Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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錬磨の矯飾 02/01/16

 

 カムチャツカ半島での二日目は戦術機での土木作業、むしろ除雪作業から始まった。とはいえXM3の即応性向上は何も高機動戦闘にのみ効果があるわけではなく、陣地構築においても下手な重機よりも小回りが利くようになっている。

 

 さらにドーザーブレードとしての使用も想定されている92式多目的追加装甲をもってすれば、専門の除雪車ほどではないが作業は早い。避けた雪の始末も、すぐそばのベンジナ川が河口付近ということもあり、そちらへ投棄するだけだ。連隊規模の戦術機を並べる程度の広さを処理するとはいえ、時間は思ったほどには取られなかった。

 

 もとよりこのマニリは河口部分に広がる平野部に位置するが、さほど大きな集落でもない。幾度かBETAの侵攻を受けたようだが、そもそもが建造物が少なかったようで目立つガレキなどもなく、なによりも整地された広場のようなエリアもあった。施設科が必要とされるほどの大規模な整備は不要だった。

 

 一応は整備班のため、簡易壕を兼ねた半地下式の作業区画も掘り起こしたものの、あくまで暫定的な処置だ。いまでこそ雪は止んでいるが、いつまた降り始めるとも限らない。たとえ防水シートを張ったとしても降雪の中での作業は厳しいものになるだろう。この実戦運用試験を兼ねた訓練がいつまで続くかはターニャとウォーケンしか知り得ないが、その間はすべての戦術機が露天駐機を強いられることになる。

 

 

 

 

 

 

 そんな陣地構築などとは言えぬ程度の作業が終われば即座に戦術機から降ろされ、ターニャから怒鳴り散らされる形で強化装備を脱ぎBDUに着替えさせられた。その流れのままに文字通り尻を蹴りあげられる形で急かされ、武たちの第一中隊を含む三個中隊は、最前線でありながら声を張り上げてランニングを強いられている。

 

 残る三個中隊のうち一つは警護に当たっている。緊急時以外は中隊持ち回りで警護に就く事になっていたようで、いまはみちるの指揮する第九中隊が担当している。夜警をこなしていた第四と第七中隊とは代わりに休息に入っていた。

 

「Up the hill!!」

「「「あっ、ひーッ!!」」」

「Down the hill!!」

「「「だぅっ、ひーッ!!」」」

 

 武たちは支給されたAk-47を抱え、声を張り上げながら走り続ける。さすがに背嚢は背負っていないが、それでもスリングを使わず腕の力だけでライフルを抱えて走っているのだ。ハイポートと呼ばれるこの訓練は、衛士としてそれなり以上には身体を鍛えているとはいえ厳しい。

 手袋をしているとはいえ指先は寒さで痛いほどで、ライフルを握ることさえも困難なのだ。

 

 そんな中でさえ、ターニャは怒鳴り散らし時には姿勢の悪い者へ蹴りを加えながら、隊列の横を走り続けている。ウォーケンの姿は最初の挨拶の時以外見かけていないが、この僅かな時間でA-01の指揮をターニャが取ることに疑問を覚えるほどに余裕ある者は少なくなっているはずだ。

 

 

 

 気温はマイナス10度近くまで下がっており、満足に呼吸することも難しく、それでいて走り続けている身体は汗ばむほどに熱い。

 極限と言っても間違いではない環境でありながら、声高に合衆国のケイデンスを歌い上げるターニャはやはりおかしい。なによりもその小さな身体でありながら、早朝同様に二丁のAk-47を掲げ、隊列の先頭から末尾まで動き回っている。間違いなく最も運動量が多いはずだ。

 

 A-01の衛士は訓練校時代にまりもから厳しく鍛え上げられているが、それに比べてもターニャの動きは異常だった。何らかの興奮剤などの薬物投与を武は疑ったが、一見する程度ではそのような兆候もなかった。

 

(いやマジで何モンなんだよ、この事務次官補殿はッ!?)

