Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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解離の乱流

 

 ターニャが乗るXG-70dを中核とする第三次降下部隊がすべて軌道上に上がったのは、作戦開始からほぼ二時間が経過した、第二次降下が始まろうとする頃合いだった。

 

 今回の作戦に於いてはG弾の運用が織り込まれているため、対光線属種を目的とした重金属雲の形成は企図されておらず、通信状況は他戦線と比べて良好だ。そうであってもやはり作戦目的地の喀什と総司令部がある横浜基地との物理的な距離は依然として考慮されるべきで、三機のXG-70はそれぞれの降下段階における前線CPとしての役割を期待されていた。

 

 それゆえにいまだ降下前の、前線に出ているわけでもないXG-70dだが、横浜に集まる情報と同程度のものが転送されている。細かな分析などはこちらで行うにはさすがに手が足りないためある程度纏められたものだが、全体を把握しやすい。

 

 

 

「周辺ハイヴへの陽動は比較的順調に進んでいるようだな」

 軌道投入とその前後にはどうしても情報の断絶があったが、その間に進んだ状況をターニャは軽く目を通す程度で把握する。

 

 原作における『桜花作戦』ほどではないが、本作戦においてもユーラシア各地のハイヴに対して、喀什攻略と並行して一定規模の侵攻作戦が進められていた。あくまで間引き程度、ハイヴ地下茎への侵攻は予定されていないが、そうであっても参加各国の負担は大きい。

 XM-OSの早期提供を代償に、間引きのスケジュールさえ無視した形での大規模陽動作戦だった。

 

「軌道爆撃と沿岸部からの艦砲射撃がどの戦線でも主体ですからな。加えてXM1やXM2換装機の実戦運用試験という側面もあり、無理な侵攻は無いでしょう。こちらの作戦終了時刻までのどこも持ち応えてくれそうです」

 

 ターニャの隣で同様のデータを読んでいたウォーケンも、似たような解釈のようだ。損失が軽微とはけっして言えないが、間引きの一端としてみれば受け入れなければならない範疇だった。

 

 

 

「問題は、こちらか」

「第一次降下の戦力は、降下時点で92%。現時点では73%にまで低下しております」

「想定の範囲内……と言えなくはないが、少しばかり被害が大きいな」

 

 第一次降下は合衆国陸軍三個連隊、324機のF-15Eで編成された師団規模の部隊だ。ここにXG-70cが前線CPを兼ねて随伴している。第二次降下以降のための陽動任務に当たるだけにしては過剰ともいえる戦力だった。

 第一次降下の目標地点は陽動という意味もあり、第二次および三次降下の目指すハイヴ南西の『門』SW115ではなく、そこから東に50km程離れたS92だ。モニュメントにはSW115よりも近いが、事前の衛星による偵察からはBETA群の密度にはさほどの違いは見受けられなかった。

 

 『門』周辺を制圧し、その『門』自体を退避豪として使うならば、直線的な照射しかできない光線族種と違い、XG-70cに搭載された各種艦砲による間接砲撃の支援が十全に受けられるはずだった。

 初期の制圧に手間取ったにしても、大きな損害だ。

 

 

 

「はっ、正直に申しまして、通常の機動爆撃での誘引とその後のG弾による事前排除には一定の効果があったと目されております。その上で『門』周辺での戦闘でこれほどまでの被害が出たということは……」

 

 再突入殻を用いた戦術機の軌道降下成功率は91%、もとよりただ降りるだけで一割近くの損耗が出る。そこは織り込み済みだ。むしろ割合としては今回の場合、誤差程度だが損耗が低いとも言えた。

 

 だが最初期の機動爆撃によって別方向へと誘引されてい上に、G弾による掃討とその後の硬直期間を狙っての、加えてXG-70cのラザフォード場による絶対の「盾」を持っての降下だ。それだけの段階を踏んでもなおこれほどの被害ともなれば、ウォーケンが口を濁すのも仕方がない。

 ターニャや夕呼が想定した以上のBETA群が存在していたと考えてしまったのだろう。

 

