ダイの大冒険異伝-火水の法則-   作:越路遼介

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かけちがえたボタン(前編)

 ポップが一大帝国を築いて、はや12年の歳月が流れた。

 彼が亜人類たちに与えた国々は国の名を改めている。エルフ族に与えられたパプニカはフェアリーランド。ドワーフに与えられたロモスはダッカ。ホビット族に与えられたアルキードはディナ。マーメイド族は海王族を名乗り旧オーザムをノースシーと改めた。モンスターは元ベンガーナである国土に建設したモンスターパークで穏やかな暮らしをしていた。

 帝国城下は商人たちが自由に商売をし、貧富の差もさほど見られず裏路地にゴミが散乱することもない。国民が多種多様の亜人類、王が魔王と云うだけで国の形そのものは人間の国と大して変わらなかった。

 

 一方、カール王国も復興を遂げて魔人大戦の傷跡も癒えつつある。大戦後は病に伏せていたフローラであるが、彼女も敗戦の痛手より立ち直り、今ではアバンとの間に2人の男の子にも恵まれた。

 レオナも忘れ草によってディーノ・キャッスルにて受けたポップから受けた陵辱の記憶も無く、王と王妃を支えるために尽力した。この12年でカールが立ち直ったのは、彼女の手腕によるものが多い。アバン、フローラも全幅の信頼を寄せた。誰もがあの敗戦から立ち直ったのだと感じていた。

 しかしアバンは違った。彼はあきらめてはいなかった。魔王ポップを倒すことを。

 

◆  ◆  ◆

 

 帝国の城下町、かつてのベンガーナが自慢としていたデパートのような大商店がいくつも立ち並ぶ大都市であった。そうなると悪事を働く者も出てくる。帝国では商人たちの自由な商売が許されていたが人身売買は禁じていた。

 以前は認められていたが、ドワーフの金持ちがエルフの美少女を性奴隷として買い、この美少女が実はエルフ王族の家出娘であったことで話がこじれ、あわや内乱になりかけた。この出来事を機に奴隷制度や人身売買は全面的に禁止となった。

 

 人身売買は禁止されている帝国ディーノ。だが、ある夜に金持ち御用達の高級レストランの地下において奴隷のオークションが秘密裏に行われようとしていた。軍部がその情報を掴み、奴隷商人と客たちを一網打尽にしようと動き出したのだ。

 レストラン地下にある広いフロア、そしてその中央にある円状のステージの周りには金回りが良さそうな好色男が種族を問わずに囲んでいる。もう何人かの少女たちの売買は終わったようだが、オークションを仕切る奴隷商人が『本日の目玉』と称して1人の人間の少女をステージにあげた。

 肩に少しかかる程度の黒髪と純粋を思わせる瞳、歳はまだ13歳くらいの美少女であった。

 

 好色な客たちは卑猥な笑顔を見せる。少女は怯え、身体は恐怖で震えていた。人間の少女は一番の高値で売買される。ましてや美しいとなればなおさらである。

 やがて奴隷商人は少女の服をはぎとった。衆目の前で少女は一糸まとわぬ姿となり、悲鳴をあげて手で身体を隠そうとするが、商人と客はそれも許さない。奴隷の値打ちを定めるのには裸を見分するのが不可欠であるからだ。商人は顧客たちに言った。

「さあ!この人間の美少女!もちろん処女!三千ゴールドからスタートだ!」

 少女の姿は好色な客を満足させるに足りたようだ。どんどん値がつりあがって行く。ドワーフ族のでっぷり肥えた男が『ええい!4万ゴールド!』と言い終えたころ、地下フロアの入口から叫び声が聞こえてきた。

 

「軍の連中だ―――!」

 商人も客も青ざめた。人身売買は魔王ポップが禁じた法である。それに背いたとなれば極刑も有り得る。オークションを仕切る商人は非常に備えて逃げ口は作っておいたものの、それも軍に押さえられており、結局一網打尽となってしまった。

