先日行われた武たちフェアリー小隊と合衆国教導隊たるインフィニティーズとの対人演習は、インフィニティーズの全機撃破に対し、フェアリー小隊の大破2中破2という形で終了した。
衝撃的ともいえる演習結果は瞬時にユーコン基地内に知れ渡り、当然の如くに各国軍指導部にも伝わった。フェアリー小隊の大破2機が自損ということもあり、ラプターの最強という幻想はここに終焉を見たとも言える。
その流れを受け、フェアリー小隊にはユーコンのほぼすべての開発小隊からあらためて各種XM-OSの詳細データ提示と、合同訓練などが提案された。もちろん帝国の方にも打診されてはいるだろうが、ある程度は直接フェアリー小隊で対処せねばならず、人員の乏しさがここでも問題となった。
それらの対応こそがXM3提示というフェアリー小隊の任務目標ではあったが、弐型とF-15ACTVへのXM3適応調整という直近の課題はある程度延期せざるを得ず、また今後の訓練予定なども大きく変更することになりそうだった。
そんな最中にプロミネンス計画最高責任者たるクラウス・ハルトウィック大佐から会談の誘いが届けられたが、さすがに二つ返事で受け入れられるはずもない。命令であれば直ちに出頭するが、誘いとなれば逆に難しい。
だがインフィニティーズと合同の懇談という形と伝えられたため、半ば無理やりな形で小隊の予定を開けることになった。それでもまりもと純夏とは他小隊との折衝もあり、結局参加するのは武と冥夜そしてターニャの三人に限定された。
出席が確定したことでかすかに笑って見せたターニャの様子に、武だけでなく冥夜も不穏な空気を感じたようだが、さすがに表立って問い詰めることなどできようもない。そもそもがプロミネンス計画を潰すと断言したターニャだ。計画最高責任者たるハルトウィックは、当初から排除すべき障害なのだろう。
会談予定の日時となり、日本人的気質からかどうしても早めの行動を取ろうとする冥夜と武だったが、急ぐ必要もあるまいとのターニャの言葉に従い指定された時間通りに執務室へと赴く。さすがに今回はウォーケンも付き従うことはなく、武たち三人だ。
「ハルトウィック大佐殿、ご招待ありがとうございます。ブレイザー中尉殿もご同席ありがとうございます。ですが神宮司大尉の欠席、誠に申し訳ございません」
招待したハルトウィックに対してだけではなくインフィニティーズ側へも謝罪すべきかとも考えていたが、そちらも予定が開けられなかったのかあるいはフェアリーに合わせてくれたのか、執務室に来ていたのは小隊長のキースとそしてレオンの二人だった。
それでも小隊長たるまりもの欠席は流石に不味かろうと、二人には言葉を飾らずに敬礼しつつ詫びる。
「楽にしたまえ。なに気にすることはない、白銀少尉。緊急事態でもあるまいに、我々が招集一つで即座に全員集まれるなどと、そのように考える無能は合衆国軍にはおらぬよ」
だが即座に応えたのは、ハルトウィックではなく、軽く返礼したキースだった。
「ご覧の通りに、こちらは衛士全員どころか、CP将校を連れてくる余裕さえない。ただカイロスは口にはしなかったが、君らから直接話を聞けないことを残念がっていたよ」
キースの態度は軍人としてありえない。所属が違うとはいえ、上位の者の言葉を、それもホストを差し置いてだ。武の挨拶にハルトウィックはどこか余裕を見せようとしたのか、軽く笑って何かを口にしようしていたが、それを遮るような形で、だ。
口調は穏やかだが、キースの態度は間違いなくハルトウィックを同盟国軍人どころか、対等の相手として扱ってはいない。
だが元々合衆国はプロミネンス計画には消極的だ。加えてハルトウィックは第四だけでなく第五にも反対の意向らしい。友好的な関係など望むべくもないのはある意味当然と言えた。
「ブレイザー中尉殿、ご無礼が過ぎませんか?」
だがあまりにも敵対的なキースの言動にハルトウィックの秘書官らしき女性将校が眉を顰め、我慢ならぬと口を挟む。
「ああ失礼。無理矢理に近い形で演習日程を組んでもらった我らが言うことではなかったようだ。なに、こちらも急がねばならぬ理由というのがあっただが……それはむしろフェアリーの皆には朗報と言える話のはずだ」
軽く自虐めいた言葉でキースは詫びを口にするが、あくまでそれはフェアリー小隊に向けてだ。そこにハルトウィックへの敬意などは欠片も存在しない。
「ッ!!」
「ブレイザー中尉、急ぎとはいえ立ち話も無かろう。みな座り給え」
わざとらしいまでのキースの態度に、秘書官はさすがに耐えきれないようで叱責の声を上げようとでもしたのただろうが、それをハルトウィックは遮り、着席を促した。
「ハッ、了解いたしました、大佐殿。たしかにコーヒーの一杯くらいは頂いて帰りたいところですな」
「ブレイザー中尉殿。こちらもそれなりの時間は空けておりますゆえ、お気になさらず」
