Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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落魄の免訴 02/02/14

 喀什攻略作戦「シナリオ11」の発動まであと数時間。

 

 なお作戦名称は、ターニャも夕呼もどうでもいいとばかりに放置していたために、状況設定番号だったものが、結局そのままに使われることになってしまっていた。

 結局、武は最後の猶予とでもいうべき72時間の休暇を基地内でトレーニングなどに費やした。実家に戻っても誰もいないという理由もあったが、なによりも何かしていなければと無駄に焦りがあっただけとも言えた。

 

 そして時間はあったものの先送りにしていたことを、出撃を目前に控えた今になって片付けようと、この場に出てきた。

 

 

 

 かつてのEX世界線では心臓破りと言われていた桜並木の続く坂の上、白陵基地の正門を出たすぐの場に、武は一人佇む。わずかに東の空は明るみを帯びてはいるが、いまだ日の出までには時間がある。黒の零式衛士強化装備の上に国連軍のコートを羽織ってはいるが、少しばかり肌寒い。

 日々少しずつ暖かくなりつつあるとはいえ、まだ2月の半ば。梅ならばともかくも、桜はいまだ蕾のままだ。

 

(神宮司軍曹、伊隅大尉……それに隊のみんな、俺は征きます。勝てるとか人類に未来をとかは今の俺には口には出せませんが、供に行くこの世界の皆を見守っていてください)

 

 「あ号標的」を堕とした時になどと考えていたような記憶もあるが、あの時は周囲への影響が如何ほどになるのかなど考えもせず、ヴァルキリーズの面々を再び巻き込むようなつもりはなかったからだ。

 やはり考えなしの英雄願望だったかと自嘲したくもなる。

 

 かといって、皆とともに無事に帰還できるなどとも豪語できない。

 結局、願望じみた祈りの言葉を捧げることになってしまった。

 

 

 

「やはりここにいたか、白銀」

「おいおい……出てきて大丈夫なのか?」

「ふふ、副司令からはご許可いただいている。それに……」

「ああ、中尉達がいる、か」

 

 武の祈りが終わった頃合いを見計らってくれていたのか、普段は立てぬ靴音を響かせて、冥夜が近づいてきた。

 当たり前だが、正門前のこの場所は、基地の外側だ。武は先日の内に外出許可を貰っていたが、いまここにいる冥夜がそのような準備をしていたとは思えない。

 

 とはいえ夕呼ならばすぐに許可は出せるだろうし、警護に関してはいまは喀什攻略を控えて普段の数倍に至るほど厳重でもある。なによりもゲートからは出てきていないが、すぐ近くには真那たち第19独立警護小隊の4人が控えている。

 

 

 

「其方と初めて会った日も、ここに詣でておったな。先達の方々へのご挨拶か?」

「まあ……そういった感じだな。あとは、一応柊町は見ておこうかってくらいだ」

 

 街を見る、というのはほとんど言い訳だ。結局、まともに眼下の街へと降りたことはなかった。以前冥夜とともにターニャに連れられて整備の皆への付け届けを買い出しに行ったくらいでしかない。

 

「ふむ。機会があれば、と思っておったが、其方を鍛え上げた方々のお話を聞くことはかなわなんだか」

「ははっ、ワリィな」

「謝るでない。其方の立ち位置は詳しく判らずとも、口にできぬことが多いことくらいは察しておる」

「前にも言ったかもしれねぇが、どっちかっていうと俺の覚悟の無さってところだな」

 

 軽く笑って誤魔化すが、他世界線での出来事を口にしないのは武の覚悟の無さとも言えた。先日夕呼に提出した遺書に関しても修正の指示など与えられていない。誰にも話すなとも命じられてもいないのだ。

 

 

 

