DRAGONQUEST~戦いの軌跡~   作:アズマオウ

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先ずは記念すべき第一作のラスボス、竜王です。


DRAGONQUEST:竜王戦

「勇者よ。もし、ワシの味方になれば世界の半分を、貴様にやろう。どうじゃ? ワシの味方になるか?」

 

 

 禍々しい気を全身に纏わせながら、この世界の支配を目論む竜王は、静かに問う。その笑みは、表面だけではただの紳士らしいという印象を与えるが、その本性は、とても醜い。時折見せる、口端をきゅっと釣り上げる癖がそれを現している。世界の悪の象徴を前にしている勇者は、何も言わず、腰に納められている剣を抜き払う。

「……それが答えか。本当に、いいのだな?」

 竜王は笑みを掻き消し、低い声で問い直す。勇者は竜王の瞳を見つめ、足を踏み出し、剣先を竜王へと突き出す。遥か昔に世界を救った勇者ロトの使った、あらゆる闇を払う伝説の剣を抜いた。それだけで、勇者の意思は示された。

「お前の配下にはならない。俺が世界を救うんだ」

 勇者の放つ一言で、竜王ははぁと溜め息をつく。そして、獲物を狙う蛇のごとく目を据わらせ、睨む。

「……よかろう」

 細長い手を伸ばし、傍に掛けてある、龍の装飾が施された杖を手に取る。そして、玉座から立ち上がり、勇者を見つめる。 

(ーーっ)

 勇者はぞくりと背筋が凍るのを感じた。竜王の視線は、これまでに剣で屠ってきた魔物とは明らかに違った。王の娘のローラ姫を軟禁していたドラゴンも威厳のある、そして冷徹な視線を送っていた。ガライの町にいたあくまのきしも、鎧の奥の瞳に潜む邪な心を余すところ無く晒していた。

 だが、今回はそれとは別の次元だった。何と評せばいいのだろう。世界中の悪という悪を全て合わせ、融合した姿がこの魔物という感じだろう。全てを喰らい尽くし、闇に染めることのみを己の欲とせん。そう言っているとしか思えない。

 勇者は己の心に浮き上がる恐怖を払うべく、右手に持つロトの剣に力を入れる。ここで引いてどうする。俺は世界を救うべくここに来た。もう俺に残された道は、戦うこと。そして、世界を救うことだ。

 竜王は玉座を降り立ち、コツコツと音を鳴らしながら勇者へと歩み寄る。勇者の剣の間合いには入らない程度の距離まで迫ると、竜王も杖を構えた。

 そしてーー

「愚か者め。思い知るがよい!!!!」

 竜王は杖を上空に掲げると、先端が禍々しく光った。余りの眩しさに思わず盾を持つ左腕で庇う。が、それがいけなかった。竜王は杖をこちらに向けて、うねる炎を放ったのだ。 

「ーーっ!」

 庇う腕の隙間から見えた、紅い炎の蛇が牙を向いて襲いかかる。勇者は炎を見据え、みかがみのたてで炎を殴った。水の加護を受けたこの盾の前では、炎など恐れることはない。炎は怯んだように動きを止め、空しく蒸気と化して消えていく。

 それを見て、竜王はニヤリと嗜虐的な笑みを見せた。

「やるではないか、勇者。だが、それで得意気になってもらっては困る。わしの力はまだまだこんなものではないぞ?」

「なら見せてみろ。俺はそれを越えて、世界を救ってみせる。いくぞ、竜王!」

「来い、勇者! 貴様を亡き者にしてやる!」

 勇者は地面を蹴り上げ、竜王へと斬りかかる。上段から襲い掛かる刃が竜王を捉えるが、難なく杖で弾かれた。弾き返され、隙の出来た勇者に竜王は胴へ狙いを定めた。だが、勇者は負けじと盾で防ぐ。

「せあッッ!!」

 反撃に転じるべく、勇者は足を踏み込んで横へ剣を薙いだ。切っ先が竜王の喉元を掠めかけ、顔を歪ませる。竜王はさっと杖を突きつけると、赤い球状のものを先のほうに出現させた。