 

 

「いや……あの土木機械共の数が予定よりも多い可能性はたしかにあるが、それよりも、だ」

 ターニャはあらためて状況を読み取りなおす。

 端末に映し出されている情報は、たしかに目立つものは作戦開始直後からの致命的と言えるような損耗率だが、問題の本質はそこではなかった。

 

 被害の状況以上に不正確な情報となってしまうが、それであっても敵BETA群に与えた損害の予測値が低い。作戦立案時の想定状況の最低値に近しいか、部分的にはそれさえも下回っている。

 捌けるであろう敵の物量を処理しきれず、結果として各所で損耗しているようにも見て取れた。

 

「たしかに……そうですな。あまりにも成果の方も低い」

「合衆国陸軍衛士の練度……そこを疑問視するつもりはないがね? となれば、だ。何らかの他の要因があると見るべきだろう」

 

 ターニャが言葉にせずとも、ウォーケンもまたその異常に気付き、そして要因にも思い至ってしまう。

 

 

 

「これほどの戦力を投入した上での意図的かつ組織的な妨害行為……というのはさすがに考えにくいのですが」

「作戦行動の明らかな放棄などはないだろうな。ただ消極的な対応で時間と資源とを浪費している。つまるところはこの段階での攻略成功は望んでいない、ということであろう」

「意図しての怠業、消極的ではあるがサボタージュ、といったところですか」

「軍の、それも上層部まで影響力があるのだろうな。なるほど、近頃第五推進派が静かだったわけだ」

 

 長らくG弾運用に対して反対の姿勢を示してきたJASRAと、なによりも対立している第四計画からその投入を依頼されたことで、第五推進派の多くは懐柔できたと考えてしまっていた。

 だがどれほどの規模かは不明確だが、間違いなく今なお積極的に第四計画を破棄させようと企図している勢力はいたようだ。このままの推移で喀什攻略が遅滞すれば、予備作戦たる『フラガラッハ作戦』へと移行させられることは明白だ。

 

 

 

(衛士の疲労を考慮して離床を遅らせたことが仇になったか。今からでは降下位置の変更することも追加投入することも不可能だ)

 

 ターニャ達の第三次降下は低軌道を周回している関係で、再突入可能位置へと至るのは一時間以上先になる。

 そしてすでに第二次降下部隊も地表へと降り立っている。第一次降下部隊の現状をもう少し早く把握していれば、一部の部隊の降下位置を変更するように上申することもできただろうが、今となっては打てる手が限られる。

 

 なによりも第一次降下部隊に対しての命令権がターニャにあるわけでもない。横浜の夕呼、そしてラダビノッドを経由すればある程度の方向性は指示できるが、その程度だ。

 

(第二次降下のうち英国軍の半数、一個連隊を支援に向かわせるよう上申するか。いや、それだと損害を拡大させるだけだな。なによりも我らが安全に侵攻できるよう整えてもらわねばならん)

 

 第二次降下は帝国陸軍が二個連隊を主力とし、英連邦からも二個連隊が下りている。ただ帝国陸軍がXM-3搭載型の不知火で編成されているのに対し、英国軍はさすがに数の少ないタイフーンを投入することはできずに、F-5E ADVだ。第二世代機相当に改修され、XM-2へと換装もされているというが、戦力としてはやはり劣る。

 またS92方面への支援を帝国陸軍に依頼した場合、本来の任務たるSW115の制圧に不安が残る。

 

 

 

(我らが降下する前にSW115周辺の制圧は絶対条件だが、陽動部隊たる第一次降下部隊が大きく損耗している状況は避けておきたい……さてどうすべきかだ)

 

 ターニャはいくつか脳内で計画を立てては破棄していく。作戦の立案から深く関わってきているが、ターニャの個人的な采配で動かせる戦力は実のところ存在しない。あくまでも今の立場はA-01第一中隊付きのCP将校なのだ。

 A-01連隊長代行という立場でハイヴ侵入部隊の現場指揮官となるウォーケンの計らいで、このXG-70dをはじめとするA-01に対する命令は可能となったが、それはあくまで隊内に限ってのことだ。

