Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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障碍の観取

 ターニャと夕呼へ207Bの訓練進行度合いの報告をしていたはずが、この世界ではBETAによる難民が存在しないなどという状況を突き付けられてしまった。難民問題は武が解決すべき話ではない、などという当たり前のことは二人にしてもわざわざ言ってはこない。そもそもあの二人にしてみれば、すでに解決済みの案件なのだろう。

 

(まったく……なんかこのところ、あの二人から宿題押し付けられては走り込みに逃げ出してるよな、俺)

 

 悩んでいるのは、割り切ることができない武自身の問題だ。国連軍衛士として、自分の考慮すべき範疇ではないと切り捨てることができれば、楽なのだろうが、以前からの疑問を蒸し返されたようでなかなかに捨て置けない。

 避難民問題に対処すべきは彼ら自身とその政府だ、というのは判らなくはない。逃げ込んだ先の国家にその問題まで丸ごと押し付けるというのは、さすがに武にしてもどこかおかしいとは思う。ただ国連や国連軍といった組織に身を置く者として、何かすべきなのではないかと焦っているだけだ。

 

 それに避難民の問題は、何も諸外国のことだけではない。時機は断定できないが、間違いなく九州にはBETAが上陸してくるだろう。そしてその際には少なからぬ人々が避難を強要されるはずだ。

 今の武は日本帝国軍ではなく国連軍の一衛士だからといって、そのことをただ座視していていいのかと、どうしても考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

「白銀? また何か悩み事か?」

「タケルちゃん、そのうち眉間にしわ出来ちゃうよ?」

 

 悩みながら走っていると、いつかの夜のように後ろから声が掛けられる。

 

 演習の前から、自主練に純夏が来ることが日課になりつつあるらしい。合同部屋に移ったことで207Bの纏まりができあがり、純夏も隊内のことにいちいち気を回さなくても良くなっているのか、時間の余裕はあるようだ。

 逆に武自身が顔を出すのは心の余裕が無くなった時がほとんどだ。毎日この時間に顔を合わせているわけではないが、時間が合えばこうして並んで走ることもある。

 

「まあ、今回のは悩み事というか、んー」

「ふむ? また言わねばならんのか?」

「ああ、いや、ちゃんと相談しようとは思ってるぞ? ただなぁ、どう言えば良いのか考えていただけでな。なんというか問題が纏まらん」

「ならば先に我らの愚痴でも聞いてもらうとするか、鑑?」

 

「うぇっ? わたし?」

 慌てながらも、愚痴かぁ……などと言いながら、純夏は何か考え始めた。

 

「なんだ鑑? 訓練の愚痴なら教官補佐としての俺に言っても無駄だぞ?」

「二人とも~愚痴じゃないよ、ただまだ慣れないなぁってだけで、揺れるの結構しんどいんだよ?」

「いや、それって十分愚痴だから、な?」

 訓練内容がきついと言われても、武は変更するつもりはなかったし、まりもにしても予定は変えないだろう。何しろ207Bには伝えていないが、正直なところ時間が無いのだ。あと10日程の間にトライアルに参加できる程度には全員の形を整えなければならない。

 

「でもね? 訓練校に入っての最初の一ヶ月くらいは筋トレだけで死ぬかと思ってたけど、今は頭がグルグルしすぎて死にそうだよー」

「たしかに初日ほどは酷くはなくなって来てはいるが、私もまだまだシミュレータから降りた時は足が震えるな」

 

 二人共に戦術機適正が低いわけではないが、フルスペックのXM3による機動は、戦術機に慣れた衛士であってもけっして楽ではない。もちろん武自身は平気なのだが、まりもでさえ平気で耐えている訳ではない。訓練兵の前では決して見せないが、教練後に動作補正などでシミュレータに入りっぱなしなこともあり、日付が変わる頃には死人のような顔色にまでなっているほどである。

 

 

 

「まあそろそろ強化装備の方にもデータが蓄積されてくる頃合いだ。そうなってくると少しは楽になる、とは思う」

 こればかりは個人差もあるのでなかなか断定できないが、衛士強化装備の補正は大きい。蓄積データさえ溜まっていれば、酔いや疲労は軽減できる。

 

