Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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混濁の準縄

 

 横浜基地、ここには国連太平洋方面第11軍の総司令部がおかれているが、今はほぼその指揮機能すべてを喀什攻略のために振り分けていた。

 

 作戦の第一段階である軌道爆撃の開始からはいまだ三時間程度だが、それ以前の準備期間を考慮すれば、満足に休息をとれた者は数少ないと言える。一部の人員に対しては非公式ながらも戦術機衛士同様の向精神薬物の投薬も許可されていた。

 前線と違い怒号が飛び交うわけではないが、オペレータの顔色はみな一様に悪く、報告される声にも疲労が滲み始めていた。

 

 そこまでの負担が基地スタッフ、その中枢ともいえる作戦司令部の面々に重く圧し掛かっているのは、単純に処理能力の不足からだ。

 

 

 

 作戦総司令官たるラダビノッド、彼の軍人としての資質に問題があるわけではない。問題は単純に、その准将という階級ゆえの物だ。

 

 准将という地位はたしかに軍組織内において上位ではある。だがその名称の通り、将官としては最下級でしかない。国連軍そしてBETA大戦という特殊な状況下であるからこの横浜基地において基地司令を担い、夕呼の上官という立場から今回の喀什攻略においては総司令官となってはいるものの、一般的な陸軍ならば副師団長あるいは旅団長である。

 

 それが今進められている喀什攻略においては、直接的な正面戦力は戦術機のみとはいえ1000機を超える1個軍団強、軌道戦力なども含めるならば本来ならば少なくとも大将、居るならば元帥が指揮を執るべき規模だ。

 

 軍における階級とは、組織運営という点においては民間企業の役職とさほどの違いはない。つまるところは権限や責任など、そして差配できる人員の規模の大小だ。当然ながら、その配下に置ける人員の数も同じ将官といえど、大将と准将とでは大きく異なる。

 

 結果としていま進行中の喀什攻略を万全に管理・運営するには、ラダビノッドの、なによりもこの横浜基地の能力では足りない。

 わずかなりとも幸いともいえるのは、一般の作戦行動とは異なり、支援砲戦力や後方での補給などは考慮する必要がないために、通常それらに割くべき人員さえも正面戦力の指揮・管理に回せていることくらいだった。

 

 

 

 無論、そのような問題は作戦立案当初より関係各位には理解されており、対策は用意されていた。

 

 いま進められている喀什攻略、その基本骨子は武がAL世界線で経験した『桜花作戦』だ。

 なによりも重要となるハイヴ地下茎の構造マップ、それが不完全とはいえ存在しているのは武が侵攻した記憶があるルートだけなので、それを基本とすることにはターニャも夕呼も異存はなかった。

 またターニャの持つ原作知識に関しても、ゲームなどにおいて描写された以外の詳細がないためほかの選択肢が存在しないとも言えた。

 

 武が提案した作戦案は、自身が参加した『桜花作戦』を下敷きとしたために、武本人はさして意図せず三段階に分割されていたが、部隊の編制内容は大きく異なる。

 作戦司令部の負担を減少させる方向で、ターニャが調整した結果だ。

 

 

 

 第一次降下部隊が合衆国陸軍主体で編成されていたのは、先陣を切ったという政治的実績を合衆国へと譲渡する意味合いももちろんあるが、それ以上に彼らであれば独立して作戦行動が可能だという面も大きい。

 

 実際、事前の軌道爆撃となによりもG弾の連続投射の後の降下だ。加えて前線作戦司令部の機能をも持つXG-70cをも投入している。支援砲兵力の不足はあれど、主力たる戦術機戦力も三個連隊。フェイズ3程度のハイヴであれば制圧可能というのが第五計画推進派の想定だった。

 場合によっては陽動のみならず、ハイヴ地下茎への侵攻と『い号標的』周辺までの制圧さえ目論んでいた節さえある。

 

 先ほど降下を完了した第二次降下部隊も帝国陸軍と英国からそれぞれに二個連隊。どちらも一応はこの横浜基地の指揮下にはあるが、前線の置ける直接的な戦術指揮はそれぞれに一任されている。

