「私がサボタージュを目論んでいた、とティクレティウス少尉はそうおっしゃるのですかな?」
「おや? 意図しての行動かと訝りもしましたが、よもや無自覚であられたとは。なるほど開発がこれほどまでに遅れるのも当然といえましょう」
ターニャの皮肉どころか明確な嘲笑に、流石にハイネマンも表情を固める。声も強張り、そこには怒りが滲んでいた。
ただ否定されるのは当然の前提だったのだろうが、計画の推進こそ本意であるというハイネマンの態度に、ターニャは珍しくも虚飾ではなく驚いて見せる。JASRAの二人は、ハイネマンがXFJ計画に対して意図的に遅延を図っていたと想定していたようだ。後ろに控えていたウォーケンも、僅かではあるものの怪訝そうに眉を顰めていた。
「ふむ、とすれば……篁中尉殿。ひとつ確認させていただきますが、XFJ計画の進捗に関して、帝国ではどのようにお考えですかな?」
だがハイネマンの意思がどうであれ誤差の範疇だとでも割り切ったのか、ターニャは話の相手を唯依へと切り替えた。
「開発に携わる身といたしましてはこういう言葉は使いたくはありませんが、計画の遅延は技術廠の想定範囲内に留まっておりました」
ターニャの問いに、唯依は内心は心苦しく思っているのだろうが、表情には出さず遅延は当然の物と想定されていたと言い切る。
すでに実戦運用されてる機体、その改修のみとはいえ二国間での共同開発だ。予定通りに進むと夢見ているような関係者は、現場レベルにおいては存在しない。スケジュール自体、それなりに余裕をもって立てられてはいた。
「遅くとも2001年内に試作機の完成さえすれば、来年度予算で低率初期生産を認めてもらい2002年内を通して実戦運用試験を執り行える、という予定でありました」
唯依が語るのは、先にジョンより聞いていたボーニングよりも、帝国技術廠の猶予した想定だ。ボーニングには戦術機部門の経営立て直しという逼迫した要因があるが、帝国にとっては撃震の代替機導入はそれほど喫緊の課題ではなかったようだ。
「大陸に派遣された撃震の損耗は激しかったとはいえ、帝国本土防衛に必要と目される員数が不足するほどではありません。なによりも本土での防衛戦は早くとも年明けの2002年冬と目されておりました」
この場にいる者は皆判っていることだろうが、計画に余裕があった前提を唯依は告げる。
武が経験してきた世界線と比べれば、ユーロにおいても1年以上、極東では3年程は長く防衛線を大陸側で維持できていたのだ。なによりもBETAの本土進攻で国土の大半が破壊つくされた状況ではない。当然、帝国軍の損耗は少なく、撃震の代替を急ぐ必要性は薄い。
また唯依は言葉にはしないが、先の九州防衛において実施されているように、本土防衛となったならば、耐用年数の限界が近い機体から前線で使い潰すことも計画されていたであろうことは明らかだ。
「ですが計画を取り巻く状況は、10月末から大きく変わりました。本州侵攻は防げたものの、本土防衛のために戦術機の質的向上が急がれております」
今現在、XFJ計画には当初よりも時間的余裕がない、と唯依は言う。
朝鮮半島からの撤退がこれほどまでに急になり、2001年内での九州を含む本土防衛は帝国参謀本部でもほとんど想定されていなかったのだ。大陸派遣軍を吸収する形での本土防衛軍の再編も、満足に進んでいるとは言い難い状況だった。
「半島撤退が帝国参謀本部の想定以上に早かった、ということですな」
唯依が口にしなかった要因を、苦々しげにターニャが補足する。
バンクーバー協定により対BETA戦争は国連主導によるとはされているが、各国の交戦権は自衛においては認められており、防衛においては当該国が主体となって行うのが当然である。だが朝鮮半島においては、南北朝鮮両国の政治的対立が解消され切っておらず、本来ならば防衛戦力の主体となるはずの両国軍が連携を取れず、むしろ国連太平洋方面第11軍が防衛線の主軸となるような事態だった。