「っと、丁度いいな。この作戦が終わってこの基地、いや白陵に戻ってきたらちゃんと話すってのはどうだ? その時は聞いてもらいたいこともあるし」

「聞き入れたぞ、白銀。その言葉に偽りはないな? 鑑らにも伝えねばならんのであろう?」

「まあ、そうだな。約束する。みんなで無事に帰ってきたら、全部話すよ」

「了解した。ならば其方は生きて戻らねばならんな」

「いやいや、聞いてもらうにはそっちも帰ってこなきゃだぞ」

「ふむ……なるほど。たしかにそうではあるな」

 

 冥夜ともにそう言って笑ってみせる。その約束が果たされることがどれほどに困難かは二人ともに判ってはいるが、今からの作戦で命を捨てることをわずかでも躊躇うような切っ掛けになればと、ともに相手への制約として言葉を刻む。

 

 

「で、なにかあったのか? 出撃まではまだ少しばかり時間はあるはずなんだが」

「ああ、そうであった。少し予定が変わり、連隊各位は講堂に集合するようにとのことだ」

「了解だ。夕呼先生が演説ってことはないだろうから、我らがCP将校殿からのお言葉か?」

「どうであろう? 何にせよ急ぐぞ」

 

 まさかあの夕呼が大規模作戦の前だからと言って連隊員へと激励の演説をするとは思えない。何よりも霞が離れることになる今は、警護のためにも基地の作戦司令部に籠ることになっているはずだった。

 

 

 

 

 

 

 地球上最大規模のハイブである喀什は、フェイズ6。モニュメントの最大高度は1000mを超え、地下茎構造物に至っては半径100km深度4000mもの範囲にまで広がっていると予測されている。

 そしてその予測は、武の経験と、ターニャの原作知識によって確実視されていた。

 

 この世界には存在しない横浜ハイヴ、そのモニュメントは2発のG弾によって吹き飛ばすことができたが、喀什のそれは単純に高さにおいて20倍ほど。各降下段階の前に4発ずつのG弾投下が予定されてはいるが、合計12発では如何ほどの効果が見込めるかすら定かではない。

 最悪はモニュメント表層部を薄く剥ぎ取る程度でしかない可能性すらあった。

 

 投入する戦術機の総数は武の知る『桜花作戦』を超える12個連隊、1300機に近い数だ。ここに3機のXG-70が加わる。さらには通常の軌道爆撃だけではなくG弾も予定されている。現在投入できる戦力としては理想的とも言えた。

 

 

 

 冥夜とともに行動へと足早に向かうが、ふといまだ暗いままの空を見上げる。武たちは今少しばかり先、払暁の出撃となるが軌道に上がるのはさらに遅い。

 ただ降下第一陣となる合衆国軍はすでに低軌道上に展開している頃合いだ。XG-70cを前線作戦本部とし、F-15E 324機からなる1個戦術機師団だ。その戦術機を運ぶための再突入型駆逐艦も160隻以上。タイミング次第では地表からでも目視できるかもしれない。

 

 再突入殻を運ぶ再突入型駆逐艦は低軌道を飛び、およそ90分で地球を一周する。そのため一度突入タイミングを逃すと、その間はただ軌道上で待機することになってしまう。それもあって各フェイズごとの降下予定時刻は90分ずつずらされている。最悪もし何らかの要因で突入を延期した場合は、次に合わせる形だ。

 

 第一次降下は、現地時間で0800を予定されている。喀什との時差は1時間。日本時間にすれば0900だ。ほとんど無いと言ってもいい。武たちが降下するのは第三次降下、現地時間では1100になる。気温や風量といった問題は残るが、この二月であっても日差しには問題のない時間だ。

 

 

 

 それこそ真空であろうが高重力下であろうが活動できるらしいBETAと違って、人類側主力といえる戦術機はたとえ全天候型といえどやはり夜間での戦闘能力は、特に索敵面において低下する。

 相手が深夜だろうが早朝だろうが動きに変わりがないのであれば、自分たちに都合の良い日中を選んで当然だ。作戦失敗時の代替案たる「フラガラッハ作戦」が日没後の遂行となるが、そもそもがそちらはG弾の絨毯爆撃後に地上戦は最低限に、ハイヴ地下茎へと電撃的に進行するというプランなので、地表の環境はさほど考慮する必要がない。