 

 流石に声には出さないが、ターニャの奇行とも言える行動に慣れたつもりの武であっても、脳内では久しぶりに白銀語を発してしまうくらいには混乱している。G弾の影響で肉体年齢が若返ったなどと夕呼からは聞いてはいたが、むしろ今のその幼い身体だけを鑑みれば、走ることはもちろんライフルを抱え上げることすら困難なはずなのだ。

 

 それが衛士となるべく厳しい訓練を、そしてまた幾多の実戦を経て鍛え上げられたA-01の面々以上に声を上げ、走り、そしてついでと言わんばかりに遅れた者を蹴りあげているのだ。

 

 

 

 ちなみに似たような体格のイーニァはもうすでに倒れ込んでいる。最初は中隊長の怠慢だということでユウヤに担がせて走り続けさせるようターニャは指示したが、随伴してきた香月モトコ医官からの提言を受け入れ、今は宿舎で休ませていた。

 さすがに可能な限りの無理を押し付けるターニャとはいえ、各種の投薬の影響もある元イーダル小隊の面々に対しては、医務官の判断を優先した形だ。

 

 モトコはESP発現体たる元イーダル小隊の担当医となっていたが、瞬発的な身体能力はともかくも長期的には不安定な彼女たちを前線に送ることには否定的だったそうだ。だが第四計画の全戦力投入が決定された以上、彼女たちだけを別扱いすることも不可能だった。そしてモトコは医者として担当した患者たちを放置することなど考えられず、整備班に同行してこの最前線まで赴いた。

 もちろんA-01付の医官として、他の衛士や整備班の面倒も見てくれることになっていた。

 

 

 

「Stand up, hook up, shuffle to the door!」

「てかッ、なんでッ、海兵隊のッ、それも空挺の真似事なんだよッ!?」

「はははッ、チキンダイバーズを見習って、って事じゃねぇかッ?」

 

 小声ではあるが吐き出すように、武の隣を走るユウヤが愚痴を零す。それに合わせ武も適当に投げ返した。

 連隊員間の交流を図るという名目の元に、中隊ごとに一列、全隊で三列となって走らされている。まりもが隊列の最後尾から隊を監視する形になっていたため、武は先頭だ。そしていま武の横を走っているのは普段並ぶことの多い冥夜ではなく、ユウヤだった。

 

(まあ何でって言えば、喀什攻略で空挺の真似事をするからなんだろうがなぁ……)

 

 酸素の足りなくなった頭ではどうでも良いことが思い浮かんでしまう。だが流石にここで、次に予定されている大規模作戦でA-01のみならず参加衛士全員が軌道降下で投入されるなどとは口にはできない。

 なによりも機動降下の恐ろしさはその成功率の低さだ。地表に無事に辿り着けるのは九割程度と言われている。戦うことなく死んでしまうというのは、さすがに割り切ることが難しく、今の時点で隊内に広げたい情報ではない。

 

 それに作戦の立案に関わった武も、喀什への機動降下には緊張もしている。

 先の世界線での『桜花作戦』において武はXG-70dに搭乗していたために、実際のところ軌道降下の明確な記憶がない。いつかどこかの戦場で降下部隊に配属されていたようにも思えるのだが、朧気だ。

 

 

 

「全隊止まれッ!!」

 

 動きの悪い頭で無駄な思考に捕らわれかけていたが、ターニャの声で一気に冷める。武の体感的にまだ然程走り込んでいないのに停止命令というのは、悪い予感しかしない。

 

「総員、整列ッ!!」

「どうやら宇宙から放り込まれた土木機械どもが、我らを歓迎しに来てくれるようだ。細かなことはこの後の伝える」

 

 状況は不明ながら、まりもの号令に合わせて整列したA-01の面々を見渡し、ターニャは無表情のままだがどこか愉し気に言葉を紡ぐ。

 

「1030、A-01全隊は衛士強化装備にてブリーフィングルームに集合せよ。なに、シャワーを浴びてモーニングのコーヒーを楽しむ、その程度の余裕は認めよう」

 

 どこまでが冗談か判らないが、最低限の指示だけを下し、ターニャは一時解散を命じた。

 

 

 

 

 

 

 結成時よりも数が減っているとはいえ、今でもA-01は二個大隊ほどの規模を誇る。そのためにブリーフィングルームとして宛がわれた部屋は広い。

 

 昨日の無理な移動に続き十分な休息もないままの緊急での招集だが、室内は程よい緊張感に包まれている。声高に話す者はさすがに居ないが、ユウヤたち第二中隊を除けば、そこかしこで雑談じみた作戦予測などが繰り広げられる。

