Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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振起の返報

 日本海側から綾羅木川河口付近に逆上陸してからすでに5分ほど。武たち前衛小隊は、初期の目標であった帝国陸軍戦術機大隊との合流は果たした。

 

 だが上陸前からと比べれば、武の動きは明らかに鈍ってしまっていた。それはなにも武だけではない。真那を除く前衛小隊の5人は誰しもその挙動が硬くなっている。

 先ほどまでの上陸地点と違い、この周囲はいまだ被害が少ない。国と民とを護りたいと言った冥夜は当然、戎たちも家屋への被害を恐れ、どうしても積極的な攻勢に出ることを躊躇っていた。

 

『各機ッ!! 先の09、平中尉殿の言葉を忘れたかッ!?』

 そんな5人に真那が殺気を込めてまで叱責する。

 

『ブラッド01より、ブラッド各機へッ!! 我らが護るべきは、何だッ!?』

『ッ、め、冥夜さまですッ!!』

 

 守るべき優先順位。

 家を壊すことを恐れ、並び立つ戦友を危険に晒して良いのかと、慎二が言ったのは、そういうことだ。

 

 そして武と違い、第19独立警護小隊の4人は何を護るべきか、すでにその身に刻み込まれていた。真那の言葉によって戦意を取り戻した戎たち3人は、冥夜への脅威を排除すべくその機体を中心にして周囲に展開、撃ち漏らしていた戦車級を家屋ごとに破壊していく。

 

『ッく……』

 抑えてはいるのだろうが、3人の誰か、いや3人ともに、耐えるような声は漏れてくる。

 彼女たちが突撃砲を撃つたびに、戦車級の赤黒い身体だけでなく、家屋の屋根が飛び、壁が崩れ、庭木は抉られていく。

 

 

 

 そして冥夜自身は、自らを護る対象として認識することをできず、武と同じく動きが鈍いままだ。

 

「04、やれるか?」

 そんな冥夜の、ただ近づく戦車級だけを何とか切り払っている紫の武御雷の姿を見て、ようやく武はなんとか自分の中での優先順位というものを作り上げようと足掻きはじめる。

 俺は情けねぇなぁ……と言葉を漏らしてしまいそうになったが、口にしたのは別だ。そして聞いてみたものの、それは冥夜に対してではなく、半分以上自分への問いかけである。

 

(とりあえず、いま俺がなすべきは、御剣と隊の皆を護りぬくことだ)

 真那たちと同じだとは言い切れないが、武にしても任務や命令など関係なくまず護るべきは冥夜だと思える。そして同じ第一中隊の皆。

 

(全人類一丸となってBETAと戦うべきだって、前はそう思ってたんだよな、俺)

 死んでしまえば終わりだと思っていたあの頃から、成長できているなどとは考えられない。今も導き出したと思える答えさえ、結局は周囲から聞いたことでしかなく、言われた通りにしか動けないガキのままだと、自嘲してみせる。

 

 だがそうして作り出した余裕をもって、武はようやく操縦桿を握る手から意識して力を抜くことができた。

 

 

 

 

 

 

 動揺を見せてしまった武たちにとっては幸いなことに、今はわずかとはいえ余裕が残されている。

 跳躍によって攻撃可能時間が削られたとはいえ、武たちがここまで飛翔する間で屠った突撃級は20を超える。今もBETAの上陸は続いているが、後方のまりもたちが抑えてくれていることもあり、今すぐにこの周辺が埋め尽くされるというほどには切迫はしていない。

 そしてなによりも、戦車級の数は多いものの、光線属種が確認されていない。この状況ならば戦車や機械化歩兵とは違い、「空」に退避することが戦術機には可能なのだ。

 

『……04よりフェアリーマムへ。オープンチャンネルの使用のご許可を』

『フェアリーマムから04へ。貴官のオープンチャンネルの使用は許可できない』

 武の問いには答えず、冥夜はターニャへと許可を求める。

 戦闘中はどうしても不用意な発言が出る可能性が高いとして、冥夜からの無線は中隊内部に固く限定されていた。そしてターニャはこの場では特例を認めるつもりはないようだった。

 小隊長たる真那だけでなく、中隊長たるまりもをも超えての、公式にはただのCP将校、それも一少尉に過ぎぬ「ターシャ・ティクレティウス」への請願だが、いまさらそれを疑問に思うものなど、この部隊には居ない。

 

『ですがッ!!』

 真那たちと違い、帝国陸軍の戦術機大隊はまだ進攻に躊躇いが見える。自分の立場を利用してでも一言伝えることができれば、と冥夜の請願はそう考えてのことだろう。

 

