Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

87 / 121
品等の縄墨

「「「「ハッピーバースディ、タケル&メイヤッ!!」」」」

 

 武と冥夜とは互いにプレゼントを交換し合った後は、さすがにそのままお茶を続けるというには少々気恥ずかしく、早々にポーラースターへと向かった。が、すでに純夏とアルゴスの面々は到着しており準備もほぼ終わりかけていた。待つほどでもないということで予定よりも早く、二人が席に着き次第に乾杯となった。

 

「おめでとー二人とも。でもタケルちゃん、早すぎだよ~もっと二人でゆっくりしてくるべきだったよ」

「いや、そうは言ってもだな。こっちの時間も気になったしな」

「そうだな。せっかく皆が準備してくださっているのだ。遅れるわけにもいくまい」

 

 武としては言い訳になるが、そもそも予定を立てての行動ではなかったのだ。このリルフォートに詳しいわけでもなく、また日本よりも寒いこの地であまり散策するというのも問題かと思ってしまっていた。

 また冥夜からすれば武へのプレゼントを贈った時点で、外出の目的は果たされた、というところなのだろう。加えて生来の几帳面さから、遅れて現れることなどできようもない。

 

 

 

「でも小隊内で二人同じってのはちょっと驚きね」

「なんにせよ、めでたいよなっ」

「日本式ってのが判らねぇから、アメリカ式で我慢してくれ」

「いや~タケルに二人で時間を潰させるってのは、まだまだ難易度が高かったか? せっかくの祝いの日なのにな」

 

 乾杯の掛け声の後、純夏の愚痴じみた言葉を皮切りにアルゴスの衛士四人が口々に祝いの言葉を投げてくれた。

 先ほどの事から、武と冥夜の間に少しばかりぎこちなさが残っていたが、武はともかくも冥夜がその様子を悟らせることはない。柔和に笑みを作って律義に謝意を受け入れている。

 

 

 

 ユウヤがアメリカ式といったように、そんな無礼講に近しい雰囲気の中で唯一人、唯依が普段以上に姿勢を正し、武と冥夜の前に立つ。

 

「お二方共に、御誕生の日、お祝い申し上げます。ご活躍とご健勝を心より願っております」

 

 帝国の方では悠陽の誕生が、九州防衛の成功に合わせて祝われたのは、唯依も当然知っている。その上で、冥夜の誕生日が悠陽と同じであることから、冥夜の立ち位置をそれなりには推測しているのだろう。

 冥夜への挨拶につられてか武へも敬語となってしまっている。御剣としての家の格への対応もあるが、むしろ煌武院の中枢に近しい者として武も含められてしまっている気配もあった。

 

 

 

「篁中尉殿、ご丁寧なお言葉、誠にありがとう存じます。この身が今この場にあるのは、中尉殿のユーコン基地でのご活躍があってこそであります。重ねての感謝を」

「過分なお言葉を賜り、身に余る光栄でございます」

 

 以前に冥夜は、ウォーケンからは軍の立場だけで押し進めろと助言されてはいたが、あの時とは状況も変化している。なによりも誕生を祝う席とはいえ、半ば私的な場だ。

 冥夜にしろ唯依にしろ、軍の立場と武家の立ち位置、そして冥夜の偽装とが重なり合って苦慮しているのが武にさえ伝わってくる。気付いてなさそうなのはテーブルの奥ですでに食べ始めている純夏とタリサくらいのものだろう。

 

(言われて気にしてみりゃ、この店の中にも二人、いや三人か? それっぽいのが居るな)

 

 先ほど冥夜から気に掛けるなと告げられたものの、武自身も冥夜を警護すべき人員の一人とも言える。緊急時には連携することもあるはずだと、配置されている警護の者たちをごく僅かに意識だけはしておく。

 そして武が気が付くくらいであれば唯依が察していないはずもなく、この「御剣冥夜」が合衆国でさえ影ながら警護を用意する立ち位置にいる、と理解してしまっているのだろう。

 

 VGやステラも、おそらくはそれなりに事情を推測しているはずだ。それを表に出さず、武たちを一衛士として扱ってくれているのが、今は何よりもうれしい。

 

 

 

「申し訳、あ……いや、自分、と、私はこれから戻らねばならない。挨拶だけとなってしまい、済まない」

 

 唯依は、冥夜への礼に続き、武へと断りを入れてくる。だが唯依は冥夜への対応に加えて、武への態度も図りかねている部分があるようだ。

 