 

 もちろんいくつかの仕込みもあって使えるカードはなくもないが、今それを切るべきかどうか、判断が難しい。

 

 

 

 

 

 

「……は? 少尉殿ッ!! 喀什から離脱する装甲連絡艇がありますッ!!」

「なに……?」

 

 このまま手を拱いていては時間と兵力とを浪費すると思いつつも思考を巡らせるだけだったターニャに、オペレーターの一人が叫ぶように報告を上げる。

 一瞬意味が判らなかったが、表示された情報を見ても脳が理解を拒む。

 

「これはXG-70cからの装甲連絡艇、か?」

「そのようですな。いや……しかし」

 

 データの意味は明確だ。XG-70シリーズに収納されている離脱用の装甲連絡艇が喀什から離床して軌道へと上がってきている。

 なおターニャや武の知識からすればAL世界線において佐渡島で自爆したXG-70bの運用実績を踏まえ、XG-70dに搭載されることとなった装甲連絡艇だが、当然この世界では荷電粒子砲の撤廃などを含めた艤装の際に三機ともに組み込まれている。

 

 問題は、その意図が読み切れないということだ。

 ウォーケンも不可解といった表情を隠そうともしない。

 

 

 

(まさか……本当に降りたという実績だけを作るために参加した将官がいたのか?)

 

 ターニャ自身も一度は頭に過った。

 作戦に参加したという体裁を整えるために軌道上、あるいは地表までは降りるがすぐに帰投するというのは考えなかったわけではない。授けられる名声と自己保身とを比較すれば、一考には値した。

 

 ただ下手をすると悪評だけが残りかねない行動だ。

 現地での戦闘情報を正確に持ち帰る、あるいは負傷兵の数が多く離脱せざるを得ないなどと、何らかの言い訳は付けられるだろうが、多数の兵を残して逃げ出したと見られることも間違いない。

 

 だが第一次降下部隊だけで戦術機一個連隊規模。それを指揮するともなれば少将以上の将官だ。前線で消費して良い資源とは簡単には言えない。

 

 

 

「待て、下のXG-70cとは直接連絡が付けられるか?」

「はッ、お待ちください……」

 

 前線CP、むしろAWACSとしての機能を期待されて投入されているXG-70だ。そこからどれほどの人員が逃げ出したかまだ判らないが、現地の混乱は間違いなく大きいだろう。

 

『戦車級を近寄らせるな、喰われるぞッ!』

『クソったれッ!? 支援砲撃はどうしたッ!!』

『こちらコヨーテ03ッ、至急増援をッ!! タコが多すぎるッ!?』

『止まってたヤツにも撃ち込んでおけっ、動きはじめるぞッ!!』

 

 地表と通信を繋げたためか、オープンチャンネルの音声が一気に流れ込む。

 判るのはどこもが混乱しているということだけで、具体的な状況把握にはさほどの役に立たない。

 

 

 

『このクソ忙しいのに、何処の誰だッ!?』

 それでもしばらく後に直通回線を開けられたようで、音声のみだがXG-70cに繋がった。

 

「こちら第三次降下部隊、極東国連軍前線CP、サラマンダー00。そちらの指揮官に繋いでいただきたいのだが」

『……失礼した、サラマンダー00。こちらは第一次降下部隊前線CPの、コールサインはそういえばなくなったな。指揮官殿ともどもに先ほど軌道上へとお帰りになられた』

「なるほど……忙しい時にお邪魔して申し訳ない。指揮が迅速に継承されているかどうか確認したかっただけだ」

『今のところは……そうだな。防衛ラインを300mほど下げて、各大隊ごとの自主判断に委ねたところだ。本艦は『門』に籠っての支援砲撃に注力している』

 

 画像がないために判りにくいが、通信に出たのはまだ年若い将兵のようだ。師団規模の指揮をすべて担っているわけでもなく、うまく指揮権を分散しているようではある。ただ第二次降下部隊との連携指示などにまで意識が回せる状況ではなさそうだ。