 まりもも私語を禁ずることはなく、武たち第一中隊もその空気に馴染んでいた。たとえ短かったとはいえ、元207Bも九州防衛で実戦を経てきたのだ。大陸への出兵経験もある慎二や孝之が小隊長を務めていることと、元第九中隊の二人も居ることで、他中隊と同程度の気の張り様を見せていた。

 

 

 

「連隊長入室ッ、敬礼ッ!!」

「楽にしたまえ。連隊規模のBETA群がこのマニリに向かって東進中だ。諸君らの任はこれらの迎撃となる。諸君らの技量に関しては聞き及んでいる。疲れてはいるだろうが、任務の達成と諸君ら全員の無事の帰還を私は何一つ疑っていない。ではティクレティウス少尉、後は頼む」

 

 そんな空気も、ウォーケンの登場で一気に切り替わる。そして簡潔に、必要最低限の情報と挨拶だけで下がり、ターニャに説明などをすべて任せた。

 

(あ~偽装として必要とはいえ、少佐殿も大変だな。心中お察しします、とは口にできないけど……)

 

 ターニャの前で上官として振舞い続けるなど、心労で胃に穴が開きかねない。かつて『アレの副官は、長生きできないし心を病む。』と評されたと武は聞き及んでいるが、いまのウォーケンの様子を見るにあながち冗談とも思えない。

 国連事務次官補の、その副官が最前線で戦術機連隊の指揮を任されること自体が最初からおかしいのだ。ウォーケンが合衆国陸軍所属であるために不知火を用意できなかったために出撃は見合されたが、そこさえクリアできていれば少佐自らが陣頭指揮を執ることになったに違いない。

 

 

 

「さて諸君。早朝の不甲斐ない結果から、本日以降の訓練メニューをどう組み替えるべきかと頭を痛めていたが、朗報だ」

 

 そんな武の心中こそ考慮されるはずもなく、ウォーケンに代わって壇上に上がったターニャはいつもの如く無表情のままに声にだけ嗤いを含める。

 

「一時間ほど前、衛星での偵察で連隊規模のBETA群移動が確認された。こちらへの直線ルートを取っているために、海中侵攻ではなく海岸線に沿って移動を続けている」

 

 ターニャの背後、プロジェクタで映し出された周辺地図に、最低限の情報が重ねられた。連隊規模とターニャは言うが、その詳細に構成までは説明されない。

 説明されないというよりかは、判明していないというのが実際のところだろう。衛星での偵察で明らかになったと言うが、情報精度には信頼が置けない。数の揃わぬ現状ではどうしても観測精度に欠ける。いま映し出されている映像にしても、最新の情報と言えど一時間前の物で、しかも得られた映像は荒い。

 

 エヴェンスクからこのマニリまでは直接距離で300kmほど。BETA群の主軸たる戦車級を基準に考えれば四時間もあれば到達する。衛星の情報が一時間前だとすれば、彼我の距離はすでに200kmと考えても良いくらいだ。

 

 

 

「先の少佐殿のお言葉通り、我らに期待されているのはこの連隊規模3000体ほどのBETA群、その排除だ。少しばかり前進し、36mmをバラ撒いてあの狂った土木機械どもを掃討する。訓練兵諸君であっても昼食前に片付けられるような簡単な仕事、任務とも呼べぬようなただの作業だな」

 

 昨日強行された横浜からペトロパブロフスク・カムチャツキーまでの移動はともかくも、そこから最前線と言えるオホーツク海を挟みエヴェンスク・ハイヴと正対するような位置にある半島西側のパラナやレスナヤまでは700kmほどだ。戦術機でも二時間程度はかかってしまう。

 さらにパラナからこのマニリまでは500km程、ペトロパブロフスク・カムチャツキーからは直線距離で1100km以上。戦術機の巡航速度をもってしても、中央山脈を超えることも含めれば片道でも4時間は見ておきたい。

 

 エヴェンスクに近過ぎるということでこのマニリが放棄されているのは理解できる。

 単純に防衛的な観点だけから見れば、半島西のこちら側に乗じ部隊を展開しておけばとは言いたくなるが、もともとカムチャツカの開発は半島東側が主体であり、西側には小さな集落がいくつかあった程度だ。

 

 カムチャツカ半島では1月のこの時期が、年間を通して最も厳しい寒さだ。比較的温暖と言えなくもない海岸線付近であっても外気はマイナス10度近くまで下がっている。つまるところ急造の半地下式の仮設トーチカと最低限の整備部隊だけで、常時展開するには厳しすぎる環境だ。

