Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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緩怠の苛辣

 

「う~~ばぁ~~~~ぁッ」

 

 慣れてしまった早食いの後、トレーを横に退けるくらいの配慮だけは払いつつ、武は身体一杯を伸ばしPXのテーブルに突っ伏した。先ほどの失敗だけでなく、考えなければならないことは多いが、そのためにも一度は意識して身体から力を抜いてみせる。

 

 先のシミュレーターでのハイヴ侵攻演習は、文字通りに部隊の全滅という形で終わってしまった。

 

 通常の訓練ならばすぐさまに繰り返すのだが、全滅の内容がいまだ未発見の母艦級によるものであったために、対処方法を考える必要がある。

 隊長たる真那も、無策ですぐに繰り返しても意味が薄いと判断し、まずは先の演習内容を分析するためにも時間を取りたかったようだ。そして情報の無い状況への対処訓練には格好の「教材」だということで、白の三人共々に、早々にデブリーフィングに入っている。

 

 母艦級の情報をそれなりに知っている武が居れば、その訓練に逆に支障が出るということで、分析は第19独立警護小隊の四人のみで行うという。そのため冥夜やCP将校を務めていた霞共々に、少しばかり早めの休息が命じられた。

 

 

 

 今回の演習はハイヴ侵攻、それも喀什攻略を想定した形でのシミュレーションということで休息などは挟まない形で長時間に渡る予定だったが、それさえも変更された。

 

 この白陵基地内、それもA-01の第一中隊に限定してではあるが、武御雷のシミュレーター用データまでを提供された上での演習だったが、対応策の無いまま闇雲に訓練を重ねる意味は薄い。とくに真那達第19独立警護小隊の四人は今更に戦術機搭乗時間を延ばすよりも、その部隊名通りに警護のため個々の状況対応を突き詰めるために協議を重ねる方が有意義だろう。

 

 もちろん警護される対象たる冥夜自身の訓練は必要で、それは午後から武との連携に特化しての演習に切り替えられていた。

 

 

 

「う~ば~?」

「……イーニァが真似するから、ワケの判らねぇことはやめろ」

 

 武の奇矯ともいえる行動に慣れてしまっているのか、横に座っていた冥夜と霞とはちらりと視線を送ってきただけだったが、前にイーニァと並んでいた座っていたユウヤは呆れたかのように声を上げた。

 

「あ~わりぃ。ちょっと気合い入れるためにも、まずはリラックスしなきゃってところだ」

「そういうものなのか?」

「そういうものだと思っておいてくれ」

 

 身を起こし、淹れ直した合成玉露に手を伸ばして苦笑気味に武は応える。

 

 

 

 実戦経験はなくとも、ユウヤは間違いなく優秀な衛士である。当然のように食事は早く、すでに武や冥夜同様に食べ終わっている。

 日系とはいえユウヤは合衆国、それも由緒のある家で育っていたという。文化交流の薄いこの世界線においては、箸が使えるわけもない。選んだのはスパゲティを主体とした合衆国風のランチであり、使っていたのは基本的にフォークとナイフだ。

 

「スパゲッティはおいしいよね、ユウヤ?」

「ん……ああ、思ってた以上に、旨いなこの基地は」

 

 横に並ぶイーニァも、ユウヤに合わせたのか同じ物を食べているが、味には満足しているようで始終ニコニコと笑顔のままに、口を動かしている。

 食べ終わって、今は代替コーヒーの苦味に眉を顰めているユウヤとは、対称的だった。

 

 そんなイーニァ達の様子を見て、武はふと気になって横の霞を見る。イーニァと霞とは同じ第六世代ESP発現体として髪の色などは似通ってはいるが、身に纏う雰囲気はかなり違う。

 なによりも、まだ食事を続けている霞はしっかりと背を伸ばした奇麗な姿勢で、少しずつではあるが丁寧な仕草でサバの塩焼き定食を食べている。その姿だけを見れば、生粋の日本人にしか見えない。

 

 

 

(もしかしなくても夕呼先生の教育の賜物か?)