10月に行われた間引きで、合衆国軍が事前告知なしにG弾の試験運用に踏み切ったのも、中国本土側以上に半島での防衛に統一した意思決定機関がなかったことにも起因する。G弾の使用は結果的に防衛線の破綻をもたらし、半島からの撤退を加速させる要因となってしまったが、南北朝鮮両国軍が連携していれば混乱も最小限に抑えられたはずだという意見もある。
「加えて、先日発表されたXM3です。さすがに今すぐに、とまでは申しませんが、年内に何らかの完成形が無ければ、撃震の代替はXM3に最適化された陽炎で行われることになる可能性が高いと予想されております」
武も想定していたことだが、唯依の口から伝えられると、やはりそうなるかとあたらめて実感する。もちろん他の機体が選ばれる可能性もあるが、生産性や将来性を加味すると他国での採用数も多いF-15C系列の陽炎が選ばれるのが順当ともいえる。
「つまりは帝国としては本来の想定された予定通りにXFJ計画が進展していれば、問題なく弐型の採用が決定されていた、ということですな」
XFJ計画に時間的余裕が失われたという唯依の話を、ターニャは意図的に曲解し、逆に捉えて見せる。
「さて。話が前後いたしますが、なるほど今のXFJ計画に残された時間は限られている、と。その上であらためて篁中尉殿にお聞きしたいのですが、計画の遅延は、何が問題だったのでしょうかな?」
続けて答えの判っている問いを、はっきりとターニャは唯依に投げつける。
計画の進捗に関して、帝国技術廠などに送られている情報はすでにターニャは知っている。その上で帝国側開発主任たる唯依から原因を明示されることに意味がある。
「……計画の遅延に関しては、いくつかの要因があったと考えておりますが」
もちろん、求められている答えは唯依にもよく理解できている。ただそれが今となってはあまり口にしたくないものだというだけだ。
だが開発主任という立場が、逃げることは許さない。
静かに呼吸を整えたうえで、一瞬だけハイネマンに視線を流し、そしてターニャに正対し応える。
「開発当初のユウヤ・ブリッジス少尉の帝国式戦術機への理解不足……いえ日本人への人種的偏見からくる侮蔑的感情、それによる理解の拒絶こそが、初期の進展を著しく阻害していたかと」
今となっては信じられないほどではあるが、唯依とユウヤとはまともな対話が不可能なほどに対立していたのだ。そしてそのことは隠すことなく報告している。もちろん唯依のみならず、帝国から派遣されている整備班からも似たような報告は上がっているはずだ。
ここで現在までのユウヤの実績を盾に庇ったとしても、初期の頃の失態が無くなるわけではない。
「計画の進捗状況をこちらでも見させていただいたのですが、たしかにブリッジス少尉の計画への非協力的態度で、少なくとも2週間、おそらくは1ヶ月ほどは計画の遂行に支障をきたしておりますな」
唯依から求める答えを引き出して、ターニャは心底嬉しそうに嗤ってみせる。
「さてさて。このような問題を起こしていたユウヤ・ブリッジス少尉でありますが、他の有力候補者を押しのけ、彼を主席開発衛士として強く推しておられたのは、ハイネマン氏でありましたな?」
そのターニャの言葉を聞いて、武はようやく話しの方向性が掴めた。ハイネマンがユウヤを推し、それ故に計画に遅れが生じていたのならば、確かにハイネマンには顧問としても問題がある。
加えてハイネマンは無理な実戦運用試験を押し通そうとして時間を費やしているのだ。たしかに第三者的な視点からすれば計画に対するサボタージュと捉えることもできる。
「失礼。ユウヤ・ブリッジス少尉は、御父上に関しては本当にご存じないのですか?」
「知っていてあの態度が取れるなら、むしろ我らがカンパニーに欲しい人材ですな」
傍観者を装っていた鎧衣だったが、なにやらどうしても確認せねばならぬ案件だったようで、断りを入れて問うてきた。そしてジョンが遠回しに肯定するものの、どちらも父親に関しての情報は漏らさない。
(ユウヤの父親って、何か帝国の方で問題になるような人物なのか……?)
