Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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剥離の繋属 01/12/08

 九州防衛戦において、武と冥夜たち第一中隊前衛小隊は糸島市沿岸部にて小規模とはいえ光線級吶喊を成し遂げた。その後、大隅級戦術機揚陸艦「国東」にて簡易補給だけを済まし、真那と戎も含めこの白陵基地へと戻っては来た。

 

 武御雷のオーバーホールという名目はあれど、これほど急いでの帰投は、実のところ「御剣冥夜」としての偽装を高めるためだ。

 武と共に冥夜が九州に渡ってからこの数日、悠陽には外向きの公務からは遠ざかってもらっている。将軍職としての職務はお飾りとまで言われることもあるが、決して暇を持て余せるようなものではない。

 とくに今は防衛に成功しつつあるとはいえ、BETAの国土への侵攻を許してしまった状態だ。状況が不安定であればあるほどに、帝国臣民向けの発表を悠陽には求められていた。

 

 

 

(帰って来た……って安心できる状態じゃねぇな)

 

 武自身の戦いは終わったとはいえ、BETA進攻が収まったわけではない。それどころか第一中隊の他の面々、それもともに光線級吶喊に参加した晴子ですら、まだ九州で戦っているはずだ。

 負傷したわけでもなく、また一人先に戻ったというわけでもないが、どうしても後ろめたい。

 

 似たような立場の冥夜と話すことができればまだ気も晴れたかもしれないが、先の光線級吶喊においてその冥夜を護るためとはいえ騙すような形になったこともあり、話の切っ掛けを掴めずにいた。

 そして冥夜自身も何か考えることがあったようで、輸送機に乗り込んでからも二人ともに言葉少なく、結局疲労に負けて眠ってしまっていた。

 

 

 

(あ~部屋に戻って寝てしまいてぇ)

 

 思考が後ろ向きに、逃げ腰になっているのが自分でもよく判る。さりとて夕呼への直接報告をせずに、自室のベッドに潜り込んでしまえるような立場でもない。

 輸送機の中では少し眠ることができたが、逆にそれが睡眠不足を自覚させることとなった。戦場から離れたことで緊張が解けたのか、蓄積した疲労が今になって武の全身に圧し掛かってきている。

 

 ひたすらに身体は重く、硬い。

 それでも無理矢理に意識を整え、夕呼の執務室へと足を進めた。

 

 

 

 

「白銀です、失礼いたします」

 

 執務室のドアをノックした後に声は掛けるものの、返事は待たずに開け中に入る。

 世界が変わろうとも、下手に杓子定規に入室の許可を取ろうものなら、叱責してくるのが香月夕呼という人物だ。それになにより、この階層に入れた段階で基本的なスキャニングは済まされている。それを知り活用が許される程度には、武はこの世界においても第四計画に関わってきていたといえる。

 

「へ~ちょっとは仕事ができるって顔付になってきたわね」

「……それってただ徹夜明けでやつれてるって、そういうことですよね?」

 

 予定された時間よりは早めに顔を出したはずだが、夕呼は武を待ち構えていたかのように、どこからかの報告書らしきものを片手にコーヒーを飲んでいた。

 にやにやと笑いかけてくるその夕呼の様子は、EX世界線でまりも相手にちょっとした思い付きを楽しもうとしていた姿を思い出さる。

 無茶振りが来ることを予想し、武は眠気を振り払うために慣れた手つきで自分用の代替コーヒーを準備しはじめた。

 

「あら? ちゃんと褒めてるわよ。睡眠不足でも、やるべきことはやれるようじゃないと」

「夕呼先生なら、そもそもが睡眠不足に陥るような無計画な段取りを叱責してくるものかと思ってましたが?」

「BETAの物量相手にそれが可能なら、あの事務次官補殿は無慈悲な夜の女王に返り咲いてるわね」

 

 やはり機嫌が良いのだろう。夕呼は武の自虐的な発言さえ笑って流してしまう。

 

 

 

「で、九州はどうだったの?」

「XM3の実地試験としては十分とは言えませんが、必要最低限のデータは集めて来たとは思います。ですが、そういう話じゃないですよね?」

「判ってるなら本題に入りなさい」

 

