Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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渇求の過怠

 

 さてどう話していくか、と武は一瞬考えこんだが、それほど悩む話でもない。

 

 帝国において、そのドクトリンから大きく外れるように思える電磁投射砲、その開発と運用の方向性はなんとなくではあるが見えてきた。

 武を含め今この場にいる四人は皆衛士であり、電磁投射砲とそれを運用する帝国製戦術機に関しては深く理解している。それでいて合衆国軍人とはいえ帝国の戦術機にも精通したユウヤだけが気付いていないのは、あくまで彼がアメリカ人であり日本に然程詳しくないという単純な理由だ。

 

 電磁投射砲の問題点は、基礎概念は古くともそれを完成に至らしめた技術がいまだ拙いことによる生産・整備性に何があることと、なによりも戦術機が携帯する兵装としては規格外とも言える大型兵装であり、射撃母機への負担が大きいということだ。

 特にその巨大さは、機動力こそを至上とし近接密集戦闘における能力を追求してきた帝国製戦術機の運用ドクトリンとたしかに真っ向から反する。

 

 不知火・弐型の開発に携わることで帝国製戦術機への理解を深めてきたユウヤが疑問に思うのも当然と言える。

 

 

 

「で、だ。ユウヤが見落としてるっというよりかは、オレも現地を見たから気が付いたっていうだけで……ああ、ユウヤに実戦経験がないとかそういう話じゃねぇぜ? まあ帝国の地理的状況に詳しくないと判らねぇってことだ」

 

 ユウヤの戦術機衛士としての力量は、実戦経験の有無さえも無視できるほどだ。なによりも今回の派遣が初の海外勤務経験となるユウヤには仕方がないという面も大きい。ただユウヤ本人は、自身の経験の無さを気に病んでいるようではあった。

 

「一応は、帝国周辺の地形状況や主要な施設なんかは調べて来たつもりなんだがな」

「百聞は一見に如かず……というものだ、ブリッジス少尉。我らも直接見るまでは、理解していたつもりになっていた」

 

 武が巌谷に軽く断りを入れてホワイトボードを用意している間に、冥夜が慰めるようにユウヤへと声を掛ける。ただ、それはむしろ以前の自身の自覚の無さを戒めるような言葉でもあった。

 

 

 

「さて。北の方は詳しくねぇから今回は省かせてさせてもらってだ、あと絵が下手なのは聞き入れねぇぞ」

「いや……一応は士官だろ? 作戦概略図とかが汚ねぇのはマズいだろ」

「ちゃんとしたのが必要なときは、まあ……なんとかするさ」

 

 武がざっくりとホワイトボードに描いたのは九州と四国、そして本州の略図だ。帝国の周辺という意味で、朝鮮半島も書かれている。ただ本当に略図でしかなく、各地方の比率も、細かな地形もかなり怪しい図だった。

 

「図に関しては、必要となれば上手い者に任せるのが良かろう。話を進めるべきではないか、白銀?」

「おうっ、で。今の話で重要なのは、だ。BETAの侵攻ルートと、電磁投射砲の使いどころってヤツだから、注目するのは九州と本州との間、関門海峡だ」

 

 自分で描いた不出来な日本地図、その九州と本州の間らしき所に武は赤で丸を付ける

 

 

 

「BETAは単純に経済的最短ルートを侵攻してくるから、鉄原ハイヴからの侵攻ルートとしては巨済島と対馬、壱岐島を経由して福岡市の西部あたりに上陸するのが主力のはずだ」

「少しばかり白銀少尉の言葉を修正するが、昨年の侵攻では壱岐島への上陸は限定的で、大部分は海中侵攻のままに福岡の方に揚がった。より西の唐津市周辺への上陸数は初期の想定よりも少なかったよ」

「ご指摘、ありがとうございます」

 

 話しながら武はBETA侵攻ルートとして赤で矢印を加えていくのに合わせて、巌谷が簡単にだが先の防衛戦の状況を付け加えてくれた。

 

