Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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誹議の排列

 戦術機に携わる者の間では「世界最高、最強の多任務万能戦術機」とまで言われたYF-23だ。それをターニャは駄作と断言した。

 

 プロミネンス計画が進められるこのユーコン基地であれば、呆れ果てられるどころか知性を疑われるレベルの発言だろう。だがことこの場においては指摘されたハイネマン以外には然程の驚きもない。唯依でさえ、どこか納得したかのような表情であった。

 

 むしろ武が問題とするのは、冥夜と自分とがこの場に列席を指示された、その理由だ。XM3開発関係者故に、ただの傍観者として呼び出されただけと考えるのは楽観的に過ぎる。

 

(とはいえ事務次官補でも、流石にボーニングまで敵に回すってことはないよな?)

 

 プロミネンス計画の白紙化が目的とすること、何を求めてターニャが言い出したかくらいは、武にもなんとなくは予想も理解できる。国連の対BETA戦略における無駄の排除、そしてなによりターニャにしてみれば東側への技術流出の阻止だと考えられる。

 だが今の話のままに、XM3がハイネマンに対する攻撃材料に使われるならば、今後どれほどの影響があるかは想像が難しい。最悪はボーニングがXM3導入に否定的立場を匂わすだけでも、採用を躊躇う国家も出てきかねないとも思ってしまう。

 

 

 

「さて。YF-23は駄作であったという事実を踏まえた上で、ハイネマン氏にお尋ねしたい。来るXM3環境下において、弐型をどのように仕上げるおつもりですかな?」

 

 口に出さない武の懸念など配慮されるはずもなく、ターニャは淡々と話し続ける。ターニャにしてみれば、YF-23が駄作機であることなど明白な事実だ。そしてこの場の表向きの課題は、XM3に関してハイネマンから参考意見を聞くことであり、その前提として確認した程度の発言なのだろう。

 

 そしてすでにハイネマンからはXM3には完成の域にあるとの言質は取ってある。加えて帝国においてはXM3の採用はすでに既定路線だ。不知火・弐型が正式に採用されるならば、XM3が搭載されることも確実と言える。

 ならばXFJ計画の技術顧問たるハイネマンには、XM3に合わせた弐型の調整方針を、XM3開発チームたる武たちフェアリー小隊に提示する責務はある。場合によってはXM3そのものの修正が必要となる可能性も否定できないからだ。

 

 

「先に述べましたようにXM3には、戦術機開発に関わる者として感嘆の思いしかありませんな」

 流れを訝しんではいるのだろうが、ハイネマンも笑みを保ったまま、だが言葉を選ぶように話を合わせてくる。

 

「ですが帝国の方でも、プロミネンス計画におけるイーダル小隊の結果を受け、Su-37系列などソ連機の導入なども考慮され始めているとは、こちらでも耳にしております」

 

 ターニャがソ連の話を聞いて不快感を滲ませる。

 それを見てハイネマンはフェアリー小隊側が問題視している点が、帝国での国粋派と親米派そして親ソ派の軋轢だと誤解したようだった。ターニャの反応を楽しむように話し続ける。

 

「そのような声を封殺できるだけのプラン、弐型のさらなる強化プランはすでに用意できております」

 ハイネマンは具体的な改装計画は言葉にはしないが、今以上の性能を弐型に与えてみせると、貼り付けた笑みをわずかに崩すほどの自信を持って断言した。

 

 

 

「ふむ。言うなればPhase3ですかな? 兵装担架を四基に増設、機体各所にエッジ装甲を配し、あとは両肩部前縁にさらなる姿勢制御スラスターを追加する。と言ったところでしょうか? 当然ながらさらなる機体サイズの大型化と、それに伴う推進剤容量の増大も予定の内ですか」

 

 原作知識を持つターニャからすれば知っていることを、さも推測したかのように淡々と言葉にしていくだけだ。

 とはいえそれを聞かされるハイネマンにとっては、自身が密かに計画していた強化プラン、それも部外秘どころか誰にも明かしていないものをあっさりと指摘されるという、まさに思考を読まれたかのような体験だろう。

 

(ってここまではっきり伝えてしまうと、これ普通にESP発現体の存在を疑われるんじゃないか?)

