Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

75 / 121
剥脱の証憑 01/12/10

 まずは何よりもXM1とXM2を、そしてゆくゆくはXM3を標準規格として各国へと広めていく。それがターニャの言う「プロミネンス計画」の白紙化に繋がるはずだ。

 

 ただそれを為すためには、何よりも地盤を固めなければならない。

 開発元とされる日本帝国では、すでにXM1は帝国陸軍において実用段階に入っている。年度内の全面更新はほぼ確定と言っていい。XM3も斯衛の一部とはいえ実戦投入されてはいる。最低限ではあるが運用実績は積んだと言える。

 

 あとはユーコンでの地盤という意味で、一部とはいえ帝国が出資しているアルゴス開発小隊の意向をXM3導入へと統一する必要があった。最低でも弐型の試験1号機にはXM3を積んでもらわねば、他開発小隊への導入依頼など進めようもない。

 

 

 

(で、VG曰く、最初の障害っていうフランク・ハイネマンなんだが……というかどういう集まりなんだよ、これ)

 

 XFJ計画の技術顧問であるハイネマンからXM3に対する参考意見を聞く、という名目で武と冥夜はターニャに呼び出された。

 まりもと純夏は他開発小隊へと合同演習の日程調整に向かっているため、この場にはいない。が、まりもはともかく純夏がここにいなくて良かったと、武は諦めたかのように考えてしまう。純夏がいれば状況の説明だけで疲れ果ててしまいそうだ。

 

 指定された部屋の前には、軍服ではなく黒のスーツ姿にサングラスという、どう見ても諜報関係の男が二人立っていたのだ。わざとらしいまでに足元に置かれたアタッシュケース、その側面からは銃口が覗いており、偽装SMGだと隠す努力さえなされていない。

 明確に軍関係者ではないと見せつけることに意味があるのだろう。国連軍の、と限定せずとも軍の基地内においては恐ろしく場違いでありながら、二人の姿勢には微塵の躊躇もなかった。

 

(共通区画だから合衆国の兵を使えない……って、わけじゃないよな?)

 

 サングラスで目元は隠れているとはいえ、白人系の顔付だ。それだけでは国籍など読み取りようもない。しかしそもそもがこのユーコン基地内に、諜報関係者をここまであからさまに配置できるのは合衆国以外にはありえない。

 

「失礼いたします。白銀少尉、御剣少尉の両名、到着いたしました」

 

 どうせ考えても答えば出せないと割り切り、二人の黒服に声を掛ける。

 身体検査くらいはされるかと思ったが、室内へと連絡を入れたようで、わずかな間をもって扉が開かれた。

 

 

 

 通された部屋は、軍基地内とは思えぬほどに整った応接室だった。そこに発起人と言えるターニャと、その補佐であるウォーケンが居るのは予測できていた。

 

(いやホント、どういう面子なんだよ)

 だが、そこに居て当然という態度の鎧衣課長の姿を見て、武の警戒心が高まる。

 加えてもう一人。ターニャの左に、落ち着いた雰囲気で座っている60を過ぎたあたりの白人男性は、武の記憶にない人物だ。

 

「まだ予定時間には早いな、二人とも楽にしたまえ」

 まるで自室であるかのように普段通りの、どこか眠たげで不機嫌そうなターニャの声。ただそれが不機嫌さではなく、夕呼と同じく軽い疲労と憤りだと理解できる程度には、ターニャとの付き合いも重ねてしまっていた。

 

「鎧衣課長は紹介の必要はないな? こちらは……そうだな」

 その白人男性を紹介しようとして、珍しいことにターニャが言いよどんだ。

 

「ははは、事務次官補殿から紹介されることになるとは思っておりませなんだな。ボーニングの方から来た、ジョン・ドゥ。そうですな、せっかくですから私もジョンおじさん……と呼んでいただきたいところですが、もはやそういう年でもありませんな」

 

