アイドルは労働者(仮)   作:かがたにつよし

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今西部長「安曇玲奈と渋谷凛にユニットを組ませて、パッション曲を歌わせよう」

増毛P「何故そんな事を」
武内P「……ちなみに、ユニット名は」

今西部長「アドレナリン(ドャァ」

その日、346プロダクションアイドル事業部は解散した。


3.本番の前には、普段と違う事はしないように。

アイドル事業部第2企画のプロジェクトには、個室が与えられている。

場所は346グループ本社ビル新館30階。

東京を一望できる、隠れた夜景スポットである。

なお、私はその夜景とやらを見たことがない。

そんな時間まで、このビルで働いていないからだ。

冬になり日が短くなれば、多少拝む事が出来るかもしれない。

とはいえ、春分の日を過ぎたばかりだから、3シーズンほど待たなければならないが。

 

そんな事を考える暇があった。

端的に言えば、ボッチだったのだ。

第2プロジェクトのアイドルは私しか居ないのだ。

シンデレラプロジェクトこと、第1プロジェクトの部屋のように、賑やかにはならない。

 

増毛Pが打合せに行ってしまうと、この様な手持ち無沙汰になる状況が増えてきた。

レッスンを行ってもいいのだが、先日のオーディションでまた増えたシンデレラプロジェクトの候補生にトレーナーは付きっ切りだ。

やる気と熱意に満ちた彼女らと、日々定時で切り上げる私とを、トレーナーは天秤にかけたのだ。

 

部屋をぐるりと見渡す。

 

私と増毛Pのデスク、書庫3つ、TV、4人掛けの打合せ卓。

簡素な部屋で、広くはないが2人で使うには十分だった。

 

対して、シンデレラプロジェクトの部屋は広い。

まるで、巨大な応接室のような造りであった。

定数である14人と武内Pが使っても、人口密度はこちらの方が上だ。

 

1人で腐っていても非生産的なので、シンデレラプロジェクトの部屋にお邪魔する事にした。

先日のオーディションで採用されたメンバーがチラホラ居るようだ。

以前、帰り道でであった島村卯月も居るだろう。

 

 

 

「おや、どうかなさいましたか」

 

シンデレラプロジェクトの部屋には、武内Pと千川さんしか居なかった。

どうやら全員レッスン中らしい。

扉の前で彼女らの姦しい声が聞こえない時点で、気付くべきであった。

 

「先日のオーディションで入った候補生がもう来ていると聞きまして、ご挨拶に伺いました」

 

「それ以前のオーディションで入っている娘には、挨拶は済んでいるのかしら」

 

おっと、千川さんが好戦的だ。

確かに、シンデレラプロジェクトに顔を出したのは、今日が初めてだ。

しかし、それは私が忙しかったからであって、意図したものではない。

デビュー前からミリオンヒットシリーズの配役が決まるなど、誰が予想できようか。

 

「その割には、第2プロの部屋で寛いでいることもあったようだけど」

 

勿論。だが、それはレッスン後の休憩時間だ。

休憩時間まで、同僚へのご挨拶といったお仕事はしたくない。

 

千川さんとしばらくにらみ合いを続けた後、彼女は部屋を後にした。

幸い、同性に嫌われるのは慣れている。

しかし、千川さんに避けられる理由が分からない。

 

同性に避けられる理由のほとんどは、彼女らが意中の男性を私が横取りしたという、難癖と嫉妬であった。

彼女らが言う男性の顔と名前が、私の中で一致した事はなかったが。

 

千川さんの場合、意中の男性が居るとすれば十中八九武内Pであろうが、彼が私に興味があるとは思えない。

シンデレラプロジェクトの面々に構いすぎだからだ。

武内Pと私が1対1で話すのは、今日が初めてなのだ。

 

だとすると、理由は武内Pに対して勝手に競争心や嫉妬心を抱いてる増毛Pの所為ではないだろうか。

意中の男性に対して誹謗中傷を行う禿の姿は、決して綺麗なものではなかったはずだ。

その禿にプロデュースされている私も、坊主憎けりゃ理論で、避けられているということであろうか。

私の知らないところで、勝手に私の敵を増やさないで頂きたい。

 

私のためでもあるが、増毛Pの人間的欠陥をフォローしてやらなければならない。

 

 

 

「安曇さんがこちらの部屋に来られるのは、初めてではありませんか」

 

