Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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瞋恚の撥無

 下関防衛のために出撃していた武たち第一中隊だったが、帝国海軍の支援砲撃開始ともに、後退の許可が出た。後退とはいえその目的は補給であり、下関から東に60kmほど下がり防府基地へと入った。

 

 防府基地は以前は帝国空軍の飛行教育団が所属しており、BETA大戦勃発後は帝国陸軍も戦術機衛士訓練のための防府分屯地として設置もされた。だがBETAの九州上陸が確実視されてからは戦術機甲師団までも配置された。

 正確に言えば、教育隊が置かれていた南基地と、いま武たちが居る北基地とは別なのだが、防衛戦が確実となった今年度からは教育隊は別の基地へと移転しており、立地的にもほぼ隣接しているために一つの基地として運用される形となっていた。

 

 そういう基地側の事情もあり、また任務の特殊性も踏まえ、この基地に所属しているわけでもないA-01第一中隊にも専用の衛士控え室が用意されていた。ただ、その部屋に入ってたのは武と冥夜、そして真那、あとは孝之と慎二の5人だけだ。

 口数は少ないままに、用意されていた合成緑茶を飲みながら、戦闘の緊張が解けきれぬ中、それでも5人は意識して寛ごうとしていた。

 

「中隊長入室ッ、総員、傾注っ!!」

 ただその時間はさほど長くなく、まりもが入室したことで誰しもが意識を切り替える。

 A-01本隊との連絡や、基地司令などとの打ち合わせのために席を外していたまりもが、この基地にいたらしいターニャともに控室に来たことで、次の任務が確定したことは明らかだったからだ。

 

「楽にしろ。貴様らにはさほど休息の時間はやれんからな」

 だが孝之の号令に合わせ敬礼した武たちに、まりもにしては珍しく簡単に返礼しただけですぐにそれを解かせる。

 

「我々には……ということは、新人どもは寝付きましたか?」

「弱めの睡眠導入剤を用意して貰ったのだがな、ぐっすり眠ってるさ。初陣というのもあったが、慣れぬ船旅での負担も大きかったのだろう」

 

 前日に出雲に乗っていた武たちとは違い、第一中隊の10人と19独立警護小隊の白の3人は横須賀から海路での九州入りだ。ゆっくりと休めていたとは言いがたい。

 

 新人の少尉たちは軽い打ち身などはありこそすれ、誰一人欠けることなく初戦を超えた。とはいえ、いまだ経験が足りない。この後すぐに連戦できるほどの体力も気力も残せるほどには、自身を制御できていなかった。

 

 それにもちろん戦術機のほうも無傷とはいえない。

 神代と巴の武御雷はどちらも無理な近接戦闘の影響で主腕部に小破、晴子の吹雪も脚部小破。慧の撃震がもっとも損傷が激しく、戦車級が跳躍ユニットに噛付いたらしく、小破と判定されてはいるがユニットごと交換となっている。

 

 

 

「これであいつらも『前線帰り』ってワケですな。他の部隊の連中から軽く見られることも、ちょっとは減りますね」

 内実が伴っているかどうかは別として、と慎二は笑って見せる。

 

「斯衛のほうではあまり気になりませんでしたが、そちらではやはり突かれましたか?」

「まあ表立って言ってくるような奴らはいなかったけど、な」

 楽にしろと言われたので、意識しつつ普段の雑談に近い感覚で武は孝之と慎二に問う。

 

 第16大隊での教導においては、武たち第一小隊の技量に関しては、さほど問題とされなかった。

 まりもの経歴は斯衛のほうでも知られており、そこに不満などはあり得ない。武に対しては、初日の最初に行ってしまった教導前の4人抜きがなによりも雄弁に技量を語っており、以降はその技量を疑うような言動は一切感じられなかった。

 冥夜においてはそもそもが隊員の前に出ることもなかったし、純夏は新兵へのXM3対応例という面で逆に貴重な例として見られていた。

 

