Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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誅求の苛斂

 A-01連隊全機での移動は、武が想像していた以上に長時間かつ過酷なものとなった。

 

 北海道の東端、根室分屯基地で一度燃料補給に立ち寄った際は、機外に出る許可は下りず、携帯食を齧る程度の休息しか与えられなかった。そこから千島列島を左手に冬の北太平洋を北上し、再び連隊規模での編隊機動を熟しながら、さらに5時間近く費やして極東ソビエト軍のペトロパブロフスク・カムチャツキー基地へと着いた。

 

 BETA大戦においては一応は友軍ではあるものの、歴史的にも現実的にもロシアそしてソビエトは仮想敵国だ。帝国においては政治家のみならず軍内部にも社会主義思想に染まった新ソ派が一定数存在するが、A-01内にはそのような政治信条を持つ者はいないはずだ。ハンガーに着いたとしても緊張を解ける場所ではなかった。

 第一中隊の新任少尉たちは慣れぬ長距離移動で疲れ果てていたのだろう、そのような背景に思い至る余裕はなさそうだったが、さすがにまりもを始め孝之と慎二もそれまでとは違った意味で気を張り詰めていた。

 

 だがそのペトロパブロフスク・カムチャツキー基地でも、簡易整備を受けつつも武たち衛士は機内待機を命じられた。ターニャは一度降りたものの、各中隊隊長とCP将校との簡単な打合せの後に、即座に戻ってきた。

 そして再び補給の完了と共に出撃が命じられ、再び目的地も告げられずに今度はカムチャツカ半島を右手に見る形で、オホーツク海側を北上することになった。

 

 

 

「ようやく……到着、か?」

 

 結局、二度ほどは休息があったものの計12時間は飛び続けた形だ。しかも北海道までの安定した気象条件とは異なり、9時間以上は冬の荒れた北太平洋とオホーツク海の海上を、だ。

 航空機に比べれば劣悪な空力特性しか持たない戦術機は風の影響を強く受ける。光線級警報下ではないとはいえ高度を取ることも許されず、巡航速度での飛行とはいえ気力も体力も大きく削がれた。

 

 耐Gはともかくも戦術機適性の高い武であってもかなり疲労している。第一中隊の少尉面々は声も出せぬほどだ。もともと体力に欠ける壬姫などは、幾度かの投薬があっても蒼白な顔付で、眼だけが無理矢理に開かれているようなありさまだった。

 また小隊長であり隊のムードメーカーとも言える慎二にしても、この先があるのではと警戒しているのか視線が厳しい。孝之共々に少尉連中のバイタルには注意しているのだろうが、それ以上に緊張を緩めていない。

 

 武にしても、オホーツク海を挟み一応は人類支配地域といえど、ここが最前線だということは肌で感じている。これほどまとまった規模での戦術機戦力の移動だ。対岸でのBETA群集結の報告もないとはいえ、BETAの即応能力はいまだ不透明、今まさに地中進攻があったとしてもおかしくはない、

 

 

 

 中隊番号順に着陸したこともあり、武たち第一中隊はその番号通りに先陣を切る形だった。いまは後続を待つために待機、かつ周辺への警戒が指示されている。真那たちの第19独立警護小隊もなかば第一中隊の増強分と数えられているようで、共に警戒に当たっている。

 

 横浜を出立したのが早朝とはいえ移動に半日以上かけたのだ。加えてここカムチャツカと日本では3時間の時差がある。緯度も高く、周囲はすでに闇に包まれていた。光学系センサー類は然程役に立たない。設置式の耐震センサーが用意されているかもしれないが、まだデータリンクは為されていない。周辺警戒と言っても使えるものは機体のセンサー類だけだ。

 

 着陸の指示が出された土地は、海岸線からわずかに内陸に入った河口部分とはいえ、積雪もある。

 いま武たちが下りた場所はすでに先遣隊が入っていたようで、ある程度の除雪は行われており二個大隊72機以上の戦術機が並ぶ程度には整備されている。それでもその先は手付かずのままで、泥濘というほどではないが脚部走行の際はかなりの注意が必要そうだった。

 

(え~っと、オホーツク海の北の、ペンジナ湾。そこのペンジナ川河口、ってところか? マニリって街になるのか?)

