戦艦で高速艦……金剛ヤバいです。
でも実は金剛姉妹の中で最も速いのは三番艦の榛名。
つまり榛名こそが日本最速の戦艦なんですね。
「来るべき日を既に直感しながら 後に続くを渇望し 雄雄しくも海に散華せし榛名桜」
お待たせしました、艦隊戦後編です。
「……!」
呉艦隊の右ななめ後方から接近しようとしていた金剛はとっさに身を傾けた。飛んできた砲弾が彼女の右肩をかすめ背後の海上に着弾する。
(やるネ霧島……!)
後方より接近する金剛にいち早く気付いた霧島はすぐさま砲撃を行い、金剛を牽制した。振り向きざまに撃ったというのにその砲弾は金剛をあと少しで捉えるという所であった。
「っと!」
続けて砲弾が金剛に撃ち込まれる。次々と至近に着弾する砲弾を避けながら金剛はその砲撃精度に舌を巻く。
(これは予想外……モタモタしてると当たっちゃうネ)
霧島はこちらを牽制しつつ武蔵と何かを話している。やがて霧島が完全にこちらを向き、那智もそれに加わった。
(2人がかりでワタシを止めるつもりデスか)
別に何人で来ようと彼女にとって問題はないのだがこの2人相手では単純に突っ込んでも意味がないと思い、突破方法を考える。
「……片方ずつ倒すのが確実」
こちらに向かってくる那智を視界に収めながら霧島の砲撃を捌いていく。那智の砲撃も加わり金剛の動きをさらに制限、前ではなく横への動きが多くなっていく金剛。
(距離の近い那智から落とすにしても霧島の砲撃が邪魔で無視出来ない……一瞬だけでもいい、霧島の気をそらす必要があるネ)
注意を払いつつ一旦下がり通信を妹に繋げる。
『……お姉さま?』
「榛名、一機だけ返して欲しいデス」
「……つぅ!」
背筋を走った悪寒に暁たちが回避行動に入った次の瞬間、海面が文字通り爆ぜる。その威力たるや発生した水柱に直撃した川内が数m吹き飛ばされるほどだ。聞こえてくるのは生きている間に何回聞く機会があるかどうか分からない超大型戦艦の砲撃音。
「射程と威力おかしいでしょ!?またダメージもらっちゃったよ!」
大量の海水を被りながら起き上がった川内が叫ぶ。
「中破してるのが痛いわね……大和型なめてた」
「まだ主砲が届かない……突撃するっぽい!」
「「やめなさいこの馬鹿犬!」」
「皆さん落ち着いてください!」
武蔵たちの真っ正面に位置する榛名たちに叩き込まれるのは46cm砲による強力な砲撃。至近弾2発で戦艦である榛名が中破させられたと言えばその威力がよく分かるだろうか。
(当たってないのにダメージだけが確実に蓄積させられていく……!こんなの直撃でもしたら……)
このままでは一方的にやられる。それでは姉に突撃をかけさせた意味がない。
「……!榛名さん、敵艦が一隻突っ込んでくるよ!」
「雪風ね!」
「向こうから来たっぽい!」
(自分が砲撃中の敵艦隊へと味方を突っ込ませる!?それでは味方を巻き込…いえ、呉の雪風なら当たらないんでしょうね。彼女は
即座に考えをまとめる。ひどい鎮守府だったとはいえ数年旗艦を務めていたのだ、このあたりの判断と指示は早い。
「3人は雪風さんの相手を!武蔵さんは……榛名が引き受けます!」
榛名から離れていく暁たちへの砲撃は無い。
(……最初から榛名しか見ていないんですね)
体が重い。離れた距離からでもひしひしと感じる大戦艦の威圧感。どっしりと構えた彼女は眉根一つ寄せずに淡々と砲撃を続け、榛名を狙う。対面していると戦艦であるはずの自分がちっぽけな存在に思えてくる。
「……いけません」
呑まれそうになる心を必死で支えながら飛ばしていた水上偵察機とリンク。突撃には不要だと姉から借りていた物だ。集中する時間を稼ぐため砲撃を連続で行い敵を牽制する。
「?」
撃ち終えた直後に入った無線の音に気付く。
『金剛デス』
「……お姉さま?」
