Persona 3 - Awaken your Soul- 作:薬田レオ
新学期2日目の放課後。伊織順平はげんなりした表情でポロニアンモールのベンチに寝転がっていた。
「はぁ・・・。やってらんねぇ。」
別に順平は早めの五月病にかかったわけでも、毎日学校に行くのにうんざりしたわけでもない。むしろ、学校自体はそんなに嫌いではない。友近を始めとする悪友たちとくだらない話に花を咲かせるのも好きだし、新しく来た転校生もなかなか面白い奴でつるんでて楽しい。
順平が不貞腐る理由は彼の家庭事情にあった。彼の父は不動産投機に安易に手を出し、失敗。今では昼間から家で酒をあおり、些細なことで家族に怒鳴り散らす人でなしと化していた。
「料理酒で酔っぱらいやがって。情けねぇったらありゃしねぇ。ああなってたまるか!」
順平の胸中に渦巻くのは父親への侮蔑。そしてあの男の血を引く自分もそうなってしまうのではないかという焦燥感と恐怖心。先程までは白い野良犬相手に愚痴っていたが、それもどこかへと行ってしまった。吐き出す相手のいない負の感情はますます大きくなるばかり。
だからこそ、違和感に気が付くのが遅れてしまった。本来、買い物客で賑わうはずの夕方のモールに全く人気がないことに。まだ営業時間内のはずなのに店内BGMがかかってないことに。
「ん?なんか、やけに静かだな・・・って、なんじゃこりゃ!?」
機械が機能を失い、広場のアナログ時計が午後6時を示したまま停止する。モールの床に赤い血痕が浮かび上がり、黒い棺が乱立する。それらを優しく照らす夕焼けがおぞましくも、美しくて・・・。そして、次に起こった異変を見て順平は言葉を失った。空中に半透明のシルエットが出現し、それが徐々に色を、質感を得ていく。舞い降りたそれは天使の意匠を持つ二足歩行の豹――ジャガーロード
「あ、あ・・・アンノウン・・・?」
辛うじて順平の口から出たのはネットを賑わす都市伝説の怪物たちの総称。人間を木のロウに生き埋めにする、高層ビルの一階に高所からの転落死体が現れるなどの巷を騒がす人間には実行不可能な殺人――不可能犯罪――の犯人と噂されるその怪物が、悠悠と順平に近づいて行った。
逢魔が時はまだ始まったばかり。
――同時刻。
有里湊は重大な選択を迫られていた!!
「セールのニシンにすべきか、それとも豚ヒレ肉にすべきか・・・。」
巌戸台商店街のスーパーマーケットで湊は夕飯のメインをどうするかを悩んでいた。聞く人によってはずっこけてしまいそうな内容ではあるが、料理好きの湊にとって何よりも重要なのである。旬物のニシンにすべきか、食欲に従って肉にすべきか。しかし、せっかくのセールを逃すのも悔しいし、魚は買った当日に食べたい。
そんなことを悩んでいたその時。
――キーンと
湊の頭の中にノイズが響く。それと同時に彼の顔から一切の感情が消える。いや、正確に言えば僅かに怒りが顔に浮かぶ。
(音の発生源は・・・ポロニアンモールか・・・)
そう判断するや否、湊は店外に止めてあった愛車のエイプ100に跨り急発進する。人目の少ない裏路地をルートとして選び・・・
「変身!!」
どこからともなく黄金と黒のベルト――オルタリング――が腰に出現すると同時に叫ぶと乗っているバイクごと光に包まれる。
光が納まると、そこには大型の戦闘バイクであるマシントルネイダーに跨る超越肉体を持つ金の戦士――仮面ライダーアギト・グランドフォームが姿を現す。アギトはマシントルネイダーのスロットルを全開にし、アンノウンのいる現場へと急行する!