 その男は立ち上がることもなく、座ったままに軽く頷く。柔らかく笑って見せるものの、武たちを値踏みしていることは明らかだ。そしてそれを隠す必要がない、と相手は判断しているらしい。

 

 

 

(……って「の方から来た」って、その上「ジョン・ドウ」? 部屋の前にいた警備の黒服にしても誤魔化すつもりがないっていう、むしろそういう意思表示、か)

 

 ジョン・ドゥ、身元不明とわざわざ名乗るくらいだ。それもスミス姓ではなく、むしろ死体を指す場合に使うことが多いドゥ姓だ。記録上は「死亡済み」とでも言うのか。つまるところは合衆国の諜報機関に属し、それなり以上の情報に接している者なのだろう。

 

 冥夜ともども、国連軍少尉であると名乗るものの、相手はどちらの立場も知っているに違いない。

 

「それほど身構えることはないぞ、白銀武。こちらの方は私の取引先でもあり……そうだな、ある面では、師とも言えるな」

「ははは、それはむしろ身構えてしまうお話ですね」

 

 鎧衣の取引先などと言われれば、もはや確定だ。ただ、いま武と冥夜には立場を明かしはしたが、これから来るハイネマンに知らせるかどうかは不明だ。一応は知らぬものとして振舞おうと、武は心に止めた。

 

 

 

 

 

 

 ターニャから楽にしろと言われ、冥夜共々にジョン・ドゥに正対する形での席を勧められては、断ることもできない。上官たるウォーケンから給仕されるという事態に少々の気まずさを覚えつつも、まずは話を聞くべきだろうと意識を変える。

 

「いやはや。BETA以上に寄る年波には勝てません。前回の件をもって、隠居でもしようかと考えていた矢先の話でしたからな」

「なに。今回の件がどう転ぶにしろ、隠居後に南米で回顧録を書く時間程度は残されているでしょう」

「なるほど。カッサンドラからのご神託となれば、これほど心強いお言葉もありませんな」

 

 ジョン・ドゥと名乗った男は、国連軍C型軍装に似た衣装に身を包んでいるとはいえ、一見は幼女であるターニャと和やかに話し合っている。どうやら以前からの知己であるようだ。

 

 

 

「それで、状況は?」

 挨拶はその程度でと言わんばかりにカップを傾け、ターニャは本題を促す。

 

「先のお話に従って、リルフォートを中心にこの基地の南半分の掃除は可能な限り。北側は流石に我々が立ち入ることは余計な軋轢を生むでしょうと、話だけは伝えてあります」

「解放戦線にしろ恭順派にしろコミーを狙ってくれるのであれば、むしろ諸手を挙げて歓迎もしてやるのですが、なかなかに思うようにはいきませんな」

「はははっ、そうであれば私も幾分肩の荷も下ろせるのですが、残念なことに狙ってくるのはこちら側ばかりです」

 

 RLF(難民解放戦線)や恭順派にソビエトが関与していることを、二人ともが確定した事実として話し合う。ソビエト内部ではロシア人とそれ以外とでの民族差別もあろうが、RLFがそれらに対し抵抗しているという話は左程聞かない。

 

 ターニャもジョンも、RLFや恭順派がソビエト配下の非合法組織だとまでは断言しないが、それに近しいものとして扱っている。いやもっと単純に、合衆国に敵対するものとして断固として処理するという姿勢だ。

 

 

 

(いやいや、二人とも簡単に笑って済ましてるけど、このユーコン基地に対して、テロが計画されてたってことか?)

