Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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遷延の擯斥

 ターニャの一喝とその後の武の対応とで一応は収まりを見せたものの、室内の緊張は決して下がったとは言い切れない。

 納得したかのように安堵しているのは、おそらくは白に属する実戦経験の薄い少尉たちくらいだ。黒を着る者と小隊長以上の者の多くは、よりいっそう「白銀武」という人物への警戒と不審とを強めていた。

 

 突撃砲を捨ててからの武の機動は、逆手での二刀などという構えは確かに目を引いたが、問題の本質はそこではない。

 

 ターニャに誘導されるように国連軍衛士だと言い切ったが、その言葉とは裏腹に武の戦術機機動には帝国斯衛でしか用いられていない運用が含まれていた。XM3対応CPUによる反応速度の向上に、斯衛の擬似キャンセルとでもいうべき機動処理を無理やりに組み合わせた結果が、先の模擬戦終盤で武が見せた早さの秘訣だ。

 

 

 

(マズった、確実に俺が斯衛の戦術機機動に精通してるのがバレた)

 

 少なくとも武が斯衛で戦術機を駆っていた経験があるか、あるいは関係者からの教えを受けていたとは認識されてしまったはずだ。そしてそのような人物を誰一人として顔を知らぬという異様な状況を、ロイヤルガードとしての斯衛の者たちが見過ごせるはずがない。

 

 少なくとも内通者とまでは言わないが、五摂家の間での何らかの取引の末の秘匿された存在だと、距離を置かれることにはなりそうだ。

 

 

 

(いやそれだけならまだ良い。対人類戦闘の、人を殺してきたこともバレたか? さっき相手した小隊長とかなら、黒でも気が付いていてもおかしくはないな)

 

 武個人が警戒されるだけであれば、XM3教導という任務にはさほど差し支えることはない。それこそまりもと武とで昔ながらの「良い警官と悪い警官」を演じるだけだ。

 

 問題は武が所属するA-01つまりは第四計画が対人類戦を経験している、あるいはその予定があり経験者を集めている、と邪推されることだ。今後の協力体制を構築していくためにも、国連軍としてのクリーンな建前的立場を維持しておきたかった。

 

 207Bの教導においても対人類戦の内容をほぼ無くしていたのも、時間的余裕の無さからだけではない。冥夜に近づく者を警戒している真那を前にして、対人類戦の演習で武の挙動を見せてしまえば、警戒どころの騒ぎではなく、何らかの抗議行動に移っていたと予測できたからだ。

 

 

 

 

 

 

 さてこの状況をどうするかと顔には出さないように悩んではいるものの、いくつもの世界線での経験があるとはいえ、すぐさまに解決方法が浮かんでくるほどには武に対人社会経験があるはずもない。

 このままターニャに投げてしまうべきかとまで考え始めたが、救いの手は思わぬところから差し出された。

 

「いやはや、準備運動程度と言ったものの、これはなかなかに見ごたえのあるものを見せて貰った。白銀少尉には感謝せねばならんな」

 作ったような朗らかな笑いでそう言い出したのは、そもそもの元凶とでも言うべき崇継だった。

 

「確かに。これで白銀少尉や他の国連軍衛士の方々の技量を疑うような愚か者は、我らが大隊には居りますまい」

 そして崇継の側近であり大隊副官でもある真壁介六郎も、そう続ける。

 

 隊のトップ二人にこうまで言われてしまっては、疑問はあれどもそれを態度に出せるものなど斯衛には居ない。

 空気は硬いままではあるが、共同訓練前の講習のためブリーフィング・ルームに移動しろと指示されれば、意識も切り替わっている。武の素性を推察するよりも、その技術の一端であろうとも身に着けようとするのが、斯衛の衛士たちだった。

 神代たち第19独立警護小隊の三人も、真那同様に武には疑いの目を向けはしたものの、他の大隊員に促され別室に移動していった。

 

 

 

「では月詠中尉。白銀少尉と御剣少尉の二名の案内を頼む」

「……は、了解いたしました」

 

 崇継からの指示に、真那の返答が珍しく遅れる。

 

 不満というよりも、懐疑があるのは当然だ。

 第四計画と帝国の武家が対立しているわけではないが、「白銀武」という人物にはこれまで以上に身辺に疑惑が持ち上がったのだ。武を予定通りに動かしてよいのかと口には出さぬものの、その視線が雄弁に物語っている。

