Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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羈束の謀略

 

 

 武と冥夜を除く、第一中隊10名の不知火・弐型への機種転換訓練。

 いまこの時期にそれが行われる意味は、武には明白だ。

 

(落ち着けよ白銀武。いまここでオレが慌てて飛び出したところで、何かを変えられるわけじゃねぇ。まずは状況を見定めてからだ)

 

 武は呆然と開いてしまった口を意識してゆっくりと噛み締める。何気ない風を装うためにも合成玉露を注ぎなおし、そして叫び出さないためにも口に含む。冥夜が気遣わしげにこちらへの視線を配ってくれるのを見て取れる程度には落ち着いている。そう自分を俯瞰できるくらいには、今の武は幾分か冷静な態度を装うことはできているはずだった。

 

 以前の武ならば、後先など考えることもせずにただ詰問するためだけに夕呼の執務室へと駆け出していたことだろう。それが成長なのか、あるいはこの世界線で意識が再構築されたことでの影響なのかなどは、武自身には判断できることではない。

 だが、すくなくとも今なすべきは千鶴たちから話を聞いておくことだった。ぐるぐると無駄な思考に捕らわれそうになるが、まずは自分が何を知らないのかを見極めなければならない。

 

 すぐに思いつくだけでも、そもそも弐型への機種転換は事前に予定されてはいたが、武には知らされていないという流れがある。Need To Knowの原則ではないが、喀什攻略に際して武御雷への搭乗が確定している武と冥夜に話が伝わっていなくとも当然と言えた。

 

 

 

「なあ……機種転換の話って、いつ決まったんだ?」

 ただ問題を見定めるためには、まずは前提となる情報が少なすぎる。簡単に確認できるところからと、何気ない風で聞いてみた。

 

「知らないわよ。私たちも今朝招集があるまでは、予定通りに明日から北に戻るつもりだったのよ」

「……むしろ白銀が、先に伝えておくべき」

 

 千鶴と慧とが揃って武を糾弾するかのように答える。その様子からすれば、彼女たちも知らされていなかったのは確かだ。

 

「鳴海中尉も顔色を失ってたわ。平中尉は、私たちを思ってでしょうが、普段通りに振舞ってくださってたけど」

「あ~小隊長のお二人にもいきなりの話だったってことか」

「いまも、昼食さえ取らずに神宮司大尉とこれからの日程調整だそうよ」

「ちなみに、機種転換と引継ぎを並列することになる……白銀手伝う?」

 

 

 

 第二と第三小隊での北部でのXM3教導任務は三ヶ月の期限で二月末までを予定していた。当たり前の話なのだろうが、どれほど順調に進んでいたとしても全体の半分も終わっているはずがない。

 

 他へ引き継ぐにしても、XM-OSの各バージョンごとと運用機体に合わせての教導が可能な部隊など帝国内どころか今の世界にはどこにも存在しない。幾分かは訓練が進んでいる富士の教導隊であっても第三世代機の不知火にXM3を搭載したものにほぼ限定されている。比較的XM-OSの実戦運用実績のある斯衛であっても主体はXM3に限定され、しかも機体は瑞鶴だ。どちらもまだ自身らが訓練期間中と言える。

 撃震のXM1仕様ならば想定している訓練期間が短いために各部隊でそれぞれに対処できるかもしれないが、XFJ計画の進捗によってはその撃震さえもXM3へと仕様変更される可能性もある。そんな流動的な状況下で満足に教導任務に当たれるのは、今現在のところは衛士訓練当初から武の挙動を見続けてきた元207Bの面子を含む、A-01第一中隊だけだった。

 

 彼女たちを帝国に残れるようにと、そういう性格の部隊となるようにと武は意図的に、まりもや夕呼へと話をしていたつもりだった。そしてその考えはおそらくは見透かされていたのだろうが、否定されることもなく先日までは上手く進んでいるように思えていたのだ。

 

 

 

