Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

97 / 121
皆既の薄明

 走ってくると言い残しPXから逃げるように離れた武だが、行くところというと構内のトレーニングルームになってしまう。

 

 これが慣れ親しんだ白陵基地ならばグラウンドに出ればいいが、この季節のユーコン基地ではそれも少し躊躇ってしまう。歩兵訓練ならばともかくも、この季節のこの時間帯に衛士が一人外をランニングしているようならば、咎められずとも奇異な目で見られてもおかしくはない。

 加えて一応は武も開発衛士として扱われており、しかも今はXM3のこともあって何かと注目されている。考えを整理するためにも一人で身体を動かそうとしているのに、それでは集中もできない。

 

 とはいえ武たちに使用許可が下りているトレーニングルームでも、人目が気にならないというわけではない。

 このユーコン基地はその巨大さからも、なによりも合衆国軍基地であったということから、先ほどまで座っていたPXにしてもそうだが各種設備は充実している。

 

 それでも西側開発衛士に宛てがわられている設備はそれなりに重なっており、室内トレーニングルームもその一つだ。どうしても中に入れば顔を見知った各国の開発衛士に会うことになる。

 いま夕食後のこの時間でも、幾人かの衛士たちもそれぞれが機器などを使ってのトレーニングに励んでいるが、武は目線があった数名にだけ軽く手を上げる程度の挨拶で通り過ぎ、ランニングマシンの一番奥へと進んだ。

 

 

 

 ユウヤに限らず、プロミネンス計画に携わっている開発衛士の大半は、自身の技術の向上に貪欲だ。一見は軽く振舞っているVGにしても、XM3の習得には恐ろしいまでの集中力で取り組んでいる。

 そして現在のところこのユーコン基地においてもっともXM3に精通しているのは、フェアリー小隊隊長のまりもではなく武であると、先日来の合同訓練などを通じて知れ渡ってしまっている。しかしアルゴス以外の開発小隊とは時間の限られた合同訓練とでしか顔を合わせる機会も少なく、人によっては武の休憩時間を見計らってPXでの食事時間に押しかけてくるほどだった。

 

 普段ならばその意欲を好ましく思いできる限りは対応している武だが、さすがに今は静かに身体を動かしたい。

 

 そんな武の雰囲気を察したのか、誰も武に声を掛けてはこない。それぞれに強い拘りのある癖が強い人材が多いとはいえ、開発衛士というのはやはりトップエリートであり、コミュニケーションに関しても一流であるものが多い。

 周囲のそのような配慮に言葉にはしないままに感謝して、ランニングマシンの設定を済ませ、軽く走りはじめる

 

 

 

 

 

 

 だが考えるといっても、まさにいまランニングマシンの上にいるように、同じところをグルグルと廻っているだけだ。

 何かができたのではないかと思うものの、その何かが判らない。なにか考えつかねばならないと焦りはするものの、それで思い浮かぶようならば悩むはずもない。

 

 なによりも時間的な余裕はもはや然程残されていない。

 

 合衆国陸軍からの戦力提供が現実的になった以上、喀什攻略作戦は、近日中に実行に移される。準備に時間を掛け過ぎてしまえばハイヴの拡張が進んでしまい、武が持つ地下茎の構造データも有効に活用できなくなってしまう。

 早ければ年明けにすぐ、遅くとも春までには作戦は決行される。

 

 合衆国の参加が明確化し喀什攻略の目途は立ったとはいえ、いまだ成功率の低い賭けにも似た計画であり、また生還の可能性も著しく低い。

 

 

 

 たしかに投入戦力などを見れば、これが偵察用機材の試験運用のための作戦だなどというお題目を誰も信じていないのが判る程度には大きい。そして武自身の知識から見ても、十全に近しい兵力を整えているとは思う。

 

 先の世界線で武が直接体験した『桜花作戦』と異なり、今回の計画では通常の軌道爆撃に加え、軌道降下の各段階ごとにG弾での地表掃討が含まれている。それに参加するXG-70も三機に増えてはいる。

 さらには作戦参加戦術機の大多数はXM3仕様となるはずだ。間違いなく降下可能な戦術機戦力は増強されている。しかもさすがに『桜花作戦』よりも準備期間には余裕がある。

 

