Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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蹉跌の創出

 先のフェアリー小隊とインフィニティーズとの対人戦演習。その結末はインフィニティーズ側のラプター全機撃墜という間違いようのない敗北だったが、合衆国陸軍側としてもむしろ望ましい結果だったという。

 墜とされたと言ってもラプター本体の能力が不足していたわけではない。もともとの演習設定があまりにもステルス機にそぐわぬ形であり、また限定的でもあった。それらを踏まえずに結果だけが広まるならば、合衆国内の議会工作材料と潜在的敵国への欺瞞情報という面で、理想的とも言える敗北だったと言われれば納得はできる。

 

(いや……でもなんで今ここで話したんだ?)

 

 キースによって語られた話の意味自体は武も理解できた。が、話された意図が読み取れない。

 このような内容であれば、表向きはOS開発に携わるだけの衛士ならば知る必要もなく、また知らされるはずもない。たとえ武や冥夜の立場を考慮したとしても、ターニャから小隊内で伝えられればそれで済む。

 プロミネンス計画責任者たるハルトウィックに招かれたこの場、それも彼の存在に一切配慮しないかのような態度で語られた要因が、武には思い浮かばなかった。

 

 

 

(ハルトウィック大佐個人対してに思うところは何かありそうだけど、よく判んねぇ。だいたいプロミネンス計画に対して合衆国が否定的だってのは今更だしなぁ……)

 

 時間に余裕の無い中、無理を通してきたハルトウィックへの意趣返しなどといった稚気じみた嫌がらせの面がまったく無いとは言えないだろうが、さすがにそれが主たる目的のはずもない。

 合衆国がプロミネンス計画から距離を取っていることは、この場にいる者ならば知っていて当然だ。とはいえ、たとえ戦闘教導団所属といえど一尉官程度の立場で計画総責任者たる大佐を揶揄したところで意味があるとは思えない。

 

 プロミネンス計画への合衆国の対立姿勢は、多分にターニャの意向も入ってはいるだろうが、合衆国から見ればなにもおかしなところはない。とくにG弾を基軸としたドクトリンへと移行している合衆国陸軍からすれば、戦術機の改良を進めるプロミネンス計画にさほどの価値を見出せないのは当然だ。

 それにG弾を考慮せずとも、パレオロゴス作戦以後機甲戦力の多くを失ったヨーロッパ諸国と異なり、合衆国陸軍は今なお十全の砲戦力を有している。オール・TSF・ドクトリンを採用するユーロ諸国が戦術機戦力に傾倒する必要があるのに対し、合衆国においてその比重は低い。

 

 だがプロミネンス計画はあくまで国連の計画であり、その予算や人員なども国連内で処理されている。出資国として合衆国が思うところはあろうが、軍の尉官程度が反対表明をしたところで何かが変えられるはずもない。

 

 

 

 つまりはキースの話は、あくまで武たちフェアリー小隊に向けてのものであるはずだ。

 

(ハルトウィック大佐へのメッセージじゃねぇッて事は、俺ら向けの説明……であることは間違いない。意味が判りませんでしたなんて考えてる場合じゃねぇ。よく見て良く聞かねぇとマズいな)

 

 鎧衣課長やジョン・ドゥを名乗った情報機関関係者の姿が無いことで、戦術機に関する話だけで済むだろうとどこかで気を抜いていた自分自身を叱責する。

 

 ただレオンが同席していることからして、キース自身がこちらの事情をそれなりには知りえているだろうとは思える。武に関しての情報はなくとも、冥夜の立場はそれなりに予測しているはずだ。

 非公式で迂遠ではあるが、フェアリー小隊が帝国へのメッセンジャーとして期待されているとは考えられた。

 

 

 

「深く考えすぎるな、白銀少尉。ブレイザー中尉殿が最初におっしゃっておられたであろう? 我らにとっては朗報だと」

「は? いえ、たしかにそうではありますが……」

 

 ターニャが無表情なままに、話の流れを掴めずに考え込んでいた武を嗤って見せる。

 たしかにキースは最初に朗報だと言ったが、だかそれでも先ほどまでの話では何がフェアリー小隊にとって益があるのかはやはり判らない。

 

 しかし横の冥夜はターニャの言葉を受けて、ごく微かに眉を寄せた。加えてハルトウィックやその秘書官もその表情を強張らせている。周囲の反応の変化を見てとると、やはり気が付いていないのは武だけのようで、また考え込んでしまいそうになる。

 

 

 

 

 

 