 冥夜との関係性だけでなく、XM3の開発経過をごく僅かでも聞かされてしまえば、武自身の立ち位置が斯衛内で秘匿されていた、と考えるのが当然だ。それも戦術機開発に携わる篁の家であっても一切耳にしなかったともなれば、間違いなく五摂家に関わる者だと思い込まれても仕方がない。

 

 以前そのあたりをターニャなどから伝えられ、唯依の態度を訂正することは、武としては諦めていた。

 

 

 

「神宮司大尉殿もご挨拶だけでもとおっしゃられておられたのですが、やはりお忙しいご様子で」

「いえ、大尉殿にはこれ以上のご無理を申し上げることは……」

 

 重ねて自身の離席とまりもの欠席とを申し訳なさそうに唯依は伝えてくるが、まりもには呑まさないための口実としてだけではなく、こちらに顔を出す余裕があるくらいなら素直に休む時間を取って貰いたい。

 

 実質的な総指揮官としてはターニャが居るとはいえ、対外的にも実務的にもまりもはフェアリー小隊のトップだ。そしてアルゴス小隊の隊長はイブラヒムではあるが、XFJ計画に限れば唯依がユーコンにおける事実上の責任者である。その二人が部下の私的な祝いの席のために、揃って抜けることなどできようもない。

 

 

 

「あと、そちらフェアリー小隊のティクレティウス少尉からでありますが……」

 さらに言い出しにくそうに唯依は言葉を続ける。ターニャ本来の身分などは知らないはずだが、さすがに先のハイネマンとの対応を直に見ているだけあって、さらに口調が怪しくなる。

 

「お二方へ合わせてで申し訳ないとおっしゃられながら、お祝いの品とのことであります」

 そう言って先ほどからしっかりと抱えていたカバンから取り出し、恭しく差し出されたのは、軽くリボンを掛けられた一本のワインボトルだ。

 

「少尉曰く『牛丼は残念ながら用意できなかったので、代わりと申し上げては何ですが、』とのことです」

「は? ……牛丼?」

 

 上官の言葉を繰り返すという無礼を働いてしまうが、牛丼と言われて武は戸惑う。ターニャとはそんな話をしたことなど一切なかったはずで、当然のように隣の冥夜にも思い当たる節はなさそうだ。

 唯依の態度からしても「牛丼」が何かの符丁だと考えているようだが、武にもすぐさま答えは浮かんでこない。

 

(牛丼、牛丼……ねぇ? どっかで頼んだっけか?)

 白陵基地のPXでは時折似たようなメニューは並んではいた。武自身は好きな料理の一つではあるが、時間の余裕があるならば定食を頼む方が多い。武だけでなく、冥夜もそしてターニャも食べていたという記憶はない。

 

 

 

「ってああっ、アレかっ!?」

 ただ、ごく僅かに眉を寄せた冥夜を見て、そしてパーティということで長らく忘れていた記憶が呼び起こされた。それはかつてのEX世界線で、冥夜から武と純夏とに贈られたクルーズ船か何かのレストランでのことだ。コース料理など判るはずもない武と純夏の二人。判らぬならばと、勢いだけで牛丼をオーダーしたことがあったのだ。

 

(あ~言われてみれば、アレって誕生日のことか? いや違うよな、何かのお礼で冥夜から俺らに贈られたんだったっけか? ったく、世界線が違うせいか、記憶の漂泊のせいか、いまいち思い出せねぇ)

 

 とはいえ、符丁でもなんでもなく、ただのターニャからの気配りの一環だ。部下への労いとして、天然物の牛肉での牛丼を用意できるなら用意するつもりだったという程度のことだろう。

 

「いえ、それはまったく、どうでも良いことですので、牛丼に関してはまったくお気遣いなくっ!!」

 

 大声を上げた武を、冥夜と唯依は怪訝そうに見つめてくるが、本当にどうでも良いことだ。とはいえあのターニャがわざわざ用意しようとしていた、などと言うことで唯依は何やら裏を読もうとしているようではあるし、冥夜も何やらまた勝手なカバーストーリーを思い描いてそうではある。

 

 

 

「中尉殿には、我らが小隊内のことでお手数をおかけいたしまして申し訳ございませんでした。ティクレティウス少尉にはこちらからもまた直接にお礼はお伝えいたします」

「ええ。篁中尉殿、重ねてありがとう存じます」

 

 唯依の心労を減らせることはないだろうと思いつつも、詫びの言葉を武は付け加える。それに合わせるように冥夜がボトルを受け取りつつ、礼をあらためて告げる。

 

「この店への持ち込みなども、すでに許可を取られたというお話でしたので、この場で開けてしまっても構わぬ、と」

「いやカントメルルの1983年物なんて、なんで残ってんだよ?」

 