「むしろ福岡以東にBETA主力が揚がったことが、白銀少尉の話の根幹だろう?」

「ええ。福岡市から北九州市まではたしか直線距離では100kmと無い。下関市まで含めてもその程度でしょう」

「そう……だな。たしかそれくらいのはずだ」

 

 巌谷も頭の中で地図を思い返しているのだろう。少し考えた後に武の言葉を肯定する。

 

 

 

「あ~つまりはキュウシュウ、フクオカ、か? そこに上陸されたらすぐに本土にBETAが押し寄せてくるっていう話か?」

「まあ、簡単に言えばそうだ。もちろん帝国の陸海軍での防衛線が構築されていたから、今回は上陸即本州侵攻ってことはなかったんだがな」

「いや、さっきの話しぶりからして、お前らはその場にいたんだよな?」

「あ~一応は、俺ら第一中隊の作戦の詳細に関しては……」

 

 少し濁した武の口振りに、ユウヤが眉を顰め詳しく話せと言わんばかりに詰め寄ってくる。だが今は一応A-01に属するとはいえ合衆国軍人のユウヤにどこまで話して良いのか武では判断しづらく、どうしても口籠ってしまう。

 

 

 

「……Need To Knowってことか」

「いやまあ、たぶん大丈夫だとは思うんだが、今の話の本筋とは関係が薄いからな。で、問題は防衛で来たからそれでよしという話じゃなくてだ。防衛できなかった場合の事前の想定、というところで電磁投射砲の話だよ」

 

 武は無理矢理に流れを戻して、ホワイトボードの地図に向き直り、長崎と呉あたりに地名と共に青で丸を書きこむ。

 

「帝国海軍だけじゃねぇ。合衆国第七艦隊もこのどちらかで補給を受ける。もちろんこの隣の横須賀に第七艦隊主力は集まるが、前線の構築となればこのどちらかだ。舞鶴は山陰、日本海側に展開している艦艇を受け入れるので手一杯だろうし、大湊はそもそも北方方面のために残しておかなきゃならねぇだろうし」

 

 さすがに海軍の兵站や補給面は武は門外漢だ。ターニャや山口提督から話を聞いた後に軽くは資料に目を通した程度でしかない。それでも長崎と呉とが帝国の西部防衛における拠点であることくらいは判っている。

 

「下関を抜けられた場合、陸上での戦力移動は四国方面からの迂回もできなくはないが、非常に困難となる。長崎と呉との連携が封じられる形になり、九州と本州とで、それぞれが独自に防衛線を構築しなおす羽目になるってワケだ。その時の電磁投射砲……となるんじゃないかと思う」

「大筋ではそういう感じではあるな。続けてくれたまえ、白銀少尉」

「ありがとうございます。では……」

 

 それらしく話してはいるものの、海軍の補給に関しては門外漢も甚だしく、また電磁投射砲の運用方針も先ほどから推測を重ねているだけだ。どうしても正解を確認するかのように、巌谷を伺ってしまった。

 そんな武の意見を、巌谷は軽く笑いながら肯定し、さらに続きを促してきた。

 

 

 

「まあ今回は防衛できたんだが、そうだな……最悪の想定、ってヤツで考えてみるか」

「ふむ? 以前に話に出た、台風や雪の影響で帝国海軍の戦力が使えぬ、というものか?」

「ああ……アレ、だ。このあたりまで進攻されて、佐渡と横浜にハイヴが作られてようやく止まってくださるってヤツだ」

 

 ユウヤに判りやすいようにと考え、防衛の失敗を想定する。武が思い描いたのは、以前の世界線での1998年のBETA本州侵攻だ。ただ冥夜にすれば、ターニャや武が話していた、想定状況の一つという認識でしかない。

 

 そしてなによりも武も直接は経験していないとはいえ、廃墟となったこの白陵の街並みは鮮明に覚えているのだ。自分で口にした話だが、あの崩れ去った街並みを思い出してしまい、奥歯を噛み締めてしまう。

