Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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等位の窺知 01/12/11

 昨日、武たちがハイネマンとの会談に費やしていた間、アルゴスの整備班はその一日だけで不知火・弐型へのXM3搭載を二機ともに完了させていた。F-15 ACTVもXM3へと換装させる予定だというが、それは弐型の調整がある程度目途が立ってからになるという。

 朝のブリーフィングで武と冥夜に指示されたのは、そのXM3に換装された弐型の試験運用だ。本来の開発衛士であるユウヤとタリサがシミュレータでのXM3慣熟訓練のため、急遽二人に依頼された形だ。

 

 昨日に引き続きまりもと純夏とは、合同演習を持ちかけるため他の開発小隊へと出向いている。ターニャも今回はそちらに同行していた。

 

 

 

「しっかし噂以上に優秀だよな、アルゴスの整備班は」

「と言ってもなCPUをそっちから預かったものに変えただけだぜ、タケル。あとは肩に懸架用のウインチを設置したくらいだな」

 

 アルゴスに用意されたハンガーに入り、ざっくりと外観だけのチェックを済ましたが、外から見る限りは弐型の状況は良好だった。人型の機械である戦術機はハンガーに固定されている状態であっても、航空機などに比べれば外見から好不調は見分けやすい。調子の悪い機体は素人目に見ても、姿勢が悪いものだ。

 予定されていた開発試験計画に加えての、XM3関連の換装だ。少しはどこか粗が見えてしまうかと思ってもいたが、追加の装備に関しても万全に見える。

 

 弐型が採用されるかどうかはまだ不透明だが、それでもいま日本帝国で配備が進んでいる突撃砲のウインチ・スリングの搭載は最優先で実施された。不知火などで採用されているXM3用コンボの内いくつかが、このスリングがあることを前提とした挙動のため、無ければテストにもならないためだ。

 

 昨日の今日で準備が完了していることに感嘆の声を漏らした武だったが、整備担当のヴィンセントとしては満足していないようだった。ヴィンセントはハード的にはほぼ何も変わらず作業は楽だったというものの、納得のいく仕上がりではないのだろう。

 

 

 

「ハードはともかくも、調整って面で言えば元々そっちで使っていたXM3搭載型Type94のデータを元に、原型機とSecondとの差に合わせていくつかパラメータをいじっただけだ。おそらくは最適値からは程遠い」

 普段のポーズとしてのおちゃらけた雰囲気を消し、ヴィンセントは武に忠告する。余裕の無いスケジュールからくる調整不足、完調では無い機体を衛士に任せることへの不満が、その苦々しい口調からも伺える。

 

「もともとがこの二機はユウヤとタリサに合わせたってのもあるけど、試験機として限界値を出しやすいようにかなりピーキーに詰めてたんだ。それを変更せずにXM3に換装した事でどれほど挙動が不安定になってるか。はっきり言えば、いまのこのType94 Secondがどんな機動特性なのか整備の人間からは説明できない」

 

 何かと不安があるのだろう、ヴィンセントはデータを武に見せながらも、幾分早口に説明できる限りは機体の状態を伝えてくる。

 

 

 

「ぶっちゃけて貰っていいぜ、ヴィンセント」

「武たちの技量が高いことも判ってる。その上でいまこの機体を任せること、いやそもそも動かすことには賛成できない」

 

 階級差や、それ以上に組織の違いを無視して話せと促した武に、ヴィンセントは武の目を正面から見て答える。

 技量を疑うという衛士のプライドを汚すような言葉だが、武はその正直な言葉にむしろ好感を抱いた。これが武の立場などを考慮して言葉を濁すような人間ならば、信用などできようもない。

 

 そしていくら整備の腕が立つとはいえ、ヴィンセントは軍曹だ。意見具申はできたとしても、開発計画に関わる試験の実行を左右できるような立場ではない。

 