 

 会話に加わっていないウォーケンも鎧衣も顔には出していないところを見ると、テロ計画自体も、またそれが未然に防がれたことも知らされていたのだろう。

 日本帝国政府へは公式には伝えられないのかもしれないが、鎧衣がこの場にいるということは、情報の共有自体はなされているとみてよい。冥夜の臨席も、それを補強するためともいえる。

 

 ただこのような場でついでのように話されているところを見ると、ジョンからターニャへもあくまで事後報告のみのようだ。

 

(そういえば横浜基地へのHSSTによる自爆テロも阻止してるんだよな。諜報関係と連携できてなきゃ、事前に防げるはずもないか)

 

 政治面に疎いというよりは、立場的にも階級的にも直接関与できない武としては歯痒い話題だ。が、第四計画に対しても明確に敵対行為を取られているのだ。知らずに放置できることでもない。冥夜も聞き洩らすことの無いように集中しているのが判る。

 

「あとは、彼の大佐殿の関与は残念ながら確定的な証拠は掴めておりません。ただ完全に白、とは言い切れぬ、と」

「ふむ。あまり褒められた処置ではありませんが、白ではないならば、あとはその立場ゆえにどうとでもできますな」

 

(大佐……大佐って誰が居たっけ?)

 二人の会話に集中しながらも、該当する人物が武には思い浮かばない。夕呼も大佐相当官だが、さすがに恭順派などと取引してのテロ行為には加担していないと思いたい。むしろ標的の方だろう。

 あとは考えられるのは、プロミネンス計画最高責任者のクラウス・ハルトウィックくらいだが、こちらも自身が属する基地へのテロに関与するという状況が想像できなかった。

 

 

 

「しかし指導者とは言わずとも、執事あたり繋がる線くらいは掴んでおきたかったが……」

「申し訳ありません。かなりの規模で浸透はされておりましたが、それでも末端。国外の連絡地点のいくつかは目端を付けるところまではいけましたが、それもただの中継点でしょうな」

「ああ。いや申し訳ない。テロを未然に防げただけで僥倖。それ以上は過剰な願望と言えましょう」

 

 普段以上に眉を寄せ、ターニャが軽く零す。それに対しジョンが詫びるが、ターニャもそこまでは高望みし過ぎだったと、素直に前言を撤回する。

 

「ですが指導者と言えば、やはり彼の者の正体は第666戦術機中隊の例の人物だとお考えで?」

「確証の無い情報なので、断言はできかねます。おそらくは、と言ったところです」

「東西問わず亡命ドイツ内では各種のテロ組織が蔓延しておりますから、たしかに可能性は高いですな」

 

 ジョンが拗ねるが、ターニャは恭順派のリーダーとされる人物に目星が付いているようだ。ジョンにしても以前より話は知らされていたのだろう、あらためて確認しただけだ。

 

(もしかしなくても「原作知識」ってヤツか? というか事務次官補が知ってても手が出せないってのはホントにうまく隠れてる……か、どっかが匿ってるってことか)

 

 武には知らされていないが、夕呼あたりとは情報も共有しているのだろう。鎧衣も既知の事柄のようで顔色一つ変えない。

 ただ、それだけ情報が広まっていながら、いまだキリスト教恭順派が活動を続けているところを見るに、やはり合衆国に対抗できる程度の勢力からの支援があると穿って見ることもできた。

 

 

 

「どちらにせよ、合衆国国内での活動はこれまで以上に制限できるかと。あとは幾人かの移民希望者に関しましては、そのままに」

「ふむ? 監視のためとなれば、徹底した除去よりはそちらが良いか。いやお手数をおかけしました」

 

 脅威度の低い末端の工作員は、再度の接触を図ってこれる窓口として残してあると、ジョンは言う。完全な排除が不可能なのは誰しもが理解しており、監視の精度を高めるための手段としては、手堅い判断だった。

 

「その余録というわけではありませんが、こうして御剣のお嬢様をお迎えできる程度には街の掃除も完了いたしました」

「昨日来のご配慮共々、お心遣い感謝いたします」

「いえいえ。ご不便をおかけしていることは重々承知しております。それに事務次官補殿への警護も兼ねておりますから、お気遣いなく」

 