 だが、1人だけ逃げおおせた者がいた。つい先刻、ステージで競売にかけられていた少女である。手ごろなテーブルクロスを体に巻いて身をひそめ、騒動をやり過ごしていた。

 そして地下競売所は何事もなかったように静かになった。全員が捕らわれたのである。少女に4万ゴールドの高値をつけた好色のドワーフも、明日にはあの世の住民である。

 

「静かになった…。もう大丈夫かな」

 少女はステージの下に潜り込んでいた。そして恐る恐る顔を出してみた。テーブルや椅子はひっくり返り、ところどころ割れた酒ビンが落ちている。

「それにしてもドジふんじゃったな…奴隷商人に捕まるなんて…」

 少女は地下から1階に繋がる階段の様子を伺いながら登りだした。途中、従業員のロッカー室を見つけて、そこから手ごろな服を拝借して着た。一階のレストランフロアにはすでに誰もいなかった。少女はテーブルのうえに残っていた料理を夢中で食べた。奴隷商人に捕えられた以降、ろくに食べられなかったようだ。

「ふう、落ち着いた…」

 と、少女が腹の虫を納得させた時であった。

「ん?そこで何をしている」

 レストランで働く者が1人戻ってきた。

「やばい!」

「ん?貴様人間だな!」

 コック帽をかぶったドワーフが少女を捕まえようと走り出した。少女は小さい体を生かして素早く逃げて、隣の大きな建物に走っていった。その建物は劇場だった。

 

◆  ◆  ◆

 

「いや~ 閣下御自らが我等の公演に来てくださるとは光栄の至りでございます。いかがでございましょう。我等のオペラは」

 黒服に赤い蝶ネクタイを締めているエルフの男、この男が劇団の団長であった。その男が懸命にご機嫌を取っているのは、ここ帝国の王であった。

「ああ、満足だ。特にあの金の髪飾りをつけた歌姫は美しかったな」

「さすがは閣下、御眼が高い。お望みなら今夜にでもご寝所に伺わせますが…」

「そうだな、今夜は先約があって無理だが明日の夜にでも頼もうか」

「かしこまいりました。彼女も喜んで閣下の伽をなさることでしょう」

 と、団長が揉み手をしながら計算高い笑みを浮かべたころ、王が歩む廊下の向こうから、劇場を警備していた者の声が聞こえてきた。

 

「待てえ―――!」

「ハアハア…くそ、何て広いの、この建物は!出口はどこ!」

 つい先刻、この劇場に逃げてきた少女はまた見つかってしまい、建物中を逃げ回っていた。しかし運悪く、王が歩いていた方向へと向かってしまったのである。

「むっ、あやつ人間か!」

 王を護衛していた衛士が廊下を逃げ惑う少女を見つけ、捕らえようとした。

「げっ!こっちにも!」

 少女は立ち止まろうとするが、警護員と衛士に挟まれてしまい、逃げ場を無くした。

「クッ、ちきしょう!」

 少女は捕まってしまった。

「さあ来い!人間が帝国に来た以上、覚悟はできていような!」

「そんなの知るか!魔王に会わせろ!」

 

「魔王…ああ俺のことか…」

「…!」

 王は少女を見つめてそう言った。

「アンタが…魔王ポップ!?」

「そうだ」

 少女は敵意むき出しの目を魔王ポップに向けた。

「俺に何か用か」

「疲れた。まず城で休ませてくれ。あとお風呂にも入りたい」

「口を慎め、このガキ!」

 警備員が少女を叩こうとするが衛士が止めた。ポップがその少女のことが気に入ったように見えたからだ。ポップは久しぶりに聞く度胸のある言葉に微笑んだ。

「いいだろう。ついてくるがいい」

 ポップは劇場の出口へと歩き出した。少女も続いた。

 

◆  ◆  ◆

 

 少女はポップと共にディーノ・キャッスルへと入った。見たことも無いほど美しい造りの城に少女は息を呑まれた。

「ではこちらに」

 少女に召使が声をかける。少女が城に気を取られている時にポップから自分の世話を命じられたようだった。

「食事を先になさいますか。それとも入浴を」

「食事はさっき済ませたからお風呂を」

「かしこまいりました」

 その場から立ち去ろうとするポップに向けて少女は叫んだ。

「どこへいく!」

 逃がしてなるものか、そんな気迫がこもった言葉であった。

「あわてるな、今日はもう遅い。明日、お前の用向きを聞いてやる」

「逃げるなよ」

 そういい捨て少女は召使の案内する方へ歩いて行った。ポップは苦笑した。

 

