Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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少しばかり榊千鶴へのアンチヘイト的な表現が有ります、ご了承ください。


特異の把捉

「はぁ……榊、お前もしかして、バカか」

 ターニャがPXから立ち去るまで敬礼を続け、見えなくなったところで力尽きてテーブルに座り込む。

 落ち着くために、残っていた合成玉露をゆっくりと口に含む。

 

 殺されると思ったぞ、と緊張が解けた反動で言葉を漏らしてしまう。「殺されるかと」ではない。確実に殺意を向けられていた。無能・無価値だと判断されれば一切の躊躇なく、切り捨てられる。

 いまだ必要性の高い情報を持つ白銀武を殺すことはない、などというふやけた願望など持ちようが無い。最後にターニャから告げられた言葉は、武がその有用性を証明し続けなければ間違いなく実行される。それはおそらく207Bの面々に対しても同じだ。

 

 

 

「なによ白銀?」

「いや榊。先程の行為はそなたの失態だぞ。紹介もされていないのに、口を挿むべきではなかった」

「……それは、そうだけど」

 千鶴とて最初は沈黙を貫こうとしていたはずだ。それが我慢できなくなったのは、自分たちの隊の評価を、無関係の第三者に勘ぐられていたからだ。

 

「もしやそなた、あの方を外見で判断したのか?」

 冥夜が千鶴の躊躇いを見て、そう推測する。

 なるほどターニャは一見すれば霞よりも年下の少女、というよりも幼女だ。たとえ国連軍の軍装のような物を身に纏っていたとしても、その立場を想像しようがない。

 それが上位者として振る舞っているという異様さから、千鶴は口を挿んでしまったのだ。

 

 

 

 まあ丁度良い機会かと呟いて、武は姿勢を正す。

 まりもの指示で207Bは合同部屋での共同生活を始めてはいるが、それだけですぐに隊内の壁がなくなったというわけではない。今は形だけ取り繕っているようなものだ。

 そして先程のように外部からの評価には、病的なまでに反応してしまう。

 

「榊分隊長は、ご自身が首相のご息女であることを『特別』だと考えられているご様子ですが……」

「その無駄な遜りは止めて」

 気持ち悪いから、とはさすがに口にはしないがそうとしか思っていなさそうな顔だ。

 

「と、分隊長の許可が出たので、いつも通りにいかせてもらうか」

 まりもに丸投げして放置するわけにもいかず、やりたい仕事ではないが武は207Bの問題点の指摘を始めようと決意する。

 

 

 

「なあ、誰か二期前の前々首相のご子息、いやご息女でもいいや、今何をなさっているのか知っているか?」

 武は二代前の首相の名前ではなくその子供の、現在の仕事を問いかける。

 

「む……?」

「えっ……と、どなたでしたっけ?」

 冥夜と壬姫は思い出そうと頭を捻るが、何も出てこないようだ。

 

「御剣と珠瀬とが知らないようなら、誰も知らんようだな。ついでに言えば俺も知らん」

「白銀、あなたっ!!」

 からかわれたのかと榊が怒りを表すが、武としてはこれはまだ前提の段階だ。

 

「つまりだな。首相の娘の進退なんて、この国においてはそれくらいのもんなんだよ。だいたい国会議員って何人だ? 都道府県の知事クラスまで含めて、議員関係者やその経験者の子弟なんて数千人規模だぞ? 現職のご息女といえばそれなりの位置付けではあるが、そんな程度だ」

 むしろ財閥関係の子弟の動向に注目する方が衛士としてはマシだろう、とまで続けておく。

 

 

 

「だいたい国連軍に来た時点で、特別も何もねーだろ」

「それは、私は帝国軍に志願したのよ。どうせ父が後ろから手を回したのかもしれないけど……」

 

「人質、と言いたいんだろうが、今のお前にそんな価値ねーよ」

 ガキでも判るだろう、と一拍だけ間をあけて畳みかけていく。

 

