アイドルは労働者(仮)   作:かがたにつよし

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日刊ランキングに載せていただいた。


なんと。


やはり、時代は正義の味方ではなく、労働者の味方を求めているということか(暴論)
アニデレ1期分は、連載させて頂ければと、思います。



2.中身は後から付いてくる。

大学3年生が終わっていないにも拘わらず、346プロダクションから内々定を得た私は、当面のスケジュールに空白が出来た。

もう少し、就活が長引くと考えていたのだ。

大学を卒業するための単位にも、ずいぶん余裕がある。

卒業研究に打ち込むのも良いが、就職活動のため、ゼミは4年生の後期まで来なくて良い事になっている。

別に行っても良いのだが、頂いた休暇に出勤するのは、シャクだ。

 

幸い、増毛Pからレッスンの打診を頂いている。

就活用のビジネススマイルや発声については自信があるが、アイドル用となるとこれを持ち合わせていない。

せっかく346プロダクションがプロのトレーナーを用意してくださっているのだ。

有効利用しない手は無い。

 

 

 

「基礎は、まぁ悪くない。アイドル候補生としては、上出来だろう。ダンスレッスンが終わってもへばらない根性は、評価してやる」

 

「ど、どうも……」

 

346プロダクションが誇るベテラントレーナーから、お褒めの言葉を頂いた。

噂によれば、かなり厳しいらしく、このような言葉をいただけたのは幸先が良いとも言える。

しかし、私の体は限界であり、全身の筋肉が運動で悲鳴を上げていた。

みっともなく倒れこむのは、私の矜持が許さないだけだ。

今すぐ帰って布団に倒れこみたい。

少なくとも、肘掛つきの椅子に座りたい。

 

「何か、スポーツをやっていたのか?」

 

「中高と、陸上の長距離を少しやっておりました。大学では、友人とスポーツで遊ぶ程度です」

 

陸上は部活動の中で、一番安上がりだからな。

高校までの私の経済事情は非常に悪かったのだ。

大学に入って、ボウリングや卓球等の一般的な娯楽を楽しませて頂いている。

今後は346プロからの給与で、ゴルフやテニスなどのブルジョワ的娯楽も嗜みたいものだ。

 

「なるほど。体が出来上がっていると、教えがいがあるな。シンデレラプロジェクトのメンバーは、未だ若い。無理な運動はさせられないから、加減が難しい」

 

シンデレラプロジェクト?

あぁ、お隣さんか。

確かに、若い子が多い。

一番下は、小学生ではなかっただろうか。

 

「全員、アイドルとしては一流のものを持っているとは思う。流石は武内Pだな」

 

武内P。

私のプロデューサーである増毛Pの3つ下の敏腕プロデューサーである。

平成27年度にデビュー予定の346プロダクション第2企画第1プロジェクト、通称「シンデレラプロジェクト」を担当している。

 

ちなみに私と増毛Pは第2企画第2プロジェクトになる。

増毛Pはこれが気に入らないらしい。

 

気持ちは良く分かる。

年次が下の人間に出世レースで抜かれるのは、辛いものがあるのだろう。

私も、前世でもそうだった。

今世の父親など、それで飲んだくれになってしまったほどだ。

日本も、飛び級制度をもっと盛大に導入すれば、若いころから免疫が付くのではないだろうか。

 

しかし、傍目に見ても武内Pは有能だ。

10人以上の年頃の女の子のアイドルデビューを任されており、その準備を着々と整えている。

一部に遅延も見られるが、バッファ期間内に収められるだろう。

少し言葉足らずな面があるが、アイドルと真摯に向き合おうとする姿勢は評価すべきだ。

 

増毛Pの様に、年頃の女の子の心のケアの方法をシベリア平原のかなたに置き忘れ、出世競争に目をぎらつかせる人間にはならないでいただきたい。

 

あと、禿にも。

 

 

 

「安曇さん、レッスンは終わったか」

 

