Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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遺却の債務

 中隊指揮官たるまりもから兵器使用自由許可が出たのは、藍島の北側を抜け海岸まで3kmほどの地点だった。突撃砲の有効射程距離は2km未満であり、当然ながら上陸したBETA群にまでは届きこそすれ撃破はまだ困難な距離だ。

 

 だが戦車級はいまだ海面下だが、海岸線付近の突撃級であればその背面はもう波間から伺える。

 

「……フェアリー02、FOX3」

 少しばかりまだ遠いかとも一瞬思う。ただ今回は作戦行動時間は短いと想定されており、さらに予備弾倉は満載してきている。弾丸を節約する要因は薄く、むしろ躊躇う間のほうが惜しい。

 

 実際、武はまりもの指示を受ける前から背部の可動兵装担架システムに吊り下げられた87式突撃砲二門を手腕の脇の下から前方に向けており、目標の選定をも終わらせていた。

 指示の直後には、コールとともにトリガを引いただけだ。

 

 この距離では着弾までに2秒はかかる。

 波間の敵、さらにはこちらは飛翔中の、それも兵装担架からの射撃ということもあり精度は期待できない。普段よりも気持ち長め、1秒ほどトリガを絞り、100発程度撃ったあたりで次のターゲットへと切り替える。

 

 最初に狙った突撃級の背部から赤黒い血煙が吹き上がるのが視界の隅に見えたが、どこまで有効打を与えられたかは不明だ。撃破確認をしたいが、その余裕はない。後ろから追い立てるように接敵しているのだ。攻撃可能な目標は次々と現れ、一々丁寧に対処していく時間も惜しい。

 

 

 

(さて、と。攻撃指示が出てすぐに砲撃を始めてないのは気が急いていないから、と好意的にみるべき……か?)

 波間に見える突撃級を探すために細かく視線を動かしつつも、武は他の小隊員の様子も伺う。

 

 武と同じタイミングで砲撃を開始したのは、真那だけだ。

 前衛小隊が横一列に並ぶ槌壱型編隊での位置の関係ならば、他の小隊員もすでに射程にとらえているはずだ。が、やはり初陣ということか二人からは一拍遅れて、冥夜たちもコールとともに撃ち始めた。

 

(しまったな。強襲掃討装備で来たほうが良かったんじゃねぇか、これ?)

 そんな小隊と後続の新人たちの様子をこれまでの教練と同じように観察しながらも、自分の装備選択に軽く悔やんでしまう。

 

 正面からではその名の通りの突進能力と強固な外殻のため撃破困難な突撃級だが、海中でほぼ回避運動を取らず、さらに今は弱点たる背後を晒している。今、この位置からならばたやすく葬り去ることができるのだ。

 

 とはいえ場所の利点はすぐに失われる。海岸まであと3kmあるとはいえその程度の距離ならば、掃討のための低速飛行でも直進すれば数分で到達してしまう。

 左右主腕に逆手に持った74式近接戦闘長刀は、この距離では文字通りに無用の長物だ。突撃砲を4門備える強襲掃討装備であれば、単純に倍する敵を屠れるとは言わないが、もう少し手早く処理できたはずだ。

 

 

 

『突撃級の背後から、それも海面に飛び出してるケツを狙い撃ち、か。まったく鴨撃ちだな』

「たしかに。初陣としては、少しばかりラク過ぎですね」

 

 武と同じようなことを考えていたらしく、慎二がわざとらしいまでに軽く言う。答える武も攻撃は止めないままに、まぜっかえした。

 

『02、09、口を動かす程度には手も動かせよ。それともなにか? 貴様ら二人だけで先陣を斬りたいとでもいうのか?』

 まりもも新兵たちの緊張を解すためだろう、戦闘中の無駄話を止めることもない。

 

『09より01へ。一番槍の誉れは02と04とに進呈いたしますよ。こちらは我らが小隊長のお守りで手一杯であります』

『05より01へ。09がお守りしてくれるようなので、作戦後の書類仕事はすべて09に任せようかと思いますが、よろしいですか?』

『って、そりゃねーだろ、孝之っ!?』

 

『01より05、09へ。貴様らの任務への情熱は理解したので、作戦終了後には書類だけでなく中隊各機の機体洗浄も任せよう』

『それは02にこそお任せしたいですね。自分では武御雷には恐れ多くて触ることもできませんから』

 