「あ?閣下が人間の女を拾ってきた?」

 城内にある上等な浴室。湯船からは香水の匂いも立ち込めてくる風呂。ここにポップの幕僚幹部のサリーヌはいた。侍女にマッサージをさせながら、ポップが城下の劇場で人間の少女を拾ってきたことと云う報告を受けた。

「抱くために連れてきたのじゃないのかい。そんなの逐一報告することはない。相変わらず細かい男だなサイヴァ」

 悪魔神官のサイヴァはサリーヌの右腕であり、魔人大戦でもサリーヌの副将として軍功を多々あげている。このサリーヌの浴室にたとえ彼女が入浴中であっても出入りの許されているただ一人の男でもあった。それは仮面の下の素顔が美男であることも理由だが、彼はある戦い以降、目が見えないのである。

「私もそう思いましたが、その少女、少し気になりまして」

「気になる?」

「私の知る女と面影が似ております。ご存知の通り、私は大魔王バーン侵攻の世のころ妖魔師団におりました。そしてクロコダイン、ヒュンケル公開処刑の場に攻め込んできた人間の中に閣下がお連れした少女と似ている女がいたのです」

 サリーヌはマッサージをやめさせた。

「似ているといっても、お前、目が」

「見えませぬが、あの女の気は忘れません。なにしろ私が光を奪われたのは、その女が私に毒蛾のナイフで斬りつけたのが理由でござれば…」

「面白そうだな。くわしく話せ」

 サイヴァはあの戦いの時、毒蛾のナイフで斬られ、その毒で生死をさまよった。九死に一生を得たものの光を失った。それゆえ自分を斬った女の気は鮮明に覚えていたのだろう。

 一糸まとわない姿で平然とあぐらをかき、サリーヌはサイヴァの報告に聞き入った。

 

「そうか、となるとその少女は…」

 サリーヌに悪の笑みが浮かんだ。

「私が気付いたのです。閣下も気付いているかと」

「ふむ…」

「はい、その少女を利用し、サリーヌ様の野望を今こそ…」

「いや、利用せずともその娘から動いてくれるだろうさ。その娘が帝都に来た理由は察しがつくからね。おそらくは私と同じ理由でポップの前に来たんだよ」

「この十数年、長かったですな」

「あいつは時魔法も使う。それを応用すれば不老不死ともなれる。人間の何倍も長命と云うのも有利にならず八方ふさがりだったけれど、いい機会が訪れたね。ふふっ」

 サイヴァは仮面をとる。口元が歪み、笑みを浮かべている。

「これで亡き主君へ良い報告ができます」

「ああ、父上と兄上もきっと私を褒めてくれる」

 そういうとサリーヌはサイヴァを抱き寄せた。

 

 その夜、ポップは劇場から連れてきた少女の部屋へと歩いて行った。もはや深夜、少女はぐっすりと眠っている。奴隷オークションにかけられたり、方々を逃げ回ったりして疲れていたのだろう。

 ポップは部屋に入る。少女は気づかない。そして少女の寝ているベッドの側へとポップは歩き、寝顔を見つめる。彼は少女の額に優しく触れた。

「……」

 少女は額に触れたその手で目が覚めた。起きてしまったことを気取られないため、少女は変わらず目をつぶり、寝息を立てていた。

(こいつ…まさか私を…冗談じゃない!)