 戦略目標としてSW115周辺の制圧と、可能ならばそこから20kmほどのハイヴ地下茎の確保だけが横浜の作戦司令本部からは指示できただけで、細かな対応は現地に任されている。

 

 ただこちらに関しては合衆国とは違い、どちらも二個連隊で臨時の一個旅団とし、指揮官として大佐を任命することで、国連軍指揮下であることを示していた。

 

 実質、この横浜基地が直接指揮できるのは、いまだ軌道上に待機している第三次降下部隊、その中でも国連軍所属の部隊だけとも言えた。

 

 

 

 

 

 

 それらの事前準備を踏まえてなお、作戦が順調に推移していたと言えるのは第一次降下が始まるまでだった。

 

 合衆国陸軍で構成された第一次降下部隊、その降下時の損耗は通常の軌道爆撃のみならずG弾の投射もあって、想定よりもわずかとはいえ少ない損耗でS92の『門』周辺の制圧を開始できた。

 ただ、ここで主力たる戦術機戦力が大きく損耗することとなった。S92周辺の制圧は完了し、第二次降下部隊のための陽動という任は達成できているものの、現在の被害想定からの推測では三次降下を待たずして部隊は半壊、組織だった作戦行動は不可能となる見通しとなった。

 

 そして何を思ったのか、本来であれば前線指揮を執るべきXG-70cに搭乗していた将官が一部スタッフを引き連れて二次降下に合わせて装甲連絡艇で軌道へと離脱してきた。

 

 任務放棄とも言えなくもない行動だが、部隊の損耗を鑑み、詳細な現地情報の速やかな共有の為と言われれば否定も難しい。

 もとより第一次降下部隊は本来予定されていたXM-3換装済みのF-15Eではなく、既存OS搭載機、それも半ば臨時編成の部隊を投入していたとみられる。サボタージュと言い切るには難しいが、この時点での攻略成功を企図していなかったことは明らかだった。

 

 第五計画推進派の工作であろうが、いまはそれを追及する時間はなく、またそれで事態が好転するわけでもなかった。 場合によっては三次降下を取りやめ、第五推進派の思惑通りに、作戦自体を失敗と見做さなければならない規模にまで被害が広がりつつあった。

 

 

 

 しかし第一次降下部隊の残存戦力は残ったXG-70cのスタッフの采配も良かったのか、制圧範囲は縮小したものの、むしろ降下当初よりも頑強に抵抗を続けている。加えてターニャが独自判断ではあったが、三次降下に合わせて運用する予定だった合衆国海軍から提供されていた無人機仕様のF-4Eを砲兵戦力として全機投入したことで、一応の均衡を維持できた。

 

 そして第二次降下部隊の方は、帝国陸軍が運用するXG-70bを中核に、こちらも比較的順調にSW115周辺の制圧を進めている。

 XM-3搭載型の不知火で編成された帝国陸軍二個連隊の損耗は低いが、英国軍のF-5E ADVには少なからぬ損害が出た。とはいえ『門』周辺の制圧が進みつつある現状、英国軍が後詰、帝国陸軍が制圧エリアの拡張という形で分担が進み、被害も抑えられつつある。

 

 いまだハイヴ地下茎への侵攻はSW115の『門』から5kmほどだが、こちらは予備的作戦だ。第三次降下部隊が侵攻した段階で『門』内部での部隊の再編と補給が可能であれば十分、20kmほども制圧エリアが広がっていれば十二分に任を達成したと言える。

 

 

 

 このまま推移するならば、第一次降下部隊の被害は大きくとも作戦全体としてはかろうじて許容できる範囲で第三次降下を可能とできるのではないかと、言葉にはせずともどこか楽観的な気配さえ作戦司令部には広がりつつもあった。

 

 それが一転、先ほどまで以上の緊張に包まれたのは、まったくの予定外の要因からだ。

 