 

 とりあえず最低限の周辺地形データだけでもと、集音センサーには気を配りつつも、武は地図データを読み込む。後ろに座るターニャに聞けば応えてくれるかもしれないが、各隊のCP将校とのやり取りに忙しいようで、キーボードを叩く音とともに細々と指示を伝えている。

 ただ機体に入っている地形情報はBETA大戦勃発前の物らしく、BETA侵攻後の地形変化などには対応していない。ここペンジナ湾の東側はともかくも、対岸の地形データは当てになりそうではなかった。

 

 

 

 

 

 

 周辺警戒を命じられて30分と経たずに、A-01の全機が揃った。

 さすがに整地されているとはいえ雪の降る野外、ハンガーも自走整備支援担架も無い現状、戦術機をそのままに長時間立てたままにはできない。片膝を付いた形で駐機し、用意されていた防水シート掛け、簡単にではあるが機体への直接の積雪を防ぐ。

 そんな80機近い不知火・弐型が並ぶ前、簡単にライトで照らされた場所に武たちも衛士強化装備の上からコートを羽織っただけの姿で、各中隊ごとに指揮台に向かって整列する。

 

「総員傾注ッ!!」

 

 この寒さにも関わらずターニャが大きく口を開く。その良く通る声に合わせ全隊員が敬礼する中、指揮台に上ってきたのはウォーケンだった。

 

「諸君、楽にしたまえ。香月副司令より連隊指揮官代行を賜ったアルフレッド・ウォーケン合衆国陸軍少佐だ。まずは何よりも長時間に渡る移動、ご苦労だった」

 

 労いの言葉と共に合衆国陸軍と名乗ったものの、ウォーケンも今は在日国連軍のBDUにコート姿だ。

 第四計画全体であれば日本帝国以外の者もいるが、A-01の衛士に限ればほぼすべてが帝国臣民だ。夕呼の命とはいえ、さすがに隊のトップに合衆国陸軍の人間が立つことに、やはり疑問があるのだろう。武の知る他世界線と異なり対米感情は悪くはないが、それでもわずかとはいえ、周囲の衛士たちに懐疑と緊張とが広まるのが感じられた。

 対して指揮台の後ろに並ぶターニャと、そして真那たち斯衛の四人は一切の感情を見せない。

 

 

 

「私の立場は少々複雑だが、合衆国陸軍所属のままにJASRAへ出向、そこで今は局長代理の立場にある。今回、香月副司令の計画にJASRAが全面的に協力する関係で、A-01の前線指揮官として諸君へと指示を出す立場となった。なに、さすがに香月副司令殿に前線にまで出張ってもらうのは、我らとしても阻止したいのでね」

「「「はははっ!」」」

 

 そんな衛士の反応は当然ウォーケンも予測していたようで、軽く冗談交じりに自身の立場を説明する。それを受けてA-01の面々もわざとらしい部分はあるが笑って見せて受け入れる。

 

「移動での疲労もあろうし、なによりもこの気候だ。ここでの諸君の任について長々と話しはしない。なに、簡単なことだ。今諸君が搭乗してきた不知火の改修、通称『弐型』の実戦運用試験と、そこで見いだされる問題点の解消。合わせて諸君らのXM3と弐型への慣熟だ。これらを大々的に帝国本土で行うことが難しいことは、諸君らの方が承知のことだと思う」

 

 A-01において書類上は、いまだ配備・運用されている機体は「94式戦術歩行戦闘機・不知火」である。すでに全機が弐型Phase2仕様へと改装されてはいるが、これはあくまで老朽化したパーツ類の交換という形で処理されている。弐型と称されているのは、あくまで衛士や整備兵の間での俗称という体を取っていた。