「小癪な、ベギラマ!!」

 炎の魔法呪文、ベギラマを唱えた竜王は勢いよく勇者に炎の螺旋を放った。勇者はとっさに後ろへと地面を蹴り間合いを取る。が、弾丸のごとく真っ直ぐ解き放たれた炎は勇者を逃さない。それを悟った勇者は盾を掲げて身を守った。

 しかしーー

「フハハハハ! 後ろはもらったぞ!」

「なにっ!?」

 勇者が後ろを振り向くと、竜王の杖が頭上へと振り下ろされていくのが見えた。勇者はなんとか竜王の一撃を防ぐべく盾を構えたが、とてもそんな時間はなく兜に当たってしまう。

「がっ……!!」

 衝撃で脳が揺れるのを感じ、気持ち悪さを覚えながらもどうにか距離をとるべくよろよろと必死に後ろへと下がる。

 だが、竜王は勇者に出来た隙を逃さず、胴めがけて杖を振る。無論躱す余裕もなく、その一撃をもろに喰らってしまう。竜王の重い一撃を何発も受け続け、意識がもうろうとし始める中、勇者は打開策を考え続けた。

(ダメだっ……! このままでは……! こうなったらッ……)

 勇者は、ニタリと嘲る竜王の顔をキッと睨みながら、さっと左手を翳す。追撃せんとした竜王の表情が変化したその数瞬の間、両者の間の空間が燃え上がった。

 竜王は突如現れた炎から身を守るべく、攻撃を諦めて杖を横にする。怒り狂う炎は竜王に噛みつくように迫るも、竜王の防御により打ち消された。

 勇者は、上級回復魔法、ベホイミを唱えるべく魔力を集中させて、左手をそっと胸にあてる。するとふわっと温かい感触が痛覚を消し、体が軽くなっていくのを感じた。

「……意趣返しというわけか」

「これくらいの呪文は人間でも使えるさ」

「ふん、いい気になりおって!」

 竜王は杖を強く握りしめ、勇者へと向ける。すると、禍々しい色の線が螺旋を描いて勇者を包み始める。

「こ、これは……!」

「それは封印魔法、マホトーン。魔力を封じ、魔法を使えなくするのだ」

「なるほどな……」

「これで貴様は何もできまい。ベギラマも、ベホイミもな」

 勝ち誇るように口元を釣り上げる竜王。だが、彼には一つ誤算があった。それを知っている勇者には、この行動が滑稽にしか見えず、喉の底から、笑いがこみ上げる。

「フフッ……それはどうかな」

「……何?」

 勇者は不敵な笑みを浮かべつつ、禍々しい渦に笑う。竜王の表情が怪訝なものに変わり、魔力が勇者を締め上げる。だが――まるでガラスの破片の如く、勇者を囲う魔の渦は粉々に砕け散った。

「なんだとっ!?」

「俺には効かないのさ。ロトのよろいを付けた、勇者だからな」

「よろいにそんな効果があるのか……!」

「覚悟はいいなっ!」

 魔法を放った後に、隙を見せる。それはどんな魔物でも同じだ。勇者は躊躇なく竜王へと迫り、剣を真っ直ぐ突き入れる。銀の光が閃いたと思うと、竜王の小柄な体はあっという間に貫かれてしまう。