「オレじゃあそっちの任は手伝えねぇし……なあ?」

「私もできんぞ?」

 

 暗に手伝えと言いたげな慧の言葉には、武も答えに窮する。横の冥夜に縋るように話を振ってしまうが、武も冥夜も乗機は武御雷だ。第一中隊の中では例外的なポジションである。

 

 XM3の概念を提唱したのは武だが、実のところ、武自身はXM3の撃震に乗っているわけでもなく、自分の戦闘機動を他者へと明確に伝えられているとは思えない。まりもを始め、他の第一中隊の面々がそれぞれに意味を咀嚼して、既存の戦術機機動へと落とし込んでくれているからこそ、教導という任に当たれているのだ。

 

「判ってるわよ、あなたたち二人にこちらの仕事は振らないわ」

「そうしてもらえると助かる……けど、実際どうするんだ?」

 

 千鶴にしても、言い出した慧にしても、本当に武や冥夜の助力を期待しているわけではない。あくまで食事後の軽い愚痴程度の話だ。

 

 

 

「今のところは不明。それも含めて隊長たちが話し合ってるんだとは思うわ」

 どうしようもないと千鶴は手を上げて、言い捨てる。武だけでなく、隊の末端に情報が伏せられていたということではなく、まりもも含めて誰も知らなかったようだ。

 

(ってことはなんだ、本当にいきなりの話か? たしかに夕呼先生の様子も変わったところはなかったようには思えたけど)

 

 夕呼の顔色を窺えるなどとは武は考えもしないが、それにしても元旦に会ったときは緊迫した様子はなかった。XG-70の艤装進捗が想定通りということも含め、むしろ計画は順調に進んでいるかのような態度だった。

 そうでなければ、失敗することを確認するためだけの「確率の霧」に関する実験など行うはずもない。

 

(いや。もしかして夕呼先生らしくもないが、藁にも縋る想いで……って、それこそそんな感じじゃなかったよな)

 

 むしろ失敗して喜んでいた言葉の方が真実だと思える。たしかに確率分布世界の中から、望むがままの結果を『あ号標的』が選び出せるようなほどに世界が不安定であったならば、人類の勝利など文字通りに夢物語となってしまう。

 

 

 

 ただ中隊の面々が誰一人現状を理解していないとなると、夕呼から直接聞くしか無くなってしまった。

 

 一応は、この世界でも武は夕呼の執務室へ入る許可と鍵とは貰っている。それでも以前の世界線のように、呼ばれてもいないのに押し掛けるようなことをしたことはない。

 会いに行くならば事前に面会の申し出を、とも思ったがそもそも誰に話を付ければいいのかも判らない。同じ部隊とはいえ相手となる夕呼は隊の最高司令官であり、大佐相当官と新任の少尉だ。普通ならば、当たり前の手続きで面会できる相手ではないのだ。

 

(社に頼むか? あ、いや。そもそも朝から社に会ってねぇな、今日は)

 

 霞は第一中隊付きのCP将校という立場はあるが、この基地において霞のもっとも重要な任務は夕呼の身辺警護だ。第六世代EPS発現体である彼女は、下手な警備システムなどよりも有用な警戒能力を持つ。

 それ故に夕呼に何か予定がある場合はそちらに付き添うことが当然で、武たちの演習などでの完成任務などは、霞の手が空いているときに限られていた。

 

 朝に会わなかったのも、別段珍しいことでもない。

 

 

 

「って、あれ? 社?」

 だが、そうやって霞のことを考えていると、当の本人がほてほてとPXの中を歩いてこちらに近付いてきた。トレーも何も持たず手ぶらな様子から、食事ではなさそうだ。

 

「(ぺこり)……おはようございます」

「もう昼だけと、おはよう。って疲れてるのか?」

「(ふるふる)」

 

 いつもの通りに無表情のまま頭を下げて、挨拶は交わすが、どこか焦燥しているようにも見える。武の問いには軽く頭を振って否定するが、精神的か肉体的かはともかくも疲れてそうなのはたしかだった。