「心配するなよ。流石に朝からいきなり全力で飛ばすってとこはねぇよ。まずは軽く動かして、機体の癖を見るくらいだ」

「悪いな。信用してないみたいでさ」

「昨日今日会っただけの若造に、秘蔵の開発機をポンっと任せるような奴が整備担当してる方が怖いさ。信用ってのは、実績を重ねてこそ、だろ?」

 

 

 

「そういう意味では、俺の方こそ信用がないってことになるぜ、タケル?」

「ヴィンセントの腕は昨日の吹雪の調整で見せて貰ってるからな。今日は俺の番だろ?」

 

 一応短い期間ではあったがアルゴス小隊で運用していたとはいえ、他国の戦術機である吹雪を会ったこともない衛士相手にあれほどの調整ができているのだ。ヴィンセントたち整備の人間の技量は、武には文句の付けようがない。

 

「その演習だけでもタケルたちの腕は十分に理解してるつもりなんだがな。悪い、やっぱり開発に携わってる者として、どうしても心配でな」

「だいたいが無茶な話だからなぁ……」

 

 開発試験中の機体に、採用予定国の衛士とはいえ無関係の者が乗り込むのだ。評価試験程度ならまだ無理に納得もできる範疇だが、OSを換装しての文字通りに試験運用だ。いくらか事情に精通している唯依はともかくも、隊と開発機を預かるイブラヒムが許可を出したことが驚きだ。

 朝のブリーフィングの際にターニャからいきなり告げられたが、武でさえありえないと思ったのだ。ヴィンセントたちアルゴス小隊の現場の人間がどれほど混乱しているかは想像に容易い。

 

(いや、驚くほどでもないか。昨日も篁中尉が言ってたもんな、余裕は失われたって)

 

 ハイネマンの進退やその後のXFJ計画の動向などは武には知らされていないが、昨日の唯依の言葉通りにXFJ計画には時間が無くなったはずだ。ユウヤやタリサのXM3への慣熟を待ってから開発を再開するようでは、帝国の求める期限に間に合わないのだろう。

 

 

 

 ただ試験に参加するのが武だけならばまだしも、冥夜が気がかりだった。

 

 冥夜も訓練兵時代にテストケースとしてXM3の開発に携わっていた事になっているが、弐型は当然不知火の実機に乗った経験さえない。衛士としての技量は否定しにくいものの、経歴だけで見れば任官して一ヶ月程度の、文字通りのルーキーなのだ。

 普段ならタリサの乗る二番機を前に、武同様整備の者からこと細かく注意を受けているが、遠めに見てもその横顔からは普段以上の緊張が伺えた。

 

「はは、しかし武は余裕だな。機体よりも同僚の方が気になるってか? ってか、もしかしなくてもそういう関係?」

「な訳ねぇし、間違ってもその手の話を篁中尉の前では止めてくれよ。帰国すると同時に俺の首が物理的に斬り離されそうだ」

「ジャパンの武家ってのは怖いねぇ……」

 

 冥夜を伺う武の緊張を感じたようで、笑って送り出せるようにとのヴィンセントからの気遣いなのだろう。あらためて軽い話題に切り替えてくれた。だが冥夜の身辺周辺の噂話など、唯依あたりに聞かれたら冗談事ではなく進退に関わる。

 

「ま、俺自身については偉そうなことは言えねぇが、御剣は武具に関しての扱いは無茶苦茶丁寧だぞ? 汚さずにってのは無理だが、傷付けてくるようなことはしねぇさ」

 

 以前、武は真那に武御雷を万全の状態で斯衛に返すなどと嘯いておきながら、先の九州防衛戦で中破に等しい損傷を受けているのだ。さすがに演習で弐型を壊すことはないだろうと思いつつも、安請け合いするのだけは避けておいた。

 

 

 

 

 

 