「ぐはぁっ!? くそっ……」

 竜王は喉から赤い液体を吐き出し、険しい表情で勇者を睨む。痛みに耐え、死から逃れようとしているのだろうが、もう遅い。勇者の剣は、心臓を貫いている。

「終わりだ。今楽にしてやるぞ」

 勇者はそういうと手首をぐっと右に180度回し、体を引き裂こうと力を入れる――

「くっくっく……これで終わりだと思ったか。だが、それは間違いだぞ」

 竜王の掠れた声が、鼓膜に届く。勇者が声をあげたその刹那。

 竜王は、にっと嗤った。

「――ッ!?」

 余りに竜王の笑みが、邪悪に満ちていたため、勇者の背筋に冷感が走った。殺意の死神が牙を磨いでこちらを見ているような、そんな風に見えた。

 早くとどめを刺さなければ。さもなくば――

 勇者は衝動にかられ、剣に力を入れる。しかし、もう遅かった。

「はぁっっ!!」

 竜王の体が禍々しい妖気に覆われ始める。勇者は突き入れる剣を押し出すも、なかなか奴の体の中を進まない。勇者は毒づきながらも懸命に力を入れるも、無駄な行為であることに変わりはなかった。竜王の体は次第に膨張を始め、ローブもはち切れる。死にかけの表情も、生き生きと蘇り始める。そして、地面も揺れ始め、奴の頭は天井をも突き破った。奴は、巨大化でもするつもりなのだろうか。勇者は剣を引き抜かざるを得ず、徐々に大きくなる竜王を見上げながら、戦慄を隠せなかった。

 しかし――その予想をはるかに凌駕する事態が起こる。

 竜王の裸の皮膚を、鱗が覆い始めていく。いや、鱗が生まれ始めている。それだけではない。奴の顎も前に伸び、強靭な歯が生えていく。手も足も、それまでよりも何倍も太くなり、背からは翼が飛び出した。奴は――竜になったのだ。それも、世界最強の、竜に。

「な……なんてことだ……」

「フハハハハ!! これが我の真の姿だ!」

 これが、彼が竜王たる所以。魔導士であった彼の姿は仮の者だった。紫の皮膚に強靭な顎、あらゆる攻撃を防ぐ鱗と、全てを下す邪悪な瞳。

 奴の姿だけで並の者は震え上がり、あっという間に奴に破壊される。勇者も、正直震えを隠せるか自信がない。少しでも気を抜けば、力が抜けてしまうだろう。

「くっ……」

 勇者は剣を握りしめ、己の弱った心に鞭を入れる。臆するな。俺は勇者。世界を救う使命を受けた、ロトの末裔だ。この剣と、鎧、兜があれば勝てないものはない。たとえ相手が、世界最強のドラゴンだとしても。

「ほう……この姿を見てもひるまないとはな。流石は勇者というべきか」

「当たり前だ……俺はおまえを倒す!」

 勇者は血を蹴って、竜王へと駆ける。奴の強靭な腕を躱しつつ、零距離まで迫って剣をふるう。大型の敵に対しては有効な戦術だ。

 だが――竜王は顎をわずかに開いて、息を吸い込んだ。勇者は、わずかな空気の流れを感じ取り、とっさに竜王を見上げる。直後、竜王の顎から灼熱の炎が放たれた。

「――!!」

 勇者は立ち止まり、盾を頭上に掲げる。勇者は踏ん張って盾でそれを防ぐも、完全には熱を遮断できず、チリチリと露出している肌が痛む。明らかに、さっきの竜王のベギラマとは格が違う。

「くくく……もう一発だ」

「なにっ!?」

 竜王は再び息を吸い込み、炎を吐く。もう一度受けるのは厳しい。かといって、もう避ける余裕もない。結果勇者は再び盾を構えるしかなかった。空を焦がす炎が唸りをあげて盾を燃やし、勇者は息を乱す。

「ハハハッ!! これで終わりだ、勇者!!」

「くっ……ベホイミ!」

 勇者は自身の体力を回復させ、何とか持ちこたえる態勢をとる。しかし、状況は変わらない。大きく傷を受ける盾であの強大な威力を誇る炎をいつまで防げるか、それは時間の問題だ。それに魔力の限界もある。

(変えなくては……この状況を……)

 劫火に包まれながらも勇者は頭を働かせる。どうすればこの状況を打開できる。特攻か? それとも退避して隙を伺うのか?