『榛名、一機だけ返して欲しいデス』
一機───水偵の事だろうとすぐに理解。姉が必要と言っているのだ、迷わずに水偵一機のコントロールを返す。
「3番機をお返しします!」
『助かりマス。……頑張って』
小さなエールを残して通信が切れる。自身の周囲に着弾した砲弾が上げる水しぶきから腕で目を守りつつ敵の正確な位置情報を水偵からの情報で確認。狙いを微調整していく。
(そうです……榛名は金剛お姉さまの妹です)
ぎゅっと両手を握りしめる。
敵の放つ威圧感が大きすぎて耐えられない?攻撃力に圧倒的な差がある?そんなものは関係ない。
怯むな、挫けるな。
力で負けても心で負けるな。
それを常に体現してきた姉がいる。そして何より自分は彼にこの重要な場を任されたのだ。それはひとえに自分を信頼してくれているからに他ならない。
だからこそその信頼に答えたい。
集中だ、全神経を研ぎ澄ませろ。
立ち上る水柱の間をすり抜け標準を合わせ───
「勝手は!榛名が許しません!」
───狙い撃つ。
「ほう、よく避けるものだな」
自身の巨大な艤装から大威力の砲弾を放ち続けながら武蔵は感心する。当てるつもりで撃っているのだが敵は上手い事避けているのだ。
(しかし確実に削れてはいる……時間の問題だな。まず戦艦から落とす)
やがて雪風が向かった事により敵艦隊は1人を残して離れる。
(雪風に軽巡たちを当てる判断は妥当だな)
背後では絶えず砲撃音が聞こえている。金剛たちが戦っているのだ。
本音を言えば金剛と戦いたい……しかしそれは自分の我が儘だ。戦いに個人の感情を優先してはならない。武蔵にとって金剛は自身も認める数少ない強者であるが故に現在撃ち合っている敵に対して彼女は物足りなさを感じていた。
(金剛型三番艦……か)
艦歴だけを見れば金剛と同じく自分にとって大先輩に当たる戦艦。だが性能は明らかに自分の方が上……今だってろくに反撃も出来ず中破した体を引きずって回避行動をとっているだけだ。大和型戦艦と真っ正面から戦える存在など数えるほどしかいない。大和型戦艦とは最強の存在なのである。
(……あと数発耐えられれば良い方だな)
つまらない……
バラバラと自分の周囲に着弾する敵の砲弾を気にせず次弾を装填し───
「ぬっ!?」
不意に感じた衝撃に驚く。どうやら被弾したらしい。だが装甲には自信がある、簡単にはやられぬ……そう思い被害箇所を確認した。
「……何?」
そして漏れたのは小さな驚きの声。
機関部に異常はない。その代わり自分の砲門の一つが綺麗に潰されていたのだ。まるでそこだけ狙ったかのように損傷を受けた部分は砲門のみ。
(……!)
続けて迫った敵の砲弾が二つ目の砲門を破壊した。
(偶然……ではないな)
ふと顔を上げれば付近を飛び回る水偵を発見。恐らく今のは弾着観測射撃だろう。だがはたして弾着観測射撃とはここまで正確に狙いを付けられるものであっただろうか───否、不可能だ。
しかし実際に起こってしまっている。つまり目の前の存在はそれを可能とする実力を持っているという事に他ならない。自分の物と比べると幾分も小さな主砲で無視出来ない痛手を武蔵に与えたのだ。
「……ふ」
今までとは比べものにならないほど正確な砲撃が自分を狙って撃ち込まれ始めた。回避行動をとる武蔵の口には笑みが浮かぶ。
「面白い……!」
一方雪風の相手を務める暁たちは数々の悪運に悩まされていた。
「ごめん夕立!」
「……っ!平気っぽい!」
暁の砲撃を避ける夕立。雪風が避けた砲撃は何故か上手いタイミングで度々味方をかすめる。
(まただ……!フレンドリーファイアには気をつけているはずなのに!)
「もらった!」
回避直後の雪風の進行方向を読んだ川内がこれ以上ないタイミングで20.3cm連装砲を構え砲撃しようとするが……
カチン!
