Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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愁歎の固陋

 朝木学園須野分校は、分校とは言うもののグラウンドは広い。たださすがに20機近い戦術機が駐機していると、手狭に感じられる。

 できるならば87式機械化歩兵装甲も一度集めて整備して貰いたかったが、小隊規模とはいえさすがに場所に余裕がなく、先に防衛配置箇所に分散させていた。

 

 支援砲撃が開始されるまでの時間を稼ぐべく、須野村全域を遅滞防衛陣として用いるための準備はほぼ完了していると言ってもよい。

 あとは兵の食事と休息だけだ。

 

 その兵たちは校庭に集まり、炊きだされたイモと手持ちの糧食とを分け合いながら、所属を超えて談笑していた。

 

 

 

 先ほどまで話していた尚哉の言葉ではないが、兵が盛り上がっているところに衛士とはいえ士官の自分や尚哉が顔を出して場を固くすることも無かろうと、いましばらく時間を潰すために懐かしい校舎などを見て回る。

 

 自身の故郷を戦場としても、国と民を守る。その律子の覚悟を正しく思い、また理でも情でも変えられぬと悟りつつも、尚哉はいまだ納得はし切れていないのだろう。どこか言葉を探すようにしながら、律子ともに分校を歩く。

 

「ったく、軍は物がないってのに、こっちは物持ちが良すぎるぜ」

 

 ふと覗いた体育倉庫。そこは丁寧に整頓されていた。

 その片隅、埃を被ってはいるが、見覚えのあるバットが立てかけられていた。避難する際に持ち出すことなどできなかったのだろう。もう何年も前になるが、自分がよく振っていたものだ。

 

「……やはり、思い出深い土地なのだな、中尉にとっては」

「ははっ、それは否定はしません。ですが、すでに大陸だけじゃない、この九州でも帝国防衛のためとは言えども、臨海の町や村を踏みつぶしてきてるんです。自分の故郷だけを特別扱いするわけにはいかんでしょう」

 

 自嘲ではなく、事実として律子は笑って否定してみせた。

 その姿に、尚哉は何も告げられなくなる。

 

 

 

「沙霧大尉殿、大上中尉殿。各隊ともに全員集合いたしました」

 それ以上の言葉もなく倉庫を眺めていた律子と尚哉に、中隊副長たる中尉が声をかけてきた。大陸からの付き合いで、律子も信頼を置いている男だった。

 

「了解だ。お前らはともかく、歩兵の皆さんは飯は食えてるか?」

「皆、喜んで食ってましたよ。まあ我々は先にいただきましたが……それで歩兵と工兵の責任者の二人が、中尉殿をお待ちです」

「なんとか最低限の体裁は整ったか。そっちも連れてく二人ともども、機体調整だけはしっかりな。と、あとは……あ~あれだ。世話になった」

 

 いままでありがとうと頭を下げそうになるが、律子はなんとか思いとどまる。

 さすがに他の兵の目があるところで、指揮官が感謝の意とはいえ、部下に頭を下げるのもよろしくない。

 

「……了解です。こちらこそ大上中尉殿には幾度も助けていただき、ありがとうございました」

 それに対し、少しの間が開き普段以上に格式ばった敬礼で副長が応える。この中隊副長には、村での遅滞戦闘ではなく別の任がある。場合によっては先に出撃してもらうことにもなりかねない。

 

 そして出撃の後は、二度と再び相見えることはないと、二人ともが理解していた。

 

 

 

 

 

 

 自身らの機体へと戻る尚哉と副長とは別れ、グラウンドの片隅かつてはソフトボールの際などにはベンチとして使っていたところに赴く。

 

「お呼び出して申し訳ありません」

「楽にしてくれ。で、実のところ時間はない。準備の方はどんな具合だ?」

 

 工兵を率いる壮年の少尉が敬礼してくる。合わせて横に控えていた機械化歩兵を束ねている曹長も、どこか崩れた仕草で敬礼する。

 律子も返礼は簡素に、状況の説明を促す。

 

 

 

「突撃砲改修の臨時砲座はご指定の位置から少しズレた場所となりましたが、こちらとこちらに」

 工兵隊少尉は広げられた村周辺の地図の上に、砲座を表すのか空の薬莢を立てて示した。

 