武が見たユウヤの履歴では、父親に関する記述は空白だった。この世界の合衆国の世情に詳しいわけでもなく、母子家庭が珍しいかどうかの判断もできず、そういうものかと流していたが何やら事情があるようだ。
鎧衣が口を挟むことからして、斯衛か城内省に関わるつまるところは武家の者なのだろうが、どういった人物がアメリカ人女性と関係を持ったうえで名を隠しているのか、武には想像が難しい。
ただユウヤの父親の話には、ハイネマンは先ほどまでの薄い笑みを浮かべ冷静さを取り戻しているところを見るに、具体的に誰であるか判っているようだ。
(ハイネマンは知っているみたいだが、篁中尉は知らない、といった感じだな。んでユウヤ本人も知らない、と。秘匿のレベルがいまいち掴めねぇ……)
唯依は一瞬興味深げな色を瞳に浮かべたが、今は平静を装っている。
父親に対して複雑な感情を持っているであろうユウヤ本人が自身の出自に関して調べずに、相手を知らないということは不思議ではない。
ただ斯衛の黄、その次期当主である唯依が知らされていないにも関わらず、ハイネマンが知っているという点に疑問は出てくる。とはいえここで明かされないということは武や冥夜にも知る必要が無い情報なのだろう。武も、気にならないと言えばウソになるが、秘されていることをわざわざ問うほどでもないと割り切っておく。
「ブリッジス少尉の出自に関しては、今はさほど問題とすることでもありますまい」
ターニャもユウヤの父親については知っているようだが、現時点においては重要視していないようで、あっさりと流す。
「先ほどハイネマン氏は遅延など意図しておらぬとおっしゃっておられましたが、帝国側からはブリッジス少尉を推したと一点においてだけで、十分に計画の妨害とも取れますな」
「ですが、ブリッジス少尉の戦術機開発における才能、そして何よりその熱意は得難いものです。彼が居なければ今のType94 Secondが無かったと言っても過言ではありますまい」
「ふむ……ブリッジス少尉でなければ為しえなかった、と。なるほど確かな実績として彼とマナンダル少尉とは弐型を仕上げておりますな」
ハイネマンは今の完成間近である弐型をもって、ユウヤの実績とその選出の正しさを誇って見せる。そしてターニャもユウヤ一人の実績ではないと、タリサの名を絡めながらも、一応はハイネマンに同意した。
現時点での結果だけを見れば、ユウヤが弐型の主席開発衛士であったことは、たしかに正しかったとは言えるのだ。
「ですが弐型の完成という点において、はたしてそれはブリッジス少尉でなければ為しえなかったかのでしょうか? 正直に言わせていただければ、政治的判断での合衆国衛士選出という条件が無ければ、篁中尉殿こそが主任開発衛士に相応しいとこちらでは判断しておりました」
ユウヤの実績は認めたうえで、他の衛士でも可能ではなかったかとターニャは問うてみせる。
唯依が例に挙げられたが、武から見て彼女が衛士としてユウヤに並ぶかと言われれば、判断が難しい。だが弐型の開発衛士にはユウヤよりも相応しいとは思う。
短い時間ではあったが、唯依にはXM3の開発にも協力してもらい、その技量は知っている。なによりも斯衛の出身であり、帝国製戦術機の運用に精通しているのだ。わざわざドクトリンの異なる合衆国の衛士に任せる意味は、本来ならばない。
「そして政治的要因で合衆国衛士を主席開発衛士に選出せねばならなかったとはいえ、むしろレオン・クゼ少尉に任せていた方が計画は滞りなく進んでいたのではないか、とも考えてしまうのですよ」
(レオン・クゼ少尉……って誰だそれ?)
