E1ボスを攻撃する度に謎の罪悪感が……うちの艦隊にはいない誰かに似てます。そして皐月がホント容赦ない。
イベント中は多分ほとんど更新出来ないと思います。すみません。
さて、今回は特別番外話です。タイトルに夕立が入っていますがこの話の主人公は彼女ではありません。最後まで主人公の名前は伏せられたままですがヒントだらけなので多分一発で分かるかと。私はこのカップリング?が結構好きですね。
気付いたら1万文字をこえてしまっていたので前編後編に分けるか迷いました。でも一気に読んでもらった方が良いだろうと思い分けていません。
イベントで出撃した艦娘たちの修復待ちの時など、空いた時間にでも読んでくださると嬉しいです。
それでは、拙い文ですがどうぞ……
どこかの鎮守府に化け物じみた強さを誇る駆逐艦が存在するらしい───そんな噂をある日聞きました。
曰く、その者は海面を駆けたり跳んだりするらしい。
曰く、戦艦にすら傷をつける威力の砲を持つらしい。
曰く、魚雷を投擲するらしい。
曰く、その者は1人で水雷艦隊1つと同等の戦力を持つらしい。
荒唐無稽な話です。そんな艦娘が本当にいるのでしょうか?
「実際に戦う所を見たって娘もいるんだって!」
そう言ったのは白露型一番艦の白露姉さん。黒いセーラー服、明るい茶髪のボブヘアーに黄色いカチューシャを着けていて、駆逐艦としてはなかなかのプロポーションを持っています。
「……そんな駆逐艦本当にいるのかしら?」
信じてなさそうな顔で村雨姉さんが言います。少し暗い薄茶色の髪色と長いツインテールが特徴でクセ毛なのか髪がピンピンと跳ねている白露型三番艦です。制服は白露姉さんと同じ。姉妹の中で一番のボンキュッポンで駆逐艦なのに大人っぽい色香を漂わせています。胸が大きいのは羨ましいです。私もどちらかというとある方だけれど……
「きっといるんだよ、火のないところに煙は立たぬっていうじゃん」
「白露ちゃんがそんな言葉を知っているなんて……」
「どれだけあたしはバカ扱いされてるの!?」
ひどい!と怒る白露姉さんを見て村雨姉さんが笑います。
「ふふ、ごめんなさい」
「もー!少しはお姉ちゃんを敬え!一番偉いんだぞ!」
「はいはい」
それにしても1人で水雷戦隊1つと同等の戦力ですか……一体どんな艦娘なのでしょう。化け物並みの強さとなると悪魔のような姿をしていたり?
「くそう、しかも私よりも胸が大きいとか……」
「白露ちゃんもけっこうあるじゃない」
「村雨のはおかしい」
「そう?」
「○○もこのでかおっぱいに何か言ってやってよ」
「えっ!?」
突然話を振られて私は慌てました。
「おかしいよね村雨のおっぱいは」
「え、えっと……」
「白露ちゃん、○○が困っているわよ」
「し、白露姉さんのは十分大きいと思います」
「だそうよ」
「ううむ……」
「姉さんたちが羨ましいです……」
「あら、○○だってなかなかの美乳だと思うわよ。ないわけではないし」
「ひゃん!?」
いきなり村雨姉さんが私の胸を揉んできたので思わず変な声が出てしまいました。
「ほれほれ」
「村雨姉さ…やめっ、ひゃうん!?」
「「……」」
「あっ、やっ……んんっ!」
揉まないでえ!こ、声が抑えられな───
「うーん、思うんだけど○○ってなんか」
「うん、エロいよね。悔しいけどある意味一番だよ」
「……あなたたち、そういうのはここ以外の場所でやってくれないかしら?」
気がつくと割烹着に赤いリボンとヘアピンが特徴的な女性がすぐ近くにやって来て私たちを見下ろしていました。朗らかに笑っているように見えますが威圧感がハンパないです。彼女は間違いなく怒っています。
「ま、間宮さん……」
「えっと……」
「とりあえず村雨ちゃんは○○ちゃんの胸を揉むのをやめてあげなさい」
