Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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悔恨の余燼

 

 ターニャは簡単に「連携」と言うが、定数割れしているとはいえ今のA-01は2個大隊規模だ。実のところこの規模ともなれば細かな対応など意味は薄い。隣で戦う中隊の作戦進行度が低いから少し肩代わりする、そんな程度の能力を求められているわけではないだろう。

 

 戦闘機に近しい運用をする戦術機において戦術的な意味での機動連携は、近接密集戦闘ならば2機での分隊、基本は4機の小隊、大きくとも12機中隊規模までが限度だ。大隊36機ともなれば対応戦域も広く、さらにこれが連隊の108機まで拡張してしまえば戦略単位であり、前線で即時対応していく範疇を超えている。

 

 それを踏まえて今回の実戦運用試験においては、元より技量に優れるA-01の衛士個々の熟練よりかは、欠員が出た際の対応能力向上に充てているといったことなのだろう。こうなってくると軍事的意味合いは薄れ、人員マネジメントの領域に近しい。

 ただこれが平時の企業ならば人材の再配置で済むかもしれないが、この場は戦場でそれも人類史に類を見ないほどに損耗の激しい対BETA戦だ。中隊指揮官やCP将校だけが対応できれば良いというわけにはいかいない。なんといってもその指揮担当者が失われる可能性も決して低くないからだ。

 

 結果的に、誰がいつ欠けたとしても即座にその穴を埋めることができるよう常日頃から対応能力を高めていくといった極めて当然のそれでいて困難な要求が突き付けられる。つまるところたとえ新任少尉でしかない一衛士であっても、場合によっては大隊規模での作新指示を下せるように準備しておけと言われるようなものだ。

 もちろん、それは一朝一夕で身に付くものではない。だがいきなりそんな事態に直面するよりかは、疑似的とはいえ一応は経験しておくことには意味があるはずだ。

 

 

 

『残敵の掃討は完了、と言ったところか。そこでだ、訓練兵諸君。せっかくの機会ではあったが、諸君らは満足に運動ができたかね?』

『『『はい、いいえッ!! 少しばかり動き足りませんッ!!』』』

 

 ターニャの問ともいえぬ言葉に、事前に予定していたかのように連隊全員の答えが重なる。ここでもう十分に戦ったなどど答えられる衛士は、いかに精鋭を集めたA-01といえど存在しない。

 

 中隊指揮官やCP将校などに疑似的に欠員が作られたとはいっても、もとより光線属種のいない戦場だ。くわえて長距離行軍の直後とはいえ弾薬を十分に持ち込んだジャール大隊からの支援もあった。

 安全な戦闘だったわけではないが、精も根も尽き果てたなどとは言えない。

 

 

 

『ならば訓練兵諸君、今しばらくは演習の時間だ。なに、どうやら燃料表示系のプログラム部分に少しばかり異常があったようで推進材はまだまだ残っているが、敵も減りすぎたことだ。ゆっくりと帰るとしよう』

『おや? エヴァンスクへと突入とおっしゃられるのかと、少しばかり期待してしまいました』

『私個人としては非常に残念で心惜しいが、国際協調を旗印とする国連所属の身としては、それに関しては万国の労働者様たるソビエト衛士の方々へとお譲りせねばならん』

『はははっ、それはたしかに我らとはいえ勝手はできませんな』

 

 もしやその可能性もあるのではと連隊員の多くが恐れていたことを誰かが軽く言い放つ。それを一欠けらも惜しいと思っていないようでターニャはあっさりと流して見せる。

 笑って受け入れた隊員も、実のところ本心から安堵しているようにも聞こえた。

 

『では連隊総員、残敵を掃討しつつ、脚部走行にて移動開始。せっかくだ、短距離跳躍を繰り返しながらスキップで軽やかに帰るとしよう。ああ……ついでだ。OSのモードをXM1へと切り替えたまえ』

『はッ! 了解いたしましたッ!!』

 

