ダイの大冒険異伝-火水の法則-   作:越路遼介

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魔人大戦-参-

 やや離れた帝国軍にもカール軍の士気が上がった声が聞こえてきた。

「ん?カールの軍気が変わったな」

 ポップは目の前のブロキーナを全く眼中に置いてないかのごとく、他人事のようにカール陣を見つめた。ブロキーナはかまわず闘気を上げる。

「さあ、何をしているアバン殿、マトリフ殿、ここはわしに任せ引きなされ」

 どのみちルーラで撤退されたら配下の兵士たちにアバンたちを追うすべは無く、またポップもこの場を離れるわけにもいかない。バーンのように空中に結界を張ることもポップは考えたが楽しみは後々に取っておこうと思い、それは止めた。とりあえずブロキーナが残り、それを討ち取れば自軍の士気も上がる。今はそれだけでいいとポップは計算した。

「先生、師匠、かまわないから逃げな。仲間を見捨ててよ」

「くっ」

 アバンは引こうとしない。ブロキーナとマトリフの間に無言の会話が入った。マトリフはアバンの腕を握り、ルーラを唱えた。二人は空へと飛んでいった。

「離せマトリフ!老師も共に引かねば!」

「やかましい!じいさんの死に場所を奪う気かよ!」

 無念のアバンだが、後の祭り。それに空中からカール軍を見ると劣勢に入っている。どのみち戻らなければいけない時であった。これでブロキーナはもう帰ることもできない。彼は武闘家。ホイミ系の呪文は体得していたがルーラはできない。万一に備えてキメラの翼を持っていたプロキーナだが懐からそれを取り出して捨てた。彼は生きて帰ることなど考えてはいない。

「アンタと共にミストバーンと戦ってから何年になるかな…」

「さあの、つい昨日のようにも感じるが」

 2人の互いの景色はあまりにも変わりすぎた。今、あの時お互い歩をそろえ必死にミストバーンと戦った日が懐かしくも思えてくる。しかし、もう戻らないのだ。何もかも狂ってしまった。

 

 そしてブロキーナの咆哮が轟き始めた。武神流の奥義なのか、彼は独特の呼吸を始めた。するとどうだろうか。彼が枯れ木のようなボディと称していた体が徐々に大きくなりだした。

「はあああ…」

 ブロキーナの肉体がまるで二十代の若者のように、しかも極限まで鍛え上げた筋肉の塊のような肉体となった。周りで見ていた兵士たちにもどよめきが起こる。

「奥が深いのですね。武神流とやらは。そんな奥義もあったのですか」

 ポップは表情ひとつ変えなかった。そして悟った。この奥義はおそらくは命を削るような技で、そんなに長時間はその姿でいることはできまい。この姿でなくなったときが、彼の最期の瞬間であろう。呪文を使うもので云えばブロキーナはメガンテを唱えたようなものなのだ。闘気の上昇で彼のサングラスが弾け飛んだ。そして彼はポップに突進した!

「なに!?」

 ブロキーナの猛虎破砕拳がポップの顔面を捕らえた。メタルキングヘルムが砕け散った。ポップは避けることができなかった。続けてブロキーナはポップの懐に入り、ばくれつけんを炸裂させた。メタルキングの鎧に拳大の陥没が次々とできる。そして稲妻のような蹴りをポップの顎に叩き込んだ。あまりの衝撃にポップの体が浮いた。ブロキーナはポップの足首をそのまま掴み、地面に力任せに投げ落とした。

「ハアハア…」

 怒濤のようなブロキーナの攻撃。並みの者ならあの世行きである。またブロキーナ自身も相当な疲れのようだ。肩で息をしている。

 ポップが投げられた場所は地面で何かが爆発したかのように土煙を出していた。ブロキーナは再び闘気を上げ出した。こんな程度でポップが死ぬはずもないことは彼も知っている。土煙から出てきた瞬間。閃華烈光拳、猛虎破砕拳、いずれかを叩き込むつもりであった。そして土煙からポップの影が見えてきた。ブロキーナはそれに向かい、目にも止まらぬ速さで突っ込んだ。彼の拳がマホイミを放ち始める。