 細かな問題と言えば、横浜ハイヴが無く『明星作戦』が実施されなかったこの世界線ではG弾による各種の環境影響のデータが無いことだ。どれほどの時間、どれほどの規模で重力異常が残るのかさえ概算程度のものしか提示されていない。ましてBETAを停止させる効果などまったくの不明と言っても良い。

 おそらくはBETA個体間同士の何らかの通信手段を第五次元効果の影響で阻害し、それ故にBETAが活動を一時的に停止するのだろうとはターニャや夕呼が推測していたが、それも想像の範疇だ。起爆実験のデータでは流石にBETAへの影響までは収拾されていない。

 

 そして『明星作戦』が存在しなかった関係で、もしも作戦が成功裏に進み「あ号標的」たる重頭脳級を破壊できた場合であっても、残存BETAの行動も予測が付けにくい。こちらも夕呼も予想としては、おそらくは徹底抗戦などと言ったことはなくH2たるマシュハドハイヴへと帰還行動を起こすだろうとのことだが、それを裏付ける具体的な事例などは当然なく、それを攻略計画に織り込むことが難しい。

 

 

 

 実のところ武もターニャも「あ号標的」さえ破壊できれば、それで戦闘はほぼ終結するだろうという予測の下に計画を立案してきたが、あたりまえだがそのような考えは楽観的過ぎるとの見方が強い。

 武が提案してきた、全戦力をもって何よりもまずは「あ号標的」を攻略するというプランが通りにくいのは、G元素集積地たるアトリエ「い号標的」を優先したい合衆国の思惑もなくはないが、作戦の成否に関わらず撤収のための予備戦力を確保しておきたいという、極々当たり前の思惑が強いからだ。

 

 ターニャがどのような手段をもって作戦計画を押し通したのかは武には判らないが、おそらくは補給の目途が付きにくい侵攻作戦において、戦力の一点集中による短期決戦のみが作戦を成功に導くとでも言い切ったのだろう。それくらいしかあのような無茶な計画が通るはずもない。

 

 いくつもの作戦計画が討議され準備も重ねられ、武がこの世界で目覚めた時に描きだした計画に比すれば、間違いなく成功率は高まっている。すくなくとも東側が期待するほど分の悪い賭けではなくなりつつはある。

 

 それでも武が個人的に思い悩むのは、このような無茶としか言いようがない攻略計画が曲がりなりにも通ってしまったこと、そしてそれゆえの生還率の低さだ。

 自身が死ぬのはたしかに恐ろしいが、それよりも無為に散ってしまわぬようにと前を向くことくらいはできる。たとえ自分が死んでも誰かがその先へと進んでくれるならば、受け入れられなくもない。

 

 第一次降下に参加する合衆国陸軍の仕官達であれば、XG-70cに搭載される装甲連絡艇での早期撤収も可能だ。だが武たちは「あ号標的」を直接攻撃する最深部突入部隊に抜擢されるはずであり、当然ながらそれは作戦が成功しなければ撤退さえも覚束ない。

 

 

 

 正直、参加将兵の皆にも死んで欲しいわけではないが、なんとしても生きて帰って欲しいと思えるのはただ一人だけだ。

 冥夜を「御剣冥夜」として担ぎ出してしまい、そして喀什へと押しやることになったのは、間違いなく武の責だ。もしあの時に他の選択をしていればと、無駄な後悔に苛まれる。

 

 なにかと政治的問題の多い元207Bの面々の中でも、冥夜の立ち位置は格段に難しかった。夕呼どころか原作知識を持つなどと嘯くターニャにしてもその取扱いに苦慮していたが、それを武が確定してしまったのだ。

 

 武が何かをせずとも、207BはUL世界線同様に国連軍内部にて飼い殺しに近しい状況のままかもしれないが、任官はできたのではないかとも思う。あの時は状況が判っていなかったが、計画が破棄され第四への人質という意味合いが無くなったから任官したのだろうが、この世界線でもいつまでも訓練兵に留めておけるはずはない。