 言葉通りか予定通りだったのか、追加された命に合わせ武たちはコンボの使用を禁じられたうえで、対光線族種への軌道の基本ともいえる短距離跳躍と直後の推力降下とを手動で繰り返しながら移動することになった。

 

 マニリへと帰投したのは三時間後だった。

 

 

 

 

 

 

 ジャール大隊やブラッド小隊を含めてのデブリーフィングはあっさりとしたものだった。

 

 武は疲労を感じるほどではなかったが、やはり光線級の照射を切るための短距離跳躍機動は、A-01の熟練衛士たちといえど身体に負担が大きいようだった。またXM3でのコンボではなく、XM1のキャンセルのみで特定挙動を繰り返すという単純でありながら集中力を必要としたからかもしれない。

 だがその単純な繰り返しが戦術機の操作には必要なのだ。衛士の思考制御と、機体と強化装備の双方に蓄積されていくデータとが揃って初めて、機体を十全に動かすことができる。京都の帝国斯衛軍衛士養成学校では、訓練生の間から機体に乗って74式での素振りを繰り返しているとも聞く。

 

 

 

 そして武のみならず第一中隊はまだXM1にも慣れているため、帰路の途中からはジャール大隊への教導のような立場となっていた。

 

(いや……教導のようなってか、実際のところそれが事務次官補殿の目的か? ジャールの連中はそれなりの腕だが、やっぱ光線級に対して慣れてねぇ。Γ標的が本当に出てきたら今のままじゃ囮にもならねぇってことか?)

 

 ジャール大隊が使用するSu-27はハイネマンらが技術流出させたのみならず、グラナン社からも秘密裏に技術提供を受けた、F-14の実質的後継機といえる。近接密集戦闘を重視し、機体各所に設置された近接用固定装備は実戦においては非常に有効だと言われている。最新改修型であるSu-27SMはF-15にも匹敵すると噂されるが、それも真実だろうと武にも判った。

 

 そのSu-27を駆るジャール大隊衛士の技量も、十分に高い。むしろ武が想像していたよりも優れているようにも感じられた。導入からひと月ほどしか経っていない上に、満足な教導資料もない中で、それなりの形でXM1を使いこなしていたのだ。

 たしかにXM1は機能としてはキャンセルのみで、従来型OSとの差異は小さい。特に衛士が意識することなく使えるようにとは想定されていたが、意図してキャンセルを待ちいて運用しようとするならば、実のところコンボの自動学習があるXM3よりも煩雑な場合も多い。

 

 だがそれであっても、このエヴァンスク周辺での戦闘に慣れきっているのか、光線族種に対する警戒心が薄い。現状のままにもしΓ標的が出現それに対処するともなれば、大隊全滅の可能性が高い。

 

 

 

(本気で教導にあたるんならそれなりに準備はしておきたいが……資料なんて持ってきてねぇしなぁ)

 

 まともな教本はまだ出来上がっていないが、それでも一応の覚書程度のものは纏まりつつある。任務内容も知らされずに横浜からこの地へと飛び続けてきたため武は一切何も用意していないが、小隊長の慎二か孝之ならばメモなどを控えたものを持ち歩いているかもしれない。

 あるいはターニャやまりもならば用意もしているかと、今からでも訪ねてみるべきかとも思う。

 

 だが、そんな算段は不要だった。武がどう動くかと考えている間に、ターニャから呼び止められた。

 

「白銀訓練兵、貴様まだ体力に余りあるようだな?」

「はいッ、ご許可いただければ、これから室内ではありますが訓練を始めようかと考えておりますッ!!」

 

 この地の気候では日没後、白陵基地でやっていたような外での走り込みは厳しい。警備にあたる中隊以外は待機が命じられていたが、休息しろと言われたわけではない。自主的に室内でできるようなトレーニングをこなすつもりだったが、ターニャからの指示は当然ながらそれよりも優先される。

 

「ならば『親睦』を深めに行くぞ。そうだな……ブリッジスあたりも連れていくか。ついて来い」

「はッ、了解でありますッ!!」

 

