「エイミが死んだか…」
「!」
廟室の入り口にポップが立っていた。微笑を浮かべ、レオナを見つめる。
「…ポップ!」
レオナの目には激しい憎悪しか無かった。元を辿れば、ポップさえいなければパプニカは滅びず、ノヴァもエイミも、そして多くの人間が死なずに済んだはずなのである。そう思うと、狂わんばかりの怒りが止め処なく湧き出てきた。
「君くらいつけてほしいな姫さん。昔は『ポップくん』と親しみを込めて呼んでくれたじゃないか」
そんな怒りをあざ笑うかのように、日常的なことをレオナに注文した。
「ふざけるな!貴様さえ、貴様さえいなければ!」
「何でも人のせいにするのは良くないですよ…」
あまりの憎悪の炎に、レオナは全身が熱くなった。
「…殺してやる!」
「やれやれ、せっかくエイミからもらった命を捨てるのですか。まあいいでしょう。で、どちらを選びます?」
「…?何?」
「ここで俺に殺されるか、手ごめにされるか。どちらが良いですか?」
おだやかに言っているが、その威圧はバーンにも劣らないポップの言葉。一瞬、レオナの脳裏にバーンの(余のものとなるのだ)と云う言葉が思い出された。今のポップはそれと同じ事を言っているのである。
「貴様の慰み者になれと言うの?」
「俺で嫌なら、雑兵たちの慰み者でも良いですが?ククク…」
「…ふざけるな」
どんなに怒りを込め、戦意を高めてもそれだけでポップは倒せない。そんなことはレオナも分かっていた。だが引けなかった。この悪魔と刺し違えても。
しかしアバンですら勝てなかったポップである。勝敗はすぐに決してレオナは倒れた。ポップは留めを刺すべくレオナに寄った。右手に紅蓮の炎が渦巻く。
「…死ね。その美しい体を黒コゲとしてな」
「待って!」
胸の奥から吐き出すようにレオナはポップに叫んだ。ポップは炎を握りつぶした。
「…なる…」
「なに?」
無念のあまり爪が手のひらに食い込むほどレオナは拳を強く握った。
「あなたの愛妾になる…」
正直ポップはこの言葉に驚いた。あの誇り高いレオナが、まるで死の恐怖に屈服したかのようにポップの愛妾になることを承服したのだ。
「フフフ…ハハハハッッ!!」
泣いた。レオナは泣いた。ポップが自分をあざ笑う声を聞き悔しさのあまり涙が止まらなかった。
「最初からそう言えば痛い思いをせずに済んだものを。まあいい」
そういうとポップはレオナにベホマを施した。全快したとはいえレオナにはもう反撃に転ずる気力は無かった。そしてポップはレオナの腕をつかんだ。
「さあ、来るがいい。可愛がってやるぜ」
(たとえ、どんなに汚されようが泥をすすってでも生き延びて、この悪魔を殺してやる!絶対に殺してやる!)
