ここはランカークス村。大魔王バーン討伐後、ポップはしばらく諸国を旅した後、テラン王国に腰を落ち着けた。リンガイア、ロモス、ベンガーナと云った大国から客将として誘いを受けるが、かつて師マトリフがハドラー討伐後パプニカに仕えたが、さんざん虐められたと云う話を聞いていたため、あえて田舎の小国テランを選び客将として仕えていた。
城下に小さな家を建て、小さな畑を耕す。彼はそんな平和な日々を送っていたが、妻が身重となり、主君テラン王フォルケンに休暇をもらい、故郷に夫婦ともに帰ってきていた。
ポップの両親の喜びようは大変なもので、初孫の誕生を心待ちにしていた。
ポップの妻。名はメルルと云った。かつて大魔王討伐のおりにはポップを影日向と支えてきた美少女である。かつて同じアバンの使徒であるマァムに想いを寄せていたポップであるが、どうやら苦楽を共に出来ても平時を共にすることは難しいらしい。それはマァムにとっても同じで、バーンを討った後に2人は自然と疎遠となり、マァムはレオナに請われパプニカに仕え、ポップはメルルを妻にして今に至る。やがてメルルに出産の時がきた。
ベッドの脇で心配そうな顔をしている夫ポップにメルルは
「心配しないで、私…丈夫な子を産みます!」
と笑顔で言った。村の産婆やポップの母スティーヌが出産に取り掛かる。ポップの父ジャンクやポップは別室で心配するばかり。
そんな時、ポップに客が来た。パプニカ三賢者の一人、アポロであった。メルルの出産など知る由も無いアポロはポップを訪ねるなり、嬉々としてポップの手を握った。
「ポップくん!」
「アポロさん?」
この緊急時の突然の来客に、ポップは驚くが彼からもたらされた知らせは更に驚くべきものであった。
「ポップくん、ダイくんが見つかったぞ!」
アポロは満面の笑みで朗報をポップに知らせた。ポップは一瞬あぜんとし、自分の声で確認をした。
「ダ、ダイが!?」
ああ、テランの竜の騎士神殿に眠っていたのだ。昨日、テラン王からの知らせで姫自らが迎えに行き、もうパプニカに到着している」
ポップはあまりの嬉しい知らせに言葉が出ない。そして気持ちを落ち着けて、やっと言葉を発した。
「テランに…灯台下暗しとはこのことだな」
満面の笑みとなっていくポップ、涙も浮かんできた。
「でも…そうか、そうですか、ダイが、ダイが!」
と歓喜の思いを込めてポップは言った。アポロもまた嬉しそうに頷く。
「さあ、今からパプニカに行こう。今夜はダイくんの生還パーティーだ」
すると後ろから強い口調で『ポップ!』と怒鳴る声がした。父ジャンクである。
「ああ、親父分かっているよ」
「ポップくん?」
「ごめんアポロさん。メルルが俺の子供を産むためにいま頑張っている。ここを離れられない。大仕事を成し遂げた後のメルルをいっぱい褒めてあげたいんだ」
少しの静寂の後、アポロは申し訳なさそうに微笑んだ。
「これはすまない、知らぬ事とはいえ失礼な事を…でもポップくんとメルルの間に子供が生まれるとは…良い事は重なるものだね。これは皆にも知らせないと」
ポップは照れくさそうに微笑んだ。何せ師のアバンより先に父親になるのだから。
「わかりました。ダイくんはしばらくパプニカで過ごされるので事が落ち着き次第いつでもお越しを。奥さんのメルル殿も一緒に。みんな喜ぶよ」
「ええ、よろこんで伺わせてもらいます」
ポップはアポロに笑顔で答えた。
◆ ◆ ◆
復興中のリンガイアにいたヒュンケルもダイ帰還の報を使者から聞き、パプニカを訪れていた。アバンやフローラも心からダイの生還を喜び、その夜、城は盛大なパーティーを催す予定であった。主役のダイは少し照れくさそうだった。
「嫌だなあ、こんなに大げさにしないでよ」
周りの仲間たちも変わらぬダイの様子に安心して満足気だ。ダイはあの時、キルバーンと天に飛んで行った後の事は何一つ覚えていなかった。気がつくと竜の騎士の神殿だったらしい。
