Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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事理の復誦

「うば~~~っ」

 出雲艦内に宛がわれた士官室に戻り、ようやく武は緊張を解く。備え付けられた机に向かった瞬間、身体から力が抜け落ちて、どうしようもないような声が出た。

 

「あ~……要塞級の群れに突っ込むほうがラクだと思える会食って、なんだったんだよまったく」

 武は鈍感だとよく言われもしたし、自身も自分をあまり人の感情の機微に敏感だとは思っていない。だが先ほどの会食では、さすがに胃が痛くなるような緊張を強いられた。

 

 「煌武院悠陽」の偽装身分たる「御剣冥夜」への帝国海軍からの配慮として略式を通り越しての簡素と言っても良い程度の会食とはいえ、将官を前にしては落ち着けるはずもなかった。その上に事務次官補として振舞うターニャの傍若無人といっていいレベルの発言だ。

 それなりに豪勢だったはずの食事の味など、まったく記憶も出来ようもなかった。いつもの代替コーヒーではなく、しっかりと淹れられたであろうコーヒーの苦味だけが、胃を痛めつけるように残っている。

 

(でもまあ、収穫はあった、よな)

 第六艦隊司令長官でしかないが、その山口の口から帝国海軍の本土防衛に関する自信の程を聞かされたのだ。今から始まる九州防衛を海軍に完全に頼りきれるわけではないが、今回の侵攻に関してであれば、間違いなく陸軍側の負担は軽減されそうだ。

 

 ユーロ方面などでの実戦経験が比較的豊富な海軍に比べ、帝国の陸上戦力は大陸派遣軍と斯衛の一部のみが実戦を経ているだけだ。九州方面には大陸派遣軍から再編された部隊を多めに展開しているらしいとは聞くが、どうしても疑念は残る。

 いかに訓練をこなそうが、初陣ともなれば予想外の事態にどうしても直面する。そしてそれが重なっていけば、待っているのは戦線の崩壊だ。

 その穴を海軍側が埋めてくれるのであれば、多少なりとも安心できる。

 

 

 

(それに御剣のお陰とはいえ、あの事務次官補殿の喀什以降の想定ラインもなんとなく聞くことが出来たし)

 いつか直接聞かねばならぬと思いつつも、実務にかまけてその機会を逃していたが、ターニャの考えているであろう「BETA大戦後の世界」というのも、おぼろげな形は感じられた。

 

 夕呼は清濁併せ呑むことが出来るのだが、国家や宗教などには懐疑的でそれらの指導層に対しては、我欲に塗れた無能者と見なしている節もある。

 対してターニャはその徹底した合理主義的思考からか、システムとしての共産・社会主義への反発もあるのだろうが、合衆国を信奉しているようにも思える。

 

(いや、違うかのか? アメリカ以外では今後の対BETA戦を遂行できないと捉えてるってところか?)

 笑いに紛れさせて誤魔化していたが、合衆国主導に拘らないというのは、帝国への配慮だけではなくターニャの本心かもしれない。

 今のところ対BETA戦においては現在の合衆国というシステムが、選択可能な範疇で最適だと判断しているだけで、代替可能な国家や組織が出現すればそちらに乗り換えるということも考えられる。

 

 ただターニャの言い分は、武にも理解できてしまった。

 

 共産社会主義と民主資本との差異などは正直なところ武には判らない。それでも対BETA戦に限定したとしても、先の世界線で経験したように、帝国内部でさえ生半には意識統一できないのだ。

 これが国土を失った多くの国と、いま前線国家として対BETA戦を続けている国々、そして直接的な脅威を知らぬ後方国家群とを纏め上げられるような状況など、それこそまさに「おとぎしばなし」である。

 

 

 

 

 

 

「とりあえずは、だ。俺ができるところから手を付けるか……」

 政治どころか、国家を超えての話を聞かされ続けて、武の許容範囲としては溢れ出ていた。

 それでもふたたび、うば~~~~っと身体を伸ばしきって、改めて眼前の仕事に意識を切り替える。

 

 明日には出撃するが、それも予定通りであれば昼を過ぎてからになるはずだ。出撃前夜であり、遅めの会食それも予定していたよりも時間を掛けてしまったとはいえ、まだ眠るには早い。