 

 

 

「って待てよ。海軍が動かねぇだけで、このトウキョウか? 首都近郊まで一気に侵攻されるっていうのか?」

「東京どころか、何で止まったかのさえはっきりとは解からねぇ……あ、いや、まあそういう想定もあるって話なんだが、可能性は高いんだよ」

 

 自身が見て来たもののこの世界線では回避された事象を口に仕掛けたことに気が付き、武は慌てて誤魔化す。

 

「話し戻せば、だ。例え海軍戦力が使えたとしても、下関への上陸を許してしまえば、防衛線を構築可能な土地は帝国には限られてる」

 

 このあたり冥夜も巌谷も当然理解しているが、今はユウヤへの説明とそして電磁投射砲の運用に関しての考察だ。前提となる事実はあらためて列挙していく。

 

「当たり前だが、核もG弾、っと新型爆弾も無しだ。なにも国土を自らの手で焼きたくねぇっていう精神論だけじゃねぇ。これは聞いた話でしかねぇが、どちらを使ったとしてもその後の兵站面での問題が大きい」

 

 ユーラシア大陸での防衛戦闘の実例をユウヤも知っているだろうから、核の利用には思い至るはずだ。だが、それは広大なユーラシアであるから可能な話だ。縦に細く移動可能な地形に乏しい帝国本土で核を使えば迂回ルートの構築も困難で、結局は自らの首を絞めることとなる。

 

 

 

「だがBETAの侵攻ルートが想定しやすいってのは、この狭い国土の利点でもある」

 

 本州を東進するであろうBETAの進攻予想ルートを、武はさらに赤の矢印で描き加えていく。

 基本的には下関から阪神間までは間違いなく国道二号線か山陽本線に沿ったところを通る。幾つものトンネルを通る山陽新幹線の沿線は無視できる程度のはずだ。武の知る他世界線においてもほぼ同様のルートが取られていた

 

「となれば、だ。本州上陸を許してしまった後は、広島の西、岩国の基地からの支援を受けて止めるか、そこを抜かれてしまえば姫路ですか?」

「そうだな。理想は岩国で止めたいが、あそこは海上からの支援砲撃は受けやすいが、山がちなために陸の砲戦力の展開が難しい。戦術機で電磁投射砲を使うには最適とも言える場所だ。南岩国から由宇のあたりまでを射線に捉えられれば、比較的少数の戦力で防衛線を構築できるのではないかとは考えられている」

 

 さすがに武の描いた地図では判りにくいため、冥夜がプロジェクターを使って広島周辺の地図を映し出してくれた。

 それを指さしながら武は確認するように巌谷に問うが、ユウヤ以外は皆判っていた答えだ。巌谷もあっさりと肯定しつつ、砲陣地を構築する予想地点も加えてくれる

 

 もちろん周辺への被害も甚大ではあろうが、呉を落とされることの影響とは比べようもない。

 

 

 

「あとは、呉を抜かれてしまえば姫路の西で押し止めるか……」

「最終防衛線となるのは、阪神間の武庫川以西、か?」

 

 武が濁した言葉を、冥夜がはっきりと口にする。

 

 武への問いという形ではあるが、冥夜はプロジェクタで映し出された日本地図を凝視したままだ。それは疑問の体を為していたが、実のところ事実確認だけであると判っているような声音だった。間違いなくそれは、初陣として九州の地に立って以来、考え続けていたことなのだろう。

 

「そうだ。大阪空港を接収した上で伊丹基地を中核として、帝国の総力を挙げての防衛となるだろう」

「……お答え、ありがとうございます。中佐殿」

 

 答えたのは、問われた武ではなく、巌谷だった。そしてそれが意味することは、この雑談じみた想定状況が、帝国の上層部に近いところでも同じように考えられているということに他ならない。

 その事実、そしてそれをただの一少尉でしかない自身に伝えてくれたことに対し、冥夜は巌谷へと深く頭を下げる。

 