「ガァッ!!!!」

 炎を吐き終えた竜王は、腕を振りかぶり、盾めがけて思いきり薙ぐ。炎の猛攻が終わり、握力を緩めていたその隙を狙われた。気づいたときにはもう遅く、鈍い音と共に手から離れていった。

「これで防ぐものはなくなったな。最高の炎で、あの世に送ってやろう!」

「くそっ……!」

 竜王はまたも顎を開き、口腔を赤く染める。もはや盾を回収して防ぐ時間もない。あの炎をもろに喰らってしまっては、いくら伝説の鎧であろうとも耐えられるか、分からない。

「死ね! 勇者ァ!!」

「ーーッ!!!!」

 竜王は、大きく口を広げ、轟音と共に炎を吹いた。まるで嵐のようだ。炎の強風でも吹き荒れているのではと思うほどに。紅い濁流が勇者を飲み込まんと迫る。勇者は瞳を閉じ、身を庇うように剣を横に構える。

 だが、盾もない勇者に、防げるわけもなく。灼熱の炎に身を呑まれ、尋常じゃない熱をその身に受けてしまった。地面を何度も転げまわり、地面で無様に悶えている。

「ククク……」

 竜王は地響きを鳴らしながらこちらへと歩み寄る。そして、勇者の体を大きな影が覆った。真上を見ると、そこには竜王の足が見えた。そして、勢いよく竜王の足が視界をすごい勢いで埋め尽くす。

「――ッ!」

 勇者はどうにか横に体を転がして間一髪で逃れるも、回復しきれていない体であるので息が乱れ始める。勇者はすぐにベホイミで癒そうと手をかざすが――

「――ガッ!?」

 突如、勇者の兜に衝撃が走り、右後方へと吹っ飛ばされる。受け身も満足に取れず、衝撃が体にじんじんと残る。微かに開く視界には、ゆらゆらと揺れる巨大なしっぽが映った。あれで殴られたのだろう。

 勇者は腕に力を込めて立ち上がろうとする。しかし、ふいに力が抜け、崩れ落ちた。

(や、やばい……もう体力がない……)

 竜王は邪悪な笑みを向け、高らかに唸ると大きく口を開けた。今度こそ勇者を焼き殺すのだろう。

「フハハハハハハハ!!」

 ……俺は、死ぬのか? ここで終わるのか?

 聞くまでもないな。ここで終わるんだ。ベホイミで回復する隙も無いんだ。避ける力もない。

 死んだら、どうなるんだ? 俺は、どこに行くんだ? みんなは、世界は、どうなるんだろうか?

 ……考えるまでもない。全て、終わるんだ。奴の闇で染まるんだ。このアレフガルドも、人々も、王様も、俺も。そして――ローラも。

 

「――ッ」

 

 俺が救いだし、恋に落ち、宿で愛を育んだたった一人の女性。その人が、竜王の手に落ちる。竜王の傷物にされ、奴隷として扱われる。俺が負けることで、彼女は――

 何かが湧き上がってくる。沈み込んだものが、再び戻ってくる。それはやがて体中を駆け巡り、神経に生を与える。地面を引っ搔き、拳を握りしめる。そして、ゆっくりと体を起こすべく、背に、腕に、全身に力を込める。

 奴に彼女を渡してたまるか。傷つけさせるものか。彼女は、俺が……守るんだ!

 

「死ねぇッッ!!」

 

「――!!!!」

 

 勇者は、息継ぎをするようにばっと顔をあげ、吐き出す竜王の炎を視界に受け入れる。ゴウッと唸りをあげて襲い掛かる炎を睨み、咆哮しながら、足で地面を思い切り蹴り上げた。炎は勇者を食い殺さんとまっすぐ牙を向ける。炎の先端が勇者の頬をかすめるその直前――勇者は思い切り横へと飛んだ。一メートルも離れていない地面に左足で着地する瞬間、バネのごとく竜王へと飛び掛かった。

「……わしの炎を至近距離で躱すとは。だが、懐には潜らせぬぞ! はぁっ!」

 竜王は再び口を開いて、小さな炎を何発も放った。しかし勇者はその軌道を読み切り、全て躱し、あるいは鎧で守られた腕で防いでいく。勢いよく迫る勇者に流石の竜王も表情を厳しくさせた。

