Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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勤仕の憶断

 どう切り出すか、と武はグラスに軽く口を付けて、一考する。

 

 ユウヤが親睦などよりもなによりも戦術機について語り合いたいというのは、先ほどからの態度でよく判る。その上、仕事の話とわざわざVGも水を向けてくれたのだ。

 

(VGは爺さんがトーネードの設計技師。で、ユウヤは母親がF-14の開発に携わってた、というかハイネマンの弟子だって話だったよな)

 

 唯依もそうだが、アルゴス小隊には親族が戦術機開発に携わっている人材が多い。

 

 HSSTの機内で急ぎで処理していた書類の中には、アルゴス小隊の開発衛士たちの詳細な記録もあったのだ。まさか到着早々に対人演習などが組まれているなどとはまったく想像もしておらず、勝手に優先度を下げて読むのを後回しにしていた。

 それでも歓迎会を予定してくれていると言われて、先ほどまでのわずかな空き時間に概略だけは読み流してきた。

 

「あ~ウチのボスの片割れから、任務内容を聞かされたんだが……な?」

「と、流石に今俺が聞いて良いかどうか判断しづらいし、飯食ってくるよ」

 

 口籠る武の様子を、下士官に伝えられる情報かどうか悩んでいるのかと慮ってくれたようで、ヴィンセントが詫びを入れる。そして武が応えるよりも早く、軽く頭を下げてから、整備兵の者たちのテーブルへと向かった。

 

「ヴィンセントに限らず、整備の皆に聞かれても問題は、ない……はずだ、よな?」

 

 断言するのが難しく、横に座る冥夜に縋るように目をやる。

 問われた冥夜は頷くものの、形だけだ。口は挟まないという意思表示か、話すのは任せたと言わんばかりに、さして減ってもいないグラスに手を伸ばした。目元がわずかに下がっているところを見るに、慌てる武をどこか面白がっているようにも思える。

 

 漏れそうになる溜息を、冥夜同様に形だけグラスに口を付けることで隠す。

 

 

 

(さて、と。問題は、ユウヤ・ブリッジス合衆国陸軍少尉……か)

 

 VGは、内心はともかく、おそらくは外見上は笑って受け入れてくれそうだ。が、ユウヤは反発するだろうと、武は予想できてしまう。

 自分に置き換えてみてもそうだ。最初はどうであれ、半年近く全力で打ち込んできた任務を、真っ向から否定するような話になるのだ。

 

「お前らフェアリー小隊の任務って、XM3の運用提示じゃないのか?」

「それは、まあ確かに任務内容なんだが、その目的だな」

 

 何から話せばいいのかと悩む武に対し、焦れたユウヤが問いかけてきた。

 

 幼少期の経験からだろうか、以前は日系ハーフという出自に複雑な葛藤を抱いていたようだが、今はなによりも実戦経験の無さを憂いているらしい。アルゴス小隊に所属する他の衛士は小隊長のイブラヒムを筆頭に日本側開発主任である唯依を含め、ユウヤ以外は実戦を経て生き残ってきた文字通りに歴戦の兵だ。

 隊内でただ自分一人だけが新兵であることから、任務に対してなにかと先走りそうになるのも判る。

 

「XMシリーズの各国への提示は任務目的の一つではある。が……」

 引き延ばしても仕方がないと、グラスの中身を一気に煽ってから、口にする。

 

「隊の目的は、プロミネンス計画の白紙化。計画の破壊だって言われてる」

 

 武だけでなく、フェアリー小隊の衛士四人にしてみれば、やはり言いにくい。せっかくの歓迎ムードを壊すことになるかと危惧するが、隠したままにしておく方が後々問題だった。

 

 なによりターニャからは、各国の開発小隊に対し隠す必要はないと、むしろ積極的に計画の阻止を狙っていると喧伝しろと言われている。それどころか貴様らの携わっている計画はすべて無駄だと知らしめて来い、まで告げられていた。

 ただ流石に武には、そこまで言える度胸はない。

 

 

 

「プロミネンス計画を潰すって、お前……それ本気で言ってるのか?」

「俺が言ってるんじゃなくて、ウチのボスの一人が、だな。で、あの人の場合、口にしたことは実現してしまいそうだからなぁ」

 