 

 

「質問よろしいでしょうか? その東、ビワコ?でしょうか? そこに水上戦力を集め、もう少し東に防衛線を構築する案は無いのでしょうか?」

 

 冥夜と巌谷との間の緊張をユウヤは気にもせずに、疑問を投げる。

 ユウヤは優秀な衛士であるだけでなく、合衆国陸軍士官として当然のことながら、戦略・戦術関連の教育も受けている。そして士官学校で特筆されるほどに優秀な成績を修めてきたのだ。

 その士官としての視点で地図を見る限りは、阪神間での防衛はどこか無理がある。もう少し東側、大阪と京都との間に防衛戦を引けば、大阪湾だけでなく琵琶湖にも水上戦力を集める事ができ、水上火力の支援を大きく受けられるように思える。

 

 琵琶湖を中心として、南西に大阪湾へ南東は伊勢湾そして北は敦賀湾へと抜ける琵琶湖運河は、先の大戦中に帝都・京都防衛と日本海-太平洋間の迅速な兵力移動を可能とすために建築が開始されれた。だが大戦も終結し、物流の中心が海運から陸・空へと切り替わったことで半ば無用の長物となっていたが、BETA大戦の勃発で再び脚光が浴びせられた。

 この琵琶湖運河を用いれば、空母や戦艦であっても、琵琶湖湖上に展開できる。

 

 

 

「ああ、そうか……それは、だなぁ」

「京を戦場には出来ぬ。ただそれだけのことだ」

 

 ユウヤの、軍人として当たり前の指摘に、冥夜だけでなく巌谷でさえも一瞬言葉に詰まった。武もどうにか口を挟もうとするが、合理的な説明などできる話でもない。

 結局、冥夜があっさりと、精神論でしかない結論を述べた。

 

「可能な限り京都での戦闘は避けたい。これは帝国参謀本部だけで無く斯衛……いや、城内省の思惑も入っていないとは言い難いが、帝国全軍の意向と言える。たしかに精神論的な話ではあるが、無視できるものではないのだよ、ブリッジス少尉」

「帝国において政治・経済の中心はこちらの東京となってはいるが、それでも帝国臣民の心の持ちようとして、都は京であるという思いも強い」

「合衆国では例えるのが難しいが、ワシントンとニューヨーク……いやフィラデルフィアといった方が近いか。京が墜ちた場合の士気の喪失は計り知れん」

 

 育ちの違う武にはいまだはっきりとは感じられないが、武家出身の巌谷と冥夜とが言葉を重ね、京の持つ意味を伝える。政治・経済的には首都ではないとはいえ、その陥落は間違いなく帝国臣民の意思を砕くことになるだろうと、二人は断言した。

 

「なるほど。そうお聞きすると、納得できる部分ではあります」

 ユウヤも、フィラデルフィアを例に出されて何となくは理解できたようだ。防衛戦争は何も前線の勝敗だけで決するわけではない。国民感情とその意志というものは無視できる要因でないことは、少尉と言えど軍に属するユウヤも判っている。

 

 

 

「で、話は戻って電磁投射砲だ。こういう国土というか地形特性のお国柄だからな。後方からの補給などの十全な支援を受けられるなら、脚の速い戦術機に高火力を持たせての機動防衛ってのは防衛線を構築する場合には、ある意味で最適解なんだろう」

「白銀少尉が纏めてくれた通りだな。たしかに電磁投射砲はこれまでの帝国における戦術機運用ドクトリンからは外れるが、完成すれば間違いなく戦術の幅が広がる。ただ、まあ、開発はさほど急ぐことはなくなったがね」

 

 違いますか?と武は話しを戻しながら巌谷に問うた。その言葉に、どこか悪戯気に、巌谷はそう言いながら笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

「……は? もしかして、夕呼先生、あッ、いえ香月副司令から何かありましたか?」

「はははっ、そういった問題ではないよ。試製99型電磁投射砲は先ほど君たちが試してくれたように、要求緒元は満たしつつあり、また量産が確定すれば整備性の問題も解消はできると目されてはいる」