「ちっ……ならば!」

 竜王は翼をばっと広げ、一度はばたかせると、勇者目がけて飛び出した。接近戦に持ち込んで、勇者を封殺するつもりなのだろう。

 だが、歴戦の勇者は竜王の行動をみて、ふっと笑った。竜王のとった行動が、あまりに愚かだと感じたからだ。巨大な敵が持つ利点は、その攻撃範囲の広さと絶大な攻撃力にある。しかし、少ないが致命的な弱点を抱えている。小回りが利かないことと――零距離に潜られたら何もできないことだ。きっと竜王とて冷静に考えればわかることだ。しかし、勇者を殺せない焦りから、こうした攻撃をしてしまうのだろう。

 竜王は短く大きな手を振り上げ、勇者をつかもうとする。しかし、その手はただ虚しく空を握るだけ。勇者の体はすでに竜王の腕の横へと、滑り込んでいた。そして勇者は、竜王の腕を叩き斬った。

「グハァッ!!?」

 血が噴き出し、悶える竜王だが、勇者は手を緩めない。無防備な腹へ連続斬撃を浴びせ、じわじわと竜王の体力を削っていく。

「クソッ!!」

 竜王は翼を大きく動かして距離をとるべく大きく飛ぶ。だが、傷ついているのか、高度も距離もそれほどではない。勇者は左手に魔力を込め、竜王の翼へと炎の波を放ち、竜王の翼を焦がした。悲鳴をあげながら落下する竜王に、全速力で迫る。

「ぐ……グゥ……!!」

 竜王は呻きながらもなんとか起き上がろうと全身に力を入れる。しかし――ふと目を開けた先には、こちらに向かって飛び上がる勇者の姿が映った。

 竜王はギッを睨み付けて、息を思い切り吸い込む。そして、灼熱の炎を吐き出した。勇者は再び、魔力を放出し、迎え撃った。両者のエネルギーは宙でぶつかって爆発し、すさまじい砂塵を、噴煙を巻き起こす。竜王の視界はふさがれ、何も見えない。竜王は目を凝らし、勇者を探す。

 ――だが、遅かった。

 竜王が、きらりと光るものを見つけた時、煙に包まれた空間を打ち破り、勇者が姿を現した。切っ先は、竜王の喉元を狙っている。もう竜王まで5メートルもない。

(何故だ!? 奴とて煙に包まれて見えなかったはずだ……! なぜ――)

 勇者はまっすぐと剣を突き出した。銀色の軌跡が竜王を貫かんとする。竜王はもはや為すすべも無く――刃の侵入を許してしまった。

「グルルゥゥォオオオオ!!」

 息が、できない。喉が圧迫され、なにも通らない。全身が締め付けられている。何も動けない。何もできない。できるのはただ、苦しみを和らげるように呻くことだけ。

 じだばたと暴れまわり、揺れ動く視界もだんだんと黒みを帯びていく。ああ、我は死ぬのか。人間に負けて、死ぬのだろうか。

 瞳は徐々に閉じられ、全てを闇でおおわれていく。そして、沈むのを待つだけだ。もう、光など、なにも――

 

(ん……?)

 

 何かが、差し込んでいた。まるで固く閉ざされた扉の隙間に針を通すような、それほどまでに小さなものだ。けれども、確かに感じる。竜王は、死神の手から必死に抗い、視界にそれを取り入れる。

(あ、あれは……?)

 淡い、光。その光源は、青い鎧を纏った男の首。小さな、金の輪が揺れている。

(ゆうしゃの……首……?)