「慣れろ、と言ってしまえば簡単なんだけどな。ん~」

 純夏の場合ならシミュレータでも実機でも数をこなせば慣れていきそうだが、冥夜には何らかの指針を言葉にしておいた方が習得が早いかと思い直し、言葉を探す。この辺りは、身体で覚えるのか頭で覚えるかの違いだろう。

 ただ訓練の仕方が判っている、というだけでも少しは上達が早まるとは思える。

 

「なあ御剣。剣を振るときに、その一振りだけを考えているか? 振り切った先の姿勢や、その次の一太刀、さらに次へと、想定はしてるだろ?」

「む? それはもちろんだ。示現流ならば知らぬが、我らが用いる無現鬼道流であれば、流れを重視する」

「それと同じだよ。戦術機が今どう動いてるかじゃなくて、どういう風に流していくのかを想定できるようになれば、荷重変化についていける……はずだっ」

 途中まではなんとなくこういう感じなのではと言葉が続けられたが、どうしても感覚的なものになってしまうので断言できない。

 

「タケルちゃん、なんか最後投げやりだよ……」

「いや、すまん。俺もあまり考えて動かしてるわけじゃねぇから、口で説明しにくいんだ」

 ゲームでもそうだが、結局のところ武は直感に頼っての挙動が多い。こう来るだろうとか、こうしておけば次に繋がる、などと考えてることはあるが、それさえも刹那の判断である。

 見取り稽古の相手ならいくらでも付き合えるのだが、口頭で意図を説明しようとすると途端に覚束なくなってしまう。

 

「ああ、いや。今の白銀の言葉で、少しは何かが掴めそうだ。たしかに先が見えれば身体が動くというのは判らなくはない。明日は今日ほど醜態を晒さずに済みそうだ」

 言葉の足りない武の説明だったが、それでも冥夜は何かを見出したようだ。このように剣を通じてであろうが、鍛錬の仕方を身に着けていることが冥夜の強みだと武は再び感じる。

 

 

 

「逆に鑑はあまり考えなくていいぞ? お前の場合は数こなして慣れていけば、フィードバックデータとの連動もあってそれなりに耐性が付く、と思う」

 純夏が信じてなさそうな目つきで見てくるが、武はそもそもが戦術機に乗って酔うということが無かったので、こればかりは助言しようが無い。それに衛士の先達からも、それなりの適正があれば後は慣れろとしか聞かされたことが無いのだ。

 

「慣れたらこのヘンなグルグルしたのが無くなるのかなぁ……」

「そんなに酷いなら部屋で寝てろ? 加速度酔いとかは放置するなよ?」

 合同部屋だから大丈夫だろうが、加速度酔いなどでは就寝中に嘔吐してしまい窒息するという事例もある。酔いを自覚しきれない場合もあるので、注意は必要なのだ。

 

「ふむ? しかし慣れるしかない、というのは正しいかもしれんぞ、鑑。そなたも初日は訓練終了後はベッドから立ち上がれなかったが、今日はこうして走っておる。慣れてきてはいるのではないか?」

「あ~そういえばそうだね。晩ご飯もちゃんと食べたし、そっかーわたし慣れてきてるんだ」

 冥夜の言葉に、純夏はへにゃりと嬉しそうに笑う。

 

「……なんだろう、同じような言葉なのに御剣なら納得して、俺だと否定されるというのは。少しばかり教官補佐としては納得できねぇ」

「ふふん、人徳の差ってヤツだね、御剣さんの言葉の重さはタケルちゃんの50倍くらいなんだよ」

「よく判らぬな……」

 走りながら胸を張るという器用なことをこなし、純夏は自分ではなく冥夜を誇る。

 

 

 

「あとな。俺の機動よりは神宮寺教官のを模倣しようとする方がいい」

 

 武の三次元機動は、記憶にあるゲームのものを再現しようとしているところもあり、実は意味のない動作もある。まりもは武の機動が何を意図しているのかを考慮した上で、不要な動作を無くして行っているために、理論的かつ無駄が少ない。

 咄嗟の反応からくる奇抜な機動であればいまだ武に分があるが、長時間に渡る理詰めの攻防などでは武はまりもに手が届かない。

 