 ユーラシア各地での大規模陽動作戦を担うべく、各周辺ハイヴへの同時多発侵攻作戦、その一翼であるエヴェンスクおよび重慶へと降下するはずの、ソビエトおよび中国共産党軍の一部が喀什への降下コースへと軌道を変更した。

 明らかに事前予定のない行動であり、国連軍の行動に対する妨害行為と見做されてもおかしくはない。

 

 

 

 79年のバンクーバー協定において、対BETA戦争は国連主導にて行うと採択された。国連加盟各国の対BETA交戦権は自衛権及び集団的自衛権に限定されている。

 

 各ハイヴに対する間引き作戦であっても、各国が独自に実施するのではなく、あくまで主導は国連軍だ。

 今進められている喀什攻略にしても、探査機器の外部ユニットとなるXG-70シリーズが当初予定通りの機能を発揮できるかどうかの実戦運用試験の一環であるという体裁は保ち、作戦の全権は極東国連軍が一括している。

 

 喀什への降下コースを取っている中ソの再突入型駆逐艦、そこに搭載されている戦術機戦力は、自衛権を拡大解釈した形だる。CCP中国共産党が領有する中華人民共和国国内における「自国防衛に際しての戦闘行動」、そしてそれに協力する同盟国からの戦力提供、という名分で喀什への侵攻を正当化していた。

 

 

 

「一応は、安保理と総会を通して抗議はするが、意味はない、か」

「言葉遊びではありますが、あちらの言い分にも理が無いわけではありませんわ。各国の領土・領海はBETA大戦前から変更されてない、というのが国連の見解ですから」

 

 作戦司令部の最奥でラダビノッドと夕呼とは声を潜めつつも、状況を整理する。二人ともに疲れたような声音になるのは仕方がない。

 もちろん、正当な抗議はできる。帝国はもちろん合衆国も、公式に声明を発するだろう。他の常任理事国である英仏豪も足並みは揃えてくれるはずだ。

 

 だが、それで何かが変わるわけではない。亡命国家とはいえ、中ソもまた常任理事国である。安保理においては拒否権を持ち、凋落しつつあるとはいえ東側諸国への影響力は今なお強い。

 なによりも戦場外で進められるそれら政治的闘争がいかなる結果を齎そうが、今危機を迎えている前線の状況を改善するには遅すぎる。

 

 

 

「S92方面へと降りてくれるのであれば、歓迎いたしますわ?」

「本作戦へと参加し、成功の暁にはその功をもって権益の獲得に動く……それだけであってくれればよいが、そうではなかろう」

 

 攻略作戦に参加して、戦功があったので分け前を寄こせという半ば中世代じみた発想は、かの国々であればおかしな話でもない。ただそれであれば作戦計画が提示されて以来、公式に参加表明が無かったことと矛盾する。

 もちろん、たとえ参加を表明されていたとしても、間違いなく排除したはずだ。ターニャの共産・社会主義国家への反発という面もあるが、現実的な実績として東西両軍の合同作戦で満足な成果を上げたことがない。

 国連主導とはいえ満足に統合できず、指揮・補給面で混乱を招くだけだ。

 

 

 

「降下地点はSW115周辺……でしょうね」

「そこから動かずにいてくれるならば、作戦全体への影響は最小限ではあるが、望みは薄かろう」

 

 ラダビノッドも夕呼もはっきりとは言葉にはしないが、作戦計画の大部分は流出していることは明白だ。でなければ今このタイミングでの横槍など不可能だ。

 

 作戦開始前までの妨害工作に対する対策は徹底して行われてきたが、今の状況はほぼ想定の範囲外だった。作戦エリアが喀什という、軌道降下しか現実的な介入手段のない地域という特殊な状況から、現地へ無理矢理に押し入ってくるとまでは真剣には考慮されなかった。

 

「彼らの目的は『い号標的』……アトリエにあるG元素とみるべきかね?」

「ハイヴ地下茎への侵攻を進めるならば、それ以外はあり得ないでしょう。地形データと各種想定状況とは間違いなく流出している考えて対応すべきかと」

 

