Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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禍根の逕庭 01/12/16

(久しぶりの休日だってのに、二人とも律義に時間守ってるんだよなぁ……)

 

 普段よりもわずかに遅く武が朝食のためにPXに向かうと、いつも通りにすでに冥夜と純夏とが朝食を終えていた。

 

「タケルちゃん、おはよう」

「おはよう、白銀」

「おう、おはよう。二人とも休みなんだからゆっくりしろよ?」

 

 48時間を超えるJIVESでの演習の後、昨日は仮眠だけは取ってデブリーフィングと今後の方針に関しての打ち合わせだった。身体は使ってはいないとはいえ、二人とも疲労が抜け切れているとは言い難いはずだ。

 

「そういうそなたも、十分に早いのではないか?」

「タケルちゃんには言われたくないなぁ……ぜったい昼過ぎまで寝てるって思ってたんだけど」

「いやいや、これでもいつもよりゆっくり起きてる方だろ? 二人よりも飯が遅いってのがその証拠だ」

 

 休日ということで朝のブリーフィングなどがないため、武は普段よりも遅めに動いている。さすがに純夏が言うほどにはだらけてはいないが、これでも余裕をもって動いている。

 

 

 

「ま、遅くなったが頂きます。ってか二人と一緒に朝を食べるってのも久しぶりか?」

 お茶をしている二人に軽く断って、武は自分の朝食に手を付ける。

 

 ユーコンでの生活もそろそろ一週間。多大な量の食事など、アメリカ特有の習慣にも慣れて来たとは言える。ただ身に着いた早食いとは別に、武は小隊副官という立場もあり、なかなか朝食時には冥夜や純夏とは顔を合わせるタイミングが無かった。

 

「神宮司隊長同様、そなたも何かと多忙であろう? 我らへの気遣いはありがたいが、まずは自身の身を鑑みるべきだぞ」

「これでも小隊副官だからな。隊の皆と良好な関係を保つのは、任務の一環ってヤツだ」

 

 冥夜の気遣いを軽く笑って受け入れてみせる。

 

 

 

「でも、せっかくのお休みに朝早くから起きて来たってことは、タケルちゃんはリルフォートにでも出かける予定なの?」

「ははっ、んなワケあるかよ」

 

 純夏はなにか期待するかのような目で武を見てくるが、武にはそんな予定も余裕もない。「シロガネタケル」ならば「カガミスミカ」の頭にチョップでも下すところだろうが、食後のコーヒー片手に笑って流すにとどめる。

 

「いろいろと先送りにしてることがあるから、アルゴスの方に顔出して、その横で書類整理……といったところだな」

 

 先の連続演習を経て、XM3の不知火・弐型への修正項目などは大部分が当りが付いた。概略はすでにアルゴス小隊の方に送られているが、もう少し見直しておきたい部分もある。またACTVに関してもいくつか問題点が指摘されており、こちらも纏めたい。

 

 帝国に向けてのいくつか報告や連絡もある。

 ターニャが作り上げていたXM3のテキストに付随する形になるが、第一中隊の教導関連で孝之や慎二にも伝えたいこともできた。あちらからの報告書なども概略だけを見ただけなので、余裕のある内に読み直すことも必要だ。

 

 また突撃砲の改修などで、技術廠の巌谷にもあらためて報告しておきたいこともある。

 

 

 

「タケルちゃん~休むのも兵士の仕事って言ってたのは、誰だっけ?」

「え~……俺だ、な」

 

 武が今日は書類整理だと宣言したことに、純夏はいたく不満なようで詰るように問いかけてくる。

 

「今日はフェアリー小隊全員が休日って言ってたのは?」

「それは……神宮司隊長だったっけか?」

 

 伝えたのはまりもだが、決定したのはターニャだろうとは、誰しもが判っている。フェアリー小隊としてのブリーフィングなどには、ターニャのみならずウォーケンまでもが当然のように参加しているが、あくまで対外的にも形式的にも、まりもが小隊指揮官であることに違いはない。