「ははっ、すまんな白銀少尉。たしかに話が回りくどかったやもしれん。これでは年を取った証拠だと、部下どもから笑われるな」

 そんな武へ、キースが笑って言葉を掛けてくれる。このあたりどこか教師じみた印象があるのは、教導という任に着いているからかもしれない。

 

「なに、簡単な話だ。要点は二つ」

 そしてあらためての説明のために、キースは指を立てて見せる。

 

「一つは、ラプター一個連隊を含む三個連隊324機、つまりは一個師団規模の戦術機戦力の提供が確定された」

「……は? あ、いや、まさか……」

 

 キースが一つ目、と言って指を折りながら語った数字、その意味に思い至り武はまともに言葉が紡げない。

 

「いやいや白銀少尉、何を驚いている? そちらからの提案であっただろう? 次の作戦において、そちらからの要求を陸軍はほぼ丸ごと受け入れた、という事になるな。先に伝えられていた部隊とは別に、予備戦力からも追加で一部を回す形だ。さすがに全機ラプターでなどというのは無理だが、残る二個連隊もF-15Eで、部隊の練度も水準以上であることは間違いない」

「それは……本当に、ありがとうございます」

 

 どちらからのとか何の作戦に関しては、さすがにキースも明言はしないが、それが喀什攻略を意味することは明らかだ。そして提示された戦力は、武たちが当初予定していたものを超えるほどだ。

 

 

 

(えっと、合衆国から最初に言われたのが一個連隊規模だったから、ここに三個連隊加わって、ラプター108機にイーグル324機、か? 帝国が陸軍と斯衛、あと在日国連軍で各一個連隊ずつで、俺らA-01は連隊……って言うには数が減ってるがそれでも二個大隊ほど。あとはNATOってかイギリスからたしか一個連隊は確定してた、よな?)

 

 この場で指折り数えてというのは無理だが、頭の中で正面戦力となる予定の戦術機の数を並べていく。単純に総計であれば九個連隊三個師団、1000機に届く軍団規模となってはいる。

 国連軍主導という形のために師団規模できれいに別れるわけではなく、雑多な寄り合い所帯ではあるが、そもそも戦術機は一気に投入するとしても連隊規模までだ。指揮系統などで大きな混乱を招くほどではないだろうと楽観視しておく。

 

 予備作戦として合衆国が提示してきた『フラガラッハ作戦』、そこに投入する戦術機戦力をこちらに回したとキースは言ったが、そちらが減少しても武としては憂慮することもない。G弾の大量連続投射による喀什ハイヴの完全破壊など、ユーラシア大陸の崩壊の可能性すらあるのだ。

 そちらに計画が移行した段階で、人類存続といった目的は潰えたと考えるしかない。恒星間移民計画発動の時間が無い分、第五よりも望みが無いとも言える。

 

 

 

(これで、何とかなる……か、いやこれ以上は望みようもねぇくらいに揃ったんじゃねぇのか?)

 

 師団規模を超える戦術機が合衆国から提供されるのであれば、むしろ初期の想定以上の戦力だ。少なくとも戦術機戦力に限って言えば、武の知る『桜花作戦』よりも充実しているかもしれない。

 加えていまだ試験中らしいとはいえ、XG-70も3機投入の可能性も高い。そして使用には賛成しにくいが、作戦各段階にはG弾の限定投入も予定されている。

 

 勝てるとは断言しにくいが、可能な限りの戦力は集まってきたことは間違いない。

 

 

 

「先ほど話した通りだな。議会からのミサイル開発承認を取り付ける代わりとも言えるが、それだけの予算を使うのならば実証して見せろ、という話だ」

 頭の中で数を数えていたのを見透かしたかのように、そんな無礼とも無様とも言える武の様子を叱責もせず、キースは苦笑紛れに言葉を加えた。

 

「と言いますと、やはりラプターの性能に疑問が持たれましたか……」

 申し訳ございません、と続けるのも何かおかしな気がして、武は言葉を濁してしまう。

 

「白銀少尉……いやフェアリーの諸君が気に病むような話ではない。それに疑われたのならば、実力を持って証明すればいいだけの話だ」

 武の戸惑いを、キースは笑って一蹴する。隣に座るレオンも、言葉にはしないが思いは同じようだ。二人ともに、ラプターの能力を微塵も疑ってはいない。

 

 対人類戦における戦力としてのみ見るならばラプターの実力は伏せておくべきという考え方はできなくもない。だが議会からすれば高額な備品の一つでしかない。それがどれほどの能力を持つものなのか、コストに見合うものなのか証明しろというのも、ある意味において当然だ。

 そしてラプターは対人類戦を念頭に置かれているとはいえ、戦術機だ。ならば対BETAにおいて、その能力を実戦にて明らかにせよという話が出てきてもおかしくはない。

 

(ラプターとの模擬演習にどの程度意味があるのかよく判ってなかったが、事務次官補殿はこれが狙いだったってことか?)