 冥夜は極わずか、横にいた武くらいしか気が付かなかった程度に目を見開いただけだが、目敏く伺っていたVGの顔はボトルのラベルを見て強張り、思わずといった体で言葉を漏らしてしまう。

 

「開ける機会を失っていたので気にせず呑んでくれ、とのことです」

 VGの呟きに応える形ではなく、あくまで冥夜に対して唯依は言葉を付け加えた。

 

 

 

「え……っと、ワインの銘柄とか、まったく判らねぇんだが。もしかして、というかもしかしなくても高いのか?」

「む? 格付けとしては、そうだなたしか……5級であったか?」

 

 武は価値の判っていそうな冥夜に尋ねたが、さすがにそこまで深くは知らぬようで、冥夜はVGに確認する。

 

「あ、ああ、そうだったとは思う」

「とはいえもはや値など付けようも無かろう」

 

 ガクガクと頷くVGとは対象的に、冥夜は落ち着いた素振りのまま、それでいて丁寧にボトルをテーブルに立てる。

 

「これ呑んだら、その分働かなきゃマズいんだろうなぁ……いや働くけどさ」

 

 カントメルルの場所など武は知らないが、言葉の響きと冥夜たちの反応を見て欧州のどこかというくらいは想像が付く。つまるところ、もはや二度と作り出せない、失われてしまった物の一つ、ということだ。

 心付けなどと言ってよいレベルのものではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

「さて。本日は目出度き日だ。神宮寺大尉殿とドーゥル中尉殿がこの席での支払いは受け持ってくださる。もちろんわずかではあるが私も賄わせてもらう。羽目を外さぬ程度に、日頃の疲れを癒してほしい。では、失礼する」

 

 冥夜への祝いの言葉と、ターニャから託されていたワインの贈呈という、唯依にとっては大役を果たし終わったことで、ようやくいつもの開発主任としての立場に戻れたようだ。居並ぶ少尉六人へ上官としての言葉遣いで、当たり前の注意を促す。その硬い体を維持したままに、辞去の挨拶を簡潔に残し、唯依はポーラースターを出ていった。

 

(篁中尉もだが、やっぱり御剣にも無理させてるよなぁ……)

 

 唯依を見送った冥夜も、ほんの微か、普段よりも深く息を吐いていた。

 「煌武院悠陽」であるかもしれない「御剣冥夜」という立ち位置を知らしめるため、言ってしまえば極論それだけのために、冥夜は国連軍衛士たることを許されている。崇拝する悠陽を演じるだけでも多大な心労であることは間違いなく、加えて帝国の皆々を騙るような立ち位置に就いているのだ。常に正しくあらんとする冥夜にとっては、大きな負担になっていることは、武にも判ってしまう。

 

 ある意味では仕方なかったとも言える措置だったが、それでもその疲労の要因を作り上げた武には、言葉にして労わることさえも赦されないように思えてしまう。

 

 

 

「はぁ~武家だったか? 帝国の階級制度はホント判んねぇな」

 ユウヤも唯依の立ち居振る舞いに違和感を感じていたのだろう。その姿が見えなくなると、大きく溜息とともに言葉を漏らした。

 

「おいおい……それに関しちゃあユーロの方は国を超えて入り乱れてるから、もっと酷いぜ? この合衆国がシンプル過ぎるんだよ」

「たしかになー、噂に聞くツェルベルス部隊なんかも隊内大変そうだもんな」

「あそこは東プロイセンのユンカー主体だから、むしろまだ纏まってて判りやすいほうかもな」

 ユウヤのぼやくような物言いに、VGが笑って指摘する。タリサも欧州の有名部隊を上げた。だかそれさえもユーロ出身者からすればマシな部類らしい。口にはしないが、ステラも笑って同意していた。

 

「んで、なんかタケルにまで遜ってたように見えたけど、なんかあるのか?」

「いやだから俺は、そっちの鑑と並んで一般人枠だっての。XM3の開発に関係して、斯衛の赤の方とかと面識があるとはいえ、ただの新任少尉だよ」

 

 タリサも純夏と並んで食べているだけに見せかけて、やはりよく周囲を観察している。確認するかのように問うてきた。単純に唯依の誤解なのだが、このままでは冥夜の中の武のカバーストーリーがますます補強されそうなので、苦笑しつつ否定する。

 加えて斯衛との関係は、あくまでXM3開発に携わったことで生まれたことだと、冥夜にも伝える意味で加えておく。

 

 

 