ハルトウィックの誘いをあっさりとターニャは受け入れ、さっさとテーブルに着く。
武がターニャの様子を軽く伺うと、一見いつもの無表情だが僅かながらに口元が歪んでいる。判りにくいが上機嫌である様子に、キースのこの態度は予定通りの流れなのだろうと受け入れた。
「まずは先日の演習、付き合ってもらい、本当に助かった。こちらでは上の方が大喜びだ」
レベッカ・リント少尉と紹介された秘書官が全員分のコーヒーを用意したが、その程度の時間で空気が緩むはずもない。なによりキース自身、ハルトウィックへの敵意に等しいまでの隔意を隠すつもりもないようで、まるで自らがホストであるかのように振舞って見せていた。
「ありがとうございます。我らフェアリー小隊としても、合衆国陸軍最強とお噂されるインフィニティーズとの演習は得る物が大でありました」
キースの振舞いに関しては背景を推測できるものの、言葉の意味が武には判らず、ありきたりの返答しか返せない。
最強と謳われるラプターが負けて良かったと、その機体を駆り、小隊長とはいえ教導部隊に属する者からの言葉に、武だけでなく冥夜でさえ怪訝な顔を隠せてなかった。当然というべき態度で受け入れているのはターニャだけだ。
対応はできたものの、武は続ける言葉が選べなかった。
「ブレイザー中尉殿。我らが小隊の衛士二人、どうやら理解できておらぬ様子です。不勉強で申し訳なくおもいます。またお手数ですが彼らにご説明頂けますかな」
「はははっ、いやお構いなく。こちらのレオンだけでなく、我が隊の残り二人も似たようなものでしたからな」
ターニャが無表情なままに、それでいて声には呆れ果てたかのような色合いを乗せて、説明を求めるが、キースは笑って受け入れる。
(って、ブレイザー中尉、事務次官補のこと知ってるのか、この様子だと。クゼ少尉の方は……って、判んねぇなあ)
武はあやうく流しそうになってしまったが、先ほどからキースはターニャには上官に対するように向き合っている。どこまで知っているのかはともかくも、第四とJASRAの関係性だけでなく、ターニャとその周辺の事情を判っている態度だ。
ただ日系らしいと言えば良いのか、レオンも冥夜に似た無表情を貫いているので、武程度の観察眼では判断できない。
「私自身を含め、衛士に限らずパイロットというものは、どうしても近視眼的な勝敗や、性能に拘ってしまうものなのです。強い戦術機こそがなによりも重要である、などと言いだすように、ね」
ターニャに促された形ではあるが、キースにしてみればその説明は既定路線なのだろう。むしろハルトウィックを揶揄するかのように言葉を加えて語りだした。
「今回の演習結果はラプターの被撃墜という事例において、最高ではないがおそらくは想定される中では最良に近しい形だと判断されている」
あらためて繰り返されたキースの言葉に、横に座るレオンは無表情を取り繕おうと努力はしているようだが、少しばかり顔を顰めてしまう。事前に説明され、政治的には理解できてもやはり一衛士としては納得できていないようだ。
「大きく言えば、今回の敗北でラプターの戦略的価値いや政治的価値は格段に引き上げられた」
ラプターの最大の問題は、「最強の戦術機」という幻想だと。キースは続ける。
防衛戦闘においては、相手側から手を出すことを躊躇させるという意味で、その幻想は有効である。対して攻勢に出ようとした場合、いままでは相手側がどれほどの防衛戦力を用意するかが事前に判断しにくく、戦術面の純粋な攻撃力としては使い勝手が悪かった。
それが今回の演習でラプターが撃墜されたことで、防衛側の戦力構築想定が可能になったとキースは言う。
「えっと、それは……対空監視を強化すれば発見できる、そして発見してしまえば間接支援砲撃であっても破壊できると、そう考えるということでしょうか?」
言葉の意味自体は捉えられても背景が理解しきれず、武は同じ言葉を繰り返すようにキースに問うた。
当たり前だが、今回武たちフェアリー小隊が成し遂げたラプター全機撃墜という結果は、例外的結果だ。戦術機衛士ならば当然、それらを指揮・管理するものであれば、同じ想定状況であったとしても再現可能かどうかと問われれば否と答えるだろう。
最初期に目視にてラプターを発見できたとしても、二機分隊程度では間接砲撃での撃破どころか、命中弾を期待することすら難しい。
そもそもがフェアリー小隊であっても、あれは長距離誘導兵装を使用しないという特殊条件下であれば、ファースト・シュートが可能であることを示すためだけの、文字通りにデモンストレーションのはずだったのだ。
あのような特殊事例をもって防衛計画を立てるような軍関係者など居るのかと、武は怪訝に思う。
「衛士ならば、無理だと判ろう。大隊指揮官であっても微妙なところだ。だが参謀本部に、その上の議会や党の背広組はどうとらえるか、だ」