 

 横に座るターニャの様子を盗み見るが、当然のようにその表情から内面などは伺い知りようもない。だが、演習の結果が伝わってからの決定が早すぎる。事前に何らかの取引と根回しが行われていたことはたしかなようだ。

 

 

 

 

 

 

「残る一つは、先の話にも関係するが、合衆国陸軍でもXM3の導入が正式に決定された」

「そっ、それは、ありがとうございますッ!!」

 

 あっさりと告げられた言葉が理解できた瞬間、武は大きく声を上げてしまった。

 XM3の提示はフェアリー小隊としての主目的であるが、対BETA戦力として疑いもなく最大である合衆国陸軍に採用されるという意味は大きい。なによりも喀什攻略にどれほど間に合うかはともかくも、投入戦力増強の一助になる可能性は極めて高い。

 

「先の帝国国内でのトライアルを受けて、すでに海兵隊や海軍が導入へと動き始めていたからな。メーカーの方ではそれに合わせての改修計画も上がってきている。そうなれば陸軍でも試験的にでも採用を、という話は以前からあった」

 

 中遠距離での砲戦を主体とする合衆国陸軍では、機動性向上を第一義とするXM-OSに対する反応は薄く、それもまた当然だった。現状の運用であれば、たとえXM3に換装したとしてもその機能を十全に発揮できるとは言い難い。

 だが、同じ合衆国軍でも陸軍と、海軍や海兵隊とでは、戦術機の運用方針は大きく異なる。大規模投入が難しい海兵隊などはどうしても近接格闘戦の頻度が高くなり、むしろそのドクトリンは帝国斯衛などに近しい部分さえある。

 

 そして運用している機種は違うとはいえ、海の連中が使うのであればむしろ陸に回せ、という話になるのは、ある意味で仕方のない流れだ。CPU換装を伴わないXM1ならばともかく、少なくともXM2にしろXM3であれ換装して性能が下がることはないのだ。あとはコスト面と訓練期間の問題だ。

 

 

 

「XM1は試験採用に限定されるが、こちらも中隊分程度のライセンスは確保する。XM2に関しては、まだ様子見といったところだ」

 

 XM1の導入は簡単だが、CPUの負担は上がりハードの更新が無ければ僅かとはいえ反応速度が落ちる。近接戦闘主体であればキャンセルの意味は大きいが、砲撃戦では単純な処理速度が優先される。なによりもただOSを換装するだけであって、ライセンス料を帝国に払うことになるが、合衆国企業に金が回るわけではない。合衆国陸軍がXM1の採用を渋るのも判らなくはない。

 XM2もコスト的にはは優秀だが、合衆国が採用するには弱い。やはりXM2は亡命国家群に向けた装備になりそうだった。

 

「XM3に関しては年内に一個連隊分に大隊規規模のシミュレーター用と、あとは予備を含めて160セットは帝国に打診済みだ」

「それは……けっこうな数ですね」

 

 キースの提示した数を聞いて単純には喜べないと、武の頭が冷えてくる。戦力化という意味では理解もできる要求数だが、XM3用CPUの生産力という面ではかなり厳しいものになりそうだ。

 

 A-01と斯衛に続き帝国陸軍での採用も始まり、細かな生産能力など武にし知らされていないが、需要のすべてを満たせているとは言い難いはずだった。

 夕呼直属のA-01は当然ながらすでに全機XM3仕様だ。斯衛の方でも武御雷への換装は11月中に完了しており、いまは瑞鶴への導入が進められている。帝国陸軍では九州防衛に際しXM1の導入を急いだこともあり、こちらは遅れ気味と聞いていた。

 

 合衆国向けに先ほど言われた数を用意するならば、他の打診を受けている国々は当然、帝国陸軍へ回す予定も変わってくるだろう。

 

 

 

「帝国の生産能力に期待する、という話ではないぞ? それが用意できないならば、合衆国で作るので情報を開示しろ、ということだ」

 武が生産数に悩みかけるのを、ターニャの言葉が遮った。

 

「あ~つまりできると答えたとしたら……」

「当然、それ以上の数を追加してくるであろうな」

 

 ターニャはわざとらしいまでに愉しげに嗤ってみせる。

 