「ええ。いつも壁越しの楽しそうな声を聞かせていただいておりました。今日は静かだったので、どうしたのかな、と」

 

「皆、レッスンに行っております。学業と兼ねている候補生が多いので、春休みの日中は貴重なのです」

 

そういえば、春休みだった。

就活中からそのまま平日は346に出勤していたため、長期休暇の存在を忘れていた。

そういえば、最近、勤務時間内に若い候補生を良く見かけるようになった気がする。

3月中旬まで、定時上がりの私と入れ替わるようにレッスンに通っていた娘達だ。

 

「安曇さんが退勤された後に彼女らはやってきますから、挨拶が出来なかったことは、仕方のないことです」

 

もし廊下などで出会ったら声を掛けてやって下さい、とシンデレラプロジェクトの写真付きメンバーリストを渡してくれた。

いいのか武内P、こんな情報を渡してしまって。

一応、私はライバルPの子飼いのアイドルだぞ。

いや、武内Pは増毛Pの事をライバルだとすら思っていないかもしれない。

すると、非常に悲しいことになるので、考えるのは止めた。

 

大方、武内P自身が選抜したアイドルに自信があるのだろう。

島村卯月の様な無垢のアイドルを持ってこられると、鍍金のアイドルである私は苦戦を余儀なくされる。

 

「……あれ?」

 

当の、島村卯月が居ない。

そんな、馬鹿な。

あの日のオーディションはかなり進んだ選考だったはずだ。

目の前の若手敏腕Pが参加していた可能性は、高い。

まさか、武内Pが見逃したのであろうか。

その鋭い三白眼は、ビー玉以下であったという事か。

 

「ええ、未だ14名揃っておりません。辞退者が出てしまったもので、3名分の席が空いています」

 

私の独り言を、別な方向に解釈した武内Pが補足してくれた。

 

「では、私をスカウトして頂ける、と?」

 

「ご冗談を」

 

一瞬で否定された。

少し傷つく。

 

「貴方は、増毛先輩が掘り起こしたアイドルです。増毛先輩は気難しい方ですが、能力は本物です。貴方は、増毛先輩のプロデュースで、必ずトップアイドルになれるでしょう」

 

おや、増毛P。

武内Pにはえらく好かれているじゃないか。

 

「増毛先輩は、私のことを、快く思っていないようですが……」

 

入社当時は、増毛Pが武内Pを可愛がっていたのかもしれない。

このまま増毛Pと武内Pがギクシャクするのも、不毛だ。

最低でも波風立たないようにしてもらわなければ、千川さんのようにこっちまで飛び火する。

 

ここは、貸し1つだ。

 

「そうでも、ないと思いますよ」

 

「……どういうことでしょうか」

 

「オーディション中の有力候補が、何人か辞退した日を覚えていらっしゃいますか」

 

そう、増毛Pが小躍りしていた日だ。

私はその日の帰り道、島村卯月に出会った。

 

「4次オーディションの日ですね。覚えています。私は別件のため、参加はしていませんでしたが」

 

参加していなかったのか。

参加していれば、武内Pなら確実に目を付けていたであろう。

 

「その日、オーディションの控え室を少し覗いた増毛Pが言っていました。”島村卯月は武内がプロデュースすべき存在だ”と」

 

真っ赤な嘘だ。

増毛Pはオーディションを冷やかしに行ったりするキャラではないし、誰が誰をプロデュースすべき等と言った考えも持ち合わせていない。

アイドルは、346プロダクションの望みを叶える、すなわち経営方針に沿って利益を上げてくれれば良いとだけ考えている存在だ。

 

「その島村卯月が、此処には居ません。恐らく、4次オーディションで落とされたものと思われます。一度、お会いになってみてはいかがでしょうか」

 

武内Pは、ポカンと口をあけたまま動かない。

厳つい顔でその様なマネをされると、笑いをこらえるのに必死になるから止めて頂きたい。

 

「少々、動転していました。増毛先輩がその様な事をおっしゃるとは、とても思えなかったので」

 

なかなか、勘が良いな。

私としては、彼には増毛Pの様に屈折せず、真っ直ぐ育って頂きたいのだが。

 

「早速、合格通知を用意します。増毛先輩の言う事なら、間違いありません」

 

おい、真っ直ぐ過ぎだろう。

まぁ、結果オーライだ。

増毛Pは島村卯月と会った事すらない。

しかし、彼女と会話を交わした私が保証しよう。

 