 驚きや反発よりも先に、ユウヤは呆れたようだ。

 国連主導の計画、それも複数個の国家が関与している大規模計画だ。安保理で審議するならばまだしも、常任理事国の一角とはいえ一国家の開発小隊だけで計画の現場でどうにかできるような規模ではない。

 普通に耳にしてみれば、ただの酒の席の冗談でしかなかった。

 

「ああ……売り込みじゃなくて、そっちが主体か」

「おいVG、こんな与太話を真に受けるのか?」

 

 ただ言った武が呆れるほどに、VGはあっさりと受け入れる。そんな同僚の様子に、ユウヤの矛先が武からVGへと切り替わった。

 

「普通ならジャパニーズ・ジョークってのは難しいぜっと流すところだが、XM3の開発にはJASRAが関与してる。なら今日の対人演習の見せ方も含めて、納得できる」

 理解が追いついていないという顔のユウヤには直接の説明はせず、グラスを見つめながらVGは自分の考えを整理するように言葉を紡いでいく。

 

「JASRAが絡んでるっていうなら、プロミネンス計画の白紙化が目的だってのは、あり得る話だ。あそこは元々この計画には反対の立場を貫いてたはずだしな」

 

 ターニャであれば確かに計画発動前から反対工作はしていたのだろうと、遅まきながら武も気付く。だが、プロミネンス計画がこのように進んでいるということは、JASRAからの提言であっても、計画を止められなかったということなのだろう。

 

 

 

「指示を出してるのは、ルナリアン……噂のカッサンドラか?」

「……詳しいな」

「ユーロの方じゃ、いまでも戦場の伝説みたいに噂されることもあるからな。身内から聞いた話もあったし、以前に少しだけJASRAとその長官に関しては調べたことがある」

 

 武はVGの知識量、戦術機衛士にしては詳しすぎるのではと訝しんだが、言われてみればそんなものかと腑に落ちた。武にしてみれば、ターニャに関しては非公開案件ばかりが意識に行くが、ターニャを含めJASRAは国連機関であり基本的にはその活動自体は公開されている。

 北欧での防衛線などに関しては、各国でニュースにもなっていたはずだ。

 

「俺程度が調べられる範疇では、まあ今となってはパレオロゴスもそうだが、BETA大戦当初からJASRAの提言通りにやってれば……ってところだ。ギリシアがバカやったおかげで、イタリアは堕ちたようなところもあるしな」

 そこまで話して、ギリシアの件は口がすべきではなかったと思い至ったのか、VGは微かに顔をしかめてグラスを一気に煽る。

 

(父親は徴兵されて戦死。祖父は戦術機設計技師だったが、ローマと運命を共にしたんだったか。ギリシアには確かに思うところもあっても当然だな)

 気にするななどとは口にはせず、武もそれに合わせ自分のグラスを空にしてみせる。

 

 冥夜もアルゴス小隊の衛士の経歴は目にしていたのだろう。自身の立場もあって、ギリシアを責めるような言葉には同意はできないが、黙祷するかのように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「ま、開発衛士に連なっててなんだが、ここは無駄の塊だからな」

 少々気まずくなった空気を変えるように追加のドリンクを頼み、わざとらしいまでに軽くVGが言い放った。

 

「おいマカロニ、無駄ってなんだよ」

「っとそうだったな、どうなんだタケル? 弐型は無駄になるかどうかは、まだ未定か?」

「あ~たぶんなんとかきっと、うん大丈夫だと思いたい」

「おいッ、断言できねぇのかよッ!?」

 

 VGの装った軽さと武のあいまいな答えに、ユウヤが噛付いてくる。

 

「で、マカロニ。プロミネンス計画が無駄だってのは、どういう話だ」

 叩きつけるようにグラスをテーブルに戻し、先ほどから話をはぐらかされていたこともあり、ユウヤはまずは怒りの対象をVGに定めたようだ。

 

 

 