『フェアリー04、伝えたい事があるならば、言葉ではなく行動で示せ』

『……04了解。なるほどたしかに「行動は言葉よりも雄弁に語る」ですか』

『代わりと言っては何だが、前衛小隊内での通話に関しては耳を塞いでおこう』

 冗談なのか判別しようもないまでの無表情で、ターニャは言葉を続けた。

 

 

 

『04より02。先の、できるかどうかという答えだが、な。私が守りたいのは人々だ。人々の心を、日本人のその魂を、志を守りたい、そう思ってきていた』

 武への答えという形で、いつか聞いた想いを繰り返すかのように冥夜は口にする。

 

『古より脈々と受け継がれてきた心を守ることができねば、たとえ命永らえても意味がないのではないかとさえ思ってもいた』

 ただ命があればそれでよい、とは御剣冥夜は考えない。

 

 以前、一月ほど前にグラウンドで純夏とともに聞いたときは、少しばかり考えているとは言っていた。だがやはり「御剣冥夜」であればそういう結論に達し、自身のすべてを帝国に捧げてしまうのではないかと、武はいぶかしみ冥夜の表情を伺ってしまう。

 

『……だがな、心を守るためにもまずは生きていてもらわねばならぬ』

 伺うような武に対し、どこかいたずらが成功したかのように、冥夜がにやりと笑い言葉を続けていく。

 

『そなたが以前言ったであろう? 207B訓練分隊の皆の問題は皆で解決すべきだ、と。ならば帝国の民たちがその心、魂を、その志を守るのは、帝国の人々すべてで分かち合い担い合うべきだ』

 生きていれば、また家を街を再建し、思いを積み重ねていくことができるはずだと、帝国の民はそれができると信じている、と冥夜は続ける。

 

『そのためにも今は、一人でも多くの民が健やかに生きていけるよう、たとえこの地を焼き尽くしたとしても、この国の人々を守って見せよう』

 

 その言葉とともに、紫の武御雷は真那たち4機の武御雷の囲みから一気に跳躍して抜け出した。

 

 

 

『冥夜様ッ!?』

 真那をして冥夜の速度に対応できず、声だけを上げた。

 すでに周囲の建造物は半壊し、冥夜が向かう先には3体もの突撃級が見える。

 

 真那にしてもその3体は認識はしていた。が、距離がいまだあり、周囲に戦車級が群がっている現状、直接的な脅威としては薄いと判断していたのだろう。

 

「ッ!?」

 追随できたのは、周囲のBETAではなく、冥夜だけを見ていた武ただ一人だった。

 

(クソッ、届か、ねぇッ!?)

 武は冥夜の機体の前に自機を割り込ませようとスロットルを振り絞るが、その差はむしろ開いていく。冥夜の駆る紫紺のR型と、武のF型との単純にして絶対的な主機出力差が、衛士の技量などとは別の次元において彼我の距離を詰めることを拒絶していた。

 

 前に出れぬのであればと、突撃級の進行方向をわずかなりとも逸らすべく、跳躍しつつも砲撃を開始する。真那たちも一瞬の躊躇いの後に射撃に加わり、1体の突撃級の脚を鈍らせることには成功した。

 

(あと2体ッ!!)

 周囲に群がってくる戦車級は、跳躍中の今は脅威としては低い。むしろ突撃級の突進を妨げる盾としても使える。後方に見える突撃級も、今すぐ接触する位置ではない。

 

 

 

 ただまっすぐに冥夜に向かって走る2体、特に武から見て冥夜に近いほうの個体が進路をかすかに変え、冥夜と正面から向き合うように形になったのを、武はどこか冷静なままに認識する。

 

(珠瀬がこっちにいてくれたらッ!!)

 無いものねだりだと判っているために声には出さない。武とて自身の射撃が下手だとは思わないが、かといって壬姫ほどの射撃センスに恵まれているなどとはさすがに己惚れるはずもない。

 最高速度で突進してくる突撃級の脚を、狙って打ち抜くことなど武には無理だ。

 

 2体を同時に止めることは不可能だと、奥歯を砕けるほどに噛み締めたままに割り切る。兵装担架に下げられたままの突撃砲の120㎜滑腔砲を選択し手前の1体に対し、1門に6発しか装填されていないそれを左右合わせて12発、一気に撃ち尽くす。

 

「よしッ!」

 12発のうち何発かは突撃級の強靭な前面外殻を撃ちぬけたようで、止まりはしないが動きが鈍くなった。

 

 だが最後の1体は、真那たちからの砲撃も弾き飛ばし、無傷と言っていい状態のままに、冥夜の武御雷へと速度を一切落とすことなく、その名の通りに突撃していく。

 

 

 

(120mmのリロードは間に合わねぇッ、36mmだとここからじゃ脚は狙えねぇッ、接近して斬るにしても御剣のほうが接敵するのが早えっ!?)