 

 

彼女は、本物の、無垢のアイドルだ。

 

 

 

***

 

 

 

いつの間にか桜が咲き、いつの間にか散っていた。

 

フラコンのロケは桜の季節真っ只中行われており、花見をしている暇など無かった。

 

先行するゲームパート。

765プロ出演の調整で遅延する実写パート。

765プロが来ると、秒単位のスケジュールで行われる撮影。

765プロが帰ると、暇だから私を口説き始める外国勢。

 

とりあえず撮れる所から撮っておけ、という事で、765プロが来ない日はキャストが揃っている帝国側の撮影を行う事になった。

765プロが来ない日はオフだと勘違いしていた私たちにとっては、厳しい決定だった。

しかし、フラコンのスポンサー等のお偉方が視察と称して遊びに来るのは、765プロが居る日と決まっている。

私達しか居ない日は、フラコンPが一番偉かったりする。

 

勝手知ったるフラコンP。

私は、いや、私達は好き放題やらせて頂いた。

 

 

 

私を口説きたいが為に、帝国のエースパイロット役が、自分と帝国のアイドルは恋人同士だという勝手な設定を作って演技していた。

世界が凍りつくような、臭い台詞を連発している。

どうせカットになるが、取り直しの時間はタップリあるので、私も乙女モード全開でお相手させて頂こう。

気分は、手を繋いだら赤ちゃんが出来ると思っている純潔乙女だ。

 

「……」

 

おい、私の恋人役なんだろう。

固まるんじゃない。

演技を続けるんだ。

 

カットになったが、奴の捏造設定は採用された。

増毛P曰く、私の似合いそうにもない演技が様になっている、とのことだ。

笑いをこらえながら言うんじゃない。

馬鹿にして。

帰ったら、プロジェクトルームにおいてある毛生え薬を脱毛剤とすり替えてやる。

 

私の乙女モードを見た脚本家が、フラコンPに何か耳打ちをしていた。

どうせ、碌な事ではない。

 

「安曇君、君の素晴らしい演技を見て、脚本家が君ルートのストーリー分岐を作りたいとのことだ」

 

失礼、素晴らしい決定だ。

実装予定では無かったのが、悲しいところではあるが。

エースパイロット役が、我が世の春とばかりに吼えている。

残念、このルートではたぶん君はMisson12辺りで戦死だ。

私も君も、ある意味プレイヤーに落とされる事になるだろう。

 

「今から、本当に実装する気か……?」

 

周囲が盛り上がっている中、1人非常に暗い顔をしている人間が居た。

ゲームパートの統括だ。

ゲームパートがほぼ完成し、視察に来ていたようだ。

 

「実写はまだしばらくかかる。ゲームパートは先行しているから、ルートの一本ぐらい実装してくれたっていいじゃないか」

 

統括の顔から、みるみる生気が失われる。

完成しつつあるシステムに新機能を実装するくらいなら、設計からやり直した方が、マシだ。

今から実装となると、確実に実写パートより完成が遅れる事になるだろう。

納期に間に合わせるためには、労働者の日本的サービス精神に期待するしかないだろう。

 

冗談じゃない、私が参加した作品だ。

名作で無ければ困る。

残業続きで完成した作品は完成度が低くなる。

それは、お断りだ。

 

「今から新規ルート実装は厳しいのでは。購入者特典のパッチとして配布してはどうでしょう」

 

私のデビューCDにシリアルコードをつけてくれ。

そうしたら、765ファンも私のCDを買ってくれる。

 

統括が私の手を取りブンブン振る。

血の気が戻ってきたようだ。

フラコンPもその方向で進める事にしたらしい。

パッチは私のCDではなく、実写パートのディレクターズカット版の特典にするようだ。

ディレクターズカット版って、何だ。

765パートは、無駄なフィルムはほとんどないぞ。

 

 

 

くだらない事をしながら、撮影期間が過ぎていった。

私としては、大学のサークルで遊んでいる気分であった。

こんなもので給与がいただけるのであれば、ドンと来い、である。

 

結局、765プロのアイドル達とは一言も話す機会が無かった。

アイドルの先輩として心得などを聞いておきたかった。

ついでに、サインも。

 

765プロの面々は、1人ずつ撮影してCG合成するらしい。

1人きりで、原色の垂れ幕の中で演技をするのであろうか。

12人合成したときに自然な演技になるとすれば、化け物の領域である。

 

