Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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締結の謀議 02/01/15

 冬の太平洋沿岸、雲はいくつか見えるものの青く晴れ渡っていた。武たち第一中隊のみならず、A-01のすべての機体が、いまその海原をNOEで飛び続ける。

 

 以前にユーコンでジョン・ドゥを名乗る人物から告げられたとおりに、昨年内にボーニングは弐型への換装用資材を一個大隊36機分用意し、年明けとほぼ同時に残りの一個大隊と余剰分をも白陵基地へと送り届けてきた。

 衛士たちの機種転換訓練と並列する形で、整備班の皆々は文字通りに寸暇を惜しんで既存の不知火を弐型へと換装作業を続けていた。その甲斐もあって一月初頭にはA-01全隊が弐型へと切り替えられた。

 

 そうして用意された在日国連軍の正規カラーに塗装された80機弱の不知火・弐型。連隊というには数を減らしているが、それなりの陣形を維持しながら巡航速度のままに洋上を北上していた。

 余剰はあれど六個中隊で二個大隊規模だが、編成上は三個大隊のまま、A-01が全戦力揃っての移動だ。各中隊が縦型陣系を組み、それがまた大きく縦型を構成するような形での飛行だ。中隊での運用が基本となるA-01においては間違いなく大編隊と言える。

 

 

 

 まだ明けきらぬ時分にハンガーから飛び出すかのような緊急出撃、早朝に白陵基地を出立してすでに二時間以上経つ。行く先も告げられておらず、いつまで続くか判らない長距離行軍に疲れを見せ始めている者もいる。

 ただ気象条件には恵まれており、なによりも日本列島の東側であり光線級の脅威はない。もとより戦術機特性の高い武にとっては、緊張を途切らせているわけではないが、まだまだ余裕があった。

 

 武はフェアリー02のコード通りに第一中隊第一小隊の副官とはいえ、他中隊の面々のバイタルを見れるわけではない。それでも編隊飛行の様子を見ればそれぞれの衛士の体調くらいは推測もできる。

 間違いなく熟練と言える第二第三大隊の面々に比べ、武たち第一大隊の者たちは疲労が明らかだった。

 

 中隊内での通信に制限はされていないが、このところはまったくと言っていいほどに会話はない。発信直後は慎二が気を使って話を続けようともしていたが、中隊員の緊張を見てむしろ今は静かにしている。

 

 

 

(弐型に慣れてねぇ……って事よりも目的不明ってのが神経に堪えてるって感じか? ウチの各小隊長殿たちはまだまだ余裕ありそうだしな)

 

 千鶴たち第一中隊の弐型への機種転換訓練は、二週間弱という極めて短い期間で完了とされた。ただこの訓練期間に関しては他のA-01の面々も同様だ。原型機たる不知火から左程操縦特性に違いが無いということで設定された期間だというが、実のところは喀什攻略に向けての時間的余裕が無いというのが実情だ。

 

 が、やはり元から不知火に乗っていた者たちと違い、武と冥夜とを除く千鶴たち元207B訓練分隊の五名は撃震からの機種転換ということで少しばかり手間取っていた。もしも撃震の代替として弐型が正式に採用された場合であれば、機種転換訓練に平時の航空機パイロットの如くに半年という余裕は取れないにしても、少なくとも二ヶ月はかけることになるだろう。

 

 ちなみに第一中隊の面々が機種転換に励む中、武と冥夜とはユーコンでも弐型に乗っていたこともあり連携訓練などには参加したものの、それ以外は別行動となっていた。その間は予定していた通りに、疑似的な「あ号標的」戦を想定した要塞級の尾節触手をひたすらに切り払うシミュレーションを繰り返し、それなりの数であれば必要な時間は耐え凌げるようにもなってきていた。

 

(しっかし第二中隊の連中はそれ以前に体力が戻ってねぇってのもありそうだな)

 

 ただ武たちの第一中隊も疲労を見せ始めているが、問題はいま前を進む第二中隊の方かも知れない。

 新たに再編された第二中隊は、ユウヤを中隊長としてクリスカたちイーダル小隊から接収された第五世代ESP発現体で構成されている。詳しくは聞かされていないが、衛士として最低限の程度には体力なども維持できているらしい。

 だがそもそもが各種の投薬などで不安定な体調の彼女たちだ。慣れぬ機体で、それも目的不明の長距離移動など、精神や肉体に変調をきたしてもおかしくはない。

 

 

 

