Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

100 / 121
後顧の信憑

 

 

 XM3の目的。

 尚哉から直接に問われたその言葉への回答は、なかなかに答えづらい。

 

 もちろんそれを戦術機機動に限定するならば、話は簡単だ。

 キャンセル機能でのミスや無駄の低減に、先行入力やコンボによる制御の簡略化と最適化。武も開発して貰うため最初に夕呼に概念を伝えて以来、演習や教導で繰り返し言葉にはしている。

 当然ながらそれらは尚哉にも伝わっているはずで、今この場でわざわざ問われるべき問題ではない。

 

 夕呼にまで面会を求めそれを拒否されたとはいえ、武へとあらためて問うてきたのであれば、XM3が持つ政治的意味合いとそれによって第四計画が為そうとしていることを問いただすつもりなのだろう。

 

 

 

「その問に自分では満足に答えることができるかどうか、いささか自信がありませんが……」

 

 上官からの問いに対し、言訳するような形で口籠るという軍人としては叱責されてもおかしくない態度を取ってしまうが、流石に即答できる話でもない。どう返答すべきかというよりまず、武自身が今のXM3が持つ意味を十全には理解しきれていないことがなによりの問題だ。

 

 一応はXM3の戦略的・政略的な価値自体は理解しているつもりだ。

 衛士の損耗率の低下や、個々の戦闘力の強化などだけには留まらない。単純化すれば、XM3に対応すべく調整された第三世代戦術機が一定数揃えられるのであれば、ハイヴ攻略が可能となるのではないか、という予測だ。

 

 そしてそれ故にユーコンでも幾度か議論となったが、XM3対応型のCPUの生産及び供給が政治・外交的な問題にまで拡大しつつある。

 

 ただそれらを含め、帝国陸軍側がXM3をどのように捉えているのかまでは、武には知らされていない。夕呼やターニャであれば、帝国の陸軍や企業に限らず、諸外国のそれらの反応まで調査し、把握しているだろう。

 一衛士でしかない武が、その情報を知る立場に無いというだけだ。

 

 "Need To Know"の原則は理解しているとはいえ、このような場に推し出すならばそれなりの情報を開示しておいてくれよと、愚痴の一つも零したくはなる

 

 

 

「重ねての失礼申し上げます。ご質問に質問を返す形となりますが、沙霧大尉殿は、XM3の開発課程に関して、どのように理解されておられますか?」

「ふむ? 斯衛の方で改良型OSの基礎概念が持ち上がったが機体CPU側の処理能力不足で実装できず、こちらの香月大佐殿の御助力を賜ったと、そう噂程度に耳にはしているが?」

 

 非礼を叱責されることなく、また武の問いの意図が掴めぬようではあったが、尚哉は公的に発表されている話ではなく、一般に流布されている事を告げる。

 

 表向きには、XM3は悠陽からの提案でこの白陵基地において夕呼が開発したとなっている。実のところは第四としては悠陽の名を借りただけの形ではあるが、当然ながらそちらに関しては秘匿されている。

 

 また悠陽が戦術機衛士としての訓練を受けていることは周知されているとはいえ、だからと言って新概念と言えるようなXM3の開発に関わっているなどと信じる者は、流石に軍関係者には居ない。ただ陸軍以上に、その設立目的から防衛戦闘のために近接密集戦闘に重きを置く帝国斯衛であれば、XM3に求められた機動戦闘能力とその基礎概念が生まれてもおかしくないと、常識的には考えやすいのだ。

 

 結局のところXM3は、尚哉が言ったように斯衛内部では概念だけに留まっていた物を、第四からの技術協力によって完成に至ったと一般には目されている。

 

 

 

(いやまあ、たしかに俺みたいなループ経験者や、事務次官補みたいな転生者だっけ? そんな連中が実在するなんて、普通は考えねぇからなぁ)

 

 夕呼がターニャや武の存在をあっさりと受け入れているのが常識外なのだ。もちろん霞によるリーディングによる補強はあれど、それだけならばただの思い込みの激しすぎる狂人と斬り捨てられてもおかしくはない。