流石、765プロ。

果てしない、雲の上の領域である。

 

 

 

***

 

 

 

765プロと私達全員が必要なチャプターを残して、撮影は終了した。

一旦ロケは解散し、日程調整が付くまで待機との事だ。

 

久しぶりに346プロ本社に出勤すると、お隣の部屋が様変わりしていた。

島村卯月。

渋谷凛。

本田未央。

空席だった3名が埋まり、シンデレラプロジェクトが始動したらしい。

しかも、その3人は川島瑞樹らが参加するライブで、城ヶ崎美嘉のバックダンサーを勤める事が決定している。

 

流石は、本物のアイドル。

階段を駆け上がるスピードが、段違いだ。

そんなシンデレラプロジェクトの躍進を、喜べない男が1人。

 

「畜生めぇええええええ!」

 

我等が増毛Pである。

 

「あの武内が、こんな短期間で3人の補充を行えるわけがない! 誰か入れ知恵しやがったな」

 

私です。

まぁ、落ち着きたまえ増毛P。

カリスマJKアイドルのバックダンサーを勤めることが、決まっただけだ。

現在進行形で、ミリオンヒットシリーズの役者を勤めている我々には大きなアドバンテージがある。

それに、デビューに関する布石の量もこちらが上だ。

私のデビュー計画に時間を費やせた増毛Pとは違い、武内Pはつい先日まで欠員補充の為に走り回っていたのだ。

 

「君のデビュー曲をお願いしていた作曲家と作詞家が、武内の方に召し上げられた。ステージもだ」

 

What the Fxxk.

シンデレラプロジェクトの方は、全て企画中ではなかったのか。

 

「前も言っただろう。アイドルには決定するまで伝えないだけだ。既に、根回しや工作は始まっている」

 

この辺は、サラリーマンと変わらないな。

煌びやかな舞台の後ろには、黒いものが蠢いている。

 

しかし、増毛Pは社内で嫌われすぎだろう。

何故、自分のところのプロジェクトの為に確保した作曲家と作詞家が、取られなければならないのだ。

 

「武内は、過去にアイドルをプロデュースした実績がある。対して、私にはない。それが大きな違いだ。私は、君をプロデュースするまで、ライブやイベント等を企画する方だったからな」

 

知らなんだ。

実績の有無は、大きいな。

 

「この調子なら、君が売れるまでは、346プロではなく、君と私の個人的なコネクションを頼りにすべきだ」

 

個人的なコネ?

出自が良くないから、親戚にはそういった力のある人間は居ない。

信用できる大学の友人は居るが、皆、就活中だ。

 

「強力な味方が居るじゃないか。フラコン製作陣だ」

 

 

 

765プロとの日程調整が難航しており、撮影を進めたくても進められない実写パート部隊は、手隙であったらしい。

工数が足りず、一部の人員に暇を出そうかと考えていたそうだ。

そんな中、私達の頼みは好意的に受け止められた。

余りまくっている時間を、346プロが買おうというのだ。

日本トップクラスである、フラコンの作曲家と脚本家が手に入れば、鬼に金棒である。

撮影スタッフも居るのだから、MVだって作れるかもしれない。

 

……少し、楽観視していたようだ。

彼らの中でのイメージは、フラコン内の帝国側アイドルという役で固まりつつあった。

フラコンの作曲家が私をイメージしたという、”Ace, High.”は、フルオーケストラという重層な行進曲風の音楽であり、とてもアイドルの歌う曲とは思えなかった。

J-POPにも分類してもらえないだろう。

自分の歌がカラオケの検索画面で、”大人の歌”ジャンルに入れられるのは避けたい。

 

「君用の歌を作ろうとするのが悪いのだろう。いっそのこと、フラコンとタイアップしてはどうか」

 

「確かに、安曇さんは外から見ると、フラコンの帝国側アイドルだが、フラコン内では独裁者の傀儡であったり、エースパイロットに恋心を寄せる純情な乙女の側面もある。そう考えると、アイドルらしい曲を作ることもできそうだ」

 

増毛Pによる大胆な発想の転換により、行進曲だけなのは避けられた。

自由でない傀儡の悲哀と、純情乙女の恋心を歌い上げた、アイドルらしい2曲がデビューCDに追加される事になった。

流石は、増毛Pだ。

こういうところは、有能である。

 

なお、”Ace, High.”は、フラコン製作陣の強硬な主張により、没になるどころかCDのA面になった。

何故だ。

 