 

 幼いころから徹底して武家のそれも次期当主としての教育を受けてきた冥夜ほどではないが、霞の立ち居振る舞いは見た目の幼さとは裏腹にしっかりとしたところがある。

 

 霞に一般的な日本での生活習慣を教えることができるような立場にいる者は、夕呼くらいだ。私生活ではだらけ切ったところがあるが、夕呼とて食事に限らず各種のマナーには当然精通している。そして教えるとなったならば、手を抜くようなこともしないだろうと、武は思い至る。

 

「……サバの塩焼きは、おいしいですよ?」

「京塚曹長のお陰だな」

 

 武の視線に気が付いたのかあるいは意識を見てしまったのか、霞は少し顔を傾けてこちらに向けてくるが、なんでもないという風に軽く手を上げるだけに留めて、武はもう一口合成玉露を口に含む。

 

 

 

 

 

 

「まあアレだ。せっかくユウヤとイーニァにも見て貰ってたのに、不甲斐ない有様で気まずかったってのは確かだ」

 

 身体を伸ばし一瞬だらけたこと、なによりも周囲の面々を見渡して、武は意識を切り替えることができた。休める時には休むという鉄則を護るべく緊張を解し、午後から再開される演習を頭の片隅に置きながらも、雑談に戻る。

 

「気にするな。今のところオレには明確な任務が無いからな」

「ご苦労様です、第二中隊中隊長殿ッ、て言ったほうが良いか?」

「うるせぇ……隊員の顔さえ満足に見たこともねぇんだぞ」

 

 自嘲気味なユウヤを武は軽く揶揄うが、ユウヤはあからさまにイヤそうに顔を顰める。

 

 戦術機バカとまで言われていたユウヤであり、搭乗機会がない現状にはかなり不満が高まっているようだった。

 なによりもいまのユウヤの立場は非常に不透明だ。出世には興味がなさそうなユウヤだが、それでも士官学校以来優秀な実績は残している。軍人としても今の状況に不満があって当然だ。

 

 ユーコンで聞いていたように、ユウヤはただ一人、国連太平洋方面第11軍横浜基地に転属となった。しかも配属先は武たちと同じくA-01の、それも再び再編された第二中隊の隊長に階級は少尉のままに就けられている。合衆国陸軍内ではどのように処理されているのかは判らないが、まっとうな扱いではない。

 

 ユウヤの国連軍への出向は、XFJ計画へ参加するための一時的なものだと武は聞いていたが、現状ではかなり変化があったようだ。

 XFJ計画にユウヤを推したハイネマンとの関係、つまるところは東側への情報漏洩をを疑われているのは間違い。また母親がハイネマンの愛弟子であったという点も、疑惑を深めている要因の一つだろう。

 ターニャ曰く、XFJ計画の完了後にはユウヤはF-35のテストパイロットへという声もあったというが、そちらにそちらに戻れる可能性は限りなく低い。

 

 

 

「クリスカたち、モトコはまだかかるって言ってたよ?」

「モトコって……ああ、香月先生?」

 

 話の内容が自分たちに関わることだと気が付いてか、いまだゆっくりとスパゲッティを食べながらではあるが、イーニァが口を挟む。

 

 その言葉通りに、ユウヤが指揮する形になっている第二中隊の面々は元々のA-01の隊員ではなく、元イーダル小隊に所属していたESP発現体だ。

 イーニァとクリスカの二人を含め、彼女たちは全員がソ連から第四計画へと引き渡された。ただイーダル小隊は、プロミネンス計画での開発小隊とは思えぬ程度には衛士が多く、A-01の第一大隊第二中隊として編入された。

 