ここにきて知らぬ名を出されて、武が疑問の表情を浮かべてしまう。聞き役に徹している冥夜には変化が無いが、唯依も知らぬようで武と似たような様子だ。
「おや? 篁中尉殿はクゼ少尉の件をご存じないのですか? 首席開発衛士の候補者データが、帝国側開発主任である篁中尉には知らさせていない、と?」
促されるままに頷いてしまう唯依に、ターニャは大げさに驚いて見せる。
ただターニャの言葉通りであれば、たしかに唯依に伝えられていないというのは、少しばかり奇妙な話だ。曲がりなりにも共同開発なのだ。合衆国側の意向で捩じ込んだにも等しい主席開発衛士の選定に関し、候補者さえ秘して結果だけを伝えるというのは後ろ暗い点があると喧伝しているだけにも見える。
「ああ、すまないがウォーケン少佐、篁中尉殿に……いやついでだな、白銀少尉と御剣少尉にもレオン・クゼ合衆国陸軍少尉のデータを」
もはやどこまでティクレティウス少尉としての偽装を取り繕う意志があるのかと疑問に思えるほどに、ターニャは背後に控えるウォーケンを文字通りに使ってみせる。
ウォーケンが手早く武と冥夜そして唯依に資料を手渡す。事前に用意されていたことも、そしてウォーケンが探す素振りさえ見せずに出してきたことからも、これがターニャたちにとっては最初から想定していた流れのようだ。
(この集まりがハイネマンへの攻撃だとして、なにかもう一押し……なんだろうが、開発衛士の選出って繋がるようなことなのか?)
弐型の実戦運用試験の拒絶に、ハイネマンからの強化案の否定。これだけでも十分にXFJ計画からハイネマンを切り離すには十分だろうと、武には思える。
実戦運用試験をソビエト領内で行うことに固執していたところから、明白な証拠はないにしても、ハイネマンが東側と密接な関係にあることはほぼ確実だろう。開発計画の東側へのリークを防ぐだけなら、ハイネマンに技術顧問という立場から引いてもらうだけでも達成できそうだ。
ただターニャがその程度で納めるわけも無かろうとも、予想できてしまう。
(まあ俺からの発言が必要となれば、事務次官補のことだから、気が付いたら言質を取られてそうなんだけどなぁ)
とはいえそれがユウヤと、そしてレオン・クゼという少尉にどう関係するのかがまだ判らない。まずは眼前の問題に対処しようと、レオンに関する書類に武はざっと目を通す。
「なんというか……これは生粋の合衆国軍人、としか言えませんね」
そして書類を流し読むだけで、レオンの驚くほどの経歴に驚き、問われたわけではないのに言葉が溢れ出てしまう。
合衆国の教育機関などに詳しいわけではないため、どれほどのエリートコースに乗っているのかは判断しきれない部分があるが、レオンは血統だけでも間違いなくトップエリートだ。
「御祖父様は第442連隊戦闘団に所属されておられたのか……」
冥夜も、尊崇に満ちた声を漏らす。
第442連隊戦闘団は第二次大戦において、士官を除きほぼ日系アメリカ人で構成された部隊だ。彼らは合衆国への忠誠を証明するため、名誉戦傷戦闘団とまで呼ばれるほどに負傷者を出しながらも欧州戦線を果敢に戦いぬいた。
掲げる旗は違えど、国に殉じる想いに、感じ入るものがあるのだろう。
そして祖父だけでなく、父親は米国海軍太平洋艦隊所属する現職の提督だ。
また血筋を無視したとしても、本人の来歴から間違いなく優秀な軍人、そして戦術機衛士だと判る。今現在、第65戦闘教導団『インフィニティーズ』所属しているというだけでも、その衛士としての技量が合衆国内で最上位に位置することは明白だ。
いまの計画にその身を捧げているユウヤしか武は知らないが、それでもデータを見る限りはレオンを押しのけてまでユウヤを選ぶ要因が思い浮かばない。ユウヤも母方は名家らしいが、父親が不明な点でどうしても弱い。
衛士としての技量は、ユウヤとレオンとが以前に同じ隊に所属していたこともあり、両者がほぼ拮抗していたことが、記録からも読み取れる。
武だけでなく、冥夜も唯依もはっきりとは言葉にはしないが、レオンが選ばれなかった意味が分からない。