やがてレオナはポップの寝室に連れ込まれる。そこで召使たちに全ての武具は没収されてしまった。自分を抱いている時に刺し殺すという目論見はここで崩れた。その武具を持ち召使たちは去っていった。寝室にはポップと丸腰のレオナがいるだけだ。
「バーンと戦っているときには想像もしていなかったな。姫さんを抱く日がくるとは」
レオナはポップを睨んだ。
「私はダイくんならいつでも喜んで抱かれる。お前なんか眼中にはないわ。自分を微塵も愛していない女を抱いて、せいぜい一人で楽しむのね」
侮蔑の言葉をポップに浴びせるレオナ。しかしポップは平然としていた。
「結構…俺は俺を愛してくれる女なんかいらねえよ…」
「あわれな男…」
ポップはその言葉を笑いながらレオナをベッドに押し倒した。愛妾になると言ったものの、やはり体が受け付けない。激しく抵抗した。
「触るな汚らわしい!誰がお前なんかに!」
その抵抗すらポップは楽しんでいる。やがて力に押さえつけられ空しい抵抗は終わり、レオナはポップに犯されてしまった。レオナはこの世でもっとも憎んでいる男に純潔を奪われてしまった。地獄のような時間であった。レオナは何度も舌を噛み切ろうとした。
しかしできなかった。今の自分の命はエイミに与えられ、そしてノヴァの遺言もあった。生き延びなければならない。どんなに汚れようと、泥をすすっても、砂を噛んでも生き延びなくてはならない。レオナの悲痛な決意であった。
怒りと憎しみ、そして悔しさが同居した瞳に涙を浮かべながらレオナは自分を楽しそうに犯しているポップを睨んだ。片時もポップの眼から逸らさずに睨み続けた。
しかしポップにそんな抵抗など意味すらなかった。。
レオナにとり地獄以外の何物でもなかった時間がようやく終えた。ポップは寝室の椅子に腰掛け、グラスに酒を注いだ。
「初めてだったとはな…。よう気分はどうだい?この世でもっとも憎悪している男に純潔を奪われた感想は?」
レオナは答えない。ポップを背中で睨むのが精一杯の抵抗だった。顔は涙で濡れていた。
「ぐっ…うう…ち、ちくしょう…!」
肩を震わすレオナを見ながらポップはグラスの酒を飲み干した。
「おいおい、『ちくしょう』なんて、お下品な言葉をお姫様が使っちゃいけないな」
(殺してやる!絶対に許すものか…!必ず殺してやる!)
ポップはテーブルの上にある呼び鈴を鳴らした。するとさきほどの召使たちが寝室に入ってきた。
「お呼びですか。閣下」
この召使たちはポップの愛妾らの身の回りを世話する下女であった。そういう仕事を担当する女は何人もいた。それほどポップの愛妾は多いのである。顎でポップはレオナを指した。
「風呂に入れてやれ。居室は一等室を与えてやるといい。食事は人間の好物に合わせ最高のものを食べさせるが良かろう。太らない程度にな」
女はレオナを一瞥した。
「かしこまいりました」
女は同じ仕事の女たちを手を叩いて呼んだ。レオナが自分一人では素直に言うことを聞きそうになさそうに見えたからだ。集まった女たちがレオナを囲んだ。レオナが彼女らを睨むと女たちはひるんだ。
「姫さん、彼女たちは貴女の世話を焼いてくれるものたちだ。あまり困らせんようにな」
憎悪に満ちた目をポップに向けるレオナ。そして自分を囲む女たちに言った。
「結構よ。自分で行ける。お風呂場はどこ。一刻も早くあの外道の汗を落としたいのよ!」
ベッドからシーツを剥ぎ取り、自分に巻いて召使たちの促す方向に歩き出した。ポップの前を通過する時にはすでに目に涙は無かった。目には憎悪。それだけであった。レオナは寝室を出て行った。召使が一人残り、ポップに聞いた。
「よろしいのですか?あんな暴言をお許しになって」
「かまわん。あれが妙にそそるのだ」