また、幸か不幸か、この時のダイにはドラゴニックオーラといった、竜の騎士のみが持つ超人的な力も失われていた。キルバーンの体内に埋め込まれていた黒のコアの爆発を相殺するため父バランと同様にドラゴニックオーラをフルパワーで放ち、地上の消滅を救ったダイ。
辛うじて命は助かったがバーンを倒したほどの力、すなわちドラゴニックオーラまでは戻らなかった。
ゆえに、今のダイには父バランと会ってから覚醒した竜の騎士の力はその身から消えている。おそらくはフレイザードと対峙した当時のレベルまで戦闘力は落ちているだろう。しかし平和となった世に、その力は必要ではない。ダイ自身も自分の力が失われた事など気にもしていなかった。
ダイ帰還の祝賀会が始められる時間まで、仲間たちはパプニカ城のテラスでテーブルを囲み、語り合った。久しぶりに会った仲間たちとの会話は尽きない。冒険当時の思い出や、ポップとメルルの子供ってどんな子だろうと云った楽しい話に花が咲く。
そんな時だった。気のせいか城下が騒がしい。城のテラスでダイとテーブルを囲んでいた者、全てがその異変に気づいた。
「何か騒がしいわね…」
とレオナは席を立ち、テラスから城門を見た。するとどうであろう。城門にはパプニカの領民たちが殺到していた。レオナはその光景に絶句した。
「な、なに?どうしたと云うの?」
その場にいた者、全てがテラスから城門を見た。信じられない光景であった。レオナは三賢者やマァムの補佐も得て、善政を敷いている。税金も適切な額だ。なのに領民は武器を持ち城門に殺到している。
「姫様――!姫様――!」
バダックか血相を変えてテラスまで走ってきた。テラスの入口でひざまずき、彼は報告した。
「城下の領民が蜂起いたしました!」
「見ればわかるわ!でも何故!」
バダックは一呼吸置き、ヒュンケルをチラリと見た。
「魔王軍の不死騎団長、ヒュンケルを討つべし…と」
その場にいた全員が言葉を失った。ヒュンケルもやや驚きの様子は隠せない。
「ヒュンケルを出せ――――!」
「あいつが攻め込んで来た時、俺の母は死んだのだ――!」
「私の兄さんを斬ったのはあいつの手下なのよ!」
「あの人殺しをここに出せ――――!」
城門からテラスに領民たちの恨みの声が響く。
そう、かつてヒュンケルは魔王軍の軍団長として、このパプニカを陥落させている。そのおり犠牲になった領民の数は計り知れない。
しかしフレイザードを倒した後、レオナは寛大とも言える処置でヒュンケルを許した。その後、ヒュンケルはレオナの言葉どおり正義の使徒として戦い、ついにはパプニカの軍人、武人たちも過去のいきさつは捨て、ヒュンケルを同志と認めた。
だが領民はどうか。国の当主や幹部が許したからといってそれを認めるだろうか。親兄弟を殺した者を許せるだろうか。世界に平和をもたらした戦士の一人、それで全て水に流せるほど人間は寛大であろうか。
「バーンの手から世界を救っても…人殺しの罪は消えんか…」
ヒュンケルは微笑を浮かべ、テラスから出ようとした。
「どこに行くのヒュンケル!」
エイミがヒュンケルを止める。
「待ってヒュンケル!バカなことしないで!なぶり殺しにされるわよ!」
エイミはヒュンケルの腕をつかみ、何とか止めようと必死であった。
「それはかつて俺が彼らの肉親や友にしたことだ。俺が彼らの立場でも…きっと許しはしないだろう」
ヒュンケルはエイミを振り払い、城門に向かっていった。少し遅れてアバンも追う。彼は今回の騒動の違和感に気付いていた。
「しかし妙だ。過去の経緯をからヒュンケルがこの城に来る事は内密にされていたのに…」
確かにアバンの云うとおり、不自然であった。彼らはどこでヒュンケルの来訪を聞いたのか。だが、そんな思案をさせるほど、状況はアバンに時間を与えなかった。
「あなた、考えるのはあとよ!ヒュンケルを止めないと!とにかく領民の前に彼を出しては駄目!カールにルーラで逃がしましょう!」
フローラがアバンに叫んだ。
「その通りだ!何としてもヒュンケルを逃がさなければ!」