「計画に対し本人の意欲は高く、またその技量にも疑問の余地はない。加えて代々が合衆国軍人でありながら、彼らは皆日本と日本人への敬意も併せ持っている。それもあって、クゼ少尉本人も合衆国と帝国どちらのドクトリンにも精通している」
ターニャが纏めてみせるが、XFJ計画にとって否の打ちどころの無い人材だ。政治的要因で、開発衛士に帝国軍人を送り込めなかった日本帝国に対しての、合衆国からの詫びとも受け取れる人選でもある。
もちろん、ユウヤ自身の能力も経歴も、レオンに並びさえすれ劣るところが無いというのは確かだ。それ故にユウヤを推した者も居ないわけではない。だがそれらの者たちも絶対にユウヤでなければならないと言うほどには、推挙はしていない。
ただハイネマンだけが、戦術機部門の重役にして技術顧問であるという立場で、主席開発衛士にユウヤを押し切ったのだ。
その結果、開発当初、短くはない遅延を招いた。
「しかし驚きました、帝国側の開発主任たる篁中尉殿にもお話が伝わっていなかったとは。これはボーニングの背任行為と見做しますかな?」
ターニャは嗤って言い放つが、ユウヤを選ぶために、ハイネマンが開発衛士の選出を帝国に伝えなかったのだろうと、嘯いて見せる。
「元より開発衛士の選出に、帝国は関与しないという取り決めでありました」
ターニャの促すような問いに、唯依は事実をもって否定する。
だが帝国側に決定権とは言わずとも、わずかでも発言権があったならば、ユウヤではなくレオンが選出されていたと思われる。
書類だけでもレオンが選ばれるだろう。加えてもし事前に二人に面接でもしたならば、間違いなく当時のユウヤであれば、その反日的態度から、計画には不適切と見なされる。むしろ帝国軍人が面接官であったならば、ユウヤ本人から暴力行為などを起こして、計画参与を潰していたかもしれない。
「ですがブリッジス少尉の衛士としての技量と、なによりも弐型開発にかける熱意とを知った今では、XFJ計画の主席開発衛士には彼以外はありえないと断言いたします」
「なるほど、ハイネマン氏の選択は正しかった、と篁中尉殿はお考えですか」
「はい、いいえ。クゼ少尉であれば開発当初の遅延もなく、またその技量から推測されるように、弐型Phase2がすでに完成に至っていたかもしれない、という可能性は否定できません」
ユウヤとは少なくない対立を経て、その上で信頼し、共に不知火・弐型を今の形に仕上げてきたのだ。唯依のユウヤに対する信頼は間違いなく厚いものがある。されど帝国の開発主任として唯依は、レオンであればより早い計画実現の可能性があったことを認めなければならなかった。
そしてそれは、あくまで可能性の話ではあるが、ユウヤを推したことで計画の遅延を招いたと、帝国側開発主任としてハイネマンを叱責ことでもあった。
唯依の発言は、帝国がXFJ計画の遅延の責はハイネマンにあると捉えている、そう見なされて当然の言葉だった。ターニャが唯依から取りたかった言質は、言葉は間違いなくそれだろう。
ジョンや鎧衣などとは事前に取り決めていたのだろう、まさにシナリオ通りに進む舞台を見ているように、落ち着いたものだ。が、武や冥夜にしてみれば、この場に呼ばれている意味が今なお分からず、無表情を取り繕うのも難しくなってきた。
「そういえば私もいくつか戦術機開発の第一人者たるハイネマン氏にお聞きしたい話がありました。Su-27、でしたか? アレはどういう経路で開発されたと、お考えですかな?」
「はは、ご存知でありましょうが、アレはF-14の系統と言ってもいい。当時はまだグラナンでしたが、そちらとの契約でスフォーニ設計局にいくつか技術提供を行いましたからな」
武の内心での動揺など考慮されるはずもなく、ターニャはさらに話題を飛ばす。
ハイネマンもことここに至っては東側への関与を疑われているのは判っているはずだ。公開されている事実を肯定しながらも、確定的なことは漏らさない。
「こちらにある契約書ですな。それにしてもSu-27は、あの労働意欲と創造性に欠くコミー共が作り上げたにしては、よくできている」
ハイネマンがはぐらかすことなど当然ターニャは想定済みだ。その程度は調べていると知らしめるように、歳月を経て少しばかり変色を始めている書類をウォーケンから受け取るものの、ターニャは内容を確認する素振りさえ見せない。