 いつの間にか手馴れてしまったコーヒーの準備を済まし、夕呼のカップも新しく取り換える。その間に頭の中を整理し、夕呼に直接報告しなければならないことを確認していく。

 

「まずは前提として、山口提督……というか海軍側からは明確にBELKA計画を拒絶されましたよ」

 出雲での会食を思い出しながら、武は要点だけをできる限り纏めていく。

 

「ただ海軍としては感情面で否定するというよりも、下手に本土で核を使ってしまって核汚染が広がってしまえば、補給面で活動が困難になるからといった理由付けはありましたね」

「つまり汚染が明確に理解できないG弾であれば、許可を出す可能性が高いってことかしら?」

「山口提督はそういう態度も見せてましたが……態度だけなのかどうか俺では判断できませんよ」

「まあ帝国軍としては、そういう立場を取るしかないわね」

 

 濁した武の言葉の意図を、夕呼は明確に突く。

 その上で、どうでもいいというように軽く手を振り、先を促してきた。

 

 

 

「あとは御剣が聞き出した、あの事務次官補が想定してるBETA大戦の終結、なんですが……」

 

 短期的には攻勢的な対BETA組織の構築、中長期的にはそれを運用した月の奪還と地球軌道防衛圏の構築、そこからの火星進攻。

 

 武なりに纏めながら、ターニャの意図を夕呼に伝えていく。

 海軍との会食の場とはいえ、ターニャが口にしたことを書類としては残しにくい。そのためにこうして夕呼に直接話に来ているのだ。なによりも喀什を攻略した後の政略・戦略構想だったとは、海軍の方は想像もしていないはずだ。

 それを現実のものとして想定ができるのは、夕呼とターニャくらいのものだ。

 

「組織構築と、その前提として中ソの排除ってご本人は話しておられましたが、どっちが目的でどっちが手段なのやら……」

 

 BETAを排除しようとするターニャの意思には疑いの余地さえないが、かといって共産・社会主義の排除が副次目的だとは、ターニャの普段の態度を思い出すと武には断定しにくい。

 

 

 

「後は『御剣冥夜』の影響力ってのは、これは正直なところ俺では判断できません」

「アンタねぇ言い出したのは本人がそれで済むと……って、まあアンタの経歴からしたら仕方がない部分ではあるわね」

 

 冥夜の言葉で立ち上がった衛士の姿は見た。

 紫紺の武御雷の下、意識が纏まっていくのも感じることはできた。

 

 ただそれが戦場の極々局所的なものなのか、今後この帝国の流れそのものを変えてしまうような大きな流れの源流なのか、それがこの日本帝国という地で生まれ育っていない武には、芯の部分では判断も理解できないのだ。

 

 夕呼にしてもそのことは判っており、また短期間の状況だけでは推測も難しいと納得したのか、呆れてたような顔を見せたものの追及は諦めたようだ。

 

 

 

 

 

 

『遅れて申し訳ない、デグレチャフだ。失礼する』

 

 わずかに弛緩した空気の中、軽くのノックの音が響き、ターニャが部屋へと入ってくる。このあたり武と同様に、この部屋の主の流儀に合わせる程度には、ターニャも夕呼に慣れているようである。

 

「いえ、合衆国本国からの最重要連絡とのことですし、お気になさらずに。ちょうど白銀の話も先に聞けましたし」

 

 簡潔なターニャの詫びを、夕呼も気にした風も見せずに受け入れる。

 二人ともにその立場から時間に追われる身であり、本来ならば他よりも優先すべき会談ではあるが、ターニャが受け取った通知は例外的なものだったようだ。

 

 簡単な挨拶を交わす二人を後にして、武は先ほどまで飲んでいた代用コーヒーを片付け、ターニャのためにとあらためてコーヒーを淹れ直す。

 

 

 

「そういえば白銀? 事務次官補に何かお尋ねしたいことがあったんじゃないの?」

「ぅえっ!? あ~何と申しますか、さほど重要なことではないのですが……」

 