だが武の疑惑を、キースは笑って肯定する。前線で戦う者と後方の者、そして軍と政府とでは、どうしても認識に大きなズレができてしまう。
「我らが合衆国に対立する軍事組織が、ラプターを警戒して日々対空監視に着いてくれるのであれば、前線で敵対戦術機を中隊規模で撃破するよりも戦略的意味は大きい」
ラプターの進攻が予測されてしまえば、対立組織はその進行を警戒せねばならない。以前のように迎撃不可能だとまで割り切れていれば、それを下に作戦を立案していただろう。だが今後はフェアリー小隊の実績をもって「既存戦力の組み合わせ如何では迎撃できる可能性が高い」と判断する場合も増えてくる。
いつどこから攻撃があるか判らないと相手側に思わせ、防衛の為に戦力を温存させる事ができれば、直接的に相手戦力をそぐことよりも意味は大きい。ステルスや長射程兵器の利点とは、突き詰めれば敵戦力を後方に押し留めるための見せ札だ。
そして警戒していれば発見できるとなれば、それに賭けてみようとする指揮官は少なくはないだろう。結果、来るかどうかも定かではない敵戦力発見のため、有視界哨戒を末端の兵士に強いることができる。
非効率な防衛線構築を敵が取ってくれるのであれば、それだけで十二分の成果を上げていると言える。
「加えて、だ。ステルス第三世代戦術機相手だとしてもXM3搭載型第三世代機であれば十分に対等に戦闘が可能だと、実現して見せたことにも意味がある」
ソビエトを筆頭に、東側諸国の首脳部にステルス戦術機はさほど対人類戦においては脅威ではない、と誤った情報を与えた事がなによりも大きいのだ。
もちろん先のキースの言葉通り、末端の衛士や戦術機大隊指揮官クラスまでならばそのような幻想は抱かないだろう。だが党本部の人間が、戦術機での対人類戦に精通しているはずもない。既存戦力の改修程度で対応できるならば、と各種リソースの振り分けが減る可能性は少なからず存在する。
十分な機動性能を持つ第三世代機にXM3を搭載すれば、ステルス機にも対等以上に戦えるとなれば、中ソがステルス技術開発に割くリソースは減るかもしれない。無駄な機能だったと思わせる事で、有効な対策を講じることもなくなるかもしれない。
相手戦力の過小評価は戒められるべきだが、敵対者がそれを行ってくれるならば歓迎すべき事態だ。
正対した武の印象としては、既存OSのラプターに対してでさえ、たとえXM3があったとしても吹雪では苦しかった。先の演習でも最終的にはレオン機を墜としたとはいえ、左腕は最初に自損したとはいえ最終的には中破、他には軽微な被害は受けている。
「ところで白銀少尉? どうやれば我々が勝てたと考えるかね? いや君たちならばどう戦ったかね?」
武と冥夜とが、合衆国陸運が今回の敗北を喜ぶ背景を理解したと見て取ったようで、キースは話を変えるように問うてきた。
「そう……ですね。さほど独創的な案が出せるなどとは言えませんが……」
武は問われて一応は考える素振りするものの、キースにすれば当然すでに考慮され尽くした答えしか選びようがない。そしてその答え自体が話の結論でもある。
「相手よりも先に発見できるという利点を生かすには、相手よりも先に撃てる必要があります。とすれば支援突撃砲を主兵装とするか、Mk-57などの大口径砲を携帯するか、でしょう」
求められている言葉では無いとは判りつつも、無理のない範疇で武は答える。
とりあえずはハイヴ内での対人類戦というあまりにデリケートな仮想的な想定条件は気付きもしなかったという体で、武は単純に射程の延長を提示しておく。
実際のところ、帝国が採用している87式突撃砲に比べ、合衆国のAMWS-21の方が僅かなりとはいえカタログスペック上は有効射程が長い。長砲身化した支援突撃砲であればその差はさらに広がる。
射程だけでなく、加速においても単純な最高速度でも、ラプターは間違いなく最高峰の戦術機だ。中遠距離の砲撃戦に徹すれば、負けるはずがなかったのだ。
「ふむ。面白味はないが、妥当な提案だな。他にはないかね? なに、あの無意味に等しい演習想定条件は無視して貰ってかまわん」
「演習条件に拘らないとなれば……そうですね、より実戦に近しい状況を想定したものであれば……となりますか?」
「実戦、か。そうだな、貴官ならラプターをどう使うのかには、興味がある」
言葉を濁すような武に、キースは口元だけ笑って見せて先を促す。
話が対人類戦に傾きつつあることは武にも判っている。いまのところ武自身そして帝国が対人類戦に意欲的であるかのような言質は取られていないだろうが、どうしてもハルトウィックの視線は気になる。
(いや? そもそも気に掛ける必要もないのか? 今はともかく合衆国陸軍がXM3を採用してくれる方が、俺たちにとっては利点が大きいんじゃないのか?)
