Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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結尾の展観

 今回の九州防衛、そしてその先の喀什攻略。

 ターニャが関与していると考えられるA-01に課される任務としては、冥夜が知らされているのはそこまでだ。「その後」は伝えられてもいない。

 

 喀什攻略に自身が参加することは、もはや冥夜の中では確定した未来だ。

 そして二年の後、その時には自分が居ないことを当然と弁えた上で、悠陽に伝えるべき情報として、ターニャの真意を探ろうとしているのだろう。

 

(スマン御剣。俺が直接聞かなきゃならなかったんだろうが……)

 今の武には、「桜花作戦」で「あ号標的」を破壊したという経験と記憶はあれど、その後の対BETA戦の推移や、まして人類社会の行く末など知りようもなかった。

 

 だがターニャは「原作知識」としてその先を知っているのだ。

 いくつかの事例はわざとらしく漏らしたかのように聞かされたこともあるが、来るべき歴史としてまでは、武には認識できていない。

 

 

 

「ふむ。ハイヴ攻略を実現したその先、か?」

 問われたターニャはいつも通りの無表情のままに、一考するかのようにコーヒーを一口啜る。

 

「人類に残された時間は僅かとはいえ、極東方面において二年程であれば帝国は稼ぎ出せるだろう? そしてその時間が手に入るのであれば、それなりには準備できること準備しておきたいことは、確かに私にもある」

 そしてターニャは、帝国の防衛力への信頼を表明しつつも、まだ直接的な答えを口には出さない。

 

(いや……山口提督とか、これ絶対勘違いしてるぞ? ってそこまで含めての話、なのか?)

 先ほどの山口提督とターニャとのやり取り、そして冥夜の問いを改めて考え直し、武が周りの人々の思惑を改めて考え直す。

 

 喀什攻略の時期を知る冥夜が訊ねたのは「喀什を落としたその後、二年で何をなすつもりか」ということだ。事情を知る武にしてみれば、そうとしか聞き取れない。

 

 だが、ターニャが山口に言ったのは「帝国は二年ほど間、自国を護れ」ということだけだ。

 JASRAがハイヴ攻略計画を推進しているなどとは肯定もしていない。ましてやその目標が喀什であり、しかも攻撃予定は遅くとも来年春までなどというのは、帝国海軍側に伝わっているはずもない。

 

 冥夜にしても濁したような問いかけになっているのは「煌武院悠陽」としての立場の乱用からの躊躇いもあるのだろうが、どこまでが公開情報なのか判っていないから、ということもあろう。

 

 そして先ほどのターニャの言葉では、わざとらしく誤魔化している部分があるために、二年の準備期間で鉄原あたりを攻略するとしか聞こえていなかったはずである。

 

 

 

「御剣少尉の問いに答える前に、山口提督。少しばかり仮定の話となりますが、帝国にハイヴ攻略の選択権があるとすれば、どこを狙いますかな?」

「それはハイヴ攻略が確実である、という前提の元に、ということでよろしいですかな?」

「ええ。あくまで仮定、ちょっとした思考実験のようなものとお考えいただければ」

「となりますれば、そうですな……」

 

 ターニャに問われ、山口も即答はせずに顎に手を当てて考えこむ。それはなにもポーズだけではなく、帝国海軍将官の言葉として「煌武院悠陽」に伝わってしまう内容を、どう選ぶかと熟考しているようにも見える。

 

「現状、このように九州山陰防衛のために展開していることからすれば、H20鉄原ハイヴを落とせるのであれば……とも考えてしまいます。が、帝国の防衛戦略としては、むしろH19のブラゴエスチェンスクハイヴからの圧力を排除し、樺太方面の防衛線を最小限にまで縮小し、南方防衛に注力すべきである。そう思いますな」

 