 何をいきなり無茶振りしてくるのやらと思いながらも、コーヒーを淹れているため背を向けた形になっていたので表情は読まれていないだろうと、そこだけは安堵する。

 

「ふむ、なにかね? 機密指定された情報でもなければ答えるのに吝かではないが?」

「ホントどうでもいいようなことなのですが……一つは先日の事務次官補殿の砲撃指揮を見ておりまして、どこかで経験なさっていたのかと」

 

 BETA大戦後を見据えどう活動されますか、といきなり直接的に問うのはさすがに武といえども躊躇してしまう。その上でいくつか気になっていたことを、話の切っ掛けとして雑談程度に話題に選んだ。

 

 この世界線において、ターニャの経歴はいまだかなりの部分で秘匿されている。夕呼の権限をもってしてもそのすべてにはアクセスできない。

 公開されている限りの軍歴としてはアメリカ空軍に所属していたことになっているが、月面以前の経歴にもいくつか穴がある。また当然ともいえるがJASRA局長に就任した後は、そのほぼ大半が非公開である。

 

 

 

「ん? ああ、須野村近辺での間接射撃管制か」

 はっきりとしない武の問いかけだったが、ターニャはその意味を汲み取って話し始めた。

 

「以前に管制機の真似事のようなことを幾度か経験していてな。それに倣ったまでだ。そもそも今回、射撃指揮所を担当したといっても、緒元に関しては戦術機から送られてきた物をそのままに砲列に伝える程度のことだ。貴様であってもできる程度だよ」

 ターニャ自身がどれほどの処理をこなしていたのかは明らかにせず軽く言い流し、いつもの皮肉じみた他者を嘲笑うような笑みではなく、どこか自嘲を込めたように目を伏せながら笑ってみせる。

 

「……突撃前衛として活動するとはいえ、今後の課題とさせていただきます」

 ただ武とすれば、ターニャの管制と目標選定によってかなり前衛小隊が楽をさせてもらっていたと感じていたので、自分でもできると言われてもすぐさまには納得できない。

 だがターニャ自身が出来て当然と言い放つので、その程度をこなせないようでは今後の計画から自分が外されてしまうのでは、と気を引き締めなおす。

 

 

 

「と、それで私も思い出した。香月副指令、少しばかり私も疑問があるのだが、良いかね?」

「なんでしょう、事務次官補?」

 

 考え込む武を尻目に、ターニャも茶飲み話程度の気軽さで、夕呼へと話を振ってくる。

 

「第四計画のA-01、それは00ユニット候補を選別するものだと理解しているが、単純化すれば00ユニット候補とは『運の良い人間』、という解釈で良いか?」

「そう、ですね。言葉にすると陳腐ではありますが『正解である未来』を選び取る能力、でしょうか。たしかに単純化すれば『運の良さ』とも言えます」

 

 武としては、横浜基地へBETAが進攻した時に水月や遥が成し遂げた判断、それを選び取れる精神こそが、00ユニット候補者の持つ能力なのではないかと思っていた。そしてターニャの持つ「原作知識」とやらがどこまで広いものかは武には判断しようもないが、武がそう感じていたことを、ターニャが知っている可能性は高い。

 

 ならばこそ今あらためてこの場でターニャが問うてくる意味は、本来ならば薄い。

 そのためターニャの問いの本質を掴み切れなかったのか、夕呼にしては珍しく口籠ったように問われたままに応えた。

 

「それは戦略や政略といった長期的視野ではなく、戦闘戦術レベルの判断でも発現しうるのかね?」

「能力としてはどちらも含むと想定しておりますが、選出基準としてはどうしても短期的選択能力の良さ、となっておりました」

 

 夕呼はターニャの問いを若干遠回し気味に肯定する。そもそもがギャンブルなどの瞬間的なものならともかく、長期間に渡る「運の良さ」など定量化しようがない。夕呼がA-01を極限に近い任務に投入し続けてきたのは、そういう手段でもなければ素体として有用な人材が観測できないからだ。

 

 

 