 せっかく今日一日だけの居室ではあるが、佐官クラスの部屋を借り受けていのだ。ならば時間の余裕のある今のうちに、いつの間にか溜め込んでしまった報告の下準備などのできることからでも片付けていこうと、書類を用意する。

 

 武とて、重要機密に属するような記録を待ち歩いているわけではないので、斯衛との合同訓練などから得たデータを参照しての作業は当然無理だ。今のところは思いついていながら記録していなかったことを、ただつらつらと書き出しておく程度だ。

 

 

 

 XM3に関しては、斯衛との合同訓練を経て、改めて思い知らされたことも多い。

 

 開発完了までは、とりあえず思いつく限りの挙動を取らせていた。

 だがそれは結局のところ、最初の発想が「白銀武の持つゲーム内での機動体験」を再現しようとしたものであるから、対BETA戦闘においては無駄とも思える挙動もどうしても存在する。

 

 そのような無駄を排しつつ、また単独ではなく連携として組み込めるような挙動を選びつつ、習得の優先順位を付けていく。

 

 明日から始まるであろう九州の防衛においては、武たちA-01を除けば、本土軍のごく一部の部隊しかXM3搭載機は参加しないという。優先してXM3対応CPUが廻された斯衛や本土防衛軍は、ほとんど九州には展開していないのだ。

 首都近辺の防衛のため、そして何よりも衛士の完熟訓練が完了していないという面もあるが、山陰地方への散発的な上陸が危惧されるために、小回りの利く斯衛は舞鶴から西を広く薄くカバーすることとなっているらしい。

 

 そのおかげというわけではないが、いま武が書き出しているメモ程度のことであっても、本土軍の衛士たちが習熟するだけの時間的余裕は出来てしまっている。

 

 

 

(あとは……ってあ~巌谷中佐にもちゃんと一度は報告しておかないと、不義理すぎるな)

 XM3の改良や修正などであれば白陵基地内のことで済むが、戦術機用の各種装備に関する改修には帝国の技術廠開発局に協力どころか一任したような形だ。

 

 突撃砲の改修案として武が出したのは、肩部ウインチユニットによるスリングと、連結式弾倉のためのマガジンクリップなどの使い勝手などだ。これらに関してはすでに配備も進んでおり他部隊からも報告はあるだろうが、非公式とはいえ発案者としては帝国技術廠の巌谷には伝えておくべきこともある。

 

 ただ以前に提案された87式突撃砲に取り付けられている120mm滑腔砲モジュールを105mm滑腔砲に変更したものは、結局今回はA-01には配備されていない。

 

 明日からの九州防衛においてA-01はその全部隊が展開しているが、想定された作戦エリアがほぼ九州全域から本州西端と広域に渡る。そのため他の部隊が運用していない兵装ではとっさの補給に支障を来たしかねないとの懸念があり、既存の120mmのままとされた。

 ただ用意された105mmモジュール自体は、XM3の実践テストの一環という名目の下に斯衛のほうに廻されており、そちらで運用試験を行うという。

 

 

 

(って、これはこれである意味では遺書になっちまうな)

 以前の「桜花作戦」の直前でも、武は中隊員との約束どおりに遺書は残さなかった。

 机の上に書類を広げてメモを取っていったものの、その多くは引継ぎの準備とも思える。そしてそれは、事務的なものばかりとはいえ、実質的には遺書と看做されてもおかしくは無い。

 

 正式な書類として残すのは「白陵基地に戻って」からだと戒めるように思い直し、今はとりあえずのところ気が付いたことを書き出しておくに留める。

 

 

 

 

 

 

 意識をもう一度切り替えるため、いまだ胃が痛む気がするもののコーヒーでも飲み直そうと、贅沢にも室内に備え付けられたコーヒーメーカーに手を伸ばす。

 

『白銀、少しよいか?』

「ん? 御剣か、開いてるぞ。スマンが勝手に入ってくれ」

 

 堅いノックの音と共に声をかけられたが、注ぎ始めたコーヒーから手を離すわけにもいかず、振り返りもせずに外に答えた。

 

「そうか。では失礼する」

「っ!? 失礼いたしました、月詠中尉殿」

 

 声のとおりに入ってきたのは冥夜だ。そして当然の如くにその後ろには真那が控えている。

 さすがに上官である真那がいては、のんきにコーヒーを淹れるわけにもいかない。慌てた素振りは外には見せぬように、武は敬礼する。

 