 その後もヴィンセントから不知火との差異を中心にいくつか細かな注意点を聞いた上で、コクピットに入り着座調整を進める。

 流石に新造の開発機というだけあってシートの動きなども滑らかだが、普段から細かく調整をしているのか、所々に新しい擦り傷もある。搭乗ごとに確認しているのだろう、ユウヤの几帳面さが伺えた。

 

 機体を起動さえ、網膜投影に浮かび上がる機体状況も、外観通りにすべて順調だ。

 

「フェアリー02からアルゴスCPへ。一番機の状況には問題なし」

『フェアリー04からアルゴスCPへ。二番機も同じく問題なし』

 

 武に続き、冥夜も起動を完了させ、続けて報告する。僚機として設定されている関係で、冥夜の二番機の状態も簡易的ではあるが、武からも確認できる。当然、報告通りに何一つ異常は検知されていない。

 弐型の一番機と二番機はカラーリングだけではなく、試験のために跳躍ユニットの主機そのものが違う。そのため確認項目にいくつか差異があるが、それらも両機ともに正常だった。

 

 

 

『アルゴスCPよりフェアリー02、04へ。まずはガントリーの上半身、肩のみを解放します。動作確認よろしく』

 対応してくれるのは、ターニャに代わりアルゴス小隊のオペレーターであるニイラム・ラワヌナンドだった。ヴィンセント同様に開発に関わっていない武や冥夜に対し不安などもあろうが、通信機越しに聞こえる声は落ち着いていた。

 

「フェアリー02了解。借り物の機体です。いつもよりも丁寧に扱って見せますよ」

 機体挙動の確認ということで、雑談じみた通信はむしろ推奨されてはいたが、冥夜には難しい話だ。武は二人分くらいは話すべきだろうかと一瞬考えたものの、XM3の開発や教導の際にも結構しゃべっていたと思い返し、むしろ普段通りを心がける。

 

 その上で、ニイラムは軍曹で武や冥夜からすれば階級は下だが、アルゴスのCPにはイブラヒムなども同席しているはずなので、口調は崩さずに対応する。

 

 

 

 ニイラムからの連絡の直後、両肩のロックが外れる音が伝わったがコクピット内にはさほど振動がない。下半身が固定されたままということもあるが、不知火よりも安定性が増していると思われた。

 先に告げたように無理はしない。ガントリーに腰・脚の三点で固定されたままに、下手に重心を崩さないよう、右肩からゆっくりと腕を前に伸ばしてみる。

 

「フェアリー02から04。そっちの調子はどうだ? 不知火よりもしっかりしている感じなんだが」

『フェアリー04、こちらも特に異常は感じられない。よく鍛え上げられている、といった印象だ』

 

 モニタで冥夜の二番機の状態を確認しつつ、声を掛ける。冥夜にとっては、武御雷以外に初めて実際に乗ることになった戦術機だ。自身の機体というわけではないが、目新しい装具に対する感動か、冥夜にしては珍しく少しばかり声が昂っているように感じられた。

 

 

 

 だが新しい機体に興奮しているのは、武も同じだ。動きが見たくて気が急くが、まずは上半身だけで可能な挙動から始める。ガントリーに干渉しないことを確認し、腕にあるナイフシースから65式短刀を振り抜く。

 

「お? やっぱ早くなってるな」

 抜刀から手に握るまで、わずかコンマ以下の違いではあるが、XM3搭載型の不知火よりも早くなっていた。納刀も早く、順手、逆手と切り替えて試していくが、このところは武御雷にのみ乗っていた武をして、驚くほどにスムーズだった。

 

『む? そうなのか? すまんな私にはよく判らんな、これは』

「ははっ、たしかに以前の不知火を知らなきゃ、比較しようも無いからな」

 

 冥夜の言葉を受け、動作確認の意味もありわざと頭部ユニットを動かして隣の機体を見てみるが、冥夜も一度抜いては腕のシースに戻してまた引き抜くという動作を繰り返している。

 

