Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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欠缺の瞭然

 

『ブラッド01から小隊各機へ。我々は国道263号に沿って進み、曲淵にて県道56号へ。その後、糸島市に入ったところで第9中隊と合流を予定している』

 

 真那が、晴子を含めた小隊各機に地図を送り、移動予定ルートの説明を始めた。部隊がターニャの管理下から離れたために、こういった説明なども小隊長たる真那が担っている。

 いまは単なる移動のみのため余裕があるが、戦闘に入ってしまえばやはりCP将校が居なければ部隊指揮官への負担は増大する。

 

 現状では通信障害などは発生していないが、今後も光線級の上陸が続くならばAL弾頭の大規模投入も想定されており、そうなれば前線においては無線通話が困難となる。

 武が以前にCP将校を部隊に同行させることを進言したのは、ハイヴ攻略において地下茎侵入後のことを想定してのことだった。今回の防衛戦においてはA-01だけでなく斯衛などでCP将校を乗せたうえでの作戦行動がなされているが、あくまで戦術機適性を持つ者に対する実地での訓練といった側面のほうが強い。

 

(たしか第9中隊の方はCP将校を乗せるために複座型へ改修した機体が回ってたはずだよな。まさか涼宮中尉を光線級吶喊に同行させることはないと思うんだが……)

 

 この九州防衛が始まる前には、第9中隊付きCP将校たる涼宮遙が前線に出ることを、同期である孝之たちは憂いていた。先ほども直接は口にしてはいなかったが、孝之自身はこの光線級吶喊に同行を望んでいたようにも思える。

 

 ただ武としては遥の身を案じつつも、光線級吶喊という困難な任に際し至近から精密に中隊を補佐して貰えるであろうことに、わずかな慰めも感じていた。

 

 

 

『合流までは山間を進むため、光線級警報下ではあるものの、比較的高度は取れる。到着までに機体を壊すような無様は晒すなよ?』

 

 武が少しばかり先のことを思い悩んでいることとは関わりなく、真那の説明が続く。今回初めて真那の指揮下に入る晴子がいるからか、真那にしては珍しいことに少しばかり軽めに振舞っていた。

 あるいは真那自身も、冥夜を光線級吶喊から除外できなかったことで、普段以上に緊張しているのかもしれない。

 

(まったく。御剣のことを護るって言いながら、俺の行動こそがアイツを危険に押しやってるんじゃねぇか)

 

 詳細に記憶しているわけではないが、以前の世界線では武が冥夜たちと肩を並べて光線級吶喊を行ったことなどなかったはずだ。遥のことにしろ武が関わったからこそ、無用とは言い切れないものの以前よりも危険な位置へと移されているのだ。

 

 

 

『02、作戦開始前に、また何やら考え事か?』

「あ~まあ、そんなところだ」

 

 武の意識が散漫になっているのを、後ろに続く冥夜から見抜かれたようで、声が掛けられた。

 県道に沿ってとは言うものの、光線級からの照射を避けるために狭い山間を縫うように飛んでいる。機体側のサポートはあるとはいえ、気は抜けない。先の真那の言葉ではないが、下手な機動で機体を壊す危険も高いのだ。

 

『しかしさすがだな。光線級吶喊に赴くにあたり、そなたは他のことに気を配れる余裕があるとは』

『いやホント、02は後ろから見てても余裕あるように感じられるよ』

「……そんなわけじゃねぇ、ってわけでもないか」

 

 小隊に馴染むためか、晴子も普段以上に軽く口を挟んでくる。

 二人からの指摘を受け、言葉だけでも否定してしまいそうになる。が、先任ではないとはいえ元教官補佐役としては、余裕ある態度を取るくらいは必要かとも思い至る。

 

 

 

(しまったな。事務次官補お勧めの戦場ばかり宛がってもらってた弊害ってヤツか?)