村雨姉さんが慌てて私の胸から手を離します。
「ここは食堂、他の艦娘もいるのですよ?マナーを守れないのなら出入り禁止にします」
周りを見回すと私たちは様々な艦娘からの視線を集めてしまっていました。
「「「す、すみませんでした!!」」」
「てーっ!」
鈍い赤色のボブヘアーに橙色の瞳。 単装砲を一門づつの計四門備え、薄緑と白のセーラー服を着用し、足にはブーツを履いた女性───軽巡洋艦鬼怒さんのかけ声で私たちは一斉に砲撃を行います。
「いーっけぇー!」
「はいっと!」
「たぁーっ!」
「いっけぇーっ!」
撃ち出された砲弾はそれぞれ海上に設置された的へ向かって飛んでいきました。
「命中!」
「よしっ!」
「今日も外れました…‥」
「気にすんなって、至近弾だったじゃんか」
「涼風のはちゃんと当たってます!」
「あー、まぐれまぐれ」
砲撃の結果を確認する私たち。艤装を展開し、一緒に砲撃練習をしているのは普段一緒に出撃するメンバーです。旗艦の鬼怒さん、白露姉さん、村雨姉さん、私、五月雨、涼風です。
「さ、五月雨、私もちゃんと当たってないから……」
ノースリーブの白いセーラー服に、黒色のロング手袋と膝上までの黒いハイソックスを身に着け、 青色の瞳、不思議な透明感のある青髪のロングヘアが特徴な少女が白露型六番艦五月雨。
「○○は半分当たっているようなものですよ…‥」
私は自分の狙った的を見ます。的の上端の一部が抉られていました。
「ああもうくよくよすんなって!次当てりゃいいだろ?」
五月雨に声をかけているのは彼女と同じ制服、緑色の瞳に濃い青髪のロングヘアーを、紫色のリボンで二つ結びにしている少女ーーー白露型十番艦涼風。
「そうそう、と言っても私たちは今遠征任務ばかりだから戦闘の機会は少ないけどねー」
鬼怒さんがそう言って笑います。彼女の言う通り私たちの主な任務は遠征系のものばかりです。
「私たちは駆逐艦ですから……」
私の言葉に反応したのは白露姉さんでした。
「でも噂の駆逐艦はきっと普段から出撃系の任務を担当してるに違いないよ」
「白露ちゃん、噂の駆逐艦の事本当に信じてるの?」
「うん!だから負けていられないよ!」
「うん?噂の駆逐艦って何?」
興味を持ったらしい鬼怒さんが白露姉さんに聞き返していました。
「あれ?鬼怒さんは知らないの?」
「うん」
「私たちは聞いた事があります」
「化け物みたいな強さの駆逐艦の噂だろ?」
五月雨たちはどうやら知っているようです。
「駆逐艦はみんな知っているのかぁ……どんな噂なの?」
白露姉さんから噂の内容を教えてもらうと鬼怒さんは……
「……それ本当に駆逐艦?というかそんな艦娘いるの?」
どうやら鬼怒さんも私と村雨姉さんと同じでいまいち信じられないようで胡散臭そうな顔をしていました。
「どんな艦娘なのかなあ……」
「きっと悪魔みたいな見た目の艦娘に違いねえ」
五月雨と涼風は信じているみたいです。
「私も魚雷を投げてみたい」
「信管が作動しないわよ」
「便利だと思うんだけどなー」
「でもそれって敵のかなり近くまで行かないと当てるの難しいわよね?」
「かっこいいじゃん」
「それが白露ちゃんの本音なのね……」
「私だってもっと活躍したい!」
「あー、そろそろ次の訓練に入ってもいいかな?」
訓練が終わった後も白露姉さんたちはずっと噂について話していました。
それから数日の間これは白露姉さんたちの話の種となっていましたが、やがてそれは終わり噂の真偽は確かめられないまま忘れられていきました。
「○○ーっ!そろそろ遠征の出発時刻よー!」
「はい、今行きます!」
いつもの遠征任務。駆逐艦の私たちは鎮守府を裏方で支えるのです。支度を終え出撃ドックへ行くとすでに他の皆さんが集合していました。