 ただ冥夜場合は自身の経験から比較できる対象が、紫の武御雷になってしまうのだ。さすがに武御雷の前腕から手の甲の上に、文字通り瞬時に展開できる00式短刀と比べれば遅いのは仕方がなかった。

 

 

 

 武が操作する不知火・弐型のナイフ・トリックじみた動きに、ハンガー内の空気がどこか柔らかくなる。外から直接見ている彼らが緊張を緩める程度には、武と冥夜とは弐型を扱えているようではあった。

 

 そして不安げだった整備の面々から少しずつ緊張が解けると、驚きのどよめきが広がっていく。

 

『って、繋ぎが早すぎないか、アレ……いやそもそもどうやって動かしてんだよ』

 ヴィンセントの声を集音マイクで拾ってみるが、他の整備兵同様に弐型の動きに驚愕していた。

 

 機体そのものにはまったく手を入れていないにも拘わらず、すべての動きが早くなっているのだ。整備していた者たちからすればトリックのある手品を見せられているようなものだ。

 そしてXM3の付随機能としての反応速度向上もあるが、何よりもキャンセルでの抜刀途中からの納刀など、従来型OSでは不可能な挙動だ。XM3の概略を知らされていても、目の当たりにすれば驚くしかない、

 

 

 

「フェアリー02からアルゴスCP。上半身の可動に問題なし。歩行試験への移行のため、ガントリーの開放をお願いいたします」

『アルゴスCP、了解。まずは02、貴官の機体のみ先行してください』

 

 CPの方でも整備と似たような反応はあるかもしれないが、ニイラムの落ち着いた声からは伝わってこない。とはいえXM3の対応試験としてはこれからが本番だ。許可を受け、武はハンガーからゆっくりと脚を踏み出す。

 

 武としては不知火には慣れ親しんでいるが、弐型はその改良型というよりは新規設計に等しく、挙動は大きく変わっている。むしろ初めて乗ると言っていい機体だ。いきなり走り出したりして、ハンガー前で転倒など流石に武と言えど避けたい。

 

 最悪即座に膝を付けるようにと注意しながら、まずはゆっくりと右脚を一歩だけ踏み出す。その一歩は、原型機たる不知火よりも大型化しているとは思えぬほどに、スムーズなものだった。

 続けて左、そして再び右と脚を運ぶが滑らかなものだった。動的安定性を重視する第三世代機とXM3の特性もあり、むしろ動き続ける方が安定しているようにも感じられてしまう。

 

「歩行時に異常は一切感じられず。すべて正常値の範疇です」

『アルゴスCPからフェアリー02、04へ。ハンガー外への移動を許可します』

 

 体感としても、投影されている各種のパラメータにしても、すべて正常だった。試験のため、通常よりも多岐に渡る情報が表示されているが、警告のレッドは一つとして見受けられない。

 

 武の歩行を見て、アルゴス側も問題なしと判断したようで、冥夜共々に移動の許可が下りた。

 

 

 

 最初の一歩は緊張したものの、あとは普段と同じような機体の状況確認だ。

 まずは重心移動の大きい走行移動などは避け、左右に構えた二門の突撃砲による複数目標ロックオンや、突撃砲のマガジン交換など比較的無理のない機動を繰り返す。

 

 だが武がそう言った基本機動を確認している横で、冥夜はなぜか片脚立ちになり浮いた膝から下を回すような挙動を始めていた。

 

「フェアリー04、どうした? この弐型には脚にブレードエッジは付いてないぞ?」

 いつかのターニャのようにいきなり踵落としをするとは思わないが、似たような機動を取ってもおかしくはない。武もそうだが、その動きを間近で見ていた冥夜もまた武御雷では脚部、特に爪先のブレードエッジは戦車級に対する際に多用していたからだ。

 

『む? いや、そうではなくてだな……シミュレーターでしか知らぬが、不知火と比べてもどこか脚運びが重い気がしてな。少し試しておった』

 冥夜は悪戯を見とがめられたかのように一瞬目を逸らし口を濁したが、試験運用の任を思い出したのか、漠然とした違和感を伝えてきた。

 