 手応えがあった。入った!ブロキーナは思った。でもそれは違った。ポップは閃華烈光拳を手で受け止めたのだ。

「年寄りの…おそらくは死を賭しての挑戦。まじめに戦わなきゃ申し訳が立ちませんね…」

 何とポップには何のダメージもなかった。そしてブロキーナの拳をそのままつかみ、ブロキーナを投げた。地面が割れるほどの衝撃である。いかに筋肉の塊と化していたブロキーナも一瞬は呼吸ができなかった。倒れたブロキーナの顔面を踏みつけるかのように、ポップは足を出した。辛うじてそれを避けたブロキーナだが、呼吸は激しくなるばかり。もうタイムリミットは間近なのだろう。

「今、楽にしてあげます」

 ポップは初めてブロキーナに対して構えた。そして一瞬でブロキーナの懐に入った。

「閃華烈光拳」

「ぐあああっっ!」

 何と、ポップが閃華烈光拳を使ったのだ。彼なりの敬意の表し方なのか、それともただの皮肉なのか。

 言えることは一つ。この閃華烈光拳の威力はマァムはおろか、その師ブロキーナのそれよりも威力が絶大であるということだ。ブロキーナは吹っ飛んだ。そして枯葉のように地面に落ちた。体はみるみるしぼんでいく。体も壊死し始めた。もはや死を待つのみである。

「な、なぜ…貴様が我が武神流を…」

 ポップはブロキーナの元に歩み寄った。

「俺の魔法の中に、モシャジナルと云うものがありましてね。一度見た技はそのままコピーして自分のものにできるのですよ…」

「で、では儂のしたことは…」

「残念ですが、ダメージではなく、奥義を与えてしまったのです。ククク…閃華烈光拳と猛虎破砕拳、重宝させてもらいます。ありがとうございました」

「む…無念…!」

 やがてその身全てが壊死に陥り、ブロキーナは無念のまま死んでいった。ポップは羽織っていたマントをブロキーナにかぶせ、副将のクリスに目で合図を送った。クリスは再び本隊の陣形を整えた。そして部下に命じ、新しいメタルキングの鎧とヘルムを用意させた。

「閣下、お召し代えを」

「うむ」

 ポップは新しい鎧とヘルムを装着しながらクリスに命じた。

「敵ながら見事な仁だった。一番上等な棺桶に入れてカール軍に返してやれ」

「御意」

 クリスはブロキーナの亡骸に一礼をし、部下に棺桶を用意させた。棺桶のふたを閉めるとき、ふとクリスはつぶやいた。

「見事だったよ。アンタみたいな人間もいたんだね」

 

◆  ◆  ◆

 

 カール陣にはまだ黄金の柱が立っている。ミナカトールの効力はいまだ継続中なのだ。

「しかし、懐かしいな…ミナカトールか…」

 この時ポップはバーンパレスを止めるために、初めてミナカトールを唱えたことを少し思い出した。あの時、自分だけが輝聖石を光らせることができず、悔し紛れに仲間たちに悪態をついたこと。

 その時マァムやダイ、ヒュンケル、レオナが自分を気遣い言ってくれた言葉。そしてメルルの負傷。今となってはすべて懐かしい思い出だ。あの時、ミナカトールを唱えた仲間で生き残っているのは自分とレオナだけ。しかも今は敵対関係である。

「こんなに美しかったのだな、ミナカトールとは…。道理で今の俺には害にしかならないはずだ…」

 ポップは苦笑いをしながら左手をミナカトールに向けた。

「少々惜しいが…少しまぶしすぎる。消えてもらおう…」

 彼はミナカトールの黄金の柱に向けて左手をかざした。

 

「凍てつく波動!」

 

 ポップの左手から青き光が放たれ、そしてそれはミナカトールの柱に向かい放出されていった。凍てつく波動がミナカトールに衝突する。すると光はどんどん消え始め、大地の魔法陣もかき消されていった。モンスターたちは自分たちの力が元に戻り、歓喜の声を上げた。本陣に戻っていたアバンは自分の目を疑った。ポップに勝つにはこのミナカトールは必須である。しかしポップはこの大呪文をあっさりとかき消してしまった。愕然としながらアバンはつぶやく。