 海岸に近づくにつれ、海面上に出てくる突撃級も増える。

 どうでもいいようなやり取りを交わしながらも、まりもは当然、孝之も慎二も文字通りに弾をばらまくように、突撃砲を撃ち続け海を赤黒く染め上げていく。

 

 

 

『さて新人ども、そろそろ海岸だが、絶対に海に降りるなよ。下手すりゃ一瞬で戦車級に群がられるぞ』

『了解ッ!!』

 

 上官たちの軽いやり取りを聞いて、少しばかりは無駄な緊張が解けているのか、新人の少尉たちも目につきやすい突撃級だけでなく、周辺の海面を見渡す。言われてから探してみれば確かに戦車級は海面下で蠢いているのが確認できるが、足場の悪い状態で、これら戦車級に対処できるとは誰も思いはしないだろう。

 

 海神などの水陸両用の機体に限らず、戦術機は浅瀬ぐらいであれば活動はできる。が、もちろん水に脚を取られる上に、海底の不安定な足場ではまともな戦術機動など行えるはずもない。

 対して戦車級や要撃級など多脚のBETAは、たしかに移動速度自体は下がるものの、その動きは水や足場の影響をさほど受けない。

 

 そもそも突撃砲程度では海面下への敵に対して満足な威力を発揮できない。むしろ海面下という視界の悪さから発見が遅れ、戦車級に取りつかれる隙を作るだけだ。

 

 

 

 そして海岸へ近づけば、どうしてもその先が目に入ってしまう。

 

 突撃級の上陸に伴い、市街は大きく踏みつぶされていた。縦横15メートルを超える突撃級に対して、二階建ての民家などは障壁でもない。鉄筋コンクリートのビルであっても、地上に上がった突撃級の重量と速度に耐えられるはずもない。

 

 戦術機の装甲越し、網膜投影された風景は匂いも風も感じさせはしないが、破壊されつくした街並みの姿だけでも、BETAによる被害の甚大さを実感させられてしまっていた。

 

『酷い、ですね』

 壬姫が思わず漏らした言葉こそ、BETAとの戦場を知らなかった新人たちの声を代表するものだろう。

 

 だが武も、そして大陸での経験を経てきた先任たちからしてみれば、まだ被害は最低限に抑えられていると、判る。住民の避難が徹底されガスや水道・電気なども数日前からほぼ止められていたから出火などもない。なによりも、まだこの地では誰も死んでいないのだ。

 

 

 

『……近い、な』

 壬姫以外声も出せず、ただ近くにいる突撃級への射撃を繰り返している新兵たちの中、冥夜だけはそのさらに先を見てしまい声を漏らす

 

 武たちに割り当てられた戦域は、BETA先頭群の上陸が開始されたことから光線属種が出現する可能性があるとして、一応は第五級光線照射危険地帯と分類はされている。ただ、いまのところはあくまで高速移動する突撃級と戦車級だけが確認されている、ごく普通の先頭集団としての編成だ。光線級は見受けられず、比較的高い高度を飛ぶことができていた。

 

 それもあってコクピットからは目標地域たる綾羅木~新下関周辺だけでなく、関門海峡から周防灘までが一望できた。破壊された街並みではなく、その先の護らねばならないものが見えてしまったのだ。

 

「焦るなよ04、まだ上陸されただけだ。まだ、間に合うんだ」

 冥夜の呟きの意味を理解できる武は、気休めにしかならないだろうとは思いながらも、そう言うしかない。

 

 BETAにここを抜けられれば、中国山脈南側が戦場となる。防府や岩国に基地があるとはいえ防御拠点としては十全な機能があるとは言えない。

 狭い海岸線を進んでくれればまだしも防衛もできるが、下手に山中ともいえる国道2号や山陽新幹線に沿って東進などされてしまえば、海上から満足な支援をするのも難しい。

 

 瀬戸内側への進攻を阻止するためであれば核をもってしてでも、という話の根拠が理解できる。戦術機のコクピットという高所から俯瞰してしまえばその言い分も納得してしまいそうになる。

 それほどまでにこの地は狭い。

 

 

 

 

 

 

 たしかに防衛網の隙間を突かれ、BETAの上陸を許した。

 市街地に乗り込まれ、民家は粉砕されている。

 だが、それでもまだ防衛線は構築できる。

 

 実際のところBETAの先鋒上陸群は、武たちが恐れる東進を選ばず、南進している。

 帝国本土軍の戦術機大隊が先に防衛のために191号線を北上してきているからだろう、その部隊が誘引しているようで突撃級の大多数は南へと進路を定めていた。

 