 政治的に、在日国連軍に非公開とはいえこれ以上最新鋭の機体を提供することは難しく、なによりも開発試験中の機体を帝国陸軍よりも先に配備することには反発が予想されたからだ。

 再編という形で実質的に新設された第二中隊の機体に関しても、実のところは予備パーツなどを使い新しく組み上げたものだが、あくまで書類上は中~大破していた機体を修復したとなっている。

 

 それらの要因もあって、帝国本土でのA-01による弐型の運用試験は難しかった。なるほど確かに極東ソ連軍が管理するこの地であれば、少々ならば帝国へと漏れることもないはずだ。

 

 

 

「では以降の詳細については、ティクレティウス少尉、任せる」

「はッ、総員ッ、連隊指揮官代行殿に、敬礼ッ!!」

 

 先の言葉通りにウォーケンは話を簡単に切り上げ、おそらくはわざと軽く崩した返礼を残して、ターニャに後を任せる形で指揮台を降りた。引き継ぐ形でターニャが指揮台の上に立つが、その小さな体格から表情は見えにくい。

 

「連隊指揮官代行副官の任を受けた、ターシャ・ティクレティウス少尉であります。連隊長代行殿の意を受けて、今後の予定を簡単に伝えます」

 

 サイズの関係でおそらくはオーダーメイドの衛士強化装備、その上にこちらは最小サイズのコートを羽織ったその姿だけであれば、無表情ではあるものの可愛らしくも見えなくはない。ターニャを直接知らない他中隊の面々はどこか興味深げに壇上の幼女の姿を見ているが、年齢も近く同じく表情の薄い霞の存在があるため違和感が少ないのだろう。

 ただ武は、一見いつも通りのどこか気だるげなターニャの様子だが、その様子に何か悪い予感を感じて気温からではない寒気に体を震わせてしまった。

 

「さて……先の連隊長代行殿のお言葉にもあったが、一応の目的は弐型の運用試験ではある。が、こちらは副次的なものだ。むしろ連隊としての連携練度が低い諸君らに、香月副司令官殿からの篤い恩情をもって、諸君らには手厚い再訓練の機会が与えられた。これに伴い、昨日より諸君らは訓練兵だ」

 

 階級は一律に訓練兵に落とすと、敬語を取り払った形でターニャが告げる。

 さすがにそれにはあちらこちらから疑惑の呟きがどうしても漏れてくる。夕呼の無茶振りには慣れているはずのA-01の面々であっても、何を告げられているのか一瞬では理解が及ばないのだろう。

 むしろ熟練の先達の方が、理解を拒むはずだ。

 

 

 

 実戦運用試験ならば、よく解る。

 プロミネンス計画でこの地が小隊規模の実戦運用試験場として使われていたことなどは知らずとも、エヴェンスク・ハイヴ周辺では光線属種が確認されていないことは、周知の事実だ。

 

 機体特性がかなり変化しているうえに、開発当初には想定されていなかったXM3へと換装されているのだ。どこに問題があるかを洗い出すには訓練場での試験だけでなく、ある程度の実戦を経ることは望ましい。

 光線属種がいないだけでなく、海という絶対の盾で守られているこのカムチャツカ地方は、間違いなく実戦運用試験に最適の場所と言える。

 

 連隊での連携練度が低いというのも、古参ならば理解しているはずだ。もちろんあくまで他の能力と比較してということではあるが、秘匿部隊としての性格上、どうしてもA-01は中隊規模での運用が主体だったことから大隊規模以上での戦闘経験は薄い。

 だがこちらはなにも前線で行わねばならないような話ではない。しかも訓練兵として扱われるなどとなれば、意味が判らないのも仕方がなかった。

 

 

 

「とはいえ帝国もそして国連軍も、これまた諸君らには格段の恩情もって対応している。喜びたまえ、今回の降格に伴う給与や賞与の棄損はない。むしろ国外への展開ということを鑑み、出向手当を付けていただける。感謝するしかないな」