「榊首相のご令嬢として価値を維持するためには、大学に進学して政界への道を作っておく必要があった。そうでなければ親父さんの派閥や後援会の援助どころか、同期の学閥にも入れねぇ」

「……政治の道を目指すつもりはないわ」

 

「だから国連の衛士訓練校に来ちまったお前は特別じゃねぇって言ってんだろ。特別視されたいんだったら、衛士訓練校じゃなくて最低でも海か陸の士官学校に行っとくべきだったな。そっちで佐官くらいまで上り詰めるんなら、まだ『榊』の家の名前に意味はあったかもしれん」

 榊首相はおそらく軍から意図して距離を取っている。逆に言えばその娘が士官候補として入ってくれば、間違いなく特別扱いされるだろう。

 

 士官学校出身に比べて、衛士も士官とはいえ前線勤務が主体であり、またその損耗も激しい。生き残れば階級は押し上げられるものの、軍内部での影響力を強めるものではないのだ。死なずに大尉までは上がれたとしても、衛士のままであれば少佐への昇進は困難だ。

 そして尉官と佐官の壁はこの時代でも大きい。

 

「衛士は確かに士官ではあるが、あくまで最前線の消耗品の一つだ。つまりは今の榊千鶴は政治でも軍事でも駒としては無価値なんだよ」

 

 

 

 

 

 

「逆にだな、彩峰の方が立場的には帝国軍にしろ、こっちの国連軍にしろ、お隣の大東亜にしろ、特別扱いされるわな」

 以前に経験してきた世界での武の記憶とは異なり、この世界では彩峰中将は存命であり、今なお朝鮮半島での撤退・防衛戦に司令官として参戦している。帝国内部だけでなく、アメリカをはじめアジア周辺国にまでその名は響いているという。

 

「半島からの撤退後には組織改編、というか解体が噂されている大陸派遣軍の、それも実績と人望ある中将閣下。組織再編の後にはこれまでの実績を考慮して大将に昇進の可能性もありえる。武家の出身じゃないというのも、この場合価値が高い。一般市井の視点を持てる、部下を思いやれる将官だという印象があるからな」

 実際のところは年齢的にも足らず、朝鮮半島からの撤退の責任を取らされるであろうから、階級据え置きのままに九州方面か山陰あたりの最前線に据え置きされることだろうが、今はそれは説明しない。

 

「で、そんな方のご息女を帝国陸軍はまあ受け入れにくいわな。ただでさえ大陸派遣軍と本土防衛軍で陸軍を割っちまった上に、それぞれの中で派閥が形成されてる。そんな中に放り込んだら次世代次々世代の旗頭に使われるのは間違いない。そもそも中将ご自身が派閥人事を避けておられるらしいという話まであるから、帝国陸軍に志願してもこっちに回されたんじゃないか?」

 

「……」

「何? 私と違って彩峰には士官学校行けとは言わないの?」

 武の話に思うところがあったのか慧は睨み付けるような目線ではあるものの口には出さずに黙っている。

 対して千鶴は、武の対応に不満があるのか、はっきりと疑問を挿む。

 

「正直に言って、だ。こいつに佐官以上の指揮官適性があるようには見えん。小隊指揮でギリギリ、中隊指揮なんて無理じゃねーのか」

「……まったくのどうい」

 

「いや、そこは同意するんじゃなくて努力するところではないのか、彩峰」

 自身の欠点を指摘されているのに、反論もせず肯定する慧に、冥夜が律儀に指摘する。

 が、他の者は納得してしまったのか、鑑に至ってはうんうんと頷いている。

 

 

 

 

 

 

「次に珠瀬の特別さは、ある意味では一番判りやすいか。親父さんが国連の事務次官だからな。ま、実際の職務内容なんかは知らない奴の方が多いんだろうが……」

 

(ぶっちゃけ俺なんか、なにか国連の偉い人、くらいの印象しかなかったからなぁ……親馬鹿以外は)

 続けて口にしそうになったが、武は何とか堪える。正直なところ、今でも珠瀬事務次官がどのような活動を行っているのかは知らない。

 