「いまのところ、所感程度でしかないのだが……」

 そのターニャも夕呼の肯定を受けて少し考え込む。ターニャにしては珍しいことに判断に確信が持てないようで、わずかに言い淀んだものの、そのまま続けた。

 

「残りの第一中隊が帰還して、戦闘ログを洗いなおせば判明するかもしれんが、鑑純夏の間接射撃の命中精度が少しばかり高すぎる気がしていてな」

「鑑、がですか? 珠瀬ではなくて、ですよね?」

「直接射撃においての珠瀬壬姫の優秀さは本人の技量によるものに間違いはなかろう。そして間接射撃においては、珠瀬壬姫の精度はほぼ平均と言っていい当たりに落ち着いている」

 

 驚きとともに割り込んでしまった武だが、ターニャは咎めることなく、その言葉を補完していく。

 

「鑑純夏は、直接射撃は決して褒められたものではない。だがなぜか間接射撃においては高い命中率を誇っている。射撃のタイミングが、こちらの指示よりもわずかに遅いあるいは早い、と言った時が何度かあってな。そういう場合に限って要撃級などに砲撃を当てている」

「……それは未来予知、なんでしょうか?」

 

 ターニャがわざわざ話題として選ぶほどだ。偶然、で片付けられない結果が上がってきていたのだろう。

 ただ武は、それが00ユニット素体候補の能力なのかと言われれば、疑問に思う。ターニャとしても判断に迷った結果、夕呼に告げているのだろう。

 

 

 

「それに要撃級の撃破が的確だったのは、我々前衛小隊の中では事務次官補殿の目標選定が優れていたからだと話しておりましたが、そういう意味ではないのでしょうか?」

 

 先の須野村での戦い、武たちは序盤は前衛を担っていた。その時確かに要撃級への攻撃が驚くほどに正確だとは思っていたのだ。それは射撃指揮所を担っていたターニャの判断の優秀さだと、武たちは考えていた。

 

 武の記憶にある純夏の戦闘歴は、先のAL世界線においてのXG-70 凄乃皇・弐型と四型のものだ。どちらもその機体の火力が目につき過ぎて、制御者としての純夏の能力というものは理解できていない。

 

「もちろん私とて目標選定としては要撃級を優先はしていたぞ。それでも数が数だ。どうしても選定に漏れが出る」

「それを鑑が落としていた、ということですか」

「そういうことだ」

 肯定の頷きとともに、ターニャはカップに口を付ける。

 

 

 

「つまるところ、この世界における鑑純夏も、間違いなくOOユニット適正候補者であると、そう思えるということだ」

「残念ながら今の我々……いえ私には、それを作り上げる理論も技術も欠けております」

 

 夕呼が嘆くような素振りを見せてはみるが、ターニャは当然武もそれが演技だとは判る。いまこの時点において、夕呼は自身が00ユニットの完成には固執していないと、再び宣言した形だ。

 

「まあ正直な話、少々間接射撃の命中精度が高くとも、それを中隊戦術に組み込めるかというと否定せざるをえんのだがね」

「お心遣いありがとうございます。こちらでもあらためて調査いたします」

 

 ターニャも、夕呼が手段と目的とを取り違えはしないとは思っているはずだ。それを示すかのように、あくまで戦術レベルにおいて「鑑純夏」の能力では有効性に疑問があると、話をその程度に収めた。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、その00ユニットですが、作れてないんですよね? 大分の方での誘引に、夕呼先生が絡んでないはずは無いと思ってたんですが……」

 

 今も続く九州の防衛戦。

 それを本土防衛ではなく、あくまで「九州防衛」に限定したままに続けられているのは、大分を中心とした大規模誘引のお陰だ。

 

 事前にある程度は準備されていたとはいえ、想定以上にBETAを引き込む可能性があり、あくまで代替案だったはずだ。それを防衛戦の開始二日目にして実施し始めるなど、上層部の意向など伺い知ることもできない武だが、帝国参謀本部の発案だとは考えられるはずもない。

 

 ならば夕呼かターニャ、どちらかの発案だろうとその程度は武にも想像できる。

 

 

 