 

 だがそのような真那の態度には一切気付いていないかのような振る舞いで、崇継はまりもと純夏そしてターニャの三名を伴い、場を辞してしまう。

 

 

 

 結果残されたのは、武と冥夜、そして案内を命じられた真那だけだ。

 時間にさほど余裕があるわけでもないので、すぐさまに移動すべきなのだが、真那にしてみれば、抗議の機会さえ奪われたようなものだ。

 

「月詠中尉殿、俺への警戒は当然のことだと理解しております。必要と判断されるのであれば、俺を拘束してくださっても結構です」

 

 促すべく、武が口にするのは嘘偽りのない言葉だ。

 今後の教導の際にまで拘束されるわけにはいかないが、今から移動する先に関しては、その程度の警戒は必要だと理解している。

 

「……正直に言おう。私個人の意見としては、貴様のその申し入れを受け入れ、拘束着を着せるべき、いやそもそも貴様を連れて行かないというのが妥当だと考える」

 

 躊躇いながらも真那は、武の言葉に同意する。

 対して横に立つ冥夜は、真那への叱責を顔に出さないように努力しているのだろう。それでも眼が普段よりもわずかに細まっているところを見るに、怒りを抑えているのは間違いない。

 

「だが、貴様を同行させることは決定事項だ。私の一存で覆せるようなものではない」

 そんな冥夜の態度も判っているのだろうが、真那は武への警戒を解くことはない。

 ただ、もしもの場合は刺し違えてでも止めて見せる、と言いたげな口調ではあるものの武の同行を認め、基地の奥へと案内をはじめた。

 

 

 

 

 

 

 警備の者が居るわけではないが、幾たびかのセキュリティチェックを挟み、武と冥夜が連れられたのは、先ほどとはまた別の、基地地下深くに用意されているシミュレータルームだ。

 

「失礼いたしますっ、御剣冥夜少尉と白銀武少尉をご案内いたしました」

『お待ちしておりました。お入りなさい』

 

 入室の許可とともにロックが解除され、対爆ドアとしか思えぬ厚みのそれが開く。

 

 

 

 中に居たのは、冥夜と同じ、紫の零式衛士強化装備に身を包んだ、一人。

 政威大将軍たる煌武院悠陽、その人だった。

 

「っ!! 失礼いたしましたっ!!」

 武と真那とが敬礼する横で、いつかの篁唯依ではないが、冥夜はその姿を眼にした瞬間に跪く。

 

 まあそうなるよなぁ……などと溜息を漏らすことはできないが、頭の片隅で考えながらも、武は冥夜を叱責するように声を続ける。

 

「立て、御剣少尉。さっき俺が言われた言葉を繰り返すようでなんだが、お前は何者だ?」

 武の言葉に対し、抗議するように冥夜のわずかに肩に力が入ったが、己の立場を問われて冷静になったようである。

 

「……失礼いたしました」

 先と同じ言葉を口にしながらも、すっと立ち上がり、敬礼を返す。

 日本帝国の臣民、いや御剣家の者としては臣下の礼を尽くさねばならないが、国連軍衛士としてはそれさえも許されない。

 

 

 

「楽にしてくださいませ、お二人とも」

「はッ!」

 悠陽の言葉を受けて武と冥夜は敬礼をとき、お座りなさいという言葉通りに、シミュレータの横に用意されていた机に向かう。

 

(なんというか怯えている、といったところか。そりゃ殿下にしたら、冥夜から恨まれていると思い込んでいても仕方はないからな)

 

 冥夜も恐ろしく緊張しているようで普段以上に動作が硬いが、それは悠陽も同様のようだ。顔は何とか笑みを浮かべているが、どこかその顔は泣き出しそうにも武には思えてしまった。

 

(って、こっちの月詠さんも居ない、のか? いや管制のほうに回ってくれてるのか)

 

 悠陽の警護に付いているはずの月詠真耶の姿が見えないが、この場に来たのは一応はXM3の教導という表向きの理由もあるので、シミュレータの管制を担当しているのかもしれない。

 

 そして真那は室内に入ってからは、斯衛としてではなく月詠の者としての立場を取るつもりのようで、悠陽の後ろではなく冥夜の後ろに傅いている。

 つまりは今からの話には口を挟まない、という意思表示でもある。

 