「えっ?不発!?」
「川内さん!」
「うわ!」
雪風の砲撃が川内を襲った。すでに中破ギリギリだった彼女は大破判定を受けてしまう。
「ごめっ!」
(くっ……これで中破の私と夕立だけになっちゃたわね)
撃ち合ってみて分かったのだがとにかく雪風は回避能力が高い。駆逐艦ほどの速度があれば回避率が高くなるのは当然なのだが、それだけではない。雪風の場合、
(運も実力の内とは言うけれど……)
それにしたって異常だろう。
「ここまで厄介だとは思わなかった……」
暁の呟きが聞こえたのだろう、雪風が一瞬ニヤリと笑う。今すぐその顔に砲弾を叩き込んでやりたいが、なかなか上手くいかない。
(どうやって倒せば───)
『暁!』
暁の思考を遮るように川内が無線越しに声をかけた。
「……川内さん?」
『役割を思い出して』
川内は短くそれだけを言うと通信を切った。
「役割……」
ハッとする。
(そうだ……
少し焦りすぎていた。
(ありがとう川内さん)
「落ち着いたっぽい?」
夕立がそう言ってくる。
「意外とあなたって冷静なのね……」
「この程度で慌てるようじゃ夕立はとっくの昔に沈んでいるっぽい」
夕立が雪風に向けて砲撃するが当然避けられる。そういえば先ほどから彼女が魚雷を使おうとしない事に暁は気付いた。
「もうすでにこの状況に持ち込めている時点で夕立たちは役割をきちんと果たしているもの」
そう言って夕立が視線で暁に伝える───気にせずこのままいくぞ───と。
(了解)
頷きを返し、暁は主砲を構えた。
(当たらない!)
金剛が舌を巻くほどの砲撃精度で彼女の行く手を阻む霧島の心の声がそれだった。
「決して外す距離ではないはず!」
(あの動き……)
金剛の動きは恐らくなんらかの体術を応用しているのだろうという事は分かる。その内容は動き出しの動作が分かりにくいという事と……
(……まるでこちらの意識の隙間を突くかのようなタイミングでの行動)
人は常に集中し続ける事などそうそう出来ない。必ずどこかに短い休憩が入っている。例えばあるタイミングで入る普段より大きな呼吸の瞬間などで気がゆるんだりする事があるだろう。自覚はなくともゆるんでしまうのだ。
集中していたはずなのに即座に反応が追いつかなかった……そんな経験は誰にでもあるはず。金剛はそれを意図的に引き起こす。まるでどのタイミングで相手の集中が薄れるのかが分かっているかのように。
こちらを見透かすような目が霧島と那智に向けられていた。
(立ち会ってみて分かりました……この金剛お姉さまの本当の怖さは近接戦闘能力だけじゃない!)
相手の動きを読み切ってしまうセンスと頭脳。それこそが金剛が持つ最大の武器。過去と現在で培った経験は彼女を決して裏切らない。
「それでも!」
任された以上この場を通すわけにはいかないと砲撃を繰り返す。
そんな霧島の耳へ唐突に聞こえてきたプロペラ音。
(えっ?)
さっと顔を向け確認すると水偵が一機、霧島の頭上近くを飛んで行った。
(水偵?弾着観測射撃なんて行うつも───)
一瞬とは言え霧島の視線と意識は水偵に向く。
それを逃す金剛ではなかった。
(霧島の意識がそれたっ!)
金剛の行く手を阻む霧島と那智。霧島の精密射撃で足止めをし、那智が接近して砲雷撃戦という布陣だ。霧島の砲撃が邪魔で攻めあぐねていた金剛は水偵を霧島に急接近させる事で隙を作りだした。ほんの僅かな隙だが……
(……ワタシには十分ネ!)
推進力を込め、戦艦の脚力で海面を思い切り蹴りつける。
ドパァン!
大きな破裂音のような音と共に弾丸の如く突貫した金剛が那智との距離を一瞬で詰める。
「……!?」
目を見開く那智。金剛が握り拳を作った右腕を大きく後ろへ振りかぶると彼女は慌てて両腕をクロスした。
が、これはフェイント。
本命の回し蹴りが那智の横腹にめり込み彼女の体を吹き飛ばす。
(出来るだけ遠くへ!)
体がくの字に曲がった状態で吹き飛んだ那智は背中から強かに海面に打ちつけられる。肺と腰が圧迫され呼吸が出来ず、彼女の艤装はスクラップ同然になっていた。
その惨状に霧島は呆然としている。
(あ……ちょ、ちょっとやりすぎマシタ?)
この惨状を作り出した張本人もさすがに同情した。
(手加減はしたつもりでしたが……うつ伏せで倒れなくて本当に良かったデス……)
ケッコンカッコカリしてから身体能力もパワーアップしていたため予想以上の威力が出てしまったらしい。
少し反省する金剛であった。
「あわよくば……と思いましたけれど…無理でしたね」
諦めたように自身の体を見る榛名。
武蔵と一対一の対決に持ち込み奮闘した彼女だったがすでに息は絶え絶え、損傷は大破……戦闘不能。徐々に機動力の落ちていった彼女はついに武蔵の砲撃をもらってしまったのだ。
「……ごめんなさい提督」
自身に出来る事が無くなりその場に崩れる。
(役割……きちんと果たせたのでしょうか……?)