 逆に後ろを見れば、こちらは機種転換を終えたばかりとは思えぬほどに、奇麗な陣系を組む小隊がいる。

 A-01としては員数外ではあるが、臨時に加えられた真那たち第19独立警護小隊の四名だ。彼女たちも今は不知火・弐型に搭乗して随伴している。こちらは斯衛への採用試験という名目で運用されている。

 

 名目だけでなく、斯衛の一部では弐型の採用がかなり有力視されているという。

 瑞鶴の耐用年数には初期に生産された撃震に比べれば余裕があり、XM3への換装も予定されている。なので陸軍とは違い、代替として考えられているのは武御雷の方だ。生産性の極めて悪い武御雷をこのままに導入していくのではなく、陸軍とある程度は共有できる弐型の採用が考えられているらしい。

 

 XM3環境下において、武御雷はある面では最もその性能を引き出せる機体ではあるが、斯衛の全戦術機戦力を武御雷で刷新できるほどの生産性はない。

 弐型であれば、斯衛の求める近接密集戦闘能力も満たし、その上で十分な砲戦能力をも持つ。原型機たる不知火の問題でもあった拡張性の乏しさも解消されており、今後の改良にも対応できると目されている。

 純国産に拘る向きもあるが、弐型はあくまで不知火であり、改修用パーツに限っての輸入だという名目も立つ。

 

 崇宰恭子が弐型の斯衛への導入に積極的に動いているという話だが、これは何も開発に関与した譜代の篁家への配慮だけではない。武御雷の大量導入が現実的には不可能な現状、次なる本土防衛に際して、瑞鶴はMk-57を主装備とする砲兵戦力に、希少な武御雷は指揮管制機に、今後の主力を弐型で編成したいようだ。

 

 

 

(こうして全機を見るのは初めてだけど、連隊としてはちょっとバラけてるって感じか? って一番バラけてるのはオレたちだよなぁ)

 

 だがその武も、余裕があるわけではない。周囲を観察する余裕があると言えば聞こえは良いかもしれないが、その実機体操作に集中しきれずに意識が散漫になっているだけだ。

 時折注意して修正しなければ、身に付いた癖で高度をギリギリまで下げてしまいそうになる。突撃前衛長として隊の最前列を任されている武がそのように無理な動きを行えば、後ろに続く機体だけでなく横を飛ぶ冥夜にも要らぬ負担をかけてしまう。

 

 機体自体にはなにも不満はない。乗り慣れたと言ってしまえるようになった黒く塗り替えられたF型武御雷ではないが、丁寧に調整された不知火・弐型。それも予備パーツから組上げられた、実質的には新品とも言える機体だ。

 ただ武が乗る機体は、以前にユーコンで試験に用いていたものではない。そちらは元々が孝之が使っていた機体だということもあって戻されている。同じく冥夜が使っていた機体も、いまは慎二が乗っている。

 

 緊張の原因と言えるのは、武に用意された機体が複座仕様だったことだ。

 

 

 

 ハイヴ攻略において、地下茎が無線妨害機能を持つのか、通信環境は劣悪と言える。当然既存のCPからでは通信が届くのは門突入後の極めて狭い範囲だけだ。地球上最大規模の喀什攻略を想定した場合、何らかの形で指揮通信系統を可能な限り前線に持ち込む必要があった。

 XG-70を投入するとはいえ、やはり大隊規模以上となると陣形が伸び、十全に通信を維持できるとは言い難い。そこで初期予定通りにA-01においては、以前に提唱されたように前線にCP将校を連れて行くため、各中隊毎に一機ずつ複座仕様へと変更されている。

 

 複座仕様には指揮系統の冗長性を高めるために、第三小隊副長の機体が選ばれた。第二中隊は例外的に中隊長であるユウヤの機体にイーニァがペアとして乗り込んでいるが、これはクリスカをはじめ第五世代ESP発現体の衛士たちが指揮教育をまったくと言っていいほどに受けていないためでもある。

 

 そしてもう一つの例外は武たち第一中隊だ。CP将校が霞とターニャということもあり、またXG-70dの直掩に就くことが確定していたため、複座型の編成は見送られるはずだった。

 

 

 

(機体の調整用と考えたら、オレが複座に乗るのもおかしくはない、のか? 鎧衣に無理はさせられねぇしなぁ)

 

 第一中隊第三小隊の副長は尊人だ。何かと器用な尊人ではあるが、やはり撃震からの機種転換直後に、さらに差異は少ないとはいえ複座型へと変更するのは負担が大きい。なにより慎二と並んで隊の潤滑剤のような立場だ。あまり雑多な任を負わせるのも気が引ける。

 

 やはり慣れぬ機体だ。意識が散漫になっていると自覚して、どこか身体に無駄な力が入っているに違いない、と武は思い込もうとする。

 