 

 開発を止めるとでも聞こえた巌谷の言葉に、武は焦って問いただしてしまった。いくつか第四計画から技術供与があるという話だったため、夕呼が何らかの手を出したかとさえ疑ってしまう。

 だが巌谷は武の疑惑を軽く笑い飛ばしてみせる。

 

 

 

「ああ、話が少し外れるが、戦術機による砲火力という意味であれば、先日白銀少尉から伝えられていた件もあったな。海神、A-6の兵装モジュールの利用の話だ」

 

 どこか近所の悪ガキのような悪戯心に満ちた笑みを浮かべ、巌谷は話を変える。そのいきなりな飛躍に、武だけでなく冥夜もユウヤも怪訝な表情を浮かべてしまう。ただ武も流れに戸惑いはするが、それらの話を巌谷に伝えたのは武自身だ。出所はターニャだが、今まで半ば忘れていたとはいえ、すぐさまに思い至った。

 

「それで、使えましたか?」

「いや、やはり無理だったな。撃震はもちろん、不知火であっても満足な機動力を確保できない」

「それは……当たり前でしょう? 話を聞く限り、A-6の肩部装備をそのままF-4に積んだら、歩くだけでも難しい」

 

 冥夜は武と巌谷との話の内容がまだ掴めていないようだったが、ユウヤはその僅かな言葉だけで思い至った。このアタリはユーコンの皆から「戦術機バカ」と評されるほどに詳しいからだろう。

 

 

 

「A-6の改良機とも言えるA-10はたしかにそれなりの飛行性能と機動力は持ちますが、その分火力はかなり犠牲にしています」

 

 ユウヤが続けるように、同じ戦術歩行攻撃機とされるA-10はたしかに飛行能力を持つが、そのためにA-6ほどの火力は有しない。一応はA-6の改良後継機とも言えるが、運用方針などは全く異なる。

 

「まあこれは一応試してみただけだ。これをもって電磁投射砲の代替と見なすわけではないよ。本命はまた別だ。いや、こちらこそ白銀少尉たちA-01第一中隊の功績とも言えるかもしれんのだが、帝国においてもMk-57の採用がほぼ確定となった」

 

 笑いを苦笑に切り替えでではあるが、巌谷はユウヤの否定の言葉に否定も抗いもしない。むしろ当然と受け入れながら、話を続ける。

 

 

 

「Mk-57を、ですか? たしかに俺たちの第一中隊で使用したことはありますが、功績と言われるようなことはなかったかと」

 

 ユーコンでのラプターとの模擬戦闘が思い起こされるが、あれは間違いなく純夏の「最適な未来を選び取る」といった能力が齎したであろう結果だ。一般化するとすれば、極めて確率の低い、幸運と呼ぶのさえ難しい偶然に期待するしかない。

 そして九州では帝国陸軍が半ば放棄していた物を借用した形で運用したが、こちらは特筆すべきほどの成果があったとは武は考えていなかった。

 

「ああ、ユーコンの件ではないよ。九州の方だ。結局、本来使用するはずの部隊からはまともな報告がないままで、君たちの隊での運用データが採用の方向を決めたと言っても良い」

「過分なお言葉ありがとうございます」

 

 礼は述べたものの、直接自分で使った装備でもなければ、むしろ火事場泥棒と罵られてもおかしくない状況でのことだ。褒められているのだろうが武としてはどうも座りが悪い。横の冥夜も似たような様子だ。

 

 

 

「Mk-57の採用が進められているのは、これを装備させ戦術機を砲戦力化、機動力のある砲兵として運用するという案が出ているからだ。電磁投射砲ほどではないが射程もあり、運用実績もたしかだ」

 