 突撃砲とその弾薬たる36mmは潤沢に残されていたために、2丁は破損した戦術機の腕を銃座とした即席の砲陣地として改修、村の入り口付近に設置した。マガジン交換だけであれば機械化歩兵ならば可能であり、彼らの主兵装たる12.7mmから比べれば射程も貫通力も格段に高い。もちろん細かな照準補正などは無理だが、事前に目標地点を想定し2丁での十字砲火とすることで戦車級程度までは対応できるはずだった。

 

「しかし、えらく前に置いたな」

「中尉殿のご指定の場所も悪くはなかったのですが、撃ち下ろすような形でしか設置できそうにありませんでしたからな。他の設置候補の場所の中で、射線の通しやすい場所を選ばせていただきました」

「あ~まあ、あそこは村の中でも少し高いか。こっちなら上手くすりゃあ少々外れても後ろに当たる、か」

 

 通常であれば撃ち下ろすほうが良いのだが、今回の場合は仮設の砲座でしかなく、射線の修正は困難だ。ならば敵BETA集団が最も密集するであろう地点を中心に水平に撃ち抜ける場所を、と選んだようだ。

 

 

 

「IEDの敷設のほうのは?」

「予定通りに、村の入り口からその先の三差路あたりまでは設置を完了しております」

 

 工兵隊は敷設用の地雷も持ち込んではいたが、それらは大分への予想侵攻ルートを防衛するための物であり、設置場所が厳命されている。

 

 この村での遅滞戦闘のために割ける余剰などは当然なく、余った36mmをIED、即席爆発装置として再利用することで、村への道を簡易的な地雷原として構築していた。

 

「基本的には道路沿いですな。山に踏み入って時間を取られるよりかは、と設置数を重視する方針で、低地に限定して敷設しております」

「連中はどうせ走りやすいところを通るから、それは問題ねぇ。それに、俺らも道にだけ敷設されてると判ってれば、間違えて踏み抜く間抜けは居ないさ」

 

 36mmの砲弾を利用したIEDだ。戦術機が踏めば脚部を大きく損傷する。即席の地雷原、それの敷設情報など共有するのは困難だ。道に近づかない、というだけの判りやすさは、工兵隊からの気遣いでもある。

 

 BETA大型種へは牽制程度にしかならないが、BETA群の大多数を構成する戦車級や、他の小型種相手ならば十二分にその威力を発揮する。

 砲兵も無く、戦術機の数が少ない現状、小型種を前面から押し留める役割は、機械化歩兵の肩にかかっている。彼らへの負担をIEDはわずかなりとでも軽減するはずだった。

 

 

 

「後は、少々時間と人手がありましたので、少しばかり先のほうにまで足を延ばしまして……」

「おい? あんたたちはこれから大任があるんだぞ、無茶は止してくれよ」

 

 横の曹長ともどもに睨みつけながら、いまさら言っても仕方がないとはいえ、律子はそう愚痴のように言葉を漏らす。

 

「今から逃げ出す我々の置き土産だとお考え下さい。幸い、足の速い戦車級もまだ辿り着いてはおりませんでした。詳しくはデータにしてありますので、後ほどご確認ください」

「……情報に感謝する」

 

 いまだこの周囲の光線照射危険地帯としての分類は第5級。戦術機でのNOEは可能だが、すでに無人偵察機は落とされて始めており、十全たる周辺警戒ができているとは言い難い。

 

 

 

「後は、36mm弾に関してはありったけ使わせていただきましたから、村への侵入にかかる時間も少しばかりは稼げるかと」

「ほんとにあまり無理はせんでくれよ」

 

 各地に緊急に派遣されている工兵隊の任務は、大分へ至る道筋の防衛陣地構築。簡単に言えばそれだけだが、地雷の敷設に通信網の追加構築、場合によっては臨時架橋の架設まであり得る。

 いまここで工兵たちに無理をされてそちらの工程が遅れてしまうようでは、律子たちがこの村で時間を稼ぐ意味さえ薄れてしまう。

 