 どこへとか、親睦とはなにかなどとは聞けるはずもなく、武はターニャに指示されるがままに動き出した。

 

 

 

 

 

 

 ここは文字通りに最前線の仮設の宿舎だ。持ち込めた嗜好品に余裕があるわけでもない。ターニャに親睦を深めに行くと言われて用意させられたのは、第一中隊ではおなじみとなった合衆国製レーションだった。それを同じく呼び止められたユウヤともに箱で抱えて、ジャール大隊に宛がわれた宿舎へと三人で向かう。

 

 前線であればレーションの交換は、少しでも日々に変化を付け、緊張を強いられる時間を和らげるため、他国と共同する際にはよく行われる儀式のようなものだ。

 とはいえ相手は実質的には敵国といってもいいソ連軍だ。親睦を名目しているとはいえ、ともに待機任務中に相手宿舎に押し掛ける形だ。事前に通達しているのだろうが、どう切り出すものかと箱を抱えたままに武は思案する。

 

 だがこの思索も、無駄に終わりそうだった。

 

 

 

「てぇめぇッ……舐めてんのかよ。なにが同じ祖国のために戦う同胞だぁ?」

 

 宿舎へと向かう途中、聞きなれぬ怒声を耳にして、そちらに目をやれば、ジャール大隊所属の衛士たち数人が、国連軍のBDUを着た二人を囲んでいる。囲まれているのは髪の色からして第二中隊所属の元イーダル小隊のESP発現体の彼女たちであることは間違いない。

 

 そして当然ながら、友好的な雰囲気でないことも確かだ。

 

「まったく。あるかもしれぬと思っていたが、これが『世界の修正力』というものかね」

「……少尉殿、止めずともよろしいのですか?」

 

 呆れたというよりかは、どこか諦めたかのようにターニャが言葉を漏らす。足を止めた所を見ると、即座に介入すべきかどうか、一応は考えているようだ。

 今にもユウヤが躍りだそうとするのを、武は箱を抱えたままに身体で進路を塞ぎ、まずはターニャへ確認を取る。相手はソ連軍の衛士であり少なくとも少尉だ。訓練兵へと降格された今も立場を思えば、ターニャの立ち位置はなくとも、ここでユウヤを暴走させるわけにはいかない。

 

「アレは第四の資材だ。ソ連軍に棄損されては面倒だな」

「ああ……イーニァとそっちはクリスカ、だったっけ?」

 

 近づいてようやく、武にも誰が絡まれているのかが分かった。髪の色から第二中隊の誰かだろうとは思っていたが、暗がりな上にクリスカが屈んでいたので、小さなイーニァと同じような背丈に見えてしまったのだ。

 

 これはますますユウヤを先に行かせると余計に拗れそうだと、ターニャの横に並んでユウヤの進路を防ぐ。

 

 

 

「親睦のつもりで来てみたが、どうやらすでにパーティを始めていたようだ。出遅れたな白銀?」

「はい。いいえ、少尉殿。丁度良い時間に到着したかと愚考いたしますッ」

 

 少しばかり残念そうな声音でターニャが言うが、武は後ろのユウヤにも聞かせる意味合いで、即座に否定する。イーニァもそしてクリスカもなぜか怯えているが、暴行の形跡はない。今ならばまだ少しばかり乱暴な「交流」の範疇で済ませられる。

 正直、今回に限っては冥夜と連れ立って歩いていなかったことを感謝している。もし冥夜が居ればその護衛のブラッド小隊四人も含め、文字通りに血の雨が降ることになりかねなかった。

 

「なんだぁ、ロシア人とその取り巻きが遊びに来てんのか?」

「はっ、団体様でお越しになられて観光気分で戦争ゴッコなんだろうよ」

 

 ターニャの顔を見てロシア人だと判断したのだろう。非難の声を吐き捨ててくる。先の実戦運用試験とは名ばかりの演習と、クリスカの「同胞」という言葉などで彼らの鬱憤もたまっていたのだろう。

 

 

 