 これは武に限ったことではない。珠瀬玄丞斎は国連事務次官だが、その職務が如何なるものなのか、それを正確に説明できる者は少ないだろう。また判りやすい実務がニュースなどで取りあげられることも少なくはないが、やはり国内のそれに比べれば決して多いとは言えない。

 それ故にAL世界線では、日本人でありながらアメリカの権益を代弁しているようにも思われていた。一部の青年将校たちからは、榊首相と同じく売国奴とまで罵られることもあった。

 

「日本人としてではなく、国連に属する者としては何かと難しいとは思うが、素晴らしい方だとは俺も思う」

 こちらの世界ではまだ会っていないが、以前に見たクーデターの時の対応などを思い出す限り、立場は違えど国と世界とを護りたいという心意気は間違いなく感じられた。

 

「え、と。ありがとうございますっ」

 武が本心から、自分の父親を褒めていることが伝わったのか、壬姫は照れながらも嬉しそうだ。

 

 

 

 

 

 

「で、だ。榊に彩峰、珠瀬と。この程度は詮索するとかしないとか関係なく、ちょっと新聞でもニュースでも見てれば、誰でも知ってることだ」

 わざわざ隠して壁を作ることでもねぇーよ、と笑い飛ばす。

 先程から何度も知らなかったという顔をして驚いている純夏を見るといろいろと不安になるが、今は無視する。

 

「そっちのお気楽二人組からすれば、たしかに良いところのお嬢様方だが、まあ訓練兵の立場となった今では関係ない」

「お気楽二人組って何さっ!?」

「あははーでさ、タケル、ボクにはなにも無し?」

 

「鎧衣は、うん、あれだな、ほら。貴重な男子枠? それ以外は鑑と一緒ということにしておいてくれ。一般人というにはアレだが、一般人枠なんだよ」

「タケルちゃん、適当過ぎるよ。お気楽なのはタケルちゃんの方だよ……」

 

 尊人は病気療養中だった武を除けば207訓練小隊隊内唯一の男子だ。女子よりも先に徴兵年齢引き下げがあったはずなのに、他の皆と同年齢での入隊というだけで何らかの政治的要因があると考えられて当然だ。

 それ故に武が誤魔化しているのがあからさますぎて、純夏にさえ呆れられたような声を上げられるが、鎧衣課長の件は本人が実の息子にさえ隠しているような話だ。防諜の面からも秘匿する意味は理解しているが、それとは別に感情的な面でも、他人が伝えるべきことではないと考えてしまう。

 

(ただ鎧衣課長のことだ。鎧衣は国連、夕呼先生への人質じゃなくて、第四反対派への釣り餌なんだろうな……手を出して来ればそこから背後を探るための)

 あの人に対して家族が人質として機能するはずもないが、そう思い込む輩がいないわけではない。

 娘、いやこの場合は息子なのだろうが、そうであっても国の為になら使い切ると、左近からは聞いた気もする。そして間違いなく必要があれば自身の感情を切り離して、鎧衣左近という人物はそれを実行できることを武は知っている。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、そなたの言いようは判った。特別だと思い込んでいるのは我らだけのことであった、と」

「まあ要はそういうことだ。それなりに注目はされるだろうが、所詮は一訓練兵。隊内で勝手に変な空気作ってそれを読みあってるんじゃねぇよってことだ」

 先程から黙って考え込んでいる千鶴と慧とを意識しながらも、冥夜は武を見据えてくる。

 話は終わりと、武としては言い逃げしたいところだが、それは難しそうだ。

 

「となると……私に対しては何もないのか?」

「正直に言えばこの言葉は使いたくないんだが、御剣の特別、特殊な立場か……」

 面と向かって問われると答えざるを得ない。さて、どういうべきか、と真剣に悩む。

 御剣冥夜の特別性は、いまさら武が本人に説明する必要など、まったくない。間違いなく冥夜自身が誰よりもそれを理解している。

 