 鉄原を落としたとしても、重慶もある。

 朝鮮半島に防衛線を引き直せるのは、確かに帝国本土防衛には意味があるとはいえ、九州方面に掛かる圧力がさほど低減するわけではない。

 むしろ再び黄海に海上戦力を展開しようとすれば、西側からの光線級の警戒圏内に入り込む可能性も高く、防衛という意味においては九州よりも困難とも考えられる。

 

 対してブラゴエスチェンスクが奪還できるのであれば、帝国に関してのみ言えば防衛面での負担は大きく軽減される。それは今まさに帝国が二正面作戦を強制されつつある状況を、その一方面をソ連に押し付けるといってもいい。

 

 

 

「なるほど。帝国といえども二方面での防衛はやはり負担でしょうからな」

 カップで隠してはいるものの、横に座る武からは、ターニャのその口元が嗤いに歪むのが見て取れた。その嗤い方から推測するに、ソ連軍、そしてソ連そのものにいっそうの負担を強いることとなるブラゴエスチェンスク奪還後の防衛構想でも、想定しているのだろう。

 

 ハイヴ攻略がなされ国土を奪還したとなれば、その地の防衛は当然ながらその国が負担すべきだという話となる。

 ブラゴエスチェンスク周辺をBETA支配地域から開放できたとしても、極東ロシア方面にはオリョクミンスクとヴェルホヤンスクからの圧力もある。それは今ソ連が最前線として維持し続けているカムチャツカ半島から北の「北東ソビエト最終防衛線」としてのエヴェンスク方面とは別に、防衛戦力を用意しなければならなくなるということだ。

 

 

 

「さて。山口提督でさえ悩まれるように、ハイヴ攻略が可能となったならば、その後に問題となるのは攻撃目標の選定だ」

 全ハイヴ一斉攻撃などという馬鹿げた案を実現するならば別だがねと続けて、ターニャは冗談ですよと嗤ってみせる。

 

 だがバビロン作戦を知る武にしてみれば、あの作戦が一見無謀としか言いようのない全ハイヴ同時攻略などという行動に出たのも、そこまで言われてしまうと理解できてしまう。

 それは何もG弾に対する妄信だけではない。奪還目標を選ぶ際に、人類内部での分裂による計画の遅滞が予測され、それを回避するためでもあったのだろう。2004年初頭にバビロン作戦が開始できたのは、作戦成功の暁には一気に国土の回復が見込めたからでもある。

 

「帝国からすれば自国防衛のために、近隣のハイヴから排除していこうと考えるのは良く判ります。ですがイギリスならば? フランスであるならば?」

 ターニャは疑問という形で言葉を続けるが、実質的には意識統一が不可能だと断言しているに等しい。

 

「……常任理事国間での拒否権発動の繰り返しとなりましょうな」

「そのとおりであります。安保理関係国だけでも纏まるはずもないでしょう」

 疲れたように山口が漏らした言葉に、ターニャは同意する。

 

 

 

 

 

 

「それらを踏まえたうえで、私が二年の時間を得て何をなすかという先の御剣少尉の問いに答えるのであれば、その時間で対BETAへの攻勢を目的とした組織地盤作り、だな」

 改めてコーヒーを注ぎなおし、ターニャはようやく冥夜の質問に答えを出した。

 

「まあ、はっきり言ってしまえば、二年で中ソの国連における発言力を徹底して削ぎ落とし、安保理の意思決定を単純化させる」

 

 現状では79年のバンクーバー協定に従い、国家主導の対BETA戦は自衛権および集団的自衛権の範疇でしか許可されていない。ハイヴ攻略は当然として、それら防衛以外の一切の軍事行動は国連主導で行われることとなっている。

 それはつまるところ、拒否権を持つ常任理事国によっていくらでも作戦を止めることができるということだ。

 

 

 

(そういえば中ソを安保理から放り出したいって、以前にも言ってたな)

 以前ターニャ本人から聞かされた話を武は思い出す。

 