 Mk-57は戦術機が携帯できる兵装としては間違いなく長射程だ。

 もちろんFH70などの155mm榴弾砲やMLRSから投射される227mmロケット弾に比べれば、はるかに短い射程ではあるが、それでも戦術機の機動力があれば相殺できる程度とも言える。

 

 なによりも戦術機から間接支援砲撃が可能という点が大きいと、巌谷が言う。

 Mk-57は歩兵に例えれば機関砲とでもいうべき位置付けであり直接砲撃が基本ではあるが、その射程を生かして榴弾を用いれば間接砲撃でも十分な効果を発揮できる。そして武たちの成果と言われたように、ユーコンでもそうであったが、基本的に第一中隊で運用された時は、Mk-57を間接支援砲撃に使用していた。

 

 

 

「陸軍では撃震の内、耐用年数に余裕ある機体をXM1に仕様変更し、攻撃機として扱うという流れだ。既存の中隊の中に組み込むのか、大隊の中から射撃中隊として一個中隊を独立させるのか、あるいはそもそも独立した隊として編成するかはまだ確定もしていないがね」

「たしかに、Mk-57を装備した機体と、既存の突撃砲装備の機体とを中隊の中に混在させるのは何かと混乱の下でしょうが……」

 

 そもそも武たち第一中隊がMk-57を使うことになったのも、補給のミスで投棄されていた物を回収したからだ。中隊内部弾薬やマガジンが共有できないのは部隊運用の面では悩ましい。

 だが、それでいてMk-57の火力支援能力は魅力ではある。

 

 単純に大隊の中、三つの中隊の一つを全機Mk-57にするれば、また部隊運用が硬直化しかねない。それに交換可能な携帯装備だからと言って、余剰に用意するなどとなれば衛士の訓練も増大し、補給も整備にも負担をかけるだけになる。

 おそらくは既存の特科連隊の中にあらためて戦術機大隊を増設するか、あるいは戦術特科連隊といった形で編成されることになるのかもしれない。

 

 

 

「また57mmか105mmか、あるいは他の口径をあらためて設計するかはも未定だが、57mmに関してはライセンスの獲得に動くことは確実だ。それに取り急ぎ100門程度は発注されており、陸軍だけでなく斯衛とそしてこちらの国連軍へと今月中には配備されることになった」

「それはまた……急な話ですね」

「これでも君たちの計画にはギリギリだろう?」

「確かに、ありがとうございます、というべきですね」

 

 巌谷は第四計画が喀什攻略を進めていることを知っている。そしてそれは砲兵による間接支援砲撃が無い場所へと赴くことになると判っているのだ。自らが開発を進めてきた電磁投射砲の数が揃えられず、むしろ代替としてより効果的な案としてMk-57の採用を進めてくれたのかもしれない。

 

 Mk-57であれば、電磁投射砲と違い、直接射撃においては取り回しには突撃砲とさほどの違いはない。

 携帯可能な弾数の問題で、突撃砲すべてを代替するわけにはいかないが、中隊内の砲撃支援二機の装備を支援突撃砲からMk-57に切り替える程度ならば、むしろ隊全体の制圧能力や対応力は向上するはずだ。

 

 そしてハイヴ侵攻となれば、長期的な補給の問題などは無視できる。携帯可能な弾薬が尽きるほどの状況となれば、そもそもが作戦の失敗が明白な時だろう。

 

 

 

「ちなみに、採用に一番乗り気なのは斯衛だな。あそこは独自に砲兵もあるが、それでも戦術機大隊に随伴できるようなものでも規模でもない。今回の防衛で山陰を飛び回っていた部隊からは、矢の催促だよ」

「はははっ、それはなんとなく想像がつきます」

 

 斯衛で山陰での防衛を担っていたのは、第16大隊を主力とする部隊だったはずだ。おそらくは斑鳩崇継が装備を強請り、真壁が胃を押さえている姿が武の脳裏にありありと浮かんでしまった。

 

 

 

 

 

 