 礼を述べる冥夜に、あくまで余禄だとジョンは告げる。

 冥夜の身の安全を図るためだけに、ユーコン基地の管理体制を見直すことなどはさすがに無理だ。ただテロ活動の事前調査、という言い訳があれば危険人物をマークすることも可能であり、またターニャの護衛と合わせてとなれば人材の配置も容易い。

 

 

 

「っあれ? 警護の人っていたっけか?」

「そなた、気付いたおらなんだのか? 昨日の夜に出かけた際にも、我らが周囲を幾人もの方々が警戒してくださっておられたであろう?」

「え? あ~そういえば、それっぽい人も多い気がしたけど、多国籍軍の基地だからじゃなかったのか……」

 

 武としても、昨夜リルフォートに出かけた時に、少しばかり緊張感が高い気はしたのだ。軍以外の者が監視している気配も確かにあった。ただそれがユーコン基地特有の、複数の国家が関与しているが故のものだと思ってしまっていた。

 

(って考えてみれば、護衛の月詠中尉たちが付いて来れないんだ。何らかの護衛手段が想定されてたのは当然だよな)

 

 真那たち第19独立警護小隊は、ユーコン基地には着いてきていない。軽微とは言え負傷した者もいるので全員揃っては動けないという面もあるが、さすがに国外の国連軍基地へと派遣する名目が立てられなかったようだ。

 王族に準じたとまでは無理なのだろうが、合衆国側でいくらかの警備の者を配置する程度には、考慮されていたのだろう。鎧衣がこちらに来ているのも、その一環かもしれない。

 

 

 

 

 

 

「さて。ハイネマン氏がこちらにまいられるまで、まだしばらく余裕はある、か」

 ユーコン基地に対してテロが画策されていた、そしてそれを阻止したということでさえ、ターニャにしてみれば本当にただの前座のようだ。

 話題を変えるため、武と冥夜へと視線を送る。

 

「衛士二人に問う。Type94 Secondをどう見る?」

 

 ターニャに問いに合わせ、武も意識を切り替える。

 ここからは衛士としての自身が関与できる範疇の問題だ。

 

「従来型OSでの戦術機の機動には精通しておりませんが、演習で対峙し、その上で提示していただいた資料を見た限りで言えば、すでに完成しているものと思われます。XFJ計画としての帝国技術廠からの要求仕様は、現時点で満たしていると考えます」

 

 考え込む武の様子を見て、冥夜が先に答える。

 その言葉を受けて、武も意見をまとめ上げていく。

 

「自分も御剣少尉と同様です。XFJ計画としての範疇であれば、弐型は完成していると判断いたします。性能的にも現行の不知火をほぼすべての面において凌駕し、撃震の代替に留まらず、場合によっては次期主力機としての可能性もあるかと」

 

 武も弐型に対しては、既存OS機としては完成の域に達していると見ていた。

 帝国の戦術機の例に漏れず、弐型も近接戦闘を重視しているが、ユウヤを始め合衆国側からの意向も入ったのか中距離での砲撃戦でも十二分の能力を持つ。現時点で望める限りの、万能の第三世代機と言えた。

 

 

 

「ただしXFJ計画においてXM3は想定外だったため、それに合わせた各種の調整などは必要でしょう」

 ターニャがわざわざ武と冥夜をこの場に呼んだのは、この確認のためだろうと武は思いながら問題点を上げる。

 

 XM3は不知火を基本に開発されているため、単純に乗せ換えるだけでもそれなりには機能するはずだ。ただ弐型は原型機たる不知火から大きく変化している面が多岐に渡るため、十全な性能を発揮するにはやはり細かな修正などは必要になる。

 昨夜も酒の席での話だったが、アルゴス小隊に期待するのは、その調整任務だ。今ならば採用さえ決定してしまえば、XM3に最適化した上で低率初期生産を始めることもできる。

 