――そして舞台は再びポロニアンモール。
「く、来るな!」
尻もちをつきながら後ずさる順平に対して、ジャガーロードは小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらワザとゆったりとした動きで歩み寄る。
「来んなって言ってんだろうがコンチクショー!!」
ヤケクソ気味に近くにあった空き缶を投げつける。本来ならばそんな攻撃などアンノウンにとって痛くも痒くもないだろう。そう本来ならば。
空き缶がジャガーロードの顔面に当たった瞬間、それが突如発火したのである。予想外の一撃にジャガーロードが僅かによろめく。
「うおっ!?スゲッ!今のオレがやったのか?もしかしてオレ、超能力者だったり・・・」
しかし、喜びもつかの間。体勢を立て直したジャガーロードの瞳に明確な殺意が宿り、今にも飛びかからんと身を屈めた次の瞬間。突如現れた大型バイクに跳ね飛ばされた。受け身を取る間もなく何度も地面を跳ねながら転がるジャガーロード。場に突然現れた謎のライダーを見て、順平は思わず呟いていた。
「仮面・・・ライダー・・・アギト・・・?」と。
謎の怪物アンノウンと人知れず戦う戦士。目撃したと主張する人々の述べる特徴は完全に一致しているのにも関わらず、金、青、赤とそのカラーリングに関してだけは必ず食い違う。ある者は彼を人類の守護者アギトと。またある者は有名な特撮シリーズのヒーローから取って「仮面ライダー」と呼ぶ存在。それが順平の眼前に出現したのだ。驚くのも無理はないだろう。
よろめきながらも立ち上がったジャガーロードが今まで以上の殺気と憎悪を纏いながらアギトと対峙する。そして、僅かに身を屈めると目にも止まらぬ速さでアギトに殴り掛かる。鉄塊をも砕き得るその拳は、いとも容易く受け流されカウンターパンチを浴びせられる。
「ガッ!?」
想像以上の威力に思わずうめき声をあげるも、なんとか踏みとどまり鉄拳の連撃を浴びせる。しかし、その悉くはアギトの無駄のない動きで受け流されるか、流麗な蹴撃に叩き落される。音速を誇る貫手も手刀で切り払われる。
正面からやりあうのは不利と判断したのか、すかさず背後を取ろうとするも、足を払われ流れるように腹部に踵落としが決まる。痛みを堪えなんとか起き上がるも、間が開かない内にヘッドバットが繰り出され、そのままローリングソバットで蹴り飛ばされる。
繰り広げられるは蹂躙劇。今まで弱者を嬲るだけの畜生と歴戦の怪物殺しの実力差は一目瞭然であった。
「一方的だな、おい。助けてもらっておいてなんだけどちょっと引いちゃうレベルだな。」
順平がこう思うのも無理はないほどに。
「ハァァッ・・・」
アギトは倒れ伏すジャガーロードを見据えると気合一声。すると頭部のクロスホーンが展開し、足元にアギトの紋章が輝きだす。紋章が脚に収束するや、跳躍し必殺キック――ライダーキックをジャガーロードに放つ!
文字通り必殺のライダーキックは相手を貫き、頭部に天使の輪を出現させながらジャガーロードが爆ぜた。
敵の消滅を確認すると、近くで呆けている順平に目もくれずにマシントルネイダーに乗りアギトは立ち去った。
「なんだったんだ?ホント・・・。」
順平が未だに呆けている間に、止まっていた時間が動き出し、黒い棺が人の姿に戻る。アンノウンが倒されたことが原因だろうか。しかし、順平にはそんなことを考える余裕もなかった。
「あれが、幾月さんが言っていたアギトか。ふん、小規模な影時間を確認しに来てみれば、とんだ掘り出し物だったな。アレはかなり強いぞ。面白くなってきたじゃないか。」
そう、アギトとアンノウンの闘いを見ていた者がもう一人いた。対未確認生命体用パワードスーツ、通称G3をまとったその人物――声からしておそらく男――はモールの屋上に佇みながら通信機能で誰かと話していた。
しかし、些か好戦的な態度を通信相手に咎められたのか、慌てて話題転換をする。
「まあ、そうカッカするなって。同時に適性をもつ奴も見つかったからいいじゃないか。念のために伊織って奴をつけてみるさ。美鶴、お前はフォローを頼む。」
そう言って、G3は通信を切りぽつりと呟く。
「できればアギトと戦ってみたいのだがな・・・。」