「精鋭と名高い富士教導隊だぞ、白銀? 選抜されるに足る技量と、それに裏付けられただけの自尊心はあるさ。そんなところから国連軍基地へ、それも新人少尉を主軸に据えた部隊に教えを乞うって形でやってきてたんだ」

 孝之でも分かるくらいにはピリピリしてたな、と慎二は笑って済ませる。

 

「お前が茶化すからだろ、あっちがイラついてたのは」

「まあ、それも次からはなくなるだろうさ。短かったとはいえ、逆上陸での防衛線構築の一角を担い、その上で中隊に損耗無し。XM3の性能実証だけでなく、あいつらの腕前も証明されたってわけだ」

 孝之が呆れたかのように溜息をつくが、慎二はそれも笑っていなす。

 

 

 

「それで神宮司大尉? 第一中隊としての任務は、ほぼこれで達成、というわけですね?」

 そして慎二はあらためて表情を固め、まりもに問いただす。

 

「一応のところは……という但し書きが付くがな」

 横のターニャの様子を伺いつつ慎二の問いに答えるまりもは歯切れは悪い。問うた慎二にしても、答えたまりもにしても、第一中隊において任務内容というのは建前でしかないことは理解しているのだ。

 

 秘匿部隊としてのA-01において表向きの任務内容というのもおかしな話だが、第一中隊に与えられている公式な任務は「実戦におけるXM3搭載機の運用実績の収集」といったところだ。

 短い時間だったとはいえ戦術機母艦からの発艦から逆上陸、防衛戦の臨時構築にその後の撤退行動と、最小限の実働記録は作ることができた。帝国陸軍に配備されている第一世代機と第三世代機に向けた基礎的な運用方針を構築する程度には、必要なデータは取れたと言えなくはない。

 

 そもそもが中隊規模の、それも構成機体の違う部隊だけで満足できる情報集積が達成できるはずもない。XM3を搭載した不知火を運用している他のA-01中隊から上がってくるものをも含めるとはいえ、それでも数が少ない。

 本来ならばXM3の完熟には時間と人材をかけ、特定条件下での事例なども集めていかねばならないのだが、それは今後運用していく上での課題だ。今すぐに解消できるものでもない。

 

 結局のところ、第一中隊がXM3の運用実績を集積しているというのは、後方部隊に対する箔付け以上の意味合いは薄い。

 

 

 

「ああ……そういえば初期の予定では今週頭から、北方への移動でしたね」

 二人の会話を聞きながら、武はそのことを思い出した。

 先月の、というよりは部隊結成時の予定としては、第一第二小隊は富士教導隊との合同演習が終わり次第、北海道地方の北方戦線へ向かい、そちらでの演習に参加することになっていたのだ。

 

「本格的な冬になる前に、って話だったんだがなぁ」

「北海道なら12月初頭も2月だろうが、たいして変わんねぇだろ」

 寒さが嫌なのか、どこかぼやくような慎二に、孝之が呆れたような声を出す。

 

「ちょうど良かったとは思いますよ。雪原、厳冬下でのXM3の運用実績を取るってことなら、2月のほうがむしろ好ましいんですし」

 武は苦笑しつつ、誤魔化せてはいないだろうとは思いつつも、あくまで表向きの理由を告げる。

 

(2月前後に教導に行ってれば、あいつらを喀什攻略に連れて行かなくて済むよな)

 武が北方方面での教導に期待するのは、XM3教導という名目での部隊の後方配置だ。

 

 横にいる冥夜には酷い話だと苦々しく思う。だが紫の武御雷を借り受けている以上、喀什攻略から冥夜を外すことは難しく、また武が先日事情を漏らしてしまったことから冥夜本人が作戦への参加を当然のこととして受け入れてしまっている。

 それに加え正直なところ、城内省や事情を知る武家の中には、どこか大規模作戦において冥夜には「誉高き死」を望んでいる者たちも多い。

 

 だが他の元207Bの者たちに関しては今なお政治的な背景も強く、喀什攻略には参加させない方向で夕呼も考えているようだ。

 

 

 