 事前に繰り返されたシミュレーションにおいては、武が描き出したハイヴ地下茎の概略マップが採用されている。これはA-01だけではなく、同道する国連軍及び合衆国陸軍でも採用されていた。

 国連軍は『桜花作戦』同様にハイヴ地下茎内で途中で分岐し、誘因にあたる。同じく合衆国陸軍もさらにその先で別れ『い号標的』へと向かう。

 

 

 

「帝国の親ソ派か、あるいはいつもの英国の良く回る舌でしょうか。合衆国のパンダハガーという線が一番濃厚でしょうけど」

「今それを暴き立てても……ああ、いや?」

「ええ……想像以上に詳細なデータが流出した可能性が高まりましたわ」

 

 シミュレーションデータだけであればまだしも、

 

 

 

「先ほど撤退してきた第一次降下部隊、その前線司令部が集めたデータさえも、すでにあちらに渡っている、と?」

「タイミングが良すぎますわ」

 

 合衆国は巨大な国家システムだ。特に今次BETA大戦勃発以降は、唯一の超大国として世界に君臨していると言える。

 そしてその巨大さゆえに、国内でさえ意識の統一は取れていない。二大政党のみならず、南北や西海岸側と東海岸側といった地域意識の差、陸軍内部だけであっても幾多の派閥が存在する。

 それらの中には帝国に対しての反感と、いまなおアジアへの幻想を抱いている者たちもいるのだろう。

 

 そして喀什攻略を、国連軍が主導したという体裁を整えつつも、帝国が推進する第四計画が完遂してしまえば、少なからぬ影響がある。今後のハイヴ攻略においても、帝国の意向が尊重されることになりかねない。

 ならば奪われているとはいえ国土内に数多くのハイヴを有する中ソへと配慮するという形を取りつつ、作戦地域へと招き入れることくらいは些事ではないと判断する高官が居てもおかしくはない。

 

 直接指揮を執る第四計画へと負担を強いることもでき、第五が主力である『フラガラッハ作戦』へと移行することも容易くなる。

 

 

 

「帝国をそれほどまでに警戒しているのか、あるいはいまだにチャイナ・ドリームを夢見ているのか……」

「ははッ……事務次官補殿にはお聞かせできぬ話だな。かの国には『並び立つ』などという概念は存在しないと、合衆国の方々の多くはなかなかに理解されないらしい」

 

 ラダビノッドには珍しく、皮肉じみた声で笑う。だがたしかにターニャが聞けば静かに激昂することは間違いない。

 

「しかし結局は、現地に任せるしかない、か」

 

 先ほどターニャには対応は一任するとは告げている。とはいえ単純に実力をもって排除するという手段は、取りがたい。

 

 衛士の対人類戦に対する忌避感というメンタル面もあるが、これはA-01や合衆国陸軍であってもラプターを駆る者たちであればほぼ問題はない。斯衛であっても同じだろう。そもそもが対人類戦をも前提とした訓練を日ごろから積み上げているのだ。

 難しいのは、無許可の武装集団と見做すには、自身の所属を明らかにしているために政治的に困難なことと、なによりも単純に戦力の点だ。

 

 XM-OS搭載機かどうかは現時点では不透明だが、わざわざ無理を通して投入するのだ。少なくともXM-1には換装していると見なすべきだ。亡命国家でも生産可能なレベルにまで落としたXM-2用CPUや、場合によっては何らかの工作でXM-3用CPUさえも入手して採用している可能性もある。

 それらが連隊規模で投入されたのだ。対BETA戦の横、片手間で排除できる要素ではない。

 

 しかしそれらも相手の出方次第だ。

 ただSW115周辺に居座るだけであれば無視することもできなくはない。逆に直接的な障害ともなれば、ターニャならば排除も厭わぬだろう。

 ただ願わくば、人類同士が火蓋を切ることは無きよう、とラダビノッドは無言で祈る。

 

 

 

 

 

 

「ッ!? S92に未確認の巨大振動波ッ!!」

 