同じくヒュンケルを追っていたダイやレオナもその言葉に頷く。
だが遅かった。
ヒュンケルは、振り払っても追いかけてきて止めようとしたエイミに当て身を食らわせ、早足で城門に向かい、すでに領民の前に姿を出していた。短慮とも思えるが、この国を一度は滅ぼしたと云う事実は今もってヒュンケルの負い目だったのであろう。だから彼は逃げもせず、隠れもしなかった。
「よく逃げずに出てきたな。この悪党!」
「何が正義の使徒だ!笑わせるな人殺しめ!」
憎しみのこもった罵声がヒュンケルに飛ぶ。ヒュンケルは目をつぶりながらそれを聞いていた。そしてダイやレオナ、アバンがその場に到着した。
「皆下がれ!それ以上の暴挙は国家反逆罪とみなします!」
レオナは領民に一喝した。たじろぐものも中にはいたが、先頭の領民たちは聞く耳持たない。家族を不死騎団に殺された怒りたるや凄まじい。
「姫様!貴女のお父上もこいつに殺されているのですぞ!何故庇うのですか!」
「大魔王を倒したのが何だ!世界を救ったのが何だ!俺は世界の平和より息子に生きていて欲しかったのだ!」
「…姫…もういい」
ヒュンケルはレオナの前に立ち、剣を地面に捨てた。
「さあ、好きにするがいい」
「だ、駄目よ、ヒュンケル!こんな形であなたが死んだらバーンを倒した事が一体何のためか分からないじゃない!それに少しはエイミのことも考えてあげたらどうなの!」
レオナは覚悟を決めているヒュンケルを叱咤するが、ヒュンケルは耳を借さない。
「もう、別れは言ってあります」
そのとき、先頭だった男たちが槍の穂先をヒュンケルに向けて突進してきた。
「死ねえ!この悪魔め――!」
「くたばれ―――!」
「弟の仇だ―――!」
…………
彼らの槍は人を貫いていた。だがそれはヒュンケルではなかった。貫かれた者の背中から鮮血が吹き出た。ヒュンケルは顔にそれを浴びた。
「……ダイ……」
その場にいたレオナ、マァム、アポロ、マリン、バダック、アバン、フローラそして遅れてやってきたエイミは目の前の光景を疑った。槍はダイを貫いたのだ。男たちの槍がヒュンケルに届くその刹那。ダイがヒュンケルの前に立ったのだ。そうヒュンケルを庇って。
「ダ―――――――イ!!」
ヒュンケルは叫んだ。ダイはほぼ即死の状態だった。槍を立てた男たちも呆然とした。パプニカの領民はヒュンケルを憎悪していても、ダイのことは敬愛し英雄と尊敬もしていた。その英雄を勇者を自分たちが殺したのだ。
「ダ…ダイ様を俺が…殺した?」
「勇者ダイ様を…!?」
領民も一度はそれで静まり返った。しかし
「勇者ダイ様を殺してしまった以上、もう姫様は我々を絶対に許さない。俺たちは死刑だ。ならば!」
「「ヒュンケルを庇う姫様も同罪だ――――!!」」
領民の槍はその光景に唖然とするヒュンケルたちに襲い掛かった。戦闘態勢に入れないままマァムは首を刺され即死。ヒュンケルはダイの亡骸を抱いたまま複数の槍と斧にかかり死んでいった。狂気の状態の領民はレオナにさえ刃を向けた。そしてそれをかばい、アポロ、マリン、バダックが倒れた。城の兵士達も多勢に無勢で次々と倒れていった。もはや何人にも領民の暴挙は止められない。
「ベタン!」
フローラやレオナ、エイミをかばいつつ防戦していたアバンが広範囲にそれを唱えた。あたり一帯が強力な重力に襲われ、地面が圧によって円形状にめり込んだ。領民の攻撃は止まった。
「今だ!トベルーラ!」
アバンはフローラたちとダイ、ヒュンケル、マァムらの亡骸も抱え、その場から空中に脱出した。
バルジ島、かつてダイがフレイザードと戦った場所でもありレオナにも思い出深い島だ。アバンはダイやレオナ、そしてできるだけのパプニカ兵とその亡骸も連れてトベルーラを行ない、このバルジ島に連れてきた。この島の周りにはいくつもの潮流が激突しており、気球でも無ければ島に来ることができないのはアバンも知っていたからだ。