 

 

「あらためまして、殿下へのXM3の指導を賜りました白銀武少尉と、御剣冥夜少尉であります」

 これで敬語とかは合っていたかな、などと慣れぬ言葉遣いに意識を飛ばし気味になる。が、このまま冥夜と悠陽とが見当違いの緊張を孕ませていたならば進む話も進まないと、武が話しはじめる。

 

「と、まあ建前は横に置かせていたきまして、ですね。月詠中尉殿、質問をよろしいでしょうか?」

 武としても事前にいろいろと考えていたのではあるが、二人の緊張具合が想像以上だ。

 

 どう切り出すべきかなどと思いながら口を開いてしまったために、座ったままに後ろに立つ上官に問いを発するという、叱責ではすまぬ非礼を働いてしまう。悠陽を前にして立ち上がり背を向けるというのも間違っていると思ってしまい、ちぐはぐな動きになってしまった。

 

「……許可する、なんだ白銀少尉?」

 ただ真那も悠陽の前で叱責するわけにもいかず、武に発言を許す。

 

「この部屋の防諜は完璧でしょうか?」

「ここは五摂家の方々が使用されることを前提としている。ここでの会話は一切外部には漏らさぬし、今この場にいる者以外が立ち入ることもない」

「お答えいただき、ありがとうございます」

 

 武は真那に説明はしていないが、このシミュレータルームを用意した理由は察して貰えているようだ。

 いま一切の記録が取られていないこの場であれば、悠陽と冥夜とはその立場を取り払って顔を合わせ言葉を交わせると、と武の問いに答える形で冥夜に告げていた。

 

 

 

(まあ鎧衣課長とかなら入ってきそうだが、今は逆に護るほうに回っている、か?)

 

 そんな風に考えてしまうくらいには、自分の意識が問題から逃げていることをどこか自覚しながらも、武はまだ言葉を紡げない。

 

「あ~、とですね……」

 だが、それでもどう伝えれば良いのか、武は答えが出せない。

 

 冥夜と悠陽。二人を引き合わせればそれでめでたしめでたし、ではないのだ。

 むしろ武自身が、この世界線で意識を取り戻して以来ずっと眼を逸らしていた事態を直視しなければならないのだが、その一線をまだ踏み越えられない。

 

 

 

「……」

 冥夜は、事態が受け入れ切れていないようで、先ほどから固まってしまっている。

 

 武の横に座る冥夜は、悠陽に促されるままに席に着いたものの、わずかに眼を伏せ、けっして悠陽を見ようとはしない。

 冥夜本人にしてみれば敬意の表れとしての礼儀作法なのだろうが、その姿は悠陽からしてみれば、拒絶されていると捉えてしまってもおかしくはない。

 

 そして悠陽のほうを意識してみれば、その眼が悲しげに揺らめくのは見て取れてしまう。

 

 

 

(まったく……あとは若いお二人にって、放り出すわけにも行かないよな、これは)

 

 おそらくいまこのままに武と真那とが席を外したとしても、残された二人は一言も会話することができないだろう。

 時間があれば、二人だけであっても解決できるかもしれない。

 武たち第一中隊の斯衛との協同訓練は一週間が予定されている。それなりに時間の余裕はあるとは言える。が、それでは足りない、と武は思ってしまった。

 

 時は、無いのだ。

 

「ああ……そっか、時間が無いんだ」

「……白銀?」

 ぽつりと零してしまった言葉に、冥夜がこちらを見る。

 それは心から武を労わるかのような視線だった。

 

 夜のグラウンドで、悩みながら脚を進める武に、言葉をかけてくれたときと同じ顔だ。鑑純夏と共にゆっくりと走りながら愚痴のような話を聞いて貰い、武に進み続けるきっかけを与えてくれたのは、間違いなく今この横にいる御剣冥夜だ。

 

 だからこそ、その労わりを今の白銀武には受け入れる資格などないのだと、痛いほどに自覚してしまう。

 

「時間も、機会も……もう、本当に……ないんだ」

 今の自分に涙を流す権利も、冥夜の気遣い与えられる資格などもあるはずがない。冥夜と悠陽の二人が顔を合わせられたと喜ぶことさえできない。

 

 眼を逸らし続けていたことを、今突きつけられている。

 

 

 

