Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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邪径の払底 01/11/13

(俺が言い出したことだけど、早すぎないか?)

 XM3の公開トライアルをする前に事前に鎧衣課長経由でできれば殿下に拝謁、少なくとも斯衛の関係者には会いたいと武が言い出してから、それほど日時は過ぎていない。

 

 予告されていたとはいえ心の準備が整っているとは言いにくい。

 今朝もターニャとウォーケンに付き添われつつ、鎧衣課長に車に押し込まれる。この面子では車内では会話が弾むということもなく到着してしまう。武が何をどうするべきかと悩んでいるうちに、気が付いたら会談の場に列席していた。

 

 昨日、夕呼から伝えられたターニャへの疑惑も晴れぬままに、だ。

 

 

 

(で、どーするんだよ、この面子の前で)

 非公式ということで略式の間に通されたが、本来ならば元枢府の会議になりかねないほどの人々が集まってきている。

 震えそうになる身体を何とか抑えておくだけで、武には精いっぱいだ。以前の世界線の「白銀武」並の傍若無人さが自分にもあれば、と有りえないことを願ってしまう。

 

 確かに武の要望で作ってもらった、貴重な機会だ。

 トップから説得してもらう方が確実だからと、できれば煌武院悠陽あるいは紅蓮醍三郎大将との会談を望んだのは間違いない。

 少なくとも五摂家当主に近しい方のどなたかを、とも言った。

 

 誰か一人に会えれば御の字程度だったのだ。まさかそれがほぼすべて適うとは、武はまったく考えていなかった。

 

 五摂家の当主としては半数以上が、今この場にいる。

 煌武院悠陽をはじめ、斑鳩崇継に崇宰恭子。

 斯衛の関係者としても、流石に神野志虞摩上級大将の姿はないが、トップともいえる紅蓮醍三郎大将が列席している。

 そして第壱開発局副部長の巌谷榮二中佐。

 

 傍仕えなどは、唯一煌武院家に仕える月詠真耶だけだ。

 鎧衣は控えてはいるものの、席には着いていない。この集まりにおいては発言権はないものとして振る舞うつもりのようだ。

 

 そこにターニャ・デグレチャフ事務次官補と、その副官たるウォーケン少佐。最後にオマケのように白銀武である。

 席に着いておきながら落ち着けないのは、自分がまったくの場違いだということを、武本人が一番よく理解しているからだ。

 

 真耶にしても巌谷にしても事前に連絡が行っているようで、武の存在には表立っては異議を唱えないが、顔に疑惑の色が出てしまうのは仕方がないことだろう。

 

(こっちの月詠さんに切り捨てられなかっただけでも奇跡だよなぁ)

 第四計画総責任者の代理とはいえ、将軍の同席をも要求しながら、やって来たのが20才未満のそれも正式に任官もしていない特務少尉というのは、常識にも礼節にも外れすぎている。

 さすがに普段の白の訓練兵制服ではなく、直前に渡された少尉の階級章と共に黒の国連軍C型軍装とに身を包んでいるものの、本来であれば尉官程度が列席できる場ではない。

 

 ターニャが居なければ、門前払いされていても当然だ。が、そのターニャでさえ、この集まりにおいては付き添い以上の意味合いは薄い。

 

 主役は白銀武と、煌武院悠陽だ。

 

 

 

 

 

 

 武が慌てているうちにウォーケンの挨拶が終わってしまい、なんとか武も挨拶を口にした、はずだ。無礼を咎められずに、ターニャが朗らかに会話を続けているところを見ると、記憶が飛んでいる気もするが、一応は問題なかったらしい。

 

「デグレチャフ事務次官補には、公的にお会いしたいと考えておりましたが、このような形となり、少しばかり残念ですね」

「いえ、こちらのご無理を聞いていただき誠にありがとうございます、殿下。それに五摂家のお二方にまでお時間を取らせてしまい、恐縮ですな」

 

 実権はないに等しいとはいえ、一国のトップともいえる政威大将軍を前にしてのターニャの普段とまったく変わらぬ振る舞いに、武もようやく周りが見渡せるようになる。幼女姿のターニャの一見すると異様な落ち着き具合と、それを受け入れてしまっている周囲の様子を目の当たりにすると、自分の緊張など些末なことに思えてきたのだ。

 