 竜王は、最期の力を振り絞り眼を凝らす。ぼやけた視界に映し出される、金の光。そのなかでも、輪の中心が最も光り輝いている。しかも、何かが描かれているようだ。そしてその何かは、ゆらりと動き、何かを形作る。そしてーーそれは微笑んだ。

(……!? ま、まさか……)

 落ちていく意識が見せた錯覚だろうか。走馬灯が見せた幻覚だろうか。だけど竜王はたしかに感じた。光が形作ったものが、こちらに慈愛を向けたのを。

 

 光は竜王に語り掛ける。かつて自身が、聖なる光をまとい、世界を導いた竜であったことを。

 

 竜王はただひたすら求めた。光をつかもうと懸命にもがく。そのたびに、鉄の塊が中に食い込んでくるのを感じるが気にせずに手を伸ばす。長く伸びた爪が、零れ落ちる光の粒子へと触れた。

 ーーその瞬間。

 竜王の視界は、白く光輝いた。白い海に飛び込むかのように、体が徐々に沈み込む。息も苦しい。でも、どこか暖かい。

 

(よき……人生で、あった……)

 

 竜王は、そっと瞳を閉じ、全てを解き放った。魂も、肉体も、何もかも。

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 勇者は、剣を突き立てられた竜王の体が、光の粒子となって消えていくのを息を切らせながらも見ていた。天へと消えていった竜王の欠片はもう一つもなくなっており、文字通り消滅した。

 勇者はボロボロに傷ついた剣を鞘にしまい、自身の体力を回復させる。そのあと、勇者は竜王が消えた場所を見つめ続けていた。

(そういえば、あいつの死に際の顔……)

 勇者が喉元を突き刺し、息の根を止めたあの瞬間。竜王はどこか、嬉しそうだった気がした。あのおぞましい竜の姿だけど、なぜか人間のように、豊かだったようだった。

(あいつは世界を破滅に追い込みかけた元凶だ。だけど……)

 勇者は、背に掛けた剣を鞘ごと外し、ぽいっと落とした。ちょうど、竜王が息絶えたその場所に。

「墓標代わりだ。今度生まれ変わったら、いい奴になってくれ」

 勇者はその場で膝まづくと手を合わせて祈る。世界の敵とも言える存在を、こうして弔ってると知られたら勇者として立つ瀬が無くなるのは分かっている。でも、竜王の強さ、威厳に勇者は心を打たれたかもしれない。だからこんな、暴挙とも言える行動に走ったのだろう。

 瞳を開け、スッと立ち上がり一息つくと勇者は、竜王が奪っていったひかりのたまを取り出し、それを掲げた。

 すると、視界がすぐさま白に染められていく。竜王の城にさ迷っていた魔物の姿も、気配も消え去り、瘴気は光の中へと溶けていった。

 光を放出し終えた玉は、静かにくだけ散った。それを淡々と確認すると、勇者は静かに城を後にした。

 無惨に傷付いた城を出ると、勇者ははっと驚く景色に息を呑んだ。

 世界が、緑を取り戻している。城に入る前はひび割れ、植物も枯れてしまっている大地だったのが、今では青々とした草木や花が生き生きとしている。これも、魔の根元がひかりのたまによって消え去ったからだろう。勇者は、清潔な空気を思いきり鼻に吸い込んだ。きっと、今ごろ世界中の皆が、この清々しい空気を味わって、そして喜び合っているのだろう。

「……それもこれも、君のお陰だな」

 勇者は、胸元に下げてあるペンダントを手に持ち、微笑み掛けた。ペンダントは、言葉に呼応するように金色に光輝く。そして、ペンダントの輪の中にある方位針がピント、ある方向を指した。針の指す場所はーーラタドーム城だ。

 勇者は転移呪文ルーラを唱え、すぐにラタドームへとたどり着くと、忽ち称賛と喝采の声が飛び交った。兵士や国民の喜ぶ顔を見て思わず顔が綻んでくる。そのまま勇者は玉座まで進み、この国の王、ラルス16世の前で膝まついた。王はほくほくと顔を上気させ、勇者を労う。

 

「おおっ、勇者よ。すべては古い言い伝えのままであった! すなわちそなたはロトの血を引くものだ!」

「お褒めに預かり、恐縮です」

「素晴らしい働きだった! そなたこそ、この世界を納めるにふさわしいお方じゃ! 早速、そなたをこの国の王にーー」

 だが、勇者は決めていた。

 