 

 晴子だけでなく冥夜の声も軽いのはそう演技している部分もあろうが、「光線級吶喊」と聞いてもどこか今までの任務と同じように捉えているようにも、武には感じられた。

 

 初陣は果たした。

 「死の八分」も超えた。

 それでも絶対的な絶望に支配されたBETAとの戦場を潜り抜けてはいない

 

 この数日の戦いが楽だったなどとは武は口にはしないが、ターニャが選んだ戦場は「勝てる」ことが想定されていた箇所だ。

 部隊の新人少尉の皆は、負けることが当たり前のBETA戦をその身では体験できていない。

 

(いや、それもあるだろうが、御剣にしろ柏木にしろ須野村を守れたっていう実感が大きいんだろうな)

 

 ターニャが隊員のメンタルケアまでも含めて作戦地域を選定していたとは考えにくいが、途中で離脱してきたとはいえ須野村を踏み砕かずに済んだという事実は、やはり大きい。

 冥夜たちだけではない。武にしても、尚哉が居れば村は守り抜いてくれると、安心し満足してしまったのだ。

 

 そういった充足感を、今の武では冥夜だけでなく隊の皆に与えられるだけの力が無い。

 

(結局のところ、作戦立案できる程度の地位が必要になる……いやその程度じゃあ足りないよな)

 

 今でもターニャに無理を押し通せば、喀什攻略に「御剣冥夜」を同行させないことは不可能ではないと思う。いくつか同時に実行されるであろう、間引きを兼ねた周辺ハイヴへの陽動作戦へ冥夜を配置することくらいならば、出来なくはないはずだ。

 ただそれをして、冥夜が納得できるとは思えない。

 

 

 

 ――生きているのと、生かされているのではまるで違う

 ――そこに自分の意志があるかどうかが問題なのだ。

 ――それが反映できるかどうかが問題なのだ

 

 いつか聞いた冥夜の言葉が頭を過る。

 

 喀什攻略について伝えていなければ、と今さらながらに後悔する。知らせていなければ作戦から冥夜を外したとしても、彼女自身は納得できたかもしれない。

 だが事情を知ってしまった以上、武の感傷からの、中途半端な理由付けで参加を阻止してしまえば、御剣冥夜という人間はその選択を受け入れるはずもない。

 

 喀什攻略に連れて行かねばならないとしても、それでも冥夜を護りたいという思いに、変わりはない。ただ、それを成し遂げられるだけの力と、そしてなによりも彼女を留められるだけの信念が武には無いだけだ。

 

 喀什どころか、今現在においても光線級吶喊などという死地に限りなく近いに任務から、冥夜を遠ざけることさえできないことからも明らかだった。

 

 

 

(ハッ、結局のところ、俺が意気地なくて弱いって話だ)

 自責めいた想いなど表にする必要どころか、それを赦されるはずもないと武は改めて自身を戒め、わざとらしいまでに話を変えようとする。

 

「ははは、余裕だけは空回るくらいはあるぜ。というか、だな。吶喊後はそのまま国東に降りろって言われてて、忘れ物に気が付いたくらいだぞ?」

『ん? そなた、なにか成すべきことを残していたか?』

「社に何かお土産でもと、そう考えてたんだけど、すっかり機会を失ってた」

 

 口にしたのは、それでも以前から頭の片隅に押し込んでいた宿題だ。

 こちらの基地のPXならなにか九州的な土産物の一つでもないかと期待していたが、そもそもがPXに立ち寄れるような時間的にも精神的にも余裕がなかった。

 

『そういえば中隊の面々で彼女だけがこちらには来ていないのだったな』

「社は白陵から出るのが難しくてな」

 

 形式上、霞は第一中隊のCP将校の一人として扱われてはいるが、実のところ防諜のための見せ札に近い。そして夕呼の周辺警護のためだけでなく、彼女自身を護るためにも白陵基地から出ることは許されていない。

 

「南の海の写真集とか絵ハガキのセットとかでもとは考えてって……」

 そこまで言葉にして、武は自分の間違いに思い至る。

 

(って、マズいな。気を付けてたつもりだが、結局前の世界線での記憶に頼ってるのか、俺は)

 

 霞が海を見たことが無いと話してくれたのは、以前の世界線でのことだ。海へ行こうと約束したことも当然、いまのこの武と霞とではない。

 