 

 そのため、もっとも地表での戦闘が激化するであろう二次降下部隊が正午前に動けるようにと設定されたのが、いまの降下時間だった。

 

 

 

 この世界線においては横浜基地へのBETA襲撃など当然なく、電磁カタパルトも通常通りに運用できるため、軌道投入は余裕を持ったスケジュールで遂行されている。

 帝国軍は第二陣の主力となるために、今まさに戦術機が再突入殻へと搬入されていることだろうが、主力ともいえる武たちの第三次降下部隊は、まだしばらくは待機時間のはずだった。

 

 事前に全戦力を軌道上に投入しておき、逐次作戦遂行段階に合わせて降下シークエンスに入るという案もあったが、作戦に参加する衛士の体調を考慮して却下された。性能は高いとはいえ広くもない戦術機のコクピットの中、それも気密装甲兜までも身に着けたままに半日以上の時間を無為に過ごさせるのは、衛士のコンディションを著しく下げると当然のように予測されたからだ。

 

 そしてならばと選択されたのは、極限までに無駄を排して軌道周回はタイミング合わせのための一回のみで、ぎりぎりまで地表で準備を進めるというプランだった。ただ残念ながら喀什は日本の西に位置するため、実質的には離陸後からすれば二周するような形となる。

 打ち上げ予定時刻は0800あたり、第一次降下とほぼ同時になる予定だ。

 

 

 

 

 

 

 武たちが講堂へと着く頃には、すでに多くの衛士が集合していた。

 

「っ!?」

 横を歩く冥夜はほんのかすかに顔を強張らせただけだったが、武は違いなくはっきりと驚きを表してしまった。

 

 冥夜もその反応から知らされていなかったのは間違いなかろうが、その場に集まっていたのは武たちA-01の面々だけでなく、斯衛の衛士たちもだった。

 いまだ整列もせず、中隊ごとに適当に集まっているA-01と異なり、予定通りに連隊規模100余名が綺麗に並んでいる。多くは黒だったが白もそれなりにいた。そして幾人かは目立つ赤と黄の強化装備を身に纏っていた。

 

 そのような場に、先ほどまで着ていたコートを脱いだ形で歩みを進める武たち、いや紫の強化装備を身に纏い、特徴的な色蒼黒く艶やかな髪を靡かせる冥夜の姿は、間違いなく皆の注目を集めてしまう。

 横に黒の武、そして後ろには赤の真那と白の戎たち三人を率いた形だ。冥夜がどのような立ち位置なのか知らされていない黒や白の者たちであっても、何らかの意味を推し量ってしまうのは仕方がない。

 

 そして事情を知っているであろう赤の面々が号令を下さないため、敬礼するわけにも跪くわけにもいかず、斯衛衛士たちはいまだ誰もいない壇上へと視線を向けて、先ほどまで以上に背筋を伸ばし文字通りに直立不動の姿勢を堅持する。

 

 

 

 夕呼の影響か階級や社会的立場をさほど考慮しないA-01の面々といえど、そんな緊張した面持ちの斯衛衛士を横に、先ほどまで同様に作戦前のわざとらしいまでの談笑を続けるわけにもいかない様子で、少し遠巻きに武たちを眺める。

 さすがに普段ならば率先して雰囲気を和ませる役割を担ってくれる慎二にしても、どこか諦めたかのように苦笑しつつ、肩をすくめている。おなじく尊人にしても、めずらしく空気を読んでいるのか静かなものだ。

 

「連隊ッ! 傾注ッ!!」

 

 そんな大規模作戦を前にした緊張とは意味の違う空気を、一気に切り崩すかのようにどこか幼く高い声での号令が響く。

 その瞬間、いままでどこか意図して緩めていたA-01全隊の意識が、一気に塗り替えられる。 規律に厳しい斯衛に比してもなお遜色のないどころかそれ以上に姿勢を整え、続く言葉だけに集中している。

 