 彼女たちはもちろん衛士としての訓練は受けているが、イーダル小隊で実施されていたのは人体実験としか言いようのない処置だ。身体に多大な負担がかかっていたようで、診断した香月モトコは入院措置を進言し、夕呼もそれを受け入れた形だ。

 

 

 

「健康面は香月先生に任せておけばしっかり面倒見てくれるだろ?」

「其方こそ、幾度か呼び出しがかかっていたのではないのか?」

「あ~オレに関してはまた後日、日を改めて……ということで」

 

 どこか呆れたかのような口調で冥夜が言うが、たしかに武自身もモトコに呼び出されていた。

 

 一応、モトコは武の主治医という立場でもある。武自身が記憶を取り戻すまで、この身体は二年近く意識混濁状態であったというから、今は問題が無いように見えても医者としてはさすがに気にかかっているようだ。

 九州防衛に赴く前に簡単な検診は受けていたが、その直後にユーコンに渡ったこともあり、一度ちゃんと診断を受けろとは伝えられている。

 

「ま、まあ、オレのことは置いといて、だ」

 

 ジトリと睨まれるような冥夜からの視線を感じるが、武自身は身体の不調はない。時間的な余裕がさほど残されていない今、検査とはいえ半日以上拘束されることは避けたかった。

 

 

 

「まだかかるってことは、オレが急いで日本に来る必要ってなかったんじゃねぇのかよ」

「ホント、中隊長殿ご苦労様ですって感じだよな」

 

 クリスカたちの健康面での懸念は時間が解消するだろうが、部隊編成ではさらに別の問題もあった。衛士としてはクリスカを筆頭に一定以上の水準を持つようだったが、彼女たちの誰一人として指揮官教育どころか満足な士官教育を受けておらず、中隊指揮官に任命できる者が不在だったらしい。

 

 まりもを第一大隊隊長に配するだけならばともかくも、第一と第二中隊の中隊長を兼任させることなどは不可能ということで、扱いの定まっていないユウヤに押し付けるような形で中隊長に選ばれた。

 

「だから、それは止せって言ってるだろ……」

 

 代替コーヒーを飲みながら、ユウヤが諦めたかのように不満を零す。

 第二中隊の隊長に就いたとはいえ、ユウヤは昇進するようなこともなく、これまでの経歴を評価されたうえでの人事でないことはユウヤ自身も理解している。

 

 また詳しい内容は武も理解しきれていないが、イーニァたちにとってユウヤは「すりこみ」の対象ということで、その指揮下にあることが最も精神的には安定するらしい。将来的に投薬の影響が薄れていけば、それらの問題も解消できるとは聞いてはいるが、やはり時間がかかるはずだ。

 

 

 

「しかし中隊員の健康面の問題が解消されたとしても、機体はどうするのだ?」

「そっちは一応目途が付いてる、らしい」

「ふむ?」

 

 詳しい事情は知らされていないのだろうが、冥夜が当然の疑問を投げた。冥夜たち元207B訓練分隊の面々には、A-01の他中隊の情報はほぼ知らされていないが、予備戦力が乏しいことくらいはどうしても感じ取れる。

 

「大破はしても記録上は抹消されてない機体を、臨時予算で調達した補修資材で復旧させるって流れのはずだ」

「おい、タケル? まさか、弐型のそれもPhase2仕様のパーツを補修部品扱いで搬入して組み立てるってことか?」

「機種までは聞いてはいねぇが、そういう形なんじゃないかな? さすがに追加で新規機体を導入するのは無理だからな」

 

 今のところはまだ、不知火が国連軍には配備されていないということにはなっている。とはいえXM3教導部隊としての特殊編成たる第一中隊とは異なり、第二中隊はさすがに普通に単一機種で編成されるはずだ。

 そしてA-01に割り当てられている戦術機の補修部品は当然ながらほぼすべてが不知火のものだ。それに加えボーニングから急ぎ提供される弐型Phase2用のパーツで、書類上は修理待ちとなっていた機体を再生させた形で配備するはずだ。