「そなたの機動は、その……少々、突飛だからな」

「御剣さん、はっきり言った方がいいよ? タケルちゃんの動きはキモチワルイって」

「いや、鑑。白銀の挙動には何らかの意味はあるはずなんだが、それが私には読み取れんのが、口惜しくてな」

 ばっさりと純夏は切り捨てるが、冥夜としては何か考えるところがある様だった。

 

「斜め方向に着地しながらの機首立て起こしなど、回避の後の隙がおそらくは小さくなるはずなのだ。試してはみたが、今の私の腕ではコンボを用いても、それが最適な瞬間なのかが判断できぬ」

「あ~7方向への回避ダッシュキャンセルからの、引き起こしか」

 ふと冥夜が言っている挙動を思い出し、確認するように尋ねる。

 

「ん?」

「と、違うな。左斜め前方への短距離噴射跳躍の時に、回避を兼ねて機体の右方向に倒しながら前傾しているのを、着地した時に立て直し、射撃ポジションを取る……んだよな?」

 考えなくゲーム時代の略語で尋ねてしまったが、冥夜に通じるはずもなく、怪訝な顔を見返される。

 自分の失敗を悟り、あらためてなんとか伝わりそうな言葉を繋げていくが、自身の機動を言葉で再現するというのはやはり武としては難しい。このあたりまりものような教導経験者との差が明らかに出てくる。

 

「そういうこと、なのだろうな。白銀、そなたはその動きを考えずに選び出せるほどに習熟している。そしていまだ登録されていない数多くのコンボもあるのであろう?」

「そりゃあ、使えそうにないのは登録しても消していってるからなぁ」

 

 今のところはただひたすらにデータを蓄積している段階だが、それでも不要と判断するコンボもある。今の冥夜と同じく、選択肢が多いことが良いとは限らない。多すぎると逆に選びにくくなり、咄嗟の判断の妨害にもなりかねない。

 

 

 

「あ~御剣は少しばかり考えすぎなところがあるから、か? 鑑や彩峰とかは完全にその逆の類なんだろうが、あれほとんど勘で対応してないか?」

「……一応は、考えてる、よ?」

 名前を出され、純夏が反論するように口を挟んでくるが、その声は小さい。

 

「いや、べつに貶してないぞ? 勘で動けるならそれはそれで有りだ。理屈が付いてくればなお良しってだけだな」

 ただ武としても別に文句があるわけではない。

 

 挙動の再現であれば、XM3を搭載しているのでコンボを呼び出すことで可能だ。だが、それだけでは動作が行えるだけで、求められた結果が得られるわけではない。回避にしろ攻撃にしろ、その動作やコンボを選択するにあたっての、前提になる判断基準がいまだに冥夜には身に付いていない。

 対して純夏や慧は、さほど訓練していないにもかかわらず、なぜか「正解」を引き当てることが多い。それは勘、としか言いようがないとも感じられる。

 

「ふむ。私に限って言えば、精進あるのみといったところか」

「具体的な指摘ができなくて悪いな。まあ御剣なら、基本的なパターンを覚え込んでその意味が噛み砕ければ、すぐに応用できるようになるはずだ」

 冥夜の戦術機運用、特に長刀を用いた近接戦闘に関しては武にしても見習うべき一つの指標でもあった。他世界線とは同一視はしないようにと心掛けてはいるが、この世界線でもそれほど時間をかけずともあの水準にまでは至ると思う。

 

 

 

 

 

 

「それで、そなたの方の悩みは、そろそろ聞かせてもらえるのか?」

 純夏と冥夜の愚痴は話したので、次は武の番だという形で水を向けられた。

 

「俺の悩みというか、これまた今すぐに解決できるとは思ってないが、各国の避難民が不満を抱えていてテロに走ってる連中も多いって聞いてなぁ……」

「そういうのニュースでやってたよね。え~恭順解放戦線……だったっけ?」

 ちゃんとニュースは見るようにしたよ、とヘンなところで純夏が誇らしげだ。ただ組織の名前がなぜか混じり合っている。

 

「キリスト教恭順派と難民解放戦線、な。一応はまったく別の組織なはずだぞ?」

 武としても詳しくはないが、さすがに名前の間違いは訂正しておく。正直なところ名前以外は説明できるかというと無理だ。

 

 

 