 

 

「あ~っと、ちょっと待て、よっと」

 歩行程度に止めて、脚を大きくは動かしていなかったから武は気が付かなかった。機体になじむ意味合いもあり、冥夜の所感を詳しく聞く前に、とりあえず自分でも試してみる。

 

 冥夜に言われて武も左脚を上げてみる。

 このところ武御雷に乗り続けていたこともあり、四肢の挙動が軽く鋭い機体に慣れ過ぎていた。その武御雷は当然、不知火に比べてもと確かに重く感じる。

 

「ってこれ、脚に推進剤タンクがこれほどまでにあるってことは、戦闘中に末端の重量比率が大きく変わっていくのか……気を付けてないとどこかでミスるな」

 

 弐型は原型たる不知火から比較して、脚部が延長・大型化されている。そして余剰スペースを推進剤タンクとして活用している。それによって壱型丙の問題であった連続稼働時間の延長を図っているのだが、これはこれでまた新たな問題となりそうだった。

 

 とくに今は試験ということもあり、推進剤は満載されている。不知火との重量バランスはかなり違うものになっているようだ。

 

 

 

『アルゴスCPから02および04へ。脚部推進剤タンクによる機体バランス変動は、問題視する必要は薄い、と予測されています。原則的に最優先で消費される部分であり、戦闘域までの巡航移動時に消費されることが前提となっている、と。またある程度までは機体側で自動補正もされるため、満載状態での近接格闘戦などの特殊状況を除けば、左程の違和感はないと、アルゴスの開発衛士からも報告されております』

 

 武と冥夜の疑念に、アルゴスのCP将校から補足が入る。さすがに開発小隊としては想定されていた状況だったらしい。

 

「フェアリー01了解。ま、出てすぐに脚振り回すほうがおかしいってことらしいぞ、04?」

『ふむ。侵攻であれば消費してしまうであろうし、防衛任務ではあればそもそもが燃料は満載できぬ。ということか』

 

 先日の模擬対人戦においてタリサなどはこの機体で存分に短刀二刀の近接戦闘を繰り広げていた。その速度は原型機の不知火を軽く凌いでいたことから、脚部の大型化による機動性の低下などはないはずだ。

 そもそもが戦術機の筋肉ともいえる炭素帯関連も不知火に比較して強化されており、満載状態であっても動きに不満が出るほどではない。

 

 武御雷にのみ乗っていた冥夜だからこそ気が付いたとも言えた。

 

 

 

 

 

 

 ハンガー近隣でできる程度の稼働確認も終わり、試験用にあたりあらためて装備を加えて、アルゴス小隊に割り当てられた演習エリアへと移動を始めた。

 

 各種装備を持ち込むために、右主腕に突撃砲、左主腕には追加装甲、右兵装担架に支援突撃砲、左兵装担架には長刀を搭載する。結果として突撃前衛と迎撃後衛の中間ともでも言えなくもない重装備だ。

 その上に燃料も弾倉も満載した状態でさえ巡航速度も不知火よりも速く、予定された演習エリアまで10分と掛からずに到着する。

 

「巡航もまったく安定したものだったな」

『ユーコン基地のこの立地だぞ。普段のそなたのように飛び跳ねるわけでもなければ、問題も起こりようが無かろう」

 

 実のところ演習エリア外でも規定最低高度ギリギリを飛んでいたのだが、それでも光線級警報が出ている戦場に比べればはるかに高い。NOE飛行で地を這うように飛んでいるわけでもないので、主機トラブルでもなければ問題の起こりようもなかった。

 

「ま、さすがに演習エリアまでの移動で異常が出るようなら、すでに解消もされてるか」

 

 

 

「さて。フェアリー02からアルゴスCPへ。これより不知火・弐型のXM3への適応状況を試験する」

『アルゴスCP了解。あまりご無理はなさらぬように』

「ははっ、繰り返しにはなるが、できる限り丁寧に扱いますよ」

 

