Persona 3 - Awaken your Soul- 作:薬田レオ
Episode.1 誕生の春
――草木も眠る丑三つ時、には二時間ほど早い深夜零時。街中の機械は機能を停止し、ありとあらゆる生命が黒い棺のオブジェに変貌する。薄緑色の月が爛々と輝く中、大地に血痕が点々と浮かび上がる。
文字通りすべてが停止した異様な夜の街を『有里湊』は荷物を積んだ愛車のエイプ100を押しながら歩いていた。このような異常事態に特に驚いたような素振りをみせず、むしろうんざりした表情が顔に浮かんでいた。
「こんなことなら、道の駅を見つける度に買い物するんじゃなかった。」
本来ならば日を跨ぐ前に到着する予定だったのを、道草を重ねたせいでこの奇妙な時間帯に慣れない街をバイクを押しながら彷徨う羽目になった。遅れると分かっていても、ついつい美味しそうな食材に目を奪われてしまうのは料理好きの
「あの怪物たちと出くわさなきゃいいけど…。引っ越し当日に戦うのは骨が折れるだろうし。」
敵影がないか確認しながら慎重に進んでいるうちに目的地であるレトロチックな洋館にたどり着く。月光館学園巌戸台分寮。それがこの春からの新た住処である。
寮の中に入ってみると、目に飛び込んだのは高級そうな家具の数々。
(…そういえば元々ホテルだった建物を使っているってパンフにあったけ)
などと思いながら人っ子一人いない屋内を見回す。テレビとパソコンがそれぞれ一台ずつ有ったが、この時間帯ではそもそも機械が動かないので暇つぶしに使えない。
(やれやれ。今は音楽プレイヤーも使えないし、かといって本を取り出すために荷を解くのも面倒だな。キッチンでも見に行くか。)
そう考え、ラウンジの奥に行こうと歩を進めたその時――。
「…遅かったね。」
唐突に声をかけられて、思わず湊は身構える。この時間で肉体と意識を保っていられるのは彼以外にもごく少数存在するが、そもそも建物に入った時点でラウンジは無人だったのは確認済みである。
果たして、声の主は囚人服のような縞柄のシャツを着た黒髪の幼い少年であった。夜空を思わせる濃い碧眼を細めながら囚人服の少年はにこやかに語りかけてくる。
「長い間、キミを待っていたよ。」
「生憎、俺に生き別れた兄弟とかの類はいないはずだけど。」
少年の言葉に湊は思わず即答する。10年前の事故の記憶が抜け落ちているとはいえ、それ以外の思い出はちゃんと覚えている。少なくとも亡くなった両親がそのようなことを言っていた覚えは全くない。というより、男に思いを馳せられても微塵も嬉しくない。
「アハハ。つれないね。ま、いいよ。それじゃこの先へ進むなら、そこへ署名を。」
苦笑しながら囚人服の少年は一冊の宿帳を差し出す。
「…署名?」
「そう、一応契約だからね。」
はて、入寮の契約なら済ませたはずだと首を傾げながら湊が宿帳をのぞき込むと、酩酊感のようなものに襲われる。ぼやける意識の中、自分の中の何かが体を操っているかのような錯覚に陥る。覚束ない手が「有里湊」と記すのを他人事のように見つめる。
「怖がらなくてもいいよ。ここから先は自分に責任を持ってもらうっていう、当たり前の内容だから。」
――目の焦点が定まらない。
「時は、全ての者に結末を運んでくる。例え眼と耳をふさいでいてもね。」
「いったい何を…。」
――体に力が入らない。
「さあ、始まるよ。」
いたずらっぽい笑みを残して囚人服の少年が消える。それと同時に体が正常になる。一体どこに消えたのかと湊が辺りを探っていると――。
「よっ、転校生。」
陽気な声をかけられて、湊は意識が現実に引き戻される。そして思い出す。どうやら退屈な始業式から教室での終礼まで白昼夢を見ていたらしい。自分の机の前に人が立っていたことすら気が付かなかった。
「えっと、俺のこと?」
「マイペースなやつだなー。そう、お前のことだよ。オレは伊織順平。順平でいいぜ、シクヨロー」
「し、シクヨロ…?」と若干死語に片足を突っ込んでいるクラスメイトの挨拶に湊が戸惑っていると
「ああ、こいつアホっぽいけど悪い奴じゃねーから。別にカツアゲとかしないから。不良っぽいけど馬鹿なだけだから。」
もう一人の男子生徒が口を挟む。「あ、ちなみにオレは友近健二な。」とこれまた陽気そうな男である。
「よろしく。俺は有里湊。えーと、君が健二で、そっちが順平だね。」
「そうそう。普通の高校生とアホっぽい不良って覚えればいいから。コイツ、後輩の女子から『先輩って、口だけじゃなくて頭も軽いのね!』って言われるレベルだから。」
「うるせーよ!ちょっとテストの点が悪いだけだろ!てか、人のトラウマを抉るのをやめろォ!」
男子三人でにぎやかにやっていると、「まったく、アンタたちは相変わらず馴れ馴れしいんだから。少しは相手の迷惑考えたほうがいいんじゃない?」と女子生徒――『岳羽ゆかり』がやってくる。ちなみに彼女も湊と同じ寮生であり、学校まで道案内してくれた人である。
「なんだよ、親切にしてるだけだって!」
「そうだぞ。下心があるのは順平だけだって。」
「ねーよ!どんだけオレ、信頼されてねーの!?」
ゆかりは(自称)親切な二人に一瞥をくれると、湊に「偶然だね、同じクラスになるなんて。」と微笑みかける。そして声のトーンを落として「昨日のこと、誰にも話してないよね?」と訊ねる。
しかし、場所が悪かった。あっさりと順平と健二に聞かれてしまった。というより、あれだけ近くにいるのだから聞くなという方が無理だろう。
「え!?ゆかりっち、もしかしてソイツとそういう関係?」
「はぁ?そんなわけないじゃん!ちょっと初対面の時に迷惑をかけただけ。」
ベタな誤解をする順平とそれを解こうとするゆかりを眺めながら、湊は『昨日のこと』を思い返す。囚人服の少年が消えて、間が開かない内にゆかりが上の階から降りてきたのである。拳銃を構えながら――。
(さすがに、あれは焦った。けどあの感じだと…知っているのか?)
明確に何かを警戒していたゆかりと、あの場を鎮めた『桐条』という先輩の言動からして、彼女たちは毎晩発生する奇妙な時間帯と『怪物たち』のことを知っているようだ、などと湊が推察していると。
「湊はさ、ぶっちゃけ岳羽のことどう思ってんの?てか、どういうコがタイプなわけ?」
と未だに言い争っている二人を尻目に健二が興味深々に聞いてくる。
(これといったこだわりは無いけど…)
ふむ、と少しばかり考えてから思ったことを話す。
「岳羽さんとはただの同じ寮生だよ。ま、可愛い子なら誰でも好きだよ、俺は。歳とかはあんま関係ないかな。ああ、でも包容力が有れば最高だね。」
「分かるわー。お姉さん系ってイイよな。ま、俺オレは年上好きだけどな。」
どこにでもあるような日常が繰り広げられる中で、刻一刻と非日常が蠢きだす。