 

 指揮官が撤退したとはいえ、総司令部との連絡も繋がっている。今すぐに瓦解するような状況でないことは確認できた。退避した将官の政治的背景なども知りたいところだが、それは作戦終了後でも問題ない。

 

 

 

「こちらはまだ軌道上のために手が空いている。必要ならば処理の一端を受け持つことも可能だが?」

『……サラマンダー00、申し出には感謝する。が、もとより臨時編成された部隊だ。これ以上の指揮系統の変更に伴う混乱は避けたい』

 

 合衆国陸軍が指揮系統に関わることを一部なりとも明け渡すとは思いもしないが、一応は聞いておく。もしこちらで指示か出せるならば、ある程度の無理が通せるのだ。

 そして当然のように断られたが、躊躇いがあったのは、それほどまでに状況が悪化しているからかもしれない。

 

(いや……臨時編成とはなんだ? 第一次降下部隊は昨年末には選出されていたはずでは?)

 相手側の返答に新たな疑問が湧くが、今の立場上問いただすことは難しい。

 

 

 

「失礼、こちらXG-70d、機長のウォーケン合衆国陸軍少佐だ。手短に確認したいが、臨時編成というのはどういうことだ?」

 ターニャが問いただすかどうかわずかに躊躇った瞬間に、ウォーケンが通信に割り込む。相手側に将官が不在という状況で、少佐という階級を盾に詰問するかのように言う。

 

『そちらに連絡は行ってなかったか……第一次降下として予定されていた部隊が予備作戦の方に編入されたため、いまこの場にいるのは急遽編成された混合部隊だ。必要ならば各連隊長との直接回線を開くが?』

「了解した。また連絡は不要だ。これ以上前線の手を煩わすことは避けたい」

 

 必要なことは聞けたかと、ウォーケンが目線だけでターニャに問うてくる。それに対し簡単に頷いて、話を切り上げさせる。

 

 

 

「さて……部隊編成のことをいまさら問いただしても仕方なさそうだ。ともかくも、そちらはあと四時間耐えられるかね?」

『……本艦の保持だけであれば、可能だ。が、正直なところ部隊としての組織だっての抵抗は厳しいと言わざるを得ん。第三砲塔を失ったことが悔やまれる』

 

 第三次降下が始まるまであと一時間以上、そこからハイヴ地下茎へと侵攻し、『あ号標的』の排除まで含めた全作戦完了までには、実のところ四時間でも厳しい。

 そして降下から一時間程度で三割近い損耗を出した第一次降下部隊だ。第二次降下部隊の展開もあって敵BETA群の抵抗が分散されるという甘い見込みを踏まえても、彼らがこのまま耐えられるとは考えられない。

 

 もちろん相手側の言葉通りラザフォード場という絶対の『盾』があれば、XG-70cだけであれば耐えることも不可能ではないかもしれない。ただ砲兵としての機能を維持するには、その分の砲塔が必要だ。

 弾頭に関しては無尽蔵ではないが、艦艇に等しい規模の機体に余裕をもって搭載している。むしろ5インチ砲を一門を失ったということならば、残り三門では砲身寿命の7000発に至るまで撃ち続けるにしても、時間の方が足りないだろう。

 

 

 

「こちらが今すぐに動かせるのは、合衆国海軍から提供されたF-4の無人機仕様のみだ。全機Mk-57を装備した状態で、砲兵の真似事しかできん。しかし連隊規模で今からならば15分以内には投入可能だ」

『むしろなによりの増援だ。そちらに指揮管制を任せられるならば、なおうれしい』

「残念だがここからでは詳細な指示出しなどできんよ。現地に展開する諸兄らの努力に期待する」

『了解した。我らが優秀なるブリッジクルーの働きに期待しよう』

 

 具体的な支援があると聞けて、相手側の声が軽くなる。

 