 

 

デビュー用の歌を用意し終わるころには、765プロとの日程調整が終わりつつあった。

765プロオールスターで行うライブ、フラコン今作の目玉シーンである。

ちなみに、帝国側のライブも同日収録する。

エキストラを集めるのは、手間なのだ。

 

ちなみに、765プロのライブのエキストラは、抽選かつ料金を払わなければならないのに対して、帝国側ライブのエキストラは、わずかながら時給が出る。

これが、トップアイドルとデビュー前候補生の差である。

現実は、非情だ。

 

観客の差もそうだが、役者側の負担も公平ではない。

765プロのライブは、帝国の侵攻により士気が下がっている味方を勇気付けるものだ。

エキストラはその辺の765プロファンである。

放っておいても、士気が上がりそうじゃないか。

 

対して、私は独裁者の傀儡となり、民衆を扇動しなければならない。

無名のアイドル候補生が歌ったところで、フラコン製作陣が求めている熱狂は得られないだろう。

歌以外の何かしらの施策が、必要だ。

例えば、演説だ。

歌の前に何分か時間を取って頂き、演説で観客の心に火をつけてから歌に入れば、所定の目的は達成されるであろう。

なお、用意したはずの歌はフラコンPの強い要望により、”Ace, High.”に上書きされた。

どうするんだこれ。

 

「何か、物騒なものを持ってきたな」

 

大学の図書館から借りてきた、ニュースフィルム集である。

346プロの資料倉庫もなかなか良いものが揃っていたが、歴史的史料価値となると、大学には及ばない。

未だ、学生身分である自分に感謝である。

この知的財産へのアクセス権は卒業後も維持していたいのだが、どうすればよいのだろうか。

 

「名だたる独裁者が並んでいるな。最近、一世を風靡した、西側政治家の資料まであるじゃないか。キャラクターがブレていないか」

 

何をおっしゃる、増毛P。

私の目的は、ある種のカリスマを持った人間の演説から共通項を探すことだ。

そのためには、人物と年代は多ければ多いほうが良い。

 

「世界史上の悪人の模倣は、危険ではないか」

 

それは、手段と目的を混同している。

彼らはその目的が悪だとされたのだ。

その手段に善悪はない。

包丁で人を殺した殺人犯が居るとしよう。

それは、人を殺すという目的が悪なのであって、包丁という手段が悪なのではない。

 

むしろ、思考が斜め上とはいえ、その方面の天才達なのだ。

後世の凡人である我々は、有難くその成果を頂戴するとしよう。

 

 

 

「どうでしょう、及第点だとは思うのですが」

 

32回目のリハーサル。

演説中の私を収めたビデオを増毛Pと2人で評価する。

 

「このシーン、腕はあと5cm高く上げた方が映えるな。あと、次のシーンでは、手振りをしない方が良い。頻繁な動きは、安っぽく見える」

 

「手振りを減らした分、声の抑揚は大きく付けるべきでしょうか。手振りの代わりに、観客の注意を引くものが無ければなりません」

 

「そうだな、その修正を加えて、33回目と行こう」

 

既に、フラコン製作陣から頂いた脚本は、私と増毛Pの注釈で真っ黒であった。

その甲斐あって、演説も完成形に近づきつつある。

歌への流れも完璧だ。

 

「そろそろ、定時です。今日はここらでお開きにしませんか。せっかくの花金を、無駄にしたくありません」

 

「日曜日に初ステージを迎えるアイドルの台詞とは、思えんな。まぁいい、練習のしすぎは体に毒だ。土曜日はどうする?」

 

「翌週の、月・火を代休にしてください。流石に、土曜日に休む度胸はありません」

 

付け焼刃感は、否めないのだ。

前日に休暇など頂いたら、演技のカンを失ってしまう。

 

「ちゃっかり代休取ってるくせに、何を言う」

 

それは、けじめだ。

休みを取らないで働く労働者が1人でも居れば、経営者はそれを全員に強要するだろう。

私は、全国の労働者の見本として、希望として、そんな事はしてはならないのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「人の練習を盗み聞きとは、趣味が良くないぞ、武内」

 

安曇さんを見送った増毛さんは、部屋に戻らず、物陰に隠れている私にそう言い放った。

定時5分前に部屋から出てくるとは思わず、慌てて物陰に隠れたが、ダメだった様だ。

 