「いいえ、私が治める国があるのなら、それは自分で探したいのです」

 

 周りの兵士がざわつき、勇者の言動に困惑を示すものもいた。王になれると言うのに、それを蹴るという暴挙を普通は犯さない。

 王はひとまず騒がしくしている人々を静め、再び勇者に問う。

「本当によいのか? 勇者よ」

「はい」

「……わかった。他ならぬ勇者の決めたことだ。あえて何も言わぬ。行くがよい」

「分かりました。ですが最後にひとつお願いがございます」

「なんじゃ? 何でも言うがいい」

「最後に、ローラ姫と少しだけ話をーー」

「お待ちください! 勇者様!」

 

 させてくださいと、続けようとしたところ、可愛らしい女性の声が響いた。王座の奥にある階段をかけ降りた姫が、はぁはぁと息を乱して勇者へと駆け寄る。

「ローラ……いや、姫様。どうしたのですか?」

「はぁ……はぁ……勇者様。どうか、その旅に私も連れていってくださいませんか?」

「えっ……?」

 ローラは顔を赤くさせながらこちらに頼み込んでくる。だけれども……

「だ、ダメですよ!」

「そんな、ひどい……」

「ひ、ひどいといわれても……危険ですし、それにまだ王にも何も……」

 ローラをつれていくのは誤算だった。一人で旅立つつもりだったのだが……。

「全て嘘だったのですか? あの宿で過ごした甘い夜は、ただの遊びだったんですか!?」

「お、おいっ!?」

「な、なんですと勇者殿……!?」

 再びざわついてしまった。しかもさっきよりもすごいことになっている。まさか彼女との《おたのしみ》のことを実の父親にばらすなんて思いもしなかった。ローラはというとぽっと顔を赤らめているだけ。完全にしてやられた。

(……まあ、いいか)

 勇者はふっと小さく笑うと、ローラの手を掴んだ。

「えっ……?」

「仕方ありません。私は彼女をつれていくことにしました。つきましては、ラルス王、いえ……お父様、大事な王女様を私にくださいませんか? お願いします!」

「お願いします、お父様!」

 二人して頭を下げる勇者とローラに、王が首を横に振れるはずもなかった。まあ、世界を救った勇者ならば文句はないのも事実というのもある。

「あいわかった。ローラよ。勇者殿との結婚を許そう。そして共に旅立つがよい!!」

「ありがとうございます! お父様!」

「わっはっは! さあ、今夜は宴と、結婚式じゃ!急ぎ執り行え!」

 部下たちが一斉に返事をすると、忽ち城のなかを駆け回り始めた。しかし、みんな嬉しそうだった。魔物に襲われたときの慌てようとは大違いだ。勇者は思わず、ローラの横で顔が綻んでいった。

 大急ぎで準備された宴で久し振りにご馳走を頂き、冒険の話を皆に話した。姫を幽閉したドラゴンに苦戦しつつも倒したこと、そのあとの強敵に殺されかけたが生き延びて倒したこと、そしてーー宿敵竜王との、戦いの話を。

 そしてその勢いで結婚式が行われた。指輪も何もないけどそれでもよかった。世界が一番幸せなこの瞬間で、勇者が好きな人と結ばれたのだから。そっと誓いの口づけを交わすと歓声が響き渡った。