 衛士たちの困惑などにターニャは一切配慮しない。むしろ降格人事じみたことに不満があるのかと、どこかズレた慰めを掛け始める。

 

 先達衛士の困惑にではなく、ターニャの対応に武は頭を抱えたくもなるが、階級の件だけならば理解できなくもない。一応は表向きにはウォーケンが指揮を執るという形になっているものの、実質的な指揮官はターニャなのだろう。

 いくら夕呼が無茶をすることがあるとはいえ、さすがに表向きは任官から3ヵ月程度の「ターシャ・ティクレティウス」をウォーケンより上の中佐待遇に置くわけにはいかない。指揮下に置くことになるA-01の面々の階級を下げて対応するしかなかったのだろう。

 

 冥夜やまりもが他の面々ほどに驚きが無いのは、良くも悪くも九州防衛やユーコンでの経験を経て、ターニャの無茶に慣れてしまっているからに違いない。

 

 

 

「ついでにこの先の破棄された町、マニリに残っている各種の建造物は好きに使っても良いと、コミーどもからも破格の申し出だ。嬉しいだろう? この雪の中で寝る必要はないぞ?」

 

 続けられた言葉に、ようやくわずかではあるが武も安堵する。ユーコンでのJIVESを用いた長時間演習などを思い出い限り、最悪は防水シートに包まれた自機の足元に、自分たちの手で簡易壕を掘り起こす可能性さえ考えていたのだ。

 住人がいつほどに退去したのかは判らないが、それでも家屋が残っているならば、この風雪を凌ぐ助けにはなる。

 

「では訓練兵諸君。睡眠導入剤を投薬の後、速やかに眠りに付き給え。ああ、現地時間に時計合わせをすることを忘れるなよ?」

 

 具体的な指示はあえてはぐらかしたまま、一切の質問などは受け付けぬと、ターニャは解散を命じた。

 

 

 

 

 

 

 解散と言われたものの、人工の明かりなどほとんどなく、加えて極寒とも言える気象状況だ。中隊ごとに整列したままに、足取りは重いがそれでも急ぎ移動を開始する。

 

「宿舎として指定されたのは1kmほど先、この街の政府関係のビルだ。先に整備の者たちが最低限の準備は整えているという。中隊各員、急げ」

 

 武たち第一中隊も、まりもの簡単な号令の後、各自ハンドライトを灯しつつ歩く。皆それぞれに疑問などもあるだろうが、何よりも疲労が激しいのか、会話を禁じられてはいないのに誰一人として口を開かない、

 しかし簡単に話ができる環境でないこともたしかだ。正確な数値は判らないが、間違いなく気温は氷点下を大きく下回っている。簡易宇宙服としても利用できるほどに気密と保温性にも優れた衛士強化装備にコートを羽織っているとはいえ、首から上は外気に晒したままだ。このまま長時間外にいるだけで体調を崩しかねない。

 

 結局、疲労はあるがこのままだらだらと歩く方が厳しく、誰が言い出したことでもないが、全隊が駆け足に近い速度で宿舎まで移動することとなった。

 

 

 

 

「ぬくい~暖房のありがたさが身に染みるよぉ~」

「本当に凄いわね」

「ねむい……」

「はははっ、流石はソ連の建築ってヤツだね」

 

 宿舎として宛がわれたビルは、想像以上に整備されていた。照明は少ないものの、館内の気温はしっかりと温められており、千鶴に至っては一気にメガネを曇らせるほどだった。

 簡単な館内案内を受けた後、各中隊ごとに割り当てられた部屋へと向かうとなると、慣れぬ長距離行軍での疲れが一機に押し寄せたのだろう。少尉連中が一気に緊張を失い、口々に感想を漏らす。

 