「ん? 月詠中尉殿が赤なんだよな。赤と黄ってそんなに違いがあったっけか?」

 ただ武家の関係性を考えていると以前の唯依の振る舞いを思い出して、武も疑問が浮かんだ。武家の中、そこで黄の篁家の扱いがどの程度なのかまったく見当が付かずに、横に座る冥夜にそのまま尋ねてしまう。

 

「そなた……時折常識に欠けるところがあるのは知っておったが、篁中尉殿の前でそのような物言いはするなよ」

「あ、いや。ほら、鑑だって判ってないぞ?」

「む? たしかに武家の者であっても、仔細は知らぬ者もいるにはいるのであろう……が」

 

 他家の話だということでか、冥夜は少しばかり口籠る。とはいえ秘することでもないようで、言葉を続けた。

 

 

 

「篁中尉殿の御父君、篁祐唯中佐殿に関しては、この面々の前であらためて語ることは無かろうが……」

「あ~鑑? 座学はさすがにかなり省略したとはいえ、帝国の戦術機に関する知識くらいは自習しとけって、俺は言ったよな?」

「え、あはは~そう、だったっかな?」

 

 冥夜は、武だけでなく皆を見渡して前提としての確認をするが、アルゴスの四人は当然という顔をしている。純夏だけが判ってないようだった。

 

 唯依の父親である篁祐唯は、74式長刀の設計開発だけでなく、F-4改良機たる82式瑞鶴にも携わっている。

 限定された条件下だったとはいえ、トライアルにおいて当時は大尉だった巌谷榮二がF-4J改で合衆国陸軍のF-15Cを下したことは、戦術機開発に携わる者の間ではちょっとした逸話だ。特に既存機の改修を主とする「プロミネンス計画」に関係する者であれば、知っていてもおかしくない人物であると言える。

 

 

 

「ふふ、鑑はまた時間の余裕があるときにでもテキストを読み直すがよかろう。今ならばあらためて理解できる点も多いぞ?」

 慌てる純夏を庇うように、冥夜は話しを続ける。

 

「さて。ご実家である篁家は元々は白であったが、とはいえ嵩宰家に連なる譜代武家だ。それに加え、中尉殿ご自身も御母上の血で見れば嵩宰家の直系と言えなくはない」

「え? ってことは、もしかして……」

「今の崇宰家は恭子様がご当主であられるが、場合によっては篁中尉殿が崇宰当主の名を継いでいてもおかしくないのだぞ?」

 

 もちろん崇宰の中で後継者などは選定されているであろうが、なくはない程度には唯依は崇宰の血を継いでいる。

 

「え~……ということは、詰まるところ?」

「あの方ご自身ではなくとも、そのご子息などが次代の将軍職に就くこともあり得る、といえる方ではあるな」

 

 ニヤリと、いたずらに成功したかのように、冥夜は笑って見せる。対して純夏はまったく分かっていないようで、目の前のケーキを食べることに集中していた。

 

「というよりは、だ。そなたが知る家で言えば、煌武院家に付く月詠家や、斑鳩家に付く真壁家などと同じく、本来であれば篁家も赤にまで上げられてもおかしくないのだがな。黄のまま留まっておられる」

 

 冥夜は何やら思うところがあるようで、珍しくはっきりと眉を寄せているが、武家の家格調節に関しては武には推測もできない。ただ、そんな人間がなぜに斯衛から陸軍を経て国連軍に出向してまで戦術機開発などに携わっているのだ、とは思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

「そう聞くと、ホントに御姫様だったってことか……」

 ユウヤも冥夜の話を深く考えていたようで、噛み砕くように呟いた。

 

「そんな篁家の御令嬢の経歴に泥を塗ったにしては、余裕だな」

「……レオン、テメェなんでここに居やがる」

「お前の失敗、その尻ぬぐいのためにやってきたって、笑ってやろうか?」

 

 振り返り、ユウヤが睨み上げたその先には、レオンと呼ばれた合衆国陸軍の制服に身を包んだ青年が、苦々しげな表情で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 




いつもの飲み会と言いつつ、デグざんからの誕生日プレゼントの配達人とか、心労でそろそろ胃がおかしくなりそうな唯依姫の状況説明その一? ちなみに最初は牛丼パーティにしようとかアホなことを考えましたが、日本からコメをそれだけのために届けてもらうのもアレなので、妥当(?)なラインに。

で、レオン・クゼさんひょこっと登場~でここの絡みまで入れ始めたらみょ~な長さになっていたので中途半端な気もしますがとりあえずここまで。

Twitterやってます、あまり呟いてませんがよろしければフォローお願いします。
https://twitter.com/HondaTT2

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。