「楽にしろ、白銀少尉。今の私は冥夜様の付き人として、この場にあるだけだ」

「……了解いたしました」

 

 遠まわしに、真那は自身を居ない者として扱えと武に言い渡し、そのまま武からコーヒーの準備さえ奪う。

 上官であり客人である真那にお茶の用意をさせるなどおかしな話ではある。が、冥夜に出すものとなれば、基本的には真那が人に任せるはずもない。抗うのも無駄だと武は割り切って、冥夜に席を薦める。

 

 

 

 この出雲は改大和級の名の通りに。その基本設計は一番艦たる大和を踏襲している。かつては3000名を超える乗員を必要としていたが、度重なる近代化改修でその数も大幅に減った。もちろん空いた空間は各種の電気機器や追加の兵装で埋められはしたものの、将官向けの部屋などは逆に拡張されたらしい。

 

 武や冥夜たちに用意されたのも、そういった艦長室に準ずるほどの部屋であり、狭いながらも応接用のテーブルに冥夜が座り、その後ろに真那が控えるくらいには余裕もある。

 

「ん? 執務の最中であったか、許すが良い。出直してこよう」

 しかし勧められた席に着こうとしたとき、冥夜は机の上に広げられた書類に気が付いたようで、そう言って辞退しようとした。

 

「気にするな。急ぎの仕事ってわけじゃないからさ」

「ふむ、初陣の前夜というのに、随分と余裕なのだな、そなたは……いや今遺さねばならぬものなのか?」

「はは、初陣の前夜だからこそ、ってヤツか? 残念ながら普段からの宿題の積み重ねってところだよ。俺は逼迫しないと動けない性質なんだ」

 

 まるで遺書を書いているようだと、自身で先ほど感じたことを冥夜に指摘されたようで、乾いた笑いだと思いながらも顔を歪める。そして口に出たのは夏休みの宿題に対して、いつか別の世界線で純夏にしたような言い訳だ。

 

 

 

「で、御剣の話ってのは何だ? それこそ初陣前の心構えとかか?」

 結局、部隊の皆とはまともに話をする時間も取れなかったな、などと武の意識が眼前から離れそうになる。ただそれは今、前にしている冥夜に対する武の引け目から来た、逃げだ。

 

 武と違い、冥夜にとっては間違いなく今は初陣の前夜だ。

 軍に属する者にも僅かに残された権利として、この時くらいは幾ばくかの自由はある。国連軍であれば男女問わずパートナーが居るのであれば、二人だけの一夜くらいは作戦前夜であっても見逃されている。

 そのような特定の相手が無くとも、気心の知れた同期の者たちと夜通し語らってでも不安を和らげられるならば、普段は口煩い堅物の上官であっても目は瞑る。

 

 そしておそらくは艦隊後方に位置する戦術機母艦に乗っているA-01第一中隊の他の者たちは、慣れぬ艦上で今その時間を噛み締めて過ごしているはずだ。

 

 だが御剣冥夜にはその僅かな自由さえ、与えられていない。

 

(いや違うか。俺が御剣からその僅かな自由さえも奪い去ったってわけだ)

 「煌武院悠陽」を演じるために、冥夜はその仲間達との時間さえ失ったのだ。そしてそれを画策したのは間違いなく、この白銀武だった。

 自嘲するかのような笑いが顔に出るのをなんとか押し留め、冥夜の言葉を待つ。

 

「ふむ? 不安を欠片ほども感じぬとは申さぬが、それとは別の話だな」

 それに明日死ぬつもりはないがいつ死んでも悔いは残さぬ、と冥夜は幽かに笑いを見せて本題に入る。

 

 

 

「先程の会食での話を、彼のお方にご報告するべく纏めようと思ってはおったのだが、な」

 武の自責の思いには気付いているようだったが、冥夜はそれに触れずに自身の訪問の目的を告げた。

 

「ああそうか。そっちはそっちで話しとかないと拙いよな」

「そうだ。私が耳にしたことは可能な限り正確にお伝えしておきたい。その上で、だ。帝国海軍の方々からのお話は、問題なかったのだがな」

「ま、今回は防衛できるが、あとは冬場の天候次第、って話だけだからな」

 

 山口提督の口から出た海軍側の話といえば、それだけだと言ってもいい。ただそれだけとはいえ、先ほど武も考えていたが十分以上である。

 