居たのか、増毛P。

声に出してなくて良かった。

どうやら、彼は自身の頭皮を気にしているようなのだ。

 

「ええ、たった今。打ち合わせなら、どうぞ」

 

ベテラントレーナーから解放されたが、休憩はどこに行った。

疲労困憊な状態で、打ち合わせなどできるはずが無い。

仮に出来たとしても、恐ろしく非効率なものになるだろう。

 

「安曇、打ち合わせが終わったら、もう一度レッスンだ」

 

いや、今4時半ですよ。

休憩と打ち合わせが終わったら、5時半。

346プロダクションの定時では無いか。

 

「お誘いはありがたいのですが、打ち合わせの後の時間は、他の皆さんにお譲りいたします」

 

定時後に労働は出来ない病にかかっている私は、適当な理由をつけて退散する事にした。

放課後の時間に合わせてレッスンをしている生徒組や、仕事の後にレッスンをしているアイドルも居るのだ。

嘘は、言っていない。

 

 

 

「武内の奴がしくじった。シンデレラプロジェクトの始動は遅れるだろう」

 

2人だけのプロジェクトルームで、増毛Pが満面の笑みに加えて大きな手振りをする。

増毛P、打ち合わせの開口一番はそんな事か。

だから出世しないのだ。

 

「残りのアイドル候補生をそろえるのに、難儀しているらしい。オーディション中の有力候補が何人か辞退したとのことだ。おかげで、こちらにいくつか仕事が回ってきた」

 

ありがとう武内P。

これで私、無駄飯喰らいにならなくて済むよ。

 

「トレーナーから、各種レッスンで高評価を得ていると聞いている。小さなステージなら、十分立ち回れるだろうとのことだ」

 

「過分な評価に感謝いたします」

 

「だが、一番必要なものが未だ足りていない。そう、キャラクターだ」

 

キャラクター。

そう、346プロダクションでアイドルになるために最も必要だといわれる素質。

このアイドル戦国時代において、346プロダクションが求めたのは、一度見ただけで、観客の脳裏に焼き付ける印象であった。

 

高垣楓。

川島瑞樹。

城ヶ崎美嘉。

……等々。

 

既にデビューしている346プロダクション第1企画の面々は、強烈な個性派揃いだ。

 

「例え、観客が1人しか居ないステージであっても、キャラクターが定まっていないアイドルをデビューさせたくない。可及的速やかに、君のキャラクターを決定したい」

 

非常に難しい議題だ。

出来れば、持ち帰り検討させて頂く、というサラリーマンの常套句を用いたいところであるが、増毛Pの表情から察するに、時間がない。

所掌事務の範疇において、必要なときに必要な決定を下さねばならないのだろう。

しかし。

 

「面談でも申し上げた通り私にはアイドルとして何かを成し遂げたいという望みがありません。すなわち、成りたいアイドル像がありません」

 

そう。あくまでもアイドルは仕事。

それに何かしらの望みを反映するなど、労働者のやる事ではない。

所掌の範疇の業務をこなし、給与を得る。

私のアイドル像は、こうだ。

とても、人様に言えたものではない。

 

「人事担当者から、面白い評価を聞いている。”学生を完璧に演じている労働者”だそうだ。そっち方面で攻めてはどうか」

 

「そっち方面というと、定時退社系アイドルとか、完全週休二日制アイドルとかですか」

 

本気か増毛P。

労働者を馬鹿にしているとしか思えないぞ。

 

「ブラックっぽい方が、同情は買えるな。ただし、346プロがブラックだという評判に繋がりそうで、危険だ」

 

ブラック企業認定されると、途端に優秀な学生が入ってこなくなる。

346プロダクションとして、それはゴメンこうむる。

武内Pも増毛Pも(増毛Pは性格に難があるが)、優秀な人材が揃っているからこそ、私もアイドル家業に励む事が出来るというものだ。

無能や体力だけのサイコパスが私やシンデレラプロジェクトの面々をプロデュースするなど、考えたくもない。

 