「何を言っているのだ、白銀?」

「今からお話しすることは、第四計画とJASRAとの協同計画に関することです」

 怪訝そうに問いかける冥夜には、今から残酷な現実を突きつけなければならないのだが、そちらには直接答えずまずは悠陽に向けて言葉を続ける。

 

「それはこの場で口にしてよい話なのか、白銀?」

 

 防諜は完璧だと伝えた後での話ではあるが、悠陽がそう問いかけてくるのは、国連外部に流してよいのかという再度の確認だ。

 

 武が知る範囲で、確実に喀什攻略に関与しているのは夕呼とターニャだけだ。ウォーケンであればターニャから話がいっているかもしれないが、A-01の中にさえまだ話は一切流していない。

 

 だが今悠陽と冥夜とには伝えなければ、本当に時が無い。

 

 

 

「正式には帝国政府を含め常任理事国には年内、いえ今月中には概略だけは伝達されると思われます」

 

 ターニャによる事前の根回しは、すでにほぼ完了しているといってもよい。

 内々にはすでに極東の国連軍が大規模作戦を展開するらしい、という程度の話は流されているのだ。

 

 合衆国からは戦術機甲部隊一個師団程度を軌道降下可能なまでに準備している。ユーロ関係は統合された指揮系統がないために数が不明確だが、それでも国連軍として二個連隊は動員できるように話をつけているという。

 あとは帝国から一個師団程度の戦力が提供されれば、XG-70が無いが武の知る「桜花作戦」での喀什に投入された戦力に近しいものが用意できる。

 

 喀什のハイヴ構造データを知る武の存在がなく、そしてたとえ第四の協力がなくとも、ターニャは2002年内の喀什攻略を予定していたという。

 それが第五によるバビロン作戦を押し留められる、タイムリミットなのだ。

 

 

 

「斯衛にXM3を早期に優先して導入していただいているのは、その作戦に参加していただくため、であります」

 

 予想されている年内の九州防衛のためという面もありますが、と武は付け加える。

 そこまでの武の言葉に、悠陽だけではなく冥夜も真那も口は挟まないが、怪訝そうな表情をしている。時間が無いという話に繋がっていない、という顔だ。

 

「事務次官補殿が以前におっしゃられていた、第四とJASRAとの協同での作戦行動、でしたか。来年初頭に予定しているとの話でしたが、それでしたら斑鳩殿が参加に意欲的ではあります」

 

(ああ……やっぱり鉄原攻略だと想定されているのか)

 悠陽の答えを聞いて、武は思い至ってしまう。

 

 XM3搭載型の第三世代機を用意した上での大規模な作戦行動と言われれば、ハイヴ攻略までは想定できる。

 そして九州防衛の目処がつき次第の作戦行動という話なのだ。目的とする場所が帝国への橋頭堡とも言える鉄原ハイヴだと考えているのだろう。ターニャが長らく極東方面で活動していることからも、どうしてもそう推測してしまう。

 

 

 

「第四計画からは、我々の所属するA-01部隊のほぼ総員も参加いたします」

 言わねばならぬのに、次の言葉が出せずに、ただ要らぬ情報だけを積み上げてしまう。

 

「我々が狙うのは……」

 今一度、奥歯を砕くほどにかみ締めた後に、告げる。

 それは冥夜にとっては、間違いなく、死亡宣告となる。

 

「攻撃目標とするのは、甲1号目標。H1喀什ハイヴ最深部に位置する、重頭脳級BETA、です」

 

 

 

「っ!?」

 従者としての立場を徹底してた真那をしても、驚きの声を漏らしてしまった。

 冥夜も悠陽も、驚愕している。それほどまでに、想定外の作戦目標だ。

 

「……それは真の話か、と問うまでもなさそうですね。そなたの顔を見るに」

「はい。日米の二国を中心に、一個戦術機甲軍団、その軌道降下のみによる攻略を想定しております」

 

 無理だ、不可能だという言葉は誰からも上がらない。

 この場に居るのは、ターニャと夕呼のことをわずかでも知る者たちだけだ。あの二人が関与しているならば、ただの戯言で済ましているわけでは無いと判ってしまう。

 

 

 

「作戦の成功と、参加将兵の帰還の見込みは?」

 武が躊躇っているのを汲み取った上で、言い出しにくいことを悠陽が問うてくれる。

 