「F-5を基にしながら、Su-11にSu-15などといった劣化コピーとも言い難い機体を設計していたとは思えぬような躍進ぶり。Su-27はまるでF-14を設計した者たちが、改めて作り直したかのように、驚くほどによくできている」
共産主義関係を褒めることなどめったにないターニャではあるが、それでもSu-27系列の優秀さは認めている。中国共産党の採用したものなども含め、Su-27の派生型が東側の標準機となっているのは事実だ。
「スフォーニ設計局には、ハイネマン氏に並ぶほどの天才技師でも存在しておりましたかな。寡聞にしてその名を聞いたことがございませんが」
「ははは、当時の契約に携わった者たちには、話を聞きなおしてみたいところです。驚かさせる名が出てきそうで楽しみですな」
ターニャに続き、ジョンも嗤って見せる。
まともな開発実績さえ持たないスフォーニ設計局に、F-14を基にしたとはいえあれほどの短期間で再設計できるとは考えにくい。しかもソビエトのみならず東ドイツも中国共産党もユーラシアの撤退により、亡命先での劣悪ともいえる工業生産能力しか持たない。そのような状況下でさえ生産・運用できるように各部の精度を下げたにも関わらず、それなりの性能を満たしているのだ。
グラナンからの限定的な技術提供を受けたとはいえ、スフォーニ設計局が単独で成し遂げたなどと、楽天的な思考を持つ者はこの場には居ない。
「ああ。Su-27とF-14で思い出しました。F-14の設計にはブリッジス少尉の御母上のミラ・ブリッジス女史も深く関わっておられましたな。戦術機に関わる者として、機会があれば女史からもお話を伺ってみたいものだ」
そしてターニャは、わざとらしいまでに記憶を探るかのように首を傾げたうえで「ミラ・ブリッジス」が生きている、と取れる言葉ともにハイネマンを見据えた。
「さてさて。私からもブリッジス女史のみならず、ハイネマン氏にはいくつかお聞きしたいことがありますが……他の皆様方にこれ以上お時間を取らせるわけにもいきますまい」
ミラの名前が出され、ハイネマンの作り笑いが剥がれたと見て、ここでの話は終わったとジョンが軽く手を叩きつつ腰を上げる。
「私個人としても、ハイネマン氏からは、退職後の身の振り方をご教授していただきたいところですからな」
ジョンは獲物を見据えたように大きく笑う。その言葉が終わらぬうちに、外で警護していた黒服の二人が入室し、靴音を高く響かせつつハイネマンの背後に立った。
「私を抜きにして、弐型の完成はありえません。その先にある新たな戦術機もッ」
死亡したと伝えられていたミラ・ブリッジスが生きている可能性があり、そして退室を促されるに至って、ようやくハイネマンは今現在の自分の立場というものを理解できたようだった。さすがに余裕の態度も崩れ、慌てて言い募る。
フランク・ハイネマン。
XFJ計画の技術顧問にして、ボーニング社・戦術機開発部門重役。「戦術機開発においてフランクのみで全てをなしうることができる」とまで言われるほどの人物だ。
ハイネマン自身も普段は態度には表さないが、自己への評価は理解している。僅かなりでも戦術機に携わる者であれば、けっして無下に扱うはずはない、とどこかで楽観視していたようだ。
「残念ですが、あなたは費用対効果が悪いのですよ、ハイネマン氏」
だがターニャはそんな評価など一切考慮せずに斬り捨てる。
たしかにハイネマンはボーニングの開発部門の重役ではあるが、結局のところは合併先のグラナンの人間であり、経営の主流に位置するわけではない。またあくまで戦術機開発すべてに精通しているというだけで、ハイネマンが居なければ進まない研究開発というのも、ないのだ。
間違いなく天才ではあるのだろうが、ボーニングにしても合衆国としても代替可能な一個人でしかなかった。
「懲戒解雇ではなく、自主都合退職といういう形を取るのは、ボーニングにしてみれば最大限の譲歩でしょうな」
