割れんばかりの大歓声の中、モモンガはこの上なく困惑していた。
「えっ、ちょ、えっ?」
この歓声を上げているのは、自我どころか声すら持たない筈のNPC達。時刻を確認すればとっくに日を跨いでいるわ、GMコールは効かないわ、ウインドウは開かないわ、もう訳がわからない。
「そ、そうだ、翁さんなら……!」
どんな状況でもロールプレイを崩さない山の翁ならば、この意味不明な状況の中でも冷静に事を運べるのではないかと期待して、モモンガが彼を見遣ると。
「うぇえ……?」
(あ、これダメなやつだ)
ロールプレイどころか精神年齢すら怪しかった。というか
「ぶふ、あ、く、えと、どうしよ――ふぅ」
混乱と笑いの衝動に苛まれていたモモンガだったが、突如精神が落ち着きを取り戻す感覚に見舞われる。
(……アンデッドの精神異常無効化、か?)
理由が何であれ、ある程度平静を取り戻したモモンガは改めて現状について考察する。
(GMコールもウインドウもダメ、NPCが動いている、表情が変化する、嗅覚がある、精神の鎮静化――これじゃあまるで)
「そうだ、魔法はどうだ?」
ふと思いついて、モモンガは〈
『翁さん、聞こえますか?』
『え、なんですモモンガさ―――何事だ、盟友よ』
『あ、調子戻りましたね』
ひとまず〈
『いや、どうもGMコールとか効かなくなってるみたいなんで、魔法はどうかなと思いまして』
『問題ないようだな』
『そうですね』
魔法が使える、それはわかった。ではスキルはどうか。
『翁さん、ちょっと気配遮断使ってもらっていいですか?』
『請け負った』
返答の直後、山の翁の姿が認識できなくなる。
『こっちも問題なし、と』
『そのようだ』
やはり『ユグドラシル』での能力は生きている。するとますます深まってくるのが、現状に対する疑問である。
『結局、何が起きてるんでしょう』
『取り急ぎ調査が必要であろうな』
謎はいくらでも思い浮かぶ。だが、 まずは。
『翁さん、この状況どう思います?』
『不可思議――されど、ある種の理想とも言えよう』
『――そうですね。本当にそうだ』
ナザリックのNPC達が、十二年間の思い出の結晶が、今こうして目の前で生命を得て動いている。これ程の幸福があるか。
ゲームの現実化だか異世界転移だか知らないが、ナザリックと、ギルメンと、アインズ・ウール・ゴウンと共に在れるというのなら、クソッタレな
「っ、はは」
NPC達は本気で笑い、本気で喜び、本気でナザリックを讃えている。それがモモンガにもわかった。裏切りや叛逆など考える必要はないだろう。
「ははははは」
楽しかったあの日々を、もう一度。今度は永遠に。
「ははははははは‼︎」
まずはこの喜びを、心ゆくまで噛みしめよう。
俺達は、
「アルベド、セバス」
「お呼びでございましょうか、モモンガ様」
「何なりと」
ようやく歓声が収まってきた頃、モモンガに名を呼ばれた二人はすぐさま馳せ参じ跪いた。
「現在、このナザリックは不測の事態に陥っている」
「「……!」」
ナザリックと共に在る覚悟は決まった。ならば次にすべきは状況把握だ。不可解極まりない事態に直面しているのは間違いないのだから。
「アルベドは各階層守護者と共に、ナザリック内部に何らかの異変が起こっていないか調査せよ。セバスはプレアデス数名を伴いナザリック周辺の半径一キロを調査、知的生命体を発見した場合友好的に接しナザリックへ連れてこい。戦闘は控え、万一の場合はスクロールを用いてプレアデスを帰還させよ」
「「はっ」」
「どちらも一時間、いや二時間で作業を切り上げ第六階層の
「はい、モモンガ様!」
「わ、わかりました」
モモンガの命令に従い行動を起こす守護者達とメイド達を尻目に、山の翁も自身のNPCに指示を出した。
「百貌の」
「此処に」
「『
「直ちに」
ハサン・サッバーハの一人、通称『百貌のハサン』は
「呪腕の、静謐の。
「「畏まりました、初代様」」
『呪腕のハサン』と『静謐のハサン』は正面戦闘では階層守護者に及ばないものの、暗殺者としての技量は一流である。護衛として傍に置いておけば、レベル100のプレイヤーにもそうそう遅れを取ることはない。
「だがその前に、我々二人で内密の話がある。それが済むまで部屋の前で待機せよ」
そう言い残して、モモンガと山の翁はモモンガの私室へと向かった。
「さて、これからですが」
モモンガの私室にて、二人の骸骨が密談を交わしている。この墳墓の最高支配者たる二人だが、会話の様子からは真剣さだけでなく気安さも感じられる。
「NPCの忠誠を疑うような真似はしたくありませんけど、それでもやっぱり念押しは必要だと思うんです」
「道理であるな。状況把握が最優先とはいえ、周囲との関係が不明瞭ではそれすら覚束ぬ」
「そこでですね、翁さん」
「ふむ」
「ちょっとデモンストレーションやってもらえません?」
「請け負った」
山の翁は『アインズ・ウール・ゴウン』の中でも最上位の実力者であり、ギルド最強の『たっち・みー』と五分の戦績を誇る。ロールプレイ特化のネタビルド勢としてはユグドラシル最強かもしれない。