 あくまで夕呼の研究してきた因果律量子論であれば武の存在を説明でき、またターニャの積み重ねてきた実績からの推論でしかないはずだ。もちろん、二人が提供した情報に価値があると判断したからでもあるだろう。

 

 そもそもが武の知るEX世界線などに比べて娯楽作品の少ないこの世界だ。空想科学的な概念となる並行世界や未来知識なども、さほど知れ渡っている話ではないのだろう。

 まさか別世界の知識を持つ者がその思い付きを天才科学者に話しただけで、あっさりと作り上げられたなどと思い至る者が存在するならば、それこそ異常者だ。それに対し、XM3を斯衛が考えつき第四計画が作り上げたという「事実」は、当たり前に受け入れやすい話だ。

 

 

 

(そうなると問題になってるのは、やっぱり第四が斯衛やら帝国やら何よりも悠陽殿下が帝国へと齎した恩恵を、諸外国ってか合衆国に差し出したってところか?)

 

 喀什攻略に合衆国陸軍からの戦力供給を受けるにあたって、XM3用CPUの技術情報の提供を合衆国からは求められている。帝国側がその話を受けたかどうかまでは知らされていないが、帝国の生産能力では、一気に諸外国の需要を満たすことは難しい。どこかの段階で技術情報は提供しなければならない。

 

 そしてその技術提供先を合衆国に限ってしまえば「殿下に綽名す売国奴」と見られてもおかしくはない。夕呼自身にそのような思惑はなくとも、そう捉える輩は出てくるだろう。

 

 

 

「さて、ご質問のXM3の目的ですが……実のところ、ただオレが戦術機をもうちょっとばかり簡単に動かしたかっただけなんですよね」

 

 惚けたような武の答えに、今まで尚哉の隣で静かに座っているだけだった咲代子が敵意に似た緊張を現す。だが尚哉は一瞬は顔を強張らせたものの、それはすぐに苦笑に変わる。

 今言った言葉こそが、先のAL世界線で武が夕呼に望んだ、そもそものXM3に対する要望だ。ロボットゲームに近しい単純化された入力システムがXM3の根幹であり、反応速度の向上はCPU換装に伴う副産物でしかない。

 

 そしてトライアル以降、「戦術機をより動かしやすく」というのは、XM-OS関連の説明においては幾度も伝えてきた話だ。

 

「XM3は訓練を経た衛士の方々ならば換装前同様に、いえむしろより動かしやすくなっているはずです。それこそがXM3の狙いです」

「たしかに。コンボの優先選択などは、衛士強化装備と機体側とに蓄積されたデータから自動的に構築される形であり、使い続けていれば自然と最適化される、だったな」

「はい、そうです。ただ全般的に動きの無駄を廃することで、できることが増えてしまった。それ故に機種転換に近しい再訓練が必要とされたり、新しい戦闘機動の研究などが始まっておりますが、今まで通りに運用するならばそれらは不要であります」

 

 問われていることとそれに対する答えとしてはかなりズレているとは武も自覚していながら話していく。が、XM3の武が求めたことは「動かしやすさ」だ。そしてそれが衛士の生存性の向上に繋がると悠陽の同意が得られたから、XM3の配布が進んでいるのだ。

 尚哉が聞きたい事とは違うとは判りつつも、この前提部分を共有できていなければ、ここからの先の話が成立しない。

 

 

 

「だが今現在、XM3によってもたらされた環境は、ただ動かしやすい、それだけには留まってはいない」

「はい。向上した機動性と反応速度とで、従来型OSでは困難だった三次元的な機動戦闘や高速での近接格闘さえもが容易となりました」

 

 可能にした、ではなく容易となったと武が答えるのは詭弁ではない。

 

 XM3による処理能力向上により、機体全体、何よりも前腕や膝下などの末端部分を従来よりも精密に制御できるようになったため、空力特性とともに機動性は向上している。

 ただ基本的にはXM3に対応できるように換装するのはCPU関連に留まる。一部の第二世代機までは、電装式のOBWから第三世代機準拠の光ファイバー式OBLへの換装なども想定されているが、それで極端に反応速度が上がるわけではない。