「○○も来たね。よし、それじゃ今日も頑張ろっか」
鬼怒さんに続いて海へ。気持ちの良い風が頬を撫で、私の髪をなびかせます。今日も良い天気です。はい。
この日の任務も何事も無く終わる……この時まで私はそう思っていました。
ーーーーーー
(ど、どうしよう……)
数時間後、私は1人であてもなく大海原をさまよっていました。付近に仲間の姿はありません。
何故こんな事になったのか……原因は海上に突然発生した嵐です。遠征の帰りに私たちは大きな嵐に巻き込まれバラバラになってしまったのです。そのせいで現在私は仲間とはぐれて1人ぼっち。濡れた制服が肌に吸い付いてベトベトします。
他の仲間の事も心配ですが、まず先に自分の心配をしなくてはいけません。
「マズいです」
自分の現在位置が分かりません。一体どれだけ本来の航路から逸れてしまったのでしょうか。あいにく私は羅針盤を持っていないのです。
(落ち着こう。遠征先は南方海域……とにかく北へ行けば知っている場所へ帰れるかもしれない)
でも方角がさっぱり分かりません。
「大まかでもいい……どうにかして北を知る方法を……あっ!」
1つ方法を思いつき、艤装の小道具収納スペースに手を突っ込み目的の物を探します。
(あった!)
取り出したのはシンプルなデザインのアナログ腕時計。白露姉さんが私の進水日にプレゼントしてくれた物です。鎮守府の外へ出かける機会がほとんど無くてお出かけで使った事はあまりありません。でも折角の貰い物なのでこうして出撃の際に持ち運んでいるのです。時々今は何時だ~なんて確認も出来ますし。ちょっとしたお守り代わりでもあります。
(多分北半球のどこかだから……)
「えっと太陽太陽」
時計の盤面を水平にして短針を太陽に向けます。太陽はだいたい12時頃南に位置しています。現在時刻は2時……太陽は1時間に15度、時計の針は30度ずつそれぞれ回転するので30度戻った場所、つまり腕時計の1時の方角が大まかな南の方角となり、北はその反対です。
(あくまでこれは大まかな方角……どの程度ずれているかは分からないけど闇雲に動き回るよりはマシですね)
北へと向かって私は進み始めたのでした。
「……」
北へと進んで1時間ほど経ちました。未だに仲間と合流は出来ていません。
「皆さん……」
背負ったドラム缶がずっしりと重く感じます。本当に無事に仲間の元へ帰れるのかという不安がだんだんと大きくなってきました。
(……今襲われたら終わりです)
そして……私が今いる場所は激戦区だという事実。今までなるべく考えないようにしていましたがいつ敵艦隊に遭遇してもおかしくないのです。
私が装備しているのは12.7cm連装砲B型改二と呼ばれる主砲とドラム缶のみ。戦闘に巻き込まれた場合、ロクな反撃も出来ず沈む事になるでしょう。
「……っ!」
ふと殺気を感じ、私はゆっくりとそれを発した主の方へと顔を向けました。
(そ、んな……)
全身黒ずくめで巨大な盾のような艤装を持った女性がいました。戦艦ル級です。よりによって戦艦級……私1人でどうにかなる相手じゃありません。さらにル級は背後に重巡リ級と駆逐イ級を引き連れています。
私と目が合うとル級は邪悪な笑みを浮かべました。
シズメ。
私がドラム缶を捨てて主機を全開にするのとル級が砲撃をするのはほぼ同時でした。
(逃げ───)
至近に着弾した砲撃の余波で私は吹き飛ばされ、海面を数回バウンドして停止、すぐに体を起こし北へと逃げ始めます。体中が痛いです……でも止まりません。止まれば待っているのは死でした。
背後でル級が何か叫び、それに応えるように随伴艦たちがおぞましい声を上げます。
私は怖くて振り返れませんでした。
(早く!早く!……!)