 壇上に上がることなく他衛士たちと同じ位置からの言葉なので、その身長から姿などは隊の後ろからは見えていないはずだが、その声だけで配下の兵を完璧なまでに律する。

 

「連隊諸君、楽にしたまえ。作戦前の団欒の時間を楽しんでいたようだが、そろそろに仕事の時間だ。今より横浜基地司令、本作戦の最高指揮官たるラダビノッド准将閣下からの訓示を賜る」

 

 連隊総員の反応など一切考慮していないかのように、軽くターニャは言い放つ。が、当然ながらにいまさらたとえ基地司令たるラダビノッド准将を前にしても、A-01の皆が普段よりも緊張するはずもない。

 一言も聞き逃すことないようと意識しているのは、この大作戦を前にターニャがどのような無茶ぶりを追加してくるか、そちらを恐れていると言っても良かった。

 

 

 

「その後には何事もなければ予定通りに各自機乗し、再突入殻へと進め。なに、出撃前の訓示など我らがA-01にはなかなかに与えられない貴重な機会だ。名誉とでも思いたまえ」

 

 ただやはりターニャは衛士の緊張などに気を配るようなことはなく、なによりも賜る訓示への敬意もさほど感じられない口調で簡単に済ましてしまう。

 とはいえ、その言葉も正しい。

 

 A-01は副司令たる夕呼直結の秘匿部隊という性格上、これまでには出撃前の訓示などというのは、よくあって大隊長、場合によっては中隊長からのものが大半だった。

 そもそも連隊指揮官たる夕呼がそう言った格式ばった行動を嫌っていることもあり、各衛士の気の持ちようはともかくも、たとえどれほど過酷な任務前であっても、普段通りに簡素なものとなることが多かった。

 

 それが喀什攻略、ほぼ帰還の見込みがない大規模作戦を前にして最高指揮官からの訓示を受けられるとなればたしかに名誉なことではあるが、古参の衛士であればあるほどにそれを重く感じることはないのだろう。

 

 

 

(結局、俺はこの世界でも、帝国臣民って感じにはなれてねぇってことか)

 武も准将からの訓示は栄誉ではあるが、この出撃直前ともいえるタイミングで衛士を集めてまで行うこととは思えない。

 

 投げ槍ともいえるターニャの言葉に武は斯衛の反応を横目に伺ってしまうが、やはり斯衛の面々は直接の訓示を栄誉と受け取ったようで、指揮系統が独立しているとはいえ一層の覚悟をもっていまだ誰もいない壇上へと意識を注いでいる。

 横に立つ冥夜も、やはり常よりもわずかに力が入ったように見える。

 

 彼女らと同じ感情を担うことは、やはりいまだEX世界線での意識が根幹に残っている身には難しい。そんな風に思えてしまう。

 

「基地司令入室、総員傾注ッ!!」

 

 武が埒もないことを考えていたわずかな間に準備は進んだのか、壇上へとその准将が現れた。

 号令に遅れることなく武も姿勢をあらためて正し、敬礼する。

 

 

 

「諸君、楽にしたまえ」

 ラダビノッドの返礼を受け、休めへと姿勢を変えるが、武はやはりどこか集中しきれていない。

 

 なによりも武自身の直接的な記憶としては四ヵ月ほど前、先のAL世界線においてすでに一度准将の訓示を聞いているのだ。

 あの時は横浜基地防衛の直後、A-01第9中隊ヴァルキリーズも実質的に半壊した状態での余裕も時間もないいきなりの大規模反抗作戦だ。武自身はXG-70dに乗り込みつつ、誰もが残された死力を振り絞っての準備の最中だった。

 

 深く力強い准将の声は、たしかに何かを奮い立たせてくれるものではあった。それをいま再び同じような言葉を受けてつつも、あの時同様の気力を沸き立たせることが難しい。

 

 

 

 ――そして今、若者達が旅立つ

 ――鬼籍に入った輩と、我等の悲願を一身に背負い、孤立無援の敵地に赴こうとしているのだ

 