 

「昼食べてないなら、何か食べやすい物でも要るか?」

「……いえ。お呼びです」

「お呼び? ああ、夕呼先生にオレが呼ばれてるってことか」

「……(ぺこり)」

 

 いつも通りに言葉の少ない霞の言いたいことを何となく推測してみたが、間違ってはいないがどこかズレていたようで、霞の行程の頷きは少し遅れた。

 

「ということらしい。ちょっと話を聞いてくる。話せそうなことが聞けたら、またあとで伝えるよ」

「期待しないで待ってるわ。こっちは片付けておくから早く行きなさい」

「そうだな、白銀。香月副司令をお待たせするわけにもいくまい。社の食事などはこちらで用意しておくから、急ぐがよい」

 

 それでも呼ばれていることに違いはなく、冥夜の言うとおり夕呼を待たせるわけにもいかない。千鶴たちに断りを入れれば、むしろ追い出されるように急かされた。

 

 

 

 

 

 

 無駄なことをするなと夕呼にはいつも通りに言われそうだが、一応はノックをして返答を待ってから執務室のドアを開ける。

 

「失礼いたしま、すッ!?」

 

 ここに来るまでに何をどう問うべきかと一応は考えていたものの、室内にいた人物を見て、そんな想いは一気に消え去った。

 夕呼が居るのは当然だったが、まるで自分の執務室かのように寛いだ態度でコーヒーカップを手にしているのは、合衆国に残っていると思い込んでいたターニャだった。

 

「あけましておめでとうございます、事務次官補殿。本年もよろしくお願いいたします」

「ああ……そうか、あけましておめでとうだな。またしばらくはこちらの基地で世話になることになった」

 

 入室直後の反応は間違いなく礼を失した態度だったが、それでも一応は取り繕って見せ、武は新年の挨拶を述べる。合衆国流の対応など武は知らないが、ターニャは元は日本人だったということなので、誠意は通じるだろうと思う。

 

 応えるターニャはいつも通りと言えてしまう、無表情に近いままのどこか憮然とした顔付だ。それでも新年の挨拶を返してくるあたりは、武の態度を受け入れてくれてはいるようだ。むしろ武の慌てふためきようなど、意に介してもいないようにも見える。

 

 

 

 ターニャと夕呼とが同席しているこの現状を、どこか見慣れた執務室の風景に武は思えてしまい、いつの間にか慣れ親しんだ流れで部屋の一角に設置されている給湯設備へと向かう。

 夕呼とターニャ、二人のカップを見てコーヒーが少なくなっているのを確認してから、軽く断りを入れて新しく淹れる。階級的には当然とも言えるが、この執務室においては武が居る際は武が給仕をするのが自然な流れとなってしまっていた。

 

「失礼ながら、事務次官補殿はあのまま合衆国に残られるのかと思ってましたが?」

「なに、私が合衆国にいると何かと煩い連中も多い。それに現状、療養という名目で監禁されてからの検体コースさえ考えられるからな」

「……ははは」

 

 ちょっとした疑問だったが、ターニャの悲観的過ぎる予測に、聞いた武でさえ乾いた笑いを返すしかなった。

 とはいえターニャの「若返り」としか言いようのない現状は、一般市民であれば保護という名目で研究対象となっていてもおかしくはない。加えてターニャの政治的立ち位置からすれば、それらを踏まえて対立する勢力が拉致じみた振る舞いに出る可能性も高い。

 

 

 

「しかし、呼ばれるまでここに飛び込んでこなかったというのは、貴様も少しは成長しているのか?」

 

 そんな武の思惑などターニャが気にするはずも無かろうが、落ち着いた風を装ってコーヒーを淹れる給仕姿を見て、どこか感心したかのように声を掛けてきた。見透かされているとは武も思うが、「原作知識」など関係なく、人生経験の差だろう。

 