 そもそもが御剣冥夜の立場は、知っている者が見てその背景を推測させれれば、それだけで機能しているのだ。そして知らない者にとっては、関与しようもない立ち位置だ。国連軍と帝国軍、そして諸外国の「その意味」が分かる層に向けての宣誓ともいえる。意味が理解できないような相手であれば、そもそも政治外交的な手段を取る必要さえない。

 将軍家が第四計画に対して好意的である、深く関わっていると周囲に思わせることを目的として、冥夜は第四に送り込まれた。送り込まれた時点で、既にその成果は挙がっている。

 

 榊千鶴と似て異なるのは、千鶴が公式ではあるものの結局のところ代りの効く首相の娘であるのに対し、冥夜は非公式ながら将軍家という不変の立場からの関与だ。

 

 

 

(しかしそう考えると、冥夜の立場って、ある意味では便利だよなぁ)

 公的には御剣冥夜は、一武家でしかない御剣家の次期当主でしかない。それなりの家格ではあるものの、政治的重要度はないに等しい。それでいて非公式には将軍家に連なる者として、その立ち位置は非常に意味が出てくる。

 公的には何ら説明する必要が無く、その立ち位置から周囲に将軍家の意図を推測させることができる。

 

 帝国政府内においては実権の無いに等しい将軍職だが、影響力まで失っているわけではない。そして外交面では帝室や王室の影響は無視できるものではない。ユーロや東西アジアでは立憲君主制国家も多く、そして合衆国大統領でさえその大半は家系的には英国王室の流れなのだ。

 

 

 

「御剣に対しても、まあ言いたいことはあるが、お前の場合自分で判ってて、それでも切り捨ててるから、ここでは言わん」

 結局武としては冥夜に対して言葉を告げることができない。

 

「え、なに。タケルちゃん、御剣さんだけ特別扱いするの? それこそ仲間外れじゃないのっ!?」

「煩い、鑑はちょっと黙れ。御剣に言うべきことはだな、まあ、アレだっ、あ~」

 もちろん武個人としては冥夜に言いたいことはある。

 だが、もっと自分を大切にしてくれ、とはこの場ではさすがに言えない。

 

「……ふむ? どうした白銀? それこそそなたの言う、空気を読んで踏み込まない、というこの分隊の問題点そのものではないのか?」

「御剣? 判ってて言ってるだろ、俺は空気を読んでるんじゃないんだ……殺気を読んでいるんだっ」

 武の言いたいことが公の場では口にできないことと推測したのか、笑ってごまかせる話に冥夜は誘導してくれる。

 

「というかこれはホントに、下手なことを言うと文字通り首が飛ぶ、な。物理的に」

「……さすがにいきなりそこまではせぬと思うぞ?」

「いーやするね、絶対するね、というか今まさに斬られそうで、首筋が冷てぇ……」

 

 タイミングが悪かったとしか言いようがない。

 白の三人であればともかく、どうやら今の時間の警護は真那だ。振り返らないが、今も背後から睨み付けられているような圧迫感は感じる。先程のターニャから向けられたそれに比べれば、まだマシだと比較にもならない慰めで、自身を誤魔化しておく。

 

 直接会う時に何を言われるのか、今から覚悟だけは決めておかねばならないようだ。

 

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんのSEKKYOUタイム?ですが、準備不足の上勢いだけでは乗り切れずに、尻つぼみとなるのです。といいますか、マブラヴ世界での日本帝国の士官教育がどうなってるのか、いまいち調べきれずに適当に書いてしまってます。海軍兵学校とか陸軍士官学校とかが残ったまま?

【追記】
感想欄や評価などで「デグさんがマブラヴプレイしているのはおかしくない?」というご指摘がいくつかありましたので、あらすじ部分に追記しておりますが、こちらでも一応明記ということで……「幼女戦記」に関しましてはWeb版を基本としております。よくよく考えてみればアニメ版などではオタク趣味完全に隠してる、というか軍オタ部分も説明無かったんですよね。つじーんや無茶口とかそういえば言ってなかった……

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