌはニヤリと笑っていた。

「面白いかねえ…どうもそういうじれったい戦いは俺には向かないぜ」

 ヒムは少し不満気だが、兵糧攻めのメリットは十分に理解したようだ。

「サリーヌ、お前を召し抱える。ベンガーナ攻めの作戦をさらに練っておけ」

 ポップは玉座より立ち上がり、サリーヌに命令を下した。

「ははっ!」

そうやって、今は私の前で踏ん反り返っていろ…。いずれその玉座こと私が取って変わってやるからね!)

 

◆  ◆  ◆

 

 ベンガーナ討伐の作戦の立案も完成し、いよいよ出陣となった。軍船五百、兵数は一万二千の大軍がベンガーナに向けて出陣した。軍旗にはダイのドラゴンの紋章を象ったマークが描かれ、旗艦ウィザードには大将のポップ、エイミそしてサリーヌが同乗した。

 陸路にはヒムとラーハルトが大将として軍勢を率いてベンガーナに向かった。歴史に残酷に記されている『ベンガーナの干殺し』は幕を開けた。


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