 XM3用CPUの根幹技術の流出を避けるために合衆国への提供を優先すれば、他国どころか帝国自身へも満足に供給できなくなる。そしてもし合衆国の初期オーダーを満たせるならば、さらに発注を重ねてくるという。

 極論、合衆国企業の資産をもってすれば、帝国で生産可能な程度の数であればXM3用CPUを買い占めることさえ可能である。

 

 現時点において、XM3用CPUに関しては帝国はたしかに独占的な供給者ではあるが、帝国のみで各国軍部の需要を満たすことは短期間的には難しい。今現在運用されている戦術機に行き渡るほどに生産されればその需要も一定数へと収まるだろうが、それを今すぐ一気に賄えるほどには帝国の生産力は豊かではない。

 

 

 

(第五関係からの妨害か? 第四から帝国企業への利益供給って面があったけど、それを潰しておくってことか? あ~いや、企業というか国家としては当たり前の対応か)

 

 なにも合衆国に限った話ではない。

 生産基盤という面においては、国土とともにその工業力をもを失ったユーロ諸国は除かれるが、合衆国やイギリス、オーストラリアや台湾などであれば、基幹技術の提示さえなされれば、時間はかかるだろうが自国生産は可能だろう。

 

 対BETA戦の中核戦力たる戦術機、XM3はそれをかなりの低コストで強化できる革新的な技術だ。

 前線国家たるイギリスや台湾は当然自給自足を目指すであろうし、合衆国が戦術機生産から一歩引きつつある現状、その後の市場を狙うオーストラリアとしても是非ともにも押さえておきたいというのは、他開発小隊との少なくないやり取りからも感じられている。

 

 

 

「加えて年明けには、さらに一個師団分、こちらも予備やシミュレータの分まで含めれば400セットほどは欲しいところ、と言われている」

「なるほど……先の話と繋がるというのはそれです、か」

 

 冥夜もその数字を聞いて、さすがに驚きに目が開かれる。無茶過ぎるだろッと武も一瞬声に出しかけたが、先の数字を聞いていたので理解できてしまう。

 合衆国陸軍は喀什攻略に際し、参加衛士の生存性を可能な限り高めようとしている。合計で四個連隊分を早急に、というのはそういう意味だ。

 

「はははっ、ビジネスの話には疎くて申し訳ないが、商売が繁盛しそうでうらやましい限りだよ」

 

 そう言ってキースは笑うが、武としてはつられて笑うのも難しい。

 

(いや、コレのどこが俺たちにとって朗報なんだよ。いやたしかに戦力が揃うって意味じゃあ朗報なんだけどさ)

 

 顔には出していないと思いたいが、演習に勝ったはずなのに第四計画にダメージを与えてしまったのではないかとさえ思えてくる。

 

 

 

 ハルトウィックも苦々しげな様子を隠しきれなくなっている。

 つまるところは、XM3の供給を帝国ではなく合衆国が握ることになりそうだ。それは今まで以上に対BETA戦略の中核を、合衆国が握ることに他ならない。

 

(プロミネンス計画への妨害って意味じゃあ、ある意味最強のカードだよな、コレは。嫌がらせとしちゃあ、大きすぎる気もするけどな)

 

 すでにここユーコンに集まっている開発小隊の大半が、XM-OS環境下での機体調整に切り替えつつある。

 

 CPU技術を提示しても、それを独自に作れるのは半数に満たない。とくに共産圏はすべてが亡命国家であり、作れてもXM2用のCPUだ。ソビエトにしてもXM3用CPUは難しいだろう。

 

 ユーロ諸国にしても、イギリスとそしてオーストラリアでの生産は可能かもしれないが、それに頼り切ってしまえばNATO内部での英連邦の発言力が高まり過ぎる。そもそもが前線国家たるイギリスや台湾では、帝国同様に自国分の供給がどうしても優先され、余剰生産が見込めるほどではないだろう。

 オーストラリアだけでは生産基盤が合衆国との間に差があり過ぎ、競合相手にもならない。

 

 

 

 

 

 

(帝国の利益を無視していいってわけじゃねぇが、それさえも眼は瞑れる。むしろXM3の頒布って意味じゃ、合衆国主導ってのは生産能力の面から見ても現実的には最良って言ってもいい。俺は何を見落としてる?)