 

 

 

「まあタケルちゃんがタケルちゃんなのはもう仕方ないとわたしは諦めたよ」

「いや俺の名前を何か罵倒語のように使うのは止めようぜ、鑑さん?」

「で、御剣さんは何か予定立ててる?」

 

 純夏は武の物言いは完全に流し、冥夜に尋ねる。

 

「ふむ。久方ぶりに時間が取れそうなので、しっかりと剣を振るおうかと考えていたが……なにかおかしいか?」

「ああ……うん、やっぱり今日はうば~っとするか」

 

 冥夜の言葉を聞いて、武も純夏と揃って呆れたような顔をしてしまう。

 他者を見て問題を自覚したというわけで、たしかにこれは武自らが率先して休まねば、純夏はともかく冥夜が休もうとしないだろう。

 

 

 

「というかタケルちゃん、今日が何の日が忘れてない?」

「ん? 久しぶりの休日だってのは、いま十分に実感してるところだぞ」

 

 食後にゆっくりとお茶を飲む余裕など、このところはまったくなかったのだ。

 訓練兵の時は、一応は規則通りに休日があった。だが任官し、第一中隊として再結成されてからは休日と言えど書類仕事に追われており、九州防衛戦が始まってからはそもそも休日さえなかった。

 

 ユーコンに来てこのPXでユウヤたちアルゴス小隊の衛士たちと話している時などは、たしかに気を遣うようなことはなかったが、それでも開発衛士との会話だ。どうしても職務の一環としての面が大きかった。

 

 

 

「タケルちゃん? 今日は、何月の、何日?」

 純夏は武の答えに納得できていないようで、ジトっと眼を据えて重ねて聞いてきた。

 

「え~っと? 12月の16日、だよ、な……って」

 日付を答えて、ようやく純夏が何を言いたいのか気が付いた。

 

 今日は12月16日だ。

 武の誕生日であり、何よりも冥夜と悠陽の誕生日でもあった。

 

(まずい、演習とその後の報告とかで完全に頭から消えてた……まったく何も用意してねぇッ!?)

 

 自身のことはどうでもいいが、冥夜のことを忘れていた自分に呆れ返る。なにか今からどうにかせねばと焦るが、さすがにすぐには解決策など思い浮かばない。

 

 

 

「ふむ? もしや鑑は私の誕生日のことを言ってくれているのか? 気にせずとも良いぞ? その心意気だけで十分に悦ばしい」

「御剣さんにそう言ってもらえるのは、それはそれで嬉しいけど、そうじゃなくて。あ~もう二人ッ!!」

 

 冥夜の方はその気持ちだけで十分だと、平然としたものだった。むしろ純夏の方が納得できないのか、声を荒げ始めた。

 

「アルゴスの皆が夕方からポーラースターの予約してくれてるから、タケルちゃんと御剣さんは今からリルフォートに出かけて、それまで向こうでゆっくりしてることッ!!」

 

 

 

 

 

 

 純夏にPXから追い立てるように送り出され、武と冥夜とは連れ立ってリルフォートに向かうことになった。

 

「なんか祝われる身なのに、追い出されたような気がするぜ」

「ふふ、そなたにも判っておろう? あれは鑑なりの気遣いであろう」

「ま、たしかに兵舎にいたら仕事か鍛錬でも始めちまいそうだからな」

 

 冥夜共々に気を使われているというのは、武にも判る。なので強くは抵抗せずに出ては来たものの、特に目的があるわけでもない。とりあえずは冥夜を休ませることを第一に、言われたとおりにリルフォートへと向かうつもりになっていた。

 

(まあちょうどいいか。送る相手の前で選ぶってのも変な話だが、プレゼントを選ぶくらいの時間はあるな)

 

 とはいえ、今の時間であればリルフォートならば各種の店舗が開いているはずであり、冥夜へのプレゼントを悩むにはちょうど良い。おそらくは純夏もそのつもりで送り出したのだろう。