「陸軍側に新兵が多い現状、これほど心強い話もない」

 言葉を続けながら冥夜の後ろに立つ真那の顔を伺ってしまうが、彼女も武の意見には同意してくれているようだ。

 

 防衛戦において主戦力となる砲兵科などは帝国陸軍では海外展開が難しく、ほぼそのすべてが実戦経験皆無の新兵と言ってもよい。だが今回に限れば海上からの厚い支援を受けられる。衛士における「死の八分」ではないが、戦場の洗礼を十全足る状態で潜り抜けられるのは、間違いなく僥倖だ。

 

 

 

「問題は、デグレチャフ事務次官補殿の発言、いやその人となりなども含めての話なのだ」

「事務次官補殿なぁ……なにかとありすぎて確かに困るな」

 

 ターニャはJASRA局長という立場から決定権はないものの、国連の対BETA戦略に関してかなりの影響力を持つ。それがどのような人物か理解できないと言うのは、悠陽に情報を伝えようとする冥夜にしてみれば、たしかに問題である。

 

 ただ武にしても、それほどターニャについて詳しいわけではない。夕呼の権限を借りて秘匿された経歴などに眼を通し、何度か直接話すこともあったとはいえ、その人物像を捉え切れているとは言いがたい。

 

「そういえば、あの人が『カッサンドラ』って言われてるのは知ってるか?」

「カッサンドラ……? たしかギリシアの神話に出てくる悲劇の予言者、であったか?」

「それだ。誰にもその予言を信じて貰えないっていう呪いつきのな。事務次官補殿の戦略選択ってのは、まあ言ってしまえばそういった感じだ」

 

 ターニャが「原作知識」という、武の持つ未来知識以上に広範囲の記憶を元に、対BETA戦を展開してきたことに間違いはない。そしてターニャが選んだ、あるいは指示した戦略は、後から振り返ってみれば理に適っていると判る物も多い。

 問題は、それが提示された時点では他者からすればあまりにも極端すぎる提言に見えてしまうことだ。

 

 

 

「って他人事みたいに言ってしまったけど、今夕呼先生たちが進めてる喀什攻略なんてのも、その一つだな。何でいきなり喀什なんだって言われるのも当然だ」

「ふむ。そういう風に言われると、納得してしまいそうになるな」

「まあ俺もそれほどあの人のことを判ってるなんて言えないが……一見突拍子もないが、何気に常識人だぞ? いや常識を踏まえた上で、突き抜けて壊れてるって感じなのかな」

 

 武も、以前はターニャを夕呼のような一種の天才のように感じたこともあったが、装備の更新や戦略選択などの実務レベルの話を聞くことで、天才ではなく徹底した合理主義的な秀才なのではないかと思うようにもなってきた。

 ただそれでもBETAはともかく、共産主義に対するターニャの絶対的な拒絶感など、理解は出来なくはないが全面的には同意しにくい面もある。

 

「ああ確かに。ハイヴの攻略先選択やその後の月奪還など、それだけ聞かされればまるで夢物語だ。しかし前提やその工程を踏まえれば人類存続のためには必要ことだと思い知らされた」

「それを理解できる御剣もスゲェとは思うが……」

「先日、少しばかり榊や彩峰たちと国の護り方について話す機会もあったので、な」

 

 国土が回復し身の回りの安全が確保できてしまえば、ほとんどの者はそれで戦争が終わったと考えてしまうだろう。その後の安全の確保などには、普通は思考が向くことはない。

 その先の護り方を考えるのは、実のところ軍ではなく政治の範疇とも言える。

 

「ちゃんと部隊内で交流できるようになって何よりだ。と、ついでに言えば、そのための下準備まで進めてるぜ、あの人」

「そこまでされておきながら、月奪還などもアメリカ主導には拘らぬとおっしゃられているのか……」

 

 この場では冥夜には言えないが、すでに横須賀の乾ドックには二機のXG-70がアメリカから送り込まれている。ML機関の起動試験などは年を越えるかもしれないとは聞くが、そのための機関制御用システムの新規開発は異常な速度で進められているらしい。

 

 

 