 可能か不可能かと言われれば、中ソの常任理事国からの排除など国連憲章的には無理だろうが、そうでもしなければたしかに攻撃目標の選定だけでも莫大な時間と予算とが浪費されてしまいそうだ。

 

「なるほど……お答えいただきありがとう存じます、事務次官補殿」

 ターニャの答えに満足したわけではないのだろう、冥夜は形だけの謝意を表す。表情には表していないが、具体性のない言葉どころか実現性の低い話に、冥夜が納得していないことは武にも感じられた。

 

「え~ですが、事務次官補? 中ソって亡命政府となっているとはいえ、常任理事国ですよね? その二国の安保理に対する影響力を下げるなんてことは難しいのでは?」

 

 冥夜の立場では聞くことが出来ないであろう話を武が代わりに問いかける。いや、そもそも今回の話がこのような場で出てくる前に、武自身がターニャに問うておくべきことだったのだ。

 

 

 

「いや、白銀君。たとえ常任理事国とはいえ、いや常任理事国であるからこそ、一定以上の力を誇示せねばならぬのだよ。そしてそれは今の中ソ両国には少しばかり困難だ」

 武の言葉に、ターニャではなく山口が答え、説明を続ける。

 

 時限の常任理事国である日豪を除く五カ国のうち、自国が残っているのは米英の二国だけだ。そしてフランスは亡命政権しかないとはいえ、アフリカにおいては政治的にも軍事的にも宗主国としての地位を確立している。

 

 そしてもし極東防衛の主軸が中ソから日本帝国に変わってしまえば、地域協定などの地盤を失った亡命政権しか存続していないその二国の発言力は著しく低下する。

 

 常任理事国には安保理における拒否権があるとはいえ早々使い続けられる権利でもない。あくまでWW2戦勝国としての国力を背景とした上での「安全保障」のための常任理事国制度だ。

 

 

 

「つまりは今後二年間で、帝国に極東防衛の先鋒とたれと事務次官補殿はおっしゃるわけだ。違いますかな?」

「単純化してしまえば、そのとおりであります。オーストラリアの発言力強化は難しく、また台湾政府の理事国への復帰はさらに困難ですから」

 

 この世界においても71年のアルバニア決議を受け、中国本土の北京政府が常任理事国として扱われている。その時に台湾政府は国連から「脱退」を表明はしているが、これは国連側は認めていない。第一、国連憲章では国連常任理事国の継承や国家代表権の引継ぎなどを想定していないのだ。

 

「ハイヴ攻略が可能となってしまえば、その先にあるのは国土奪還などという綺麗ごとだけではなく、G元素を求めての資源争奪戦だ。そこにコミーどもの介入を許すわけにはいかん」

「それは……新型爆弾が対人類に用いられるとお考えですか、事務次官補殿は」

「使われないと考えるほうがどうかと思いますがね、提督?」

 

 いまのところ軍事行動などと同様に、BETA由来物質などは国連管理下に置かれる、とはなっている。そしてこの世界線においては曲がりなりにも攻略できたのが、アサバスカでのハイヴになる前の着陸ユニットだけであり、実質的な管理はアメリカによって実行されている。

 アメリカが現在のところまで一応なりとも国連を立てているのは、国連決議に従うほうが今はまだ利点があるから、というだけに過ぎない。

 

 ただ今後ハイヴ攻略が可能となれば、そしてそれが単独の国家によって成し遂げられる程度の難易度ともなれば、どこかの国が暴走することも十分に考えられる。ターニャも言葉にはしていないが、米国主導での、国連を無視した形でのNATO軍だけでの攻略さえ想定しているはずだ。

 

 現状では人類に残された時間は限りなく短いが、逆にハイヴ攻略が可能となってしまえば、それはそれで人類内部での断裂を誘引することは予想に硬くない。

 

 

 