「いやなに。下手にマガジンのままに残しておけば、歩兵の連中は撃ち尽くすまでこの場を離れようとせんでしょうから」

 

 律子の愚痴じみた口調を気にも留めず、工兵隊少尉はカラカラと笑いながら横に立つ曹長の肩をその装甲の上から叩く。

 

 

 

「部下の躾がなってなくて申し訳ありません」

 士官の前でありながら、緊張の欠片も見せずに曹長は軽く頭を下げる。

 その様子に、この男が率いるなら後方は安心して任せられると、律子はあらためて思う。

 

「お前たちにも無茶を言うが、頼りにしている」

 律子のその言葉は、間違いなく本心からの物だ。

 

 機械化歩兵の取り纏めがいまだ曹長だと聞いた時、逆にまだ帝国陸軍は戦えている、と安心してしまった。

 大陸での特進と野戦昇進の大盤振る舞いを経験してきた身としては、半壊した部隊を率いていながらもまだ臨時指揮官が曹長のままでいるならば、上の連隊本部は部隊の再編が滞りなく行えると判断したのだと推測もできる。

 

 今回の九州防衛には、要所要所で大陸への派遣経験を持つ者たちが配された。新兵がパニックを起こし戦線が崩れても持ち直せるようにという配慮に救われている。

 

「その言葉だけで……と申しますか、あれですな。このご時世に天然物のイモが食えただけでも、我らには十分であります」

 曹長がそう言って笑ってみせる。

 

 

 

「収穫時期はもう過ぎてるし、世話もしてなかっただろうから味は保証できなかったが、そこは許してくれ」

 

 村に入った時に放置されていた畑を見た。

 野生化しつつあるサツマイモだったが、逆に言えば数だけは残っていたので、まだ食べられると思い、手隙の兵に掘らせたのだ。

 

「時間さえあれば、それでもゆっくりと焼けば旨かったんだろうがな」

 そんなことを口にしてしまったからか、「彼」が育てていた野菜の味、そして皆で食べていた頃を思い出してしまう。もうずいぶんと昔になるのかと、自分でも思い出に浸りそうになるが、その余裕が許される立場ではなかった。

 

「実際、IEDは不満げに設置しておったのに、先ほどまでは喜んで掘り返してましたからな」

「ははっ、地雷埋めるよりかは、たしかにイモ掘るほうが楽しみはあるな」

 曹長だけでなく工兵隊少尉も軽口を吐き、それに律子もわざとらしいまでに大仰な動作で笑ってみせる。

 

 それこそ、この分校に通っていた頃、いやあの事故以来身に付けなければならないと自らに課せた大言壮語と自信に満ちたかのような振る舞い。今では意識せずともその「仮面」を被り続けてはいるが、今この場ではその慣れが律子の助けとなっていた。

 

 兵が見ているのだ。

 

 先ほどまでは焼いたイモを頬張って笑いあってはいたが、兵たちの緊張は高い。撤収が厳命されている工兵隊を除けば、この場にいるものの大半どころか、ほぼ間違いなく全員が死ぬと判っている。

 

 上に立つ者が眉間に皺を寄せているようでは、死に臨む、どころではない。

 少しでも彼らが安んじられるようにと、工兵隊少尉とともに「余裕ある士官」の演技を過剰なまでに続ける。

 

 

 

 

 

 

「さて。名残惜しいが、少尉。撤退の指揮は任せた」

「了解であります。中尉殿に作っていただく時間で、我らは万全の防衛陣を構築して見せましょう」

 

 それまでの飄々とした態度を改め、工兵隊少尉は儀仗兵かのごとく奇麗な敬礼を残し、隊の撤収指揮へ向かうべくその場を去った。

 

「じゃあ俺たちも行くか」

「はッ!!」

 

 先に別れを済ませた副長はすでに他の衛士同様に自身の撃震に騎乗し、校庭の後方に待機している。それに今から律子が指揮するのは戦術機中隊と機械化歩兵小隊との合同ということで、号令は曹長に任せる。

 

 

 

「大隊、傾注ッ!!」

「楽にしてくれ」

 