「そういえば帝国陸軍で吹雪を実戦配備してるのは北方だけだったな」

「年末までには向こうの吹雪にもXM3を積むって噂も出てるし、たしかに日程的には都合がいいよな」

 悩みの本質は知るはずもなかろうが、孝之と慎二は武の話に乗ってきてくれる。

 

 現状、フルスペックのXM3を搭載した撃震は、開発メーカー内でテストされているものを除けば、このA-01第一中隊に配備された6機だけだ。それと同じく、吹雪にしてもこの場にある4機と白陵に残された1機だけがXM3搭載型である。

 XM3搭載型に改良した不知火は富士教導隊などに先月から先行配備されたが、吹雪に関しては演習に合わせて今月配備される計画だった。

 

「先の大隊も不知火だったがXM1っぽかったからな」

「たしかに完熟もせず、実戦でいきなりXM3搭載機は使いたくない……か」

「元大陸派遣軍から出たXM3の否定意見が、ほとんどそれでしたからねぇ」

 

 トライアルの際に実戦を経た衛士たちから拒否されたことを思い出し、今度は武も心から苦笑してしまう。XM3の性能に関しては疑問は無いものの、九州防衛までにそれを身に付ける時間が無い、とその配備を断られたのだ。

 

 そのXM3に対して、XM1ならば操作感覚が従来型OSとさほど差が無く、また換装するにしてもソフトだけということで整備面での負担も低く、いま九州戦に投入されている機体の大半はXM1搭載機となっている。

 合わせて武が帝国技術廠に提案した突撃砲の改修案としての銃剣と連結式弾倉そしてスリングに関しては、改修作業が容易なこともありこちらも多くの機体で採用され始めている。

 

 

 

「ああ、そうだ。その先ほどの帝国陸軍戦術機大隊、そちらの大隊長殿より、お詫びの言葉を賜ったぞ」

「詫び……ですか?」

 雑談の続きという体でまりもが話す。が、その意味が分からず武は問い返してしまった。

 

「部隊の進攻が鈍っていたことと、それによって我が隊への出撃命令が出たことへの謝罪、ということだ」

「謝られるようなことでもないとは思いますが……進攻の遅延も、想定の範囲でしょうし」

 入室して以来一言も発していないターニャの様子を盗み見つつ、武は答える。

 今回の第一中隊の作戦地域を選んだのは、まりもではないのだから、ターニャだ。おそらくは帝国軍の防衛網の手薄な場所を、事前にいくつかピックアップしていたであろうことは、武でさえ推測できる。

 そしてJASRA局長という立場があるとはいえ、外部の人間が収集できる程度の情報から、戦線が乱れることを予測できるような作戦地域だ。少々の混乱や侵攻の遅延などあって当然と言える。

 

 

 

「あちらとしては『政威大将軍』の手を煩わしてしまった、と考えたのだろう」

 それこそ貴様の想定通りだな、と詫びられたことへ疑問を持つ武に対して、まりもは軽く睨みながら告げた。

 

「……お手数をおかけして申し訳ありません」

 言葉としては簡単に、だが口にできない思いとともに、まりもへ武は頭を下げる。

 

 冥夜を「煌武院悠陽が扮する御剣冥夜」として周辺に思い込ませること、この日本帝国における将軍職というものの持つ意味、そしてそれらの影響。そういったものを低く見積もっていたと、武は先の戦闘中にも思い知らされたところだ。

 いくつかの世界線をループしてきたとはいえ、武のこの世界では明確な記憶としては1年と連続していない。武の常識や判断基準は、「将軍」など存在しない日本での経験がいまだに強い。それ故にこの「日本帝国」の臣民との意識のズレは、どうしてもまだ根深く残っている。

 

「自分が指揮する部隊の進攻が遅れていたら『御剣冥夜』と名乗る国連軍衛士が紫の武御雷で現れたんだ。帝国軍衛士であれば、腹を斬って詫びたくなってもおかしくはあるまい」

 諦めたかのようなまりもの言葉に、さすがに冥夜本人は何も言えず目を瞑ってはいるが、真那はまったく当然のことだと深く頷く。

 

 

 

