演習場で皐月と時雨が砲雷撃戦を行っている。ハンデとして時雨の主砲は12cm単装砲で、皐月は10cm連装砲である。
「……そこっ!」
皐月の放った砲弾が時雨に迫る。
「甘いよ」
しかし、時雨はそれを軽々と回避した。
「あそこから回避が間に合うの!?」
「ふふ、今のは惜しかっ……!?」
余裕の笑みを皐月に向けようとした時雨だが、突然笑みを引っ込めてその場から離れる。動いた時雨の横30cmほどの距離を酸素魚雷が通過していった。
「あー、本命もダメだったか……」
残念そうに肩を落とす皐月とは逆に時雨は内心で冷や汗をかいていた。
(皐月の動きはずっと目で追っていたけれど魚雷がいつ放たれたのか見えなかった……経験からくる第六感のようなものでなんとか回避したけれど普通なら直撃だった……)
「……いつ魚雷を仕込んだんだい?」
「あ、本当に見えてないんだ」
「悔しいけどどうやったのか分からなくてね」
「砲撃のタイミングだよ」
「え?」
「砲撃をした瞬間は発射の時に発生する煙が出るよね?それで魚雷の発射を隠したんだよ」
「ああ、なるほど……自分で考えたのかい?」
「いや、司令官に教えてもらったんだよ。……全然時雨に攻撃が当たらないからアドバイスを下さいって頼んだら今の技を教えてくれた。結局当たらなかったけどね」
(それをいきなりアドバイス通りに実行出来る時点ですごいのだけれど、自覚はないんだろうな)
「僕じゃなかったら当たってるよ。正直、いまのはけっこうヒヤッとしたし」
「どうやったら当たるんだろう?」
「砲撃の精度を上げるしかないね」
「やっぱり今のままじゃ無理か……」
「自分で言うのもなんだけど僕は横須賀第二支部で有名な精鋭の1人だ。そう簡単にやられるわけがないだろう?」
「分かってても悔しいよ」
「そんなに焦らなくても皐月程の才能があればそのうち僕を越えることもできると思うよ」
「そうかもしれないけど、ボクたちには勝たないといけない相手がいる。多分、負けたらボクたちの日常は無くなってしまうと思うから……」
「そういえば皐月たちが戦う相手の事を聞いてなかったね。見返してやりたいとか言っていたけど何かあったのかい?」
「演習の相手はボクを捨てた前の司令官なんだ」
「……詳しく聞かせてくれるかい?」
ーーーーーー
最近は俺が監督しなくてもスムーズに訓練が行えるようになっていたので、執務室で俺は溜まった仕事を片付けていた。ふと、カレンダーに目が止まる。
「あと二日か……」
「飯野提督、失礼するよ」
時雨が執務室に入って来たので一度手を止める。彼女は真剣な眼差しで俺を見つめてきた。一体どうしたのだろうか?
「時雨か、どうかしたのか?」
「皐月から事情を聞いたよ」
事情……中将との演習のことだろう。
「……そうか」
「少佐の身で中将クラスに喧嘩を売ったそうだね」
「平気で艦娘を使い潰すやり方に腹が立ったんでね」
「まさかとは思ったけどこの鎮守府に皐月と電以外の艦娘はいないのかい?」
「建造システムがイカれちまってるんでな」
「つまり、駆逐艦二隻で中将の艦隊と戦うと……本気かい?」
「俺はあの2人を信じている」
「……僕らも参加させてくれ」
突然時雨がそう言って頭を下げてきた。
「それは……」
「新人の提督が格上の提督と演習をする場合、助っ人として他の鎮守府の艦娘を借りることができたはずだよ」
「確かにできるがどうして……」
「飯野提督と同じさ、駆逐艦がガラクタだなんて言われて黙っていられる訳がない。それに君たちのおかげで久々に心から笑うことができた。ここに来て本当に良かったと思うよ。その恩返しの意味もある」
そんなたいそうなことをした覚えはないのだが、彼女の表情は真剣なものだった。
「横須賀第二支部の四天王様が助っ人とは豪華だな」
「金剛は無理だけど夕立たちもきっと協力してくれるはずだ。彼女たちもここを気に入っているからね」
「さすがに大和の参加は認められんけどな。元帥の艦娘をこんなことに参加させたら大問題だよ」
「僕ら3人では不服かい?」
「そんなことはない。もともと皐月と電の2人で勝つつもりだったんだ。これで勝率がさらに上がる」
(お前たちの実力は俺が一番よく知っているからな)
「それじゃ、よろしくね」
時雨が手を差し出してきたので俺も手を差し出し握った。これほど嬉しい申し出はなかった。
「ありがとな時雨」
時雨の言った通り、夕立と飛龍の2人も協力してくれることになった。
「時雨たちが一緒に戦ってくれるなんて心強いよ!」
「こんな経験なかなかできないのです!」
「駆逐艦の力を見せるっぽい!」
「ブラック鎮守府を叩き潰してあげるわ」
「飯野提督、何か秘策はあるのかい?」
秘策か……
「秘策というほどではないが皐月にちょっとした技を仕込んだな」
「ちょっとした技?」
「見せた方が早いかな……皐月、やってくれるか?」
「うん、分かったよ。とうとう見せるんだね」
俺は皐月たちと演習場に移動して皐月と大和を配置につかせた。2人の距離は砲雷撃戦にギリギリ入るかどうかという距離だ。皐月は落ち着いているが、大和は困惑していた。
「飯尾提督、この距離で一体何を……?」
「……大和、演習弾を皐月に向かって撃ってくれ。絶対によけられないように撃て」
「ええっ!?演習弾でもこの距離で当たったら痛いどころではないですよ!?」
「一体何をするんだい?」
「まあ見ていろ。大和頼む」
「……分かりました」
大和が皐月に砲身を向ける。彼女が目標をはずすことはないだろう。皐月は静かに大和を見ている。
「全主砲、薙ぎ払え!」
轟音とともに砲弾が皐月に向かう。すぐに皐月は回避行動に入ったがこのままでは全てはかわせずに当たるだろう。だが当たると思われた次の瞬間、皐月は突然右手を左腰にへ持っていきソレを引き抜いた。
「はぁっ!」
ギインッ!という甲高い音とともに砲弾が真っ二つに分かれて皐月の背後に着弾するが皐月に外傷はない。彼女は刀を納めるとこちらへピースサインを突き出した。
「へへーん!」
「成功だな」
「はあああああっっ!?!?」
「え……」
「ぽい!?」
「な、なのです!?」
「金剛さん以外で砲弾を直接逸らす人を初めて見たわ……」
砲弾を放った大和も観察していた4人も目を見開き、口をあんぐりと開けて皐月を見ていた。
「秘策というほどではないが砲弾斬りだ。そのまま近接戦闘が出来るようにも仕込んである。まだまだ完成系には程遠いが、2日後の演習はこれで十分だろう」
「……十分秘策になるよこれは」
「最近、皐月ちゃんの帰りが遅いと思っていたのですがこんな事になっていたのですか……」
「多聞丸もびっくりだよ」
「これで相手の度肝を抜いてやろうと思う。みんな、2日後はよろしく頼むぞ!!」
「「「「「「おおーーー!!!」」」」」」
ーーーーーー演習まであと2日
艦じゃなくて人間なんだし艦娘が近接戦闘出来てもいいと思う。