 ソ連軍がいくつかの小規模な前線補給基地しか半島西側に設置できないのも仕方がないと言える。

 

 

 

 ただ、BETA進攻の兆しを受けてからその都度に移動することを考えれば、A-01が一時的にこの地に展開しているのは合理的と言えた。

 いくつかの前線補給基地からならばBETA群の海中侵攻の兆しを確認してからでも十分に部隊を進める時間的余裕はあるのだろうが、それでも迂遠ではある。A-01が今回目的とする弐型の実戦運用試験と、なによりも連隊各員の練度向上とを重視するならば、限られた時間を移動に費やすのは確かに無駄に過ぎる。

 

 そしてBETAを誘因するためにも、このカムチャツカ半島西側海岸線に大規模な戦術機戦力を展開させることも不思議ではない。下手にパラナあたりに展開していれば、海を防御に使えるとはいえ、背後は中央山脈が近い。

 戦術機二個大隊だけでは前に出て漸減するのも、下がりつつ遅滞戦闘を続けるにしても、空間的な余裕に欠ける。この位置からならば対岸の海岸線を含めて縦深陣形を形作ることもできる。

 

 そしてターニャは当然のように前に出ることを選択している。

 

「今より我らA-01出撃し、海岸線に沿って150km程西進、パレニ北西でこのBETA群を迎え撃つ。ペトロパブロフスク・カムチャツキーから支援のためという名目で、一個大隊がこちらへと急行しているというが……なに、コミー共のことだ。時間通りに来るはずもなく、またその任も我らが戦闘情報を盗み見ることなのは明白だ。わざわざ待ってやることもあるまい?」

 

 ターニャは薄く嗤いつつソ連軍を揶揄するが、言葉の棘はともかくもたしかに一個大隊程度の戦力だけであれば、待つ意味は薄い。

 このマニリに立てこもっての防衛線ならば、ちょうど接敵と同時くらいには支援部隊が到着することになるが、そうなれば支援部隊は四時間近い飛行移動の後休みなくそのまま戦闘へと突入することになる。衛士にも機体にも負担が大きい。

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングと言えるほどの詳細はなかったが、慣れぬ土地で事前の準備も少ない状況ゆえに仕方がない面が大きい。むしろ喀什攻略を想定した事前演習としては敵の物量となによりも光線属種の不在とがあるが、可能な限り理想に近しいと言えなくもない。

 

 相対するBETA群は連隊規模としては少なめの3000体ということだが、通常の比率ならば突撃級200、要撃級500、あとは戦車級が1500ほどに残りは他小型種のはずだ。移動開始から2時間程経過しているならば突撃級が先行しはじめ、戦車級を中核とする集団との間が広がりつつある頃合いだ。

 

 各自不安はあろうが口にすることもなく自機へと搭乗し、指定された地点へと進む。

 十分な日差しがあるわけではないが、幸運なことに雪が降り始めることもなく、気象条件としては望みうる最良とも言える。光線属種の出現が観測されていないこのエヴェンスク周辺ならばUAVによる事前偵察も可能な天候だが、残念ながら戦術機戦力のみで編成されているA-01に満足な偵察機器はない。

 

 

 

『フェアリー00よりフェアリー各機へ。我が隊は傘弐型にて先行、敵戦力への強攻偵察を敢行する。各自兵器使用自由』

『フェアリー01了解。フェアリー各機、聞いたな? あくまで我らが任は先行してのBETA群の偵察、何よりもその編成を確認することにある。無駄な戦闘は可能な限り避けろ』

 

 マニリを飛び立ち30分ほど、二個大隊六個中隊は奇麗な陣形を組んで進攻していたが、そろそろ接敵可能距離かと思われたあたりでターニャから第一中隊へと個別に指示が下る。淡々としたその声からは、今から文字通りに戦場へ飛び込むという緊張も高揚もまったく感じられない。

 それに返答するまりもも落ち着いている。そして応える第一中隊の面々にも、無駄な昂ぶりはない。真那たちブラッド小隊の四人も付いてきているが、そちらも静かなものだ

 

『ふむ……この距離においても光線級の存在は確認できず、か。これは演習にもならぬかもしれんな』

 

 BETA群の先頭、突撃級が大地を進み巻き上げる雪交じりの土煙さえも光学センサーが確認できる距離まで近付いたものの、ターニャの言葉通りに対光線級警報はまったく反応もしない。