「計画全体が無駄とまでは言わないが……そうだな、ここで集められたデータのすべてが無駄ってわけじゃない。ただ効率面では、劣悪な環境だとも言える」

 出来の悪い弟に言い聞かせるように、軽く笑いながらVGはユウヤと、そして武たちへと説明を始めた。

 

「仮定の話だが、計画発動当初からガルム小隊のところのトーネードADVにこの基地の開発関係者が集中していれば、もう完成して運用されていてもおかしくはない」

 

 ユーコン基地が今の形に整備されたのは98年だという。そこから準備期間があったとはいえすでに2年は過ぎたにも関わらず、プロミネンス計画が主導したと言えるような戦術機はほとんど完成に至っていない。

 アルゴス小隊のF-15ACTVが例外とも言える。

 

 戦術機開発は一朝一夕で成し遂げられるものではないとはいえ、10を超す計画が並列しているせいで、何もかもが分散している面は確かにある。

 

 

 

「ユウヤにも判りやすいから、俺らのところのACTVで言うか。自画自賛になるが、ACTVは良い機体に仕上がってる。これは間違いない」

 

 まずは事実として、VGは断言する。

 相対した時間は短いが、武もACTVの性能に疑いはない。もともと高いレベルで安定していたF-15A/Cを準第三世代機と呼べる程度にまで性能を高めていた。

 

「ACTVの開発目標は知ってるよな、タケル?」

「F-4に次いで数の多い初期型のF-15の改修、それも可能な限り安価にって話だろ?」

 

 前提の確認としてVGは聞いてくるが、さすがに武もその程度は把握している。

 

 F-15Cは帝国もそうだが、採用した国家も多く、いまも運用されている機体は数多い。合衆国陸軍などは数が揃わないF-22の代替として後継機たるF-15Eに切り替えてはいるが、ほとんどの国や地域ではF-15Cがそのまま使われている。

 そしてF-15のA/C型からE型への改修は無理ではないが、新規生産に等しいくらいの費用が掛かる。

 

 世界各国で運用されている戦術機すべてをいきなりに第三世代機で置き換えることなど、合衆国の生産能力をもってしても不可能だ。ならば採用数の多い機体を中心に、最低限の改修で第三世代機に準じる性能を、というのがACTVの開発の名目である。

 実のところは、F-22の配備・生産遅延に伴うボーニングの損失を、同社の戦術機開発部門は賄わねばならなかったのだ。世界各国で採用されているF-15を活用したアフターマーケットは、開発の手間を含めたとしてもその補填手段として魅力的なのだろう。

 

 

 

「問題は、だ。A/C型からACTVへのモジュール追加と、XM3への導入。そのどちらが安くて早いかって話だ」

 

 結局のところは、ここでもコストの問題だ。

 採用する方にしてみれば価格に見合った性能向上が見込めるかどうかこそ重要だ。そしてまた、どれほど早く運用が始められるか、だ。

 さらにACTVはボーニングの財政状況を優先した計画であるため、たとえF-15C採用国が導入を決定したとしても、ボーニングの経営判断次第ではパーツ提供に遅延が発生する可能性も高い。

 

「XM3が採用された場合の導入コストは俺も知らねぇ。それでもさすがに第二世代機を一機作るよりかはまだ安いはずだ」

 

 具体的な価格は武は知らされていないので、はっきりとは断定できない。

 ただ一番かかるであろうXM3対応型のCPUでも、第三世代機のユニットコストに比べれば数%程度だったはずだ。衛士の再訓練などを含めればさらにかかるがことになるだろうが、それはプロミネンス計画で進められている他の機体であっても同様だろう。

 

「ちなみに今はまだXM3対応型CPUの生産ラインを作ってるところだろうから、導入は遅れがちだが、それも解消の目途は立ってる……ハズだ」

「ということらしいぜ、ユウヤ? ほら、ACTVは無駄だろ?」

「VG、テメェ……それでもいいのかよッ!?」

 

 押し殺した低い声でユウヤは問う。

 が、問われたVGは軽いままだ。

 

 

 

 

「おいおいチェリーボーイ? 気になってるのはACTVじゃなくて、愛しのSecond、だろ?」

「チェリーは止めろ、マカロニ。トップガンも無しだ」

「ははっ、落ち着けよユウヤ。さっきの演習の結果が物語ってるだろ?」

 