 中ソ戦術機の動向に注目していたラダビノッドと夕呼だったが、その報告で意識を切り替える。

 

「まさか……母艦級かッ!?」

「は、はいっ、推定全高150mを超えて、全長は一切不明とのことですっ、仮称母艦級かと推測されますッ!」

「数は一体……というのかしらね?」

 

 夕呼専属のオペレーターを務めるピアティフからの報告も、普段の冷静な態度とは異なり、纏まりがない。現地からの報告が不透明なのこともあろうが、さすがにあの規模の存在は想像もしにくいのだろう。

 夕呼にしてもターニャと武からその存在を伝えられてはいたものの、あくまで数値データ、それも口伝の物でしかない。シミュレーション用データは作ってみたものの、実感できているとは言い切れなかった。

 

 ハイヴ地下茎侵攻中に出現する可能性は高いとは想定していたが、今この段階、地表付近に現れるとは考えていなかった。それゆえに、対応を提示するのに間ができてしまう。

 

 

 

『周辺に残存する戦術機にはS-11を主体とした高火力攻撃を、XG-70cは軌道上への退避をお勧めします。その後、第一次降下部隊は地表ではなく、ハイヴ地下茎を走破してSW112方面へと合流させるべきかと』

 

 内心対応を焦る夕呼に、淡々とした声でターニャから秘匿回線での通信が入る。

 こちらのデータは逐次整理してXG-70dに送ってはいるが、それとは別に現地の二機のXG-70からも情報は受け取っていたのだろう。

 

「S92は放棄する、と?」

『戦力をすり減らしつつの拠点確保であれば今しばらくは時間を稼げるでしょうが、我々第三次降下までの誘因としてはいささか弱いかと。ならばSW115の制圧を強化すべきかと愚考いたしました』

 

 横にいるラダビノッドもターニャからの具申は聞いている。現地の詳細は不透明だが取れる手段は限られている。死守か、あるいは第二次降下部隊から兵を抽出するか、ターニャの言うとおりに撤収するかの三択だろう。

 中ソの戦術機連隊がSW115付近へと降りると予想されている現状、第二次降下部隊の兵力を割るわけにもいかず、また戦略的に意味が薄まりつつあるS92の死守は無駄ともいえる。

 

「XG-70cを下げても良いのかね?」

『いまここで自壊されても、さほどの効果は見込めんでしょう。加えて地表を移動しての合流はさすがに撃沈の可能性が高い。ならば温存すべきかと』

 

 すり減りつつある戦術機戦力はともかくも、XG-70cの支援砲兵力は貴重だ。だが母艦級が移送してきたBETA群の物量を前に持ち応えることは難しい。そして小回りの利く戦術機と異なり、巨大なXG-70cはルートが構築できていないハイヴ地下茎を移動しての合流は非現実的だ。

 ならば地表を進むしかないが、その際は光線族種からの照射を受け続けることになる。耐えきれるかどうかは微妙なラインだった。

 

 

 

「了解した。XG-70cは軌道退避。合わせて第一次降下部隊はSW112へと向かわせる。ただ、第二次降下部隊からも英国軍一個連隊を東進させ、合流を急がせる」

『賢明なご判断かと』

 

 いま話している間にも、母艦級から吐き出されるBETA群に、第一次降下部隊は押されている。あまり判断に時間をかけるわけにもいかず、ラダビノッドはターニャの意見をほぼそのままに採用し、各方面へと指揮を下しはじめる。

 ここからラダビノッドは緊急時の対応で、先ほどまでの余裕などなくなるだろう。

 

「ですが、本当にXG-70cを下げてよろしかったのですか?」

『仕方あるまい。今あの場で自爆しても、巻き込めるのはせいぜいが母艦級一体と、周辺のいくばくか程度だ。ならば一度下げて再投入可能な時期を見計らうべきだろう』

 

 ターニャと夕呼、二人ともに明確に言葉にはしないが、XG-70cに限らずXG-70シリーズ、その使い道の一つは自爆攻撃だ。ML機関の暴走による自壊はG弾20発分にも匹敵すると言われている。ただそれを実行するならば『あ号標的』近辺でなければ、その破壊力をもってしてもさほどの意味を齎さない。