 任地などは選べるはずもなく、また衛士になれたかどうかは難しいが、それなりの責のある部署に就けられたのではないかと、どうしても考えてしまうのだ。

 

 喀什攻略どころか、前線に立つことさえないままに、その生を続けられた可能性はあったはずだ。たしかに幾分かは自由も制限されるとしても、それは今の冥夜とさほど変わることはない。

 

 結局、白銀武たる自分は何もしなかった方が良かったのではないかなどと思い至ってしまう。考えているつもりで何も考えていない以上に、無為な思考に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 人類を護るなどと嘯きながら、護りたいと思ってしまうのはただ一人だ。

 望まれたとはいえ武自らがその命を絶った先の「御剣冥夜」の代わりにしているだけではないかと自嘲気味な思考にも囚われるが、それでも今この隣にいる冥夜の命を散らしたくはない。

 

「そなた、また我らの立場についての考え事か?」

「って……御剣、来てたのか」

 

 それでも無駄な思考に没頭していたせいか、声を掛けられるまで横のランニングマシンで冥夜が走っていることにさえ気が付いていなかった。

武のペースに合わせてか冥夜もまたウォーキング程度の速度だが、その視線は前を見据えたままだ。

 

「あ~正直に聞くぞ? お前、現地に行ってすぐに撤退するとか、そもそも軌道上には上がるが予備戦力として扱って、と……ワリぃ、聞くまでもなかったな」

「判っておるならば口にすべきではないぞ」

 

 言葉の途中だったが、間違いなく殺気までも滲ませながら、冥夜が睨みつけてくる。冥夜が自身の安全を考慮して、形だけの参戦などを受け入れるはずもなかったのだ。

 

 

 

「正直に申せば、御剣冥夜が消える舞台としては、次の作戦というのは望みうる最良であろう」

「消えるって、お前……」

 

 武が洩らした言葉を自身を慮ってのことだと判っているからこそ、怒りを一瞬で鎮め冥夜は再び前を向く。そして望まれている役割を、自身に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。

 

「おそらくだが、私が衛士として戦場に立てる機会は、たとえ生きて帰れたとしても後幾度とは無かろう。たとえ乗機を不知火、いや撃震に変えたとしても、それこそ名前どころか顔形まで変えねば衛士としては生きていけまい」

「いや……それは、そうなる、のか?」

 

 悠陽個人ではなく、煌武院が家として冥夜の偽装を受け入れたのは、政治面でも軍事面でも実績を積み重ねている斑鳩崇継への警戒があったであろう程度には、武にも推測できる。

 そして衛士として訓練を受けているとはいえ、視察程度ならばともかく、悠陽自らが前線に立つことなどできようがない。それを「御剣冥夜」としての形で、先の九州防衛戦に先立ち前線に臨んだという「実績」を作りたかったのだろうとも思える。

 

 崇継と比肩できるほどではないが、あの九州における偽装だけで、お飾りに過ぎないと思われていた将軍職には十二分に意味があったはずだ。

 

 

 

「そなたらの尽力に助けられて望まれた程度には名を上げられたのではないかと、これでも己惚れてはおるのだ。そしてこれよりはかのお方の負担になるであろうとも判っておる」

 

 今は国外に出ているからもさほど問題視はされていないのかもしれないが、これ以上は「御剣冥夜」としての名が高まり過ぎる。

 今の程度ならば双子であることを知られたとしても、むしろ悠陽が「御剣冥夜」の名を借りて参戦していた、と捉える向きを大きくできる。だが今後も冥夜が前線で戦い続け戦果を積み重ねていってしまえば、当然ながら冥夜本人の実績として認識されることも増えてしまう。

 

 そうなってしまえば、煌武院の古い因習ではないが「双子は世を分ける」要因になりかねない。合衆国との関係が比較的良好なこの世界線では発生しなかったが、今後クーデターなどが画策された場合に神輿として担ぎ出される可能性もないとは言えなくなってしまう。

 

 今の冥夜の立ち位置は、各方面の微妙な思惑の上で成り立っている。たしかに喀什でその身を散らしてもらうのが収まりが良いと考える輩が居てもおかしくはない。なによりも悠陽の感情ではなく、その立場からすればそうなることがある意味では望ましいのだ。