 

 ハイネマンがどこまでの知識があるかは武には判らないが、第三計画に関しては概略程度は知っていても不思議ではない。ならば読心能力を持つESP発現体の存在を疑ってくることも考えられた。

 もちろん、ハイネマンに無駄な警戒心を呼び起こすことさえ、ターニャの想定の内だという可能性もある。

 

 

 

「……流石はJASRAと言わざるを得ませんね。大筋でそのような強化案を想定しておりました」

「なに。戦術機の強化という面において至極当然の方向と内容ですから、わずかなりとも戦術機開発に関わる者ならば、誰であろうと推測できましょう」

 

 少しばかり引きつったかのようにも見えるが、ハイネマンは笑みを崩さずにターニャの推論を認め、感嘆した様子を表す。対してターニャはわざとらしいまでに溜息を洩らし、当たり前過ぎる計画だと言わんばかりに肩を竦めてみせる。

 

「ですがその予想に加え、JRSSの搭載も考慮いたしましょう。議会承認に関しては、こちらにお任せいただければ、と」

 対して、傲慢としか思えぬターニャの振る舞いを崩そうというのか、自身に満ちた態度と余裕を持ってハイネマンは新たな提案を加えてきた。

 

 

 

「クッ、ク、ハハハッ、いやはやハイネマン氏はなかなかにご冗談がお好きなようだ。これがアメリカン・ジョークというものだぞ、白銀少尉」

 だがターニャは、ハイネマンの切り札とも言える進言さえ嗤って切り捨てる。そしてその嗤いすらただの演技だと知らしめるように、瞬時にいつもの無表情に切り替えた。

 

「さて。今のハイネマン氏の強化プラン。どう思うかね、御剣少尉?」

 その上で自分で応えるのもバカバカしいとターニャは言葉にはしないものの態度で示しながら、冥夜に回答を押し付ける。

 

「一衛士としては、より性能の高い戦術機というものには、ある種の憧れを抱くことは否定できません」

 言わされているとは冥夜も判っているのだろう。表情は変えないが、いつもにもまして言葉は硬く紡がれる。

 

「ですが、耐用年数の近付く77式撃震の代替機開発というXFJ計画においては、これ以上の計画の遅延は認められぬかと愚考いたします」

「自分も、御剣少尉と同じ意見であります」

 ターニャに促される前に武は口を挟む。これを言わせるために列席させられていたのか、とようやく武は思い至った。

 

 武がXM3開発に初期から携わってきたというのはハイネマンも知っているはずだ。そしておそらくは斯衛における冥夜の立場も、唯依よりも高いという程度には掴んでいることだろう。

 実績と影響力を持つ二人の衛士から、弐型のこれ以上の改良を無意味だとハイネマンに直接知らしめることが、ターニャの目論見の一つだろうと武は読み取り、さらに言葉を続ける。

 

「計画の要求仕様としても、また撃震の代替機に必要とされる性能面で見ても、現状の弐型以上の物は不要かと思われます。いえむしろ……すでに過剰とも言えるかと」

 

 XFJ計画の要求仕様自体は、現状の弐型ですでに満たしているのだ。

 実戦運用試験などもおかしな話だが、XM3の存在を想定していない時点からすでにさらなる強化案を用意していたなど、どう考えても計画を私物化していたと疑うしかない。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、過剰とまでは言い過ぎだな白銀少尉。ハイネマン氏のことだから、先ほどの私の推測に加え、JRSSのみならずアクティヴ・ステルスの搭載までを提示して来るのではないかと少しばかり身構えていたのだがね?」

 

 ターニャは想定の範囲すぎて面白みもないと言いたげに、空にしたカップを軽く振ってみせる。幾分かは演技だろうが、純粋に蔑んでいるのも間違いない。

 

 武もハイネマンからの提案には呆れ果てたが、先程からのターニャとハイネマンの発言に知らぬ単語が含まれていたことに改めて注意を割く。

 アクティブ・ステルスは武も知っている。ある意味でF-22を象徴する機能だ。だがJRSSは、どこかで目にしていたかもしれないが、何を意味するのか思い至らない。知らないままに話を続ける危険を犯すわけにもいかず、ターニャに問いかけた。

 

「申し訳ございません。JRSS、とは一体?」

「ああ、あまり広く喧伝している装備ではないから貴様らが知らずとも不思議ではない。日本語にすれば、統合補給支援機構、といったところか。簡単に言ってしまえば、特別なアタッチメントなしにあらゆるものからの推進剤、電力補給を可能とする機構だ。破壊され、戦場に破棄された機体からでも回収できる」