『後衛小隊は予定通りに私に続け。上陸後は主脚走行に切り替え、火ノ見山西部を掃討した後に、周辺への支援砲撃に移る』

 

 まりもは状況を一瞥し、上陸後の行動をあらためて簡単に指示する。

 先ほどまでの海上での射撃同様に、帝国陸軍が誘引を務めてくれている現状ならば、火ノ見山程度のわずかな高所とはいえ突撃級を背後から掃討することが可能だ。

 

 戦略レベルにおいて今後のことを考慮すれば、山陽本線を背にして鉄道施設を防衛するべきなのであろうが、すでに一部のBETA群はそれを乗り越え火ノ見山付近にまで到達している。

 増強されたとはいえ中隊規模では、それらを完全に押し戻すには火力が足りない。

 

『中衛各機はこのまま綾羅木川の北岸に展開。機械化歩兵への突撃級接近を阻止しろ』

 続けてまりもは、予定通りに吹雪4機からなる中衛小隊を歩兵の直掩として配置するよう指定していく。

 

 第一中隊に求められているのは直接的な防衛線構築ではなく、その前段階ともいえる兵力到着までの時間稼ぎ程度のことだ。ならば今この場にいる機械化歩兵大隊を、南から来る戦術機大隊との合流まで護衛することこそが重要と言えた。

 

 

 

『フェアリーマムより、ブラッド01以下前衛小隊へ。いい機会です、機械化歩兵の方々に武御雷の勇姿を』

『……ブラッド01、了解した。少し北側に寄りつつ248号線までは飛行を続け、その後南進する』

 

 前衛小隊へは、まりもよりも先にターニャがCPとして意見具申の形で指示を下す。

 冥夜を見世物のように扱おうとするターニャへの反発か、真那の反応がわずかに遅れた。だがそれこそが冥夜に与えられている任務であり、また帝国兵士の士気高揚は意味あることだと判断した上で、受諾する。

 

 その通話が終わるよりも早く、前衛たる武たちは海岸線を超え、着陸予定地を初期の想定よりも少しばかり東にとり市街地上空を飛翔していく。

 

 上空からは、防衛線の様子がよく見える。

 87式機械化歩兵装甲に身を包む、というよりはその骨格に吊り下げられているような兵士たちが、綾羅木川北岸にずらりと並んでいた。

 武たちの座る戦術機のコクピットたる92式戦術機管制、その緊急脱出システムとしての89式機械化歩兵装甲よりも一回りほどは大きく、装甲は厚く武装も豊富だ。兵士級や闘士級など小型種は当然、いま眼前に押し寄せている戦車級であっても数さえ揃っていれば十二分に対処できる。

 

 そして彼らの戦いもまだ始まったばかりであり砲弾の備蓄は十分。何よりも川という光線属種以外のBETAに対しては最も有効ともいえる防壁に護られ、余裕のある射撃戦を展開していた。

 

 そういった状況からか、向かい来る戦車級に対しその手にする12.7mm重機関砲からの銃火が絶えることはなかったが、上空を飛び越えた武御雷それも先頭を行く紫の姿をどうしても追ってしまうように強化装備の上半身が揺れた。

 

 わずかな間を開け、おそらくは歓声とともに彼らの腕が力強く天へと掲げられる。

 無線が通じてなくとも兵たちの声が耳にできたように感じられるほどに、その高揚は武たちにも伝わってくる。

 

 

 

『各機所定の位置についたな? 各機眼前の敵ではなく、腹や背を向けている突撃級から処理していけ』

 

 跳躍してきた武たちだけではなく、中衛と後衛の10機が移動を阻害する戦車級を最低限に排除しながら、機械化歩兵たちの前を通り越し、予定の防衛地点へと展開していく。

 その展開完了をまりもは待ち、戦術機の本分ともいえる機動防衛を捨て、武たち武御雷による前衛小隊以外の9名に対し拠点防衛ともいえる命を下した。

 

 武たち第一中隊の上陸後も、機体数の差からか、BETA群の大多数は南進し帝国戦術機大隊を目指している。突撃級の中にもまりもたち後衛小隊へと向かう個体もいくつかはあったが、北側に展開した孝之たちから見れば側面を晒す形となり、砲撃の餌食となっていく。

 