「なるほど観光に、戦争ゴッコ……か。白銀、どうやらこの連中は自分たちの置かれている状況を深く理解しているようだぞ?」

「はッ、今後の参考にいたしますッ!!」

 

 今にも殴り掛からんとするソ連軍衛士の様子を見ても、ターニャは一切の動揺を示さない。むしろ普段以上に呆れ果てたかのような声音だ。たしかに光線属種の存在しない戦場など、ゴッコ遊びのようなものだとターニャは嗤ってみせる。

 そして彼らを煽るための材料に使われているとは判っていても、武には肯定以外の返答は許されていない。

 

「でめぇ、逃げたロシア人がなに偉そうにしてんだよッ!?」

「ああ……そういえば私はロシア系ということになっていたな。これは失礼した。極東国連軍所属ではあるが、私は歴とした合衆国国民だ」

 

 淡々とターニャは自身の身分を訂正する。それがさらに彼らを煽ることになると、よく判ったうえでの対応だろう。

 

 釣られるようにジャールの面々はクリスカから意識を外し、武たちを逃さぬように周囲を囲む。

 武とユウヤとがいるが、人数差では倍以上、それも相手はどこからか角材を手にした者もいれば、すでにナイフを抜いている者までもいる。普通に考えれば国連軍の士官に手出しなどしないはずだが、ここはソビエト領でかつ彼らは非ロシア系だ。軍としての規律がどこまで保たれているのかは、定かではない。

 

 

 

「はっ、結局逃げ出したエリート様じゃねぇかっ!?」

 

 ロシア系アメリカ人と名乗ったターニャの、その経歴に思い至ったのであろう、ジャールの一人がそれまでのどこか揶揄うような雰囲気をかなぐり捨て、激昂する。

 

 今現在、合衆国への移民許可を取ることは非常に困難だ。BETA対戦において難民は存在しないという立場を取るため、一時的な避難で北アメリカ大陸に入ることすら難しい。

 合衆国が移民として認めているのは、何らかの技術を持つ者か、ある程度以上の資本を持つ者くらいだ。つまりロシア系アメリカ人といえば、金で国籍を買ったと考えてもおかしくはない。

 

「そこは打倒すべき醜悪な独占的資本家階級というべきではないのかね? ああ、いや。正しいソビエト軍人ならば、むしろブルジョア的党幹部らを暴力的手段によって外科手術的に取り除くべく、S-11を目覚まし時計付きでアンカレジまで届けるくらいは成し遂げてみるべきであるな」

 

 自身への敵意をあっさりと受け流し、間違いなく本心からの言葉であろう、国家転覆どころか消失を唆すようなことを、ターニャは淡々と述べていく。

 

 

 

「遊戯じみた戦争ゴッコをこの地で続けさせられるくらいならば、ルールを守らぬ者たちに、ルール無用の暴力を振るいに行くほうが建設的ではないか、そういう話なのだがそれほど難しいかね?」

「は……? 何言ってんだよ、このガキ……」

「アタマおかしいんじゃねぇのか」

「は、ははっ、おおかたBETAを目の当たりにして、狂っちまったんだろう」

 

 イーニァにまで手を出そうとしていたジャールの衛士たちも、ターニャの雰囲気に飲まれたのか、腰が引けている。ターニャの異様さは感じつつも、それでもジャールの面々は虚勢だけは崩さぬようで、狂っていると哂っては見せる。

 

 たが、武には分かる。ターニャは半ば本気で反乱を唆しているのだ。

 この程度はただの意趣返しの範疇だろうが、ターニャにしてみれば社会主義国家内部で抑圧された少数民族や、旧東側周辺諸国がソ連に対して反抗的態度を取ることは望ましいのだろう。

 それは直近の対BETA戦への戦力集中を欠くこととなっても許容できる損失、あるいはある程度の先を見通せばむしろ合衆国主導の対BETA戦を想定した場合はプラスに働くという判断だ。

 

 

 