「ベッドも簡易なものだがちゃんとある。寝袋生活って訳じゃないのが安心だな」

「広さもあるし、一応は男女で分けてくれてるのか。ああ、なんなら鎧衣はあっちに行くか?」

「じょ、冗談でもやめてくださいよぉ~平隊長~」

 

 さすがに二人の小隊長はそれほど疲労を溜めていないようで、第一中隊の男子4人に宛がわれた室内に入ると、用意されていた補給品らしきものを手早く確認していく。

 

「で、これは何でしょうかね……?」

「訓練用、ってところか?」

「我らが神宮司教官だけでなく、CP将校たるあの少尉殿の指揮ですからね……これを担いでの雪中行軍くらいはありそうな気がしてきました」

「タケルもやめてよぅ~こんな季節に準備不足で歩くと、さすがに倒れるよ」

 

 部屋の片隅、着替えのBDUなどと一緒に置かれていたのは、旧式と言えるAK-47らしきアサルトライフルとその予備マガジンや弾薬類だった。さらに軽機関銃まで一丁ある。加えてグレネードらしきものも用意されていた。

 この場にいる男4人、訓練分隊時代は年代は違えどまりもに扱かれて衛士になっているのだ。わざわざに国外での再訓練という事態に、最悪を想定し始めていた。

 

 

 

 そんな話をしながらも、その訓練兵時代に叩き込まれた技術をもって、ベッドメイクを手早く進め、最低限の宿舎としての体裁は整えた。足元が衛士強化装備のままなので、ブーツを磨く手間が無いのも救いだ。

 

「就寝の準備はできているようだな?」

「はっ、鳴海以下四名、問題ありませんッ!」

 

 そうこうすると、まりもがドアの前に立ち、室内の確認にやってきた。形の上で全員が訓練兵に降格しているとはいえ、当たり前だが指揮はいつも通りにまりもが執り、孝之と慎二とが各小隊を纏める形だ。

 

「シャワーの数に限りがあるために、使用時間にも制限がある。予備の衛士強化装備もそちらに用意されているはずだ。順番は……そうだな、貴様らから先に済ませろ。疲労もあろうが、何よりも環境の変化が大きい。体調には万全の注意を払え」

「了解です。シャワーの後に投薬し、速やかに休みます」

 

 まりもも訓練兵時代のように細々として確認はせずに、最低限の指示だけを伝えて、すぐに離れる。

 

「さて、と。中隊長殿のご指示だ。さっさと済ませて御嬢様方にシャワーを譲るとしよう」

 

慎二の言うとおり、ここで時間を使ってしまうと女性陣から恨まれるだけだと、急ぎシャワーを浴びる。あとは時差の関係でまだ体としては早いはずだが、指示通りに睡眠導入剤を投与して、一気に眠りに付いた。

 

 

 

 

 

 

「ッ!? コード991ッ!?」

「白銀、鎧衣ッ、急げッ!!」

「了解ッ!!」

「状況はッ!?」

「判らんッ、隊内通話はともかくも、CPとは繋がっていないッ!」

 

 薬の効果か夢も見ずに眠っていたが、聞きたくもない警告音で叩き起こされる。無為法だけが鳴り響き、詳細を告げる放送などが続くことはなかった。

 

 仮設の宿舎のため衛士控室などは無く、強化装備を手元に持ってきていたのが功を奏した。できる限りに手早く装着していく。ヘッドセットに着いている通信機能は生きているが、何も受信していない。

 

 

 

「待て白銀、銃は持って行けよッ!」

 手ぶらで飛び出しかけた武を慎二が呼び止めた。たしかに戦術機を駐機した場所までBETAと遭遇しないという保証は何もない。徒手空拳では逃げることさえできないだろう。

 

「了解っ、て、しまった、マガジンが空ですよコレっ!?」

「クソッ、そういやそっちは確認してなかったか、いや、なんでもいい、弾薬箱ごと持っていけッ、移動用に車両を確保できれば、その中で詰めろッ!」

「了解ッ! 手榴弾もありったけ貰っていきますッ!!」

「任せた。こっちの機関銃は持って行ってやる」

「慌てるな、あちらには神宮司教官が居られたんだぞ? マガジンは用意してくださっている考えよう」

 