つまり、ホワイト・ブラックどっちに転んでも、労働者系アイドルはダメだという事だ。

 

「どうしても、キャラクターが必要ですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「昔のアイドルのデビュー方法で、角○のオーディションに受かった候補生が、いきなり映画に出演するというものがありました。このような手段をとれば、キャラクターは考えなくても、後からついて来るのではないでしょうか」

 

「○川なんて、80年代じゃないか、幾つなんだ君は」

 

「21ですけど」

 

前世を含めれば、4倍近くになる。

 

「まぁいい。その方法には問題がある。

 1つ、デビュー映画のキャラクターに引っ張られる。それが継続して受けるかは未知数だ。

 2つ、346プロの資本力でも、いきなり映画は難しい。そういった仕事のオファーも当然ない」

 

余計な事を考えなくて、済むと思ったんだが、そう上手い話は転がっていないらしい。

こういった、創造的な業務は、苦手だ。

 

 

 

「このまま続けても、議論が発散しそうだ。早く決定しなければならないが、今日中というわけではない。今日はもう、お開きにしよう」

 

時計を見ると、定時が近づいていた。

定時後まで延々と打ち合わせをやらない増毛Pは有能だ。

 

「期限は今週中だ。ただ、遅れれば遅れるほど、練習時間が取りにくくなる。私も考えておくが、君も頼む」

 

自分のキャラクターなど、前世でも考えた事がなかった。

しいて言えば自己PRくらいだろうか。

いや、似ているだけで、本質が全く違う。

 

前世と似たような道筋を辿らなかった弊害が、早速出てきていた。

 

 

 

346プロダクションの本社ビルを、エレベータを使って降りていると、途中階で大量の女の子が乗ってきた。

誰も彼も皆、顔とスタイルが整っている。

皆、アイドルなのだろうか。

盗み聞きをしなくても、姦しい女の子たちからの情報は、簡単に得る事が出来た。

どうやら、シンデレラプロジェクトのオーディションが行われていたらしい。

それも、結構な終盤のようだ。

此処で有力候補が抜けるのは、痛手だろう。

最悪、書類選考から何人か引き上げないといけないかもしれない。

 

本社ビルを出ると、女の子たちはそれぞれの家に散って行ったが、自宅が同方向であろう女の子と長らく一緒に歩く事になった。

話しかけるべきか、そうしないべきか。

オーディションの結果が分からない以上、既にアイドルに内定している私が声をかけるのは、良くないのではないだろうか。

悩んでいると、幸いな事に、向こうから声を掛けてくれた。

 

「あの、346プロの社員さんですよね」

 

ん? 社員?

あぁ、通勤中は癖でスーツを着ていたんだった。

346プロには、正社員待遇で内定いただいたので、将来的に言えば間違いではないのだが、未だ学生だ。

 

「346プロほどの大企業になると、社員さんも美人揃いなんですね、凄いです」

 

確かに、社内は顔面偏差値の高い人間が多い。

勿論、アイドルほどでは無いが。

 

「社員さんでもそんなに美人なら、私、ちょっと自信なくしちゃいますね」

 

アイドルだと、言わない方がよいような気がしてきた。

オーディションの結果待ちの女の子は酷く敏感だ。

 

「私、島村卯月っていいます。346プロのシンデレラプロジェクトのオーディションに参加してるんです。今までより、かなり選考進めているんです。今回の選考も、自分なりにいい感じで終える事が出来たなって思えてて、自信っていうのはオーディションの出来で…」

 

 

 

輝くような笑顔から、しょぼん、と擬音がつきそうな暗い顔まで、表情がころころ変わる子だった。

見ていて飽きない、てか、面白い。

 

彼女がきっかけを作ってくれたおかげで、楽しく話しながら帰った。

その過程で、島村卯月なる女の子の情報を集める事が出来た。

特に、養成所の同期が皆辞めてしまっても、アイドルを目指し続けるその姿勢には、非常に興味を持った。

別れ間際に、その聞きにくい部分を聞いてみた。

私のキャラクター作りに役立つ気がしたのだ。

 