「あの、少尉殿? できれば穏便に済まされたほうが……」

 さすがに今すぐ武装蜂起を実行させはしないだろうが、この場での憤りを暴力的解決で発散しかねないと、武は恐る恐るではあったが口を挟む。訓練兵となった身で士官に意見するという状況以上に、ターニャの行動に修正を求めるというのは胃を痛める。

 

 もし乱闘騒ぎになったとしても、身の安全だけは確信している。注意を払うべきは、相手の被害だ。

 体格的には間違いなくただの幼女だが、ターニャの身体能力、何よりも徒手であってもその近接格闘能力を武は身を以って知っている。この人数差であっても、間違いなくターニャ一人で制圧してしまう。

 その際、不幸なことに死者が出てもおかしくはない。

 

「なるほど。どうやらパーティの予定はキャンセルされたようだ。第二中隊の二人は、指定された薬剤を摂取した後に、速やかに就寝したまえ。私は……ちょうどいい。あちらの大隊長殿と予定通り少し親睦を深めて来よう」

 

 武の言葉を受け入れたのではなく、ジャール大隊の指揮官がこちらに向かっているのを見て、ターニャは戦意を解く。

 騒ぎを聞きつけたのか、年配の女性衛士がこちらへとゆっくりと向かってきている。ジャールの面々の緊張した面持ちを見れば、どうやら大隊長あたりのようだ。

 

 これ以降は武やユウヤが対応するよりかは、ターニャに任せる方が適任だった。

 

 

 

 

 

 

 解散をターニャから命じられたが、さすがにそのまま宿舎に戻るような精神状態でもない。イーニァとクリスカは揃って戻らされたが、ユウヤも何か考え込んでいるようで、武はユウヤに付き合って少し時間を潰すつもりになっていた。

 外で立ち話ができる気候でもないが、かといって宿舎の談話室でするような気分でもない。なので道を挟んで仮宿舎とは反対側に作られた仮設ハンガーへと、ユウヤと連れ立って向かった。

 

「いやぁ良かった。あいつらが我らがCP将校殿をソビエト軍人呼ばわりしなくて、本当に良かった」

「ってロシア人なんだよな? ソ連の人間じゃなかったのか?」

「ユウヤ、それ絶対にあの人の前で言うなよ。下手すりゃ第三次世界大戦の勃発だ」

「なんだよそりゃ……」

 

 ロシア人と扱われるくらいは自ら作り上げた偽装身分だから受け入れるだろうが、共産・社会主義者などと思われればターニャが暴走するのではないかと、武は本気で危惧する。

 

 ターニャは着陸ユニットが喀什へと落ちた際、核攻撃を実行しようとクーデター紛いの行動にまで出ている。夕呼からは、もしそれが実施されていれば三次大戦の引き金となったとまで言われているが、それを織り込んでの行動だったとしても驚きはない。

 ターニャのBETAへの敵意は間違いなく本物だが、それと同程度以上に共産・社会主義への反発も強い。

 

 

 

「しかし、ジャールの連中、何にキレてたんだ?」

「ん? ああ……ソ連への反発やらロシア人への憎悪とか、そういったモンが溜まりに溜まってる……だろうってくらいだな」

 

 ユウヤが先ほどから悩んでいるのはそれかと思い至る。武も詳しく判っているわけではないが、推測だけは口にする。

 

「ソ連への反発って、自分の国だろ?」

「軍人は国家のために戦うって言えるのは、合衆国がそれだけ健全だって話だよ」

「違うってのかよ?」

「帝国は、まあ……護るに値する国だと俺でも思えるけど、ソ連はどうなんだろうな」

 

 護るべき祖国として日本帝国を考えることは、いまもって武には難しい。それでも帝国が惨禍に塗れて欲しいなどとは思わない。冥夜のように「御国の為」とは口にもできない。

 しかしジャールの者たちが、ソ連をそしてロシア人を憎む気持ちは、推測はできるのだ。

 

 

 