 

 疑問を漏らした武だけでなく、横の冥夜も知らなかったようで、ターニャが簡単に説明を加えた。ただターニャはつまらなさそうに言い捨てているが、それがどれほど高度な技術で成り立っているのか、武にさえ想像がつく。

 

 相手側のバッテリーからの電力補給だけなら、まだ判らなくはない。

 だが自動車から自動車へガソリンを移し替えるのにさえ、専用の給油ポンプが必要なのだ。トラックなどの大型車であれば場合によっては給油ホース自体を取り除かねば、タンク内のガソリンを抜き取れないものもある。

 それがジェットやロケット燃料までも相手側の規格に関わらず、それどころか破壊された機材からでも補給できるというのだ。補給が困難なハイヴ侵攻に限らず、防衛戦においても有用だとも思える。

 

 まさに夢の機械、と言っても良い。

 

 

 

 ターニャの説明を受け、武がJRSSの有効性を考えていた横で、冥夜は微かに眉を顰めていた。言葉にはしないが、JRSSの主たる補給対象が撃墜された友軍戦術機だと思い至り、嫌悪にも似た感情を持ってしまったのだろう。

 

(死体漁りって思うのは、まあ……まだ実戦経験が短いことを考えりゃ、仕方がないか)

 

 冥夜が、轡を並べ戦いっていった者たちの尊厳を汚すかのような行いを想起したであろうことは、鈍い武でも予想できる。

 だが破壊された機体から、まだ使えそうな突撃砲や長刀を奪うように回収することは、戦場では当たり前の光景だ。更には動けなくなった戦術機の跳躍ユニットを、即席の爆破物として用いることさえある。

 人として慣れて良いことではなかろうが、こればかりは個々人で受け入れるなり、飲み込むしかない。

 

 

 

「ちなみに、JRSSはYF-23に合わせて開発されたものだ。搭載されたのはF-22だがね」

 

 武と冥夜がJRSSの持つ意味に思い悩んでいることなどターニャは一顧だにせず話を続け、明確には言葉にはしないがハイネマンが関与した装備だと伝える。

 

「さて。少し本題から外れるが、今言ったようにJRSSはF-22には機体価格の高騰をも呑んで搭載されている。しかしその後もボーニングにて生産されているF-15Eなどには積まれていない。これをどう解釈するかね、白銀少尉?」

 

 ターニャに問われるものの、武は答えに詰まった。答えは判るが、即答は躊躇われる。ステルス機かつ超高速巡航性能を持つF-22には搭載され、他の機種には搭載されていない、となれば合衆国の意図は明白だ。

 

「……対人類戦を見据えて、ということかと」

 JRSSが現状F-22にのみ搭載されている理由、武が推測できる答えはそれだった。

 

 ハイネマンではなく、ジョンの反応を武は伺う。もちろんジョンはハイネマン以上に、真意を見せぬままだ。むしろ孫の模範解答を喜ぶように満面の笑みを浮かべている。

 

 

 

「まあ議会の連中がどう考えているか推測するしか無いが、大筋でそういう物だ。今のところ合衆国外への技術流出を恐れた議会によってF-22共々に輸出は許可されておらんがね」

 武の推測をターニャは肯定する。議会が輸出を承認していないというだけでも、武の推論の強固な根拠になってしまう。

 

 JRSSが謳い文句通りの性能であるならば、東西の兵種を問わず、補給が可能なのだろう。

 

 さすがに跳躍ユニット用のロケット燃料は敵に戦術機が無ければ確保は難しいだろうが、ジェット燃料ならば他兵種でも使用しているため、巡航での燃料問題は解消できる。

 電気に至っては使用していないものを探すほうが難しい。

 

 弾薬類に関しては、現状でも歩兵装備のSTANAG 4179 規格マガジン以上に互換性が高い。相手側に戦術機があればWS-16系列の突撃砲を装備していることがほぼ確定的であり、それならばマガジンはそのままに利用できる。そうでなくともマッチングの手間と問題はあれど、相手側の装備を奪っても使用は可能だ。

 

 つまるところF-22のみでの浸透攻撃の際、現地での資材調達が作戦に組み込める。進攻先で電気・推進剤を奪うことが可能ならば、ドロップタンクなどに頼らずとも進攻距離、そして作戦行動時間も大幅に伸ばせる。

 極論、衛士が動ける限り戦闘行動が続けられるのだ。

 