「現在の計画では作戦成功率は……第一目標たる重頭脳級BETA『あ号標的』の排除に限れば20%程度。将兵の帰還率は」

 

 一度でも姿勢を崩せば、武を見つめているであろう冥夜へと視線をやってしまえば、跪いて許しを請うてしまいそうになる。

 それから逃れるために、悠陽だけを見つめて、告げる。

 

「……参加将兵の、帰還予測数は、ゼロ……です」

 

 作戦成功率20%、生還率0%。

 武が出した喀什攻略計画。「桜花作戦」を下敷きとしたというその意味から眼を逸らし続けてきたものが、これだ。

 

 ターニャから返されたパキスタン方面への帰還計画でさえ、生還の見込みはほぼ無い。そもそもがハイヴ突入部隊の大半が「あ号標的」には到達できないという試算が出ている。

 G弾によるモニュメント部の完全破壊を盛り込んだとしても、ハイヴ内にひしめくBETAの物量を前にしては、然程の優位性を確保できるとはいえない。

 

 先の世界線で、00ユニットたる鑑純夏とXG-70d 凄乃皇・四型があった上で、帰還できたのは武と霞のただ二人だけだったのだ。

 しかも今回はユーラシア全土での大規模同時陽動作戦なども、予定できていない。

 

 生還どころか、作戦の成否さえも危ういままなのだ。

 

 

 

「デグレチャフ事務次官補殿と香月大佐がそのような計画を推進しているということは、それはなさねばならぬことなのですね」

「はい。これを成功させねば、人類の存続は絶望的となります」

 

 作戦ともいえぬ数値と、参加将兵に死を強いるという話を聞いた上でなお、悠陽は作戦の必要性を理解してしまう。

 

 そして未来を知る武は、この喀什攻略が成否こそが人類の存亡を左右すると判っている。

 たとえ第五計画の内容に干渉しバビロン災害による自滅を免れたとしても、「あ号標的」を排除できなければ遅かれ早かれ地表の炭素系生命体は駆逐され、人類に未来は無い。

 

 

 

「ああ……それで。今を逃せば時間も機会も、無い、と」

 もしかすれば九州防衛戦の後に、冥夜と悠陽とが顔を合わせる機会はあるかもしれない。ただその時には二人が私人として会うことなど、適いようもない。

 

「顔を上げなさい、白銀」

 いつしか項垂れていた武に、悠陽が柔らかく声をかける。

 

「そなたに、感謝を。このような場を設ける機会を作ってくれたこと、心よりありがたく存じます」

「俺には……俺には過ぎたお言葉です。結局俺は、御剣を犠牲にするしか……」

 

「白銀。私は、私のことを犠牲などとは考えぬぞ?」

 悔やむようなことを口に仕掛けた武を、冥夜が止める。

 それが帝国の、そして人類のためであれば、その身を省みることなど御剣冥夜がするはずもなかった。

 

 

 

「そう……ですね。むしろ詫びるべきは私の方です。御剣冥夜には……」

「いえ、殿下。俺個人の印象でしかありませんが、お詫びのお言葉は無用と考えます」

 

 悠陽が続けようとする言葉を察し、武は押し止める。

 

 悠陽が冥夜から奪ったのではない。

 二人共に、奪われたのだ。

 

 煌武院の「双子は世を分ける忌児」というのは、なにも意味のない古臭いだけの因習だとは、簡単には切り捨てられない。

 この世界線ではそこまでは逼迫していないが、もしAL世界線でのクーデターの際に冥夜の存在が広く知れ渡っていたとすれば、悠陽を降ろして冥夜を新たに将軍職に着けると言い出す集団が存在していたとしてもおかしくはなかったのだ

 

 

 

「ああ……しかしそうですね。俺への感謝と御剣少尉への詫びということでしたら、不敬ですが殿下にはお願いいたしたいことがございます」

 ふと浮かんだ望みから、そう口にしてしまった。

 不敬などではなく、ただの押し付けになってしまいそうなことだが、少しくらいは無理を言わねば変わって貰えないと考えて、確認を取る。

 

「わたくしにできることであれば、なんなりと」

 以前のXM3の際のことを思い出したのか、悠陽はどこか面白そうに笑みを作る。武の無茶を楽しみにしているようだ。

 