そう言いながらポップは再びグラスに酒を注いだ。あのレオナを屈服させ我が物とした、その征服感に酔いしれていたのかもしれない。
レオナはディーノ・キャッスルの城内でも最も優美な浴室に案内された。まるで水練場とも思える湯船の中でレオナは泣いた。湯にもぐり声を出して思い切り泣いた。レオナにとってはあまりにも無残な運命であった。だがレオナの地獄はまだ序章を迎えたばかりなのだ。
数日毎に、レオナはポップに陵辱された。レオナの決意もついに揺れ動き、耐え切れなくなり一度は自決した。しかしポップがすぐにザオリクを唱えた。もはや死ぬことさえ許されないのだ。
この日もポップはレオナの部屋に来た。当初の気丈さは徐々に消え失せ、怯えの表情さえポップに見せるようになっていた。そんなレオナをお構い無しにポップはレオナを犯した。
レオナの顔にポップの精液が浴びせられ滴り落ちる。時には無理やり飲まされたこともある。死に勝る屈辱だった。かつて一国の王女だったレオナが性奴隷のように扱われいてる。ポップは自分の体液を顔に浴びているレオナをあざ笑い自室に戻っていった。
急いで部屋の洗面所で、裸のまま精液を洗い流すレオナだが何度洗っても、その臭いが取れないようで狂ったように洗顔をしている。
ようやく洗面台を離れたレオナは顔を拭くことも無くふらつく足取りでベッドに戻り、そして泣き崩れた。
「…ノヴァ…エイミ…ごめんなさい…。私もう耐えられない…死にたい…。でも死ぬことも許されない…いっそ気が狂いたい…」
気が狂いたかった。でも狂えなかった。気が狂うほどの仕打ちを受けているのに。
「ダイくん…助けて…助けて…ううう…」
その時、ノックも無しにドアが勢い良く開いた。レオナはとっさに胸をかくす。ドアのところにはサリーヌが立っていた。
「参謀…妖魔サリーヌ!」
「様をつけなさいよ。無礼者め」
レオナにとってはサリーヌも憎き敵である。怒りの眼差しをサリーヌに向けた。サリーヌはただ嘲笑した。
「種族は違えど同じ女。閣下の玩具となっている貴女には同情するわ」
腕を組み、見下ろすようにサリーヌはレオナを見つめた。
「しっかし哀れなものよねえ。かつては一国の王女だった女が村民出の男の玩具に成り下がるなんてさあ。後世の歴史家がずいぶん喜びそうな話よねえ。ククク…」
「好きでなったわけじゃない!たとえ体はおもちゃにされようが心までは…心まであの男のおもちゃになってはいない!」
「ハハハハハッッ!!」
サリーヌは笑った。
「ご高説どうも!さすが王女さまともなると言う事がご立派よねえ!」
たった今ポップに陵辱されたばかりのレオナにとり、サリーヌの言葉は容赦なくレオナの自尊心を踏みにじっていった。もうレオナにはサリーヌに怒りの眼差しを向ける気力も無い。
「…出てってよ…」
「そーね!この豪勢なお部屋は貴女が自分の体で陛下よりいただいたお部屋だものね!長居しちゃ失礼よねえ~。ククク」
「出てって!」
怒りの余り呼吸を荒げると、さっき顔に浴びた精液の臭いが鼻を刺す。
「ゲホッゲホッ」
よほど彼女にとっては、いまわしい臭いなのだろう。たませず咽た。咳き込むと同時に悔し涙が流れては落ちる。
レオナはこの国に来て以来、泣かない日はなかった。エイミを倒すためとはいえ、単身で乗り込んで来るのはやはり賢者として短慮であったのだろう。今さらそんなことを考えても詮無きことだが、この国で受けているレオナの仕打ちは筆舌しがたいものである。こんな状態が続けばレオナはいずれ壊れるだろう。ついさっき彼女が望んだように気が狂うだろう。そしてその時には元凶となったポップにゴミのように捨てられてしまうのだ。
そのレオナの目の前にナイフが投げられた。サリーヌがベッドに向けて放ったのである。