 

 

 

「で、鑑の奴は今から映画三昧かよ……」

「我らに休めと言い切ったにも拘わらず、鑑は休むつもりはなさそうであったな」

 

 娯楽室のほうでなにやら大作映画の連作が三本立てで上映されるらしく、純夏はパーティまではそちらを見てくると言っていた。このユーコン基地で上映される映画なので当然だが、もちろん音声は英語で字幕があったとしてもフランス語かドイツ語だ。

 映画自体を楽しみにしている面はあるのだろうが、英語の聞き取り向上のために見に行くつもりなのは明らかだった。

 

「神宮司隊長に付き従って、鑑は他の開発小隊にあいさつ回りしてたから、だろうけど」

「自身の英語力を高めておきたい、といったところか。我らも見習わねばならんな」

 

 それが冥夜も武も理解できてしまうから、苦笑するしかない。

 

 

 

「しかし、私の生まれがそなたと同じと聞いたときは、少しばかり驚かされたものだ」

「まあ、クラスで誕生日が被るってのは、実のところさほど珍しくないらしいし。榊あたりに聞けば、確率まで出してくれるんじゃねぇか?」

「違いない。ただ、それはそれとしてこういうのは嬉しいものだぞ?」

 

 冥夜の生まれからして、大々的にその生誕の日を祝われるということはなかったはずだ。もちろん御剣の家での、内々の席などはあったのだろうが、それでもどこか秘すべきものだったのだろうというくらいは武にも予想が付く。

 それもあってか、他者とともに祝って貰えるということに、冥夜はどこか浮かれているようだった。

 

「おいおい、『絶対運命』とかは言い出さないでくれよ」

 以前EX世界線で、武の意識としては初めて「御剣冥夜」に会った時に言われた言葉が思い出され、苦笑してしまう。出会いも、その後の関係も、絶対的な運命として結ばれていると豪語した、眼前の少女と同一でありながら、やはり別のもう一人の「冥夜」を久しぶりに思い浮かべた。

 

「ふむ? 『絶対運命』か。なにゆら重々しいが、良き言葉ではないか」

「イヤ、そこは『運命に抗おう』とかのほうが良い感じじゃねぇのか?」

 

 

 

「あ~でだ。先に正直に言っておくぞ?」

「む? あらたまってなんだ?」

「このところ何かと忙しくて、だな……その、プレゼントなんかは用意できてないんだ。これから一緒に店回りつつ選ぶっていうので、良いか?」

 

 自分のことならばまあ良いかと流せるが、さすがに冥夜へのプレゼントを忘れていたのは、気まずく何よりも自身を赦しにくい。だが黙っているのもそれはそれで誠意に欠くように思えて、言葉を選びながらも伝えておく。

 

「ふふ、そなたが我らとは比べられぬほどに任に追われていたことは承知しておる。なによりも、だ」

 何かを思い出したようで、冥夜は笑う。

 

「もしそなたが『白銀武一日自由券』などを差し出してきたら、それを使って連れまわせと鑑からは言われておったのだぞ?」

「ははっ、流石にそれは……ない、とは言い切れなくてスマン」

 

 以前の世界線でプレゼントに悩んだ末に、そのようなものを作ってしまった身としては笑ってごまかすしかない。

 

 

 

 

 

 

 そんなどうでもいい話をしながら、どこまでも蒼く澄み渡るユーコンの空の下を二人で歩く。

 

 ユーコン基地は、内部に演習区画だけでなく宇宙港なども含む広大な施設である。各種の施設はある程度密集しているとはいえ、移動の基本は車だ。

 

 リルフォートは隣接ブロックであり歩けない距離ではないが、それだと移動だけでかなり時間が取られてしまう。ただ今日に限ればそれはそれで良かった。特にリルフォートに予定があるわけでもなく、予定されている夕方のパーティまで時間を潰すのにもちょうど良いと言えた。

 

 

 

「む? このような場所で、子供か?」

「職員の子供ってわけじゃなさそう……ってああ、あの子がそうか」

 

 二人ともに急ぐ理由もなくゆっくりと歩いていると、クマらしきぬいぐるみを抱えた少女を冥夜が見つけた。

 

(たしか名前は……イーニァ・シェスチナ、だったけか?)