なによりもこのまま放置し、不祥事が第三国から告発されたならば、ボーニングの社会的信頼まで落とされる。そしてそれは合衆国の威光をも陰らせかねない。国連職員である前に、善良なる合衆国国民であると自認するターニャとしては見過ごせる事態ではないのだ。
もちろん自主都合退職とはいえ、退職後の自由などありえないことは、当然誰もが理解していることだ。
「そして先ほどの話にあったように、帝国においては弐型が完成せずとも問題はありますまい。加えてJSF計画にて選定されるのはF-35……ああ、まだX-35でしたな。ボーニングのX-32ではありませんよ」
続けて軽く手を振ってハイネマンの自信の拠り所ともいえる新機体を不要と断じる。お前は無用だと告げるターニャは、退屈気で不機嫌そうないつもの表情だった。
「なるほど……カッサンドラの予言、ですか」
「予言などと大それた話ではありませんよ。至極当然の帰結ですな」
原作知識という、外から見れば予言としか取れぬターニャの物言い。
「F-4、いえそれ以前、NCAF-X計画の時点から貴女は第3世代機を想定されておられた。いや、今もその先が見えておられるに違いない」
自身の設計、そして予言という言葉も否定されてながら、しかしハイネマンはこれまでとうって変わり啓示を待つかのようにターニャを見つめる。
ハイネマンは当初から疑ってはいたのだろうが、眼前の幼女をフェアリー小隊付きのCP将校たるターシャ・ティクレティウス国連軍少尉ではなく、JASRA局長ターニャ・デグレチャフ本人だと間違いなく認識したようだ。
武の経験してきた世界線と異なり、この世界においては1974年6月のJASRAの第一次報告書によって、戦術機開発はその開始時点からはっきりと方向性が形作られている。
新兵器開発には必ず伴う試行錯誤はあれど、要求仕様と言う意味ではこの四半世紀ぶれることが無かったのだ。ターニャの「原作知識」という未来知識による裏付けだ。そこからズレた機体が対BETA戦という極限環境下で淘汰されていくのも、当然と言えた。
それは天才と呼ばれたハイネマンであればこそ、戦術機開発においては疑問の余地なくターニャの提言が「絶対的な正解」であると当初よりも理解していた。だからこそ自身が否定されている今この時点においてさえ、戦術機の先を正しく示す言葉を縋りつくように求める。
「YF-23、そしてType94 Sceondに私が目指したものは、JASRAが、いえ貴女が求めていたより高い機動性と近接戦能力を併せ持つ戦術機。それであってもまだ足りぬとおっしゃられるのですか?」
「機動性に近接格闘能力、ですか。そうだな……少佐、貴様が陸軍にいたままであれば大隊指揮官あたりだろう。その立場で求める、最良の戦術機の概念を言ってみるがいい」
いまやハイネマンは、ターニャを文字通りに預言者、信仰の対象を崇め奉るかのように熱の籠った視線を投げかけている。その縋るように問いかけられた言葉をターニャは軽くあしらい、自身で告げることすらせずにウォーケンに答えを促す。
「武人が求める物など古来より変わりません。より強く、より硬く、そしてより速く。戦術機衛士であってもそれは変わらんでしょう」
問われたウォーケンは苦笑気味に答える。それは間違いなく、ハイネマンがYF-23に、そして弐型に与えようとした能力だ。
「ですが部隊運用という面を加えるならば、なによりも数です。それも一時のものではなく、常に揃えられる数。補給と整備、そして欠員が即座に補充される環境こそを、求めますな」
大隊指揮官としてと、ターニャにわざわざ付け加えられたのだ。ならば答えは変わってくる。
性能どころか、万全の状態などともウォーケンは贅沢は言わない。求めるのは一定の水準、突出した個ではなく均質な集団と、それを支えられる兵站。完成されたシステムとして運用できる組織だ。そのために戦術機に求められる性能というのは、生産性と整備性、何よりもコスト管理である。
帝国斯衛とは大きく異なる、超大国たる合衆国のドクトリンだった。
「と、このようにハイネマン氏。あなたが作ろうとされてきた物は、個々の能力はともかくも、主なカスタマーたる合衆国の要求を総体としてはまったく満たしていなかった。帝国の斯衛であればもしや合致したかもしれませぬが、あなたの先ほどまでのカスタマーは帝国陸軍だ」