 律子は眼下の兵へ答礼し、簡単に切り出す。

 かつてそうであったように、グラウンドに集まった者たちを前に演台に立ち、腕を組み、ありもしない勇気とやらを絞りだすかのようにかき集め、腹に力を込めて声を作った。

 実のところは今も足が震えそうになる。腕を組んで無理やりに胸を張らねば、自分で肩を抱きしめてしゃがみ込みたくなる。

 

「固っ苦しいのも長ったらしいのも俺は苦手なんで簡潔に言うぞ。俺たちに下された命は簡単だ。この村で時間稼ぎだ」

 

 臨時とはいえ「部下」の顔を見渡し、分校時代は生徒数も少く現状に比べればはるかに楽だったのだと、強く思い知らされた。

 大陸で小隊指揮を担っていた時もその重圧に幾度も挫けそうになった。が、今は混成とはいえ大隊規模、100に近しい者たちを前にしてだ。これほどの数の者に必死に等しい命を下すのは律子にしても今回が初めてで、その責の重さにあらためて恐怖してしまう。

 

 こういう時こそハイドンの「皇帝」を、自身を奮い立たせるために流すべきかと、ふと意識が逸れた。

 

 

 

 ――故郷を他国の軍が攻め込んできた日、ハイドンは最後までこの曲を弾き続け、同郷の人間たちに訴えかけた……戦う意思、抗う意思、抵抗する意思……を最後まで曲に乗せて訴え続けた

 

 かつてこの分校の音楽部で律子自身が言った言葉を思い出す。

 あの時の自分は何に抗おうとしていたのか、それはもはや朧気だ。だが今は、自らの手で生まれ育った土地を焼いたとしても守りたい者たちが後ろには居る。音楽部の皆とはもう会うことはできないが、それでも彼女たちに幾ばくかの時間を残すことくらいはできるのだ。

 

「後方50km地点で、砲兵の皆様方がいま歓迎パーティの準備に明け暮れてる」

 

 そして今自分の命で死に臨もうとしている者たちには、せめてもの償いとして何かこの戦いに意味があると感じて貰いたかった。

 伝えたい思いは言葉にできぬままに、律子は状況のみを述べていく。

 

 実際のところは、まだ再集結中のための移動中であり、準備など始まってもいない。砲撃が開始されるまでの時間などまったく不明だ。砲撃開始時刻を明言しなかった律子の様子から、古参の兵たちはある程度事態を推測したのだろう。何名かは顔を強張らせた者がいた。

 

「クソッたれなBETAどもはここから10kmほど先をこの村目がけて、というか道沿いにこっちにやってきてる最中だ」

 

 村へと続くのは、山間の細く曲がりくねった道だ。BETAの移動速度も落ちるが、射線も通りにくい。結局、僅かに開けたこの村全域を使って射線を確保し、山間から現れたところへと集中して数を減らしつつ持久するしか、律子は選択肢を持たなかった。

 

 

 

「工兵隊には、これからの大任が待っているので先に撤収してもらう。護衛には沙霧大尉殿が指揮される小隊と、ウチからも2機付ける」

 

 工兵隊はすでに82式指揮戦闘車両と装甲兵員輸送車の前で、乗車の準備が完了している。長々と話して撤退の時間を削るのは無駄でしかない。

 そして数少ない戦術機を6機後方に下げるという話で、機械化歩兵の中には動揺を示す者もいた。

 

「正直に言って、最悪の一歩手前だ。が、その工兵隊の皆様方がイモ掘る横で架設陣地も、地雷原も作ってくださってたわけだ」

 

 あいまいではあるが状況を伝え、楽観視できないことを兵に植え付ける。

 その上で、無策ではないと知らしめる。

 

「それになにも機械化歩兵隊も玉砕するまでこの村に張り付いておけって話じゃねぇ。接敵から1時間の後に、砲撃が開始されなくとも撤収に移れ」

 

 曹長にも告げていなかった策を、配下となった兵に一斉に伝える。具体的な時間を区切れないことが口惜しいが、無限に耐えねばならないということではなく、撤収のための準備だと意識させていく。

 

「イモを掘って貰った礼だ。少なくとも工兵の皆さんが安全圏に下がって本来の任に付くくらいまでは、時間を稼げって話だ。兵員輸送車両も一両残していただけるんで、負傷した奴もしっかり後送しろ。俺たちの戦いってのはまだまだ続くんだぞ」