 不知火のデータを乗せただけの弐型がXM3でどれだけ動けるか、そしてあとどれくらい最適化していくべきかの最初の指標取りだ。機体性能の上限を図るような一般的な意味での試験運用とは目的が違うため、それほど極端な機動などはさせるつもりは武にはなかった。

 

 キャンセルや先行入力での想定外の各部干渉はどうしても機種ごとに異なる。不知火でできた挙動が撃震では難しかったり、逆に陽炎や撃震では問題の無かったコンボが第三世代機の吹雪や不知火では無理だったこともある。

 このあたりは調整に時間をかければかけただけ動きが良くなるのだが、その時間が有限なのだ。

 帝国においても満足に調整できているのはA-01が保有していた不知火と撃震くらいだ。あとは斯衛から借り受けることができた武御雷と、不知火の同型機ともいえる吹雪は問題がない程度までに仕上げられてはいるが、F-15系の陽炎に関しては帝国陸軍に、そしてF-4系の瑞鶴は斯衛に最終調整は任せている。

 

 帝国陸軍で試験運用されている壱型丙の場合は、ほぼ問題なくそのままに移行できたと報告を受けている。が同じ改修機といえど弐型は壱型丙と異なり、各部のサイズやレイアウトが大きく変更されている。

 

 武が急遽異例としか言いようがない形で抜擢されたのも、XFJ計画に時間が残されていないこともあるが、開発当初からXM3に関わってきた経験を買われているからだ。パラメータなどは当然異なるが、不知火から武御雷へと対応を進めた時と、必要な工程自体はほぼ同様と予測されていた。

 

 

 

(まあ無理はしないとはいえ、それなりには動かしてみないと判るものも判らねぇんだよな)

 

 武は口には出さなかったが、おそらくは唯依以外のアルゴスの皆が想定しているよりも無茶な機動と見られるはずだ。それでも許可が下りているということは唯依が止めなかったということであり、弐型が武と冥夜の操作に応えられるという自信でもあるのだろう。

 

 長刀抜刀直後などのキャンセルしてはならない動作の再確認や、先行入力として不適切な動作が登録されしまわないかといった、定例的ともいえる項目から始める。リロード動作中にウインチスリングの解除などが先行で入力されてしまえば、下手をすれば突撃砲を取り落としかねない。

 逆に弐型の向上した反応速度をもってすれば可能となるであろう挙動に関しては、修正はアルゴス小隊に任せる。今回の武たちの任務は今日今すぐにXM3側の細部パラメータ補正を始めることではなく、その前段階の下準備程度である。

 

 

 

 JIVESどころかターゲットドローンも使用せず、仮想目標も固定物に限定するのも、プリセットとして登録されている基本的なコンボの実行とその過程を観測するためだった。冥夜と交互に特定の機動を繰り返し、内外からの問題点を洗い出していく。

 

『……えっ? あの、それは……』

 最初の頃はアルゴスCPからもとくに反応はなかったが、徐々に機体各部に高Gのかかる機動を組み込み始めると、ニイラムの悲鳴とも嗚咽とも取れる声が漏れ聞こえ始めた。それでも特に中止の命は出されない。

 時折いくつか関節強度限界近くまで負荷がかかっていたのか、投影された情報にもいくつかアラートが浮かぶが、それもすぐに消える。

 

「篁中尉がユーコンに戻ってから進言してたっていう各部の強化と余剰設定が効いてる感じだな。割と無理しても問題なさそうだ」

『フェアリー04から02。いまここで倒立対地制圧など始めるなよ?』

「いや、アレってそれほど機体に負荷はかかってないから、試験するほどでもないだろ」

 