 

 

 

「在日国連軍にSu-37UB、いや原型機のSu-37系であっても持ち込むわけにもいかぬか」

「秘匿するとは言っても、帝国内の新ソ派に利するような隙は与えたくねぇってのはあるだろうしな」

 

 書類の偽装に近しい行為だが、冥夜はそこは目を瞑るように納得する。ソ連のSu-37を少数、それがたとえ在日国連軍と言えど、導入した実績などを残してしまえば帝国陸軍内の政治的分裂の要因にもなりえる。

 また夕呼自体は合衆国にもソ連にも良い思いは無いのかもしれないが、ターニャの意向を無視するわけにはいかない。

 

「ってことはなんだ。中隊員が揃ったら、機種転換訓練か?」

「だろうなぁ……密集近接戦闘に主軸を置いてるドクトリン自体は、帝国とソ連は近いんだが、機体特性はかなり違うだろ」

「そこはまあ、オレも経験したことだから、よく判る」

「政治的問題でもあるからな。部隊育成に時間は掛けてくれても構わねぇぜ、中隊長殿?」

 

 第二中隊が喀什攻略には間に合うことはないだろうと思いつつ、武は気楽に笑って見せる。ユウヤが彼女たちの所属する中隊の隊長という、言ってしまえば中途半端な地位に就けられているのも、ある意味では政治だ。

 

 さすがに合衆国においてそれなりに有力な家系であるブリッジス家の者を、懲罰人事に等しい形であるとはいえ、そのまま生還の見込みのない作戦へと投入するほどには、夕呼の政治感覚は狂ってはいないはずだ。以前のターニャの口振りでは、AI自立型よりはまだマシな弾避け程度に使い潰すつもりだったかもしれないが、ユウヤが指揮官ともなればそういう風には使えない。

 

 それに喀什攻略にクリスカたちを投入し、仮に何らかの目立った成果でも上げられてしまえば、ソ連側への配慮も必要となりかねない。ならば最初から参加させず、予備戦力として残しておく方が望ましい。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……ブリッジス少尉の立ち位置や第二中隊、それらに関しては今は良かろう」

 

 軽く目を瞑って、冥夜が話を切り替えようとする。それらは問題ではあるが、解決には時間がかかる類のものだ。なによりも今ここで少尉5人が話し合った程度で明確な指針ができるわけでもない。

 

「先の演習の失敗、其方はどう対処するつもりなのだ、白銀?」

 先ほどのわざとらしいまでの武の態度から、何に悩んでいるかは冥夜には見通されていたらしい。誤魔化しのきかない鋭さで斬り込まれる。

「ある程度は考えも纏まってはいるんだが……横で見てて、どうだったよ、ユウヤ?」

 

 母艦級への対応を含めた分析は、真那たちが行うと言われて武と冥夜とは外されている。武が母艦級の情報を持っている様子だったから外された形ではあるが、実のところ武もさほど詳しく知っているわけでもない。

 

 ただ、先の演習に関してであれば、ユウヤをネタにした雑談の横で、武も一応の答えは出せそうだ。

 

 

 

「部隊全滅までの侵攻速度には目を見張るものがあった。オレがやったことのある状況設定以上のBETA群の密度だったが、それでも間違いなく最速に近い結果だったと思う。アレだけのBETA群が実際に存在するかどうかは判らねぇが、速度を優先するため交戦を可能な限り回避することを目指すってことは理解できる。そのためにも反応速度の上昇ってのが重視されて、XM3が導入されたってのも頷ける」

 

 代替コーヒーを弄びつつ、おそらくは管制室から演習を見ていた時から考えていたであろう言葉をユウヤは語る。それはざっくりとした感想にも等しかったが、武たちがXM3に求めてきた根幹の部分は抑えていた。

 ただBETAの数が多すぎると言いたげな部分には、武は諦めにも似た想いと共に苦く笑うしかない。

 