 いまさらに喀什へと赴くという恐怖が、武自身だけではなく隊の皆を巻き込んで死地へ向かうことの圧が、重く圧し掛かってくる。別世界線の知識というものをもたらし、作戦立案の一端を担ってしまったことで、身近な人々を無為の死へと誘っているのではと詰まらぬことを考えこんでしまう。

 

 ――歴史が彼等に脚光を浴びせる事が無くとも

 ――我等は刻みつけよう

 ――名を明かす事すら許されぬ彼等の高潔を、我等の魂に刻み付けるのだ

 

 なるほど。たしかに魂に刻み付けられている。佐渡を堕とすために、あるいはここ横浜基地を護るために、そして喀什においては武を先へと進ませるために、皆その身を散らした。

 先ほど正門の桜へと誓ったことなど無かったこととして、この場で狂ったように暴れだせば、この世界であれば冥夜をはじめ第一中隊の皆くらいは助けられるのではないかと、埒もないことすら頭を過る。

 

 

 

 ――旅立つ若者たちよ

 ――諸君に戦う術しか教えられなかった我等を許すな

 ――諸君を戦場に送り出す我等の無能を許すな

 

(ははっ、たしかに俺は、この「俺」は「カガミスミカ」が不必要とされた要素の集合体だな。「シロガネタケル」ならここはちょっとくらいヘコんでも、笑って立ち上がるところだろう)

 

 顔には出さないようにだけは注意して自嘲しするが、許されざる無能はこの白銀武だ。

 中途半端な知識とちょっとばかりの戦術機機動だけしか取り柄がなく、人類の危機を救うどころか、身近な者たちを再び死へと追いやっている。

 

「願わくば、諸君の挺身が、若者を戦場に送る事無き世の礎とならん事を」

 

 先に聞いた言葉と似たような、あるいはまったく同じなのか、ラダビノッドが〆の言葉を残すが、それさえも武はどこか現実味を感じられずに、受け止められない。

 

(次は……、もう次は俺たち戦術機に乗って宇宙へと上げられちまうのか? そうなったらあとはもう、前みたいにみんな俺だけ残して……)

 

 本当に今ここで暴れてしまった何もなかったことにしてしまうかと、愚かなことを考え直してしまう。

 

 

 

 

 

 

 だがラダビノッドの演説が終わり、壇上から少し下がっても式は終わらず、解散の号令もない。

 

「続いて、日本帝国国務全権代行政威大将軍、煌武院悠陽殿下からのお言葉をいただきます……総員、傾注ッ!!」

「ッ!?」

 

 代読かよくて録音音声の再生の準備に手間取っていたかと考えていると、白の巫女装束にも似た正装を身に纏った悠陽本人が、こちらも礼装の真耶を着き従えて壇上へと姿を現した。

 

「楽にしてください。まずは本作戦に協力してくださっている方々に、日本帝国臣民を代表して深く御礼申し上げます。そしてなによりも今より戦地へと向かおうとする将兵の皆様に心よりの感謝をお伝えいたします」

 

 ありきたりではあるが心の籠った挨拶を耳にしながらも、武は自分を落ち着かせるために、思わず周囲の様子をうかがってしまう。

 斯衛の衛士は、紫の強化装備を身に纏う冥夜の存在と、壇上で普段同様に挨拶を続ける悠陽の存在に戸惑ってはいるのだろう。声ではなく、思わず吐いた乱れた呼吸音が幽かに響いた。ただそれだけの反応で収まっているのは、さすがは斯衛といえなくもない。

 

 横に立つの冥夜も話を聞いていたわけではないのだろう。悠陽の直接の登場に、表情を崩したわけではないが、やはり完全には驚きを隠せていない。ごくわずかに目が開いてしまっていた。

 

 

 

「最初にこの作戦の概要を聞いた際、成功確率は極めて低く、また成功した場合であっても参加将兵の帰還率は0%だと伝えられました。しかも準備期間は半年となく、それでいてどうしてもこの春までには実施しなければならないとも」

 