速度のある敵駆逐艦が私の両脇を併走しながら砲撃してきました。私も主砲を使って敵を牽制します。
「当たって!」
敵駆逐艦の1隻に命中し撃沈させる事が出来ました。
けれども敵はまだ5隻残っています。ほっとする間もなく次々と砲弾が周囲に着弾。大量の海水を被りながらも私は全速力を維持します。けれども一向に引き離せません。之字運動をしながら進んでいるためです。真っ直ぐ進んでいたら敵の格好の的になります。
(このままじゃっ!)
少しずつ夾叉弾が増えています。もう完全に捉えられている!
「誰か!誰かぁ!」
私の声に応えてくれる人はいません。
(嫌だ……こんな所で沈みたくない!)
怖くて怖くてたまらなくて。
助けを呼んでも誰も応えてくれなくて。
無茶をし過ぎたせいで艤装は怪音をあげていて。
息だってもう苦しくて。
敵砲弾の着弾位置がどんどん私に近くなっていって。
死がすぐそこまで迫っていて……
無駄だと分かっていても願わずにはいられませんでした。
(助けて……姉さん!)
直後、大きな衝撃を背中に感じました。
「うぁっ!?」
ああ……とうとう被弾してしまいました。
スローモーションになる世界。視界いっぱいに海面が近付いてきます。バランスを崩して転倒しようとしているのでしょう。それが意味するのは死です。
(あれ……今、私…誰に助けを?)
海面に叩きつけられ息が詰まりました。ゴロゴロと転がり続けてようやく止まり、体を動かそうとすると激痛が走りました。
(大破……)
今の私は耐久を越える被害に備え付けのダメージコントロールが働き、かろうじて轟沈寸前で生きている状態です。主砲は砲身が折れ曲がり、いつも被っているお気に入りの帽子もどこかへいってしまいました。
「あ……」
無理矢理仰向けの姿勢から上体を起こすと深海棲艦たちが私を取り囲むように停止していました。ル級が、リ級が、イ級が私を見下ろしています。
オワリダ。ココデヒトリサビシクシヌガイイ。
彼女たちは私を見て嗤っていました。これから私を殺す事が楽しみでしょうがないという風に。
「あ…ああ……」
私に死を与えるべく彼女たちの砲が向けられます。私は動けずただ震える事しか出来ませんでした。
ごめんなさい。私は……ここまでみたいです。
そして───
明らかにル級たちのものとは違う砲撃音が辺りに響き渡りました。
「ギッ!?アアアアアア!??!」
突然ル級の顔面で爆発が起こりました。ル級が悲鳴をあげ、手で顔を押さえます。
「え……」
聞こえた砲撃音は私の使う砲と同じものでした。
(何……が……)
リ級たちが何かに向かって叫んでいます。そしてまた聞こえた砲撃音。確かめたいのに私は痛みで体を動かす事が出来なくなっていました。
「わっ!?」
突然誰かに抱き上げられ、運ばれます。初めてのお姫様抱っこでした。
(だれ……?)
深海棲艦たちから少し離れた場所で私は優しく下ろされます。
「……」
知らない少女でした。
私や白露姉さんたちと同じ黒のセーラー服、首に白のマフラーを巻き、帆の付いた背部艤装、右手には12.7cm連装砲B型改二、太ももには赤くペイントされた魚雷が付いていました。
髪は特徴的な2本のくせ毛があるクリーム色の長髪で先端が桜色に染まっています。前髪の上の方には黒く細いリボンが結ばれていました。
……でも何よりも特徴的なのは彼女の目でした。
(綺麗……)
血のように真っ赤な瞳。
きっと姉さんたちがいたらまるで悪魔や吸血鬼だと言って恐れたでしょう。でも私はむしろそれを美しいと感じ、見惚れていました。
彼女はとても優しげな笑みを私に見せ、私を守るように背を向けて立ちました。
(え……まさか1人で戦うつもりじゃ!?)