「何故、アイドルを目指すのか、ですか? そうですね、私、キラキラしたいんです」

 

 

 

キラキラしたい。

 

 

 

これほど、言葉と表情が一致する人間は、初めて見た。

 

その言葉を発したとき、彼女の笑顔から後光のような輝きが迸った。

光の中に無数の花が開き、見るものの心を惹きつけて離さない。

 

心を強く持っていなければ、私は涎を垂らして恍惚とした表情をしていただろう。

 

「それじゃ、私はこっちなんで!」

 

十字路で別れた後も、彼女の笑顔が目に焼きついて離れない。

 

私は、何故アイドルになったのだろうか。

内々定を受託したとき、何を目指そうと思ったのだろうか。

 

 

 

島村卯月の衝撃も、帰宅して風呂に入れば網膜から引っぺがす事が出来た。

 

布団の中で、自分のキャラクター性について整理してみる。

彼女は、キラキラしたいといった。

私は、何がしたい?

私は、何をすべき?

 

何も、複雑に考える事は無かったのだ。

初めに、彼が言ったではないか。

アイドルも、労働者だと。

初めに、決めたではないか。

アイドルは労働者を癒すのが仕事なのだと。

アイドルは労働者の希望なのだと。

 

ならば、キャラクターは一つしかないではないか。

 

 

 

「却下だ却下!」

 

どの既存のアイドルとも、被っていないはずなのだが。

 

「特定の国家や思想をネタにすることは出来ない。346プロダクションの評判に関わる」

 

そんな、細かい事を気にしているから、出世しないのだ。

世の中、斬新な切り口が必要だ。

それに、特定の国家たる大樹は既に腐り枯れ果てて久しい。

世界は既に資本主義の前に屈しつつあるのだ。

 

「屁理屈はうんざりだ。ともかく、このアイデアは認められない」

 

増毛Pは、赤い地に黄色の工具と農具が描かれた私の企画書を、ゴミ箱に叩き込んだ。

なんてことをするんだ。

表紙だけ見て捨てるんじゃない。

中身だって結構真面目に考えたのだ。

持ち歌は、働かなくて良い、休みたい、といったゆるい歌詞と、辛いときに元気が出る、明るい歌詞を併せ持ったもの。

テンポの違う2曲を溶接して1曲にするのが良いかもしれない。

 

「幸いな事に、キャラクターは考えなくて良くなった。80年代方式で行こう」

 

大樹が健在ではないか。

 

「違う、そうじゃない。大学時代のツテで仕事を貰ってきたんだ」

 

増毛Pが差し出したのは、”超本格的ヒコーキごっこ”で有名なフライト・コンバットシリーズの最新作の企画書であった。

副題は、”Idol, in the Sky”

 

「最新作のストーリーは、アイドルが肝だ。このご時勢、スキンだけでなくストーリーまでアイドルをかませるのは、悪い選択肢じゃない」

 

フラコンシリーズは、過去にも765プロダクションとのコラボレーションを行い、戦闘機の塗装をアイドルをモチーフにしたものに変えるスキンを導入していた。

今作では、ストーリーの軸にアイドルを起用する方向らしい。

また、”ZERO”以来の実写採用でもあるらしい。

 

敵役には、悪の帝国とその独裁者。

独裁者は強引な政策を国民的アイドルを利用する事により、推し進めている。

戦争も、そのアイドルを利用し、開始した。

アイドルの歌と踊りに支えられ、破竹の勢いで進撃する帝国軍。

降伏寸前の味方を立て直したのは、こちら側のアイドルだった――。

 

「で、私が演じるのは?」

 

「勿論、悪の帝国のアイドルだ。主人公側は、765プロダクションのアイドルで埋めることは既に決定済みだ」

 