XM3開発において、斯衛に協力を取り付ける際には、それが対人類戦を想定したものだと疑われるのはリスクが大きかった。先の世界線ほどではないが、それでも在日国連軍や特に第四計画に対しては、帝国内からの反発は少なからずある。第四が対人類戦の可能性を考慮しているなどと少しでも疑われれば、どれほどの妨害があったか想像もしたくない。
だが、いま対峙しているのは合衆国陸軍の戦闘教導団と、西ドイツ陸軍の者たちだ。
資料を読んだ限りではあるが、プロミネンス計画を進めるハルトウィックは対BETA戦にのみ注力している。武としてはその態度には共感したいが、かといって西ドイツ軍が喀什攻略に際し、直接的に貢献ができるわけではない。西ヨーロッパ方面での陽動作戦においても、その主力となるのは英国の予定だ。
対してキースを始め、合衆国軍には帝国に並ぶ程度に戦力の提供を求めている。
どちらを重視して話を進めるかは、悩むまでも無いことなのかもしれない。
「ステルス機としての利点を生かすのであればBVR(視界外射程)攻撃力の確保であると愚考いたします」
演習での想定条件は無視していいと、演習結果に関しての会談というこの場の前提を否定するかのような問いかけだったが、そうなれば答えは簡単なのだ。
それを口にするかどうかが問題だと悩んでしまったが、そもそもラプターが対人類戦を想定して設計されていることなど、戦術機に少しでも関わる者からすれば常識的事実だ。他国の武が気に病むことでもなかった。
そして対BETA戦を完全に無視する形での答えだが、ターニャの様子を窺っても止めようとする気配はない。以前の、ハイネマンとの会談の時もそうであったように、XM3開発に携わる者から直接の言質を与えておきたいということだろうと武は想定し、話をつ 告げる。
「我々がやって見せた間接砲撃での命中弾など、あれは曲芸に等しいものです。当たり前に考えるのであれば、視界外射程を持つ誘導弾頭の搭載でしょう」
「そのとおりだ。そして今回の結果を議会に上げれば、BVRAAM(視界外射程空対空ミサイル)開発への無駄な横槍も減るだろう」
武の答えに、今回の演習の敗北のもっとも大きな利点だとキースは大きく笑って見せた。
しかし空対地ミサイルならばまだしも、空対空ミサイルは対BETA戦においてはまったく無用の長物である。戦闘教導団の小隊長による対BETAではなく対人類戦に注力しているかのような発言に、西ドイツ軍に属する二人は緊張は間違いなく高まった。
ハルトウィックは流石に顔には出していないが、その秘書官は明らかに敵意をもってキースを睨みつけていた。
招待した他国の軍人を叱責するようなことはないだろうが、武も返答には詰まってしまう。
「流石は合衆国最強と噂される戦闘教導団の方々ですな。見事な現状認識に感服いたしました」
だが緊張した室内の空気などまったく歯牙にもかけぬように、それまで沈黙を守っていたターニャによって言葉は紡がれた。
「なに、ミサイル自体は戦術機での使用に限定せねばならぬものでもありますまい。今から開発しても遅すぎるということはあっても、早すぎることはないでしょうな」
それは使う時期とそして場所がすでに決まっていると、まるで判っているかのような物言いだった。
コーヒーカップで隠してはいるものの、横に座る武からは、悦びで歪むターニャの口元が良く見えた。
試合には負けたけど勝負には勝ったぜっと言訳する回と言いますか、そもそもがフェアリー側もインフィニティーズ側も、分隊遭遇戦の演習結果でどうこうなるようなモノを目的とした部隊じゃないよねぇ……と。
でキースさんにハルトウィックさんどんなキャラだったかなーっと小説とか読み直したりもしましたが、そもそもが登場シーンが少ないです。ゲームまではやり直す時間はなかったので、もし気になる箇所が目についたらこっそりと修正するかもです。
でで、次回は「ハルトウィック暁に死す」とかカッコよい話ではなく、たぶんコーヒー飲みながらグチグチと腹の探り合い予定、です。
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