「ご壮健のようで何よりです、デグレチャフ事務次官補」

「彼の折にはご挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした、崇宰殿」

「いや、そのお姿ですと、ご壮健というのは……申しわけない」

「ああ、お気になさらず。以前よりも健康なくらいですので。少々背が縮んだのが不満なだけですな」

 

 崇宰恭子とは先日会っていたということもあり、ターニャとの会話はそれなりに弾む。ただターニャは軽く笑っているのだが、どこまで自虐なのかこの場の誰もが判断しかねている空気ではある。

 

「斑鳩殿にも、お会いできて光栄です」

「いやはや、面白い話が聞けるということで楽しみにしておりましたよ」

 斑鳩崇継は、本心はともかく、その言葉通りに朗らかに笑っている。そして崇継と紅蓮の二人は初対面ということもあり、聞き役に徹する腹積もりのようで、気持ち身体を下げていた。

 

 

 

「さて、お忙しい皆様のお時間を、虚飾に満ちた挨拶で潰すのも本意ではございませんので、本題に入りたいと思います。が……」

 挨拶などはそこそこに、ターニャが率先して話を始めていく。最初は任せておけと言われているので、武も口は挟まない。

 

「巌谷中佐、先に話しておこう。今回集まっていただいた新型OS、XM3の件とは直接関係が無いのだがね。そちらで開発中の電磁投射砲、試製99型だったか? あれの実戦テストはしばらくの間止めてもらいたい」

「……は?」

 

 これほどの重鎮が集まっていながら、ターニャが最初に切り込んだのは、巌谷だった。

 提案ではなく命令として伝えられる。非公式の会談とはいえ、かなり異例だ。

 巌谷にしても、いきなりの話に虚を突かれたようで、反応が遅れる。内容に関しても、すぐさまに頷ける話でもない。

 

「理由については……そうだな、もうしばらくすれば正式に安保理から公表されるはずだが、第四と我々JASRAとの情報のすり合わせで、BETAの行動指針のようなものの解析が進んでね。そこでBETAの学習行動が以前の予測よりもはるかに大きいことが推測された」

 せっかくの新兵器も対処されてしまえば、十全にはその能力を発揮できない。

 そして公開しようもない情報だが、電磁投射砲かあるいはXG-70のどちらかがΓ標的の発生トリガーの可能性があるため、喀什攻略までは使用を制限したい。

 

(いや実戦で使うのはやめてほしいけど、今ここで言っちゃっていいのか、それ?)

 ターニャがつらつらと話しはじめているので問題ではないのだろう。が、あくまで安保理に提出した情報であって、常任理事国の一席でもある帝国と言えど、政府ではなく一部機関に伝えて良い情報なのか、武には判断しきれない。思わず横目でウォーケンの対応を窺ってしまうが、微動だにしていない様子を見ると既定路線のようだ。

 

「BETAが学習、ですか? 俄かには信じられませんが……」

「大陸派遣軍の現場からは話が上がってきていないか? BETAが戦術的行動らしき動きを取っている、というのは? その類の情報を纏め直しただけだ。その中で人類の新規兵装などに対処してくる可能性が高く考慮されてな、先日のG弾もそうだが、できれば次の大規模作戦までは新兵装を使って貰いたくない、という話だ」

 BETAの学習能力と対応力への懸念を、ターニャは滔々と述べていく。

 

(って、これもロンダリングの一環になるのか? 帝国軍内部で似たような事例の報告があれば、勝手に情報の強度を上げてくれるってことか?)

 

「もちろん今のところ実証できている話ではないがね? とりあえずは新兵装、特に電磁投射砲のように単体で強大な威力を持つ物を、大規模配備前に少数での試用するのは極力避けるべきではないか、という想定をこちらからは付け加えさせてもらっている」

「了解いたしました。たしかにそのような状況でしたら、実戦でのテストを避けるというのも理解できます。幸い、と申し上げるには心苦しいのですが、いまだ試製99型は完成の目途が立っておりません。今しばらくは試験場での試射に止めておきます」

「そうしてもらえれば助かるよ、中佐」

 

 ターニャの知る「原作知識」であれば、XFJ絡みでソビエトの極東戦線で試用されていてもおかしくはないのだが、この世界線では不知火・弐型の開発自体が遅れているために、そもそもユーコンから極東にアルゴス小隊は移動していない。

 この世界線においては試製99型はいまだ実戦試験は行われておらず、BETAに情報が伝わっている可能性は限りなくゼロだ。

 

 

 

 