「それら調整に関してどれほどの時間を要するかは、陽炎及び武御雷への換装実績からある程度は推測できるかと愚考いたします」

 XM3は夕呼の監督下で開発したこともあり、A-01が所有していた不知火と撃震とで半ば並列して進められた。武御雷と陽炎へは不知火のデータを下に調整した形だった。どちらも量産され実戦運用されている機種だが、それでも弐型への調整にかかる時間程度ならば参考にできるはずだ。

 

「ふむ。つまるところ機体は出来上がっており、あとはOSの換装に伴う最終調整だけ、ということだな。遅くとも年内には形になるか」

 

 冥夜と武の回答を受け、ターニャは必要とされる時間を大雑把ながら見積もる。

 

 

 

「まったく。ボーニング関連企業には、第三四半期からの生産ラインの確保を予定させておったのですが……」

 ターニャが指し示した時間を受けて、わざとらしいまでにジョンが愚痴を零す。

 

「そもそも壱型丙、でしたか? それのパーツをこちらで代替する程度のモノならばすぐに仕様が決定すると期待しておったのですよ。まずはそれらを先行量産して、Type94の製造実績を作る。それを踏まえて第四四半期にはSecondの低率初期生産を始めて年内にはお引渡しする、というそういう流れがあったのですが……いやはや、現実はご存じのとおりですな」

 

 ジョンはボーニングの人間ではないはずだが、まるで社の意向を代弁しているかのように語る。

 開発完了を待たずにラインを開けておいたとだけ聞けばおかしな話だが、弐型はそもそもが壱型丙の改修だ。ジョンの言うとおり、問題となっている壱型丙を合衆国製部品で組みなおした弐型Phase1仕様ならば、たしかにそれくらいから生産を始めていても不思議ではない。

 

 

 

「帝国陸軍の来年度予算には、撃震の代替機の開発に関わる費用という形で確保されてはおりますが、その内実はまだ固まってはおりませんな」

 

 それまで口を噤んでいた鎧衣が、帝国の状況を付け加える。それはつまり、XM3搭載型の弐型が完成したとしても、採用が決定されるかどうか不透明だということだ。

 

 武もすでにXFJ計画の概要は見ているが、たしかに開発計画は初期予定から大きく遅れている。

 撃震の代替として予定されている弐型だが、今のままでは2002年度予算に組み込まれるかどうか微妙な時期に差し掛かっている。これ以上下手に遅れれば、なし崩し的にXM3対応型の89式陽炎が代替機として採用される可能性も高い。

 

 XFJ計画としての予算は通っているが、それはあくまで開発予算だ。いまだ弐型は完成しておらず、それゆえ当たり前だが明確な機体価格が判明していない。これでは取得費用として計上することも不可能だ。

 

 

 

「なにやら不満そうだな、御剣少尉?」

 鎧衣の言葉を受け、あらためて武は弐型の採用が難しいことに気付かされる。

 冥夜も同じだったようで、惜しむ気持ちが表情に出ていたのだろう。武も同じだったとは思うが、ターニャからどこか面白そうに冥夜へと声を掛けた。

 

「はい、いいえ。弐型開発に携わっている方々のことを思えば、帝国陸軍に採用されない可能性があることを残念に思えど、時間的な制約というのであれは致し方ないことかと考えます」

「たしかにな。軍事に限ったことではないが、納期が守れぬようではたとえ如何ほどのものであったとしても、意味はない」

 

 冥夜はアルゴスの皆のことを思い、弐型が不採用となりそうな流れに心を痛めているが、ターニャにはそのような感傷はない。

 問われていないので言葉には出せないが、武も気持ちとしては冥夜と同じくアルゴスの皆の努力を無下にはしたくなった。

 

 

 

(……ってそうだ「仕方がない」んだ)

 しかし、アルゴスの者たちの努力が報われないこと憐れみ嘆きつつも、致し方ないと受け入れる冥夜を見て、ターニャの言葉以上に武も納得してしまった。

 

 ユウヤたち弐型の完成に心血を注いでいるアルゴス小隊の皆のことを思えば、計画通りに採用されてほしいとは思う。ただそれが間に合わないようでは意味がない。

 