 ターニャとしては第三次降下まで温存しておきたかった文字通りの予備戦力だったが、今ここで切っておかねば第一次降下部隊は陽動としての用さえ果たせなくなる。もとより第二次降下と第三次降下そのそれぞれ30分後に投入予定だった兵力だ。半数ずつ運用するつもりだったが、こうなってしまえば全機をS92方面に投下するよりない。

 

「なに、海軍からとはいえ、もとより合衆国国民の税によって用意された戦力だ。所属が異なるとはいえ、存分に使い切ってこそだ。では我らが道行の整備をお願いする」

『はは、見渡す限りの荒野にいる身としては「青き清浄なる世界のために」とでも返しておこう』

 

 これ以上、軌道上からできることは少ない。なによりも最前線で処理を続ている指揮所の手を長らく煩わせるものでもない。簡単に言葉を残してターニャは通信を切った。

 

 

 

 

 

 

「さて少佐。部隊の臨時編成という話、貴様はどう見る?」

「本作戦に対する明確な妨害、と言い切ることは困難かと。数としては予定通りに投入されておりますし、なによりも本来予定していた部隊がこの後ろに控えている『フラガラッハ作戦』に編入されたというのであれば、あくまで編成上の問題として適正な処理が行われていることでしょう」

「まったく忌々しいことに、貴様の言葉通りだ。極東国連軍が作戦の総指揮を執っているとはいえ、部隊編成の権限は合衆国陸軍にあり、ましてその内実にまでは口を出せん」

 

 これで数が足りていなければ文句の言いようもあったが、そこは揃えてきた。なによりも合衆国陸軍は今降り立ったF-15Eの三個連隊に加えて、第三次降下にはF-22一個連隊を用意している。計画立案主体たる帝国、そして極東国連軍よりも投入戦力が大きいのだ。

 

 

 

「ですが、これで第一次部隊の損耗の高さと成果の低さ、その原因はほぼ確定できましたな」

「やはり従来型OSの、未改修の機体かね?」

「でしょうな。合衆国陸軍はXM-2の採用予定どころか、XM-1の導入もいまだ審議中です。XM-OSに対応し転換訓練を受けているのは、この後に控えているF-22と、編入されたというF-15E三個連隊だけのはずです」

「上手く言い逃れる準備だけは周到のようだな」

 

 ターニャ達が想定した状況設定は、XM-3搭載型F-15E三個連隊を投入した場合のものだ。従来型OSの機体とは戦力評価において大きな差がある。

 

 だがここで従来型OSの機体を投入したから第一次降下が所定の成果を上げられなかったと抗議しても意味は薄い。状況想定に瑕疵があったと言われるのが関の山だ。なによりも合衆国陸軍の主流からは、第一次降下が破綻しその後なし崩し的に作戦が失敗することが望まれている。彼らの目的は『フラガラッハ作戦』でのG弾主体かつ合衆国陸軍のみによる喀什攻略だからだ。

 

 

 

「なるほどこれは誰だか知らぬが将官が逃げ出すのも理解できる。下手に現地に居残っていれば、この後の失策すべての責を取らされるのだからな」

「今であれば作戦計画の事前予想と現地の状況が乖離していたと言い逃れつつ、現地の詳細情報を素早く持ち帰ったと言えますからな。なによりもこの後指揮を継続するかどうかにもよりますが、基本的にはラダビノッド准将閣下に責を負わせることも難しくありません」

 

 第一次降下は合衆国軍のみだからと無理を通した形かもしれないが、通常の編成通りに師団指揮官の将官を前線へと送り出したのも、政治的背景あってのことだろう。

 さすがに自身よりも下の階級の者に作戦失敗の全責任を取らせるのは問題もあろうが、そうはいっても大佐相当官の夕呼が計画立案の主体で、作戦総指揮は准将でしかないラダビノッドだ。

 

 異様だが、多国籍編成ゆえの事態だ。帝国陸軍は混乱を嫌ってXG-70bに登場した現地指揮官は大佐に、同じく英国軍も大佐だったはずだ。ラダビノッドに合わせる形で、指揮権限と階級とが釣り合っていない。