「さて後は、最後になるが、今日持ってきた物の一つだ。そちらの整備の者に預けはしたが、こちらは以前に話を受けていた支援突撃砲用の銃剣の再設計だな」

「完成したのですか?」

「形にはなったが完成というには烏滸がましい物だよ。支援突撃砲の銃身の下に、半ば強引に刀身をマウントしたようなものだ。突撃砲としては重くなりすぎ、74式の代替としても取り回しのバランスが悪い」

 

 言葉通りに巌谷は出来に満足はしていないのだろう。先ほどまでの軽い笑いを消し去り、正直に苦虫を潰したような苦汁を見せた。

 言葉と共に巌谷から差し出された仕様書を、武たち三人は簡単に目を通す。言うとおりに短刀というにはかなり大ぶりな刀身が、銃身の下にマウントされている。

 

「まあそもそもロングバレル化した支援突撃仕様の87式はもともとが重くなってますし、今の銃剣仕様は斬るよりかは槍のように突きで使うくらいですし、これならば斬ることもできるのでは?」

「そう……ですね。白銀と同意見となりますが、74式に比べればなるほどたしかに刀身は短いですが、現状のマウントよりかは安定しているようにも見受けられます」

 

 納得できていない巌谷と違い、武と冥夜とはこのスペックであれば問題ないと判断した。もちろん試験は必要だが、現状の物よりかは使い勝手は良さそうだった。

 

 

 

 いますでに運用が始まっている銃剣仕様の87式支援突撃砲は、87式突撃砲同様に65式短刀をマウントした形だ。銃剣という性質上、どうしても砲前方のバレル先端に装着することもあり、支援突撃砲としてのバランスは悪化している。

 同時期に採用された肩部のウィンチ式スリングがあったから射撃時などの安定性にはさほど問題は出ていないと言うが、87式突撃砲への銃剣装着ほどに広まっているとは言い難いようだ。

 

「一応は今の銃剣仕様となった65式短刀同様に、取り外しは戦術機のみでも行える。交換する『試製02式近接戦闘中刀』として、ある程度の数は先行試作はした。君たちの部隊へだけであれば、十分に賄える数は用意はしたよ。だが65式用以上に支援突撃砲の銃身下部を変更する必要もあり、これが即正式に採用されることにはならないと思われる。」

 

 数にして200セットほどという。試作というには多いが、近接武器という性格上、実戦運用試験という形ならばおかしな数ではない。連隊規模はもう維持できていないとはいえ、A-01の中で配備するには十分な数だ。

 

 

 

「急かした身でなんですが、よくこの短時間で完成しましたね、ありがとうございます」

 

 提示された仕様書を軽く流し見したが、なるほどたしかに短刀と言うには大きなサイズだ。中刀というのも判らなくはない。グリップ部分が同じく突撃砲のグリップに重なるような形らになるため、刀身だけでも65式の倍近くあるようにも見える。またそのため単純な直刀ではなく、グリップと刀身とがくの字に折れたマチェットや鉈のような形状だった。

 これ単体で用いるならば、それなりに取り回しは良さそうだが、突撃砲に付けるには大きすぎる。だが武やターニャが半ば妄想気味に望んだ「ガンブレード」というならば、これでもまだ短いくらいだ。

 

「いやなに。頂いたデータを元に作り上げて、それに無理矢理にマウントを組み込んだだけだよ」

「……頂いた?」

「おや? 聞いていなかったのか? これはハイネマン博士が弐型Phase3用にと用意されていた新型の短刀を基本としている」

 

 そう言われてみれば、なるほどたしかに以前に見たYF-23用の大型近接戦短刀に似ているようにも思えてくる。

 

 

 

「あ~いやしかし、これを将来的に正式採用するとなると……既存の不知火の腕部ナイフシースは?」

「弐型Phase3仕様に既存の65式短刀は使えるが、その逆は当然無理だな。いや、帝国内において使える機体は一切ないよ」

 

 先ほどの支援突撃砲の出来に不満を漏らしていたのとはまた異なり、仕方がないと言わんばかりに巌谷は苦笑する。

 

 不出来だと言いたくなるのも理解できなくはない。74式長刀を完全に代替できるのであれば問題はなかったが、これではなるとぼ採用される可能性は極めて低い。今の65式短刀と74式長刀と並列して、この新型中刀とさらに支援突撃砲の改修パーツなどを用意するとなれば、直接運用する衛士もそうだが、各方面の負担が大きすぎる。

 

 

 

(いや、やっぱりハイネマン博士って、バカだろ?)