「だめです逃げて……!」
「……」
無茶です。彼女は恐らく駆逐艦。1人で戦艦と重巡を含む艦隊とやり合えるわけがありません。やはり状況は何1つ変わっていませんでした。私の死の道連れを増やしてしまっただけです。
混乱していた深海棲艦たちも落ち着きを取り戻したのか、こちらを余裕ぶった目で見ていました。彼女たちにとってもただ獲物が一匹増えただけの事なのでしょう。
「あなたまで沈んじゃいます!」
聞こえているはずなのに彼女は何も答えません。私がもう一度大きな声で言おうとしたその時、彼女が初めて口を開きました。
「……おい、私の妹に何するっぽい」
それは冷たい……けれども強い怒りを含んだ声でした。言葉と共に放たれた殺気に深海棲艦たちが後ずさりました。
彼女たちの顔に浮かんでいたのは恐怖と戸惑い。本能が感じとったもの対して戸惑っているようでした。でも戸惑っていたのは私も同じでした。
(何ですか……このプレッシャーは)
とても駆逐艦娘が放つものではありません。私が感じたプレッシャーは鎮守府にいる戦艦たちが放つものと同等のレベルだったのです。さらに今彼女は私の事をなんと呼んだか。
「あ、あの!」
彼女は小さく振り返って、
「ここからは全部お姉さんに任せるっぽい」
その言葉を言い終えるのと同時に彼女は海面を蹴って駆け出しました。こんな動きが出来る艦娘を私は今まで見た事がありません。それを見て頭に思い浮かんだのは……
曰く、その者は海面を駆けたり跳んだりするらしい。
想像以上のスピードで距離を詰め、アクロバティックな動きで攻撃をかわす彼女に深海棲艦たちが焦ります。
曰く、戦艦にすら傷をつける威力の砲を持つらしい。
体当たりして来たイ級をしゃがんでかわし、ル級に砲弾を数発叩き込むとル級の砲がひしゃげてしまいました。戦艦の装甲に対して確実にダメージが通っています。
曰く、魚雷を投擲するらしい。
右手のB2砲で砲撃を行っている最中の彼女の左側からイ級が迫ります。確かに砲は今違う標的に向けられていますが……彼女は一瞬チラリとイ級を見ると太ももの魚雷を1本引き抜き投擲。魚雷はイ級の目の前で爆発し、イ級は燃えながら沈んでいきました。隙がありません。
曰く、その者は1人で水雷艦隊1つと同等の戦力を持つらしい。
周囲にバラまかれた魚雷が残ったリ級たちを巻き込んで爆発しました。煙が立ち上る戦場にもう残っているのは顔に傷を負ったル級しかいません。ここまでわずか十数秒の出来事でした。水雷戦隊1つと同等……いえ、それ以上です。
「強い……」
ル級の砲撃の中を彼女はまるで恐れる事なく突き進みます。動揺させ隙を作ろうとしたのか、ル級が砲を私へと向けた瞬間、彼女は海面へ砲撃を行いル級の視界を塞ぎました。
「余所見とはいい度胸ね!」
「……!」
もうすぐそこまで接近していた彼女が笑い、慌てて艤装を盾に砲撃を防ぐル級。その隙に彼女はなんとル級に向かって跳び、その大きな艤装に手を突くとそのまま鮮やかな前方倒立回転跳びをしてみせました。しかも空中で回転しながらル級の顔へ魚雷を発射するというおまけ付きです。
着水した彼女がさらに追加の魚雷をぶつけるとル級は悲鳴をあげる間もなく沈んでいきました。
「……終わり?」
戦艦と重巡を含む敵艦隊が駆逐艦1隻に為すすべもなく敗北……私は夢でも見ているのでしょうか。試しに自分の頬をつねってみました。すごく痛かったです。はい。
「ぽいっ!周囲に敵影無し!……大丈夫?」
気がつくと戦闘を終えた彼女が私の元へやって来ていました。座り込む私を彼女が心配そうに見下ろしています。
「は、はい」
「そんなに緊張しなくてもいいっぽい」
「すみま……んむっ!?」