「いったい…ポップはどこでこんな桁違いの力を…」

 

「ひゃっほう!ミナカトールが消えたぜ。これでバンバン魔法が使えるぞ!」

 サリーヌは副官のサイヴァに目で合図を送った。

「出陣はいつでもできます」

「よし、第三陣サリーヌ隊、死傷した味方兵の治療と蘇生を行いつつ前進!魔法を封じられた仕返しだ。これでもかっちゅうくらい魔法をにっくき人間に叩き込みな!」

「「おおッ!」」

 大魔道や悪魔神官を筆頭に構成されるサリーヌ隊はカール軍に向かい前進しながら味方兵の治療と蘇生にあたった。ベホマラーやザオリクを唱えられる者が多数いる軍勢である。ヒム隊やラーハルト隊の負傷兵はたちどころに息をふき返し、再びカール軍に突撃を開始した。この現状に至ってはミナカトールさえ無意味に感じてくる。そしてエイミ隊がカール陣に突入を開始した。

 

「撤退だ…」

 アバンが撤退を決意した。もはや逆転は不可能である。この上は少しでも犠牲者を減らすべくカールに撤退するほかない。マトリフもそれを理解しているのであろう。アバンに何も言わなかった。

「あなた…」

「フローラ、君も悔しかろう…私も悔しい…しかしここでの判断の遅れは二倍三倍の死傷者を出すばかり。撤退だ…」

 アバンは伝令兵を集めた。そして告げた。

「ノヴァ隊、レオナ隊に総引き上げする旨を伝えよ」

 

 アバンはため息をつき、そして敵の軍勢を見渡した。戦うだけが本能のモンスターたちが本当にうまく統率されていた。ハドラーやバーンとの戦いで人間が勝利を収めることができたのは団結の力であった。それを今モンスター兵がしてのけている。

 この統率は帝国軍が多種族の連合体だからこそできたものである。ドワーフやエルフ、ホビットの者には動物やモンスターと会話できるものも多々いる。ポップはそれを利用し、それらの種族からモンスターと会話ができ、なおかつ屈強な戦士にモンスターの教育を任命した。破邪の洞窟で手に入れた『かしこさの種』はすべてエイミの血肉となったが、大魔の洞窟でも得た多量の『かしこさの種』。これは惜しげもなくモンスター兵たちに与えられた。そしてポップは彼らに簡単な戦略や戦術を身につけさせたのだった。

 またモンスターは自分より強い者には臣従する本能があるのでポップやヒム、ラーハルトにモンスターたちが臣従するのにさほどの時間はかからなかった。アバン自身、『今度はモンスターも統率が取れている』とノヴァに言ったものの、それは想像を越えていた。

「見事です。ポップ。こうまでモンスターや異種族たちをまとめ上げるとはね…。その力…平和のために役立ててほしかった…」

 アバンには敵である弟子のポップをこういう形で認めることでしか、自分のプライドを保つすべがなかった。

 

 サリーヌ隊がカール陣に攻め込んだ!高度な攻撃呪文がカール軍兵士に次々と襲い掛かっていった。瞬時に燃え尽きるもの、凍らされるもの、真空の刃で切り裂かれるもの、もう目を覆うばかりの惨劇であった。モンスターの圧倒的なパワーとエイミ隊の兵士であるドワーフのバトルアックス、ホビットのアサシンダガーがうなりをあげる。ドワーフやホビットに至っては怨んでも怨み足りない人間が相手であるから、その攻撃力も尋常ではない。

 サリーヌの率いている魔道士軍団は、炎、氷、雷系の呪文でカール軍を攻撃するのみならず、先に敵陣に突入したヒム、ラーハルト、エイミの軍勢にバイキルトやピオリム、スクルトをほどこし、カール軍にはルカナンやボミオス、ラリホーを唱えた。人間の魔法使いは用心のため、真っ先にヒム隊に殺されていた。カール軍はもはや大混乱であり、陣より逃げ出すものも出始めた。だがすべてサリーヌ配下の悪魔神官らに追撃を受け倒れていった。

 