「ただ、な。何も理由もおっしゃられずに詫びられたから、進攻が遅れた理由を伺ったのだが……」

 下手な言い訳でもされたほうが良かったよ、とまりもが珍しく愚痴のように言葉を濁しつつも、理由を告げる。

 

「突撃前衛の一人が、下関の出身だったらしい」

「それは……まあ、仕方がありませんね」

 軽いとはいえ部下が負傷したのだ。孝之としても言いたいことはあるのだろうが、その理由を聞かされると文句も言いにくい。

 

「たしかに。俺も白陵の近くで戦えと言われると、足が止まりますね」

 苦笑しつつだが慎二も孝之の言葉に同意する。

 

 もしかしたら他世界線の明星作戦でその身を散らしたのは、そんな気持ちからかもしれない。二人の顔を見て武はそう思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

「さて。では今後の我が隊の行動を説明する。ティクレティウス少尉、よろしく頼む」

 デブリーフィングというには正確なものではないが、作戦後の話し合いは済んだものとしてまりもは一度切り上げ、次への準備へと移ろうとする。ただ説明が副官として扱われている武ではなく、ターニャに振られたことから見て、大規模な計画変更が予想された。

 それを察して、室内の皆が一様に適度な緊張に意識を切り替えた。

 

「先の山口上陸だけでなく、山陰方面へも散発的な上陸が確認されている」

 説明を任されたターニャも「ターシャ・ティクレティウス少尉」という偽装は無視した形で、敬語も取り払い端的に状況を述べていく。

 

「さすがにそれほどの広域にわたる海岸線を常時防衛できるほどには帝国海軍に余裕はない。在日米海軍の協力があったとしても手に余る」

 上陸された後は斯衛が対処してるようだがね、と背後の地図を示しながらターニャは続ける。

 

 

 

「ここに至り、JASRAの協力の下、香月博士の第四計画が主導する大規模誘引計画を、帝国軍参謀本部がようやく許可を出した」

 

 数十年に亙る戦いの中、BETAの基本的な行動法則はそれなりに把握できている。

 戦術レベルで見れば、航空機やミサイルそして大口径の砲弾などの飛翔体を除けば、BETAに対して脅威度の高い機器が優先されて狙われる。戦艦などは当然、高度な集積回路を搭載している戦術機は、BETAの脅威度判定からは上位に位置されていると推測されている。

 戦略レベルで言えば、生命体が集まる場所たる都市も狙われやすいが、戦術機が狙われるのと同様の理由で、大規模高度演算処理施設が進行目標となる。

 

 BETAの戦略・戦術というものは単純なうえに変化に乏しいために、誘引自体は困難ではなく、過去に幾度も実行されている。

 

 

 

「今、この時点でですか? 誘引するなら最初からやっておけば良いものを」

 それなりに過去の戦例集には目を通している武としても、誘引自体は難しいものではないと知っている。疑問なのは、なぜ戦端が開いた初日に、いきなりの方針転換なのか、だ。

 

「……白銀、お前ってもしかして、戦術機操縦以外はアレか? 彩峰が言うところの、バカ?」

「いや、そうはっきり言われると……否定はできないんですが、ヘコむんですけど……」

 だが疑問に思ったのは武一人のようだ。

 慎二が後輩を心配するような様子で、少しばかりは言葉を選んでいたが、結局直球で聞いてきた。言葉にしたのは慎二だが、説明していたターニャだけではなく室内の全員が残念そうな視線を送っている。

 

「白銀……地図を見てみろ」

 冥夜がさすがに憐れんだような声音で、ターニャが背にしている日本周辺の地図を指し示す。だが見慣れたそれを見ても、皆が何を問題にしているのか、まだ判らない。

 

 わずかな溜息とともにターニャが操作したようで、壁の物とは別の地図が網膜投影された。大分を中心とし誘引効果半径が表示されたその地図は、東は京都と琵琶湖運河までの範囲だ。

 そして問題となるのは北西方面、朝鮮半島だった。

 