 

 

 先に思い出した冥夜の言葉もそうだ。

 後ろを飛ぶ、この世界の冥夜から聞いたわけではない。そしてそのような言葉を武に伝えてくれるほどに、ここにいる冥夜が武へと心を開いてくれているのかと、自虐にも似た思いに囚われる。

 

「うお……っと。山が盾になってくれてるお陰で光線は飛んでこないとはいえ、これはキツイな」

 

 武御雷の爪先が樹冠に接触し、斬り刻んだ。

 武御雷であったから樹を切り裂いただけで、機体にもその機動にもさほどの影響もなかったが、吹雪であれば機体バランスを崩し山肌に激突していた可能性さえある。

 

 口にはしてこなかったが、真那や戎からの視線も厳しい。

 軽く笑って見せたが、今になって内心で冷や汗を流す。言い訳にしかならないが、自責に耽りそうになり機体操作が疎かになっていた。

 

『そなたなら跳躍しながらでも、光線を避ける方が楽だと言い出しそうではあるな』

「さっきの話じゃないが、光線は最悪でも要撃級の前に飛び込めば止んでくれるからな」

 

 冥夜も一瞬驚きで眼を見張っていたが、普段の調子に合わせてくれる。

 

『白陵基地に戻ったならば、自主訓練には付き合わせて貰うぞ、教官補佐殿』

「ははは、剣は無理だぞ? ランニング程度にしておいてくれ」

『うむ。了承した』

 

 他世界線での事情など、霞には読み取られてしまってはいるが、それ以外では夕呼とターニャ以外には話しようがない。

 

 ただ武が今なお様々な面で隠し事をしていることなど、冥夜には自明のことなのだろう。その上で、こちらにも気を配ってくれている。

 自分にはそんな価値は無いと叫びだしそうにもなってしまうが、冥夜の静かな気遣いが、それでも嬉しい。

 

 

 

 

 

 

『糸島市に入ったな。第9中隊との合流予定ポイントまではここから1キロほどだ。脚部走行に切り替える。脚元に注意しろ』

 

 真那の指示に従い武たち5機は着地し、山に沿ってうねるように伸びる県道56号を走りだす。真那がわざわざ注意するだけあって、道は狭い。ぎりぎり二車線の、一歩踏み間違えれば谷底に転落しそうな道を、可能な限り素早く走り抜ける。

 

 山間を抜けると、9機の国連軍カラーの不知火が見えた。

 武が知る限りでは、茜や晴子が第一中隊に異動した後に第9中隊も他部隊から人員が補充されたはずなので、中隊の定数たる12人を満たしていたはずだ。夕呼は数が減ったとだけ言っていたが、たしかにこの機数では光線級吶喊の成功はおぼつかない。

 

『こちら斯衛の第19独立警護小隊と第一中隊からの支援であります。合流予定到着まであと60秒ほどです』

『第9中隊中隊指揮官の伊隅みちる大尉だ。斯衛の方々の協力に感謝する』

 

 走りながら、真那が事前に指定された回線に切り替え、報告する。それに応え、即座にみちるが返答をよこした。

 合流予定地点は山間を抜けた56号線と49号線の交差点だ。障壁となるような物の何もない開けた場所だ。とはいえ後退中の帝国陸軍も、もちろん無抵抗で敗走しているわけではないようで、今のところこの周辺にはBETA群の侵攻はない。

 

『言い訳に過ぎないが、我々の部隊もXM3の実地試験を兼ねていた。それもあって小破した者たちを後ろに下げたせいで、肝心のこの時に手が足りん。そちらの小隊にはできうる限り無理は掛けぬように取り計らおう』

『いえ。お心遣いはありがたく思いますが、我らとて斯衛。この国を護ること、それは我らが責でもあります。使い潰せとはさすがに申せませぬが、必要なればいかような命にも従いましょう』

 

 みちるは冥夜の立ち位置をそれなりに知らされているのだろう。真那を気遣うように言葉を紡ぐ。が、真那は斯衛としての立場から、受け入れることができない。

 みちるもまた、言葉を重ねることなく、わずかに冥夜の方を一瞥しただけで、表情を改めた。

 