 

 

「では本題の、対BETA戦での冗長性確保による衛士の生存性の向上を目的とした戦術機用新OS、XM3に関してですが、これは第四計画の方からお話してもらいましょう。白銀、任せる」

「はっ、あらためまして、白銀武特務少尉であります。第四計画総責任者たる香月夕呼の代理として、XM3に関して説明させていただきますっ」

 声が裏返らないようにと腹に力を込めて武が説明を始めようとするが、崇継が手を上げてあっさりと止める。

 

「ああ、いや。XM3の説明はいいよ、白銀少尉。OSとしての性能は、我らからはまったくの不満はない。むしろ導入を急がせたいくらいだ。もちろん値段次第、なんといっても我らが最大の敵たる大蔵省が控えているからね」

 無理なら我が大隊だけにでも先行導入させてくれと、崇継がちゃかすような軽く言ってくれるが、これは緊張している武を慮ってのことだと思う。

 

「馬鹿を言われるな、崇継殿。白銀少尉が本気にしたらどうなる? 我らが用いる武御雷よりも、瑞鶴への導入が先であろう」

 恭子もXM3の導入に関しては、非常に前向きだ。ただ優先順位が違うらしい。

 

「問題は、崇継殿の申すように確かに調達費用次第のところはあるな。帝国軍に比べ規模が小さいとはいえ、それに応じて予算も限られる。斯衛全軍の装備刷新となると、城内省の方も容易く首を縦に振らぬであろう。個人的には、武御雷の来年度以降の調達数を減らしてでもこのXM3の導入を進めたいところだが、それはそれで難しいか……」

 恭子はなかば自分自身で問いを作り答えを探っているようだが、五摂家の当主であろうとも予算に関しては無理が言える立場ということではない。既に調達計画がなされている武御雷の追加生産分を減らすことなど不可能だ。

 

「……瑞鶴はXM1で、武御雷をXM3でという形でも、年内の導入は厳しいですか?」

 実務レベルに意識を切り替え、武は問いを発する。

 武にしてみれば来年度以降の話では遅すぎるのだ。2002年内の喀什攻略を想定している身としては、斯衛への導入は早ければ早いほど良い。来年度予算で、となれば間に合わないと思われる。予算審議が終わった頃には喀什攻略の期限が来ている可能性が高い。

 

「年内だと緊急予算枠から引き出したとしても、それこそ我ら二人の指揮する二個大隊程度が限度であろう」

「それに導入するとすればすべてXM3だな。衛士の教育など含め、XM1の導入は斯衛においては中途半端になりかねん」

 武の問いに、恭子と崇継とが続けて答える。

 そして崇継は、帝国陸軍であれば話は変わるのだろうがと断りを入れたうえで、構成人数が少なくまた武家出身が大半を占める斯衛であれば、下手に教練内容を分けるよりも全員一律の装備の方が望ましいと言う。

 

(性能面での不満や夕呼先生への疑惑なんかも感じられないし、斯衛への導入に関しては、予算問題だけと考えていいか)

 真那からの報告なども後ろ盾になったのであろうが、想像以上の好感触に武としては安堵してしまう。とりあえずのところ現場での最高責任者たちの説得は成功していると言える。

 

 

 

「では、白銀と申したか? 機体はこちらで用意させるので、一度試合て見るとしようか。月詠の報告とビデオだけでは判らぬところも有ろうしな」

 

 五摂家の当主二人とは異なり、紅蓮はXM3の感想など無しに、まずは試してみようと言い出す。

 武としてもやはりこうなるか、としか感想が出てこない。言葉は悪いが斯衛は武断的な側面が強い。とりあえず開発者の腕と新OSの性能とを試させろと言われるのは、予想の範疇だった。

 

 実際、いまこの場にいる者はターニャと鎧衣を除けば、ほぼ全員が衛士である。いや鎧衣の場合、戦術機に乗れても不思議ではない。性能を見るならば模擬対人戦をというのは、判らなくもない。

 武としては、この場に集まってもらった目的としても、階級的にも断るわけにもいかず、どうすれば紅蓮を納得させられるような試合ができるのだろうかと半ば諦めていた。

 

 

 

「申し訳ありません紅蓮閣下」

 だが、紅蓮の申し出を受け入れようと武が声を出す前に、ターニャが割り込んだ。

 