「研ぎたてのアサシンダガー。切れ味は最高よ」
レオナはじっとそのナイフを見つめた。
「女として、せめてもの情けだ。自決しな」
「……」
しかしレオナは動かない。サリーヌはさらにレオナをあざ笑った。
「ふん、自決する勇気も無いのかい?」
だがサリーヌには分かっていた。レオナが違う理由でナイフを見つめていることを。
「このまま閣下の玩具であり続けたら、お前はいずれ壊れる。そうすりゃ自分の意思で死ぬこともできなくなるだろうさ。みじめなものだねえ。壊れた女を抱くほど閣下も酔狂じゃないだろうよ。城から追い出されて城下の安娼館で働くのが関の山さ。はした金で好きでもない男に股を開く毎日が待っているのさ!涙無しでは語れないね。レオナ姫の末路はさ!勇者ダイも浮かばれないわ!アッハハハハハ!」
聞くに堪えない言葉を吐いて残してサリーヌはレオナの部屋から出て行った。ずる賢そうな微笑を浮かべる。
「成功を祈っているわよ、レオナ姫様。フフフ…」
ナイフを握り、鞘から抜いた。サリーヌの言うとおり、それは研ぎ澄まされており、油でも塗られているかのように眩い光沢を放っていた。再びそれを鞘に戻すレオナの目には、かつての憎悪の炎が立っていた。
サリーヌがレオナにナイフを渡して数日経った。ポップがレオナの部屋に訪れた。自分の世話をしている女に『本日、閣下お渡りになります』の知らせを受け、その時間になるとレオナはすでに裸となってベッドで仰向けとなっていた。そしてポップが入ってきた。
「ほう準備の良いことだな」
皮肉をレオナに言った。
「…さっさと済ませて…」
なげやりな言葉でポップに返した。ポップは苦笑した。
「そうだな、他の女の部屋にも行かなきゃならないし」
レオナにとり、また地獄の時間がはじまった。ポップは自分の快楽を優先して相手の体にほとんど気を遣わない。痛みを伴うことは日常茶飯事であった。レオナはずっとポップの隙を伺っていた。殺気を悟られないように従順をよそおい、ポップの下でされるがままとなっていた。しばらくしてポップが絶頂を迎えようとする時であった。レオナは枕の下から抜き身のアサシンダガーを取り出し、渾身の力を込めて横薙ぎの一閃。
アサシンダガーはポップの喉を切り裂いた。ポップの首から鮮血が吹き出る。レオナは返り血を浴びながら、すぐポップの下から抜け出しナイフを低く構え、体ごと突進した。
ポップの心臓を一突きした。レオナはそれだけでは気が済まず、今まで陵辱の仕返しと仲間たちの仇を討つようにポップを滅多刺しにした。
「ハアハア…」
血に染まったアサシンダガーを床に放り投げた。
「思い知ったか…!女の痛みと…仲間たちの無念を…!」
「ふふふ…さあな…」
何とポップは死んではいなかった。みるみるうちに傷が塞がっていく。
「…!?そ、そんな…」
「残念だったな」
「ど、どうして喉を切り、心臓も確かに刺したのに!」
「時魔法だよ。気丈な姫さんのこと。セックス中にいつ殺しに来るか分からないからな。不測な事態が起きた時に備えておいた」
レオナはすでに言葉が無かった。この後、自分がどれだけむごたらしい仕打ちを受けるか。生まれてきたことを後悔するほどに嬲り殺しにされるに違いない。そう考えるとレオナは震えた。恐怖のあまり失禁もしてしまうほどに。
「これを自分に予めかけておくと不測の事態が起きたとき、何事もなかった時間に体が戻される。そういう仕掛けだ」
呆然としているレオナに
「だが良い度胸だ。これだけのことをしでかしたんだ。覚悟は良いな」
レオナは自分が失禁した尿の上に力なく座り込んだ。
「もう、もう殺して…殺して…ううう…」
呼び鈴を鳴らし、ポップはレオナを世話している召使を呼び出した。召使は部屋の光景を見て息を呑んだ。