「事務次官補、少し疑問があるのですが、よろしいでしょうか?」

「構わんよ白銀少尉、何かね?」

「先ほど、帝国の防衛は長くとも二年とおっしゃられましたが、ハイヴ攻略はユーロのリヨンや、それよりもアラビアのアンバールが優先される可能性が高いのではないでしょうか?」

 

 喀什攻略をいまだ隠しているターニャに合わせて武もその件には触れずに、次の攻略目標の話に切り替えて質問する。

 

「たしかに。貴様の言うとおり、人類反抗の先鞭として考えれば何処よりもアンバールを、というのは当然のことだ」

 少しは考えているようだなと言いたげに、ターニャは下から武を肯定しながら見上げてきた。

 

 アラビア半島北部のアンバールハイヴを攻略できれば、半島全域の安定は難しくとも、少なくともスエズ運河の運用が可能となる。それができれば地中海方面への輸送は大きく復旧し、北東アフリカの安全確保だけでなくユーロ奪還の足掛りともなるのだ。

 

 これに対し、中ソの二国にしてみても大きく反対することは難しいと、武であっても考えられる。言ってしまえば、ここまでであればまだ人類は団結してBETAに対処できるはずだ。

 

 そのアンバールを差し置いて、極東方面のハイヴを攻略すべしと言うのであれば、帝国はむしろ中ソとの距離を詰めるほうが意味があることとなってしまう。

 

 

 

「そのあたりこそは政治、だ。だが、逆に言えば海という絶対的に防衛有利な状況を利用して時間を稼ぎ、ユーロアフリカ諸国に恩を売っておくということも考えられる」

 ただ国力の回復がまったく見込めない中ソと連携をとるくらいであれば、地理的には遠いとはいえアフリカ方面への根回しを重視しておくべきだと、ターニャは言う。

 その上で、ですが、と一言間をおいた上で言葉を続けた。

 

「私自身、一応これでもアメリカ市民であります。それも善良で模範的な立場を目指そうと長らく努力を続けておりまして、やはり何かを選ぶとなれば祖国、自由なるアメリカの利益をどうしても優先してしまうところがあります」

 国連機関職員としては恥ずべきことですな、とターニャは嘯いてみせる。明確には言葉にはしていないが、帝国は中ソとの連携ではなくアメリカに協力しろと、そう言っているに等しい。

 

「いやいや、それは我らとて同様。このような人類未曾有の危機にありながら、やはり自国を護るための戦いともなれば、ユーロ遠征のとき以上に力が入ってしまいます」

 

 山口が周りの者を代表するかのように言うが、冥夜にしろ真那にしても、祖国を優先するという言葉には異議はないように見える。

 

 だが、どうしてもターニャの共産主義への拒絶感を知る武としてみれば、日本どころかむしろアメリカをも使い尽くしてでも中ソを根絶やしにし、さらにはその流れで中南米の共産主義勢力をも一掃するつもりなのではないかと、勘繰ってしまう。

 

 

 

「え~っと、つまるところBETAが中ソを磨り潰すまで、帝国には太平洋に逃げるのを防ぐ栓になっておけ、ということですか。あ……いえ。失礼いたしました」

 だが、ターニャが口にしなかった理由に武は思い至り、口に出してしまった。

 何を狙っているのかなんとなく判ってしまったことで、武は夕呼の執務室にいるかのような気安さで呆れたかのような言葉となってしまったことと、一応は国連軍少尉という自分の立場のこともあり、慌てて謝罪を口にする。

 

「気にするな。言葉を選ばなければ、そういうことにもなる」

 武の言い様に海軍の二人は驚きの顔を見せたが、言われたターニャは普段通りに表情をけしてあっさりと肯定する。むしろターニャ自身の口から明確に中ソへの牽制を指示する必要がなくなったことを、歓迎している素振りでさえあった。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、しかし……ハイヴ攻略、ですか」

「不可能だと嗤いますかな、山口提督?」

 