「帝国の場合は後方国家という時間的余裕や、国連からの勧告などもあり、すでに戦闘予定地からの避難は済みつつあるが……」

「え? 避難進んでるのか?」

「ん? 何を言って……ああ、そうか、貴様が療養していたという時期なのかもしれんな」

 具体的に動き始めたのはここ数年かも知れぬ、と冥夜が言う。

 九州全域に第2種退避勧告が出てからすでに五年以上過ぎているが、特にこの二年ほどで民間人の退避は格段に進んでいるらしい。

 

「知らなかったようだな? このところ西日本の疎開はかなり進んでいるはずだぞ? 直接目にしたことはないが、佐世保などは城塞都市のような有様になっているとも聞くぞ。九州全域を大陸からの前線防衛地区として活用するらしい」

 そして四国を補給中継拠点として、九州と山陰方面へのバックアップをするというのが、基本的な防衛構想だという。

 

「でも、それってけっこう避難先で問題になるんじゃないか? 九州だけでも1000万くらいは人いたんだろうし」

「でもみんな避難してるってわけでもないんでしょ?」

 武は当然、純夏もこのあたりの知識はないようで、説明役は冥夜に集中してしまう。問われた冥夜も、走りながら少し先を見るような目つきに変わり、思い出そうとしている。

 

「私とてそれほど詳しいわけではないが、まあ住民全員が避難しているわけではなかろう。鉄道や港湾関係、流通など民間の方々には残ってもらわねば軍も警察も機能せぬからな」

「逆に言えばその類の仕事以外は、退避が完了しつつあるということか」

「北九州や瀬戸内の工場地帯や港湾関係などは動かしようがないが、第一次産業の方々には無理を通して退避していただいたという」

 

 冥夜は残っている住民への配慮からか口が重い。だが、どうしても工場などの施設がある関係で移動できない業種も多い。そしてそれらを支えるインフラ関係も、だ。

 農業関係なども移転先の選定も難しいようだが、対して漁業関係者は太平洋上の合成タンパク精製プラントの方に転職しているらしい。

 

「そーいえばタケルちゃんとこのおじさんおばさんって、そういう避難先の家とか工場とかの監督に行ってるんじゃなかった?」

「え? そうだったっけ……?」

 そういえば国外に出ているとは聞いていたが、結局いまだに確認していない。どう向き合えばいいのか決められないままに、今すぐ顔を合わす必要が無いことに安堵して、そのまま放置していたのだ。が、白銀の家に関しても一度ちゃんと考えなければならない。

 

(よくよく考えたら、俺、日本の疎開政策とかまったく調べてなかったんだよなぁ……)

 足元が疎かになりすぎていた、と自戒する。

 207Bの総戦技演習の際にもXM3のデータ取りに逃げるように打ち込んでいたが、この世界で目覚めてからPXのテレビ以外にまともにニュースや新聞などに眼を通していなかったことに気が付いてしまう。

 

「そういう感じだと、日本なら避難民が発生してもテロとかには走りそうにない、って安心できるのか?」

「諸外国の政策には詳しくないから何とも言えんが……帝国内部では現在のところ大きな不満はないのではないか? 南方での避難先でのことは私も知らぬ」

 知らないと返答すること自体を恥じるようで、冥夜がわずかに顔を背ける。

 

 

 

「もしやそなた。避難民の間での不満や、テロへの協力を問題視していたのか?」

「ん、そういう話を少し耳にして、な。俺にもなにかできることがないかと考えちまった」

 いやまったく身の丈にあってねぇ、と嘯いて見せる。

 

「しかし、こうやって話を聞くと、ヘンに悩む前に調べておけばよかったよ。デカいことに気を取られすぎて、ちょっと間抜けな話だったな」

「……白銀? 軍だけではなく、政治にも関与するつもりか?」

 どこか呆れたような口ぶりで、冥夜が問いかけてくる。純夏に至ってはタケルの身を案じるような生温い目線を送ってくるばかりだ。

 

「判っているのであろうが、さすがにそれは我らが分を超えるぞ? それこそそなたが以前に榊に告げたように、解決しようとするのであれば、軍ではなく政界に進むべきだ」

「ああ、判ってる。ある程度は割り切りはしていくつもりだ。というか俺に政治家とか無理だからなぁ」

 自虐ではないが、そういう方向で人の上に立つことが自分にできるとは思わない。勢いで人を乗せることはできるかもしれないが、それに責任を負うことなど、今の白銀武では無理だ。

