時雨の活躍によって榛名たちとの距離をどんどん詰める皐月たちの前には、重巡洋艦の愛宕と高雄の2人が立ち塞がっていた。
「ごめんなさいね、あなたたちのこと嘗めてたわ」
「まさか、本当にあの横須賀第二支部の人なのかしら?」
「……そうだよ」
立ち塞がる2人を見ながら皐月が指示を出す。
「みんな、作戦通りに!」
夕立と電が同時にそれぞれ愛宕と高雄の足下を狙って砲撃し、大きな水柱を作り視界を遮る。水柱が収まったとき、すでに皐月と時雨の姿はなかった。
「……2人先に行かせましたか」
「あなたたちを倒してすぐに榛名たちと合流しなくちゃね」
「それは無理っぽい」
「な、なのです」
「無理……とはどういうことかしら?」
夕立は不敵な笑みを浮かべて愛宕と高雄に言う。
「ここであなたたちは仕留めるっぽい!」
「電の本気を見るのです!」
ーーーーーー
皐月と時雨はすでに榛名と陸奥の2人を視界に納めていた。空母たちの姿は見えない。皐月たちは砲弾を迎撃、避けながらその距離を詰めていった。皐月はまだ艤装としての刀を展開していない。
「皐月、そろそろ砲雷撃戦の距離に入るよ」
「うん。ボクは榛名さんの相手をするよ」
「……分かったよ。気を付けてね!」
2人はそれぞれの相手へと向かっていく。皐月は榛名の真っ正面に立った。
「皐月ちゃん……」
「榛名さん、勝負だよ」
榛名は皐月を見て言う。
「皐月ちゃん、降参してください」
「……急に何だい?」
「気付いているはずです。榛名たちは今回演習で実弾を使っています。……榛名は皐月ちゃんを沈めたくはありません」
「悪いけれどボクは退くつもりはないよ。中将を見返してやりたいからね」
「……どうしてもですか?」
「うん」
「横須賀第二支部の3人ならともかく、2週間前までロクな訓練も受けていなかった駆逐艦のあなたが戦艦の榛名に勝てると思っているのですか?」
「なんかすでに勝った気でいるみたいだけどボクは勝つためにここにいるんだ。確かに旗艦のボクをここで倒せば榛名さんたちの勝ちだけどボクたちにも同じことが言えるんだよっ!」
言い終わると同時に皐月は砲撃を開始する。榛名もこれを回避しながら撃ち返す。
「仕方ありません。榛名たちも負けるわけにはいかないんです!!」
砲弾が皐月の前後に着弾する。夾叉だ。だが、榛名が続けて撃とうとしたときにはすでに皐月はその場を離れていた。
(え、いつ移動したの?っ!砲弾が迫って!?)
「っ!」
ついに皐月の砲撃が榛名に命中する。だが榛名には効いている様子がない。戦艦の装甲はそれだけ堅い守りなのだ。
「そんなもので勝てると……!?」
魚雷群が榛名の目の前に迫っていた。皐月は榛名が被弾に気を取られた隙にこれを仕込んだのだ。榛名は慌てて回避しようとするが間に合わず、数本の魚雷が榛名に命中する。
「きゃあっ!?」
榛名は痛みをこらえつつ自身の状態を確認する。小破といったところだろう。戦闘に大きな影響はない。だが、榛名の心はそれ以上の衝撃を受けていた。
(これがあの皐月ちゃんなの!?動きに迷いがないし、私の砲撃に全く怯む様子が見えない!……それに何より)
「くっ!動きが速くて狙いが定まらない!」
皐月は砲撃と雷撃を織り交ぜて着実に榛名の装甲を削っていった。榛名も反撃するが皐月には一撃も当たらない。実際には至近弾などが何度かあり、皐月も無傷ではないのだが明らかに榛名の被害の方が大きい。
「こ…のおおっっ!」
「う……ぐぅっ!」
榛名の砲撃を必死で皐月は回避する。
「ま、また外れて……!」
榛名は次第に焦り始めていた。だが、皐月もまた焦っていた。
(くそっ!このままじゃ榛名さんを削りきる前にボクの弾薬が尽きる……!)
(どうにかして皐月ちゃんの動きを止めないと!でもどうすれば……そうだ!)