「あ~そっか、距離的には鉄原までと同じようなものなんですよね」

 誘引の中心となる大分からの同心円が重ねられた地図を見て、ようやく武も理解が追いついた。

 

 さすがに舞鶴までを含むわけではないだろうが、鳥取方面へと進むBETA群を九州に引き寄せようとするならば、その影響範囲は鉄原ハイヴ近辺までを含むこととなる。

 それは飽和進攻してくるBETA群だけでなく、鉄原ハイヴ内のBETAまでを誘引する可能性がある。

 

 一般的な飽和による大規模侵攻を押し留めるのさえ困難なのだ。まして鉄原は先の間引きに失敗しており、BETA個体数は非常に多いと予測されている。下手に誘引して進攻個体数が防衛可能数を上回りかねないのであれば、警戒すべき防衛線の拡大を受け入れるほうがまだ兵力に余裕が持てると判断されたとしても、仕方がないことだろう。

 

 

 

「ただ、それで結局は山陰のほうにも被害が出てしまってるってのは……」

 たしかに山陰への進攻数は少ない。だが、やはり防衛線の拡大は警戒網の薄さとなり、後手に回って上陸を許してしまった地域もある。

 

「まさに本末転倒だな。薄く広く防衛するにしても、そもそもの防衛戦力が十全ではなく、逆に被害を拡大したとも言える」

 ターニャが諦めたかのような嗤いを含む声で話しながら、地図に現在の状況を付け加えていく。

 

「たしかにこれなら下手に年を超えて本格的な冬が来たときに進攻される、今手を打つほうがまだマシか」

「いまなら米豪の支援も大きいしな。海上からの支援が満足なうちに、数を減らすべきだと参謀本部も判断したってことだろう」

 孝之と慎二も、地図に重ねられていく情報を読みながら、納得の声を上げる。

 

 山陰地方へのBETA上陸は今はまだ抑えられている。

 先のターニャの言葉通り、斯衛の第16大隊が隊を中隊ごとに分け、広範囲に展開することで被害を食い止めているようだ。武たち第一中隊と同様に、戦術機母艦からの出撃を繰り返すことで上陸された後も撃退に成功したという。

 そしてまた瑞鶴で編成されている斯衛の隊も、まだ戦線には参加していないものの山陰各地に展開している。

 

(舞鶴、というか京都守護を名目とすれば、斯衛の出動も可能ってことか)

 帝国斯衛軍は将軍家の守護を主任務とする性格上、また帝国陸軍への配慮もあり、基本的には帝都東京を守るように配備されている。

 だが悠陽が政威大将軍に就いた際にそれに合わせて東京へと都が移された形とはなったものの、武家の中には今なお京都こそが都である、という意識は強い。また何よりも実家が京都にある有力武家も多い。

 その京都を守るためとあれば、東京の守りが手薄になると判ってはいても城内省とて部隊の展開を許可するしかない。

 

 

 

「しかし大分ですか? あちらにそんなBETAを誘引できるような大規模通信設備とかってありましたっけ?」

 高度演算処理施設や通信設備などは現代の軍を運用するにあたり必要不可欠であり、だからこそ狙われると判っているそれを一ヵ所に集中させることはない。九州北部にもいくつかの前線指揮所は設置されているが、可能な限り小規模なもので、それも分散されている。

 

「だから、だ。第四の主導によると言っただろう、白銀」

「って……まさかッ?」

 

 ターニャの返答に、ありえない、という驚きが声にも顔にも出てしまう。

 第四の、と言われてBETAを誘引できそうなものなど、武には00ユニットしか想像できない。そしてそれが今の夕呼には作り出せないものだということも判っている。

 

「貴様が考えているものではないよ。アレではなく、まあ似たようなものだが、いまこの国にある中では最大級ともいえるスパコンを2台、大分に急遽輸送し構築した」

 ついでに国連軍のみならず、帝国陸軍の作戦指揮にも転用することになったという。だが処理する内容に関しては、A-01とはいえ伝達できない、とターニャは付け加える。

 