 武を通じてではあったがターニャの目指す方向が明らかになったことで、話の前提として置かれた仮定を思い出したかのように、山口が言葉を漏らす。

 今から母国での防衛戦が始まるという時に、その先の攻勢計画を聞かされていたのだ。話の切欠が「煌武院悠陽」の問いでなければ、一笑に付すどころか何を悠長なと怒りを抱いてもおかしくない、まさに夢物語だ。

 

「ですがあと二年ほどでそれを実現せねば、まさしく人類に未来はありますまい」

 だが山口の諦めたかのような態度に対し、出来る出来ないの話ではないと、ターニャはまるで根性論を振りかざすように切り捨てる。

 

 すでにユーラシアはほぼ全域にハイヴが建築されている。アフリカ方面は文字通りの水際で防衛できているが、それもいつまで耐えられるかは判らない。アラスカ方面も同様だ。

 そして武とターニャだけが知りうる未来だが、おそらくはこの世界線であっても遅くとも2005年には第五計画がバビロン作戦に踏み切るはずだ。

 

 

 

「そもそもが、です。BETAへの対処という意味においては、地球上の全ハイヴを排除したからといって終わりではありません」

「ふむ?」

 

 話の先行きが読めないのか、山口は相槌を打ちながらも、怪訝な表情を隠そうともしない。

 だかターニャは山口ではなく、冥夜に視線を移した。

 

「よい機会だ、御剣少尉。私からも一つ問いたい、BETAとの戦い、それはいかなる状況を持って終わりと想定する?」

「戦いの終わり、ですか? 理想論で言えば人類が再び自らの未来にむけて足を踏み出せたとき、と申すべきでしょうが……」

 

 問われた内容のために冥夜としても即答を避ける。「煌武院悠陽」として見られている限りは、理想を語る必要があるのだ。

 

「具体的には今BETAに奪われている土地が奪還できた時、地球上からBETAを駆逐した時、それが一つの節目になるとは考えます」

「なるほど。確かにある意味では判りやすい終結の状況だな」

「事務次官補殿のお考えは、違うのでしょうか?」

 冥夜が自分の答えに納得していないターニャの様子を見て、改めて聞く。

 

「これは国連機関のJASRAではなく、私個人の意見となるが、そうだな……」

 そう前置きをして、ターニャはBETA大戦の終結図を語りはじめた。

 

 

 

「長期的な話で言えば、BETAとの戦いに終わりはない。BETAはおそらく銀河規模に展開していると想定しておくほうがよい。どこかに奴らの管理中枢があったとして、そしてそれを破壊することができたとしても、末端のあの土木作業ユニットどもは動き続ける可能性が高い」

 

 先のハイヴ攻略と同様に仮定の話としているが、BETAの全体規模に関してはターニャの持つ「原作知識」の範疇なのだろう、と武は思う。そしてこの場で話すということは、武には知らされておらずとも夕呼にはすでに伝えられているはずだ。

 

「逆にごく短期的に言えば、喀什攻略の成功こそがBETA戦の終結だな。後は各ハイヴごとの駆除作業になると言ってもよかろう」

 

 地球上では最大規模に拡張していると予測されるだけでなく、地理的にもユーラシア大陸中央に位置する喀什ハイヴは、間違いなくもっとも攻略が困難だ。そこが落とせるのであれば、確かに他ハイヴへの侵攻は成功が確定したものといえる。

 

「ただ駆除作業と言っても、軌道戦力の再配備などを想定するに、最初の一〇年はよくて一年に一ヵ所だろうな」

 

 ハイヴ攻略の実績がない今、完全な「机上の空論」でしかないが、喀什以外の攻略をただの作業的作戦だと笑い飛ばし、その上で実現に掛かるであろう時間を預言のように洩らす。

 

 

 

「さて。その上で現実的な意味での地球人類にとってのBETA戦終結というものは、月の奪還と、月軌道以遠からの着陸ユニットの進入に対する絶対的防衛圏の構築、といったところでしょうかな」