 

 喀什攻略が失敗したとなればその参戦記録自体が秘匿されるであろうし、成功したとなれば人類初のハイヴ攻略が大々的に喧伝されること横で、冥夜の生死に関わらず「御剣冥夜」の奇跡の生還は静かに広げられるはずだ。

 

 

 

「いや、いまならまだその立場を下げてなんとかギリギリ……って、お前がそれを飲むはずはねぇ、か」

「そなたは私のことをよく判ってくれているようだな」

 

 武が零した言葉を、冥夜は笑って赦す。

 

 単純に国連軍を退役し斯衛からも距離を取り、外様武家でしかない御剣家当主としてのみであれば生きていける道はあるかもしれないが、それはまさに悠陽の予備としてのみ生かされるということで、幽閉に近しい。そしてそれでは悠陽の足枷にはなりこそすれ何ら手助けができる立ち位置でもなくなってしまう。

 

 冥夜がただ生かされ、悠陽の重荷になるような道を選ぶとは、武には考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

「私のことを考えてくれることは嬉しいが、それほど悩むこともあるまい。望んで今の位置に就いたのだ」

「そうは言ってもだなぁ……」

「以前にも申したが、この身の使いどころとしては、望外の立場だぞ? 私だけではどうしようもなかった道筋を切り開いて貰ったのだ。そなたには感謝しかない。それとも私からの謝意は受け入れぬとでも申すつもりか?」

「んな訳ねぇだろ」

 

 冥夜を今の立場に追いやったという自責の念が武にはあるが、冥夜は軽く笑ってそれを否定する。

 

「しかし以前、私はそなたに一人一人が為せることを為すべきだと申したが、間違いであったやも知れぬな」

「いや、今の時代、できることをできるヤツがこなすのは当たり前だろ?」

 

 ――人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである。

 

 慧の父親である彩峰陸軍中将の言葉ではないが、個々人ができることをしていかなければ、人類に未来はない。小さくとも何かを積み重ねていかねば、BETAに押し流されて滅びの日を迎えるだけだ。

 

 

 

「そなたは為せることが大きすぎるのだ。それそえも自覚しておらぬのか?」

「そりゃあ買い被りすぎだろ。訓練教官補佐やってたから勘違いしてるだけじゃねぇか?」

「あの時点で、そなたが我らよりも先に進んでいたことはたしかであろう。それは別としての話だ」

 

 武の言葉を冥夜は静かに受け入れる。

 武は繰り返された世界線で、訓練兵など幾度も繰り返してきたのだ。訓練兵に期待される程度のことなど、完全にこなせて当然でしかない。

 

「一応、お前らよりも前に衛士訓練に入ってたからな。できて当たり前だ」

「ただそれだけで神宮司大尉が、何よりも香月副司令がそのような立場に据えるはずが無かろう?」

 

 偽装の経歴を思い出しながら武は言うが、冥夜はそれでは納得しなかった。過大評価だと武には思えるが、上官二人に認められていたと言われれば、返す言葉もなくなる。

 

「加えて、だ。人類を護る算段、それがXM3であり次に予定されている作戦なのであろう? そなたはそれらを作り上げ形としてきた」

「オレが出した案なんて作戦成功の可能性は限りなく低かったし、生還の目途なんてまったくなかったんだぜ? 計画を今の形に纏め上げたのは、他の将校の皆様方だよ」

 

 そもそも出した案というのも、先に経験した『桜花作戦』をなぞった程度のものだ。武が考え出したものではない。作戦立案に寄与したなどとは、さすがに考えられない。

 

「まったく……謙遜もほどほどにせねば嫌味と受け取られるぞ? 少しは自身が為してきたことを誇るがよい」

「とは言ってもだなぁ、XM3の方も形にしたのは社をはじめ、プログラムを書いてくれた人たちだからな」

 

 武がした思えるのは、別の世界線の知識を伝え、それで形になったモノに少しばかり寸評を加えた程度のことだ。むしろリーディングで身体に負担がかかることを受け入れ、それで武の意識を読みながらOSを仕上げた霞こそが、間違いなくXM3開発の最大の功労者だと考えている。