 

 

「JRSSは高額な機材だが『全世界の戦術機に搭載されるべき革新的装備』などとも言われてはいる。私個人としては同意はしにくいがね」

 ターニャは不要とは断言しないが、さほど必要性を感じていないことは明らかだ。金を使う部分があるだろうと言いたげに頭を振ってみせる。

 

(俺としても、あれば嬉しい……とは簡単には言いにくいな)

 

 「大海崩」後の世界を知る身としては、対人類戦から目を逸らすことは不可能だ。それを見据えれば有用だろうが、とはいえ今必要かと言われればむしろ無いほうが良いかとさえ思ってしまう。

 

 JRSSは局地的、戦術的には有用であろうが兵站面での有用性を見出すのが難しい。

 

 末端の衛士であれば、間違いなく搭載を望むだろう。小隊長クラスでも最悪に備えた機材として考えられる。しかしこれが中隊、そして大隊規模となっていけば、話は変わる。

 部隊が撤退にしろ進行にしろ移動中に補給可能な機材を発見したとき、一々足を止めるのか? そしてもし補給のために時間を割くのであれば、その時々に部隊を分けるのか? あるいは事前に移動にかかる時間を余剰に見込むべきなのか?

 

 僅かなりとはいえ中隊運営の一部を担ってきた経験から、武も予想不可能な要素がいくらでも思いついてしまう。作戦予定にない補給行動で隊の行動に乱れが生じる可能性を考慮するくらいならば、部隊運用としては最初から無いほうが望ましいかもしれない。

 

 

 

「防衛しろ間引きにしろ、損耗機からの補給を前提とした計画など立案が困難だ。いや不毛だといったほうが正しいか」

 

 武の考察など、ターニャにしてみればすでに解決済みの案件だったのだろう。JRSSでの補給を前提とした作戦立案を否定して見せる。

 部隊の損耗は当然織り込んだ上で作戦を立てるが、損耗がなければ補給できないようなギリギリの状態までは想定するべきではない。余剰があればよいという話ではなく、必要十分なだけを送り届けるのが兵站の理想だ。

 

 小規模での進行作戦であれば、略奪型の補給計画として無理なく組み込めるかもしれない。敵の規模が事前に察知できていれば、奪える燃料なども予測可能だろう。

 

 だが防衛戦、それも規模が大きくなるほどに、JRSSでの補給量は予測が困難となる。しかも対BETA戦においてはJRSSで補給できるのは友軍機のみからだ。JRSS搭載機が増え、過去実績などが蓄積されれば確度も上がるだろうが、現状では無いものとして補給計画を立てるしかない。

 

「まあXFJ計画には、アクティブステルス共々、さほど関係のない装備と言えるな。要求仕様の第二項、稼働時間の増加には寄与しなくもないが、あまりにも前提状況が限定され過ぎる」

 

 無くても構わぬと言葉にしたのはターニャだが、JRSSに対しては武も冥夜も肯定的には受け入れにくい。唯依でさえ微かに眉をひそめている。

 弐型へのJRSSの搭載提案はハイネマンにすればある種の切り札だっただろう。室内の反応の悪さに、薄く浮かべていた笑いもどこか強張ってきているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

「そうだな……国連軍に所属するとはいえ、貴様も帝国臣民であろ。白銀少尉、貴様ならXFJ計画を現時点から如何様に進める?」

 

 JRSSなどどうでも良い、と言葉にはせずもその態度で示し、ターニャは話を戻す。弐型のさらなる強化と言い出したハイネマンに対して、現実的な対案を出してみろと言わんばかりに、武に問うてきた。

 計画に関わっていないただの一衛士にまた無茶な話を、とも武は思うが、昨日より考えていたことでもあるので答えられないこともない。

 

「はい。単純な案ではありますが、弐型の機体改修などはこれを停止。XM3への対応のみに注力しての各種設定修正に留めるべきかと」

「ふむ。続けたまえ」

 

 武の返答はハイネマン以外には至極妥当なのもとして、さしたる反応もなく受け入れられる。問うたターニャも、意外性のない回答にまったく興味なさげなではあるものの、それでも一応は先を促す。

 

 

 

「繰り返しとなりますが、弐型はすでにXFJ計画で当初想定されていた要求仕様は満たしているものと認識しております」

 ハイネマンの説得など誰も考慮もしていないだろうと武は割り切り、XFJ計画における弐型の完成を目指すことだけに意識を集中する。

 