(それに俺が考え無きゃダメなのは、撃震の代替機とかそういう話じゃねぇ。アルゴスのみんなのことも、今は優先すべきことじゃない)

 時間的な制約、間に合うかどうかという話で、武は自身の問題を見つめなおす。かつての世界線での夕呼がそうであったように、今の武にもさほど時間は残されてはいない。

 

 ユーコンに来てまだ一日だが、アルゴスの衛士たちと語り合ったことで、武は戦術機開発に意識が行ってしまっていた。それはたしかに人類が戦い続けるうえでは必要かもしれないが、武の、そして第四計画が目指すものではない。

 

 ターニャはXM3の売り込みとプロミネンス計画を潰すことが、このユーコン基地における目的だと言った。ただそれはあくまで短期目標、喀什攻略に至るための手段でしかないはずだ。

 武が考えるべきこともまた喀什攻略である。作戦成功率もだが、なによりも衛士の生還率を高めることこそが、武がこのユーコン基地において目指すべき目標だ。

 

 

 

 まずは単純に投入戦力の強化だ。ありがたいことにそのための素材はこのユーコンにある程度揃っている。

 

「っと、ちょっとした確認なんですが、弐型の生産ライン自体はもうボーニングでは確保できているのですか?」

「仕事の無い従業員への賃金支払いで、ボーニングは頭を抱えておりますな」

 

 武の疑問を、ジョンは簡単に肯定する。

 

「ってことは、帝国陸軍の撃震代替は無理としても……」

「新規機体ではなく、改修パーツだけであれば補修部品として早期にお引渡し可能です。連隊規模、とまではいきませんが大隊程度ならば年内に、もう一個大隊分ならば年明け直後には、準備させていただきます」

 

 呟くように言った武の言葉に、ジョンが満面の笑顔を見せ、聞きたかったことはこれだろうと言わんばかりに答える。

 

 弐型は、計画本来の撃震代替機として完全新規生産機とは別に、既存の不知火へのMSIP強化モジュール組み込みによるアップデートも考慮されている。というよりも今アルゴスで使用されている試験機は、どちらもそういう経路で作り上げられていた。

 

 

 

「出来ればA-01の不知火は年内にすべてPhase2仕様に置き換えたいところです。これらはすでにXM3に換装されてますし、衛士の慣熟も進んでいます」

 これはあくまで最低限だと、武は頭を振り絞って考える。

 

 喀什の攻略に関してはいくつか想定シナリオが立てられてはいるが、直接戦力として投入可能なのはXG-70を除けば、戦術機のみでおよそ一個軍団1000機ほどだ。合衆国による予備作戦としての『フラガラッハ作戦』に準備されている兵力をも転用させると計画しての、この数だ。

 あくまで今計画されている喀什攻略は、試験的行動であり攻勢の作戦ではない、というのが公式の見解だ。これ以上の戦力増強は見込めないだろう。

 

 数が増やせないのであれば、あとは個々の能力を高めるしかない。

 

 とりあえずは帝国陸軍に在日国連軍そして帝国斯衛に関しては、参加するすべての戦術機をXM3仕様に換装し、衛士の慣熟訓練も進めているはずだ。これだけでも武の知る『桜花作戦』よりも正面戦力としては向上するはずだった。

 

 

 

「あとは帝国陸軍内の不知火も出来れば弐型に、と……ああ、そっか」

 そこまで考えを進めて、在日国連軍の投入可能戦力が陽炎であることに思い至った。

 

 帝国陸軍と同じく、在日国連軍からはA-01とは別に二個連隊程度の戦力提供を想定している。さすがに侵攻作戦においては撃震では能力不足であり、帝国の方には無理を押して不知火を出してもらうが、国連軍にはそもそもが不知火はない。こちらの二個連隊は陽炎になるはずだ。

 