「事務次官補からは00ユニットではない、とはお聞きしてはいますが、実際何を使ったんですか?」

 

 武が聞いてよい話ならば、夕呼も話すだろうし、そうでなければはぐらかされるだけだと割り切って尋ねてみる。

 

「ああ、アレ? 言ってなかったかしら、00ユニットの試験試作として設計したスパコンよ。帝国陸軍のみならず、海軍も国連軍も、ついでに義勇軍なんかも纏めて全部の指揮通信丸ごと含めて処理させてるわ」

「……は? え、スパコン? で、防衛線の全指揮、ですか?」

「この部屋どころか、ビルの一室くらいのサイズのスーパーコンピュータよ。それでも00ユニットとして想定していたほどの演算能力はないわ。電力も馬鹿みたいに必要だしね。そもそもが物理的な規模が巨大すぎて00ユニットとしては運用は不可能な代物よ」

 

 あっさりと何でもないことのように答えた夕呼の言葉に、武は頭が付いていかない。

 ただその規模の巨大電算機であれば、確かにBETA誘引の能力はあるのだろうくらいは理解できる。

 

 問題は、なぜそのようなものを夕呼が帝国軍に貸し出すような形で運用したか、だ。

 

 

 

「アンタたち二人が言ってたでしょ? この世界線ではあたしが本来想定していた00ユニットは作れないって」

「俺が経験した範囲では、って条件は付きますが……」

 

 科学者たる夕呼に、不可能だという言葉を告げるのは、武としても心苦しい。とはいえ、前提となる理論がクソゲーやっていて閃いたなどという物である上に、素材としての00ユニット候補者の生きてる脳髄が今の人類には作り出せない。

 

「今動かしてるスパコンでさえ、能力的には足りない。でも、今の人類に作れるのはせいぜいその程度なのよ」

「ってことはXG-70は喀什攻略には使えないってわけですか……」

 

 能力が足りないと断言されて、どこか武は気を緩めてしまった。

 それ故に、もしかすればもう一度XG-70dに搭乗することになるかと心のどこかで怯えていたことを自覚させられる。

 

(って、何を俺は気を抜いてんだよッ!?)

 喀什攻略にXG-70を投入する計画を立てておきながら、しかもそれが無ければ作戦のもともと低い成功率が不可能に近くなるほどに下がるとは判っている。それでも乗らずに済む、あの荷電粒子砲を再び撃たなくて済むということに、武は安堵してしまったのだ。

 

 それが身勝手な赦しを得ようとしている自身の弱さだと、嫌でも思い知らされる。

 そして赦される資格があるのは、この世界に残され今また冥夜に責務を担わせている自分ではなく、世界を救いEX世界線へと戻ったはずの「シロガネタケル」だとその程度のことは武にも判る。

 

 

 

「何言ってるの、喀什攻略に間に合わせるために、いま九州で実働試験してるんじゃない」

「へ?」

 ただそんな武の内心の葛藤など夕呼には関係がないようで、気付かれてはいるのだろうが話を先へと進めていく。

 

「アンタの頭でも理解できる程度にかみ砕いていえば、試験運用の前段階。試験に向けた模範解答を必死に書き出してるってところかしら」

 

 いま起動しているシステムは、集積回路の発達が遅れているこの世界においては、スーパーコンピュータとしてそれなりの規模と性能を誇るが、当然ではあるが量子電導脳である00ユニットの演算処理能力には到底及ばない。

 

「でもね。XG-70を、アレに搭載されるML機関の制御程度であれば、困難ではあるけど、不可能じゃない。もちろんラザフォード場の形状変形も含めての話よ」

 

 武の知る先のAL世界線で最初に実戦運用された凄乃皇・弐型は、ラザフォード場の自動制御が不可能であり、ML機関が起動している際には機体周囲10mに接近すれば、いかなる物であれ急激な重力偏重に巻き込まれ粉砕された。

 本来ならば護衛となるべき戦術機も、重力偏差に巻き込まれないように接近することが禁じられており、近接防衛が困難だった。

 

 四型において、ある程度度安定した00ユニットと霞の制御もあってようやくラザフォード場の多重干渉や自動制御が確立したのだ。

 