榛名は砲撃で皐月を牽制しながら一度距離をとると通信を繋げた。
「加賀さん、お願いがあります!」
ーーーーーー
愛宕と高雄の2人は窮地に立たされていた。
「ぽいっぽいっぽいぽーい」ドオンドオン
「うぐっ!」ガアアン
「ぐ、がああっ!?」ゴガアアッ
夕立の主砲が絶え間なく2人を襲っていた。
「あはっ!へばるのはまだ早いっぽい~!」
(な、なんなのこの子!?こんなの絶対駆逐艦じゃない!)
(これが〈悪夢〉……)
夕立は海面を
だが、
その答えが今、愛宕たちの目の前に広がっている。変幻自在に海面を駆け、跳ぶ夕立は動きが全く読めないのだ。さらに彼女の主砲は重巡洋艦である彼女たちの装甲にすら傷をつけていた。兵装の弱点部位を狙って執拗に撃たれる砲撃に、果ては魚雷を投げてくる上に艦娘としてありえない動きをする彼女はまさしく〈悪夢〉そのものであった。
「高雄!て、撤退しましょう!」
「っ!了解です!加賀さんたちに艦戦の機銃攻撃による援護を頼みま……!」
しかし、撤退しようとした2人は突如大きな水柱に呑み込まれる。魚雷が2人の足下で爆発したのだ。
「電の事、忘れてしまったのですか?」
ーーー愛宕、高雄の2名、大破。
ーーーーーー
皐月と榛名が戦闘を繰り広げている場所から少し離れた場所で時雨は戦艦陸奥の前に立ちはだかっていた。
「いい加減そこを退いてくれないかしら?」
「皐月の邪魔をさせるわけにはいかないよ」
戦闘が始まってからずっと涼しい顔を崩さない時雨に対し陸奥は苛立ちを募らせていた。時雨はまだ積極的に攻める様子が見られない。だが、攻撃をしてこないわけでもない。陸奥が皐月と方へ行こうとする素振りを見せるとそれを邪魔するように魚雷を撃ってくるのだ。
(ええい!あの皐月を倒せば私たちの勝利なのに!何なの……この子のこのプレッシャーは!)
(足止めは上手くいってる……今回の主役は皐月たちだ。彼女たちが存分に戦えるよう、僕は脇役に徹する)
チラリと皐月たちの方を見るとヒヤヒヤする展開だが皐月が榛名を押している。
(本当にとんでもない子だなぁ……ん?あれは艦載機?)
時雨の目が皐月に接近する艦載機の姿を捉えた。
(皐月は気付いてない!?今の彼女に榛名さんと艦載機を同時に相手する余裕はない!!)
「皐月っ!」
皐月の弾薬残量はすでに2割を切っていた。そんな皐月の耳に艦載機のエンジン音が聞こえてくる。
「……えっ?」
「そこですっ!」ドオン
「うわあっ!?」スッ
隙を突いて榛名が砲撃する。当たりそうになった砲撃を回避した皐月だったがそこには艦載機たちが待ち構えていた。機銃攻撃が皐月に襲いかかる。
(かわせない!)
とっさに兵装を盾にこれを防御したが、機銃と主砲が使い物にならなくなってしまった。
「うええっ!?」
再び艦載機による機銃攻撃が襲いかかる。今度は回避するが、そこへ榛名の砲撃が迫った。
「当たって!」ドオオン
すでに回避は間に合わない。
(獲った!)
榛名は勝利を確信しーーー
ギイイインッッ!!
「え……」
榛名の放った砲弾が
「危なかった……あれ?艦載機は?」
「僕が撃墜したから大丈夫だよ」
「……時雨?陸奥さんと戦ってたんじゃ?」
「あそこにいるよ」
いつの間にか近くに来ていた時雨が指し示す方向を見ると、口をポカンと開けている陸奥がいた。榛名の方は驚きすぎて思考を停止している。
「度肝を抜くことは出来たね」
「そりゃこんなの見せられたらね……相手の空母ももう気にする必要はないみたいだ。ほら、飛龍さんの友永隊だ」
艦攻部隊が時雨たちの頭上を飛んでいった。
「あとは……ボクが決着を着けるだけだ!」
皐月の言葉で陸奥と榛名の2人も我に返る。
「陸奥は僕が抑えておくから存分に戦うといいよ」
「ありがとう!」
皐月と時雨が同時に動き出す。陸奥の砲撃を時雨が撃ち落とし、皐月を守る。
(残っているのは魚雷1本と刀だけだ……夜戦の前に刀をメインの武器にして決めにいく!!)