 主機の交換などは考慮されていないので、単純な加速度や最高速度などは変わらないのだ。

 

 まして突撃砲のマガジンの二重化や銃剣装備などでの継戦能力の向上は、XM3と同時に改良された上に一気に帝国内部では広まっために同一視されやすいが、さほど関係はない。

 

 

 

(このあたり混ざっちまってるから、逆に説明しにくいんだよな。似たような戦闘機動は東ドイツの方でやってた部隊があるって事務次官補は話してたけど……って対人類戦に特化した部隊で東ドイツってことは、そういう話なんだろうな)

 

 XM3の提示と、それを求めた武やターニャによるロボットアニメ的な機動概念とが同時に公開されたからこそ混同されているが、この二つはあくまで別のものだ。

 実のところ武が思い描く三次元機動や近接格闘戦闘程度ならば、従来型OSの第三世代機でも不可能ではなかった。そして事実、準第二世代機で空間近接戦闘をこなしていた部隊も存在はしていたらしい。

 

 それに武が直接対峙した経験はないが、AL世界線においての尚哉や咲代子はXM3に換装したA-01ヴァルキリーズの不知火相手に、互角に等しい戦闘を繰り広げたとは聞いている。世界線が違うために戦闘経験などが異なり、いま眼前に座るこの二人がそれができるかどうかは判らないが、XM3換装で向上する能力というのはその程度に収まってしまっているとも考えられる。

 何よりも無自覚的ではあるが、武の武御雷での戦闘機動の根幹は、UL世界線でのバビロン災害後、XM3の無い従来型OSでのType-00Cでの経験に基づいている。

 

 XM3の革新的な部分は、それら熟練の衛士でしか為しえなかった機動を、広く一般的に運用可能としたことだ。

 

 

 

「たしかにあらためての訓練期間は必要となったが、今では衛士の誰しもが以前の近衛精鋭のような近接格闘戦闘も可能となった。なによりもその三次元機動だ。先の君の言葉ではないが、新たな戦闘機動や部隊運用の研究が進めば、ハイヴ攻略への一条の光が見えてくる。違うかね?」

「はい。こちらの研究結果でも、フェイズ3までであればハイヴ攻略は戦術機のみでも可能かと予測はされています」

 

 武が言葉にしなかった部分さえ尚哉はしっかりと受け取り、戦術機でのハイヴ攻略へと話を向ける。

 答える武はこちらのとは言ったが、ほぼJASRAからの報告だ。以前からシミュレータなどで良く用いられている、パレオロゴス作戦におけるミンクスハイヴでの「ヴォールク・データ」に加え、スワラージ作戦でのボパールハイヴなどの情報を加味した上の結果らしい。

 

 あとはこの世界線では確認されていないが、ターニャが追加した想定として、頭脳級排除後には残存BETAが近隣のハイヴへと撤退するというものがある。作戦が成功さえしてしまえば撤収時の安全を考慮するしないという条件下であれば、作戦の難易度は間違いなく下がる。

 

 それらを踏まえ、XM3に換装した第三世代機をある程度一気にハイヴ地下茎へと投入できるのであれば、G弾やXG-70などを用いずとも既存の通常戦力だけで頭脳級の排除が可能だと報告を受けていた。

 

 

 

「XM3搭載型第三世代機の集中運用、加えて極めて短期間での強襲的な侵攻計画、といったところか……いや、生還を想定しない決死行まで想定しているのか?」

「御推察の通りです。ただお言葉を返すようで恐縮でありますが、作戦成功時であればとの条件が付きますが、突入部隊の一定数の生還も可能であると目されております」

 

 ハイヴ攻略が困難な主な要因は、ハイヴ地下茎特有の通信障害での指揮能力欠如というものもあるが、なによりも侵攻可能兵力が現実的に戦術機に限られる点だ。そのために補給面での問題や、継戦的支援能力に不安がある。