 出発直前にいきなり指定されたのがこの機体だ。

 当然機体側にはデータの蓄積などなく、一応は以前の武の運用情報をコピーしてくれてはいるが、完全に慣らされているわけではない。半ば新品と言える機体なので他者の癖がついていない事は利点ではある。

 

 

 

(あ~いや、問題にはちゃんと向き合わなきゃ、だな)

 

 緊張も、その原因も、実のところは判っている。

 たとえ慣れぬ機体とはいえ、二時間程度の巡航飛行で自身が疲労するはずはないと、武は経験から知っている。

 

 務めて意識しないようにしていたが、やはり無理だった。問題は、結局のところ唯一つ。複座型ゆえの同乗者の存在だ。以前のAL世界線、クーデターの際に悠陽を同乗させた時以上に、武は気を張り詰めていたのだ。

 

「失礼します。少しばかり水を飲もうかと」

 機内通話に限定して、武は後席に座る第一中隊付きCP将校、つまるところはターニャに断りを入れた。

 

 もちろん水を飲むからと言って機体操作から意識を外すわけではないが、それでも後席が居るのであれば一声かけておけば安全は高まる。

 何をどう切り出すべきかと悩みつつも、釣り合えずは落ち着くべきかと、軽く休息を取る体で声を掛ける。

 

『かまわんよ。まだ先は長い。ほどほどに休みたまえ』

 

 武の葛藤などまったく歯牙にもかけていないのか、普段通りの落ち着いた声で、了承される。

 同乗しているとはいえ、戦術機のコクピットの中だ。通話でなければ互いの声など聞き取れない。そして視界の片隅に映っているとはいえ、解像度の低いフェイスウィンドウ越しだ。もとより感情の読みにくいターニャだが、今は本当に何を考えているのかも想像がつかない。

 

 

 

『ああ……ついでだな。フェアリー00から、フェアリー各機へ。各自適当に水分補給および糧食の摂取に務められたし。ただし投薬に関してはこれを禁ず』

 

 ターニャの指示に対して、中隊の各機からそれぞれに了承の声が帰ってくる。

 ただどこかほっとしたような表情の元207Bの新人に対して、各小隊長は当然だが晴子もその意味に気が付いたように僅かに緊張を高める。

 つまるところ、興奮剤などの使用は現時点では禁じられているが、食事などが必要な程度にはまだ飛び続けることになると悟ったようだ。ついでにローテーションの指定もない。その程度は各小隊内で割り振れと言わんばかりだ。

 

(白陵基地を出てそろそろ二時間半、青森を超えてもうすぐ北海道か?)

 

 海岸線からは離れ、陸地は目視できないが、それでも地図で確認する限りは襟裳岬が眼前にあるはずだ。おそらくは千歳に降りるのだろうとは考えているが、出立時に通達されなかったということは、今この場で任務地などを問いただしても答えが返ってくるはずはない。

 ならばむしろ外部に聞かれることはないと割り切って、いい機会だと今まで聞きにくかったことも尋ねようと意識を切り替える。

 

 

 

「このような場で申し訳ありませんが、いくつか質問よろしいでしょうか?」

『なにかね? 答えられる範囲であれば、答えよう』

 

 暗に作戦目的などは言わぬというように、ターニャが切り替えしてくる。それでも雑談には乗ってくれるようだ。もとより機内回線のために秘匿通話以上に隠密性は高い。そして本来ならば許されないが、通話記録も取らないように設定しておく。

 

「喀什攻略の作戦に関してです」

『ふむ? 続けたまえ』

 

 武が意を決して口にしたことに、ターニャは至極あっさりと続きを促す。

 

「想定シナリオの11番目と言えば、投入戦力ももっとも余裕を見ていましたが、なによりもG弾の多数投射を含めておりました。よろしかったのでしょうか?」

『それは作戦後の環境問題としてかね? それとも?』

 

 ターニャは言葉を濁し、わざとらしいまでに質問に質問で返してくる。武からはっきりと言葉に刺せる腹積もりのようだ。

 

「G弾の運用で攻略が為されたとなれば、オルタネイティヴ計画が第五へと移行するのではないかと愚考いたします」

『くははっ、作戦開始前から攻略後を考えるか。なかなかに皮算用ではあるが、なに……むしろ使わぬ方が問題を残す』

 

 作戦後の皮算用はそちらこそでしょうと言いたくもなるが、武とて流石にそれは口にしない。なによりもターニャや夕呼に今後の予定というものを考えて貰わないと、いまの武個人では大局的な行動など取りようが無い。そして今後も大局的判断など自分ができるようになるとは、なかなかに思えない。