「それを踏まえてだ。まずは本土防衛に関してJASRAとして帝国に何を提言したか、なんだがなぁ……」

「核兵器の帝国内での使用を想定しているとはおっしゃられていたが、本意なのであろうか?」

 冥夜はターニャとは深く話したことがないために、どこまでがブラフなのかが読み取れない。BELKA計画にしても机上の空論とまでは言わないが、ある種の極論的な想定だと捉えているようだ。

 

「日本国内での核兵器使用に関してはその可能性もある、としか言いようがないだろう?」

「そなたはこの国を核で焼くことを受け入れると言うのか?」

 

 国土を核で焼くということに、冥夜は不快感を表す。

 先ほどの会食の際は、その表情を一切消していた真那も、今はその思いを隠すことなく武を睨みつけてくる。

 

「BELKA計画本来の、防衛陣地構築のための核使用という方向は、日本だと無理だとは思う。ただ九州が陥落してしまえば、米軍から核使用に対する圧力があるだろうとは予測もできる」

 だが、その二人の視線を受けてなお、武は「正論」とでも言うべき言葉を続ける。

 

 戦略という面で見れば、核地雷によるBETA群の一掃はそれなりの成果が予想されるのは間違いないのだ。

 そしてあくまで集団的自衛権の範疇で防衛協力として参加している在日米軍であれば、自国兵の損耗を最小限に抑えるためであれば、核かG弾の使用を強行してもおかしい話ではない。

 

 アメリカ軍が守るべきものは何よりもまず、自国の権益なのである。

 

 

 

「それでも山口提督のおっしゃられたとおり、防衛と奪還とを考慮すれば、核は使ってしまうと後々が問題だ」

 ただ武も説明されて判ったところだが、海軍をその主力とする在日米軍そして第七艦隊であれば、たしかに核使用によってその母港とも言える横須賀や佐世保を失うような判断は、早々に下すことは無いだろうとも思える。

 

 問題は核の汚染は理解されていても、G弾による重力異常はまったく認知されていないと考えられる。下手をすると核よりもクリーンかつ高威力な兵器として一気に運用されてしまう可能性さえある。

 

「正直なところ、核も新型爆弾も使わないで済むような作戦案を参謀本部が出してくれることを期待してる。そのあとは、まあ帝国と合衆国との政府間の話し合いってところだな」

 

 使わずに防衛できるならばそれに越したことはない。

 が、三年前とはいえ武の知る世界線では、京都まで一気に侵攻されてしまうのだ。それを許すくらいならば瀬戸内での防衛のためであれば、G弾はダメだが核であればその使用に踏み切るほうが、正しい判断だとも考えられてしまう。

 台風の影響があったとはいえ、BETAの九州上陸から一週間と持たずに兵庫まで侵攻された。おぼろげな記憶ではあるが、BETA上陸の数日後には米軍からの核あるいはG弾使用が提案されたはずだ。

 

 それを受けるのかあるいはより良い代替案を出せるのかは、日本政府と参謀本部の問題だ。いま一衛士として前線に立とうとする武としては、上手い具合に殿下にお伝え願うよと笑って済ます以外に、もはや取りうる手段はない。

 

 

 

 

 

 

「とまあ、俺から言えることはこんな程度だな」

「こう纏められると、先の月奪還の話など含め帝国には対BETA戦の一翼を担うにふさわしき国となれと、事務次官補殿から叱責されたように思えるな」

「そういう面はあるかも知れねぇな。今の日本はまだどこか後方国家の気分が抜け切れてねぇ」

 

 斯衛までが大陸に派遣されていたり、海軍もユーロ防衛に参加していたりと、武が知る世界線よりも帝国は比較的に対BETA戦に参画している面は確かにある。が、逆に極東防衛が長く耐えることができてしまったこともあり、日本という国家全体では「戦争」というものを実感していないように感じられてしまう。

 

「私自身、どこか恐れだけではなくどこかしら浮付いた意識が残っておった。死を恐れぬなどと嘯いていながら、ただそれらを直視していなかっただけだと気が付かされた」

「そりゃ初陣前の新兵だからな。それで当たり前だ」

 

 ただの兵士ではなく、戦術機というこの世界においては間違いなく最強の一角たる兵器を個人で操るのだ。己の能力に自信のあるものほど、恐怖ではなく昂揚を感じるのもおかしくはない。

 

 

 