ギリギリで砲弾をよけ、時に斬り払いながら皐月は榛名に接近していく。段々と右腕が痺れて刀を振ることが難しくなっていくが進み続ける。
(落ち着けボク。もうこれ以上砲弾を斬るのは難しいけれど相手の隙をよく見て接近するんだ)
接近する皐月を止めようと榛名は全ての砲門を皐月に向けて放つ。だが、皐月は榛名にどんどん近付いているはずなのに何故か当てることが出来ない。
(何なのですかこれは……!皐月ちゃんの方向転換のタイミングが全く読めない上に気が付くと別の場所にいる。……まるで部分的な瞬間移動をしているかのような……!?)
ついに皐月が榛名の懐に入る。
「はあっ!」
榛名が右手で突きを繰り出すが、皐月はこれを自身の体を右に傾けることで回避。続けて榛名の左拳が迫る。ここで皐月は突然魚雷を榛名へと放り投げた。一瞬硬直し反射的に体を横にしてこれをかわそうとした榛名の後ろに皐月が回りこむ。
「魚雷の安全装置を忘れたのかい!」
「っ!しまっ」
魚雷には安全装置というものがあり、水中を一定距離移動しないと起爆しないようになっている。夕立の特殊な魚雷と違って皐月のそれは普通の酸素魚雷だ。つまりただの鉄の棒、榛名はよける必要などなかったのだ。
回り込んだ皐月が榛名の背中の擬装を切り裂いた。
ーーー旗艦榛名の大破を確認。
この瞬間、佐世保鎮守府の勝利が決まった。
ーーーーーー
「認められるかこんな演習!」
こいつは何を言ってやがる?
「だいたい駆逐艦が戦艦の砲弾を刀で斬ったとはどういうことだ!砲弾を砲弾で撃ち落とす駆逐艦といい昼戦で戦艦と重巡を大破させたことといい、駆逐艦にそんなことができるわけがない!!言え!一体どんなインチキを使ったのだ!!」
演習に勝った俺たちだが、演習後の挨拶のために卑田中将と向かいあったらこの様だ。俺たちに負けたことがよほど信じられないらしい。俺は真面目な顔で言い返した。
「インチキなど使っていませんよ。正真正銘、彼女たちの実力です。駆逐艦はガラクタなどではありません、れっきとした戦力なのですよ」
「ぐ、うう!!私は認めんぞ!!」
「そういえばインチキではありませんが……中将は今回の演習で実弾を艦娘に使わせていたそうですね」
「……何の事かね?」
「いえいえ、よっぽど俺を叩き潰したかったのだろうなーと。逆に俺にコテンパンにやられましたけどね。はっ!」
俺は嫌みたらしく笑ってやった。こんな奴に払う敬意なんてなくていい。こんな奴の下で働く艦娘が可哀想だ。
「貴様ァ!!」
「よし、みんなお疲れ様だ。帰るぞ!」
「これからただで済むと思うなよ!!」
去り際、卑田中将を見る者は1人もいなかった。
ーーーーーー
飯野少佐たちが立ち去った後、榛名は卑田中将と執務室の隣にある部屋に来ていました。この部屋は提督が艦娘に罰を与えるための部屋です。今回最初に罰せられるのは榛名なのでしょう……
「で?私にこんな大恥をかかせておいて覚悟は出来ているんだろうな」
卑田中将が榛名を忌々しげに睨み付けてきます。どうやら今回、中将の怒りの矛先は榛名へと向けられてしまったようです。弁解したいのに震えて声がうまく出ません。
「し、しかし、あ、相手はあの横須賀のーーーーーー」
「貴様が戦ったのはこの鎮守府にいたガラクタではないか!!」
「ひっ……」
卑田中将は机を力任せに叩くと叫びました。彼の言う通り、榛名は皐月ちゃんに負けました。弁解の余地はもうないのでしょう……
「貴様はもういらん。ここで慰みものにして、貴様は慰安婦の館へ送ってやる!」
「ひっ!?い、いや……やめて!やめてください!来ないで!!」
卑田中将が榛名に近付き、榛名の服を強引に剥ぎ取ろうとします。抵抗したいのに怖くて体が動きません。
(ああ、榛名の純潔はここで汚されてしまうのでしょうか……?)