 焦りから思考は無駄なまでに回るが、だからと言って的確な対応を選べるわけではない。意味は薄いと判りつつも接近しながら36mmをバラまくように撃ち続ける。

 

『02、いや白銀。私の技量ではなく、そなたが今まで成してきたことを信じよ』

 焦って近付いてくる武に対し、冥夜はどこまでも静かにそう告げる。

 120mmを撃ち尽くし、距離を詰めるべきか脚を止めての精密射撃に移行すべきかさえ判断しかねた武と違い、冥夜の声もフェイスウィンドウ越しの表情からも憶する気配は微塵も感じさせない。

 

 左の74式長刀を打ち捨て、右の一刀のみを肩に乗せるように構え、こちらも正面から主機推力を絞ることもせずに、高度を100フィート以下で、実質地を這うような高さで飛び続ける。

 相対速度にして500km/hを超える速度で両者が正対する直前、冥夜は推力はそのままでパワーダイヴで突撃級の体軸の真正面に機体をさらに押し出す。

 

『……はぁッ!!』

 瞬間、空中から斬り下ろすような形で冥夜が繰り出したのは、無現鬼道流ではなく示現流の打ち込みに似た袈裟斬りだ。その一閃のみで突撃級を正面から一刀の下に斬り伏せる。

 

 直後、その速度を殺すことなくもう1体の後方へと位置を取り、兵装担架に搭載された二門の突撃砲を背面に向けて砲弾を降らせる。

 

 

 

「は、ははっ、すげぇよ、御剣……」

 XM3の機能としてのコンボ。

 武の眼前で瞬く間に2体の突撃級を屠ったその機動は、白陵基地でのXM3のお披露目の際に冥夜と唯依とが繰り広げた演武の型を基にしたものだ。

 

『私は、そなたが成し遂げたことを信じよ、と言ったのだぞ。XM3の運用実績が積み重なっていけば、誰しもが今私がしたことを再現できるのであろう?』

「言うほど簡単なことじゃねぇよ、まったく」

 さらりと言い放つ冥夜に、武は苦笑するしかない。

 

 コンボ機能に従えば一定パターンの挙動は正確に再現されるとはいえ、それを選択し的確なタイミングで実行するのは、衛士の判断となる。実戦のそれも近接戦闘で、自身の慣れた動きではなく他の者の動きを選択し、戦果を掴み取ることは誰にでもたやすく成し遂げられるものではない。

 結局のところ、状況を読み取りそこから最適な行動を選び取るのは、衛士として修練を積み重ねていくしかないのだ。

 

 

 

『04ッ、ご無事ですかッ!?』

 突撃級が倒れた後に、群がってくる戦車級を掃討しつつ、真那たち4機の武御雷がふたたび冥夜を中心として防衛陣形を取る。

 

「フェアリー02よりブラッド01へ。こちら2機ともに損傷無し。むしろそちらのほうが……」

 口調が崩れ始めている真那に対して、問われた冥夜ではなく武が先に応える。ただ武としては言葉尻を濁してしまったが、神代の機体は一見しただけでも損傷しているのが判る。

 突撃砲に銃剣として取り付けられた65式短刀ではなく、突撃砲を持ったままに腕に格納されている00式短刀を強引に使用したのか、 右のマニュピレータ周辺が歪んでいるのが見て取れた。それでも突撃砲を構えたままに射撃が可能なのは、武御雷の頑強さもあるが、追加されたスリングで安定させているという面もあるようだ。

 

『気にするなフェアリー02。戦闘行動には支障は少ないようだ。大物が来る前にこの周辺の排除を進めよう』

 

 真那と武とがそんな話をする間にも、前衛小隊の6人は近くにいる戦車級に36mmの砲弾を降り注ぐ。後方の大隊よりも、近くにいる武たちの脅威度を上だと判断したのか、先ほどから戦車級の大半がこちらに向かって集まりつつあった。

 そしてその先には、まりもたちが撃ち漏らしたのであろう突撃級が進攻してくるのが、レーダーだけではなく視認さえできる。とはいえ数はさほどではなく、光線級に対して過度に警戒する必要がない現状、跳躍してからの背面射撃で排除が可能だ。