 

 遠目でも目立つ蒼く輝く銀髪を見て、相手が誰だか武は予想できた。直接会うのは初めてだが、資料では確認していたのだ。

 西側ブロックであるこんなところをなんで歩いてるんだと思いかけたが、霞と同じく第6世代のESP発現体であるならば、一般的な意味での基地の警備機構など意味はないと思い至った。

 

 不思議そうにこちらを眺める目には、どこか興味深そうな色が見える。その様子から、霞のようにいきなりふらっと消えられることは無いようで、少し安心する。

 

 

 

「あ~っと、イーニァ、で、あってるよな? 俺は白銀武、日本のフェアリー小隊の所属だ」

 相手からすれば武は不審者一歩手前だろう。驚かさないように気を付けながら、普段よりも気を付けてゆっくりと近付く。そして所属はともかくも、階級は伝える意味がないかと名前だけ名乗っておく。

 

 この世界線で目覚めてからは、普段は意識して他者を名字で呼ぶように心がけていたが、さすがに「第6世代」などと言う形式番号そのままの意味でしかない「シェスチナ」とは呼びかけにくい。

 霞に至っては、名も姓も第6世代300番という番号でしかない「トリースタ・シェスチナ」だが、「イーニァ」にはそんな意味は無いことを期待して、名で呼んでみた。

 

 

 

「すぃろがねぇ? たける?」

 ただ武の内心の葛藤を読み取ってか知らぬままなのか、イーニァは武の名を難しそうに口にする。

 

「言いにくいなら、タケルで良いぞ?」

 名前だとは判ってくれたようだが、口にしにくそうに頭を傾げる様子を見て、そう伝えた。ソビエトで満足に語学教育など受けてはいないはずの霞が、自然なまでに日本語で話していることの方が、本来ならば異質なのだ。

 

 とはいえ、目に入ったから声を掛けてみたものの、何か話すことがあってのことではない。

 以前ターニャが話していたイーダル小隊に属するESP発現体の確保は、継続して画策しているのかもしれないが、武にはとくに何かを指示されたわけでもない。ならばただの初対面の衛士として付き合えばよいかと、あっさりと武は割り切っておく。

 

 

 

「迷子って……訳じゃなさそうだが、どうしたんだこんなところで?」

 散歩というにはソビエト区画から離れすぎている。遊びに来たというには、周りに何もなさすぎる。

 

「ここにいたらユウヤに会えるかなって気がしたんだけど、タケルだったんだね」

「悪い。ユウヤの奴は、ここしばらくは忙しいだろうからなぁ……」

 

 やはりイーニァの能力は未来予知なのかとも感じたが、出会う相手を間違えるくらいの程度に収まっているものなのかと、どこか安心したように思える。それよりもユウヤの自由時間を潰してしまっているのは武たちが持ち込んだXM3による要因が大きいので、待ち合わせの約束でもしていたのかと申し訳なさが先に立った。

 

 

 

「白銀? そなたはこの子を存じておるのか?」

 

 普通に話し出した武とイーニァの様子を伺って、少し小声で冥夜が聞いてくる。

 イーニァは服装からすれば軍関係者には見えるが、言動からして年相応でしかなく、どう相手すればよいのか判断ができないのだろう。なによりも一見した程度であれば、霞やターニャとどこか似た印象もある。

 

「ん? ああ、御剣は知らなかったっけ? こっちはイーダル小隊のイーニァだ。ほら『紅の姉妹』の一人」

「ふむ? では私も挨拶せねばならぬな。白銀と同じく、フェアリー小隊の御剣冥夜だ。よろしく頼む」

 