 東側、瀬戸内方面への到達を許すわけにはいかないため、東に下がることは出来ぬとはいえ、まだ砲撃主体で戦えるだけの距離もある。

 要撃級どころか、なによりも光線級がいない。突撃級も多く、戦車級の数は数えるのも嫌になるほどに多いが、どちらも大半が背を向けている。時折、足元に群がってくる戦車級も、機械化歩兵からの支援砲撃でその数は少ない。

 

 

 

「ほら04、俺たちだけじゃない。この場にいる誰もが、この国の、この星のために頑張ってるんだ」

『そう、だな……ふふっ、そなたの以前の言い分ではないが、身の丈に合った問題から対処していくとしよう』

 

 焦りを表していた冥夜に、武は周りを見てそうあらためて声をかける。

 国連軍と帝国陸軍。所属が違うどころか、今は連絡用の無線さえ制限されている。それでも眼前の敵を打ち倒し、日本という国と民とを守るべく、ともに戦っているのだ。

 

 ここを抜けられれば核が使われる。地図ではなく実地で見てしまったからこそ、その可能性がけして低くないことを、冥夜は気付かされたのだろう。護るべき地を自らの手で焼き尽くすことになることへの恐れ、そしてそれを覆せるほどには自身に力が無いことさえも、実地に立てばどうしても実感させられる。

 

 だか武の言葉にも嘘はない。

 先のことを憂慮し、そこで立ち止まってしまわなければ、まだ巻き返せるだけの余力が帝国にはある。

 

 

 

 

 

 

(それにだ。初陣としてだけじゃねぇ、これ以上の状況は想像しようがないな)

 

 武自身は先ほどから無理矢理だと自分でも分かりつつも話をしているが、主に言葉を出せているのは、武とまりも、そして三人の中尉だけだ。冥夜が時折口を挟むものの、新人の大半は指示に対して答えるのが精いっぱいといった様子だ。

 それでもラクな戦場だと思ってしまうくらいには状況が優位に進んでいた。

 

 ターニャがこの隊からの損耗もすでに計量しているかと疑ったが、これならば誰一人犠牲を出さずにこの場を乗り越えられると、ふと楽観もしてしまう。そして先ほども考えたことだが再び武は、この戦場がターニャによって選び抜かれた、あるいは組み上げられていたのではないかと、そうまで思える。

 

『ブラッド01よりフェアリー01。小隊全機248号に到着、これより南進します』

『フェアリー01よりブラッド01。武運を祈る』

 

 武が状況を俯瞰している間にも、中隊各機は部隊の展開を進めていく。武自身も歩兵部隊への顔見世としての跳躍も終えて、6機の武御雷は上下合わせて三車線の県道に並び降りた。

 

 突撃級の突進により市街地が崩されているとはいえ、瓦礫の中を駆けるよりは道路を走るほうが無理は少ない。予定通りであればあとは突撃級を背後から掃討しながら、北上してくる帝国陸軍と合流し、戦線を持ち上げるだけだ。

 

 

 

(まったく、ラクな戦場だと思った矢先にこれかよ)

 

 武たち第一中隊だけならば、現状は間違いなく想定通りに進んでいる。

 しかし防衛線の要ともなる南からくる帝国戦術機大隊の動きが鈍い。網膜投影される地図を確認すると、いまだ先頭さえ幡生駅の南だ。そしてその規模ゆえにBETAを今なお誘引しており、上陸したBETA群と実質的に正対してしまっていた。

 

「まずいな……この速度だと下関の方から東に抜けられそうだな」

『時間的猶予は無いと考えるか、02?』

「あいつら脚が速いからなぁ……」

 

 武の呟きを冥夜が拾う。

 それには直接答えずに、それでも余裕は無いことを滲ませる。

 

 地上に上がった突撃級は向きさえ定めてしまえば、その名の由来となった速度でもって少々の構造物であれば文字通りに突撃し、粉砕してしまう。戦車級にしても時速で言えば80kmに達する。しかもこちらはその手脚で垂直の壁でも上ってくることさえある。

 

 主脚走行で背後より掃討しつつ合流を目指すというのが最初のプランだったが、このままでは合流までに時間がかかりすぎる。まりもや孝之たちが後続を抑えているとはいえ、続々と上陸してくるBETAをすべて排除できているわけではない。

 戦術機大隊規模の火力をもってして、ようやく海軍の支援までの時間が稼げるかどうかギリギリといったところなのだ

 

 

 

『04よりブラッド01へ。跳躍による即時進攻を提言します』

 武が思い悩む様子を見てか、冥夜が進言する。それは背後からの射撃という利点を捨てての、合流までの時間短縮だ。有利な位置を放棄しての強引な合流は、本来ならば避けるべきだ。だが今はまりもと孝之が指揮する10機が、後方を確保してくれている。