 

 ただ先のことは別として、喀什攻略にG弾を使わない方が問題だと言われても、その答えも咄嗟には思い浮かばない。

 

 

 

「そういうものなのでしょうか?」

『考えてもみたまえ? もし我らが四個師団、軍団規模を超す1200機とはいえ、戦術機のみで喀什を陥としてしまえばどうなる?』

「なるほど……XM3対応済みの第三世代機の数が揃えば、安保理決議を経ずにハイヴ攻略を目論む国家が出てくる、ですか?」

 

 そこまで言われてようやく答えらしきものに思い至る。

 以前にも言われたことだが、JASRAと第四計画の研究において、XM3対応型第三世代機を一定数用意できれば、フェイズ3までのハイヴは攻略可能とは目された。いまだその研究結果は公表されてはいないが、戦術機のみで喀什を陥とせば、まちがいなくその可能性に賭けようとする国家は現れる。

 

『その可能性が極めて高い。そして頭脳級を潰せずとも、アトリエまで進攻することだけを目論めば、さらに成功率は高まる』

 

 そうなってしまえば、G元素の一元管理は破綻する。

 その先に待っているのは新たな東西の緊張どころではない。G弾の破壊力を背景としての国土割譲を強要する亡命国家や組織が絶対に出現する。

 

『現状のG元素と違い、XM3を完全に管理下に置くことは極めて困難だ。いましばらくはそういった暴走の要因は可能な限り排除しておきたい』

 

 

 

 ターニャの言うことは理解はできる。

 単一国家では1200機のXM3対応型戦術機自体が揃えられるものではないが、国土奪還を名目に旧東側諸国をソ連が纏め上げる可能性は低くはない。 しかしそこにXG-70に加えG弾までが合わされば、合衆国の協力なしでは実現不可能だと判断されるだろう。さらにいましばらくは唯一のXM3用CPUの供給元たる帝国の影響力もあれば、それなりの抑止にはなると思われる。

 

 喀什の攻略に成功したが、それが人類間の紛争の新たな火種となるというのは、武としても遠慮したい。

 

『なに、こちらからG弾の複数連続運用を持ちかけてみれば、むしろあちらの方が及び腰であったぞ? ユーラシアを割るつもりかと真顔でジョークを告げられた時は、さすがに私としても反応に困ったところだよ』

「は、ははは……」

 

 つまらん冗談だとターニャは軽く口元を歪め嗤う。いちおうは武も付き合って笑って見せるが、おそらく第五に関する者たちから返されたその言葉は、むしろ本心からなのだろう。

 

 G弾の投入は合衆国の中、第五推進派からどうせ言ってくるだろうと夕呼も武もターニャも諦めて受け入れたが、ターニャはさらにその投入数を上乗せするように要請した。

 いままで第五計画に対して反対の態度を示していたJASRAがG弾の使用、それもを半ば無制限と言える連続投射を提言したのだ。過去に積み重ねてきた実績からすれば、JASRAというよりかはターニャが喀什を陥とすためにユーラシアを割ってでも成し遂げようとしていると思われるのも当然だ。

 

 むしろ普段から反共産・社会主義的立場を隠そうともしないターニャだ。中ソの国土全域へ、再利用不可能なまでに重力汚染を拡げることこそその目的だとまで思われている可能性すらある。

 

 

 

『貴様が第五計画を否定する、いやG弾を忌避するのは、バビロン災害を齎すからか?』

「それもありますが、そう……ですね。この世界においては横浜にハイヴが無いから実感はしにくいですが、やはり人が住んでいた土地が重力汚染に晒されるというのは、あまり気持ちの良いものではありません」

 

 G弾を使用するとはいえ、バビロン災害が起きるほどには広範囲かつ多量に投射しない。この世界ではないが、佐渡島ハイヴ攻略の際に自壊したXG-70bの爆破規模から逆算して、20発までは安全範囲、その倍程度ならば許容範囲とはされている。

 それを踏まえて、喀什攻略に際しては各段階ごとに4発ずつ、計12発が投射予定だった。作戦が失敗した際の代替計画、合衆国主導の『フラガラッハ作戦』でも同数程度に抑えられているはずだ。

 

 もちろん第四主導の作戦、仮称『シナリオ11』が失敗すれば、投入した3機のXG-70がすべて自壊してML機関が臨界を迎える可能性も高い。そうまでなればおそらくは『あ号標的』は排除できであろうし、佐渡の三倍と考えてもユーラシアが割れるというのは過剰な表現だろうとは思える。