生存者はレオナ、エイミ、フローラそしてアバンであった。生きている事を喜んでいる者はいない。
レオナはダイの死体に泣きすがり、フローラは血まみれのマァムの体を抱いて号泣し、エイミは姉のマリン、苦楽を共にした同胞アポロ、そして最愛のヒュンケルを一度に失い、半狂乱状態で絶叫とも言える声で泣いていた。
パプニカ城から煙を上がっているのをアバンはその場所から見た。彼らは不死騎団進攻の陥落以後、必死に再建をしてきた自分たちの母国を自分の手で再び滅ぼしてしまったのである。
アバンは深く悲しみのこもったため息を出し、泣いている女たちに言った。
「カールに戻り…そしてみんなを弔おう…」
そして比較的軽傷な兵士にホイミをかけ、急ぎ書いた手紙を彼に持たせ、ポップのいるランカークス村にオクルーラ(特定の場所に人を運ぶ呪文)を唱えた。
アポロがルーラでランカークス村を離れたわずか四時間後の出来事であった。後年この手紙はこう呼ばれることになる。『魔王覚醒の書』と。
◆ ◆ ◆
「よくがんばったな、メルル。お疲れ様」
疲れ果てたメルルの顔には満足感があふれていた。そしてポップの言葉に優しく微笑みながら、母スティーヌに抱かれている生まれたばかりの赤子を見た。
「私たち、お父さんお母さんになったのですね…」
メルルは紅潮した顔で、そして満足そうにポップとその両親に言った。
「そうとも、コイツ自身はまだガキだけど、メルルがついていてやりゃあちっとはマシな親父になるだろうさ!ガッハハハ!」
父ジャンクはポップの背中をドンドンと叩きながら、豪快に笑っていた。
「ホラホラ!産後は疲れるものなのよ!そんな大口開けて笑っていちゃメルル眠れないじゃないの。全くウチの男どもは気が利かないのだから」
スティーヌのお説教に従うように、ポップとジャンクは席を立った。よほど疲れていたのだろう。メルルはもう眠りに入っていた。隣室の食卓に座りながら、スティーヌに抱かれている赤ん坊をポップとジャンクはうっとりするように見ていた。だがその幸せの静寂は破られた。
ポップの家のドアを激しくノックする音が轟いた。何度も拳をドアに叩きつけているのだろう。ドンドンと家じゅうに響く。
「何だ?せっかくメルルが眠ったのに…」
とポップは少し腹を立たせながらドアを開けた。そこにはパプニカ兵がひざまずいていた。
「ポップ殿!!」
「…その鎧はパプニカの兵隊さんのようだけど…俺に何か?」
「う…ううううう……」
パプニカ兵は無念の涙を流しはじめた。ポップの質問に答えられない。
ただごとじゃない、ポップは直感した。
「…パプニカに何かあったのですか?」
兵士は涙をぬぐい、懐から手紙を出した。
「アバン様からの書簡です」
兵士はひざまずきながら、ポップに差し出した。ポップはそれを取り、包んであった紙をはぎ取り書を一気に広げた。
「……………!」
ポップは書簡の文面に目を疑った。だが…
「た…確かに先生の筆跡…」
アバンは達筆だが、その書簡の文字は乱れていた。涙の跡か、にじんでいる箇所もある。そのことが書簡の内容が真実である事を示していた。
「………」
ポップは書を持ちながら、一歩二歩フラフラと歩き出した。庭の木に手をもたれさせ首をうなだれた。目の焦点は合っていない。
「うわあああああああ―――――っ!」
ランカークス村中に、その絶叫は響いた。スティーヌとジャンクは驚き、熟睡していたメルルも飛び起きたほどだ。そしてメルルは声の主がポップと分かるやいなや、産後のだるさなど忘れたかのようにベッドから庭にいるポップの元に駆け寄った。ポップは空に向かい、ただただ泣いていた。メルルはポップの手から書を取り読んだ。
「…………!!」
その内容はメルルも愕然とさせるに足る内容だった。書簡にはダイ、ヒュンケル、マァム、アポロ、バダック、マリンの死とパプニカが領民の手により陥落したことが記されていたからだ。書簡を握りながらメルルは空に顔を向け、泣き叫ぶポップを彼女自身も泣きながら見つめた。
「あなた……!」