たとえ夢物語だとしてもいつかこんな榛名を愛してくれる男の人と素敵な出会いをして恋をしてみたい……それが今日この日までの榛名の夢でした。
「このっ!抵抗するな!!」
体がうまく動きません。
(いや……嫌!!こんな人に榛名の純潔を捧げたくない!!)
「嫌ああああああぁぁっっ!!」
とうとう服を剥ぎ取られ、中将が榛名に馬乗りしました。どんなに泣いても謝っても中将は退いてくれません
「やかましい!!兵器が騒ぐなっ!!」
「お邪魔するぞ」
突然、この場にいるはずのない人の声が聞こえました。
「なっ!?貴様が何故ここに!!」
「忘れ物をしたんでね」
「忘れ物だと!?」
「ああ、忘れ物だよっ!!」グッ
そう言うとその人は一瞬の踏み込みで中将に近付き、右拳によるストレートを中将の顔面に叩き込みました。中将が榛名の上から吹き飛び、鈍い音とともに壁に激突しました。
「が、ああああああっっっっ!?」
いつの間にか彼は榛名を守るように立っていました。そして言います。
「それと艦娘は兵器じゃない。ちょっと変わった人間だ」
「ごろじてやるっっ!!」
卑田中将は拳銃を引き抜き彼に向けました。
「だ、駄目です。にげっ……」
中将が引き金に指をかけたその時
「そこまでだ!!」
ハッとするような鋭い声が辺りに響きました。
卑田中将は痛みを忘れて目を見開き、彼も驚いて声の主を見ていました。そこにいたのは2人の憲兵を引き連れた元帥でした。
「事は全て見ていた。演習に許可なく実弾を用いたことも普段から艦娘を酷使し暴行を加えたことも確認済みじゃ。今の性暴行の現場も撮影してあるぞ。まったく、艦娘が上官に逆らえないのをいい事に……」
「げ、元帥殿が何故ここに……?」
「君を処罰するためじゃよ。……連れていけ」
「何!?は、離せ!離さんか!!」
憲兵たちが卑田中将を連れて出ていきました。
「……いたのかよ」
「もとからこうするつもりじゃったよ。これで奴は解任じゃ」
「はあ……教えてくれても良かったんじゃねえか?」
「ほっほ、最近忙しくしておるようじゃったのでの。というか儂が来なかったら大問題になっとったぞ?」
「ムカムカして殴った。反省はしていない」
「まったく……それでは儂はこれで失礼するよ」
去り際に榛名に一瞬目をやると、何故か彼と親しげに話していた元帥も退室し、部屋には彼と榛名だけになりました。
「……悪かったな。もっと早く助けに来なくて」
いきなり彼は謝ってきました。
「い、いえ……」
先ほどから何故か彼は榛名の方を見てくれません。
「あ、あの、どうしてこちらを見てくれないんですか?」
すると彼は頬をかきながら言いました。
「い、いやお前のような美しい大和撫子の裸を見るのは慣れていなくてね……」
「美しい……?榛名がですか?」
そのように言われたのは初めてです。
「ああ、お前は美しいよ」
「……こちらを向いていただけませんか?」
「……」
彼は目に優しさをたたえた穏やかな顔をしていました。
「本当に榛名は美しいのですか?」
「ああ、お前は美しいし最高に可愛いぞ」
彼は榛名を見てニッコリと笑って抱き締めてきました。じんわりとした暖かさが体中に広がり気が付くと榛名は泣いていました。
「もう大丈夫だ……今までよく頑張ったな」
彼はずっと榛名の背中を優しくさすってくれていました。先ほどから胸の奥がトクントクンと変な感じがします。心臓もバクバクいってるし、彼に聞こえているかも知れないと思うと途端に恥ずかしくなりました。そっと彼の様子をうかがうと彼と目が合いました。きっと今、榛名の顔は茹で蛸のように真っ赤になっているでしょう。
「……お前さえ良ければうちに来るか?復旧中だから色々とボロボロだけど、それでもいいっていうんなら」
「いいんですか?」
この人を見ているとドキドキします……
「拒む理由がないよ」
「……お願いします」
「ああ、ようこそ佐世保鎮守府へ」
ああ、榛名は初めて恋をしました……
榛名の時報は本当に好きです。