 パレオロゴスでは機械化歩兵を含む通常戦力も投入されたが、それらは文字通りの全滅という結果となっている。

 

 ただこれらは既存の陸軍的なドクトリンの、それも第一次大戦期の塹壕戦のように、支配領域を着実に拡大しながらの侵攻を想定していたからの問題であった。

 JASRA、というよりも「原作知識」を持つターニャからの進言であろうが、ハイヴ攻略とはBETA群全体の排除ではなく、頭脳級のみの排除であると作戦目標の根幹部分から考え方を変えているからこその、攻略可能という研究結果でもある。

 

 この世界線には00ユニットが存在せず、ハイヴ地下茎の詳細な地形データなども当然人類側にはない。それ故に侵攻ルートは確定できないが、目標方向は明確なのだ。モニュメントの直下に大広間があり、そこに頭脳級が存在することは明らかだった。

 ならばBETA群と遭遇ごとに戦闘し続けるのではなく、最低限の排除だけで頭脳級まで突き進むことだけを考えれば、補給面の問題はある程度は無視できる。むしろ補給のための時間さえも惜しい。

 

 フェイズ3のハイヴならば水平距離にして4km、最大深度も700mほどだ。ソビエト東部に多い比較的新しいフェイズ2のハイヴならばさらに狭く浅い。脚部走行ではなく跳躍推進を主に移動し、地下茎壁面さえも足場として文字通りに跳び続けるのであれば、大広間までの侵攻は可能であると判断された。

 

 そしてそのような機動を取るためには、XM3対応化した第三世代機が必要なのだった。

 

 

 

 

 

 

「お二方が問題視されているのは……ハイヴ攻略が可能となった上で、XM3の生産を合衆国に委ねること。その危険性、ですか?」

 

 結局話はここになるかと、溜息の一つも付きたくなる。が、さすがに上官の前ではあまりに礼を失すると、温くなってしまった天然物の緑茶に手を伸ばして、武は誤魔化すかのように無理やりに一息つく。

 

 今この世界線においては、陸軍主導によるクーデター計画などは進んでいないはずだ。クーデターの主体となった「戦略研究会」たる将校の集まりも、結成されていないとは夕呼からは伝えられてはいる。

 だからといって帝国陸軍内部に内閣や軍上層部に反感を抱く将兵が存在しないとまでは楽観できない。

 

 XM3の開発が国連軍が主導していたことに対して、帝国陸軍内にいまだ反発が残っているとは武も知っている。富士教導隊との合同演習においても、様々な軋轢があったと慎二や孝之からも直接聞いていた。

 斯衛の中にもそのように考える者はいるだろうが、そちらはXM3トライアルの際、悠陽からの声明に加えて、五摂家の頭首たる崇継や恭子までもが率先してXM3の導入に動いているのだ。表立って不満を漏らすような者は黒であっても存在しない。

 

 だが各種のライセンスも含めて、XM3用CPUの生産さえも合衆国企業に委ねるとならば、武家の中でも反意は燻る。もちろん生産に関わる企業に関係する者達であれば、それ以上だ。

 なによりも悠陽の意向を無下にしたかのような振舞にも見える。開発に無関係だった陸軍将校からすれば、なおさらに反発してもおかしくはない。

 

 

 

「国連軍軍人としての立場からお答えさせていただくならば、そこに一切の問題は無いと申し上げます。いやむしろ、帝国陸軍のお二方が何を問題視しようとお考えなのか、お聞かせいただきたいところです」

「ッ!?」

 

 ターニャの影響を受けてるなと武自身も思うが、所属が違うとはいえ上官に対する態度ではなく、煽るかのような口調で言葉を続けた。ついでとばかりに軽く嗤いを浮かべても見せる。

 

 そんな武の態度に、直接の叱責などはしないが、咲代子の顔が怒りに歪む。ただ尚哉は興味を引かれたのか表情は消したものの、咲代子へは控えるように指示しながらも、静かに武の様子を窺ってきた。