 耐用年数が迫る撃震の代替機として、弐型は開発が進められている。

 その代替予定の新型機が未完成状態とはいえ、CPUとOSを変更した程度の旧型機に対人演習で負けてしまった。かつての82式瑞鶴とF-15Cとの異機種間戦闘訓練(DACT)ではないが、弐型の選定に今日の演習結果が影響する可能性はある。

 

「そっちにも話は行くと思うが、実際のところ、帝国の方じゃすでに既存機の改修も始まってる」

 

 隠すほどのことでもない、と武は告げる。

 第一中隊で使用されている撃震は既存の機体にCPUを変更したBlock215だが、光菱重工ではそれをさらに進めて、OBLを実装しアビオニクスをが刷新したF-4JXと仮称された概念実証機のテストに入っている。

 同じくF-15系列の89式陽炎も換装試験は進んでいると聞いていた。

 

「当然そうなるわな。で、そっちのほうが弐型よりもはるかに安いってワケだ」

「新規生産じゃなく、まずは状態の良い機体からの改修だからな。77式も古い機体はともかく最終生産分とかはまだまだ現役だ。たとえ追加で新規生産するとしても安いしな」

 

 開発国とはいえ、予算的にも生産ライン的にもすべての戦術機を一気にXM3に置き換えられはしない、ということは今は口にしない。XM3に換装されるのは不知火からになるはずだ。

 それでもほぼコストのかからないXM1がある現状、撃震へのXM3搭載はかなり遅れる。場合によっては、それこそF-4JX仕様で新規生産される機体以外には搭載されない可能性もある。

 

 ただし、それは弐型も同じ条件だ。

 

 

 

「つまり弐型の採用を決定付けるには、最低でもXM3に最適化しておけってことか?」

「高い金出させるんだから、それでようやくスタートラインってところだろうぜ?」

「まあシステム周りをXM3に置き換えるっていうなら、不知火の方でデータを揃えているから、一番有利ではあるんだがな」

 

 XM3の実証データが多いのは、開発最初期から使用している不知火、次いで武御雷だ。

 九州防衛においても、武たち第一中隊を除けば、XM3搭載機は不知火と斯衛の武御雷だけだった。帝国陸軍の富士教導隊にしてもまだ陽炎ではほとんどテストをしていないという。

 

「というか、明日からのアルゴス小隊の任務はそれだろ? 他の開発小隊にも渡すけど、シミュレータ用と実機用にXM3とXM2対応型のCPUは数用意してあるぜ」

 

「ACTVにもXM3を乗せるのか?」

「対抗馬……って言いたいところだが、むしろそっちを本命にしようって話もある、らしい」

 

 ユウヤが不思議そうに尋ねてくる。武も確定した情報としては聞かされていないため断言はしないが、おかしな話ではない。

 

 弐型の採用がキャンセルされるとすれば、さすがに今更にXM3対応型とはいえ撃震の追加生産が為される可能性は低く、採用されるのはXM3対応改修後の89式陽炎だと予測できる。陽炎へのXM2の採用が滞っているのも、それが要因の一つだ。

 そしてその場合、新規生産される陽炎のみならず、既存機体も合わせてACTV仕様となることも考えられる。

 

「導入コストの読めない弐型を斬り捨てても、ボーニングとの手打ちにF-15ACTVへの改修を通すってのは、落としどころとしては理解できるわな」

「開発依頼しておきながら、やっぱり不採用です、あとは知りませんってのは不義理過ぎるからな」

 事情を推察したらしいVGの言葉に、武も頷く。ボーニングとしても採用されたとしても帝国にしか販路の無い弐型よりも、常任理事国がACTVを採用したという実績のほうが価値があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「結局のところ、性能で圧倒出来れば問題ないってことだろ」

「張り切っておられますねぇ、こちらのトップガン様は」

「だから、トップガンじゃねぇッ、このマカロニが」

 