 喀什にはあの程度の数が存在する、と言っても証明しようがない。

 

 

 

「ユウヤがシミュレーターで使ったパラメータはヴォールク・データに準拠した物だろ? 俺たちが使ってるのは、ヴォールクを元にはしているがアップデートした奴だからな」

 

 今現在シミュレーターなどに広く利用されているハイヴ地下茎内データは、パレオロゴス作戦においてミンスクハイヴへと侵入を果たし、その情報を持ち帰ったソビエト陸軍第43戦術機甲師団ヴォールク連隊に敬意を表して「ヴォールク・データ」と呼ばれている。

 ただこれは1978年当時、フェイズ3でしかなかったミンスクハイヴ、それも4時間弱しか侵攻できなかった程度の物だ。

 

 もちろんそれ以降も各国の軍は間引きなどの際にハイヴ地下茎へは幾度か侵攻を試み、一定の情報を入手し更新し続けてはいるが、ハイヴ最深部の情報が明確にあるわけではない。

 

 とくにこの世界線においては、帝国はBETAに侵攻されておらず、横浜にも佐渡にもハイヴは無く、その攻略データなど存在しない。結局のところ、武とターニャとが持つ他世界線での記憶だけが頼りとも言えた。

 

 

 

「想定してるBETAの総数が少ないってことか? それはまああり得るんだろうが、最期の奴は何なんだよ?」

「あ~一応は仮称『母艦級』ってヤツだ。大深度地下を侵攻ってか掘削しながら移動してるんじゃねぇかッて予想はされてる。で、あの腹ン中ってか、管だな、そこに各種取り揃えて運んでるらしいんで、『空母級』とか『列車級』って話もあったが、JASRAの方じゃ『母艦級』で通すらしい」

 

 母艦級は、武やターニャの未来知識からだけでなく、BETAの侵攻状況からの推測からしてもほぼ存在が確定してはいる。しかしながらいまだ目撃情報も無く、JASRAからは推定情報程度しか安保理に上げることが出来ず、明確な対処戦略は立てられていない。

 

「あんなものに対する対処方法なんであるのか? タケルが選んだ方法くらいしかすぐには思いつかねぇが……」

「だろうな。一応、S-11なら外殻にもダメージは入るだろうが、意味は薄い」

 

 武の記憶では怪しいが、ターニャ曰く外殻は大和級戦艦の46cm砲にさえ耐えるらしい。

 荷電粒子砲とまではいわないが電磁投射砲などが無ければ、戦術機によるゼロ距離に等しい位置からの口内へのS-11投射くらいしか対処方がない。つまるところは自決覚悟の、文字通りの特攻以外では現状では破壊不可能とも言える。

 

 

 

「それで、白銀? あらためて聞くぞ、我らはどうすべきであった?」

「いや、どうしようもねぇって、そういう話じゃないのか?」

 

 重ねられた冥夜の問いに、武が答えるよりも先にユウヤが呆れたかのように口を挟む。

 

「母艦級の撃破を目的として、細かいことを言うんなら、まあ無くはないな。口内での、それも指向性爆破に拘る必要はなかった、とかな」

 

 ユウヤが呆れるのも判るが、修正案くらいならば思い浮かぶ。

 核に匹敵するとまで言われるS-11の爆発力だ。体内奥へと指向させずに、無指向爆破であってもそれなりの損害を与えられた可能性もある。

 

 しかし無指向爆破であれば、母艦級の内壁に受け止められその巨大な胎内へと吹き荒れていくとしても、開かれた口からその爆風の残り半分以上が吐き出されてしまう。それさえも起爆タイミングが隊内で共有しておき、全速に近いバックブーストで2kmほども後退できれば、たとえ狭いハイヴ地下茎内とはいえ爆風の影響を最小限に抑えられる。

 