彼女の不安はそれだけ。体の痛みなんてどうでも良かった。
そんな彼女へといつの間にやら入っていた無線から待ち望んだ声がかけられた。
『よく耐えた、これで終わりだ』
金剛たちの戦闘が始まってからも飛龍はずっと機を待ち続けていた。紫電で敵の艦攻を撃墜した後は機銃で敵空母を攻撃し中破まで追い込む事に成功する。けれども依然として友永隊の姿はなかった。
「提督、そろそろいいと思うよ」
『見つかってはいないな?』
「うん、みんな奮戦しているよ。榛名さんなんかあの武蔵さんに必死で食らいついてる」
『そうか……』
「自分で命令した事だけど無理はして欲しくないって感じ?悪いけどそれは無理だね。私たちは絶対に勝ちたいから」
『あちらの提督のせいか?』
「……あの人の言葉で私たちは今の提督の立場を思い出せた。あなたの実力を示すためにも結果を出さないといけなくなったわ」
『気にする必要は───』
「みんな証明したいのよ、あなたが私たちの提督にふさわしい人だってね。……指揮官には常に堂々としていて欲しい、自分たちの指揮官を周りに認めさせたい……そう思う事はいけませんか?」
『全部俺のためか』
「いいえ私たちの我が儘です。好きでやってる事ですからそれこそ気にする必要はありませんよ」
(それに……私たちが最も力を発揮出来るのはあなたのために戦っている時ですし)
『……本当に愛されてるんだな俺は』
「よかったですね。理解出来たのならば早く命令をくださいな、こっちはいつでも準備出来てますよ」
『分かった……飛龍、これはお前で始まりお前で終わる戦いだ』
「……」
『拠点を制圧されたら俺たちの敗北、敵の旗艦武蔵を倒せば俺たちの勝利だ』
「はい」
『そして今……』
「悪運の原因となる雪風は暁ちゃんたちが足止め、霧島と那智は金剛さんにかかりっきり」
『武蔵は』
「空母たちを無力化したので実質彼女を守る存在はもうありません」
『最後は任せた』
「了解、しっかり仕留めます」
(さて、出番よ友永隊!)
金剛が飛び出した島とは別の島から一本の矢が飛び出す。
「弓で発艦ってこういう時便利よね」
獲物目掛けて友永隊が飛び立つ。
「なかなか手こずったが無事に仕留められたな」
榛名の大破を確認し頷く武蔵。そんな彼女に突然かけられた悲鳴のような声。
「武蔵さん!」
「どうした鳳しょ……」
一体どこから現れたのだろうか。後ろへ振り返った武蔵が見たのは今まで姿が全く見えなかった敵の艦攻部隊だった。
鳳翔たちは執拗に機銃攻撃を受け機関部を損傷したため動けない。
ならば自分でなんとかするしかないと構える武蔵だったが、
「……はは」
自身の艤装を見て彼女は悟った。砲のほとんどが使い物にならなくなってしまっている。
(敵の艦攻はざっと20機以上……そして操っているのは鳳翔たちを降した空母だ)
自分を守る存在はおらず、全て撃ち落とすための弾幕も張れない。逃げ場も無く完全に詰んでいた。
「ずっとこの瞬間のためだけに隠れていたのか……」
友永隊はすでに海面スレスレを飛行し魚雷の投下準備に入っている。角度的に砲を当てる事は不可能。
もはやどうする事も出来ない状況……自分たちは最初から敵の手のひらの上で踊っていたのだろうか。
そしてこれだけの作戦指揮をあの青年がとっているという事実に驚く。間違いなく彼らは最高の───
(見事……!)
幾筋もの白い雷跡が標的へと走り炸裂。
轟音と共に武蔵は水柱に飲み込まれた。
ーーー武蔵大破。
くぅ~戦闘描写難しい!……文章力が欲しいっ!那智さんは生きていますのでご安心を。金剛さん的には手加減したらしいので……
始まりは飛龍で終わりも飛龍。
ゲームだと相手に与えたダメージ総量でMVPが決まりますけれど、この演習の場合MVPは榛名のような気がします。
今までで一番書くのが大変だった戦闘回でした。