「でも、夕呼先生……じゃねぇや、香月副指令が持ち込んだモノってことは、今後俺たちはその防衛にあたるんですか?」

「いや、それに関しては、A-01の他の隊が専属となる」

 武の疑問を、貴様らの任務は変わらんよ、とターニャは無表情に切り捨てる。

 

「ということは、先ほどと同じく崩れそうな箇所に行ってちょっと手伝っての、火消し役といったところですか」

 武は軽く笑ってみせるが、苦笑いにしかならない。いま薬で眠らされている新兵たちのことを考えれば、移動による負担が少ない分、拠点防衛のほうが実のところ望ましい。

 

「長時間に渡る防衛線構築を押し付けられるわけじゃない、ってのは気がラクだな」

 苦笑気味の武に、BETAを誘引し続けるスパコンを防衛し続けろと言われるよりはまだマシだろ、と慎二がわざとらしいまでに軽く言ってくれる。

 

 

 

「問題は、やはり動ける数ですね」

 孝之が、こちらは苦笑というよりもはっきりと苦々しげに、問題点を指摘する。

 

 いま武たちがこうしてゆっくりと話せているのは、機体の再調整、とくに武御雷のそれに時間が取られているからだ。この場にいる6人の機体は直接的な損傷はないとはいえ、新兵たちの機体を後回しにし優先してもなお、衛士には再出撃までの時間に余裕があるほどだ。

 

 XM3を搭載したうえでの実戦は今日が初めてなのだ。幾度もの訓練を経て、損耗は予測できているとはいえ、やはりどこまでも予測だ。

 突撃砲や短刀などといった携帯火器は数にまだ余裕があるために完全に換装できるが、関節周りや跳躍ユニットなどの負担は、これから連続使用をしていきながら、そのデータを積み重ねていくしかない。

 

 そして小破とはいえ損傷を被った機体の整備に、どれほどの時間が必要とされるかは判らない。中隊全機が揃って出撃できるような贅沢な機会は、もう無いとも言える。

 

「この人数だ。後衛は編成できん。中衛を私と鳴海、平の3人で構成する。前衛を白銀と御剣。そしてそちらの指揮を月詠中尉にお願いしたい」

「了解しました、神宮寺大尉」

 先の戦いと同じく変則的な編成であるが、真那にしてみれば冥夜の傍で戦えることに否はない。まりもの提案を即座に了承する。

 

「ですが神宮寺隊長、隊長の機体はどうなさるのですか?」

 孝之が重ねて訊ねるのは、流石にまりもの技量であっても撃震では武御雷に随伴するのが困難だからだ。

 

 いくらまりもが駆る撃震がXM3搭載型とはいえ、武御雷もまたXM3搭載型なのだ。

 光菱重工がいま試作しているというF-4JX、現状の最新であるブロック214にXM3搭載し、従来のOBWからOBLに置き換えた第三世代に近しいまでに改修された機体であれば、まだその性能差をわずかでも埋められたかもしれない。

 残念なことにまりものみならず第一中隊で使用している撃震はCPU周りに変更を加えただけで、そこまでの改修はなされていない。

 

「我らが第一中隊の任務は何だ? XM3の教導用基礎データの構築と実証運用だぞ」

 だが孝之の疑問に、まりもは隊の任務を繰り返して提示する。

 

「今後、武御雷に限らず第三世代機とF-4系列とが並んで戦う戦場はいくらでも出てくる」

 無情なまでの予測を、断定する。

 それは過酷という言葉さえ生ぬるい対BETA戦、その前線を生きながらえてきたまりもからしてみれば明白な事実だ。

 

 さすがに帝国国内での防衛戦であれば、中隊規模での機種混在は避けられる。

 だが、XM3は帝国のみならず全世界規模での運用を想定しているのだ。

 帝国や合衆国など、いまだ戦力的に余裕のある国ならばともかく、アフリカや東南アジアでは、第一世代機が今なお主力だ。そしてそこに国連軍として米英そして日本が参加することとなれば、機種の混在はどうしても起こる。

 そして当然、従来型OSとXM OS各バージョンも混在することになるだろう。その際に連携して動けるようにと、今のうちに運用データを蓄積する必要があった。

 