「お前程かくれんぼに向かない奴は居ない。やるなら、堂々とやれ」

 

機嫌が良いのだろうか。

変な、アドバイスまで頂いた。

今なら、いけるかも知れない。

 

「実は、お願いがあります」

 

途端に、眉間に皺が寄る。

おでこがとっても広いから、頭皮に浮かぶ青筋も良く分かる。

 

「作曲家と作詞家とステージの次は、一体、何を出せば良い? 厳ついプロデューサーのカツアゲに遭って、既にこっちの財布は空っぽだぜ?」

 

私は、増毛さんの方が厳ついと思うのだが。

軽口を叩いているという事は、まだ大丈夫だ。

 

「日曜日のステージをシンデレラプロジェクトのメンバーに見学させてもらえませんか」

 

眉間の皺が深くなり、ギョロっとギラついた眼がゆっくり閉じられる。

そして、大きく息を吐いた。

 

「なんだ、そんなことか。346の関係者席には十分余裕がある。765オールスターズのステージで、勉強させるといい。お前は気に食わないが、346の為にはなる。あと、貸しは高くつくぞ」

 

本当に、機嫌が良かったようだ。

自分がプロデュースするアイドルの、初ステージだ。

プロデューサーなら、誰しも上機嫌になるだろう。

あの、増毛Pも例外ではなかったという事だ。

 

 

 

***

 

 

 

人の、海があった。

スタッフの誘導により制御されているとはいえ、眼前を埋め尽くす量の人間は、ステージ上の人間にとって少なくないプレッシャーだ。

エキストラ用の服装を纏って、スタッフの指示でコールの練習をしている。

文字に出来ない声が、ステージの垂れ幕を揺らす。

 

これだけの人間を、熱狂させる事が出来るのか。

彼らは、私のために集まったのではない。

彼らは、私の歌を聞きに来たのではない。

 

「大丈夫だ」

 

何だ、増毛Pか。

ずいぶんと、暇そうじゃないか。

私の頭の中は、大変な事になっているのだ。

 

「なに、将来のトップアイドルが、ステージ端でガタガタ震えているのが見えたものでね」

 

震えてなど、いない。

前世でも体験した事のない、未知の事象に緊張しているだけだ。

 

「仕事に入る前に、心のスイッチを入れろ。あれだけ練習したんだ。あとは、体が自動的にやってくれるさ。まずは、765のステージだ。先輩達のお手並み拝見と行こうじゃないか」

 

 

 

765のステージは、流石、としか表現できなかった。

12人の個性が、違和感無く調和する。

彼女らの光り輝く様が、彼らを熱狂へと誘う。

彼女らが、夢を売る。

彼らが、夢を見る。

 

 

 

「ステージ、温めておいたよ。新人さん」

 

彼女らのステージ去り際、私にそういった。

 

 

 

客席には、熱狂の余韻が残っている。

エキストラが帝国用の衣装に着替えた後でも、消えないほどの、余韻だ。

 

だが、それは帝国の熱狂ではない。

主人公側の熱狂だ。

それに乗る事は、フラコン製作陣の意図に反する。

私は、帝国の熱狂を作るという仕事をしなければならない。

 

進行役から合図が出る。

自分の中のスイッチを、入れる。

 

軍服をイメージした白地の衣装と、原色のハイライトが、光を浴びる。

一歩一歩、ステージの中心に設置されたマイクへと向かう。

冷めない熱狂が、次の役者の出演で、また火がつく。

だが、その熱狂は、違うのだ。

 

私はマイクの前で、目を閉じた。

 

 

 

 

時間とともに、熱狂が徐々に冷めてゆく。

歓声が、ヒソヒソ話に変わった後、やがてそれも無くなった。

沈黙が会場を支配する。

風が木々を揺らす音すら、煩いほどだった。

 

人々が、私が発する音を聞き取ろうと、耳をそばだてる。

熱狂は、リセットされた。

 

 

 

さぁ、私のステージの始まりだ。

 

 

 

 

 

 




続かない(続かないとは言ってない)


たくさんの感想・評価を頂き、ありがとうございます。
1期分は連載する予定で、もう2話も書いたと思っていたら、未だアニメ1話にも到達していなかった事実。

(6/1追記)
読点について感想欄でご指摘をいただきました。
ご指摘の通り、特に3話は打ちすぎたと考えております。
修正させて頂きました。
今後とも、本作をよろしくお願いいたします。


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