「ある人の言葉だか『人は国の為に出来ることをなすべきである。 国は人の為に出来ることをなすべきである。』ってのがあるんだ……」

「"One for all, All for one."か?」

「合衆国だとそっちのほうが判りやすいか。ただまあ、逆に言えば国が自分たちにのために何もしないどころかむしろ弾圧してくるようならば、その国を潰したいって考えるのはおかしくねぇんじゃないか」

 

 先ほどのジャール大隊の面々を見て、気付いたことがあった。

 こちらに喧嘩を吹っかけてはきたが、その怒りの根幹は隊の仲間たちへの積もり積もった悪意への反発だ。自分への害意だけならば耐えられたのかもしれないが、それが身近で大切な人たちへと降りかかってくるならば、力を以って抗おうとしても不思議ではない。

 

 

 

「まあオレ個人に限定すれば、別に国のために戦ってるわけじゃねぇし、な」

 ライトアップされ、整備を続けられる弐型を目にしながら、あまりそれには集中できない。自らの剣である戦術機を目にしながら、なんのために戦うのかと自身に問いかけてしまう。

 

「って、ああ……そう、だな。オレは愛国心とかがよく判ってねぇんだ。むしろBETAが攻めてきてるのに、なんで人種とか国籍とか宗教とかでいがみあってるのかが判らねぇって思ってた」

「それは、そうだろ? 人類未曽有の危機だ。人類が団結して戦うって考えるのが当然だろ?」

 

 初陣を、「死の八分」を超えたと言っても、やはりユウヤ・ブリッジスは合衆国軍人、それも士官だ。理性的に、合理的に判断ができてしまう。

 それはEX世界線での生活が基準となっていた武にとっても、ごく当然と思える考え方だ。

 

「そうなんだよなぁ……そう考えてたはずだったんだよなぁ」

 何かできたはずだと、遺書代わりの手紙には書いた記憶はある。

 

 だが、いつかの未来、斯衛の黒を纏いひたすらに戦術機を駆っていたが、あの時でさえ日本のため、帝国のためとは思えていなかったはずだ。ただ『殿下』であっても笑って欲しいと、ただ一人の為にBETAだけでなく人をも斬り続けた。

 そこには団結も、協力も無かった。

 

 

「結局オレは、人類のためとか、この星の未来とか、そんなものは実のところどうでもいいんだ」

 これは冥夜にだけではない。

 第一中隊の、というよりかは帝国で生まれ育った隊の皆には言いにくい話だ。日本人の血を引くとはいえ合衆国人であり、また日本に対して拒否感があったユウヤにだから零せる、ただの愚痴だ。

 

 いつかターニャか夕呼に言われた言葉が頭を過る。

 『カガミスミカ』が『シロガネタケル』には不要と判断した因子、捨て去られた澱のようなものだけで構築されたのが、いまこの場にいる武だ。

 

「は、はははっ、そうか。救世主とか、勇者とか、そんなのはどうだっていい。オレは横にいる連中だけを護れたら、あいつが……あいつらが笑っていられる時が来れば、それでいいんだ」

 

 結局は自己中心的な、傲慢なまでの願いだ。

 身近な人たちを護れれば、それ以外の被害は見て見ぬ振りを、気が付かなかった振りができる、ただな平凡な人間だと、武はようやく自分を定義付ける。

 

 彼女たちを生還させることができるのならば、喀什攻略に参加する将兵その大多数を生贄として捧げても悔いることはあれど、惜しくはない。

 

 

 

 

 

 

 




TE本篇と違ってユウヤさん、電磁投射砲がないので初陣は特に目立つとこもなく無事帰還。いろいろと燻ることになりそうですが、ちょっと本筋から外れすぎるのでさらっと。

でジャール大隊の面々をちゃんと書きたかったのですが、そんなことをしていると終わりが見えないので、こちらも咬ませ犬にもならずさらっと流してしまいました。というかジャール大隊組は副官のナスターシャ・イヴァノワ大尉とかちゃんと出したかったのですけど、デグさんの偽名と被るということに途中で気が付いてスルーすることに。

次回からさすがにそろそろ喀什攻略で終わりにするはずですが、今しばらくお付き合いいただければ、と。


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