「では、ご許可をいただいたということで、御剣の苗字や少尉の階級で呼ぶことはお止めください。そして……」

 驚きで眼を開く悠陽から冥夜へと視線を移し、さらに言葉を続ける。

 

「御剣少尉が殿下のことをなんとお呼びしようが、受け入れてやってください」

 

 

 

「これは俺の我侭、いや自分勝手な贖罪です」

 そもそもが二人を合わせたいと思ったのも、この今の世界線ではなく、先のAL世界線でのやり直しを願った身勝手な望みとも言える。冥夜の思いも気付かされぬままに死に追いやり、最後の言葉さえ悠陽に伝えることができなかったことへの、まさに世界を超えた一方的な贖罪だ。

 

 それにこの二人であれば、喀什攻略に冥夜を参加させるように仕組んだ武の選択を当然のこととして受け止めて、そして許してしまうはずだ。

 

 だがそれは今の武が受け入れられる赦しではない。

 

 

 

 

 

 

「じゃああとは御剣、よろしく頼む」

「なっ!?」

 意識を切り替えるためにも、冥夜に無理やりに話を軽く振る。だがもちろん事前に一切の説明をされてなかった冥夜は、簡単には受け入れられない。

 

「殿下へのXM3指導は、御剣少尉の任務だぞ? 俺はこの後は第16大隊の方に戻ることになってるからな」

「え、いや、そういう話は、私はまったく聞いていないのだが?」

「まあ二人で分隊を組んでシミュレートを繰り返すなり、試合ってみるなり、好きにしてくれ。ああ話のネタに困るようなら、とりあえずなにか共通の話題があればどうにでもなる」

 

 うろたえる冥夜に適当なアドバイスのようなことを畳み掛けてごまかしてしまう。

 

 ただ実際のところ、武と冥夜とが悠陽の教導にあたるのは無理だ。第16大隊では大隊全員が武御雷を使っているのだ。まりもと純夏だけでは訓練の相手が難しい。

 冥夜が表立って顔を出せないので、武が第16大隊に向かうのは当然ともいえる。

 

 

 

「あと月詠中尉殿? 殿下の今週の予定としては基本どういったものでしょうか?」

「……朝食後の執務の後、1000から1200までがXM3の訓練として、このシミュレータルームをお使いになられる。その後は昼食を挟んで1900までは普段と同じく執務に就かれる。ただ、今週は夕食会などの予定は入っておられないので、2000からはお休みにならなれる」

 先ほどと同じく、座ったままに上官に問う形だが、真那もまた叱責することなく答える。

 

「では御剣、執務時間も含め、できる限り殿下のお傍にいてくれ」

「なっ!? どういうことだ、白銀っ!?」

「いやどういうこともなにも、殿下が執務についておられる時間に、お前がふらふらと斯衛の基地内を歩くわけにはいかないだろう?」

 

 「国連軍衛士御剣冥夜」という役柄を作るためにも、事情を知らぬ者たちには冥夜の姿は晒せない。悠陽が表立って活動している時間には、冥夜が別の場所に居るのは問題なのだ。

 一緒に行動してくれないと困る、と武は言う。

 

 

 

「俺からは以上です。これで失礼させていただきます」

 武は離席する許可を貰い、立ち上がり敬礼する。

 真那は残るものの、すぐに悠陽と冥夜の二人だけの時間を作ってくれるはずだ。

 

「白銀武。そなたに重ねて感謝を」

「喀什攻略の成功率と帰還率とを可能な限り向上させるように、誠心誠意努力いたします」

 

 謝意を告げる悠陽と、無言のままに見つめる冥夜とに、自らの誓いとして言葉を残し、武はその場を辞した。

 

 

 

 

 

 

 




もはや月一月末更新になりつつありますが、なんとか更新。

前回分と今回分とを見直してどーやってこれを一話に纏めるつもりだったのかとプロット立ててた以前の自分に問いただしたところ。といいますか、前回分と混ぜ合わせて三話くらいに分けといたほうが良かったかなぁ、というか殿下と冥夜の話はもうちょっとゆっくり書いたほうがよかったかなぁとか?ちょっと見直しするかもしれません。

で、斯衛との訓練シーンを書くか、九州防衛に飛ぶか、ちょっと予定は未定ですが、できる限り次回更新は早めたいところですが、これまた予定は未定です。

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