 

 元となったのが弐型Phase3の装備だと聞いて、答える巌谷も苦笑しながらだが、武としても呆れるしかない。

 一衛士としては、なるほど機体の攻撃能力向上は間違いなく嬉しいが、消耗品とも言える近接戦闘短刀を独自仕様になどされては、それこそ兵站に無駄な負担をかけるだけだ。

 

「これをもし将来的に正式採用するとなると……既存の不知火の腕部ナイフシースは?」

「もちろん交換することになるが、なによりも機体全体のバランスからして、再考しなければならんな」

「ですよね」

 

 上官に対する反応ではないが、目を覆いたくなる程度には酷い話だ。

 

 どう考えてもXFJ計画を建前に、帝国の予算でYF-23を再設計しようとしていたとしか思えない。こんな「専用装備」としか言いようのないものまで用意されていても、採用できるはずがないのだ。

 帝国斯衛であれば、武御雷の代替として可能性があったかもしれないが、それさえも極めて限定的な採用数になることは目に見えている。

 

 

 

 

 

 

「……タケルはすげぇな」

 

 乾いた笑いを交わす武と巌谷、その姿を見て思わずという風にユウヤが言葉を漏らした。

 

「ん? いきなりどうした?」

「いままで戦術機の開発に携わってきたつもりだったけどよ、それがどういう風に使われるかってのは、実のところ考えてなかったんだなって、思い知らされたよ」

「あ~そりゃさすがに領分が違うだろ?」

 

 自嘲するかのようにユウヤが言うが、さすがに武はそれを肯定することはできない。開発衛士に求められるのは、提示された設計要求を満たすように、開発側へと意見することであり、衛士自身が考える兵器を伝えることではない。

 

「はははっ、そこまで考えられるのは極めて一握りの者だけだよ。私自身も開発衛士だった頃には、そんなことには頭が回らず、ただただ機体の性能向上だけを追い求めていたこともある」

「それに、ほら? XM3もそうなんだけどさ。こうやって作ってくれる方々がいてこそだぜ? オレの話なんてロボット好きのガキが駄々捏ねてるようなもんだからな」

 

 巌谷も、かつての経験からそう笑って飛ばして見せた。

 続けて武も笑っても見せるが、こちらは照れ隠し以上に本心だった。

 

 

 

(だがこれで、準備は進みつつは、ある)

 

 Mk-57だけではない。数が揃わぬとはいえ電磁投射砲もある。どこまで74式長刀の代わりに使えるかは判らないが、支援突撃砲を近接格闘戦闘に用いることもできるようになった。

 もちろんXM3の弐型への調整はほぼ完了しつつあり、複座仕様に関してもユウヤが進めてくれている。

 

 そしてなによりも、この場にはないがXG-70の艤装も最終段階に入っているという。

 

 

 装備の刷新は順調であり、喀什攻略へ向けての準備は着実に進んでいるように思えていた。

 

 

 

 

 

 

 




装備の話続き~で、少し長くなってしまいましたが、新装備できてますよ、という感じです。といいますか、以前にどこかのあとがきで書いた破棄したプロットにあった九州防衛失敗ルートの供養と、帝国内にハイヴが無いこの世界線において電磁投射砲の開発が進められていた言訳の一環です。

あとナゾのオリジナル装備に、87式支援突撃砲のブレード付きを出してみましたが、フランスのフォルケイトソードくらいに機体に負担掛かりそうなダメ兵装かもしれません。


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