Fate/Twilight Stance   作:仁科 学

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第二話 岸波野花の嘆息

ボクの名前は、野花(のはな)。フルネームは、岸波 野花(きしなみ のはな)。

よく間違われて迷惑しているのだけれども、こんな名前でも男だ。

別に、それ以外に特別なことはなかったと思う。自他ともに認める普通少年。今年秋津市の高校に転校してきた2年生。

……強いて言うならば、ここ最近、手の甲に気付けばヘンな傷が出来ていること。あとは、欲がない、て時々言われること。それぐらいかな。

自分のこと以外だと、昔、もう亡くなってしまったおじいちゃん家の倉庫から、よく分からない呪文のような言葉が書かれた本を見つけたことはあった。何だっけな、最近、これも何故かよく思い出すんだけど。

 

─そんな割と普通なボクなんだけど、今日は何て言うか、普通じゃない。

だって、普通……槍を持ったオジサンに追いかけられたり、するかい?

 

「……なあ、よぅ……いい加減、観念してくれよ。オジサンだって、殺す気はないんだぜぇ~?」

 

よく言うよ。

オジサン。アナタが投げた槍が今、目の前に木に刺さっているんですけど。貫いているんですけど。初めて見たよ、木に物が貫通しているところなんか。

って、考えている。側の木に隠れながら……

 

─順を追って、話をするよ。

すべての始まりは、八津場 夏菜(やつば かな)ってクラスの女子が、

「突蔵山(とつくらやま)に肝試しに行こう」

と言い出したことから。先週のことだ。

 

突蔵山は、地元の人間の間で有名な心霊スポット。

何でも60年も昔に、ここで外国人男性が惨殺された姿で発見されたとかで。

そこから尾ひれがついて、やれ100年前にはどうとか、もっと前にもとかって噂になったのだけど、正直、60年前のどうとかって話からして、本当はどうかは分からないらしい。

 

「……いいね」

 

って乗っかったのは、茂田 保安(もだ ほあん)。彼も、うちのクラス。

パーマをかけた茶髪の、俗に言うチャラ男。それで、

 

「週末に行こうぜ」

 

という話になった。

これに眞下(ました)、沼津(ぬまづ)、堅城(けんじょう)っていう、知っている人間からすればいつものメンバーも加わり、正直に言えば、それで終わってくれればよかったのに、何故か八津場さんが、

 

「岸波クンも行こうよ」

 

って言ってきた。

突然のことに、ボクは、

 

「……え?」

 

なんて間抜けた声で応答してしまった。

5人の視線がこちらに集中する中、ボクは少し反応が遅れて、何秒か後で、

 

「ボクは……いいよ。別に」

 

と返した。すると、眞下くんに、

 

「なんだよ、ノリ悪いなぁ」

 

だとか、堅城くんに、

 

「ビビってんのぉ?」

 

だのと言われてしまった。

 

「何かさ……やめた方がよさそうだし」

 

というのが、ボクの言い分。

それを聞いて、

 

「やっぱビビってんじゃん」

 

と堅城が横で笑う。

次にボクが彼らから目を外して、教室内を見渡していたら、ある人と目が合った。

それは、遠坂 新生(とおさか しんせい)という、うちのクラスの優等生。

渋い顔でこちらを見ていたかと思えば、首を振ってこちらに合図をしてきた。恐らくだけど、「断れ」って言いたかったんだろう。

すると、

 

「なぁ、ノハナァ……」

 

と急にボクの右肩に手を置いてきた。見ていなかったせいで、ボクはつい、

 

「……へっ」

 

と、また頓狂な声で返事をしてしまう。これは丁度、ネコがキュウリをヘビと間違えて跳ねるように。

この手の主は茂田くんで、ここから更に、

 

「行こうぜ、肝試しに、よ……オマエ、度胸あるからよ。大丈夫だろ?」

 

などという安い説得に及んできたのである。

こんなものは、水分だらけで栄養価の少ないキュウリと同じ。それぐらいにボクには得のない誘いだっていうのに、この人数で言ってくるから、カエルを脅かすヘビよろしく、

 

「あぁ、わかったよ」

 