 

 それに進攻の鈍っている大隊規模の戦術機が南側から押し上げて、さらに長州出島あたりに一個中隊でも支援砲撃のために戦力を割けることができれば、海軍の到着まで余裕を持って対処が可能となる。

 

『ブラッド01からフェアリーマム。帝国陸軍戦術機大隊へ、中隊規模での長州出島への移動および海岸線への支援砲撃を要請されたし。こちらは合流を最優先し、これより前線の突破を図る』

『フェアリーマム了解。伝達の努力はいたしますが、こちらの意図通りに帝国陸軍が動くかどうかは保証いたしかねます』

 

 ターニャは淡々と真那の進言を受け入れ、そのうえで相手が動かない可能性も指摘してくる。

 JASRA局長としての立場からの発言ならば、大隊規模の作戦行動程度ならば強権的な指示も入れられるのだろうが、いまは何と言ってもターシャ・ティクレティウス国連軍少尉でしかない。それも半ば所属不明ともいえるA-01のCP将校だ。まず相手のCPと直接連絡が取れるかどうかさえ怪しい。

 

 

 

『それだけでも十分だフェアリーマム。ブラッド各機及びフェアリー02、04ッ!! 傘壱号編成、征くぞっ!!』

『了解ッ!!』

 

 距離的に言えば合流地点は帝国軍がその場に停滞していたとしても3kmほど。光線属種の確認されていない今ならば、先ほどの海上と同じく高度も取ることができる。

 ターニャに連絡を任せた真那は半個中隊に雁行編隊を指示、6機の武御雷は武を先頭にして南進を始めた。

 

「あ~っ、やっぱ強襲掃討装備のが正解だったか」

『無駄口を叩くな、02。それに後悔は先に立たずと言うぞ』

 

 NOEではなく、射線を取るため少しばかり高めに飛び上がりはしたものの、やはり主脚走行の時よりは攻撃可能時間が短くなる。いまも一体の突撃級を撃ち崩したものの、何体かは絶好の射撃タイミングを逃してしまっていた。

 

「申し訳ありません。っと、02より01、及びブラッド01へ。マズいと思ったとしても後催眠暗示はご遠慮ください。あと投薬するなら、ダウナー系でお願いします」

『その余裕があるなら、どちらも必要なさそうだな』

「調子に乗って暴れまくって、撤退時期を見誤る……なんて醜態は晒したくありませんので」

『なるほど了解した。貴様には昏睡するギリギリまで投与しよう。さすれば貴様のその無礼な態度も少しばかりは修正されるやもしれぬからな』

 

 真那は苦笑気味に返してくるが、武としては割と真剣な問題だ。下手に高揚剤を投与されて、先の世界線でのXM3トライアル後のように、指示を聞き入れず戦い続けるわけにはいかないのだ。

 

 

 

『投薬に関しては他の者も含め考慮する。フェアリー02。そろそろ帝国軍が視認できるはずだが……』

 

 真那の言葉ではないが、地図ではすでに接触できるほどの距離であることが示されている。駅周辺もさほど高い建物はなく、視界は良好だ。高架となっている県道258号を飛び越せば、一体の突撃級とその先に帝国陸軍のダークグレーに塗られた撃震が一機立ち塞がっているのが見て取れた。

 

(まさか、追加装甲程度で受け止められるとでも思ってるのかよッ!?)

 おそらくは突撃前衛なのだろうその機体は、正面から突撃級を見据え、追加装甲にその左半身を隠し突撃砲を撃ち尽くそうとしていた。

 

(この位置から撃つ、か?)

 武とて射撃の腕が低いわけではないが、跳躍中それも主腕ではなく可動兵装担架システムによる射撃では命中精度には期待できない。

 あちらからの射撃は上空を跳躍してきた武機には当たることはないだろうが、逆に武側からすれば地表に向けてばらまくような射撃になるために、どうしても後ろの撃震に流れ弾が当たることになりそうだ。

 

 帝国陸軍とは直接には通話チャンネルは開かず、連絡はCP将校たるターニャに任せっきりなために、武からは回避の進言もできない。

 

「ぅッ、らぁッ!!」

 射撃すべきかどうか躊躇ったのは一瞬。跳躍ユニットの推力は切り、意味のない掛け声とともに、慣性のままに速度の乗った右の一撃で背後から一刀の下に斬り捨てる。

 