 

 大分へと至る道を工兵らが防衛する時間を稼ぐこと、そして自身らも防衛戦力として残存することこそが目的だと、明言する。

 

 

 

(生き汚く抗い続けて……か。大変なことを願われておられたけど、たしかにそうね)

 

 先日、紫の武御雷を背にした国連軍少尉と名乗る衛士から、九州防衛に携わる全将兵へ告げられた言葉が、律子の頭を過る。

 おそらくは何らかの合成か事前撮影だったのだろうと、古参衛士連中とは笑いあっていたが、それでも頭に残っていたのだろう。撤収する工兵隊と違いこの村に残る機械化歩兵には、いまからこの村で朽ちることに意味を見出すのではなく、戦いを続けられるようにと、似たようなことを口にしてしまった。

 

 それがいかに困難なことかは、律子だけでなくこの場にいるものは皆判っている。だが国を護り、民を護るためには乗り越える必要があることもまた、深く理解していた。

 

 

 

 

 

 

 そして律子が各自配置に付けと続ける前に、校庭の奥に並ぶ撃震の大半が稼働を始めた。

 

「おい……? なに先走ってんだよ?」

 いまさら勇み足を踏む連中でないと信頼していたからこそ、律子は制止の命を下すよりも先に、呆けたように言葉を漏らしてしまった。

 

『失礼ながら中尉殿、我ら中隊残存全機は今すぐにここから5kmほど先行し、敵BETA群の漸減を図ります』

「……は?」

 

 副長から無線越しに告げられた言葉の意味を一瞬理解しそこね、さらに律子は反応が遅れた。

 

 

 

 村へと続く山間部を縦深陣として使い、BETA群の漸減を企図する。

 先ほど尚哉に言われるまでもなく、律子さえ幾度も頭をよぎった計画だ。大陸でそれなりに場数を踏んできた隊の連中ならば、すぐに思いつくだろう。

 

 ただそれは、いたずらに戦力を、つまるところ部下の命をすり減らしながら、稼げる時間はさほど多くないとしか判断できず、律子は隊の者たちへは口にもしていない。

 

 大隊が定数を満たしていれば、あるいは噂の新OSを積んだ不知火が配備されていれば、先行して数を減らしつつ砲撃の準備が整うまで、遅滞戦闘もできたかもしれない。

 今手持ちにある増強中隊程度の撃震では弾薬に不足がないとはいえ、山間部での機動戦闘などは逆に回避行動中の隙を突かれる可能性も高く、下手に戦線を前に押し出せば損耗を早めるだけだ。

 

 狭い山間はBETAの進攻を送らせもするが、それはまた人類群の兵器に対しては射線を塞ぐ障壁でもある。縫うように進んでくるBETA群に対しては火線が集中しきれず、その物量を火力で押し留めることは困難なのだ。

 

 

 

『お叱りは九段にて。ですので中尉殿はごゆるりとお越しください』

 先ほどの別れの挨拶とは打って変わり、副長は自らが死地へと臨むことを軽く笑って受け入れる。

 

「おいッ!? 貴様の任は工兵の皆様方の後送護衛だろうがッ!!」

『申し訳ありません。その任は中尉殿にお任せいたします』

 

 中隊副官の乗る撃震は、中破判定されてもおかしくないようなものだ。脚部や跳躍ユニットには異常はないと判断されてはいたが、左腕がほぼ動かず92式多目的追加装甲で無理矢理腕を固定しているかのような状態だった。

 なので他の損傷の激しい2機とともに工兵隊の援護を兼ねて後方へと下げる予定だった。

 

『なに、旨いサツマイモへの礼というヤツですよ、なので中尉殿は食べておられないご様子でしたので参加不可ですな』

『ははっ、機械化歩兵の皆さんより先に食べた我らが先行するのも道理です』

『中尉殿のチェロを一度は聞いてみたいものでしたので、それこそ九段の桜の下で聞かせて頂きたいかと』

 

 隊の他の連中も、皆笑って律子へと別れの挨拶を述べていく。

 

 

 