 

 頭の中で言葉を作りながらも、どこかに違和感が残る。

 隣に座る冥夜が、表情は一切変えていないにもかかわらず、先ほどから何かに耐えるように手を握りしめているのが、どうしても気にかかってしまう。武が気付いていない、あるいは判っていても無視している要因が、何かあるはずなのだ

 

 オルタネイティブ計画の誘致は、国益のためという面が多大にある。第三ではESP発現体の育成に関与した技術が、合成食材生産などへと移転されたとも聞く。

 夕呼が人類内部での足の引っ張り合いを嫌うこともあり、そのような利益誘導を重視してこなかった結果でもあるが、第四計画は今のところ特に何かを帝国へともたらしたわけではない。XM3に関する技術とその関連機材の生産は、ようやく第四が帝国内部で認められる成果とは言えた。

 

 だが喀什攻略に参加する全戦術機にXM3を搭載するため、そしてその後の世界的規模での需要に応えるためならば、帝国だけの国益は諦めて人類への貢献を第一としてほしいところではある

 

(ってことくらいは御剣が判らねぇはずはない。だいたい殿下御自身のお言葉にあったように『もしあの時に準備していれば』ってのは今まさにその時だってのは、コイツが一番感じてそうでしなぁ……)

 

 

 

「詳細な説明ありがとう存じます、キース中尉殿」

 その胸の内を武が推測しきれぬうちに、武の位置からしか見えぬ小さな手を振るえるほどに握りしめながら、冥夜は静かにキースへと礼の言葉を述べる。

 

「お恥ずかしい話ではありますが、たしかに我らが帝国の生産能力では諸外国のみならず貴国一国の需要でさえ満たすことができぬのは厳然たる事実であります」

 

 武同様、冥夜もただの一少尉とは扱われない。どうしてもその身から発せられる言葉は、周囲からは偽装としての「御剣冥夜」であると取られてしまう。

 

 そして今、キースへと向けての言葉という形を取ってはいるが、合衆国陸軍そして合衆国そのものへの帝国からのメッセージだとと受け取られることを冥夜自身が誰よりも深く自覚しながらも、告げる。

 言葉の先はキースだけではない。おそらくは臨席しているハルトウィックへの意味もある。

 

 

 

「国際社会における貴国のお立場を鑑みれば、ミサイル開発なども含めたうえでの戦術機の質的向上はたしかに重要でありましょう。XM3がその一助となることは誉れでもあります」

 

 だが他の誰に対してよりも、今まさに同じ側へとは座っているが、ターニャ・デグレチャフへと向けての言葉を「御剣冥夜」は紡いでいく。

 

 戦術機は対BETA兵器ではあるが、ラプターが顕著ではあるがそれだけに留まるわけではない。そしてXM3は先の演習結果が表すように、対人類戦においても優位性をもたらす。

 このBETA大戦下においてでさえ、合衆国の敵はBETAだけではない。そして同じく日本帝国の敵も、またそうである。それは否定しようのない事実だ。

 

 武が見逃しながらも、ハルトウィックが警戒し、冥夜が恐れていたのは、この可能性だ。

 戦場に立つ兵士だけでなく場合によっては後方の人々を傷付けることを、ただ必要であるからと受け入れるのは、たとえ武家に連なる身であっても難しい。それがまだ自身の手を汚すだけならば折り合いの付けようもある。だが武が望み悠陽が後ろ盾したXM3が、護るべき者たちへと刃を振り下ろすようなことは認めがたい。

 

 そしてターニャであれば、それが必要と判断すれば躊躇うことなく運用することを、冥夜は確証している。そして今の冥夜では、意味は薄いとも判りながらも、言葉を重ねることしかできない。

 

 

 

「ですがXM3はBETAを駆逐するため、その機体を駆る衛士を護り、ひいては共に戦う輩を、そして何よりも我らの背後ある民草の平穏を護るためのものであると。そのことだけはお忘れなきようにとだけお願いいたしたい所存です」

 

 戦術機の矛先を無辜の民に向けることだけは無きように、そう冥夜は祈るように告げた。

 

 

 

 

 

 

 




腹の探り合いになるはずがそこまでたどり着かず……

現実の方では半導体の供給不足が続いておりますが、XM3用CPUの生産率とか原作では触れられてないけどどれくらいの作れるのかまったく謎です。もしかすると帝国の脅威の技術力で一気に生産できる程度なのかもしれませんが、この話においてはびみょーに生産性が悪いので合衆国が絡まないとXM3を普及させるのは難しい、とさせていただきました。

とりあえず21年内の更新はこれで最後になりますが、さすがに22年中には完結までもっていきたいなぁ……と毎年書いてる気がしないでもありませんが、4章はあと2~3回で、最終章は10回くらいの10万字以内になる、はずです。よろしければいましばらくお付き合いください。


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