結局のところ、XFJ計画は撃震代替機を手早く安価に用意するために、合衆国との合同開発を認められたのだ。それが性能は高くとも時間も金もかかるとなれば、根底から条件が変わってしまう。
つまるところ、客の要望を聞きもせずしかも相手の金で好き勝手に物を作るよう人材など不要なばかりか害悪だと、ターニャは纏めて見せる。
「私が作り続けてきた物は、間違っていた、と?」
「採用され、運用され続けているかどうかこそ、客観的な評価でありましょう」
ターニャは明言することさえ無駄だと言わんばかりに、突き放す。それはハイネマンが才能はあれど、無能な働き者でしかないと告げたに等しい。
「ははっ……結局、私はこの数十年の間、貴女の掌で踊っていただけでしたか。いや踊ることさえも出来ていなかったようだ」
ターニャから直接に不要と断じられたハイネマンは力なく項垂れる。その姿は一瞬に年を取ったかのように覇気を失っていた。
「流石に時間をいただき過ぎましたな。では、我らはこれで」
ジョンに促されるままに腰を上げ、そのまま黒服二人に連れて行かれるハイネマンのその姿は、ただの無力な老人でしかなくなっていた。
「私が駅のホームから突き落とされることの無いよう、監視はしっかりとお願いいたします」
「ははは、ティクレティウス少尉殿を突き落とそうなどと、そのような恐れ多いことを画策するような愚か者は、先日来この基地周辺から引っ越しされたようですよ」
別れの挨拶代わりなのだろう、どこまで冗談のつもりなのかわからぬターニャの発言だが、ジョンは軽く笑って受け入れる。
鎧衣も軽く頭を下げ、共に退出した。
「いやはや、貴様らを臨席させておいてよかった。やはり現場の声というのは強力だな。もう少しばかり『説得』に手間がかかるかと思っていたが、あの様子であればジョン・ドゥ氏の手を煩わせることも少なかろう」
必要な情報はすぐさまに揃いそうだと言いながら、ターニャは新しく注がれたコーヒーを味わう。
現場からの声という形で武と冥夜にハイネマンを否定させ、それで抵抗の意思を失わせるとつもりだったが、奇麗に嵌ったとターニャは屈託なく笑う。
(いや、どう見ても事務次官補だけで話済んだ、よな……?)
横の冥夜もこちらに視線を送ってくるが、どうやら思いは同じようだ。唯依も似たような思いなのか、流石に口には出さないが、居心地が悪そうだ。
ハイネマンの心が折れたのは、ターニャに否定されたからに違いない。
確かに冥夜の立場や、XM3開発に携わってきた武の言葉なども要因の一つではあるだろうが、それだけであればあの笑顔を被ったまま頑なに抵抗を続けていただろう。
「ご覧のように少々自己評価が低くていらっしゃってな。JASRAの局員一同が悩まされ続けている問題の一つでもある」
ウォーケンに至っては、珍しいことに冗談じみたことを口にして、諦めたかのように肩をすくめてみせる。
それはターニャ以外の誰からも、心から同意できる言葉だった。
ハイネマン編(?)ようやく終了~今回分が何やら長くなったので半分で切ろうかとも思いましたが、切りどころが無くてそのままに。レオン関連は早めに出しておこうと思ったら、こうなってしまいました。
で、原作のTEやオルタと違ってこのお話は"Lunatic Lunarian"基準なので、戦術機開発の基本方針は最初のNCAF-X計画からすでにデグさんによって明確に方向性が告げられています。それでも武御雷なんかが出てきてしまうのが、世界の修正力?
しかし予定ではもうちょっと早く書き上がるはずでしたが、なんとかぎりぎり9月中に間に合わせました。そもそも夏合わせの同人誌の作業が9月にまでズレ込んだり、とやはり明確にイベントなどが無いとメリハリなくなるなぁ、と。同人誌の方も先日から販売始まっているので結果的には問題なし、ということで。
まあ遅くなったのは、404じゃないUMP45が45姉に出会ってしまう話とか、聖杯戦線で再現する冬木の聖杯戦争とか、わりとどーでもいいネタプロットを横で書いていたのが問題な気もします……それが形にできるかどうかはまた別の問題ですけど。