 戦争、戦いと云うより一方的な蹂躙と言っても良い光景が繰り広げられた。何せ不覚をとり、カール軍の刃にかかっても、サリーヌ軍によりすぐ蘇生が施されるのだ。

 ミナカトールの影響で戦闘力が半減しているうちにカール軍に倒された兵士たちの八割はもう回復していた。帝国軍の兵たちは命知らずのままカール軍と戦える。ただでさえ人間より戦闘力がある帝国兵たち、カール軍はひとたまりも無かっただろう。

 

「よしカール陣まで、やや前進して敵に圧迫をかける」

 ポップは敵方により圧迫を与えるため帝国本隊を前進させた。帝国軍本隊が迫る。カール軍の士気はどんどん低下していった。そしてアバンのもとに驚愕する報告がもたらされた。

 

「レイラ殿、討ち死に!」

 

 戦場の伝令を任務とするカール騎士がアバンに報告した。マァムの母レイラはバギ系の呪文を駆使して敵に当たった。善戦したと言っていい。だがやがて魔法力も尽き、そして最後に彼女は自己犠牲呪文メガンテを放ったのだ。劣勢となった自軍を見てレイラは第三陣の将であったサリーヌと刺し違える覚悟を決めた。

 もう魔法力も底を尽いた。この上はメガンテをあの妖魔に放ち、愛する娘と夫がいる天国に行こう。レイラの悲痛な決意であった。

 

 騎乗で戦闘の指揮を取っているサリーヌ。戦いの喧騒に紛れ、レイラはサリーヌの背後に回りこんだ。

「ハッ!?」

 サリーヌは自分の背後に気配を感じ、すぐに振り向いた。それよりも早くレイラの両腕がサリーヌの顔面を押さえ込み、十本の指に魔力を込めて顔側面にめり込ませた。

「ぐあっ!」

 強烈な痛みがサリーヌを襲う。

「邪悪なる妖魔よ!私と一緒に死んでもらう!」

 レイラの体中から、僧侶特有の聖なる気が放たれている。僧侶がメガンテを唱える際に身を包ませると云う『聖光気』。その『気』によりサリーヌの部下は全く近づけず、魔法で攻撃するもレイラの『聖光気』より消えてしまうのだ。

「間に合わんか!発動状態に入ってしまっている…。今あの僧侶を討ってもメガンテは放たれる!」

「「サイヴァ様!」」

 現状、サリーヌを救う術がない。配下の魔導師たちも慌てだし、サイヴァが命令を出した。

「仕方あるまい、退け!我らもメガンテの巻き添えを食う!」

 レイラは生命力を燃焼して『聖光気』を放出させていた。それと同時にメガンテの破壊力を増すために気力を練っていた。サリーヌはこの時、ポップ以外の人間に初めて恐怖を感じた。腕を引き抜こうとも抜けない。どんどん指がめり込んでいく。

「や、やめろ!自分が死んでまでの勝利に何の意味があるッ!」

「意味ならあるわ…貴方を討てて死んだ娘と夫に会える…。私はこの戦いに死に場所を求めていたのよ!」

 この言葉を言い終えると、レイラの口からすさまじい咆哮が轟いた。

 

「はあああああああああ――――――ッッ!!」

 

「や、やめろおおお―――――ッッ!!!」

 

 レイラの脳裏に夫ロカと娘マァムの姿が浮かんだ。

(ごめんね…マァム…あなた…こんなに早く2人のそばに行ってしまって…でも、でも、もう寂しいのは…嫌…)

 心の中で、そうつぶやき終えると夫ロカは優しい笑顔を浮かべ、両手を広げた。娘マァムも笑顔で自分を呼んでいる。

(マァム…あなた…)

『聖光気』に包まれながら、レイラは満面の笑みを浮かべ、頬には涙が流れた。どんどん『聖光気』の輝きが増す。まるで蝋燭の炎が最後の瞬間に輝くように。

(愛しているわ…)

 そしてレイラは吼えた。

 

「メガンテ!!」

 

 帝国軍陣地、ポップの元にも爆風が届く。メガンテと悟るポップ。

「…誰かがメガンテを使ったか。馬鹿が。あれほど人間だからと侮るなと言っておいたものを…」

 ポップは天に伸び行く金色の聖なる気をじっと見つめていた。

 