 

 

 

『排除……か。今以上に、この街並みは崩れていくのだな……』

 誰に聞かせるというのではない。ただ自らの力不足を嘆くように、冥夜は声を漏らしてしまう。それでも慙愧の言葉は紡ぎつつも、冥夜とてその射撃を止めることはもはやない。

 

『だがな。民の思いの縁となるこの国の地を、家屋を、汚し焼き尽くしたその責は、この身、この「御剣冥夜」が負おう』

 

 静かに誓いを立てるかのような冥夜の言葉だが、武には受け入れられなかった。自分でもわざとらしいと思うほどに、無理矢理に武は軽く冥夜の言葉を否定しようと口を開く。

 

「おいおい04、勝手に一人で決めるな。みんなで護ろうって言ってるのに、その罪や咎は一人で背負うってのは、おかしいだろ?」

『む? そういう……もの、なのか?』

「責任者が責任とれって話なら、文句は帝国参謀本部にでも押し付けろッ」

 

 日本帝国皇帝そのお方に、軍事的損害の責を負わすことはできないし、おそらく帝国臣民の誰一人としてそれを望むことはないだろう。ならば日本帝国国務全権代行である、政威大将軍がその責を負うこととなる。

 

 もちろん組織的には、帝国軍の行動に関しては、確かに政威大将軍にその責はあるとはされている。

 だが政威大将軍とはいえ、煌武院悠陽には実権など無いに等しい。帝国参謀本部が立案し、内閣総理大臣が承認したものを、ただ言われるままに追認することしかできないのだ。

 

 

 

 そんな悠陽の影として、国を焼いた責を自ら被ろうとする冥夜を見て、武は自身の無力さを実感した。冥夜を無理矢理に表舞台に立たせたのは武たちの策謀の結果であり、それに伴う彼女自身の心理的負担などは、半ば無視するように目を瞑ってきたのだ。

 

「だいたいだなッ、俺たちは軍人だ! もし作戦遂行上に失敗があったとすれば、それは戦って償うべきだろッ!!」

 それに何よりも、以前武が夕呼やターニャに提示した「御剣冥夜」の使い道というのは「『煌武院悠陽』が演じる『御剣冥夜』として前線に立ち、兵の士気を高める。加えて諸外国には将軍家に所縁のある者が戦場に立っていると証明する」といった程度のことだ。

 決して、冥夜を悠陽の責を取らせるための身代わりや捨て石にするつもりなどなかった。

 

 だが実際は、何か問題があれば冥夜自身が自らを罰してしまう。自身の立ち位置とその忌み名ともいえる名を頑なに護り通す冥夜は、病的なまでに自身に厳しい。

 

「ああ、くそッ!!」

 自分の考えの甘さを見せつけられ、それを解消する方針さえ見いだせないもどかしさを、ただ意味もない叫びとともに吐き出す。

 群がってくる戦車級の赤黒い肢体、その腹の下に見える白い歯が、そんな武を嘲笑っているかのように感じらた。

 

 消し去るすべのない焦燥をBETAに押し付けることで埋め合わせるかのように、脚元の個体は踵のブレードエッジで踏みつぶすように斬り下ろし、左右の長刀が届く範囲の限り討ち払う。

 一瞬で武の周囲の戦車級の大半は活動を停止し、奇妙な空白が生まれた。

 

『……02? そなた何をッ!?』

 だが周辺の脅威を排除しただけでは武は止まらなかった。回避のためではなく次の目標、いや食い散らかすべき獲物を求めるかのように、跳躍ユニットを吹かし密集する戦車級へと飛びかかっていこうとする。

 

 

 

『02、白銀ッ!! 支援砲撃、来るッ!!』

 冥夜のその声に、さすがに武は機首を留め海軍が来たのかと海のほうを見た。が、支援は後ろ、南方の戦術機大隊からのものだった。

 

『――梓弓手に取り持ちて、剣大刀腰に取り佩き……とでも申すべきでしょうな』

「ッ?」

 92式多目的自律誘導弾システムからの砲撃だろう。

 聞きなれない声が無線に流れたとともに、戦車級を飲み込むように100発を超えるミサイルが着弾し、周辺の家屋ごと灰に帰す。

 

(大隊の制圧支援が全弾斉射したのか? 大判振る舞い過ぎたろッ!?)