 まず前提として、XFJ計画の範疇に限れば、不知火・弐型は完成しているのだ。

 

 問題はXFJ計画の立ち上げ時と異なり、今はXM3がある。

 撃震の代替としては、XM3に対応させた撃震あるいは陽炎の追加生産だけでなく、計画開始時に廃案とされたが主機を換装した実戦仕様の吹雪なども改めて候補となる可能性が高い。

 帝国陸軍だけでなく生産を担う企業にとっても、XM3によって様々な選択肢が提示されているのが現状だ。

 

 従来型OSで仕上げられた弐型を、計画は完了したと今すぐに発表したとしても、代替機に採用される可能性は極めて低い。ボーニングとの共同開発という面でも、企業のみならず帝国の利益も薄く、他機種に対する優位性が無い。

 ハイネマンの案は、他機種を圧倒する性能を与えて反論を封じるという意味では、一つの解法なのだ。

 

 

 

「またXM3は機動性の高い第三世代機にこそ最適であります」

 XM3は機動運用を持って、攻防の効率化を図るOSだ。

 第一世代のそれも装甲重視の撃震や、第二世代とはいえ大型機の陽炎に比較し、元々が高機動志向の第三世代機たる不知火は基礎からして機動力において優位にあり、XM3搭載機として最適である。

 

 そしてそれは弐型を現状以上に強化せずとも、すでに他機種を凌駕しているということでもある。

 

「加えてXM3はその開発母機に不知火を用いていたこともあり、弐型に関しましては他競合機よりも最適化などの必要工程の短縮が、見込まれます」

 

 先に話していたことでもあるが、XM3に弐型に最適化することは、然程時間を要しない。

 撃震にしろ陽炎にしろ、撃震代替機としてXM3を搭載するならば、CPUのみならずOBLへの変更などを含め機体側の改装も想定されている。それらを含めて考慮すれば、XM3対応機としては弐型が最も速く完成できる。

 

「なるほど。第三世代機の利点を前面に出しつつ、OS換装に伴う機体セッティングに限定し完成までの時間を短縮する、か。至極妥当な案ではあるな」

 

 当然ながら武の出す案など、ターニャにすれば予想の範疇であろう。先のハイネマンの案ほどには否定されぬが、当たり前すぎてつまらぬと言わんばかりに、ターニャは溜息をついてみせた。

 

 

 

「篁中尉殿。帝国側開発主任とされては、どのようにお考えですかな?」

 ここまで言葉を挟まず聞き役に徹していた唯依に、ターニャは意見を求めてみせる。

 

「一衛士としてだけではなく、戦術機開発、いえ弐型開発に携わる者の一人としては、ハイネマン技術顧問からのご提案には非常に心誘われるものがあります」

 今はXFJ計画の開発主任としての立場にあるが、唯依も斯衛の衛士だ。より強力な戦術機を求める気持ちは誰に劣ることもない。そしてXFJ計画に関わってきた身としては、弐型のその先の姿を見たいという思いは確かにある。

 

「ただ、帝国からは計画の早期完遂をとの声もあります。それを考慮いたしますと、先の白銀少尉の案と同様に、今は何よりもXM3に対応した弐型を完成させることこそが急務かと愚考致しております」

 

 唯依は僅かな時間だったとはいえ、XM3トライアルに関わることで、その有用性を思い知らされた。それ故にユーコンに戻ってからは、ユウヤを始め開発小隊の者たちからサボタージュを疑われるほどまで徹底的に、XM3での機動に対応できるような冗長性を弐型に求めてきた、

 だからこそ弐型はハードの更新は最低限に抑えつつ、XM3に換装できる。不知火でのXM3運用実績が蓄積されていることも踏まえれば、早ければ年内には一定の形には仕上がるかもしれない。

 

 

 

「ですが……」

 その上で、唯依は言いにくそうに口ごもる。

 一瞬、視線をテーブルに落とすが、改めて前を向き、言葉を続けた。

 

「帝国技術廠において、弐型Phase1にXM3を搭載した状態をXFJ計画の完成形とするべきだという意見が出ております」

 

 元々はMSIP強化モジュールを搭載した今のPhase2仕様が、帝国の要求を満たした形だ。

 