◆  ◆  ◆

 

「……うう……はっ!?」

「お気づきですか。サリーヌ様」

「サイヴァ…」

 サリーヌの側近の筆頭である悪魔神官サイヴァがサリーヌに完全蘇生呪文ザオリクを施した。サリーヌは大ダメージを受け一度は死亡した。着用しているのが鉄のよろいや、はがねのよろいなら、肉塊と化していただろう。しかし幸い彼女が着用しているのはポップより賜った『神秘の鎧』で、何とか肉体の消滅は避けられたのだった。

 そしてサリーヌは見た。メガンテの爆心地より中心に広く深く円状に大地がえぐられているのを。レイラの亡骸はどこにも見えない。おそらくはバラバラに吹っ飛んだのであろう。 

「…すごい威力だね…で、何人やられた?」

「三百ほど後退間に合わずやられました。蘇生は不可能です」

「…してやられたか。まあ、そのくらいで済んで良しとすべきか…」

「御意。気持ちの切り替えを」

「分かっている」

 サリーヌはサイヴァに新しい鎧を用意させ、着用を終えると変えのドラゴンの上に乗った。

「再編は?」

「終えております」

「よし、再び突入を開始する!」

「はっ!」

 手綱を握り、サリーヌはメガンテの爆心地を見た。

「…馬鹿な女だ」

 

 カール軍本隊にその事実が伝えられた時、アバンは歯ぎしりをして空を仰ぎ、フローラも肩を落とした。

「どうしてメガンテなど…」

「あいつは死に場所を探していたのかもしれない…」

 マトリフは少なからずレイラの気持ちを察していた。

「娘のマァムも死に…夫のロカにも若くして先立たれ…口には出さずとも、きっと2人に会いたくて会いたくてたまらなかったのだろう…」

 アバンもフローラも、マトリフの言葉に答えなかった。魔王ハドラーを倒し、この世に平和をもたらした四人の勇士たち。その中の紅一点、僧侶レイラは死んだ。夫である戦士ロカと、愛する娘マァムの元に旅立っていった。まだ齢四十にも満たない女ざかりであった。

 

◆  ◆  ◆

 

「もはや一刻の猶予も無い。ノヴァと姫はまだ戻らんのか!」

 さすがのアバンも苛立ち始めた。撤退命令を伝えるべく戦場を駆けた伝令兵は任務途中で殺されてしまったのか、レオナとノヴァに撤退命令は伝達されてはいなかった。

 劣勢ではあるものの、カール軍はかろうじて秩序を持って戦線を維持してきた。だが相次ぐ戦況不利の報にアバンは業を煮やした。

「フローラ、本隊の指揮は任せるぞ。私が討って出る!」

 アバンは愛馬に乗った。

「陛下!」

「フローラ、このままでは戦死者が増すばかりだ!私から彼らに直接撤退を伝えてくる!」

「あなた…」

 フローラは不安そうな顔で夫アバンを見つめる。

「心配はいらない。昔、君に言ったでしょう。ジタバタしかできないのなら答えはひとつ」

「ジタバタしましょう!!」

 アバンが言うより、フローラが先にそれを言い、アバンはニコリと笑い、うなずいた。

 

 この戦いまで練りに練った作戦も、こんな現状となってしまってはもはや用を成さなかった。ポップの力はアバンの想像をはるかに越えており、兵たちの戦闘力が大人と子供であった。

 これがハドラーやバーンの魔軍だったら大将を倒せないまでも魔軍そのものは壊滅に追い込めるほどの作戦や布陣だったかもしれない。モンスター同士の統率は無きに等しく、それを率いる将師らにも連携などはなかった。団結する力こそ、協力する力こそ、脆弱な人間が魔軍に対抗しえるものだった。

 だが今回はどうか。ポップはその欠点を補いカール軍につけいる隙を全く与えない。このままでは全滅するとアバンは考えた。

「私が敵を食い止める。君はその時間を使い急ぎ軍の再編成を図るのだ。編成後、総引き上げを開始する!」

「わかったわ!」

「マトリフ!援護を頼む!」

「よし!任せな!」

 マトリフも馬にまたがりアバンと共に敵中へと突進していった。


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