「たしかにこの部屋のキーは与えていますが、それは無駄な儀礼を省くための物ですが」

「ああ、別の世界線でのことだ。私が直接見たわけではないが、そういうキャラクターだったという話だ」

「ははは、中隊の皆から機種転換の話を聞いたときは、飛び出しそうになりましたが、何とか自制いたしました」

 

 だがアポなしで飛び込んでくるという話に、夕呼でさえ呆れたかのように口を挟む。

 とはいえ飛び出しかけたことは事実であり、霞が呼びに来てくれなければ何らかの理由を付けて夕呼のところに押しかけたことだろう。

 ターニャからの第三者の視点は、ある意味では神の視座のような位置からの観測だ。笑って誤魔化すくらいしか武には対処しようがない。

 

 今更に自分の行動を振り返ってみても、「一周目」のUL世界線はともかくも、一応は軍人として教育を受けたままの記憶が継続していたAL世界線において、よくもあれだけ傍若無人に振舞えていたものだと呆れそうになる。

 

(やっぱ、あの当時は意識がどこか方向付けられてたのか? 大佐相当官の基地副司令に対して学校の物理教師と同じように接してたってのは、ちょっと異常だよな? あ、いや……そもそもオレの態度は上官の方々には失礼過ぎたよな)

 

 数えるほどした対面はしていないが、基地司令たるラダビノッド准将らに対しては、一士官として接することができていたはずだ。ただ、真那たちへの対応を思い出すに、頭を抱えそうになる。EX世界線で三バカなどと呼んでいた気分のままに、他軍とはいえ先任たる神代たちをあしらっていたところがある。

 

 

 

「さて。コーヒーの香りをいましばらくは愉しんでいたいところだが、白銀? 貴様も聞きたいことが多いだろうが、まずはこちらの問いに答えてもらおう」

「はッ、何でしょうか?」

「いや、簡単な問いだ。先に提出してもらったAL世界線での『桜花作戦』以外で、貴様には喀什攻略の記憶はあるか?」

「は? あ、いえ、失礼いたしましたッ!! はい、いいえ。自分には『桜花作戦』以外の喀什攻略の記憶はありません」

 

 いまさらなターニャの問いに、反応が遅れる。ターニャの言う「原作知識」に照らし合わせても武にそんな経験が無いことは判っているはずであろうと、どうしても疑問が顔に出てしまう。

 ハイヴ攻略に関してと大きく捕らえれば、バビロン災害いわゆる「大海崩」の後に、どこかで作戦に従事したという朧げな記憶はある。ただそれは喀什ではなく、また明確に説明できるほどでもない。

 

「やはりそうか」

 憮然としたままに、ターニャは武の答えを受け入れる。少し考えこむように目を細めるが、武が知る情報は可能な限りすでに伝えてある。いまさらに付け加えられることはない。

 

「こちらからの干渉の結果でしょう」

「嬉しくもあり、悩ましくもあり、と言わねばならんな」

 

 夕呼共々に、何か納得はしているようだが、二人ともに武にも感じられる程度には不機嫌だ。そしてそれを共に隠そうともしていない程度には、何らかの問題が起こっているようだ。

 ただ当然ながら、何に対して苛立ちを募らせているのかが武には判らず、またそれを問いただせるわけでもない。

 

 

 

「ああ、喜べ白銀。喀什への侵攻が正式に決定された。作戦決行日時は来月2月の14日だ」

「それは……判っていたとはいえ、時間の猶予はさほど残されていませんね」

 

 武の疑問を解消するためというよりかは、むしろいたぶる様に嗤ってターニャが告げる。

 ある意味では武への余命宣告じみた話であるが、それは作戦立案に関わった武にしてみれば最初から受け入れている。なによりもありえなかったはずの「やり直し」の機会だ。微塵の怖れも無いなどとは言い切れないが、むしろ冥夜を再び死地へと向かわせることの方が、悔まれてしまう。

 