 突撃級は戦術機に比するほどの巨体だ。時速にして150kmを越す速度で動いていたものが、脚の動きは止まっとはいえ、その体躯がすぐさまに地に伏せるわけではない。

 着地の衝撃は突撃級のその巨体に押し付けるようにして吸収し、合わせて撃震への接触コースを逸らすべく外殻に右脚を押し付け、左脚は速度を殺すために民家の一角を蹴り飛ばす。

 

 

 

「……え?」

 武御雷の脚によって蹴り飛ばされる民家の破片の中、それが見えた。

 

 黒い額に収められた写真は、おそらくは遺影なのだろう。

 孝之たちとさほど変わらぬような年頃の、帝国陸軍制服に身を包んだ男の顔さえも鮮明に見て取れてしまった。その写真とともに仏前に備えられていたのであろう、まだ鮮やかに赤紫の色を残した千日紅が、花弁を散らしていくのが眼に入る。

 

 衛士として訓練してきた武は、それらを眼で追えてしまう。

 

 海上からの砲撃や、野戦砲兵であれば、目にすることはない。

 機械化歩兵であれば、眼前の敵へ狙って撃ち込める。

 

 だが戦術機とは全高20mの巨人が刀を振るい暴れているに等しい。市街地においては、ただ動くだけで意図せぬ被害を周辺にまき散らす。護るべき家屋、生活の基盤としてだけではなく、思いの籠ったそれらを自ら足蹴にして戦わねばならないという事実に衛士は直面してしまう。

 都市部で防衛戦を展開するということは、護るべきその街を盾とするということでもある。

 

 

 

 ターニャ本人だけではなく、JASRAの提言に賛同した者たちのおかげで、BETA侵攻に対して帝国は年以上もの猶予を与えられていた。結果的に帝国は、いま眼前にそのBETA侵攻を突きつけられてなお、どこかまだ当事者意識に欠けているように、武はいままでそう感じていた。

 

「ッ!!」

 自らが蹴り飛ばした家屋、まったく似ても似つかないそれの先に、鑑家の家屋を幻視してしまった。この世界ではない、何度も繰り返したはずの2001年10月22日、自宅を出た時に見た廃墟の街並みが思い返えされてしまう。

 

 武にとって隣家、鑑純夏の住まうその家、その部屋を圧し潰していたのはBETAではなかったという事実を、今までまったく重要視してこなかった自分に呆れ返る。

 鑑家は、BETAではなく撃震によって潰されたのだ。

 

 もちろん、あのコクピットのない撃震、その衛士が壊したくて潰したわけではないことくらいは判る。街で戦術機が戦えば、その機動だけで街並みなど破壊できるのだ。

 そんな当たり前のことに、武は気が付かないふりをし続けてきていた。

 

 

 

(なに判ったような面してたんだよ、俺はッ!!)

 

 攻撃の直前に慎二が告げた言葉、そして帝国の戦術機大隊が損耗も少ないにも拘わらず進攻が遅れたことの意味、それらがようやく理解できた。戦争に限らず大規模な災害などは被って体験せねば、多くの人はそれを自己の問題として自覚できないものだ。

 

 眼前の撃震は、自身を護るために追加装甲を構えていたのではなかったのだ。

 呆けたように突撃砲を下げてしまったその姿は、突撃級による自らの死を免れたことからの安堵などでは決してないだろう。護ろうと誓ったものが、味方と思しき者によって崩されてしまったことを受け入れられていないからだ。

 

 言葉にはせず、呻きだしてしまいそうな自らの口を、慙愧に耐えるためにただ固く閉じる。その後悔は、通信が部隊内部にしか通じていないとはいえ、けっして口には出せない。

 

 自分にはもう思い出しか残されていないと言った老婆。息子たちを失いその記憶の残る家だけでも守りたい、最後の時までせめてその場に留まりたいと言ったあの老婆の言葉。

 

 結局、それに対する答えを持たぬままに戦場に立った武は、今は謝ることも悔いることも、自身に許すことができなかった。

 

 

 

 

 

 




クリスマスまでに戦争は終わるどころか、よ~やくの防衛戦開始。ホントは初陣からの帰還まで書きかけてましたが、妙に長くなってしまったので、ちょっと切ります。

2018年中はギリギリ月一回更新でしたが、さすがに来年はもうちょっとペース上げて夏までには完結したいなぁ……と見果てぬ野望を立てておきます。ではよろしければ来年もお付き合いください。

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