 

 

 

『フェアリー01から00へ。進攻する突撃級への攻撃は必要か?』

『こちらフェアリー00。01以下フェアリー各機へ、突撃級への攻撃は不要だ。後続の中隊に任せる。我らはこのまま先行し、中核集団への偵察を優先する』

 

 光線属級の存在が無ければ、たとえ170km/hで突進してくる突撃級とはいえ、空を飛ぶ戦術機にとっては何ら脅威ではない。なんらなば旋回能力に欠ける突撃級相手に限れば、そのまま空中でやり過ごして柔らかい背後に36mmを空から叩き込むだけで解決できる。

 もちろん200体近い突撃級を処理しきるにはそれなりの時間と弾薬とが必要であり、一個中隊だけでは手に余る可能性もある。後ろに残してきた主力部隊に任せる方が確実だった。

 

『なんというか……これは逆に緊張するな』

『はははっ、09の言うとおり無視して先に進むというのは心臓に悪いですね』

 

 通信が制限されているわけでもなかったが、中隊内は言葉少なめだ。そんな様子を気遣ってか慎二がわざとらしいまでに軽く振舞ってくれるのに、武も乗って見せる。ただ軽く言ってはみたものの、このままに進攻すれば敵中に孤立する恐れがある。

 

 

 

『フェアリー00よりフェアリー各機へ。楽にしたまえ。我らが任は偵察だ。もう少しばかり進んで中央集団の位置と分布とを確認すれば、あとは予備戦力として下がるぞ』

 

 連隊内の連携を高めることが目的だと言いながらも、ブラッド小隊を含む第一中隊は普段通りに独立して動いている。

 結局のところ、喀什攻略において第一中隊はXG-70dの直掩に就くことが確定しており、他中隊とは足並みを揃える必要が無いということなのだろう。むしろ連携すべきはいつも通りと言えなくはないが、真那たちブラッド小隊の四人とだ。

 

 後方では残る四個中隊が突撃級と接触し、その掃討を始めている。原型機たる不知火よりも向上した砲撃戦闘能力を持つ弐型の性能も然ることながら、XM3に習熟し三次元機動に慣れ始めたA-01の衛士たちは、空という絶対の安全圏を与えられたならば速度はともかく機動性に欠ける突撃級など文字通りに射的の的だった。

 

 武の権限では他中隊の細かな情報は読み取れないが、レーダーを見るだけでもそれなりの状況は判る。たしかに中隊規模での連携は間違いなく熟練の域に達しているが、あくまでそれは中隊ごと。連隊どころか、大隊として十二分に連携できているかと問われれば、あくまでそれなり程度と判断されるのかもしれない。

 

 ある面ではそれも仕方がないとは言える。なによりもA-01には前線における戦闘指揮官が不在だったのだ。夕呼が大佐担当官としてその全権を握っているために、大隊長はいても連隊長はいない。

 いまようやく代行という形ではあれウォーケンがその任に着き、実質的にターニャが指揮を取ろうとしているからこそ部隊として纏められるようになったとも言える。

 

 いまも武の後ろで、ターニャは細々と他中隊CP将校に指示を飛ばしている。それでいて第一中隊付CP将校の任も兼ねている。衛士として機体を操っているわけではないとはいえ、高Gに晒されながらもその判断に狂いが見受けられないのは、やはり異様だった。

 

 

 

『フェアリー01よりフェアリー各機へ。敵中央集団を視認。要撃級が25%、戦車級が70%程度。その他は小型種は少ない。光線属種は見受けられず』

『編成は想定の範囲内、要撃級が多いくらいか? ただ少しばかり距離が近いな。ふむ……』

 

 突撃級をやり過ごせば、わずかな空白地帯を挟んで敵主力とも言える戦車級と要撃級とが集まった中央集団が見えてくる。まりもが代表して報告を上げるが、中隊全機が視認できているはずだ。

 適当に視線を流し、部分部分をズームしながら見渡すが、たしかに要撃級が目立つ。より足の遅い小型種はさらに後方に続いているのだろうが、この位置からでは確認できなかった。

 

 しかしターニャの言葉通りに、先ほどやり過ごした先方の突撃級からの思って位ほどには離れていない。予備として下がるとすれば、今すぐ反転しなければ巻き込まれる程度の距離だ。