 だが現実的な問題としては、想定の内でも早い方だとは考えてしまう。

 具体的な対応を詰めるためには、少しばかり時間が厳しい。資材の移動などを考えれば、演習などの準備に当てられるのは残り40日程度だ。最悪は今月末との想定で動いていたとはいえ、準備の時間はあればあるだけよかったのだ。

 

 とはいえ当初から作戦の日時は今年の3月あたりまで、どれほど遅らせても夏までには決行する予定だった。少し早いがその程度でターニャと夕呼の二人が慌てふためくはずがない。

 

 

 

「あと幾つか朗報がある。英連邦からの参加兵力が戦術機二個連隊に拡大された。合わせて英仏からMk-57が帝国と合衆国にそれぞれ100丁ずつ提供される」

「それはまた大きいですね。戦術機もそうですが、Mk-57がそれだけあれば、各隊の後衛小隊はほぼ装備可能になります」

 

 Mk-57に関しては帝国も採用を決定したと巌谷からは聞かされていたが、輸入にしろライセンス生産にしろ、十分に数が揃うとは思えていなかったのだ。帝国内で陸軍と斯衛そして国連軍へと振り分けることを考えれば、武たちA-01に回ってくる数は少なくなるだろうが、10丁程度は追加でもたらされるだろう。

 

「さらに合衆国海軍からはF-4が100機ほど提供される。こちらは無人機仕様だが、砲兵の真似事程度ならば使えなくもない。最悪でも囮にはなる」

 

 むしろ合衆国へ提供されるMk-57はこちらに配備させることになろうと、ターニャは続けた。第一世代、それも鈍重な撃震の無人機では最前衛に立てばただの的とも言えるが、後方からの支援砲撃用と割り切れば使えなくもないという。

 

 

 

「なるほど、たしかに朗報が続きますね。投入可能な戦術機戦力は、初期想定の10個連隊1000機程度から、12個連隊の1200ほどですか?」

「当然ながらこれに合わせて再突入型駆逐艦、HSSTの数も増える。こちらは仏が不足分を補うこととなった」

 

 こうまで聞くと何も問題がないどころか、むしろ想定以上の戦力が集まって悦ばしいところだ。たしかに武の周辺、極めて狭い範囲であればで言えば第一中隊の面々が作戦に参加することになりそうだという不安はあれど、間違いなく作戦の成功列は高まっているはずだ。

 

 合衆国海軍から提供されるという無人化されたF-4は単純に参加機数とは計上できないが、英連邦からの追加一個連隊は純然たる増強だ。単純に数だけで見れば一割近い強化と言える。

 おそらくは提供される機体はF-5E ADV トーネードだろうが、F-5系列とはいえ幾度もの改修を受けたADV型は実質的に第二世代だ。加えてXM3は難しいだろうが最低でもXM1に換装してくれていれば、十分な戦力と言える。

 

 

 

 武が頭の中で予定を組み立てているのを見越してか、ターニャが浮かべた嗤いさらに深める。

 

「投射戦力の増強はともかくも、時間的猶予に関しては想定の範囲内だ。貴様が聞きたいことは他にあろう?」

「それは……」

 

 第一中隊の面々を喀什攻略へ参加させるのか、否か。武が聞きたいことを単純化すればそれだけだ。ただそれを問うて肯定されたとすれば、その決定を覆せるほどの根拠を武は持ち合わせていない。

 

 先ほど考えていたXM-OSの教導部隊という第一中隊の持つ意味も、帝国からは尚哉がユーコンに赴きそちらで多国籍からなる専門の部隊が設立されようとしている現状では、極めて一時的なものだ。元207Bの面々の出自も、冥夜が作戦に参加することが確定していることを踏まえれば、むしろ不参加の方が後々に禍根を残すことにもなりかねない。

 

 

 

「簡単な話よ。第四計画はその持てる全戦力を喀什攻略へと投入することが決定された」

「は? 全、戦力……ですか?」

 

 武が明確に問うよりも早く、夕呼が断言した。そして武にはその言葉の表面的な意味は理解できるものの、背景には思い至れない。そもそもに全戦力と言っても、夕呼が直接動かせるのは二個戦術機大隊規模となっているA-01くらいだ