 律子は歩き始めた撃震を追いかけるように走るが、人の脚では歩行速度とはいえ戦術機に並ぶのは無理がある。

 すでに撃震の多くは校庭からは離れ、付近の兵に跳躍開始のジェット排気の影響を与えないような距離まで進んでしまっている。

 

「機械化歩兵は所定の位置に付けッ!! 工兵隊は兵の乗車が完了次第、この地から撤収しろッ!! こちらへ確認は不要だッ!!」

 

 律子は校庭の一番端に駐機している自機へと走りながらも、機械化歩兵を束ねる曹長には防衛配置への指示を出し、工兵隊少尉へは撤退のための準備に入るように叫ぶように命令を伝える。

 工兵隊の後送に就く戦術機が減りそうなのだ。防衛戦力の低下は間違いない。ならば僅かでも安全性を高めるためには、接近するBETA群から少しでも早く距離を取るしかない。

 

 

 

 ……キュイィィィィ……ン

「ん?」

 

 なんとかして部下の暴走を止めようと、とりあえずは自身の撃震へと向かうが、その律子の耳に、聞き慣れぬエンジン音が届く。

 

(この音は……不知火、じゃない?)

 

 馴染んだ撃震ではない。また不知火ともどこか違う跳躍ユニットの音が響く。

 オーストラリアのF-18かとも思ったが、あれは特徴的なまでに五月蠅く、聞き間違えるはずもない。

 だが今は、正体不明の部隊の詮索をしている余裕は無かった。

 

「中隊全機、待てッ! 他の部隊が接近中だッ!! 下手に飛ぶなッ!!」

『は? はッ、全機跳躍準備停止ッ!! その場にて待機せよッ!!』

 

 CPも半個大隊に近い機数を指揮車両一台で賄っているのだ。CP将校の負担も大きく、周辺に展開している部隊と満足に連携など取りようもない。またレーダーも満足に使えるような地形でもない。

 いまのまま跳躍などしてしまえば、狭い山間部で接触する可能性が高い。

 

 律子の声から、それが命令無視を押し留めるための演技ではないと伝わったのだろう。山に阻まれレーダーも効かず、ましてエンジン音など自機の駆動音で確認などできようもないだろうが、副長は律子に続き各機へと停止命令を下す。

 

 

 

 そしてCPに周辺に展開している部隊の詳細を確認させようと律子が命じるよりも早く、村の反対側、いままさに工兵隊が撤収を始めようとしている先から、複数の戦術機が姿を現した。

 

「まさか……武御雷ッ!?」

『帝国斯衛なのですかッ!?』

 

 NOEよりは僅かに高度を取ってはいるものの、狭い山間を抜けて来たとは思えぬほどの速度で、紫と黒の2機の武御雷が並び飛び征き、その後に赤と白が続く。

 律子も副長も隊の他の者たちも自身の目で見た機体が信じられず、思わず声を漏らす。

 

 

 

『帝国斯衛ではなく申し訳ない、こちらは在日国連軍だ。周辺防衛には協力させていただく』

 

 子供のような、それでいてどこまでも冷たい声が、呆然と立ち尽くす律子たちの無線に流れてきた。

 

 それは協力という言葉とは裏腹に、明らかに強制力を持った命令にように律子には聞こえた。

 

 

 

 

 

 




なんとかGW連休前半?にというか月末ギリギリは維持できました。ただイベント参加直前でざっくり確認しかしていないので、あとでちょこちょこ修正するかと。

で原作だと日本帝国の陸上兵器で出てくるのは大半が戦術機で、90式戦車とか指揮戦闘車とかは背景っぽいですが、いまだ本土上陸がなされていないこの作品世界線だと砲兵科も機甲科も健在なはず~と。

ただ75式自走155mm榴弾砲とかは、九州中央部で使うというよりは久留米において福岡への支援砲撃だろうなぁ……とか、そもそもあのあたりか熊本の東あたりにしか展開できる土地がない?とか、そうなるとMk-57担いだの戦術機による支援砲撃中隊って割と便利なのかも?とぐるぐるどうでもいいことを考えてました。

で、次はタケルちゃんたちパートに戻り、それで九州防衛戦は一区切り、の予定です。

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