「となると武御雷3機に吹雪2機、そして撃震ですか。変則的ではありますが一応は半個中隊、といったところですね」

 まりもの言葉を受け入れ、孝之は編成を再確認する。近接戦に優れる武御雷を前衛とし、動きの鈍い撃震が後衛、その間を2機の吹雪で埋めるという形であり、数はともかく隊形としては順当だ。

 

 

 

 

 

 

「以上だ。作戦地域などに関しては、いまだ不確定なところがあるが、機体の整備が完了次第、我々6人は先行して出撃となる。少しの間でも休んでおけ」

 

 ターニャをわずかに伺うまりもの様子から、具体的な作戦内容は不確定どころかまったく形にもなっていないのだろうと武は思う。

 対してターニャはまりもの視線の意味を判っているにも関わらず、休めと言われた直後から、持ち込んでいたラップトップ型の端末を操作しはじめた。

 

 それでもまりもは自らの言葉を実践するように、自ら茶を汲みなおす。おそらくは新兵たる冥夜を気遣う意味も込めて、率先して休む体を取っているのだろう。

 

 

 

「……他の部隊の方々は、やはりまだ戦い続けておられるのですね」

 まりもの姿を見て、冥夜とて気を使われていることをようやく悟ったようだ。

 なんとか話に加わろうとしてか言葉を探していたが、出てきたのは自責の念に等しい呟きだ。

 

 冥夜はこの基地に着くよりも前、戦線を離れると命じられた時から、普段以上に口数が減っていた。周囲の部隊を煽っておきながら自身は先に下がるということに抵抗を感じているのは、微かに眉を寄せていることを見ても明らかだった。

 それが任務だとはもちろん理解していても、感情面まで整理が付くというわけでもない。

 

「ん~まあ、今回に限っては、海軍さんがけっこう張り切ってるから、まだまだ余裕はある……はずですよね?」

 冥夜の言葉を、武はあえて誤解した風に答えた。

 武たちが作り上げた虚像のせいで、冥夜に負担を強いているとは自覚している。それをすぐさまに解消できるような言葉を武が持ち合わせていないからこその、逃げだ。

 

「他の隊でも出来うる限りは、新人連中をすぐに下げるようにはしているはずだ」

「生きてさえいれば、次に経験を引き継げるからな」

 

 孝之と慎二は武のわざらしいまでの誤魔化しに付き合ってくれるようで、どこの部隊も無理はしていないという風を装う。

 もちろんそれが真実かどうかは、さすがに今の武や冥夜では知る立場にない。

 

 この場にいる者たちは第四計画直轄の特殊部隊という立場から、ただの戦術機衛士という以上には戦況を知ることが出来る。それでも刻々と変化している戦場を一望しているわけではない。

 本来のターニャの地位ならば知りうる情報の規模も精度も武たちとは桁違いだろうが、あくまで第一中隊CP将校として得た情報以外は、伝えるようなことはないだろう。現に武たちの言葉は耳に届いているはずだが、ターニャは雑談には加わろうともせずに、何やら小声で通話を続けている。

 

 ただ、今回の九州防衛には元々大陸派遣軍に属していた部隊が本土軍へと合流・再編された上で参加している。戦術機甲団に限らず他兵科も練度としては帝国内でも高いほうで、新兵への配慮は徹底されるはずだ。

 

 

 

「ですね。なんだかんだで俺たち新人も『死の8分』は超えましたし。実地経験はこれからに活かしますよ」

「……そういえば白銀、お前も一応は新人枠だったんだよな」

「いや、偉そうに御剣たちに指導していた自分をぶん殴ってやりたいくらいには、俺はダメでしたね」

 

 呆れた声で慎二が突っ込んでくる。が、先の戦いでの有様を思い返すに、武は自身が衛士としての自制心を身に付けているとは言えない。

 