何かを顔に被せられ視界が真っ暗に。手にとって見ると私のベレー帽でした。いつの間に拾ったのでしょう。
「それ、あなたのでしょ?」
「はい……ありがとうございます」
ベレー帽を抱きかかえながらお礼を言うと彼女は嬉しそうに笑いました。
「お礼なんていいっぽ……あっ」
彼女の視線は私の右の二の腕に注がれていました。見れば皮膚がぱっくりと大きく裂けて血が流れ続けています。肉も見えていて見た目は結構グロテスクでした。
(うわっ……あんまり直視したくないですね)
「……」
「……何を?」
彼女が自身の白いマフラーを外しました。そのままそれを私の傷口に当てようとしてきます。
「えっ!?大丈夫ですって!マフラーが汚れちゃいます!」
「うるさい。黙って巻かれるっぽい」
「せ、せっかくの真っ白なマフラーが大変な事になりますよ!?」
「えいっ」
「あいだだだだっっ!!」
「んしょ」
「痛い痛い痛い!!痛いです!」
善意でやってくれているは分かりますけれど、力加減がおかしいです!
「我慢するっぽい……よし、出来た!」
縛り付けられたマフラーは大量の血を吸って赤くなってしまっています。でも少し痛みがマシになりました。
「……」
「もう大丈夫っぽい!」
私の顔のすぐそばで彼女が花のような笑顔を浮かべました。間近でそれを見た私は……思わずドキッとしてしまいます。かつてないほど心臓が跳ねたような気がしました。
(可愛い……じゃなくて!……え、ちょっ、なんでドキッとしてるんですか私は!?)
「んー?顔がちょっと赤いっぽい?」
「だだだ大丈夫です!ただ、ちょっと顔が近いです!」
「あ、ごめん」
やっと彼女が私から離れます。私は誤魔化すように気になっていた事を聞きました。
「あの……お名前を」
「あれ?分からないっぽい?」
正直心当たりはあります。あの姉は軍艦時代もヤバかった人ですし。目の前の彼女はまさにあの姉が艦娘化したらこうなる……といったイメージ通りの姿。
「……夕立姉さん?」
「正解っぽい!」
白露型駆逐艦の四番艦……夕立。軍艦時代の活躍ぶりから〈ソロモンの悪夢〉と呼ばれた私の姉です。
(そういえば夕立姉さんはなんでここにいるんでしょう?)
「夕立姉さんは何故ここに?」
「ここのパトロールをやっていたらあなた───○○の捜索任務が出されたっぽい」
「えっ」
どうやらあの嵐ではぐれてしまったのは私1人だけだったらしく、捜索するにも遠征用の装備では心許ないと仲間の皆さんは泣く泣く鎮守府に帰還したそうです。その間に連絡を受け取った司令官さんが他の鎮守府に依頼を出し、それを別の任務に就いていた夕立姉さんの所属する鎮守府が引き受けたとの事です。
「夕立姉さんの元々の任務は何だったのですか?」
「遠征航路の安全確保のため、この辺りに出る敵を片っ端から倒すだけの簡単なお仕事っぽい」
えっと……どこが簡単な任務なんでしょうか。ここ激戦区ですよ?
「……1人でですか?」
「早く見つけたくて他のみんなとバラバラに探してたっぽい」
「提督さんには内緒っぽい」と夕立姉さんはいたずらっぽく笑います。思いっきり命令違反です。けれど、それが私のためにした事だと思うと怒る気になれませんでした。
「夕立たちの提督さんは優しい人だからきっと怒らないっぽい!……多分」
怒られる可能性がゼロとは言い切れないんですね……
「さて、途中まで送るっぽい」
「あの……」
「どうかしたっぽい?」
夕暮れ……茜色に染まる海を夕立姉さんに運ばれ私は移動しています。大破した私は自力航行が難しかったためです。だから夕立姉さんに運んでもらうのは仕方のない事なのです……なのですが。
「こ、この体勢は恥ずかしいです……」
何故私はお姫様抱っこで運ばれているのでしょう?