という返事を強いるのである。

直後、授業開始のチャイムが鳴って、みんなが席に戻る。

ボクもボクで、あと数秒、何も言わなければやり過ごせたのに、と後悔していた。

一方で、

 

「サンキュー、岸波……オマエ、やっぱわかってるぜ」

 

そう言うと茂田くんは、ボクの背中を叩いた。また堅城が、

 

「ちゃんと予定開けとけよぉー」

 

と言った。

これに対し、ボクはひとまず彼らに笑顔を向けたが、背中に感じる遠坂くんの視線が痛かった。

 

─その日の下校時刻。

先生へ提出物を届けてから、教室へと戻ろうとする途中で、荷物片手で出ていく遠坂くんとすれ違った。

ボクは右手を挙げて、

 

「おぉ……」

 

とかなんとか言うと、向こうは急に、

 

「……どうして断らなかった?」

 

と言ってきた。

あれから時間が経っていて、ボクが思い出せないでいると、

 

「肝試し」

 

そうボソリ。

 

「あぁ……いや、楽しそうだったから」

 

ボクは笑顔でそう答えた。けれど、

 

「楽しそうなヤツの顔には見えなかったけどな」

 

と言い返されてしまった。

 

「……そうかなぁ?」

 

なんておどけてみせたところで、到底信じてもらえるハズもなく、1歩踏み込んで耳元で、

 

「優しいのは結構だが……断りたいときには断らないと、漬け込まれるだけだぞ」

 

と言い残して、ボクには返答も許さずに、そのまま帰ってしまった。

 

─その後、教室で帰る準備をしていたら、一人の女の子がやってきた。

短めのおかっぱ頭をした、少し小柄な女の子だった。少なくとも、うちのクラスの人ではない。

ドアをノックしたので、気が付いて開けると、

 

「……遠坂先輩はいらっしゃいますか?」

 

と言うのである。

それにボクが、

 

「もう帰っちゃったよ」

 

と告げると、

 

「あぁ……そう、ですか」

 

と言い、うつ向いて申し訳なさそうな顔をした。

慌てて、

 

「伝言とかあれば……聞くけど」

 

と言えば、彼女は表情とかはそのままで、

 

「伝言という程のことはないんですけど……ただ、コトミネが探していた、と言ってもらえれば」

 

と言った。

 

「……コトミネ?」

 

聞き返すボクに、彼女は顔を上げて、

 

「はい……言葉の言(コト)に、ミネは山を上に書く字で……」

 

と説明してくれた。

 

「わかった。明日、伝えとくよ」

 

「ありがとうございます……」

 

返事と共に、一礼する彼女。次の、

 

「……それでは失礼します」

 

という言葉の後にも彼女は、頭を下げた。

 

「……あぁ」

 

とボクも会釈を返した。

そのまま帰るかと思って、その後ろ姿を目で追っていると、何歩か先で振り返り、

 

「……先輩」

 

と言った。そして、振り返り、こう言った。

 

「……お名前とか、聞いても大丈夫ですか?」

 

「あぁ……岸波っていうんだよ」

 

「そうですか……」

 

こうした一連の会話の最後、つまりは次に彼女が言った言葉であるが、とにかくそれにボクはドキッとした。それは、

 

「お疲れ様です……岸波先輩」

 

って言葉。笑顔で、しかも少し首を傾げながら。

彼女がそう言って帰った後で、思わず、

 

「羨ましいな……遠坂くん」

 

なんて言ってしまったことを、すぐに後悔した。

 

─そして迎えた、肝試し当日。

遅れてきた茂田くんを待っている間に、他のメンバーが、

 

「……クラコビチャック先生いるじゃん?」

 

「英語の、でしょ?」

 

「行方不明なんでしょ、確か」

 

「そうそう……あの人をね、この辺りで見たって人いるんだって」

 

「マジで?」

 

「まさか……」

 

「いや……関係ないでしょ」

 

「でも……もしかすると……」

 

「……よせよぉ」

 

なんて話をしていた。

そのときは、噂が噂を呼んだだけだろうって、何も思わなかったけれど、今思えば、あのときに止めていれば……

 

(To Be Continued……)

 


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