 冥夜への答えとして極論を二つ並べた上で、帝国海軍そして冥夜を通じての斯衛へと、ターニャは自身の実現可能な目的を言葉に表す。

 

「つまりは地球圏の安全を確保できたときこそが実質的なBETA戦終結だというのが、事務次官補のお考えですか」

「そのとおりだ、御剣少尉。今次BETA大戦というのは、単純化してしまえば防衛戦争だ。侵略された土地を奪い返し、今後の侵入を防ぐ手立てを構築することで、終結といえる」

「なるほど。私の先の答えでは防衛機構の構築がなされず、再度の侵攻を許してしまう、という点に問題があると」

 

 国土奪還だけで戦争は終わったように見えるが、根本の問題は解決していない、ということに冥夜は気付かされる。

 

 

 

「まあ先に言ったように、これはあくまで私個人の考えだ。国連の一機関としてのJASRAの扱う範疇からは少しばかり逸脱はしている」

「いや、なるほど。だからこその中ソの発言力削減、ですか」

「ご理解いただきありがとうございます、山口提督」

 

 悪巧みを理解して貰えたことへの喜びか、ターニャがわざとらしくニヤリと笑って見せる。

 

「このような姿となったとはいえ寿命自体も伸びたかどうかは定かではありません。ですが、どうせならこの身で再び月の地にまでは、と少しばかり欲が出てまいりましてね」

 

 

 

「捲土重来とは、私のような若輩者が言葉にしてよい話ではありませんが……事務次官補殿はそこまでお考えでありましたか」

 深く息を吐き、山口はきつく眼を瞑る。それはBETA大戦のはじまりともいえる戦いで、月に散った者たちへの黙祷であった。

 

 BETA大戦の発端ともいえる67年の月面でのサクロボスコ事件。

 そこから五年の間、当時は中佐だったターニャ・デグレチャフは、満足な支援も受けられない真空の地で曲がりなりにも「戦争」を続けたのだ。

 

「まあ奴らに押し付けられた負債を返済するには、火星までを含む内惑星圏までを完全に掌握したいところです。が、残念ながら斯様に纏まりのない現状では、対BETA戦を火星どころか月軌道にまで拡張することすら覚束きません」

 

 山口の礼に気付かぬターニャではないが、それには触れず普段どおりに問題を挙げなおす。

 

「そのためには月軌道まで展開可能な宇宙艦隊が必要であり、それを成せるのはアメリカのみ、ということでありましたか。たしかにそれには中ソの介入は避けたいところでありましょうな」

 ターニャの共産主義への拒否感を、そういった実務レベルの問題だったのかと山口は思い込んでしまう。

 

「いえ、実のところアメリカ主導には拘りはありません。なんでしたら帝国が主導して下さるのであれば喜んで協力いたしますよ?」

「ほう?」

「では事務次官補殿? ご自身の母国アメリカのためでないとするならば、何のためにこれらの計画を推し進めようとなされるのですか?」

 

 本心からのターニャの言葉に、武も含む全員が驚きを表してしまう。そして冥夜が代表して、ターニャの本心を問おうとする。

 

 

 

「ああ……そうですな。とある作品の言葉を借り受けるのであれば」

 クツクツと笑いを洩らし、ターニャは続けた。

 

 

 

 ――青き清浄なる世界のために、そして……

 

 

 

 

 

 




なんとか月一更新は死守……HGUCウーンドウォートが無ければ先週には上がっていたはずなのでスイマセン。

デグさんの面白いところは幼女戦記でもLunarianでも、周辺のその世界の人々からは一見理解しがたい言動なのに、未来知識のお陰かナゾの納得力を発揮してしまうところかな~と。この話で再現出来る時が来れば良いなぁ、と努力目標です。

で今だ九州防衛が始まりませんが、次回かその次にはきっと「死の八分」を越えられるはず。

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