 第一中隊ではその装弾数の少なさと取り回しの不便さから訓練時でさえもあまり使用することのない兵装だが、大隊規模で運用するとなれば砲兵による支援砲撃の薄い領域では、心強い火力だった。

 

 

 

『ああ、済まないな04、こちらに少々手違いがあった。先ほどまでの通話の一部が、帝国陸軍の方々のほうにも流れていたようだ』

 中隊内通話の横、外部連絡用の回線をオープンにしたままだった、と一応は謝罪の言葉を口にしつつもまったく悪びれた様子などなく、ターニャは言い放つ。

 

『あちらの大隊長から直接の請願があって、あらためて繋がせてもらった。今はこちらへの送信のみという形とさせてもらってはいるがね』

 つまるところ、直接は冥夜の言葉を伝えさせることはしない、ということらしい。

 

(うわぁ……ギリギリというか、まあ事務次官補のことだからわざとなんだろうが……)

 通常であれば通信の混線など、CP将校としては何よりも非難されるべき事態だ。ただターニャ自身の立場と第一中隊の任務とを考慮すれば、それさえも作戦当初からの予定行動という可能性も高い。

 おそらくは先ほどの冥夜の言葉のうち、都合のよさそうな部分を断続的に漏れ聞かすような細工をしたのだろうと、落ち着いてきた頭で武は推測する。

 

『合わせて中隊各機へ。朗報です。海軍の支援砲撃まであと300秒程度とのこと』

 急ぎ射程の長いMLRSによる支援砲撃を綾羅木駅の南方を中心として行い、海岸部への主砲砲撃はその数分後に始まるとのことだ。

 朗報とは言うが、ターニャの淡々とした口調だと、ただの事務報告のように聞こえる。それでもその内容は、朗報というに相応しい。

 

『大隊各機へ。海軍はともかく、「国連軍の皆様方」に本州防衛の責を負わすなどとは、帝国陸軍衛士の名折れぞ』

 同じ内容が伝えられていたのだろう。音声だけの通信であり顔は見えないが、合流した帝国戦術機大隊の大隊長の声も部下を鼓舞するだけではなく、どこか安堵したような雰囲気さえあった。

 

 局所的とはいえ防衛線を持ち上げ、そしてなによりあと数分も持ちこたえれば海上からの支援があると判っているのだ。街並みを破壊していくという行為への忌避感など最初からなかったかのように気丈に振舞う余裕さえ、その声からは感じられた。

 

 

 

「悪かった……いや違うな、助かったよ、04。ありがとう」

『なに、そなたには助けられてばかりだからな。少しでも恩義を返せたのなら重畳の至りだ』

 

 前線を押し上げていく帝国陸軍戦術機大隊を横に、武はようやく張り詰めていた息を吐き、冥夜に詫びではなく感謝の言葉を告げる。

 彼らの支援砲撃が無ければ、いや冥夜の制止の声があと少しでも遅ければ、武はかつてのAL世界線における「初陣」の時のようにただ闇雲にBETAを斬り潰すことにのみ目を向け、自分だけでなく味方を、隊の皆をも危険に晒していたに違いない。

 

 武の言葉の意味は完全には判らないだろうが、それでも冥夜は武を危ういところで引き留められたと感じたようだ。応える冥夜の声も軽くなっていた。

 

(初陣……初陣、か。俺たちの初陣は、まあこれで一応は無事完了ってわけだ)

 冥夜の声に余裕を感じ、武も今はまだ気を抜くわけにはいかないと思える程度には落ち着いてきた。

 

 表向きの任務である山口方面へのBETA上陸の阻止は、成功しつつある。

 そして「紫の武御雷を駆る御剣冥夜」の影響力は、間違いなく証明された。

 

 問題は、ただ武の認識の甘さだけだ。

 将軍職、帝国においてその地位が臣民のみならず武家や軍関係者に対して持つ意味。そしてなによりも冥夜本人がどれほどに重く受け止めているかを、あまりに軽く捉えていたことだ。

 

 

 

 第一中隊に後退の許可が出たのは、それから数分の後のことだった。

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます(いろいろギリギリ)
今年もよろしければお付き合いください。

前回分と今回、で次回に回した基地に帰投してからのデブリーフィング?まで入れるつもりだったとか、去年のジブンをどーにかしたいところ。

んでとりあえず初陣でしたが、帝国海軍が頑張ってくれそうなのであまり負担のないぬる~い感じで初戦は終わり、です。というか下準備がしっかりしてたら英国同様に上陸阻止はそれなりに何とかなるんじゃないかなぁ、などと。
でで、ようやくたぶん次々回?には九州で戦闘の予定。

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