 どこか浮かれ始めていると冥夜に見られたのか、釘を刺すかのような言葉を掛けられた。

 だが対要撃級を想定した右回り左撃ちの旋回射撃中から緊急離脱の最大出力でのバックブーストや、アフターバーナー全開でのNOE飛行中の戦車級相手の対地掃討とその後の着地などと言った機体全体に高負荷をかける機動にも弐型は粘り強く対応してくる。武御雷と同程度までに無茶なことはできそうだと、武は思ってしまった。

 

 

 

「でもなぁ、一番マズいのはこれかぁ……」

『これはやはり問題になるのか?』

「部隊が十全であれば問題ない。が、劣勢になればなるほどに顕著になってくるっていう、嫌な種類の問題だな」

 

 脚の大型化での機動性向上でコンボのタイミングが変わることなどは武も予想はしていたが、予想外の問題が一つ出てきていた。それが予備弾倉の位置変更に伴うリロード時の挙動変化だった。

 

 不知火と変わって、腰ではなくF-15同様に膝にマガジンラックが変更されていることで、いくつかのコンボやキャンセル関連の再設定に近しいレベルでの修正が必要に思える。

 不知火であれば兵装担架システムから展開する補助腕が機体背部から腰部装甲内の予備弾倉を引き出し、主腕は突撃砲を前方に向けたままにマガジンを交換できた。これが弐型の場合、膝に予備弾倉が収納される形のため、機体の姿勢によっては補助腕が届かないことが多い。

 

 確実にリロードを図るならば、逆の主腕で交換することが前提ともいえる配置だった。

 

 

 

「近距離戦になればなるほど長刀やブレードエッジを多用し始めるフェアリー04には感じにくいかもしれねぇけど、まあ普通は困るなこれ」

『合衆国式の発想というわけか? 密集近接戦闘時での緊急リロードなど、そもそも想定してないのでは?」

 

 遠回しに近付いていても可能な限り射撃を多用しろという武の忠告を、判ってはいるのだろうが笑って別の指摘であるかのように冥夜は答える。ただその推論はおそらく正解だろうと武も考えた。

 

 中~遠距離での砲撃戦を基本とするならば、マガジン内の弾薬を撃ち尽くす前に距離あるいは時間を取ることも可能だ。ただこれが中隊が損耗し、戦車級に全方位から集られているような状態では、悠長にリロードする余裕などありはしない。

 

 

 

「フェアリー02からアルゴスCP。少しばかり機体を振り回す。問題があれば即座に停止を求めます」

『……アルゴスCPよりフェアリー02へ。重ね重ねご無理はなさらぬように』

『フェアリー02、あまり無茶はするなよ。アルゴスの皆様方に無用な心労はお掛けするな』

 

 イブラヒムの確認を取ったためか少しばかり返答が遅れたが、ニイラムはどこか諦めたかのような口調で許可を伝えてきた。むしろ先ほどまでの機動は、機体を振り回していなかったのかとでも言いたげだ。

 武かがわざわざ断りを入れるくらいだから無茶なことをするのだろうと、冥夜も判っているようで重ねて注意を促してくる。

 

「留意はする。が、まあ機動中のリロードだけだ。それも固定目標相手だからヘマはしねぇ……と思う」

 答えたものの問題ないと断言できないため、冥夜はともかくもアルゴスCPには余計に不安を与えたかもしれない。

 

 

 

「さて。ではちょっと試しますか」

 右主腕は突撃砲をそのままに、左主腕の追加装甲は地面に置き支援突撃砲に持ち替える。

 

 左右の膝にまだ予備弾倉があることを確認した後に、最高速度ではないが脚部走行を始める。この状態ではあたりまえだが膝が大きく動くため、動作距離的にも補助腕でのリロードは無理だ。

 

「まあ当然、リロードは受付ねぇわな」

 仮想目標に対し反時計回りで廻りながら、左右の突撃砲を右に向けているような形だ。主腕はどちらも塞がっており、右兵装担架の補助腕では動き続ける膝に届かない。結果的にリロード動作は受付不可能となる。

 