 弐型への帝国からの思惑が予測できたからか、少しばかりユウヤは落ち着きを取り戻したようだ。VGとのやり取りも先ほどまでの刺々しさは少しばかり鳴りを潜めていた。

 対抗が同じ小隊のACTVだからと言って、それを受け入れるつもりはユウヤにはない。開発衛士として最高の機体を送り出すつもりだ。

 

「実際のところ、弐型は先月の頭にはほぼ仕上がってたんだ。あとはXM3に最適化できるように調整するだけだ」

「まあ弐型が完成してるってのは、俺にも何となくは判るさ」

 

 この世界線ではないが、武は現行型OSの第三世代機には乗っていたこともあるのだ。外から見ただけではあるが、弐型が十分に仕上がっているのは見て取れた。あとは細かな調整だけだったのだろう。

 

 

 

「帝国からの許可が出なくて流れちまったけど、実戦運用テストさえ済ませれば開発完了となるはずだったんだよ」

「……は? 悪い、アメリカンジョークにはまだ慣れてないんだ……実戦運用、って冗談じゃなくて、か?」

 武は、少しばかりの酒のせいで英語を聞き取り損ねたかと、真顔で尋ねた。

 

「ああ。アルゴスに限らず、プロミネンス計画では実戦運用も試験項目に入っていてな。必須ではないが、他の小隊でもやってるところはやってる」

「いや、そりゃあ……帝国側としては、Goサイン出すのは厳しぃんじゃないか?」

 

 短時間とはいえ対人戦を経た後だ。衛士としてのユウヤとタリサの技量に対し、武は疑問を抱いてはいない。そして先に言ったように機体の仕上がりにも疑問は無い。

 

 だが書類だけで判断するならば、タリサはともかく、ユウヤはテストパイロットとしては優秀かもしれないが実戦経験もない新兵だ。そして二人ともに実機を用いる帝国陸軍衛士ではない。

 

 

 

「だから、さ。唯依姫が帝国に戻ったのは、実戦テストの許可を得るためだと考えてたんだよ、俺たちは」

「それが予定よりも遅れて戻ってきたと思えば、アレだったからな」

 

『詳細は伝えられないが、現状の弐型を実戦でテストする必要性はない。これは帝国技術廠開発局の正式な決定であり、私もまたその判断を強く支持している』

 ユーコン基地に戻ってきた後に、唯依から告げられた言葉を、ユウヤが武たちに語る。

 

「関節強度の見直しや、耐久性マージンの過剰とも思える再設定。高速機動時の姿勢安定性とか、一見些末な部分にひたすら細かく注文付けるようになってな」

「それまでは、まあこっちのユウヤとぶつかり合うにしても、意図は判ったんだが……」

「開発計画のサボタージュを指示されたのかと疑うくらいに執拗だったからな、あの時は」

 

「ははは、そりゃ俺らが悪かったな」

 VGとユウヤが語る唯依の姿が、武にはありありと目に浮かぶ。

 唯依はトライアルの後、短い間だったがほぼ休むことなく、XM3の習熟とそれを弐型へと転用できるようにと、武たち第一中隊ととともに教導に携わっていたのだ。

 

 その結果が、当時の弐型ではXM3の機動に万全には応えられないという判断、そして改修箇所の指摘となったのだろう。

 

「ハイネマンが技術顧問としての立場から実戦運用を強行しようって態度まで取りかけてたからな」

「ま、そっちはボーニングから止められたとは耳にしたな」

「先週くらいか? 12月に入ったあたりで改良型OSってのの噂は流れて来たから、まあそれに合わせてのことかとようやく判ったけど、な」

 

 事前に説明くらいは欲しかったと、ユウヤは愚痴を零す。これにはさすがにVGも笑って同意していた。

 

 

 

「それは……ほんと悪かった。情報規制してたわけじゃないんだが、申し訳ない。現物見せないと変に間違って解釈されるんじゃないかって懸念があってな」

「いや、はっきり言うと、だ。お前さんらの機動を見て、概念を説明された上で、まだ理解が及んでねぇ」

「正直に言えば、慣れるまで時間の余裕は欲しい」

「あ~やっぱりそうなるよな?」

 