 そして合衆国から提供される戦力も、おそらくはF-15Cだ。

 『フラガラッハ作戦』に用意されている合衆国陸軍戦力がF-15EなのかF-15Cなのかは武は知らない。ただ『い号標的』にのみ戦力を集中するつもりでF-22を投入してくる可能性もあるが、それをそのまま武たちの計画に組み込むことは困難だろう。

 

(在日国連軍だけでなく合衆国陸軍のF-15CもXM3に換装したF-15ACTVにできるんなら、戦力補強としては現実的なところか)

 十分とは言い切れないが、武が考えられる可能な範囲としてはこの程度だ。理想を言えば、合衆国には一個師団強のXM3搭載型F-22ラプターを揃えてくれとなるが、そんな無理を通す方法は武には思いつかない。

 

 

 

「ちなみにACTV用のMSIP強化モジュールならば、Tyep94 Secondの物よりも早く用意できるかと。もともとがボーニングで設計していたものですから」

 武の思考を先読みしたかのように、ジョンが言った。

 

「合衆国陸軍はACTVを採用しますか?」

「さて。それに答えられる立場には、私はありませんな」

 ただ武が直接的に尋ねたことには、ジョンははぐらかす。とはいえこれは言葉通りだろう。F-15Cの延命措置など、合衆国内部では議論にもなっていないはずだ。

 

「在日国連軍に関しては、新規導入ではなく既存戦力の維持を目的とした整備・修理部品であれば、計画総責任者たる香月大佐の権限の下で調達可能か」

 

 武よりも先にターニャが言葉にする。

 国連軍に限らず新規に戦術機を導入するなどは予算審議なども含め非常に難しいが、手持ちの機材の補修ならば、比較的簡単に通る。

 夕呼が直接指揮できるのはA-01に限定されてはいるが、在日国連軍に協力を求めることは無理ではない。その際に作成遂行のため、F-15ACTV用MSIP強化モジュールを補修備品として調達することは、第四計画の予算内で可能なはずだ。

 

 

 

「問題は、腰部と肩部への増設スラスターなどによる整備性の低下。いや、整備コストの増大は、今回に限ってはさほど問題とはならん、か」

 

 ACTVの概要を思い出したのか、一瞬ターニャは考え込む素振りを見せたが、すぐに自身の言葉を否定し皮肉気に嗤う。整備コストが増大するほどには長く使えない、と割り切った。

 たとえ準第三世代機相当に強化され、XM3を搭載したとしても、喀什に赴けば生還など絶望的だとターニャは判っているのだ。

 

 冥夜がその言葉の意図を読み取り、微かに眉を寄せる。自身が死に臨むことは受け入れられても、共に戦う者たちの死を甘んじて見届けることは、冥夜には難しいのだろう。

 

 武もまた、散って逝く者たちを、必要だからと受け入れることは出来ない。なによりも先の『桜花作戦』の経験を踏まえ不可能に近いと思い知らされながらも、冥夜の生還だけは望んでしまう。

 

 

 

 だからこそたとえ極僅かでも可能性を高めるため、自分ができることはしておこうと武は誓いを新たにした。

 

 

 

 

 

 




『幼女戦記』からゲスト枠~ということではありませんが、ティクレティウスさんの相手はやっぱりこの人だろうと出そう出そうと思っていたジョン・ドゥさん何とか押し込みました。が、ジョン・ウォーケン大佐とファーストネーム同じかーっと今更気が付きました。まあ大佐の方は故人ですので被ることはないと言いますか、そもそも『幼女戦記』の劇場版特典だと連合王国情報部の方もジョン・ドゥさんになってますが、とりあえずこちらはカンパニーの方です。
でさらっと流してますが、解放戦線によるテロは事前に防がれてます。というかそもそもオルタ原作と違って"Lunatic Lunarian"だと合衆国が難民受け入れてないので、合衆国内には満足な活動母体が存在しない可能性もあったり?

ででデグさん出てくると長くなるの法則でハイネマン氏まで入らなかったです……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。