「なんで?」
「な、なんでと言われましても……」
心拍数が上がり過ぎて心臓が止まるからです。
「あ、また顔をそらしたっぽい。夕立の顔ってそんなに怖いっぽい?」
「そうじゃないですぅ……」
夕立姉さんの顔を直視出来なくては顔を背けます。
「……体の震えはもう大丈夫そうっぽい」
「え?何か言いました?」
「何でもないっぽい」
今度は彼女が顔をそらしました。
「……!あれは○○の仲間っぽい?」
「えっ?」
「前から来てる」
夕立姉さんに言われ進行方向に顔を向けるとこちらへとやって来る白露姉さんたちの姿が見えました。
「はい……白露姉さんたちです」
「……」
「「○○っ!」」
隊列から外れ、真っ先に私たちの元へとやって来たのは白露姉さんと村雨姉さんでした。
「○○ーーーっ!」
「○○大丈夫!?って、やっぱりボロボロじゃない!!」
まあ大破してますから。
「落ち着いてください」
白露姉さんは号泣。村雨姉さんも泣いていました。他の皆さんも後から集まってきます。
「……えっと」
私から夕立姉さんへと仲間の視線が移動しました。夕立姉さんを見た仲間は少し戸惑っています。赤い目は深海棲艦の姫級などに多く見られる特徴だからでしょう。夕立姉さんが纏っている歴戦の戦士のような雰囲気もその原因の1つかもしれません。
「あなたが助けてくれたの?」
コクリと夕立姉さんが頷きました。
「艦娘……よね?」
コクリ。夕立姉さんは何故か喋りません。
「○○を助けてくれてありがとう。鎮守府を代表してお礼を言うね」
鬼怒さんが頭を下げてお礼を言います。
「「「「「ありがとう!!」」」」」
他の皆さんもそれに続きました。……姉さんたちは目の前にいるのが誰だか気付いていないのでしょうか?制服を見れば姉妹艦だと分かるはずですが。
「……私が怖くないっぽい?」
「えっ?確かに最初はちょっと怖いかなあと思ったけど……」
「○○がかなり気を許しているように見えるしね」
「○○の恩人にそんな失礼な事は考えません!」
「おう!その通りだぜ!」
姉妹たちの言葉に夕立姉さんがほっとしたような顔になります。
「ありがとう。……白露姉さん、○○を頼むっぽい」
「うん任せて……って、え?姉さん?」
「あら?そういえばその制服……」
夕立姉さんが私をゆっくりと下ろします。
「仲間を待たせているからもう行くっぽい。○○、マフラーは返さなくていいよ」
去り際に笑顔を見せた夕立姉さん。
彼女が背を向けて去っていく方向には3つの人影がありました。夕立姉さんの仲間の方たちでしょう。
「ありがとうございました!!」
彼女たちの姿が見えなくなるまで私たちは見送り続けました。
あの後、噂の駆逐艦の正体が自分たちの姉妹艦だと知った姉さんたちはとても驚いていました。私が見た戦闘の話もかなり衝撃的だったみたいです。話を聞いている時の皆さんの顔が面白かったです。
やがてあの夕立姉さんは〈悪夢の夕立〉という2つ名まで付けられ、有名な艦娘になりました。生まれ変わっても〈悪夢〉と呼ばれるんですね……
一部の艦娘には彼女を怖がる人もいます。確かにちょっと悪魔みたいな容姿だし戦闘狂ですが、少なくとも私は彼女を知っています。夕立姉さんは仲間思いでとっても優しい人であるという事を。
……あの日貰ったマフラーは今でも私の宝物です。
○○が誰だか分かりましたでしょうか?あの娘です。
夏イベの夕立をどこで投入するか悩みます。ぽいぬはここぞという時の切り札のようなものですからね。
彼女の活躍に期待です。