 開発衛士に選ばれるだけあって、単純な技量だけでなく戦術機そのものへの理解が深いVGであっても、XM3の持つポテンシャルを把握しきれないと言う。そしてユウヤであっても今すぐ十全に使えるとは、さすがに言い出さない。

 

 斯衛の、それも最強と言われる第16大隊にしても、XM3を用いても戦闘機動に変化がなかったのだ。既存の機動をより正確に再現するために、コンボなどを利用していた部分が大きい。

 もちろんそれだけでも十分に強化されていると言える。だが帝国本土防衛に限っても、山岳部などでは三次元機動を盛り込んだ上での新たな機動概念が必要とされる。なによりも今後のハイヴ攻略を見据えるならば、機動性強化程度では足りない。

 

「バージョンごとの違いなんかを先に説明してしまうと、XM1で十分だと思われるんじゃないかって予想もあってな」

「前線国家ほど、まずはXM1。いやそれだけで十分だって話にはなるわな」

 

 母国を失っているVGの理解は早い。

 BETAの物量に対し、人類側はどうしても質で対抗せねばならないのだ。とはいえ二年後に手に入る高性能機よりも、今すぐ用意できる改修機こそが前線では必要とされている。

 

「正直、個人的にはアルゴス小隊のみんなや他の開発小隊で頑張ってる連中には悪いと思う部分もあるにはあるんだが……」

 

 先にもターニャから指摘されていたが、プロミネンス計画で各開発小隊が掲げている要求仕様は、ほぼXM3の採用で解決できる。

 

 

 

「気にするな。というかむしろ俺個人としてはXM1もそうだが、XM2は大歓迎だ」

「XM2が? 3じゃなくてか?」

「3はどうせ導入、というか量産に時間がかかるんだろ? XM2なら採用さえ決定してしまえば、亡命国家の規模でも生産できそうだ」

 

 それこそ数の多いF-15CにこそXM2じゃないか、とVGが言う。

 

「それは、後方国家へと退避した自国製産業の保護育成、のためか?」

「おっしゃるとおり。そういう名目なら、採用を進めやすいってのもある」

「……ふむ。なるほど、道理ではあるな」

 

 静かに話を聞いていた冥夜が、VGの意図を確認すべく、口を挟んだ。

 前線で戦う衛士の視点ではなく、採用を考慮する開発衛士としての見方に、興味を抱いたようだ。

 

 衛士の生存性や戦術機の能力向上、その上で帝国の利益だけを考慮するならば、XM3の採用を推し進めるべきだとは武も判るが、なるほどそれは採用する国家との軋轢も発生する。

 XM2ならば、採用側が改修あるいは新規生産可能なCPUで動く。たしかに採用側の予算的負担は低い。

 

(わざわざ第二世代機のCPUを交換してまでXM2を採用するかってのは、帝国の方でも問題になってたんだが、逆に採用側から見ればそういう利点はあるのか)

 

 夕呼がどこまで想定していたか、武には推し量ることもできない。ただ性能差によるバージョン違いというのは、売り手である帝国だけでなく、買い手にとっても意味のある区別だったとようやく実感できるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

「とはいえ結局、プロミネンス計画を潰すって話になっちまうんだよなぁ……」

 

 さほど減っていないグラスを弄びつつ、溜息交じりに武は言葉を漏らす。

 XM3ならば確実に要求仕様を満たせるが、XM2でも戦力の質的強化を求める前線国家であれば許容するだろう。

 だが各国の開発小隊の実情に詳しくない武には、後方国家の反応は読みきれない。

 

「はっきりと反対しそうなのは、オーストラリアのところくらいか?」

「それに引きずられると、大東亜の方もか? いやそっちは帝国と関係が良いから表立っては反対しにくいか」

 

 悩む武に対し、ユウヤがはっきりと例を上げ、VGが続く。

 たしかにF-18Eの改修を進めているオーストラリアは、自国戦力強化のためではなく、合衆国が戦術機供給量を下げつつある現状その空いた販路確保のために開発を進めているという面が強い。

 また地理的にも対立しやすい大東亜連合が帝国寄りということもあり、それ故に水面下での対立もある。

 