 ポップはさらに頬に触れた。

(…い、いやだ。触るな…)

「大きくなった…。お母さんに似ているな」

 ポップは小さい声でそうつぶやき、少女の寝室を後にした。ドアの閉まる音と同時に少女は滝のような汗を流した。パジャマのすそで額の汗を拭う。

「そうか、私が誰か…もう知っているんだね。でも、そんな優しい態度取ったって、今更おそいよ。決して許しはしない…」

 少女はポップがつぶやいた言葉をふと考えた。

「大きくなった…か。ふん…」

 

 翌日、少女はポップと玉座の間で相対した。ポップは人払いをして少女が話しやすいように気を配った。しばらく沈黙が続く。少女はへの字口をしたままポップをにらみ続けた。

「何か言ったらどうだ?俺に話があったのだろう?」

 少女は目をつぶり、そして意を決し、心の底から言葉を吐いた。

「かあさん…死んだ…」

「なに?」

「お前に捨てられ!死んでいったんだ!かあさんは!」

「……そうか。メルル…逝ったのか…」

 少女は目に怒りの涙を浮かべていた。

「お前が魔王になったばかりに、かあさんは誰にも顔向けできなくなり、貧しさと病気で苦しんだあげく、私の目の前で死んでいったんだ!」

 少女は母が唯一持っていた武器『毒蛾のナイフ』を抜いた。これだけは肌身離さなかったのである。母の形見、これで憎きポップを討つと決めていた。

「かあさんの武器で、おまえを殺してやる!」

 ポップはジッと少女の顔を見つめている。そして訊ねた。

「お前の名前は?」

「マァル!かあさんのつけてくれた名前だ!」

「マァル…。そうか…マァムとメルルの名を…」

「うるさい!私はこんな名前大嫌いだ!」

 

 マァルは母親から自分の名前の由来を聞いたことがあった。

「お父さんはね、お母さんのほかに、もう1人だけ好きになった女の子がいるの。その子の名前はマァムといってね。強くて、とても優しくて素敵な女の子だった。あなたの名前はそのマァムさんと私の名前を合わせたものなのよ」

 この話を聞いたマァルは自分の名前が嫌いになった。母の血が濃い彼女は早くから占いの能力が秀でていた。そして母のメルルが留守のとき、水晶玉で自分の父親を調べたのである。メルルが詳しくは語ろうとしなかった父親のこと。マァルはその時すべてを知った。自分の父親が魔王ポップであることを。

 そして知ったことをメルルには言わなかった。それは魔王となった夫ポップを母のメルルがいまだ愛していることを知っていたからである。自分の名前が憎い父親の愛した女性2人の名前が由来と聞いたとき、幼い彼女は自分の名前を嫌った。

 

「かあさんは…かあさんはずっとお前を待っていた。いつか目を覚ましてくれると信じていた。それが何だよ!城の中で偉そうにふんぞり返り女に囲まれて!私はお前を父親なんて思わない!最低の屑野郎だ!」

 ナイフを握ったまま、マァルはポップを罵倒した。ポップは黙って聞いていた。

 

 別室の水晶玉にて、サリーヌとサイヴァがこの模様を見つめている。

「サイヴァ、残念だったね。お前の光を奪った女は死んだんだと」

「いえ、私は光を失ったおかげで、より魔力の充実を図ることができました。当時はただの祈とう師にすぎなかった私がサリーヌ様の副将になれたのも、むしろそれのおかげ。メルルとか云う女に恨みはございません。またあの女がいればこそ、こうして我らにチャンスが訪れました。感謝しなくてはなりませぬな」

「ちがいない…フフフ…」

「しかし、マァルとやら、しくじらなければ良いのですが…」

 サイヴァはサリーヌのタバコに火をつけた。サリーヌはふてぶてしくフゥと煙を吐く。

「レオナ姫をカールに送り返して以来、奴は年々性格が甘くなってきた。きっとしおらしく娘に討たれようとするはずさ。娘に討たれる父親…惨めだねえ…ククク…」

 

「かあさんが死んで死ぬ思いで帝都まで来た。かあさんの一生を目茶苦茶にしたお前を許せない。死ね!」

 ポップは何の言葉も言い返さなかった。そして静かに玉座から立ち上がった。

「かあさんの仇ーッ!」

 マァルはナイフを腰に持って構え突進した。

 毒蛾のナイフはポップの右わき腹に突き刺さった。サリーヌは口笛を吹いて指をならした。

「よくやったよ、お嬢ちゃん!ご褒美にお姉さんが痛くないように殺してあげるわ!アーハハハハハハハハ!!」


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