「謙遜が過ぎるぞ、白銀? 我ら新任衛士が誰一人欠けることなく『死の8分』を乗り越えられたのは、そなたの指導の賜物だ」

「あ~そりゃ違うぞ、御剣。乗り越えられたのはお前のお陰だ。集中力が途切れたタイミングで引き締めてくれて、俺自身助かったよ。ありがとう」

 

 家屋を破壊したくないと思ったのは間違いではないが、それはやはりどこか気が緩んだからだ。そしてその弛みの反動として、暴走しかけた。冥夜の制止が無ければ、支援砲撃の中に飛び出し、撤退指示さえ無視して戦い続けたのではないかとまで考える。

 

「ふむ? 私がそなたに何を成せたのか、よく判らんのだが……」

「そこは素直に受け取っといてくれ」

「了解だ。ならばそなたも素直に我らからの感謝を受け入れてもらおう」

 

 自身の失敗、それも他世界線でのことなど武には伝えようがない。

 完全に納得したわけでもないだろうが、冥夜も武が真剣に謝意を伝えてきたことは感じている。説明できぬことがあるのは二人ともに判っているので、どちらもわずかに笑いを含みつつ謝辞を交わす。

 

 

 

「ま、『死の8分』なんて、言葉だけが一人歩きしているところもあるけど、結局のところ緊張が緩む瞬間に衛士は死ぬ、ってことだろ?」

 

 幾度もの死線を掻い潜り、歴戦と言えるほどの衛士ならばその緩急すら身も付けていようが、新人にそれは期待できようもない。隊長か副長が実戦経験を持つ者を抜擢しようとするのは、部隊員のメンタルを見極めるためでもある。

 だからこそ冥夜を除く新人たちには導入剤を用いてまで眠りに付かせていた。

 

「やっぱりこういう時は、うば~っとダラけてだな……」

「悪いな白銀少尉。休息の時間は終わりだ。次の任務地が決まった」

 休める時には休もうぜ、と武は続けようとしたがターニャに遮られた。

 

「さて、たしかに新兵には緊張を解すための時間が必要だ。そういう意味では御剣少尉にも少しばかり休んで貰いたいところだが、この部隊の性質上、そうも言ってはおれん」

 言葉とは裏腹に、ターニャは使える者は使える限り使い潰すと言わんばかりだ。

 

 

 

 ――人間とは、状況の変化に適合できる生物である。環境適応とは、つまるところ与えられた役割を看守ならば看守として、囚人ならば囚人として担うこと。

 

 

 

「紫の武御雷を駆るという状況、その役割にも対応できるな、御剣少尉?」

 

 疑問の形をとりつつも、明らかな命令として、ターニャは嗤う。

 その嗤いは、けっして公にはならない将軍職の代替としての配役、さらにはその責さえもを冥夜へと押し付けるようにも見えた。

 だが冥夜はターニャの言葉を唯々として受け入れ、静かに頷く。

 

 「御剣冥夜」という役割を考え出し、それを冥夜に委ねてしまった今の武には、二人を止める術も道義も持ち合わせていない。ただあらためて、何に代えても冥夜の身は護ると、静かに誓うくらいしかできなかった。

 

 

 

 

 

 




みょ~な長さですがデブリーフィングという名の雑談会。新人少尉の皆さん(2名除く)は帰投後いきなりクスリで強制的にお休みモード。戦闘時間短くともいろいろ疲れてそうなのでという言い訳で、さすがに全員いるとわちゃわちゃし過ぎな上に描き分ける自信がなかったのです……

というか前回描き損ねてますが、防衛に出張ってきた帝国陸軍戦術機大隊は全機が不知火です。このあたり余裕作って修正するかもです。というか撃震には92式多目的自律誘導弾システムが詰めそうにない?

あとBETAの誘引可能範囲ですが、ooユニット&凄乃皇とか試製99型電磁投射砲(のコア?)とかでどれくらいの範囲まで引き付けられるのか具体的な数字が見当たらないので、かなりあやふや&てきと~です。"Lunatic Lunarian"だと旧ソビエト領全域での戦略的誘因を実行してますが、あれは各地での連携あってのことですので参考程度ということで。

とりあえず次回は九州行きます、きっと。

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