「あ~いや、やっぱダメか。2kmも下がるとなると、後続の部隊と接触するし、放置して突破してきたBETA群に追いつかれるか」

 図上に描き出さず頭の中で考えていただけの拙い計画だったが、自分で即座に否定する。不可能ではないが、周辺の状況次第では選択そのものが無理な場合もある。

 

「戦術機での対処となると、二個中隊程度で牽制と吶喊じみたS-11投射とを別れてこなすくらいしか方法が浮かばねぇな」

「無いモノ強請りになるが、それこそ電磁投射砲とか、そういったモノに縋る必要があるだろうな」

 

 ユウヤが実行できそうな案を提示するが、それさえも理想論だ。希望的に見積もっても、その場合は部隊が半壊するだろう。電磁投射砲やあるいは粒子加速砲など、現時点では試験運用かペーパープランでしかない存在に期待したくなる。

 

 

 

「それで、だ。話戻って御剣への答えとなると、母艦級の相手は棚上げだな。さっさと逃げ出すのが最適だった」

「で、あろうな。我らが脚を止めたのが間違いであったか」

「……んだよ、それは。二人とも、それで納得できるのかよ」

 

 武の答えに冥夜はあっさりと納得するが、ユウヤが不満そうだ。

 

「この者から幾度も、想定状況を読み取れと教わったのだ。つまるところ、あの母艦級、であったか? あれは半壊した中隊、いや増強小隊程度の戦力で対応すべきなのか? そもそもの我らの目標達成において、母艦級の撃破が必須なのか、といったところか?」

 

 武が答えるよりも先に、冥夜がユウヤへと言葉を重ねる。それはユウヤを相手にしていながら、自身へと問いかけているようだった。

 

 

 

「御剣の言うとおりだ。アレの相手を増強小隊程度の戦力でどうこうするってのが、まず無理だ。二次目標に設定されてたとしても無視する方がマシだ。あとシミュレーターで演習するにしても逃げ方くらいになっちまう」

 

 もちろんそれの訓練は必要だがな、と付け加えてはおく。母艦級の出現位置によっては大隊規模であれば部隊を分断される可能性が高い。離脱と再集結のパターンなどは構築しておく必要はある。

 

「あ~つまりなんだ。反応炉への侵攻が目的であって、進攻経路上の障害排除は最低限で済ませるべきだったってことか?」

「眼前の敵をすべて排除せよって命じられても、無理ゲーってヤツだろ?」

「ムリゲーが何かは判らねぇが、最優先目標を取り違えるようなことはしねぇよ」

 

 冥夜と武の言葉を踏まえ、ようやくユウヤは自身を納得させるように言う。どこか完璧主義的な部分があるユウヤにすれば、障害を無視しての侵攻計画などは受け入れがたいのかもしれないが、そこは士官教育を受けた軍人として割り切れないわけでもないようだった。

 

 

 

「で、オレらがすべきことは、だ、御剣。母艦級が出現しなかったという想定状況に書き換えて、リスタートすべきだった、ってところだな」

「ふむ? 最初からではなく、その場からで良いのか?」

「ハイヴ最深部までの侵攻演習だ。一々最初からやり直してたらいくら時間があっても終わらねぇよ」

 

 シミュレーター演習の良いところは、即座に状況をリセットしてやり直せるという点だ。失敗した部分を繰り返し演習することもできれば、逆にその失敗が無かったものとして、先へ進めることもできる。

 

(主広間での対「あ号標的」戦闘とか考える前に、そこまで辿り着けるようにしなけりゃ、意味がねぇ)

 

 ペースの配分や時間感覚など、まずは通しで作戦全体の流れを身に付ける必要がある。細かなミスの減少などは、その後でも良い。

 

 

 

「為すべきことが見えた、という顔だな、白銀」

「ああ、ちょっとボケ過ぎてたよ。時差が悪いってことにしといてくれ」

 