「どうやら私の日本語が拙かったようです。齢70を超えておりながら、友好国の言葉に疎いというのも恥ずかしい物ですな」

 嘲るように言葉を繋げるターニャだが、まったくアメリカの訛りなど感じさせない。実際のところ当初から「日本語」でターニャは話している。むしろ言葉遣いなど含めれば、武の方が日本語としては正しくない場合まである。

 

「うむ、次官補殿? 何事かね?」

「此度、こちらに提示いたしました戦術機用OSは、対BETA戦での冗長性確保による衛士の生存性の向上を、まず第一義としております。通じておりますかな、皆さま?」

 

(あ~ケンカ売りすぎだ、この人)

 短いながら、今までの付き合いでターニャが何を言い出そうとしているのかが、武には予測できてしまった。ウォーケンも何とか無表情を保とうとしているが、さすがに気不味そうである。

 

「う? うむ……そのように聞いておるぞ」

「ああ、では、私の聞き間違いでありましたか。なにやら紅蓮閣下がこちらの白銀に対しAntiHuman戦の準備をせよと、そう聞き取ってしまいました」

 いやはや、年は取りたくないものですなと、幼女の姿でわざとらしく韜晦する。

 

 さすがにそこまでされては紅蓮といえど、ターニャが何を当てこすっているのかが判り、表情を固める。もしターニャが見かけどおりの幼女であれば、恐怖で失神していてもおかしくないほどの、鬼気とでもいうべき気迫で睨み付けてくる。

 ただ、当然その程度で顔色を変えるターニャでもない。そしてターニャにしてみれば、この場において紅蓮は交渉相手ですら、ない。

 

 

 

「配下の者の無礼、誠に申しわけなく存じます。デグレチャフ事務次官補殿、白銀特務少尉」

「で、殿下っ!?」

 

 非公式の場であるとはいえ、政威大将軍が頭を下げる。その事態に室内の大半が慌てふためくが、ターニャと悠陽自身は落ち着いたものだ。まるでこれが予定されていた台本通りであるかのように、この二人だけが振る舞っている。

 

「紅蓮、お控えなさい。『国連』の方々に、これ以上の無礼はなりませぬ」

「い、いやしかしですな、殿下。OSの性能を見るという意味では、試合て見るのが……」

「黙りなさい。国連の皆様方は『対BETA』の為にその身を尽くしておられるのですよ? そのような方々から提示していただいた物に対し、刀をもってその力を推し量ろうなどとは、許されるはずもないでしょう」

 

(って、そうか……国連に属する俺たちが「対人類兵器」の開発を進めてるってのは、建前としてはマズいんだ……)

 

 現在のところ国連軍が、各国から提供されている軍に対し国連の名の下に命令権を持つのも、その戦力が対人類に向けられることが無いという建前じみた前提があるからだ。

 

 XM3は三次元機動の簡易的実現によりハイヴ攻略を可能とすることと、操作の簡便化と多様化とを両立させることで衛士の生存性を高めることを、目的としている。

 

 戦術機は対人戦にも使用できなくはないが、あくまで対BETAを想定している兵器だ。国連軍内部での、訓練としての対人類戦であればまだしも言い訳が出来る。しかし、たとえ非公式な場のこととはいえ帝国斯衛軍が対人類戦の性能をもって採用を決めたなどということが発覚すれば、今後の第四の立場としては誤謬では済まされない。

 

「それに性能に関しての疑義は、提出された動画と先行試作品とで十分に解決されておりましょう。崇継殿も恭子殿も納得されているのですよ?」

 

 悠陽にここまで言われてしまうと、紅蓮といえど無理は通せない。武たちに頭を下げたうえで模擬戦の申し出を引き下げた。

 

 

 

(さて。紅蓮大将との対決は避けられたものの、次こそが本題だな)

 

 紅蓮との模擬戦を望んでいたわけではないが、武自身の持つ操縦技術をもってしてXM3の優位性を直接示すということも、これでできなくなった。

 

 武威を以ってことを押し通すのではなく、言葉を尽くして協約を取り付けなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんvsグレンダイザーは当然のようにスルー。いや、もう過去に他の皆様がいろいろと格好の良いシーンを書かれているし、書き出したら一話丸ごとそれに使ってしまいそうで横道に過ぎるなぁなどなど。

といいますか紅蓮大将の武御雷が、個人的脳内では名前のせいで無現鬼道流関係なくダブルハーケンもってそうなイメージという、この話で出すに出せないです。

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