 

「国連軍兵士として守るべきものを、しっかりと見据えて行くようにはするさ」

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、護るべきもの……か。そうだな、私も護るべきもの、と護りたいものとが少し違うと、ようやく思い至った」

 情けない話だと言いながら、何か吹っ切れたかのように冥夜は笑い、足を止めた。

 自然と武と純夏も立ち止まり、グラウンドで向かい合う形となる。

 

「白銀。もし、もしもの話だ。そなたに頼みたいことがあるのだが、良いか?」

「おうっ」

 冥夜からの頼み事であればと、力強く頷いてしまう。

 

「いや、内容を聞かずに受け入れられても困るのだが……」

「あのな御剣。お前がそれほど真剣に頼み込んでくることなんだ、どうこう言わず頼って来てくれるとうれしい」

「そうだよ御剣さん、タケルちゃんはけっこうちゃらんぽらんだけど、約束はちゃんと守ってくれるよ」

 武が言葉を続けるよりも先に、純夏が誇らしげに保証する。

 武にしてみれば、今の自分が積み重ねた信頼ではないことが心苦しくもあるが、説得力はあったようだ。

 

「そなたらの心遣いに感謝する。それとは別に、だ……」

 律儀に頭を下げた後に、その頼みを口に乗せる。

 

「彼のお方の為に、私の身が何らかのお役に立てるようなことがあるのならば、この御剣冥夜を使ってくれ」

 

 

 

 ――守るべきもののためには、全てを捨てる。

 

 冥夜の頼みを聞いた瞬間、先程聞いたターニャの言葉の一節が、ふと頭に浮かんでしまう。

 

「冥夜などと名付けられているのだ。その名に恥じぬように、生きたいのだ」

「それはつまり、お前が誰からも認められなくとも、か」

「それでも構わぬ。私が何よりも護りたい方を護れるのであれば、私自身が顧みられずとも何ら問題はない」

 

 武も冥夜も、決して声を荒げているわけではない。だが睨み合うように立ち会うその姿は、ある種の果し合いであるかのように緊張している。

 当たり前だが、冥夜は帯刀してはいない。だが、武は今抜身の刀身を突き付けられているような気配を感じ取ってしまう。それほどまでに今の冥夜は、思い詰めていた。

 

 そして、名を隠してでもと言われて、武には一つ思いついてしまった。

 御剣冥夜の使い道は、ある。

 AL世界線でのクーデターの時と同じだ。「御剣冥夜」はごく親しい者以外には「煌武院悠陽」にしか見えないのだ。

 

「なあ、御剣? お前それ……いや、お前のことだから本気で言ってるんだよな。あ~まったくっ、判ったよ、お前の望みは可能な範囲で叶えられるように、下準備はする。ただし、だ。一般的な意味で言えば、かなり最悪な手段に思えるようなことになるかもしれん。それだけは覚悟しておいてくれ」

「くどいぞ白銀。私の望みは先ほど言ったとおりだ。彼の方の為になるのであれば、慶んでこの身を捧げよう」

 

 はっきりと断言する冥夜の姿を見て、もしかしたらターニャはこうなることさえ予測していたのでは、とつい先程の話を思い出してしまった。

 「原作知識」などというのだ。クーデターの時の冥夜の対応なども知っているはずだ。確かに冥夜は下手に207の中で使うよりは、単体で切った方が使い勝手のいいカードなのだろう。

 

「判ったよ。御剣冥夜の使い道ってのを、ちょっと相談してくる」

 おそらくターニャに話せば、影武者になどという、もったいないことには使わないはずだ。「煌武院悠陽」の影などではなく、本人そのものであるかのように扱い、「御剣冥夜」は消されることになるだろう。

 

 それは常識的に考えれば不幸なことなのだろうが、もしかすれば冥夜にとっては一つの解決方法なのではないかと、と思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 




冥夜さんちょっと立ち位置変更というか「殿下≧民+国」なんじゃないかなぁということでこういう感じで、なんとなくデグさんの想定どおりになってしまうのだーみたいな流れです。

そしてたぶんこれが投稿できている頃には夏コミ原稿も終わっている……はず。

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