 

 

 

「XM3といえば、やはり私にはそなたはこの地にて次代の衛士育成に携わるべきだと思うのだがな」

「前にも言ったがオレには向いてねぇよ、それ。最近特にそう思うぜ」

 

 武はXM3の各種モーション作成などに、自分が向いているとは思えなくなっている。

 

 たしかにEX世界線でのゲームなどの経験から、この世界では思いつかないような機動はできるが、それは武ができるだけであって対BETA戦に有効なのかどうかはまた別問題だ。

 加えて武自身の高い戦術機適性から、割合とどのような無茶な機動でも可能としてしまうのだが、それがまた一般的な衛士にとってどれほどの負担になるかの判断が難しい。

 

 結局のところ、たしかに武は一戦術機衛士としては突出した存在ではあるが、それ故に汎用的に使われる機体の機動データ構築といった任には不適格だと言えてしまう。これがまりもほどに人に教えることに慣れていれば、一般的な基準にまで噛み砕くことができるようになるのだろうが、残念ながら武には教育者としての経験に乏しい。

 

 機体機動に関しても、どうしても自身の感覚と能力に頼ってしまうところがあり、動きの意図などを言葉にして説明するのは正直なところ苦手と言っても良い。

 

「むしろ御剣の方が向いてる気がしてきたぞ? 剣戟のモーションとか、よくあれだけ整理できたもんだよ」

「それに関しては、篁中尉殿のお力が大きいな。ただ……そうだな。私が幼少よりも磨き上げてきた剣の技が、形は変われど残るというのは嬉しいものだ」

「ははっ、そう思えるってことは、やっぱり指導者に向いてるってことだと思うぜ?」

「ふむ? 同門の他の者と並んで鍛え上げてきたわけでなければ、無論弟子を取っていたわけでもないからな。そなたではないが、私自身が人にものを教えることに向いているとは思えぬ」

 

 この程度で気が変わるとは思わないが、それでも冥夜には別の道を示しておきたいと、武は言葉にした。

 

 

 

 

 

 

「しかし、ならばそなたは自身では何に向いていると考えておるのだ?」

 二人ともに言葉が途切れ少し静かに歩いた後、アレもダメこれもダメと言い過ぎたのか、冥夜がどこか呆れたかのように問うてきた。

 

「まあ強いて言うなら戦術機の操縦なんだろうが……」

「強いて言うまでもなく、そなたの操縦技術は間違いなく秀でておろうに」

 なんとか考え出した答えも、冥夜には軽く笑って受け入れられてしまう。

 

「いやそうは言ってもだな。神宮司大尉には指揮能力は当然、単純な操縦技術でも追いつけそうにねぇし、近接戦闘とかならお前もそうだが彩峰には届かねぇし、射撃だと珠瀬の足元にも及ばないからなあ」

「ふふっ、あの二人は、本人たちの努力もあろうが、やはり天性の物であろうな」

 

 慧と壬姫とはそれぞれ得意分野は違えど、間違いなく新任衛士という範疇を超えた技能を持っている。そしてそれがただ天賦によるものだたけでなく、自らその技を磨き上げていることを武も冥夜もよく知っている。

 

「それもこの基地に来てからとは上には上がって見えちまうからなぁ。単純に今やりあったらユウヤに勝てる目が見えねぇ……」

「私も今ならばマナンダル少尉と打ち合うのは難しいな」

 

 ユーコン基地到着直後にアルゴス小隊との対人演習があり、あの時は文字道理に完勝したが、いま立ち合うとなればなかなかに勝ち筋が描けない。冥夜もタリサを翻弄していたが、XM3に換装された今の弐型とその運用に慣れたタリサが相手では1on1で凌ぎ合うことは困難なのだろう。

 

 

 

「それでもそなた自身、自らの技は自負しておるのだろう? それを磨き、伸ばし上げればよいのではないか?」

「あ~まあ、そう言っちまえばそうなんだが……あれ?」

 

 武自身の操縦技術を伸ばせば問題が解決するというような簡単なものではないだろうと反論しかけたが、ふとそれが一つの回答であるかのように思えてきた。

 