 湯呑に少しばかり残る合成玉露を一気に飲み干し、ようやく武は意識を本当の意味で切り替える。

 いまから為すべきは、ユーコンで繰り返してきた機体開発としての演習ではない。

 

「ふふっ、其方が腑抜けていたとは申さぬが、どこか俯瞰しているかのように意識が広がり過ぎておったようではあったな」

「いや、そこは気が付いていたなら言葉にしてくれよ、フェアリー04」

「了解した、突撃前衛長殿」

 

 武と同じく、冥夜も合成玉露を飲み干し、笑ってみせる。

 

 結局のところ武が先ほど「戦死」したのは、シミュレーターでの訓練を、ただ漫然と「訓練」としてこなしていたからだ。もちろん集中はしていたし、意図して手を抜いていたわけではない。

 それでも戦場に立つ時と同じほどには、研ぎ澄ませていなかったことは確かだ。

 

(結局、オレの経験不足ってことなんだろうな)

 

 明確に記憶できている戦術機での実戦経験というのが、今の武には少ない。

 先のUL世界線における佐渡島ハイヴへ攻略と、横浜基地での防衛戦、この世界で目覚めてからは九州での「初陣」だけである。『桜花作戦』には確かに参加しているがXG-70dに搭乗しての戦いであり、ハイヴ地下茎での戦術機での戦闘経験は、薄れつつある幾多の平行世界線での物だけだ。

 

 それゆえに、日々の訓練にそれら実戦での経験をうまく反映できていないのかもしれない。

 

 

 

「あとは、たぶん……だがな。それにアレの対処はオレらの担当にはならねぇ、はずだ」

 

 どこまでの情報をユウヤに伝えて良いのかどうかが判断できずに、武はどこかはぐらかしたような言い方になるが、喀什攻略においては武たちが母艦級の対処に当たる状況は想定できない。

 

 いまだ喀什攻略の部隊編成などは確定していないが、武とそして冥夜とが配置されるのは、ほぼ間違いなく第三次降下部隊、その中核たるXG-70dの直掩になるはずだ。そしてその場合であれば、侵攻途上で母艦級に遭遇した場合は、他の随伴部隊に対処を任せ、「あ号標的」への侵攻こそが最優先とされる。

 

(ある意味では一番キツイんだが、それでも生還の可能性は……あるよな?)

 

 「門」を潜り、ハイヴ地下茎へと侵攻した場合、その侵入ルートから逆走する形での脱出が基本となる。

 だが武たちが挑むのは喀什であり、当然ながらたとえハイヴ地下茎から出れたとしても、撤退の道など切り開くことは不可能だ。

 

 むしろ今回の攻略作戦ならば、G弾によるモニュメント破壊も予定されているため、「大広間」まで進攻し、そこから直上の「主縦坑」をXG-70dに搭載される装甲連絡艇で軌道上まで退避する方が、生還の可能性は高い。

 

 

 

「ってことで、午後からは失敗してもその場リスタートってヤツだ。休みなくいくぞ、御剣?」

「了解した。月詠中尉殿たちが戻って来られるまでは、其方を独占させてもらおう」

 

 放置していていいのかとどこか揶揄うような口調で冥夜が問うてくるが、答えは判っているようだ。

 

「ああ……ここからは中尉殿が呆れるくらいには、無茶をさせてもらうさ」

 

 努力している、頑張っている、足掻いていると言っても、どこかで何かが足りない。その不足が積み重なれば、待っているのは、武だけではない、冥夜の「死」だ。

 与えられた偶然とも言える今回こそ、それだけは何としても武は覆したかった。

 

 

 

 

 

 

 




イーニァとユウヤが白陵基地にいますよ~くらいの話で考えてましたが、なぜかこんな感じに。クリスカ他第五世代組は療養中で部隊編成はなされたものの、間に合うはずないねぇ、と。
で、イーニァと霞とを絡めようと考えつつも、この二人の間で会話が成り立つのか悩んでしまって今回はさらっと流してます。


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