 

 

 

『まあ……コミー共の乱入に加え、この時点での母艦級出現ともなれば、いささか手札が足りぬのは確かだ。ただ時間的にはむしろちょうど良かったとも言えなくはない、か』

 

 なかば独り言じみた口調で、ターニャは溜息とともに言葉を漏らす。

 

 時間と言えば、そろそろ第二次降下から一時間が経過し、第三次降下前の軌道爆撃が開始される頃合いだ。

 先の二回同様に、誘引として通常爆撃で光線族種をモニュメント周辺表面に誘い出し、そこへG弾を投下する。通常の軌道爆撃や艦砲による支援砲撃とは異なり、ここにAL弾頭は使用されない。対光線族種用の重金属雲を形成したとしても、G弾を投入してしまえば文字道理に雲散する。

 

 

 

『ところで今、そちらは日が昇ったほどの時刻かね?』

「……は?」

 

 突然にターニャは秘匿回線を切り、一般の、それもオープン回線で問いかける。その切り替えだけでなく、おそらくは何らかの符丁なのだろうが、さすがに事前に知らされていない工作では夕呼も対応できない。

 ただ、ターニャが伝えるべきは夕呼ではなかったようだ。

 

「ッ!? 合衆国予備戦力の再突入型駆逐艦、軌道変遷を開始し始めましたッ、あ……いえ、全軍ではありません、一部、いえ……これは?」

 

 先の母艦級の出現を報告してきた以上に、ピアティフは狼狽えたように状況を羅列していく。データを見ている夕呼も声には出さないが、その挙動は理解できても意図が一瞬掴めなかった。

 

(これは……部隊ごとではないわね、何かそれぞれが勝手に動いているようだけど……まさか反乱?)

 動き出した艦艇の所属は統一されていない。大隊ごと移動を始めたものもあれば、連隊の中から一分隊だけのものまである。だがそれでも、目指す軌道は明白だった。このまま遷移すればG弾投下の直後に、喀什への降下コースを取ることができる。

 

 各艦への通信量が無秩序に増大しているところを見ると、『フラガラッハ作戦』を指揮する大気中の合衆国軍司令部も、この状況は想定していなかったようだ。一部が先走ったともいえるが、反乱と捉えられても仕方がない事態だった。

 

 

 

『降下時間が来たと動き始めましたが、どうやら我が艦の時計が狂っておったようですな』

『いやいや。こちらなど支給品の時計がズレておりましたよ。先の帝国訪問の際にSEKIOを求めておくべきでした』

『喀什と東京とは同じ時間でなかったとは……』

『なに、直近で部隊配備を変えるような状況だ。上も知らなかったのではないかね?』

 

 ただ夕呼が悩む間もなく、あからさまなまでに嘯いた声が、オープンチャンネルで響き始めた。わざとらしいまでに「時計が狂った」と言い出すのは、軌道遷移を始めた各駆逐艦の艦長たちだ。

 個別で対応指示が出ているはずだが、まったく気にする素振りさえ見せていない。

 

 

 

 そんな混乱した通信状況の中、どこか幼いがよく通る声が響き渡る。

 

『さて、諸君……待たせたな、戦争だ。戦争の時間だ』

 

 音声通話のみでその表情など見れるはずもないのだが、皮肉げに口角を歪め嗤い出しターニャの貌が、夕呼には目に浮かんでしまった。

 

 

 

 

 

 




Switch版の特盛パックが販売されましたが、そもそもがSwitch持ってねーということでスルーしてしまいました。むしろマブラヴDの86コラボの方が気になります。
で、それはともかくもテイラー大将出すタイミングを逃してしまいました。と言ってもこの時点だとまだ中将かなぁ……などと考えていたら、表向き代替作戦とはいえ喀什の攻略を成功させ熱森の合衆国なら、さすがに大将を据えるんじゃないかな、と。

次はそろそろタケルちゃんパートです。


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