その山の翁の実力をNPC達に見せておくことで、少しでも反乱の芽を摘んでおこうという訳だ。
山の翁自身も乗り気であったためとんとん拍子に話はまとまり、円形闘技場で報告を受けた後にデモンストレーションを行うことになった。
命令からきっかり二時間後、第六階層の円形闘技場に各階層守護者及びプレアデス、セバス、ハサン達と二人の支配者が集い、報告が行われた。
「ナザリックに異常はなし、周囲は草原、対話が可能な生物はなし、脅威となり得る高レベルの存在もなし……ご苦労。状況は把握した」
「お役に立てたのならば何よりでございます」
報告の後に行われたのは、階層守護者達による忠誠の儀。
第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。
第五階層守護者、コキュートス。
第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ。
第七階層守護者、デミウルゴス。
階層守護者統括、アルベド。
プレアデスやハサン達も同様に忠誠を誓う。
「大儀である」
声を発したのは山の翁。
「信仰無き者に生きる世界無し。努々忘れるな。汝等がその
山の翁の言葉に、守護者達は感動と恐怖に打ち震えた。そして、モモンガの次の言葉に、彼らの感動は極限にまで高まった。
「山の翁さんが言ったことは正しいが、無論そのようなことはあり得ないと私は確信している。お前達が我々と共に在ることを私は望む。その忠誠に感謝する」
「モ、モモンガ様……!」
アウラやマーレの年少組は感極まって泣きだしている。他の守護者達も必死に涙を堪えており、嘘偽りないその姿にモモンガも若干もらい泣きしそうになった。同時に改めて確信する。彼らの忠誠は本物だ。
「ところで、これからちょっとした催し物を行う予定なのだが、観にくる気はないか?きっと見応えがあると思うが」
「催し物、ですか?」
「ああ。―――ちょっとした蹂躙劇だよ」
程なくして、円形闘技場はシモベ達で溢れかえった。
「おおぅ……予想以上に集まりましたね」
「我等が負う期待が、それだけ重いということであろう」
「ですね……じゃあ、盛大に行きましょうか」
〈|根源の火精霊召喚《サモン・プライマル・ファイヤーエレメンタル》〉
〈
〈上位アンデッド創造・
〈中位アンデッド創造・
〈中位アンデッド創造・
闘技場に大量のモンスターが解き放たれる。レベルは30程度から80以上まで幅広く、その総数は百近くに及ぶ。
「さあ、刮目せよ!これより始まるのは、『アインズ・ウール・ゴウン』最強の一角たる山の翁による圧倒的な蹂躙劇!その暴威を以て、我ら至高の四十一人の威光を知るがよい!」
観客席から大歓声が沸き起こる。アウラやマーレ、シャルティアなどは席から身を乗り出して今か今かと開幕を待ち、コキュートスやデミウルゴスも興奮が抑えきれない様子だ。アルベドは淑女と呼ぶに相応しい微笑を浮かべているが、その内心では狂喜乱舞していた。
(ああ、至高の御方の凛々しき御姿を、この目で直に拝見できるなんて……くふー!アルベドは幸せ者でございます!)
そして、犇くモンスターの前に、一つの“影”が現れた。
それは人の形をしていたが、闇に覆われ中身を窺い知ることはできなかった。
それが現れると同時に、どこからともなく鐘の音が聞こえてきた。
それは、見紛うことなき“死”の象徴だった。
「―――昏々と屍晒せ……」
“影”が手に持つ大剣を死の騎士に向けて振るう。その一撃で、死の騎士は力尽き地に伏した。
「えっ⁉︎」
「どうして……⁉︎」
「これは……!」
その光景に、階層守護者達は驚愕の声を漏らす。
死の騎士は『HPが0になる攻撃を一度だけ耐える』という特性を持っており、本来ならば一撃で倒すことは不可能であるからだ。
「あれこそが山の翁さんの戦闘だ。相手の特性も装備も関係なく、ただ等しく死を与える」
階層守護者達の近くに移動していたモモンガが、その不可解な現象について解説する。
「翁さんのみが持つ
「す、すごいです……!」
「ナント恐ロシク、強大ナ能力デアリマショウカ……マサニ神ノ御技!」
「これがあのたっち・みー様と並び最強と称される御方の実力……流石でございます」
その上、山の翁は『信仰の剣』『信仰の盾』といった
山の翁の全力戦闘を久々に見たモモンガも、『これはひどい』と改めて思った。
そうしている間にも“影”は大剣を振るい、次々とモンスターを駆逐していく。気がつけば、残っているのは根源の火精霊一体のみとなっていた。
どこからともなく響いていた鐘の音が、一際大きくなった。
「――神託は下った」
“影”が纏っていた闇が根源の火精霊の周囲にまで広がり、遂にその姿を呑み込んだ。
「聞くがよい。晩鐘は汝の名を指し示した」
濃密な死の気配が客席にまで及び、レベルの低いシモベ達が意識を手放した。
「告死の羽、首を断つか」
レベル100の階層守護者達ですら震え上がるほどの殺気が放たれる。その場の全員が、もはや生きることを諦めた。
「―――〈
根源の火精霊は、跡形もなくこの世界から消失した。