 先の『桜花作戦』では、武は戦術機ではなくXG-70dに砲手兼操縦士として搭乗していた。武御雷を駆る冥夜とは機体サイズの違いもあり並んで戦っていたとは言い難く、細かな援護などまで気が回せていたとも断言しずらい。

 

 今回の喀什攻略においてどのような部隊配置になるかはまだ伝えられてはいないが、XG-70は10名ほどの搭乗員による、小型艦艇に近い本来の運用になるであろうから、そこに武が選ばれる可能性は低い。

 むしろ戦術機衛士として参加する方が当然といえる。

 

 

 

「あ、いや? もしかして、それでいいのか?」

「む? なにかおかしな話であったか? 将官として大成するには時間が足りず、教育者には向かないと言う。ならば何が好みかと問えば衛士だというのならば、それを延ばすべきであろう?」

 

 何を当たり前のことをと言わんばかりに、冥夜は真顔で応えてくる。

 

「ああ、いや。そう、だよな。オレは良くも悪くも一衛士だよな。ならそれでできることをすべきか」

 

 先のAL世界線では、作戦等に関与できるまでに出世しようとまで考えたが、そんな時間的余裕は無い。それにそちらの才があるとも思えない。後進の教育というのも重要な任だとは判っているが、それが自分が為すべきことだとも考えられない。

 

 それになによりも、それでは冥夜を救えない。

 

 だが、たとえ遠く喀什の地、そのハイヴ最深部てあっても、ともに並んで戦うのであれば、手が届く範囲であるならばこの身を盾にしてでも護り抜くことができるやもしれない。

 

 

 

「ってことは、で。アレをどうにかして捌き続けなきゃならねぇってことだよな……」

 

 考えを纏めるために身体を動かすべくランニングマシンの設定を変更し、走りながら言葉にしながら、あの戦いを思い出す。

 

 重頭脳級たる「あ号標的」は移動こそしないが、自衛のためなのか複数の触手を有し、これで攻撃を行っていた。機械や生体に対しての浸食能力もあったようで、接触は極めて危険だ。

 実質的に冥夜を死に追いやったのも、あの触手による浸食攻撃だ。

 

 要塞級の後尾触手に匹敵する強度を持ちそれ以上の長さがあり、またその数も多い。36mmでは軌道を変えることも難しく、強度的にも突撃級の前面よりも硬く120mmで撃ち砕けるかどうかも怪しい。

 だが、長刀ならば受け流し、弾き続けられるかもしれない。

 

「あ号標的」を破壊するとなるとS-11の集中投下でも効果が疑問視される。荷電粒子砲か、あるいはそれこそ1200㎜超水平線砲の直撃を狙うくらいのことが必要だろう。

 それはXG-70が担うべき任だ。

 武たち戦術機部隊が担うのはXG-70を護衛し、その命中まで時間を稼ぐことになるはずだ。

 

 周辺の他BETAを殲滅しつつ、長刀をもってあの触手を迎撃し続ければよいのだ。それを冥夜の隣に並んで凌ぎきることができたならば、作戦も成功し、帰還さえも幻想ではなくなる。

 

 

 

「ははっ、なんだ単純な話だったんじゃねぇか。御剣、とりあえず要塞級を20体ずつ叩き斬る訓練でも始めるか?」

「なにやら無茶な事に思い至ったようだが……ふむ? 私が付き合えることであれば、喜んで付き従おう」

 

 可能か不可能かではない。

 それを実現できれば生かせると思えてしまったのだから、あとは為すべきことを為すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 




びみょーなところですが、これで一応ユーコン編ラスト、なはずです。クリスマス回とかどうしようと考えてましたがスルーです。合衆国軍基準でPXでターキーとショートケーキがおまけに付いてくるくらいで、さらっと流れてしまうのです。

で周りに流され続けたせいで何やってるのか判らなくなってきているタケルちゃんですが、「あ号標的」さん相手ならパリィし続ければきっと勝てるよッ、という無茶な回答に。

次からは帝国に帰国して攻略作戦の下準備~になる予定です。


Twitterやってます、あまり呟いてませんがよろしければフォローお願いします。
https://twitter.com/HondaTT2

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。