 

「文字通りの意味で全戦力だ、白銀少尉。第四計画、いや香月副司令直属のA-01、そのすべてが、今回の喀什攻略に投入されることになった。単純な理屈だ。他者に戦力の供給を願うならば、自らの手持ちはすべて吐き出してからにしろ、というのが参加各国からの意向だよ」

 

 武が思考を纏めるよりも早く、ターニャが淡々と告げる。カップからまだ立ち上る湯気、その香りを愉しむようにターニャは手を添えているが、中身はいまだ僅かなりとも減ってはいない。

 その口元には薄い嗤いを張り付けてはいるが、明らかに苛立ちが感じられる。

 

 

 

「当初は、香月副司令自らXG-70dに搭乗して、最前線で状況を判断すべきではないか、という話もあったぞ」

「いや、それは……失礼ですが、さすがに意味が無いでしょう?」

 

 以前のAL世界線において、佐渡島ハイヴ攻略の際は夕呼も前線と言えるほどの位置にまで出たこともあるが、あれは極めて例外的な話のはずだ。そもそも夕呼は、物理学に関しては間違いなく稀代の天才、政治的手腕においても特筆すべきものを持つが、前線指揮官としての軍事的な才能にまで恵まれているわけではない。

 もちろん作戦面において夕呼が無能だとは武は思いもしないし口にもしないが、かといってXG-70dに搭乗して最前線で指揮を執ることに然程の利点はないはずだ。

 

 そのような夕呼までも前線に出すという話を踏まえて考えれば、A-01全戦力の提出というのは一見正論には思えるが、意図するところは夕呼から実働戦力を奪うことが目的なのだろう。

 

「まあ半分ほどは間違いなく『善意』からの提案よ。アンタたちがユーコンとかで提示してきたXM-OSの評価もあって、英仏も作戦成功の目途があると判断したようね。ただ、まあ残る半分以上は……」

 

 夕呼にしては珍しく口を濁しつつ、ターニャを見た。

 

 

 

「なに。無能な輩からの理不尽な糾弾には経験がある。予測しておかなかった我らが失策だな」

 嗤いを深め、ようやくカップに口を付けたターニャが呪詛を漏らすかのように口にする。

 

「ああ、これは失礼いたしました、白銀少尉。いえ、フェアリー02。今回の喀什攻略に際し、自分、ターシャ・ティクレティウス少尉は社霞少尉共々にA-01第一中隊付きCP将校としてXG-70dに搭乗いたします」

 

 わざとらしいまでに口調を整え、ターニャが宣言する。

 

 

 

 その言葉を受けて武は「A-01の全戦力」という言葉がどこまでを指し、そして何を意味していたのかを、ようやく理解した。

 

 夕呼から実働戦力を奪うことなど余禄のようなものだ。具体的にはどこの誰だとは断言できないが、幾重にも絡んだ対立集団の狙いはルナリアン派閥の分解、何よりもその首魁たるターニャ・デグレチャフの抹殺だ。

 

 

 

 

 

 

 




着々と戦力が増えるよやったねタケルちゃんッ、ということでデグさんも喀什に同行します。ストライク・フロンティアのように夕呼先生もどーにかとも一瞬考えましたが、さすがに無理筋過ぎるしあまり意味が無いなぁとお留守番です。

で、元207Bの面々、冥夜が喀什攻略に参戦したのに、もし同じ部隊でありながら千鶴&慧の二人が不参加となってしまえば、間違いなく後々の政治的禍根になるよなぁと。一案としてはそれをネタに城代省(斯衛)と内閣&陸軍とが割れるというのも考えましたが、収まりつかなくなるので破棄プロット行きでした。

でで、一応次は久しぶりのデグさんパートで、そこを経て一気に喀什かなぁと思ってましたが、もしかしたらちょっと寄り道するかもしれません。


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