 ならばと武は上半身のみを右に90度回し、目標に正対させる。これで右兵装担架の補助腕が跳ね上がってくる膝にならば届く。砲口は目標に固定したままに、即座に右突撃砲のリロードを完了させる。

 

 問題は左の支援突撃砲だ。左兵装担架には長刀がマウントされており、こちらには補助腕がない。

 

「ってことで、こうだぁッ!!」

 

 届かなければ届く位置に腕を回せばいいとばかりに、武はさらに上半身を右に90度回す。当然、上半身は完全に後ろを向く。固定目標に対して同心円走行中なので、コクピット内の武には左前方に向かっての加速がかかり続けるが、気にはしていられない。

 また左の支援突撃砲は目標に砲口を向け続けるために、左腕を首筋後ろに回すような形になってしまう。これもあって補助碗と突撃砲自体は近付き、リロードが完了した。

 

 

 

 途中の命中率は下がっているものの攻撃をほぼ途切れさせずに、左右の突撃砲のリロードが完了したことを確認し、武は機体を止めた。

 

「で、フェアリー04? 無茶な機動なしでリロードはできるんじゃないか、これで」

 コクピットからは自機の状態が確認しにくいので、横で観測していた冥夜に尋ねる。

 

『まったく……フェアリー02、今の機動を無茶ではないというのは、そなた……とあとお一人くらいなものではないか?』

「え? そんなに無理か?」

 

 武自身としては咄嗟に思いついて実行した動きとしては完璧だと信じていたので、あっさりと冥夜に否定されて驚く。

 

『歩行時ならばまだしも、脚部走行中に上半身を一回転などさせてみろ。並の衛士ならば急な加速方向の変動で方向感覚を失って転倒させるのが関の山だ』

「あ~そこはコンボに設定しておいて、何とか……」

『密集戦闘時での緊急リロードという初期想定を見失っていないか、そなた? 周囲への警戒が疎かになりそうな機動は、避けるべきであろう。リロードに関してはアルゴス小隊に任せよ』

「あ~フェアリー02了解。たしかに今解決しなけりゃならん話じゃないな」

 

 

 

『しかしフェアリー02? 今日はどこかしら愉しそうだな』

 一応はコンボとしてこちらでも試してみる、と冥夜が装備を整えながら言う。

 

「このところ慣れない仕事ばっかり回ってきてたからなぁ。試験とはいえ、戦術機だけに向き合うってのは、やっぱり楽って言うと語弊はあるか。それでも気が楽だ」

 

 以前のAL世界線で発言力を持つためには出世しなければと足掻いていたこともあったが、将官どころか佐官としての自分さえ具体的には思い描けない。昨日のハイネマンとのやり取りや、それ以前の出雲での会食、斯衛とのやり取りなどへ経て、経験の足りなさが身に染みてくる。

 今の武自身に見合っているのは戦術機衛士かと、あらためて思ってしまう。

 

 

 

『ロボットに乗ってみたくて衛士を目指した、であったか』

 

 訓練兵時代、白陵基地のPXで207Bの皆に武が告げた言葉を、冥夜が繰り返す。

 

『しかし私から見てみれば、そなたにはやはり教え導く役回りが似合っているのではないか、白銀武教官補佐殿?』

 

 静かに笑いながらそう口にする冥夜に、今の武には答える言葉が無かった。

 

 

 

 

 

 

 




祝マブラヴオルタTVアニメ化!!

というには投稿が遅いですが、なんとか10月中に更新達成。そしてなにやら久しぶりに動いている戦術機の描写をした気がします。
XM3がどれくらい機種ごとに修正が必要なのかとかは設定なかったと思いますが、突撃砲もマッチングが良い悪いのネタがあったので、それぞれの機種にXM3用デバイスドライバ用意するくらいはしないと満足に機能しないんじゃないかな……といった感じです。

で11月はリアルで引越があるのでもしかしたら投稿できないかもしれませんが、エタらないように何とかします。

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