「あとは……暴風のところのアイツならいきなり殴りこんできそうだが、イーダルはどうだ?」

「中ソのところは表立っては歓迎も反対もしなさそうだが、性能的には欲しがるだろうな」

 ユウヤとVGとが、いくつか小隊名が上がるのをとりあえず武は記憶していく。このあたりは自分一人で悩むのではなく、あとで小隊の皆と相談しつつ対処すべき案件だ。

 

 

 

「そもそも計画の白紙化ってことは安保理でってことになるんだろうが、お前らでそんなことができるのかよ?」

「ユウヤの言うとおりだな、タケル。衛士や開発スタッフはXM3の性能見せたら納得するだろうが、上の連中はどうか判らんぜ?」

 

 ユウヤは合衆国軍人だがJASRAという組織には詳しくないようで、武たちが安保理に関われるということとさえ疑わしげだ。いまだ酒の席での冗談ととらえているようなところもある。

 そしてJASRAとルナリアンの噂を知るVGであっても半信半疑だ。

 

「だよなぁ……性能どうこうよりも政治や経済の話って感じだしな。ただまあ、そのあたりは俺が手が出せる範囲じゃないって投げ出してしまうのもなぁ」

 

 オーストラリアもそうだが、アルゴス小隊にしても、実のところはボーニングの経済的理由によって計画に参画している。そういった組織への対処は、武の今の地位では手が出せない。

 ただ第四計画責任者たる夕呼とJASRA局長たるターニャ、そして拒否権は与えられていないとはいえ常任理事国の一国である帝国の発言力があれば、どうにでもなる範疇と言える。

 

 基本的にターニャに任せであり、自身の分を超えているとは自覚しつつも、最低限の知識程度は身に付けておこうと決意する。

 

 

 

「まあ直接的に対面して相手にできる可能性があるとすれば、だ。計画の中枢たるこのユーコン基地は、合衆国が貸し出してる形になるから、基地司令は合衆国陸軍のジョージ・プレストン准将。だが、プロミネンス計画の最高責任者はクラウス・ハルトウィック大佐、西ドイツ軍だったか? あとは、アルゴス小隊ならフランク・ハイネマン技術顧問?」

 少しずつ酒が回りつつある頭だが、幾人かの責任者をリストしていく。

 

「ハルトウィック大佐とは、開発衛士なら顔を合わせる機会はあるな。俺も直接会ったことはある。ご本人は合理的な方だと思う」

「気を付けろよ、タケル。お前の言った通り大佐はドイツ人だ。大佐本人がどう感じてるかは知らんが、避難民政策への反発からドイツは東西問わずJASRAに対して批判的だ」

「あ~難民解放戦線は、たしかドイツ系が中心って噂もあったな、そういえば」

 

 VGの補足を聞いて、一度はちゃんと資料に目を通しておこう誓う。JASRAに対するハルトマンの心象次第で、対応が変わりかねない。

 

 

 

「だけどな、タケルたちの最初の障害はフランク・ハイネマンだろうな。XFJ計画を解体できなきゃ、プロミネンス計画白紙化には到底たどり着けないぜ」

 あのおっさんは食わせもんだぞ、とVGが笑いながらグラスを空にした。

 

 

 

 

 

 




文字数のわりにあまり進んでいない気がしますが、なんとか更新です。なんかVGが便利キャラとなっていますが、第三者(?)から見たJASRAの印象を入れたくてこんな感じに。

んで、サクッと流していますが原作TEと違いこの作品世界線では、アルゴス小隊はペトロパブロフスク・カムチャツキー基地に行ってません。そんなこんなで弐型の開発は遅れてますが、フェイズ2としては実のところ完成はしています。

ちなみに何が困ったと言っても戦術機のF-15Cの数。マブラヴ本家の設定だと、リアルの戦闘機のF-15Cと違って、戦術機のF-15CはF-4に次いで機数が多いとかなっていますが採用国は上がっておらず、どーしてくれようかと。見直すまで戦闘機と同じくF-16系列の方が多いと思い込んでおりました。

次はたぶんハイネマン氏vsデグさん……の予定です。

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