 だが昨日は投薬で無理矢理に眠りに付いたこともあり、まったくメンテナンスも何もしていない銃だ。撃てなくはないだろうが、そもそもマガジンを補充することさえ忘れていた。

 それでもグレネードであれば使える。そして中隊全員で合流すれば、孝之の言うとおりあちらがマガジンを準備してくれている可能性も高い。

 

 

 

「鳴海以下四名、揃っておりますッ!」

「よろしい。第一中隊、行くぞッ」

「「「「了解ッ!!」」」」

 

 衛士強化装備に身を包み、コートを羽織り持てるだけの弾薬を手にして廊下に出た。隣室のまりもたちの準備はすでに終わっていたようで、隊伍を組んでいた。皆緊張で顔を強張らせてはいるが、投薬と睡眠のお陰か、昨日よりかは顔色は良い。

 当然のように真那たち斯衛の4人も並んでいるが、こちらは流石に普段通りに振る舞いを保っていた。

 

「CP機能を戦術機に載せているのが仇となったな。通信状況も悪く、なによりも周辺の状況が掴めん。警戒に当たっていた第6中隊とも連絡が取れん。よって機体への移動を最優先とする。外に出て車両があればこれを確保、なければ徒歩にて走破する」

 

 移動を開始しながらもまりもは簡潔に指示を出す。戦術機までは1kmほどだ。無暗に車両を探して時間を浪費するよりかは、走ったほうが早い。しかしいまだ鳴り響く警告音の中に、先行する他中隊のものだろう銃撃らしき音が混じり始めた。徒歩での1kmが言うほどに簡単でないことがどうしても理解できてしまう。

 

 

 

「……御剣、行けるか?」

「無論だ。其方こそ、これが必要であろう?」

 

 警戒しながらも隣を進む冥夜に武が声を掛ければ、冥夜は意図して笑ってみせながら、マガジンを二本差しだしてくれた。

 

「助かる。ってかやっぱ、聞こえてたか?」

「扉を開けてあれほど騒いでいれば、嫌でも判る。ただ、こちらもさほど数は用意できていない。いま渡せるのはそれだけだ」

「十分だ、とここは虚勢を張るところだな」

 

 無理をしているのは武にも判る。戦術機に乗ってBETAに対峙したことはあれば、生身の、それも慣れぬライフル一丁で相対せねばならないのだ。恐怖で竦んでもおかしくはない。

 まりもや小隊長の二人は演技もあろうが、普段通りの態度を取ってはいる。しかしやはり少尉連中は動きが硬い。純夏もライフルを持ってはいるが抱え込んでいるだけであり、壬姫はなかば鎧衣に手を引かれて進んでいるような形だ。

 

 

 

「第三大隊の二個中隊は裏口へと回ると言っていたが、我らはこのままに正面へと向かう。他中隊もそちらへと進んでいるはずだ」

 

 何かが壊れるような音がしないことから、いまだこの宿舎内への侵入は無いようだが、安心できる状況ではない。気は逸るが警戒を怠らずに進んでいたため、入口ホールまで来るのにさえ時間をかけてしまっている。

 その入口ホール部分は食堂を兼ねていたが、今はテーブル類がすべて窓際へと押しやられ、最低限のバリケードとなっていた。正面出口は閉じられており、ここからでは外の様子も判らなかった。

 

「自分と……柏木で先行します」

「任せる。何かを察知すれば即座に戻れ」

「了解」

 

 全員で一気に突撃、などと言う無茶はできない。そして指揮官が先陣を切る危険を犯せる状況でもないために、孝之が随員の選択に一瞬迷った後に、それでも晴子を選び、、まりもはそれを受け入れた。

 

 BETAの感覚器が何なのかはいまだ不透明な部分が多いが、それでも音に反応することは知られている。外からは断続的にライフルの射撃音が続くが、それもどこか散発的だ。

 