 

 

『さて、時間はあまりない。現在把握できている状況を確認次第、攻撃に移る。ヴァルキリーマム、頼めるか』

『了解。光線級を含むBETA群が30分ほど前に上陸を果たしたのは泉川河口付近です。帝国海軍ミサイル艇が周辺沿岸部への上陸阻止砲撃を行っておりましたが、これらの内2隻が沈められた後、海軍は一時的に引津湾側に後退。そちらから上陸地点周辺に間接砲撃を加えてはおりますが、阻止精度はかなり低下しています』

 

 レーザー蒸散塗膜装甲などを備えた戦艦や重巡洋艦などと違い、小型のミサイル艇などでは光線級の照射に耐えられようもない。下手に留まれば瞬時に撃沈される。

 

『帝国陸軍の機甲部隊と機械化歩兵は県道506号に沿って北部へと後退。志摩中央公園付近にて再集結。逆に戦術機大隊が陽動を兼ねながら長野川沿いを南下中。上陸を果たしたBETA群の大部分は、そちらへと向かっております』

 

 福岡そしてその南の久留米へとBETAを進めさせぬために、戦術機部隊は少しずつ下がりながらも、上陸した集団を引き付けている。

 長野川の両岸は田畑が広がっており、その周辺に限定すれば光線級に対する障壁は無いに等しいが、光線級上陸地点たる加布里の南方には少しばかり丘陵地がある。それを盾として、移動も脚部走行に限定しているようで、部隊の損耗は限りなく抑えられていた。

 

 網膜投影された地図には帝国軍の動きとともに、BETAの進攻経路も重ねられていく。光線級の上陸からすでに30分。BETAがいまだ福岡方面へ雪崩れ込んでいないのは、戦術機部隊の陽動と機甲部隊による側面援護が曲がりなりにも機能しているからだろう。

 

 

 

『ご覧の通り、糸島市周辺の帝国軍は善戦していると言える。無理に光線級を殲滅しようと突出しなかったからこそ、時間を稼げてもいる。だが決して彼らに余裕があるわけではない。我々としては上陸を果たした光線級を排除し、海上からの直接砲撃を再開してもらうことで、帝国陸軍に糸島市西部海岸の防衛を再構築する時間を作り出す。福岡市方面へ東進されてしまえば、あちらの防衛線が一気に瓦解しかねん』

 

 遥の状況報告を受け、みちるが簡単に纏める。

 そして海岸地域の状況図に、光線級の予測展開位置などを加えていく。

 

『なによりも、だ。侵攻時におけるBETA群において後衛たる要塞級や、その前方に展開する光線級が出てきたということは、今回の進行も終わりが見えてきた、とも言える』

 

 楽観視できる材料ではあるな、とみちるは笑って見せる。

 要塞級は基本的には最後尾だ。光線級は中衛の後方、あるいは後衛の前方に位置することが多い。海底進攻に際してもそれが大きく変わることはなく、これらが見受けられるようになってきたということは、BETA進攻の終わりが近いということでもある。

 

 

 

『数は不明なれば、最低4体の要塞級の上陸も確認、ですか。不用意な接近は避けたいところですな』

 

 提示された状況図を見て、真那が眉を顰める。

 光線級だけでも、障害としては困難を極める。それを守るように立ちふさがる要塞級まで存在するとなれば、戦術機中隊程度の戦力では接近することさえ難しい。

 

『最接近時で200m、できうれば500m程の距離から光線級を掃討しきらねば、無駄な被害が出る』

 

 要塞級は動きは遅く一見鈍重そうに感じられるが、あくまでその巨体に比して遅い、というだけだ。一歩進むだけで小型種の跳躍以上の距離を詰め、なによりも全長に等しいほどに尾部から触手上の尾を突出させてくる。

 

 A-01の中でも優秀だと見なされている第9中隊、ヴァルキリーズであっても光線級吶喊の実績はない。もちろん演習としては幾度もこなしてはいるはずだが、それはあくまでシミュレートでしかない。