 幼いと言っても良い年頃の少女相手に、冥夜は目線を合わせるために少しかがんで、それでいながら律義に名乗る。

 

「うん、メイヤもよろしく。この子はミーシャ」

「なかなかに勇敢そうだ。さしずめ守護騎士といったところか?」

 

 そのことで一人の人間として対等に相手をされているとイーニァにも判ったのか、うれしそうに笑いながら、抱きかかえていたぬいぐるみを紹介してきた。冥夜も楽しげに笑う。

 

 

 

「って、そうか。イーニァはユウヤのことは知ってるのか? ん? アレ?」

 

 なにげなく流してしまったが、ユウヤとイーニァの関係が読み取れない。

 

 タリサなどアルゴスの面々がターニャを見た時の拒絶的な反応は、イーニァというか「紅の姉妹」を知っていたからだと今更に思い至る。それは対立する開発小隊に属する者同士、それも東西の違いがあれば警戒して当然だ。

 

 イーニァがこれほどうれしげにユウヤのことを話す背景が判らない。

 

「うん。ユウヤは優しいよ。クリスカももっとちゃんと話したらいいのにね」

「クリスカってのは、あ~もう一人の『紅の姉妹』か?」

「いつもは一緒なんだよ。でも、あまりユウヤとは会いたがらないの、なんでかな?」

 

 年相応、と言っていいのだろう。イーニァの話はわりと脈絡が無い。といっても武にしても特に何かを聞き出したいわけでもないので、イーニァだけがユウヤに懐いているのかと、簡単に納得しておく。

 

 

 

(同じ第六世代って話だが、社とはかなり印象が違うな)

 

 ぬいぐるみを抱きかかえているの様子だけは似ているが、そのぬいぐるみにしてもやはり違う。こちらのクマはちょっと眉毛が太く力強いだけだ。あのどこか不気味な巨大ウサギと比べればまだしも可愛げがある。

 

 ころころと変わる表情とユウヤのことを楽し気に語る様子だけ見ていれば、ESP発現体どころか、このユーコンでも最強と噂される「紅の姉妹」の一人などとは誰も考えないだろう。

 冥夜とイーニァが語り合う姿を横で眺めていると、そんなどうでもいいことが頭を過っていた。

 

「あ、そろそろ戻らなきゃ、クリスカに心配されちゃう」

「お、おうっ、大丈夫だとは思うが、警備には見つかるなよ」

「うん、またね、タケル、メイヤ」

「うむ、またな。次はゆっくりと話すとしよう」

 

 話したいだけ話せたのか、別れの挨拶ととともに軽く手を振り、イーニァはどこかへ走り出した。

 

 

 

 

 

 

「またね……か」

 

 走り去っていくイーニァを見送るも、残された挨拶にすこしばかり気が沈む。その言葉を聞かされて、次の機会がどういう形で実現されるのか、どうしてもあまり良い想像ができなかった。

 

「ソビエト所属とはいえ、開発衛士であれば今後も顔を合わせる機会はあろう?」

 声だけでなく表情にも出てしまっていたのだろう、怪訝そうに冥夜が問うてきた。

 

「どこまで本気か判らねえが……」

 

 一瞬伝えて良いことかどうか判断に迷うが、ターニャ自身隠すつもりもなさそうな様子だったので、いい機会かとも思う。

 イーニァが去った方向とは逆、当初の目的たるリルフォートへ向けて再び歩き出しながら、話はじめた。

 

「事務次官補殿の計画の一つに、イーダル小隊に対するものがある……らしい」

「ふむ? ならば余計に今後も顔を合わせるのではないか?」

 

 フェアリー小隊として直接的に関与するかどうかはともかくも、ターニャがユーコンで何らかの行動を起こすのならば武が巻き込まれることになるだろうと、当然のように冥夜は言う。