 なによりも第三次降下のターニャ達に至っては、名目上の指揮官がウォーケンの少佐だ。ハイヴ地下茎侵攻部隊のみの連隊規模とはいえ、本来ならば大佐が低くとも中佐、なによりも同道する国連軍や合衆国陸軍の規模を考えれば、大佐でも低い。

 

 ただJASRA局長としてのターニャが准将待遇という問題がある。結局はターニャが非公式とはいえ指揮を執ることになるだろうと、各方面が秘密裏に納得してしまったからの人事とも言えた。

 

 

 

「まあしかし、現状ではこれ以上手を打てぬことも確かだ」

 忌々し気にターニャは吐き出すように言うが、実際表立って動かせる戦力など先ほど降下を決定した無人機くらいだ。あとは部隊が降りなければ対処しようもない。

 

 こうなってしまえばむしろ今すぐにでも『フラガラッハ作戦』に移行させて、ユーラシアが割れる限界までG弾を投射してしまっても良いのではないかと、投げやりな思いにさえも浮かび上がる。

 無論そうなってしまえば解決不可能な政治的問題が積みあがるだけでなく、第五推進派を止めることも不可能となり、「大海崩」へと向かうだけなので受け入れることもできない。

 

 いまは降下まで耐えるしかないかと思いつつも、苛立つ心を抑えるため、無重力仕様のタンブラーへと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 だがせっかくのコーヒーも、口を着ける余裕がなかった。

 

「少尉殿ッ、横浜の香月副司令より秘匿回線です」

「……回したまえ」

 

 これ以上、降下前になにがあるのかと溜息の一つも付きたくなったが、それを飲み込んで通話に出る。これでエヴェンスクハイヴに「Γ標的」たる超重光線級が出現したなどであれば、もはや「大海崩」さえ受け入れて『フラガラッハ作戦』へと移行させようかと嗤いそうになる。

 

「なにごとかね?」

『一部では朗報と受け入れる向きもありますが……』

 

 夕呼には珍しく、どころ口調が重く回りくどい。無言のままに先を促すと、溜息一つの後に淡々と報告される。

 

『エヴェンスク、および重慶への陽動作戦へと参加予定であったソビエトおよび中国共産党軍の一部が軌道を変更。喀什への降下を企図している模様です』

「は? ……はぁっ!?」

 

 夕呼の言葉が耳に届いた瞬間、ターニャは周囲の目線など気にせずに声を出したしまった。

 

『HSST50機強、戦術機戦力にして連隊規模と推測されます。総司令部としては退避を勧告していますが今のところ聞き入れる様子はなく、今後の対応は現地指揮官に一任する、とのことです』

「了解……した。報告に感謝する、香月副司令」

『詳細な情報は別途送信いたします』

 

 

 

 この段階での、まったく予想もしていなかった乱入だ。当然ながら連携など取れるはずもなく、また取りたくもない。

 降下地点はいまだ不透明だが、SW115周辺へと降りられてしまえば第一次降下部隊の誘因作戦がまったくの無駄になるほどのBETA群を引き寄せる可能性すらある。

 

 これはむしろ国連軍主体の作戦行動に対しての意図的な妨害として、降下前に排除すべきかとまで真剣に考えてしまう。問題はそのような軌道戦力など存在しないという点だ。

 

 どうして……どうしてこうなった、と頭を抱えなかった自分を誇るべきだと、ターニャは思考を放棄しかける。

 

 

 

 

 

 




原作でも国連軍だけで戦術機二個師団規模の降下だったはずですが、ラダビノッド准将が総指揮官だったのヨシッとしてしまったので、あっちこっちで階級がグチャグチャになってしまってます。
XG-70に限っても、フリゲート艦同等とかで考えると艦長扱いなら中佐、AWACSと見たら機長or正パイロットで同じく中佐くらい? 各降下部隊の前線指揮官ともなればともっと高級将校が居なければーっとなってしまいましたが、そのあたりの設定が見当たらないのでさらっとスルーしています。
テイラー大将はもしかしたら次回名前くらいは出したいなぁ……くらいです。


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