 

 

 

(良い警官と悪い警官、だったっけか? まあさすがに沙霧大尉がこの場で声を荒げて見せるって訳にはいかないだろうしな)

 

 どこまでが演技かまでは武には判断できないが、こちらの出方を窺っているのは間違いない。それに今この会話が記録されていることくらいは、当然のように理解しているはずだ。簡単に言質を取れるようなことはないだろう。

 

「我らこそが問題である、と?」

「問題が存在しないところに、無理矢理に因縁を作ろうとしている、こちらからはそう見えるというお話ですな」

 

 武に合わせたたように尚哉ははじめて湯飲みに手を伸ばし、静かに問いただしてくる。武ももう一度茶を口にして答える。

 

 

 

「米国への依存が大きすぎる、という懸念はないのかね?」

「帝国の生産能力ではXM3用CPUの需要を満たせないことは事実であります」

「合衆国以外、オーストラリアやカナダなど英連邦諸国へのライセンス供与は?」

「そちらもなども順次行われることとは思われますが、まだしばらくは先の話でしょう」

 

 矢継ぎ早に言葉が投げかけられるが、ある程度はユーコンでも話されていたことだ。建前程度であれば即答できる。

 

「供給能力に限界があるとしながら、なぜに情報の公開を制限するのか? 米国へのライセンス供与は認めるが、そうでありながらそれ以外の国々へは先延ばしにする、禁ずるというのはおかしな話ではないかね?」

「それでなし崩し的に、ソビエトや中国にまでライセンスを解放しろ、と?」

 

 かつて経験したAL世界線でのクーデターにおいて、彼らが合衆国の工作の下に蜂起したのは間違いないだろうが、むしろ思想的には反米一色だった。そして当時も詳細を知らされることはなかったが、政府のみならず陸軍将校の中にさえ親ソ派が存在し、彼らの影響もあったはずだ。

 いまこの世界線でも親ソ派将校はそれなりの勢力を持つらしい。XFJ計画もそのような派閥からの妨害工作があったとは聞いている。

 

 今の尚哉個人の政治的スタンスに関しての情報は知らされていないが、少しばかり話した程度とはいえ、やはり帝国を最優先しているかのような印象ではある。帝国軍人としては至極当然なその基準であれば、武たちが何を危惧しているかは簡単に推測できるはずだ。

 

 

 

「まあ、許諾を与えるのはオレ個人ではありませんし、新任少尉でしかない自分はそんな権限も持ち合わせておりませんから、あくまで推測の範疇ですけど」

 

 一瞬考えこむような言葉の止まったタイミングで、武はわざとらしいまでに態度を崩してみせる。武のみならず、咲代子にしろ尚哉にしろ、尉官程度が知る必要のない話だと、話を斬り捨てた。

 

「はははっ、今までJASRAがハイヴ攻略になぜこれほどまでに否定的だったのが、ようやく理解できたよ」

「御推察の通りです。従来型OS搭載の第二世代機ではハイヴ攻略戦力としてはまったく足りません。ですが逆にXM3搭載型の第三世代機であれば戦略次第ですが、一定の成功は見込めてしまいます」

「反応炉破壊は無理としても、『アトリエ』の一時的確保などは不可能ではない、か?」

「我々としては、ソビエトを筆頭とした東側諸国へのBETA由来物質の流出を、なによりも恐れています」

 

 そしてその予想が間違いでなかったようで、尚哉は緊張を解きながら軽く笑って見せ、武の言葉に付き合ってくれる。

 G元素貯蔵庫たる『アトリエ』の場所は各ハイヴ共に不明確だが、大広間のように最深部に位置するわけではなく、比較的侵攻が容易いと考えられてしまう。衛士や戦術機の損耗を度外視するならば、侵攻作戦を実行に移す国家が存在する可能性はどうしてもある。

 BETAへの攻撃的軍事行動は国連主導によるというバンクーバー協定など、ソビエトも中国も簡単に無視するだろうというとは、武でも簡単に思い至る。

 

 

 