 息を潜め極力気配を消す武たちのを残し、孝之と晴子が玄関ホールを先へと進む。警護に慣れた真那たちはともかくも、武たちは周囲警戒が必要だと理解はしつつも、どうしても先を進む孝之たち二人の姿を目で追ってしまう。

 

 

 

「あ~……」

 しかし緊張する武たちに反し、ドアを開けた孝之はどこか脱力したかのように声を漏らし、一気に警戒を解いた。

 

 疑問はあれど、手招きする孝之に釣られ、警戒は続けながらも中隊の残り全員が外へと向かった。だが外を見れば、孝之の反応もすぐに判ってしまった。

 

「遅かったな、第一中隊の諸君。中隊付きCP将校の私の顔に泥を塗りたかったのかね? 早く整列したまえ」

 

 宿舎とされた建物を出た眼前、いまだ積雪の多い道路の中央に、ターニャが嗤いながら左右の手にそれぞれAK-47を構えながら立っていたのだ。

 

 そのターニャの背後には他中隊が奇麗に整列させられている。

 衛士強化装備を纏っていない者はいないが、コートを身に着けていない者はそれなりにいた。ユウヤが率いる形の第二中隊に至っては、強化装備だけで飛び出して来ていたようで、ライフルの一丁も持ってきていない。

 

 

 

「さて訓練兵諸君。コード991を訓練のために鳴らすのはこれが最初で最後だ。だから今言っておく。ここが最前線だということをよく肝に銘じておけ。貴様らが今生きているのはただの偶然、あのクソッたれな土木機械どもの怠慢のお陰でしかないということを、よくその足りない頭に叩き込んでおけ」

 

 ターニャは喋りながらも、両手に持つAK-47を器用に構え、宿舎とは別の半ば倒壊した家屋の壁面に描かれた兵士級らしきBETAのターゲットへと、的確に銃弾を叩き込んでいく。

 その小さな体躯に、アサルトライフル二丁持ちというフィクションじみた構えでありながら、銃身はどちらもさほどのぶれも見せない。紡がれる言葉よりも異様な技量にA-01の衛士たちが圧倒されていた。

 

「第二中隊のその身形は論外であるが、なぜに貴様らは戦術機をこの場に持ってきていないのだ? わたしは間違いなく告げたはずだぞ? このマニリに残っている各種の建造物は好きに使っても良い、と」

 

 大仰に両手を広げ、そして銃口で街並を指し示す。朝日を受ける街並みを見渡せば、なるほど積雪で判りにくくはあるが、この街もBETAの進攻を受けていたのだろう。宿舎として利用している建物を除けば、多くが倒壊している。

 もともとが街路も広く、ある程度整地すれば、宿舎前を駐機エリアとすることもできるはずだ。

 

「それともなにかね? 一から十まですべて説明され、指示されねば訓練兵の足りぬ脳ミソしか持たぬ諸君らは、何も動けないというのかね」

 

 今すぐに動き出さねば撃つと、そのターニャは眼光だけで知らしめる

 

 

 

 どうやらA-01のカムチャツカでの弐型実戦運用試験、その初日は残された街並みを切り崩し、戦術機用の駐機エリアを作ること始まるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みょーな長さですが特に何かが進んでいるわけでもないと言いますか、最前線と言えるはずのカムチャツカ到着です。で、ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地どころかミリコヴォ地区のц-04前線補給基地さえもあっさりと通り過ぎて文字通りの最前線の半島西海岸です。

このあたりどのくらいの頻度と規模とでエヴァンスクからBTEAが彷徨い出てくるのかいまいちよくわかっていませんが、さすがに毎日毎日大隊規模とか連隊規模で進攻してくるわけではないよなぁ……と誤魔化しておきます。

でジャール大隊の皆様、特に本家(?)の副官ターシャさんとか出したかったのですが、以下次号ッです。


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