 そこまで至ってしまえば『フラガラッハ作戦』において追加のG弾投入の必要さえない可能性も高い。

 

 

 

 そうは言っても元々が人の住んでいた土地だ。奪還するためとはいえ、その地に恒久的な重力異常を残したいとは思えない。

 

『通常戦力で奪還できたとしても、喀什の再建など今後一世紀は難しかろう。少々の重力異常が残るとしても、誤差の範囲だ。なによりも元の住人など生きてはおらんだろう』

 

 だが武のそんな苦悩をターニャはあっさりと流す。

 BETAの侵攻からすでに30年ほど。ユーラシアの大部分は山脈も削り取られ、荒野というのも烏滸がましいただの平野だけが広がっている。河川すらも幾つも失われており、バイカル湖や黒海、カスピ海などの沿岸部分を除けば、水資源に乏しい。

 

 加えてターニャは喀什の住人など生存しているはずがないと切って捨てる。たしかにBETA大戦の始まりの地とも言える喀什だ。その後の中ソの潰走としか言えない戦線の後退からしても、喀什から生き延びた者が居るとはなかなかに考えづらい。

 

 だからと言って、大規模かつ恒常的な重力異常を撒き散らしても良いという話ではないと武には思えてしまうが、そもそもが代替案の無い話だ。G弾抜きでの喀什攻略は大きく作戦成功率が下がり、実質的に達成不可能と予測されている。

 

 

 

「しかし事務次官補殿は、第五計画……というよりかは、G弾の使用に懐疑的だとばかり思っておりました」

『ん? ああ、核以上に使いにくいというのもあるが、そうだな……『バビロン作戦』ではなく、本来の第五計画を私が否定するのはまた別の問題だ』

「お聞きしてもよろしいのでしょうか?」

 

 第五には否定的でありながらG弾の運用は受け入れているかのようなターニャの口振りに、武は単純に興味を引かれた。今を逃せば聞き出すタイミングもなさそうなので、危ないと思いつつも踏み入ってしまう。

 

『簡単な話だよ。補給、というよりかは生産面だな。G元素はいまだ人類が生成できない未知の元素だ。となればその補充の目途はどうする?』

「それは……ハイヴを攻略してアトリエを占拠する、ですか?」

『その通りだ。G弾を持ってハイヴを攻略し、そこから回収できたG元素でまた新たにG弾を生産する。自転車操業的な、略奪を前提とした計画であり、どこかで失敗とは言わずとも遅延でも起こせばたちまちに破綻する』

 

 蛮族じみた前時代的な、作戦とも言えぬ空論以前の我儘だとターニャは嗤う。

 もちろん作戦失敗を含めての余剰は計算しているだろうが、もとよりハイヴにどれほどのG元素が貯蔵されているかなど、推測というよりかは願望に近い予測なのだ。長期的な計画として採用できるようなものでしないと、切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

「質問にお答えいただきありがとうございます。ちょうどそろそろ目的地でしょうか?」

 

 他にも聞きたいことはなくもないが、北海道が近い。このままに北上すれば襟裳岬が目視可能な距離にある。富良野ならばこのままでも良いかもしれないが、千歳に向かうのであれば進路を変更する必要があった。

 

『ああ、もうしばらくすれば修正指示を出す。ここまでは天候にも恵まれたが、ここからは荒れるはずだ。北東方面の気象状況には注意しておけ」

「はっ、02了解いたしました。あ、いえ……北東に、ですか?」

『なにか勝手な思い込みでもしていたようだな、白銀少尉? まあ中継地まではあと一時間程度だな』

 

 ターニャがニタリと嗤い、中隊全機へと進路変更と目的地の指示が出された。

 

 

 

 向かうは北海道の東端、根室分屯基地。

 ただしそこはあくまで中継地、燃料の補給のみですぐさまに飛び立つという。

 

 武は頭の中で地図をひねくり回していたが、どう考えても帝国を離れることになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと時間を飛ばしまして、機種転換訓練とか弐型への再調整とか、あと中刀とかに関してはまたそのうち~の予定です。A-01全隊での演習の、その下準備的移動だけで終わってしまいました。

で、さらっと流してしまってますが原作だと2003年に弐型が帝国陸軍に正式採用ですが、本作では撃震代替と次期主力機選定とがさらに泥沼化しそうですけど、崇宰の恭子様が生きておられたりで、斯衛向きに城内省が02年度予算で低率初期生産を始めてしまいそうです。

でで、デグさんから「G弾使うぞ、数用意しておけよ」とか言われた第五推進派の皆様方は、たぶんいま必死になって逃亡先を選定中かもしれません。


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