 居並ぶ衛士の反応に気を取られた様子はなく、悠陽は言葉を続けている。むしろ目線をこちらに、というよりかは冥夜へと向けてくるくらいの余裕さえあるように見える。

 

「しかし本作戦が第11状況想定案、シナリオ11とそのままに呼ばれるように、作戦立案においては時間が許す限りに熟考され、合わせて各国との連携も進められました。また正面兵装たる戦術機に関してもいくつかの改修が加えられ、困難ではありますが打ち勝てぬ戦いではないと言えるほどの準備は整えることができております」

 

 悠陽はXM3は自身の功績となっていることから名を出さずに、それでいて準備は十全に整っていると楽観できる要素を上げる。実際XG-70の複数投入と、G弾の連続投下をも含めた結果、武が見せられた最終案であれば『あ号標的』の破壊だけであればそれなりの成功確率となっていた。

 

 

 

「またこれより皆様が赴くのは孤立無援の地ではありますが、今まさにこの時であっても整備の方々は機材の最終点検に余念がなく、またこの横浜基地をはじめ後方での指揮担当の者も、可能な限りの補助を用意しようと奮進しております」

 

 付け加えられたように、機体の方は行くたびもの最終点検が続けられている。軌道降下での致死率を上げる要因ともいえ、「空飛ぶ棺桶」などと揶揄される再突入殻に至っては、通常なら見逃されるような誤差であってもパーツ交換を進めているともいう。

 

「本来ならば国を挙げて参加される将兵の皆様をお見送りすべきではありますが、本作戦はその目標の重要性から一般に対しては秘匿する必要があり、いわゆる間引き作戦の影でかような形での出撃となっております。先のラダビノッド准将の言ではありませんが、これらは皆様を戦地へと送り出すしかない我らが無能と罵っていただいてもかまいません」

 

 本来ミスを認めてはいけない立場でありながらも、それすらも受け入れると悠陽は言う。

 そして広く居並ぶ衛士を見渡していた悠陽だったが、視線をただ一人に据えて言葉を続ける。

 

「なによりもまずは、自身とそして横に並ぶ友と呼びあう方々を護ることを、そしてできうる限り多くの方々が無事な帰還を果たせるように戦っていただきたいのです」

 

 ――潔く散るのではなく、生き汚く抗い続けて下さい

 

 冥夜が九州防衛戦開始の際に告げた言葉を、悠陽は繰り返して見せる。

 今後を考慮して、おそらくは城内省だけでなく煌武院の中でさえ、冥夜はこの喀什攻略で死んでもらいたいと考えている者はいるのだろう。それを悠陽は100名程度の、黒が大半の斯衛衛士の前に冥夜とは別の形で姿を現すことで、明確に反対する意図を表した。

 

 そしてなによりも冥夜自身が自分が死んで消えることで後顧の憂いを断てると考えているが、それは無用だと、むしろ生きろと伝えてくる。

 

 

 

「もはや私個人には為せることはありませんが、作戦終了まではこの横浜基地にて皆様の無事なご帰還を祈らせていただきます」

 

 今までは冥夜の方を見ていたが、最後だけ武を間違いなく見て言葉を残す。

 

 それは悠陽の護衛としての用意されている戦力、斯衛の対人戦力を夕呼の護衛にも回すという意味だろう。

 霞の探知能力からも、またA-01という直接戦力とも切り離させる夕呼だが、悠陽とともにあれば、その身の安全はかなりの確度で保障される。

 

 

 

 そして武は、自身への自嘲をいつしか止めていたことに気が付き、ただ気楽に笑えていた。

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。年内には完結させたいなぁと、毎年この日になれば書いている気もしますがさすがに今年中には終わるはずです。

で喀什攻略といえばラダビノッド准将の演説ですが、この作品だと横浜基地襲撃がないので前半部分はざっくりと無しです。あと悠陽殿下の演説を強引に押し込んでしまいましたが、これで本当に次回からは喀什に行けるかと。

うまくすれば残り5回、GWまでには完結できるといいなぁくらいです。あとしばらくお付き合いください。


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