 弐型Phase1は、壱型丙の欠点である稼働時間の短さを解消するため、機体各部に出力効率が高く消費電力が少ない新開発の米国製パーツに置き換えられている。XFJ計画においてこの状態は、あくまでPhase2に至るための道標であり、暫定的な仕様だった。もちろん帝国が出してきた要求仕様も満たしきれてはいなかった。

 

 だが今はXM3を搭載することで、要求仕様はほぼ達成可能だ。

 

 そしてPhase1仕様であれば、ボーニング、つまりは合衆国から輸入しなければならない部品類は最小限に留められる。個々のパーツごとのライセンス獲得なども、おそらくはPhase2に比して大きく低減できるはずだ。

 それならば国産に拘る者たちにとっても受け入れやすい話になる。

 

 

 

「素晴らしい。帝国の方々の論理と知性には敬服いたしますな」

 聞きたい言葉が引き出せたようで、ターニャは満面の笑みを浮かべ、唯依とそしてその背後の帝国技術廠とを褒め称える。

 

(あ~ようやく判った。事務次官補の狙いの一つは、これか)

 

 XM3を開発した日本帝国が、参画していたプロミネンス計画で進めていたXFJ計画を白紙に近しいところまで戻す。

 あたりまえだがXM3をもってプロミネンス計画を潰すと言うなら、まずはXM3開発元たる帝国がプロミネンス計画から撤退に等しい態度を示す必要がある。

 

 ボーニングへの詫びとしては、在日国連軍のF-15J陽炎をACTV仕様に換装することで、ACTVの実績作りに協力することで相殺できなくはないのだろう。

 帝国の戦術機市場に食い込むことよりも、世界各地で使用されているF-15Cのアフターマーケットのほうが広大だ。帝国がXM3対応型F-15ACTVとしてその道筋を整えるならば、ボーニングにも利は大きい。

 

 

 

「いやしかし、それはXFJ計画の否定では?」

 これまでは問われぬ限り発言のなかったハイネマンだったが、わずかに焦りを滲ませ唯依とターニャに言葉を挟む。

 

「計画の否定、ですか? XM3対応型Phase1で帝国からの要求仕様は十分に満たせるように見えますが……?」

 わざとらしくターニャは手元の資料を確認してみせる。当然ながらJRSSなど要求仕様に含まれているはずもない。

 

「たしかに。実戦運用試験などもそうですが、そもそもがサプライヤーがカスタマーへ要求するなどビジネスの常道からも反します。さらに求めてもいない物を賢しげに並べ立てられましても、カスタマーたる帝国も答えに惑うことでしょう。ビジネスたるもの、何よりも顧客の要望を第一に、と言ったところですかな」

 ジョンがにこやかに笑いながら口を挟む。だが目は冷たく、戦略技術たるものを軽々しく提示するなと、ハイネマンを見据える。

 

「それでなくともXFJ計画はすでに遅延しているのですが……ここに来てまだなお強化案、それも議会承認が必要のものまで含めようなどと言い出されるとは、ハイネマン氏は計画を正しく理解されておらぬご様子」

 

 ジョンに続けて、ターニャは技術顧問でありながら現状認識ができていないとハイネマンをさらに論う。

 

 

 

「ああ、そうではなく、ハイネマン氏の目的は、XFJ計画の意図的な遅延、計画の停滞でしたかな? それでしたらよく判ります」

 

 ようやく気が付いた、とターニャはをあからさまに作り上げた歓声でもって、詠いあげるように言う。

 そして、あとは喰い散らかすだけだとばかりに、ターニャはハイネマンに嗤いかけた。

 

 

 

 

 

 

 




デグさん話し出すとやはり予定以上に長くなる……ということでハイネマンさん吊し上げにまで到達できなかったです。壱型丙そのものではダメだけど、弐型のPhase1ならXM3積むだけで要求仕様満たせるんじゃないかなぁ……Phase3とか完成待ってられねーというお話?

でJRSS。この時点でハイネマンさん側からJRSSの提供が明示されるのはどうかな~あっても良いかな~と、こんな感じに。まあ提供すると言ってもイラねと言われたわけですが。
前回の感想返信でもちょこちょこと書いてしまいましたが、こんな感じです。小規模の略奪アリアリの侵攻作戦なら無茶苦茶便利そうなのでラプターには最適だけど、普段使いにはどうなの?、と。大規模戦だと、無理に戦術機側に積むよりは回収車両や、そもそもそれ以前に兵站関連ちゃんと整えることにお金回したほうが良さそう?

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