 ただそれも光線級のいない現状、飛んでいればまったくの杞憂だ。

 

 

 

『フェアリー00からフェアリー各機へ。300秒現空域にて観測任務に当たる。射撃管制に関してはこちら……いや、そうだな第二中隊のピクシー00に任せるか』

 

 ユウヤが指揮する第二中隊、コールサインはピクシーが割り当てられた。そしてピクシー00としてユウヤと同乗しているイーニァはナビゲーター担当らしく、CP将校として部隊を把握できているのかどうか危うい。

 中隊に属する元イーダル小隊のESP発現体の彼女たちも体調が万全とは言い難く、加えて慣れぬ帝国製戦術機の不知火弐型だ。近接密集戦闘にいきなり投入するには不確定要素が多すぎるために、中隊全機がMk-57を装備した上で、砲戦力として今は最後尾に位置している。

 

『しかし……フェアリー諸君? これでは少しばかりピクニック過ぎんかね? 昼食の時間までに鴨撃ちを続けるだけのお遊びにしかならなんな?』

「は、ははは……」

 

 慎二のそれと違って、ターニャの軽口には気安く乗ることは難しい。武は一応笑って見せたものの、第一中隊の他の面々は、どれほどの無理難題が降りかかるかと身構えてしまっていた。

 

 

 

『00712、いえ00700反応消失ッ!?』

『00401、及び00406、信号ありませんッ!!』

 

 後方で突撃級を空中から安全に掃討していただけのはずの部隊、その機体が次々と消えていく。まだ数は十分と言える程度に残っているが、第七中隊はCP将校共々に第三小隊隊長が消え、第四中隊に至っては中隊指揮官が墜ちた。

 

『何を慌てているのかね? 00900は00700の任を引き継ぎたまえ。おなじく00405は01に代わり中隊を纏めよ』

 

 そんないきなりの報告を受けながら、顔はまったく見えないがターニャが愉しそうに嗤っているのが武の背後に感じられる。

 

『待ってくださいッ!? 00500より周辺の各機へッ!! こちら中隊全機の推進剤残量残り四割ッ!?』

『第九中隊、同じく残量五割ッ! これ以上の連続空中機動は帰投に影響が出ますッ!!』

 

 武もその声を聞いて自機の状況を再確認する。たしかに十分に残っていたはずの推進剤が急速に枯渇し始めていた。

 

『おやおや? 整備不良か、あるいは改修された機器の不具合か、あるいは出撃前の確認不足ですかな? さてA-01の諸君、楽しい愉しい「訓練」の始まりだ。死にたくなければ足掻き給えよ?』

 クツクツと、本当に愉しそうにターニャは嗤いながら告げる。

 

 

 

(クソッ、光線級がいないからって、最前線で実弾演習紛いかよッ!? 一応反応ロストっても本当に堕ちたわけじゃあなさそうだが……ここからは本当に堕ちかねねぇッ!!)

 

 反応消失と判定された機体も、先ほどまで後方で突撃級に砲撃を加えていた。視認できる範囲においては爆破した形跡は見受けられないので、あくまでデータ上で消失したように見せているだけだと思いたい。

 ただ指揮官機やCP将校が消えたことでの混乱は本物だ。推進剤の減収もどこまでが偽装かなどコクピットからでは判断しようがない、このまま混乱が続けば、間違いなく戦死者が出る。

 

『この程度で墜ちるようであれば次の作戦では足手纏いにしかならぬ。何よりも時間を掛ければコミーが来るぞ。無様を晒すようであれば、むしろ死ね』

 

 そんな武の焦りを煽るように、ターニャは静かに宣告を下した。

 

 

 

 

 

 




ジャール大隊登場まで行きませんでした。原作TEのイベント関連とかちょろっとは入れたいのですけど、カムチャッカパートがあと二回くらい必要かもしれません。

カムチャツカの地形とか、気候とかはネットでさらっと調べた程度なのでかなり怪しいので雰囲気だけで流していただければ~と言いますか、写真とかなかなか見つからないです、特に舞台にしている半島西側。

で、光線級がいない戦場とか、空飛べる戦術機からすれば実戦運用試験としてはともかくも、演習としては意味薄いよねっと無理矢理に危機的状況を作り上げてしまいます。デグさん的に、これで死ぬようなら喀什での弾除けにもならねーっと言ったところかもしれません。


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