「こ、これは?」
「地下牢に入れておけ。この女は俺を殺そうとした」
レオナの目の焦点はすでに合っていない。ブツブツと『殺して、殺して』と言うだけである。
「かしこまいりました」
脱力しているレオナは召使に引かれるまま地下牢へと連れて行かれた。その様子を見ながらポップはつぶやいた。
「殺して…か。そろそろ姫さんの体も飽きたし解放してやってもいいか」
レオナが地下牢に入れられ、数日が経った。鎖等で縛られることも無く食事も水も出されるが、レオナは水しか飲まなかった。食べ物はもはや体が受け付けないのだろう。
敵城の地下牢で果てて死ぬのがパプニカ王女の最期とは、とレオナは自嘲気味の笑いを浮かべていた。だが今日、牢に異変が起きた。
「姫…」
絶望に打ちひがれているレオナは幻聴かと思い声の方に振り向かなかった。
「姫!」
確かに自分を呼ぶ声だ。しかも聞き覚えのある声である。
「マ、マトリフさん!?」
声の主はマトリフであった。マトリフが牢の前に立っていたのである。
「よかった。無事だったんだな。探したぜ」
レオナは牢の入り口へと走った。
「ど、どうしてここに?」
「あの戦争が終わっても姫の姿が見えねえから、アバンの頼みで俺が方々を探したんだよ。もしや帝国に進入したのではと思ったんだが、ビンゴだったな!」
マトリフは地下牢の鍵を魔法で開けた。
「さあ姫、帰ろうや。アバンとフローラさまが待っているぜ」
レオナが地下牢の廊下を見渡すと牢番たちはみなラリホーで眠らされていた。数日食事をしていないせいか、レオナの足はおぼつかない。マトリフはベホマをかけた。
「これでいい。カールに帰ったら、ちゃんと食べるんだぜ」
マトリフさんがいる…マトリフさんが私を助けてくれる…そう思った瞬間レオナの緊張は緩み、滝のように涙を流し始め、マトリフの胸で泣き出した。
「わ、私、ポップに!ポップに!」
まるで幼子がいじめられたのを母親に泣いて訴えるがのごとくレオナは泣いた。マトリフはそんなレオナを優しく撫でた。
「姫…これを…」
マトリフはレオナが見たことも無い乾燥した薬草を小さい袋から出した。
「これは…忘れ草…昔、旅の途中に手に入れたもので、これを煎じて自分が忘れてしまいたいことを頭に浮かべて飲むと、それに関することは全部忘れられるという薬草だ」
「マトリフさん…」
「あまり褒められる方法じゃねえかもしれねえが、忘れちまうのが一番いい。な?」
マトリフは忘れ草の入った袋をレオナに渡した。レオナは大事そうに袋を胸に抱いた。
「ありがとう…マトリフさん…」
マトリフとレオナはディーノ・キャッスルの庭に出た。ここからならルーラで戻れる。
「では姫、カールに戻ったらそれを飲み、アバンの力になってやってくれ。ヤツはまだ敗戦のショックから立ち直ってない。フローラ様は病の床につくし、他に支えになる人間が必要なんだ」
「…?マトリフさんは?一緒に行かないのですか?」
「俺はここに残り身をひそめ、ポップを討つ」
「…!無茶です!あの男には誰も敵いません。死んでしまいます!」
マトリフは笑った。
「馬鹿弟子の不始末は師匠が拭うしかねえんだ。刺し違えても殺す」
「駄目です!お願い一緒に戻ってください!マトリフさんにまで死なれては私もアバン先生も!」
「俺はもう百を越えて十分に生きた。惜しい命ではありゃしません」
マトリフはレオナにオクルーラを唱えた。レオナの体が宙に舞った。
「マトリフさーん!」
やがてレオナは空の彼方に消えていった。マトリフは安心したように微笑んだ。
そして彼の体が光を帯びた。
「モシャスが切れたか…。もう少し姫さんがゴネていたら危なかったな」