「でも初陣か……すまない、と言える立場じゃないんだが、ほんとに悪いとは思ってる。こんな時くらいちゃんと同期の皆との時間を作ってやるべきなんだが」

「何を言っておるのだ、白銀。そなたも我らの同期であろう」

 侘びの言葉を捜す武に、冥夜は笑ってそう言って見せる。

 

「……そう思ってくれるなら、ホントに嬉しいよ」

 冥夜の言葉に偽りはないと判る。だからこそ武には笑い返すことが難しい。

 

 この世界で目覚めて、冥夜たち207Bの皆と共に過ごした時間は、以前の世界線よりも遥かに短い。

 座学こそ並んで受けたものの、実技の多くは武だけが体力の回復が目的であり、なによりも総合戦闘技術評価演習にも参加していない。立場的にも同じ訓練兵と言うよりはむしろまりもの教官補佐としての立ち位置でいた時間のほうが長いくらいだ。

 

「いやむしろ今そなたを独占している私に、鑑からは恨まれて居っても不思議ではないぞ?」

「そりゃねーだろ。アイツなら京塚曹長からの特大弁当食って、腹抱えて寝てるんじゃねーの」

 ふと純夏だけでなく、他の中隊員のことを考えると、あちらはあちらで新兵が大半を占める。だか孝之はともかく、まりもだけでなく慎二もいるのだ。メンタルケアは万全とは言えずとも、安心は出来る。

 

「では明日の朝にでも鑑にはそう話しておこう。一発くらいは殴られる覚悟はしておけよ、白銀?」

 

 

 

「それに、一応はそなたも明日が初陣と言うことになるのであろう?」

「あ~言われてみれば、確かにそうだな」

 無理にでも武を笑わせようと、冥夜はさらに軽く言葉を続ける。どこか無理やりに作っている冥夜の笑顔を見るまでもなく、気遣われているのはどうしても判ってしまう。

 

「じゃあ、ちょっと先輩風吹かせて、初陣前夜の忠告だ。ま、変則編成の中隊で突撃前衛に推挙しておきながら言える話じゃないんだけどな」

「ふむ? 心して聞こう」

 

(まったく。俺のことを気にする余裕なんて、ほんとはお前にもあるはずないんだろうに)

 冥夜の気配りは、間違いなく嬉しい。それでもそのように他人を気遣うのではなく、冥夜には冥夜自身を見て欲しいとも、思ってしまう。

 だからこそ、言わずとも良いと流していた話を、今この機会に伝えてしまおうと武は言葉を続けた。

 

「彼のお方の力となるべく、この国や民を護るという御剣の願いは別にして、だ」

 冥夜の後ろに立つ真那に一瞬視線を送り、おそらくは今から武が続ける言葉と同じ思いを抱いているであろうことを確認する。

 

「お前は、お前のことを護ろうとする人から、ちゃんと護られてくれ」

「む……いや、しかし、それは……だな」

 先ほどまでの武と同じく、どこか感情が抜け落ちたかのような顔で、冥夜も言葉に詰まる。

 

 自身が護られる者だという自覚は、間違いなく冥夜にはある。だが前線に衛士として戦場に立つのであれば、他の者と同じように扱われるのではと、どこか期待していたのだろう。

 

「頼む、御剣。お前自身も、だ。何よりもまず、お前の事を護ってくれ」

 そして他世界線での事とはいえ、結局は冥夜に身を挺して護られてしまった武には、自分がなんとしても護りきる、とは言えない。言う資格などこの身にはあるはずがないと、武自身が考えてしまう。

 

 そして、ただ生きてくれと、冥夜に頭を下げる。

 

 

 

「……承った。だが、な。そなたこそ……いや後は明日にしよう」

 

 真那は無言のままに、そして冥夜はそなたの時間を割いて貰い感謝すると、頭を上げようとしない武に言葉を残し、二人は部屋を辞した。

 

 

 

 

 

 

 




夏コミ新刊のほうの入稿がまだなのですが、何とか7月更新完了。

話が進んでいない~といいますか前回までの整理&ちょっと冥夜さん。ULでのタケルちゃんの初陣?~からの流れを話させるかどうか悩みましたが、ここで言っちゃうとどーしょーもなくなるので黙秘というかスルーしました。

で。こそっと入れていますが、二機のXG-70は日本に来てます。この世界線では横浜基地ではなく横須賀にて絶賛改造中~

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