 東側の亡命国家群がそのような作戦を成功に導けるかどうかは疑わしいが、それでも可能性の芽は摘んでおきたい。厳密に言えばターニャがもっとも警戒しているが、武にもその懸念は理解できる。

 もはやわずかに残る程度のおぼろげな記憶ではあるが「バビロン災害」後の対人類戦を思い起こせば、下手にG元素が東側へと流出すればどのような惨禍が巻き起こされるかは想像に容易い。

 

 現状の、G元素などのBETA由来物質は国連の名の下に合衆国が一括管理する形が、ベストではないがベターだとは言える。

 

 

 

 

 

 

「あらためまして、最初のご質問への回答となりますが、香月大佐はXM3で何かを得ようとはしていないと考えております。大佐にとってはあくまで副産物。いえ大佐のみならず、XM3はBETA駆逐のための道具、その一つでしかありません」

 

 こちらが警戒していることを理解してもらえたと踏んで、帝国陸軍などへ対立の意向は無いことを、ここでようやく説明できる。だがそれでも相手が第四計画に関してどれだけの情報を持っているのか武には判らないので、どうしても言葉を選んでしまう。

 

 以前にターニャに指摘されたように、ディグニファイド12以来、オルタネイティヴ計画の根本的目的はBETAを知ること、情報収集につきる。その点では武とターニャとの存在ゆえに第四計画は完遂目前とも言える。

 今の第四計画そしてJASRAの目的は喀什攻略。重頭脳級『あ号標的』の排除だ。

 

 XM3はあくまでも、戦術機戦力をそこまで進攻させるための技術的改良でしかない。

 

 

 

「ふむ。なるほど道具の一つ、それもBETA駆逐のための、か。たしかに我らがその切れ味に眼を眩ませられていたやもしれん。その光故に大きくなった影を、ありもしない問題と見誤っていただけ、ということか」

 

 尚哉が静かに頷き、武の言葉を受け入れた。武がわざと主語を抜いたことも、納得の上のようだ。

 

 たしかに対BETAのみならず対人類戦においてもXM3の有無は戦術機戦力の差異に繋がるが、戦術機は対人類戦においては使い勝手の悪い兵種だ。ユーロ諸国のように機甲戦力をほぼ失っているような特殊な事例を除けば、無理に持ち出すものでもない。また例え投入されたとしても、BETA支配地域でなければ航空戦力によって比較的速やかに排除可能な程度の脅威だ。

 

 それでありながら、わざわざXM3をもって他国へと仇なすというのならば、それはもう道具を使う者たちの責であって、それらを産みだした者が負うべき咎ではない。

 

 

 

「ですが開発に携わった一衛士としては、XM3での戦術機戦力の向上と、衛士の損耗抑制……そしてなによりも人類の勝利を願っております」

「ふむ。その心意気は我らが受け継ごう。我らがユーコンに赴いて為すべきことは、XM3、いや戦術機を駆る者たちを、人類守護の剣として研ぎ澄ますことと心得た。なるほどたしかにそれこそが殿下の御心に従う道でもあろう」

「……ありがとう、ございます」

 

 静かに席を立ち言葉を続けた尚哉に、武は敬礼ではなく、深く頭を下げた。

 

 

 

 その姿のままに二人の帝国陸軍士官を見送り、今完全にXM3が自分の手を離れたことを、武は実感した。

 

 

 

 

 

 




気が付くと100回目ですが、とくに何ということなくお茶会。日米安保が継続している世界線なので、とくに尚哉さん大きく対立することもなく、XM3に関しては後はお任せという感じです。

んでXM3、アニメなどではそもそも従来型の戦術機(それも準第二世代あたり)が結構ぐるんぐるん飛び回っているので、きっとたぶんできる人にはXM3などなくても機動戦闘はできるということで。
柴犬のベアトリクスさんとか、割と普通(?)に空中近接格闘とかこなしてますし。


Twitterやってます、あまり呟いてませんがよろしければフォローお願いします。
https://twitter.com/HondaTT2

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。