先ほどまでのマトリフはポップであった。どういう心境の変化か、ポップはレオナを助けカールまで送ったのである。またポップはレオナが宙に浮いたとき彼女に分からないように時魔法をレオナにかけた。エイミに蘇生魔法を受けたあたりにレオナの体を戻した。奪われた純潔も戻ったのであるが…
「偽善もいいところだな」
自嘲するしかないポップだった。
レオナをカールに送った光景全てをサリーヌは城のテラスから見ていた。
「ふん、善にも悪にも徹しきれない半端な魔王。どんなに力を持とうが貴様は所詮半端野郎ってことだよ。吐き気がする!」
城の庭から自室に戻る途中、部下がポップの元に走ってきた。
「申し上げます!」
「何だ。騒々しい」
「人間が4名、侵入いたしました!」
この時、ポップは歓喜にも似た感情が心の奥底から湧いてきた。
「4人は玉座の間に向かっております。ただいま迎撃に当たらせます!では!」
「待て」
部下が振り向くと、ポップは嬉しそうに笑っていた。
「四人の道を阻むことはならん。傷ひとつ負わせず玉座の間にくるように仕向けよ」
「し、しかし陛下…」
「言うとおりにしろ。クックククク」
命令を出したあと、ポップは小躍りをして玉座の間に走っていった。
◆ ◆ ◆
話は数週間前にさかのぼる。ここはカール城。でろりん、ずるぼん、へろへろの偽勇者一行は城下の宿屋でタウラス平原の戦いの傷を癒していた。そして3人は決心していた。魔王ポップの居城ディーノ・キャッスルに乗りこむ事を。
部屋に作った簡易な祭壇に仲間のまぞっほを祀り、その御霊にそれを誓っていた。まぞっほはあの戦いでずるぼんを庇い討ち死にした。
まぞっほは少なからず、あの日ロモスでクロコダインに震えるポップを叱咤し、立ち直らせたことを誇りにしていた。だからこそポップの暴走は彼にはショックであり、何としても止めたい、討たなければならないと思ったが、それは叶わず討ち死にした。
小悪党ながら仲間同士の絆は強い偽勇者一行、仲間の仇、そしてまぞっほの思いを踏みにじったポップは許せない。勝てる勝てないでは無い。ポップを倒す。これだけが彼らの悲願であった。
「まぞっほ…あと少しで俺たちの傷も癒える。そしたらポップに挑戦だ。できれば修行をしなおし、ある程度力をつけてからにしたいけどよ…。もう世界の町や村は襲われ続け、そんな悠長なことしてられねえんだ。あいつと刺し違えても必ず殺す。そしてあの世で勇者一行を名乗ろう。ああ、今度は偽じゃない本物だ。堂々と名乗っていいはずだ。特にまぞっほ、お前はさ」
でろりんは祭壇のまぞっほに語り続けた。そうすることでまぞっほが力を貸してくれそうな気がしたのである。へろへろ、ずるぼんも同様の気持ちであった。
でろりんたちが宿泊している宿の一室のドアにノック音がした。彼らに来客が訪れた。まぞっほの兄マトリフである。マトリフは弟のまぞっほを祀っている祭壇に祈りを捧げる。
「まぞっほはガキのころ、まあ臆病でな…。困難から、いっつも逃げてばかりだった」
「「……」」
「それが黒のコアを凍らす時は男を見せた」
「はい」
と、でろりん
「そして死に様は仲間の女を守って、か。まぞっほ、兄はお前を誇りに思うぜ」
改めてでろりんたちに言うマトリフ。
「俺も行く。4人でポップを倒そうぜ」
ずるぼんの顔に満面の笑顔が浮かぶ。
「マトリフさんがいれば百人力よ!きっとあの悪魔を倒せるわ!ねえみんな!」
でろりん、へろへろは笑ってうなずいた。
「その前にお前たちの傷を治さなきゃな。今まで気がつかず申し訳なかった」
そういうとマトリフは一行にベホマを唱えた。僧侶ずるぼんはまだ仲間に呪文を唱えられるほどの回復はしていなかったため、でろりんとへろへろはただ、安静にして体力の回復を図っていた。一気に体力が回復するベホマを唱えられ、3人の士気は上げる。