 そしてまた、要塞級との戦闘経験を持つものも、隊の中で半数と居ない。

 

 

 

 

 

 

『把握できている状況は以上だ。それでは……柏木はC小隊、宗像の指揮下に入れ。というか戻ってもらうか』

『おやおや、ヴァルキリーマムの介護のみならず、出戻り娘の世話、でありますか』

『ははは、宗像中尉殿には、ご面倒をおかけいたします。こちらはそのお土産ですが……』

『中隊支援砲か。出戻り娘にしては気が利いてます』

 

 みちるが言うように、晴子は第9中隊においては宗像美冴が指揮するC小隊で砲撃支援を担っていたのだ。美冴も軽口を交えつつも、簡単に受け入れる。晴子のほうも今までも笑って見せてはいたが、やはり慣れた者の指揮の下に戻れると聞いて本心から表情を軽くする。

 

『貴様のC小隊はそもそもが定数を満たしておらん。せっかくの土産だ。この場に留まり、支援砲撃を担ってもらう。風間は二人を抑えておけよ』

『ヴァルキリー4、了解です』

 

 C小隊副長の風間祷子が、晴子からMk-57支援中隊砲を受け取りながら、みちるの指示に薄く笑って了承する。

 

『我らが突撃前衛長殿と違い、私はBETAと絡み合う趣味はありませんので』

『アタシもそんな趣味はないわよッ!!』

『って、柏木が言ってました』

『か~し~わ~ぎ~?』

『ははは、さすがにそれは無理がありませんか、突撃前衛長殿?』

 

 美冴は普段通りを装い、水月をからかう。戻ってきた形の柏木への配慮もあるのだろう。「いつも通り」を演出することで、部隊の緊張を解していく。

 

 

 

「04、焦るなよ?」

『うむ。気が急いてはいるのは確かだが……むしろ自らの未熟さを思い知らされていたところだ』

「未熟?」

 

 冥夜の答えを訝しく思い、そのままに問い返してしまう。

 さすがに今すぐにでも飛び出すというほどではないが、先走りそうになっているのが、どうしても感じられる。

 

『先達の方々がこれほどの重責の中、気の張り方を見せてくださっているのだ。』

「ああ、そういうことか。アレくらい自然と、気を抜けるようにはなりたいよな」

 

 なによりも固くなり過ぎずさりとて気を抜かず、程よい緊張感を保つことが重要だ。それは幼少より剣を学んできた冥夜にとっては自明である。集中し、緊張するのはむしろ簡単なのだ。難しいのは、その精神的なテンションを必要なだけ維持し続けることだ。

 

 ただそれでも、冥夜には第9中隊の面々のやり取りは迂遠だとは感じてしまったのだろう。それが気の焦りとして武には見えたのだ。

 

 たしかに今こうして話している間にも、進攻を受け止めている帝国陸軍には被害が出ているのだろう。かといって準備も打ち合わせもなくただ闇雲に、文字通り吶喊するだけでは作戦の成功は覚束ない。

 

 

 

『それくらいにしておけ。斯衛の方々の前で、これ以上私に要らぬ恥をかかせるな』

 武がどうやって緊張を解くかと悩む間もなく、みちるがあらためて作戦の概略を纏めはじめた。

 

『ヴァルキリーA及びB小隊そしてブラッド小隊は、まずはNOEにて筑前前原駅南方の笹山公園東へ向う。わずかではあるが照射を凌ぐ程度の丘となっている』

 

 合流地点である49号線と56号線の交差点から、指定された公園まではおよそ7kmだ。巡航速度でも2分と掛からず到着する。そこから光線級が展開していると予測される泉川河口付近までは3kmほど。ぎりぎり突撃砲の有効射程圏内だ。

 

『笹山公園東にて一度集結の後、A小隊はその笹山公園を盾として、光線級が存在するであろう地域へと制圧砲撃』

 遥が地図情報を書き加えていくのに合わせ、みちるは各小隊ごとに指示を出していく。

 