 

 

「刻々と変化する状況の変動に対し、そのすべてを瞬時に同時並列的に処理していくには00ユニットくらいの演算能力はたしかに欲しいわ。でも、ね」

 にやりと、わざとらしいまでに笑いを作り、そこで夕呼は言葉を切る。

 

「想定可能なパターンを事前に複数個用意して、それと現状を照らし合わせ、対処案を提示するくらいなら今の機材でも可能よ」

「つまり、00ユニットみたいに瞬時に演算を終了して対処することは無理だけど、事前に想定しておいた状況パターンから最適なケースを呼び出して当てはめる、ってことですか?」

「そ。無限と思えるくらいに状況設定はありうるけど、ある程度には類型化しておいて、その中で近似の状況を選択していく。ケーススタディに真っ向から歯向かうような力技よ」

「AIと言うにも烏滸がましい、選択肢の多いだけの一対一の応対だ。ある意味では人間らしい人工無脳だな」

 

 夕呼の説明を補完しながら、クツクツとターニャが笑う。

 状況判断などを現場で即座に行うのではなく、あらかじめ想定される要素を事前に行っておくことで、対応能力に余裕を持たせているといえる。

 

 

 

「まあアンタの発案もちょっとは参考になったから、誇りなさい」

「俺の、発案ですか?」

「XM3の並列処理システムと、あのパターン分析とコンボの応用、発展形と言ったところかしら」

 

 話が飛び過ぎじゃないかと武は一瞬思ったが、続く夕呼の言葉で納得した。

 対応させる事例の数は、間違いなく桁違いのものなのだろうが、たしかにやろうとしていることの根幹はXM3に近しい。

 

 一見無限とも思えるような状況想定なのだろうが、XG-70の直衛に付くのは多くとも中隊規模。しかもそのうち機体周辺10mもの近くにまで接近するような状況など、実のところそれほど多いはずもない。

 加えて、直衛の戦術機中隊の方にも接近予防措置を組み込んでおけば、さらに状況想定は限定できる。

 

 

 

「でもそれだと事前に周辺展開する戦術機の機動を……って、そうか」

「ようやく判った? 今の九州で運用されてる戦術機の機動を、指揮系統に組み込ませることですべて読み取らせてる。いま大分に設置しているスパコンは、戦術機の運用データを貪欲に集積しながら、運用において想定される状況とその対処方法を演算してる最中よ」

「ML機関の短期間の起動と安定停止は、合衆国にてXG-70aが成功させた。後はいま横須賀で艤装中の二機に試験データを入力した上で、運用試験だな」

「そこまで進んで……ってアレ? XG-70a、一号機って潰れてないんですか?」

 

 武の知る世界線では、起動試験に失敗しクルーをミンチにしたと言われていたはずだ。それが残っているとターニャは言う。

 

「ああ、当時の技術では成功しないと判っていたので、中断させておいた。ML機関も含め、艤装は一切進んでいないが機体自体は残っている」

 

 無理かと思ったがあっさりと計画の中断が通ってむしろ驚いたよ、とターニャは笑う。

 

 

 

「そのXG-70の運用をも踏まえて、だ。喀什攻略に向けて、少しばかり話がある」

 

 遅刻した要因でもあるがね、とターニャは嗤って見せた。

 

 

 

 

 

 

 




気が付くと10月も半ば……COMIC1に新刊合わせたりそれに合わせて上京したり、そのあとゴソゴソしていたらこんな時期に。そして今回で第三部完ッ俺たちの戦いは次回に続くッ……の予定でしたが、文字数的にあと一回使います。半分ほどは書いてあるので、なんとか今月中に上げたいなぁとは思いますが、予定は未定。

んでようやくXG-70は出るよー動くよーという感じなんですが、この世界線だとこういう感じで、と。元々サイズ無視したらそれなりのスパコンはあるはずですし、せっかくなので細かいことはともかくXM3派生のシステムで動かしてみます、というところです。

あと失敗するのが判っていたので壱号機は、デグさん横槍で止めていたので物が残ってます、と。

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