「ありがたい!力が湧いてくるようですよ!」
4人はやがてテーブルにつき、パーティーの結成を祝う酒宴を開いた。だが会話は重苦しい話題だった。
「知っているか、ランカークス村が全滅したそうだ」
テーブルの真ん中にあるロウソクの炎を見つめ、マトリフが言った。
「ランカークス村と云うと確か…」
と、でろりん。マトリフが顎を撫でながら答える。
「そう、ポップの生まれ故郷だ。それをあいつは滅ぼしやがった。あいつの両親の墓ですら目茶苦茶になっていたそうだぜ」
「狂っているわね…。あの男は…」
吐き捨てるようにずるぼんは言う。
戦士のへろへろは黙って食事をしている。旺盛な食欲である。3人の会話などあまり聞こえてないようだ。何かしゃべれよ、とでろりんにうながされ、ようやく口を開いた。
「しかし、ポップはこの世界を征服した後、何をしたいのだろう」
「何もしねえよ…死ぬまでただ狂ってしまったまんま過ごすだけだ」
静かにマトリフは答えた。へろへろは溜息をついた。
「それも哀れな人生だなあ…」
ずるぼんは椅子を吹っ飛ばすかのように勢い良く立ち上がった。
「へろへろ!アンタなにポップに同情してんのよ!まぞっほの死に様を忘れたの!私をかばってモンスターに無惨に斬り殺されたのよ!ふざけたことを言わないで!」
「いや、嬢ちゃん。そのデカいのの言うとおりだ。ポップも哀れな男なんだ。しかし、奴の狂った人生に俺たちが付き合う必要はねえ。師の俺が引導を渡してやる。それが俺の最後の仕事さ」
マトリフは注がれていた酒を一気に飲み干した。
「明日から作戦を練ろう。そして作戦通りに行くよう連携も訓練して帝国に乗り込む」
「応!」
でろりん、ずるぼん、へろへろもうなずいた。4人の決意は固い。全員ポップと刺し違える覚悟だ。
しかし…結果はあまりにも無惨であった…。
彼らはディーノ・キャッスルに乗り込んだ。彼らが立てた作戦もポップの前では全て徒労と終わり、全員が殺された。師マトリフを殺す際にもポップは顔色ひとつ変えなかった。でろりんの生首がポップの足元に転がる。でろりんは無念のあまり、首だけになっても涙を流していたと云う。
◆ ◆ ◆
カールに戻ったレオナはポップが化けたマトリフより受けた『忘れ草』を、すぐに煎じて飲んだ。ポップがマトリフの口を借りて言ったように、あまり褒められた行動では無いのかもしれない。本来なら自力で立ち直るのが一番正しいのだろう。しかしそれにはあまりに時間がかかり過ぎる。
アバンとフローラの状況はとてもレオナに時間を与えるほどの余裕は無かったのだ。フローラは病床。アバンは敗戦と孤独。そして領民の突き上げで疲れ果て髪は乱れ、目の下には隈。かつてレオナがバーンパレスにおいて出会った雄々しい大勇者アバンの面影は欠片も無い。
自分が何とかしなければ…陵辱の傷も全く癒えていないレオナにそこまで思わせるほど、アバンとフローラは追い詰められていた。
当初、薬草に頼らず自力で立ち直ろうと思っていたレオナも意を決し『忘れ草』を煎じて飲んだ。この段階でレオナは気づいてはいないが、ポップより受けた肉体的な傷も癒えている。そして頭の中は書き換えられ、レオナの記憶ではエイミを倒したあと、自分はルーラで戻ってきた。そう認識していたのだ。彼女はエイミより蘇生された後のことは頭から消えてしまった。だがポップに対しての憎悪は消えない。
バーンに匹敵、いやそれ以上の魔王となってしまったポップ。彼を倒さない限り人間に未来は無い。人々は願う。勇者が現れポップを倒してくれることを。自分たちが勇者を殺したことも忘れ、ただただ願った。
そして月日は流れていく。乳飲み子が成長し、剣を持って立ち上がるほどに。