 一見、自己保身のような案だが、みちるは直掩のA小隊を自身を含め囮として使うことで、他中隊隊員の安全を図るつもりだった。帝国軍が下がったため、上陸地点周辺は敵分布が不明確だ。まずは誰かがその身を晒してでも、正確な状況を把握する必要があった。

 

『B小隊は公園南部を通り敵BETA群の側面を突け。期待してるぞ、我らが突撃前衛長殿?』

『了解であります、斯衛の方々にお手数をおかけするようなことは致しませんよ』

 

 上陸を果たしたBETAの大部分が帝国陸軍戦術機部隊を目指し南方へと進んでいるとはいえ、その規模はすでに2個大隊を超える。側面からとはいえ敵中央の光線級を狙うとすれば、実質的には作戦も何もないただの力任せの中央突破に等しい。

 普通の部隊であれば死んで来いと言わんばかりの命令だ。

 

 だがその無茶なみちるの命を、水月はからからと笑って自信に満ちた声で受け入れる。

 

 

 

『斯衛の、いやブラッド小隊には公園北部から、敵後方へと回り込んで貰いたい。おそらく本命の光線級はそちらに集中していると予測される』

『ブラッド01、了解しました』

 

 泉川の北岸には、後退した機甲部隊と機械化歩兵を追う形でBETAが進攻しているが、南側ほどではない。B小隊と違い、ほぼ直線状に光線級へと肉薄できるはずだ。

 だがそれは、要塞級の前に飛び出すことも意味する。その危険性をみちるも真那も当然理解している。ただ今から行う吶喊の中では、まだしも危険性の少ない箇所でもあった。

 

 そして冥夜への配慮という面はあれど、要塞級の眼前での光線級排除など、XM3搭載型の不知火でも必要な機動性に疑念が残る。近接戦闘能力が突出した武御雷であれば、成し遂げられると判断したのだろう。

 

『配置及びその後の侵攻に関しては以上だ。作戦開始後は細かな指示を出す余裕などは無いと思われる。何か質問はあるか?』

 

 事前準備もなく、さらに現地の詳細な情報に欠けるため、どうしても作戦といっても粗雑なものだ。それでいて実行段階に移ってしまえば、細かな指揮どころか修正指示を出す余裕さえない。

 問うて答えられるようなことならば、すでにみちると遥から伝えられているのだ。それ故に、誰からも質疑は出ない。

 

 

 

『大陸と違い、ここは山々に守られた地だ。それに数は少ないとはいえ囮となってくれる支援砲撃ももたらされた』

 

 ユーロや中央アジアとは異なり、盾となる山がある。それだけでも間違いなく成功率は高い。開けた平野部を数十キロに渡って吶喊するといったわけではないのだ。光線級の予想展開位置も、場合によっては丘を遮蔽物として十分な射程圏内に収められる。

 

 だからこそ、みちるは不可能とも思える命令を下す。

 

『では、作戦目標を達成した上での全機無事帰還を命ずる。これは絶対に成し遂げよ』

『了解ッ!!』

 

『周辺の帝国軍へッ!! こちらは在日国連軍戦術機中隊である。只今より泉川河口付近に集結している光線級に対し、吶喊する』

 

 中隊全員の返答を受け、みちるはオープン回線に切り替える。部隊名は秘したままに声高に宣言し、そして一瞬冥夜へと視線を配り言葉を加えた。

 

 

 

『……帝国に、黄金の時代をッ!!』

 

 

 

 

 

 




吶喊パートまで書いていたら10000字超えて15000が見えてきてしまったのでちょっと分割……ヴァルキリーズの面々も細々書き出したらどうしようもなくなりそうなので、さわりくらいでチラッとだけです。

時期的にも内容的にもできれば次は早く上げたいなぁ、などとは考えてはいますが、なによりもサバフェスならぬ夏コミ直前なので予定はいろいろ未定。

んでちょろっと書いてますが、ユーロや中央~東アジアのだだっ広い平原部と違い、日本だとわりと山岳部のおかげで防衛戦ラクそう? バルト三国とか北欧とかも似たような感じなのかなぁ……とか。あっちは気候条件がかなり厳しいことになるとは思いますが。

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