 その後も料理や酒が振る舞われ、皆が騒ぎ躍り狂った夜は、あっという間に過ぎ去った。

 そして――次の朝。勇者とローラは同じベッドで起き上がり、着替えた後、手を繋いでラダトーム城の門下へと向かった。

「……もう一度聞くよ? 本当に、いいのかい?」

「もう、前もいいましたよ! 私はいきます! 勇者様と共に!」

「そうか……ありがとう」

「ふふ……では、私からも質問させてください」

「いいよ」

「どうして勇者様は、この国の王にならなかったのですか?」

 来ると思った。そういわんばかりに勇者は不適に笑う。

「俺を、恐れると思うからだ」

「恐れる……ですか?」

 ローラは皆目検討のつかないというように首をかしげる。

「考えてもみろ。俺は竜王を倒し、世界最強の存在になった。だけどそれは、逆に言えば、誰も俺に逆らえないという考えが生まれることになる」

「……?」

 なおもわからないローラに勇者はそうだなと呟き、説明するべく話を練る。

「例えば俺が王になってある政策を実行するとする。しかしそれは民衆にとっては不満でしかない。だけど相手は世界最強の男だから逆らったら良いことはない。だから民衆にはいつしか恐怖が植え付けられるんだ」

「でも、勇者様にはみんな感謝していますし、そんな風には思わないんじゃないんですか?」

「それは一時だけだ。だんだん平和に慣れてくれば俺の独裁とも言える政治に不満を持つ人は必ず現れる。そしてそれらが群れをなしたらいくら俺でも勝ち目はない」

「では、民主制というのを導入したらいかがでしょうか? 書物で読んだのですが、有権者で議会を開き、国民の意見を取り入れながらその内容で政策を決めていくというものですが」

 だが、勇者はまたも首を振る。

「いや、それも駄目だろう。まず俺以外の有権者もいないだろうし、出世を狙って絶対に俺に媚を売って俺と同意見にするものも現れる。民主制というのは、同等の力を持っているもの同士で始めて成立するんだよ」

「……」

「だから、俺のことを知らないところで国を作って、そこで暮らしたいんだ。勇者としての俺ではなく、新興国家の王としての、俺として」

 勇者は、首を上にあげ、空を見上げる。白い鳥が二匹、優雅に空を羽ばたいている。勇者の視線は、その二匹を追うようだった。

「俺は、自分の力で、意思で人生を切り開きたい。だから、そう決めたんだ。君を最初に拒んだのは、誰も俺の事を知らない世界に行きたかったからだ」

「そんな……私……」

 ローラは悲しそうに顔を俯かせる。だけど勇者はふっと微笑んで、頭に手をポンと置いて撫でた。

「心配しなくていい。君なら、構わない。俺と一緒に、来てほしい」

 勇者のその一言で、ローラはぱっと顔を輝かせた。

「分かりました、勇者様。ローラはどこまでも、勇者様についていきます」

「ああ、ありがとう」

 勇者はローラの手を握りしめる。ローラもまたしっかりと勇者の手を握る。

「さぁ、いこう」

「ええ……」

 二人は、まだ見ぬ大地へと歩き始めた。そして、新たに訪れた新天地の名前をローレシアと名付け、勇者の政治力と腕力、ローラ姫の教養の高さを生かして国家を築き、二人の間に生まれた三人の子供をローレシアの他に、サマルトリア、そしてムーンブルクという国に分けて繁栄させた。

 竜王をたった一人で倒した勇者の伝説は百年の時を隔てても語り継がれた。

 そして、新たな伝説が始まろうとしていた――

 




ドラクエ11の真エンディングからですね。
またバトルだけでなく独自解釈を交えたエンディングも書いていくつもりです。

さて、今回のエンディングは、勇者の有り余る力に対する畏怖と恐怖を恐れて勇者は旅立ったとしていますが、これはドラクエ2の漫画版でのアイディアからなるものです。世界最強のものが王になり、徐々に人々は恐れ始めます。だから聡明な勇者はそれを悟り、ラダトームを離れ、新たに自分の国家を建設した。そう考えています。
また、勇者が自由に決められるようにしたいと言う発言は、ビルダーズから来ています。ビルダーズの世界で勇者があの選択に「はい」を選んでしまったのは、勝手に勇者に祭り上げられて、勝手に冒険にいかされた自分が、決めることのできなかった人生で始めて重大な選択肢が現れてどうなるのだろうという好奇心から選んでしまったと解釈されています。そんな勇者の心境からこの台詞を選びました。

長くなりましたが、次回もおたのしみに!次回は恐らくドラクエ2となりますがアンケートお待ちしております!

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