 先日のハイネマンの例などもあり、ある種の見せ札的に呼び出されることも想定される。

 

 

 

「第四が計画中の大規模作戦のために、正面戦力として接収するって感じだけどな。正直なところ、流石に関与できる話じゃない気がする」

「それは……イーダル小隊を白陵基地に招く、という事ではなさそうだな」

「Su-37UBにも、その発展形にも興味なさそうだし、下手に持ってくると変な問題になるだろうからなぁ。とりあえず要るのは衛士の頭数だけって事だと思う。まあそれもどうしても実行しなければならないってことでもない」

 

 以前にこの話が出たのは、夕呼が自由にできる兵力が少なく、喀什に投入できる戦力に疑問が残るということからだ。

 

 喀什攻略が合衆国からも認可され、戦力の最大の問題が合衆国陸軍の参加可否に関わってくるようになってきており、イーダル小隊の重要性は低くなっている。

 なによりイーダルが保有するESP発現体の数は、その名の通りに小隊規模であるはずもないだろうが、どれほどの数かは判らない。それでも多く見積もっても大隊規模もいないことは確かだ。

 

 そして夕呼が自由にできる戦術機自体の数も限られているが、かといって国連軍とはいえ在日のそれに、ソビエト機を導入することのほうが将来的にも問題となる。

 

 結局のところ、喀什攻略のための戦力確保という意味で言えば、合衆国陸軍から提供される戦力を増強するのが本筋なのだ。イーダルからのESP発現体ら接収は、もしろ第五が第四を接収する際、夕呼に下手な抜け道を作らさないための事前工作にも思える。

 

(あ~そう考えると第五派を懐柔するためには、ちゃんと全員こっちに引き入れたってポーズは重要……なのか?)

 

 夕呼自身にそんな思惑はない、とは言い切れない。他世界線のこととはいえ、すでに薄らぎつつある記憶だが、大海崩を予測した「香月レポート」などを秘匿したこともあるのだ。ターニャがそう言った夕呼の行動を警戒しているとしてもおかしくはない。

 

 

 

「なるほど。ならばたしかにそなたとは再び会うことも難しい、か」

「いやまあ、白陵に戻ったらそっちで会うんだろうけど……」

 

 イーニァたちESP発現体は、第三計画による被害者とも言える。それを本人の意思確認もなく、全滅必死の作戦に投入するのだ。どうしても巻き込んだという自責から、口籠るようになってしまう。

 

「む? そなたはこのユーコンに残るのではなかったのか?」

 冥夜は武の言葉を聞きとがめ、詰問するかのような声音を洩らす。歩みを止め、武を鋭く見据えてくる。

 

「おいおい、話のネタを本気で受け取ってたのか? XM3の教導部隊はこの基地に作られるかもしれないが、そこに俺が呼ばれるってのはまあ可能性は低くはないが、ここ残るつもりねぇよ」

 だが問われた武にしてみれば、先の言葉のどこに冥夜が怒りを覚えたのか、一瞬判らず、どうしてもはぐらかすような形になってしまった。

 

 

 

「それは……そなたも戦地に赴く心積もりなのか? そなた自らが行かねばならぬことか? いや、そなたが為すべきことは他にあるのではないのか?」

 冥夜は重ねて問うてくる。そしてどこか縋るかのように、他の可能性を並べて見せた。

 

「XM3を用いた機動概念の確立、か? それはそれで俺ができることではあるが、あの人ならむしろ俺よりもうまくやってくれるさ」

 

 AL世界線においてはXM3の作成は、たしかに武が最重要だったと言える。ただそれは以前の世界線に限定した場合だ。いまここにはターニャが居る。

 この世界線では、武に近しい文化素養を持ちその上おそらくは多岐に渡る戦闘技術に精通しているだけでなく、社会的地位をも確立しているターニャの方が、XM3による機動概念を各国衛士に知らしめるには相応しいのだ。

 

 先のテキスト作成にしても、武では為しえなかった。今後各国、各地域ごとの細かな修正などに関しても、武が関わらなければ進まないわけでもない。

 

 

 

「たしかに俺が一人加わったところで、直接的な戦力としては何の違いもないってのも判ってる」

 

 ただの一衛士としてみれば、武が喀什攻略に直接参加する意味は薄い。それなり程度の技量を持つとは自認しているものの、所詮は一人の衛士。戦力として考えるならば変わりとなる人材は居る。

 

「ただ、俺ができること、その中でもこれが多分一番大きいんだ」

 

 自分にはなにかができる、などとは今の武では嘯けない。しかしそれでも「あ号標的」を狙うという本来の目的に限れば、武が現地に、それも最終突撃部隊に参加するのは大きな意味を持つはずだ。

 

 霞によるリーディングなどで手伝ってもらったうえで、喀什の地下茎マッピングの書き起こしなどはもちろんすでに終わらせてある。とはいえ現地に行けばまた思い出し、修正可能な情報もあるとは思う。

 そして、これだけはターニャでさえ持っていない、いまこの世界にいる武だけが持つ知識だ。

 

(いや違うか……俺が、俺自身のために行きたいだけだ、な。自己満足の、自傷行為みたいなものだな)

 なんとか喀什へと行く理由を思い描くも、結局は言い訳だと嘲笑いそうになる。もはや贖罪にもならない、破滅願望に近いと自覚だけはできる。

 

 

 

「なによりも、今のプランだと作戦の成功率も帰還率も、一応はそれなりに上がってきてる。死にに行くつもりはねぇよ」

 自虐に沈み込みそうになるが、それでもなんとか笑みを作って建前じみた言葉を並べていく。

 

 冥夜だけは何としても生きて返す、などとは言い切れない。ただ事実としても、以前悠陽と冥夜に告げた時よりかは、具体的な帰還計画までも盛り込まれ作戦全体としての成功率なども少しばかりは改善され始めている。

 

 いまだ周辺ハイヴへの大規模陽動などは確定していないが、XMシリーズの優先的提供を条件に参加の確約は取れそうな気配もある。

 加えて参加戦術機をXM3仕様とすることによる戦力補強のみならず、やはりXG-70をそれも複数使えるとなったことがかなり大きい。

 

 そして合衆国がXG-70cを先陣として投入することがほぼ確定したために、喀什現地からの往復機による離脱の計画が俄然現実味を帯びてきたのだ。

 

 作戦に参加する合衆国の有力議員子息なども、機動降下によって現地には行くにしても、第一次離脱に名を連ねることになると予測されている。

 作戦に参加したという実績を得るためだけに現地入りすると邪推もできるが、喀什周辺状況や機動降下の経過などの第一次情報を持ち帰ることは極めて重要でもある。下手に攻略の中枢戦力となって撤収の時期を見誤るくらいならば、二次降下と入れ替わるようなタイミングで帰還してもらうことは、むしろ望ましい。

 

 できうればそこに冥夜も組み込みたいが、それは難しいかと武も考えている。

 

 

 

「まったく、先の発言を取り消したいとこれほどまでに思ったことはないぞ? 今日そなたから受ける誕生日祝いは、一日自由券とやらにしておけばよかったと心底思う」

「おいおい、まさか喀什攻略作戦当日に使うつもりかよ……勘弁してくれ」

 

 虚勢だとしても笑って受け入れてくれる冥夜を見て、武もまたわざとらしいまでにおどけた風に答えて見せた。

 

 

 

 

 

 




誕生日デート回のつもりでしたが、この話でこの二人だとイチャイチャする様子がいまいち思いつかず、こんな感じです。マブラヴ本編の遊園地デートとか好きなんですけど、ああはならないねぇ、と。

んでイーニァはA-01に合流したら「ただいま就任!みんなこれからは家族だ!」とか言い出させようとかヘンなネタは降ってきましたが、実現はしません。

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