知ってた。

そんな良い仕事が回ってくるわけがない。

しかし、フラコンといえばフライトシューティングゲームの金字塔だ。

悪役でも、かなりいい仕事だ。

しかも、味方はアイドル12人に対して、こっちは1人。

考えようによっては、こちらの方が目立つのではないか。

 

「主役を務める765プロの面々に対して、悪役側が物足りないとのことで、オーディションでは全員落としたらしい。個別に持ちかけた話は、765プロ相手に映えるアイドルを用意できないとのことで、次々蹴られたとのことだ」

 

なるほど。

飛ぶ鳥を落とす勢いの、765プロの主力メンバー相手に敵役を演じるのは、なかなか度胸が要る。

並みのアイドルには勤まらない、と。

 

「この話が私に舞い込んだとき、346プロから紹介して欲しいと言われた。346プロといえば、第1企画のシンデレラガールズ達だ。しかし、どいつもこいつも人がいい連中ばかりで、悪役をやるビジョンが見えない。そこで、君だ」

 

失礼な。

私は正義の味方、いや、労働者の味方だ。

ファシストの豚野郎の飼い犬呼ばわりは、止めて頂きたい。

勿論、346がそれを望むなら、話は別だが。

 

「765プロの面々にも動じない、鋼の精神力。独裁者に使われる、中身のない鍍金のアイドル。まさに、適任だと思ったね」

 

キャラクターが無いことが、ここで役に立つとは思わなかった。

しかし、この仕事で私のキャラクターが決まるだろう。

小さな仕事であれば、後々軌道修正も利くだろうが、これはフラコン。

765プロとのコラボにより、ミリオンヒットを記録しているゲームソフトである。

後戻りは出来ない。

 

「ええ、まさに私のための仕事です。ありがとうございます、増毛P」

 

 

 

ブラック企業真っ青のスケジュールで動く765プロの売れっ子たちとは違い、デビューすらしていない私は、端的に言えば、暇だった。

フラコンの仕事は受注する事が出来たので、仕事がないわけではない。

実際、フラコンの制作会社で顔合わせ兼打ち合わせを行うために移動中だ。

暇だ、というのは、時間のない765プロの面々はこの打ち合わせに参加しない、という事だ。

 

打ち合わせに来たのは、フラコンのプロデューサーや脚本家、演出家等のゲーム製作陣の主要メンバーと、パイロット役の男性俳優だ。

フラコンの伝統なのか、パイロット役には白人の男性俳優を用いている。

彼らと話すには、英語が必要だ。

日本で生きていく分には、英語が話せなくても何とかなるのだが、仕事の選択肢が狭まったり、出世が遅れたりするので、労働者の価値を高めるには、必須の技能だ。

なにより、日本人が空気を読めない奴を人間扱いしないのと同様、彼らは英語が出来ない奴を人間扱いしないのだ。

 

白人連中は、私が英語ができると分かるや否や、お偉いさん方をほっぽり出して私に話しかけ始めた。

初めは、ただの雑談だったが、その内通訳まで頼み始める始末。

隣に専属の通訳が居るだろう。

彼らの給与も、君たちのギャラの一部なんだ。

 

何? 通訳の顔が好みじゃない?

 

通訳は顔で仕事をする人間じゃない。

皆にも聞こえるように、ゆっくり大きな声で言ってやろうか。

 

 

 

「安曇さんは、英語も出来るアイドルなんですね」

 

フラコンのプロデューサーだ。

デビューをしていないので、アイドルといえるかは怪しいが。

 

「デビュー前というのは、むしろプラスです。765の敵役というのは、過激なファンによる誹謗中傷も少なからずあるので、現役アイドルにはお願いしにくい所もあるのです。普段は、ファン層の違う舞台女優さんなどにお願いするのですが、今回は芳しくなく……」

 

そういうこともあるのか。

しかし、765の敵役を演じてしまった私に、今後の仕事は来るのだろうか。

 

「ご安心を、フラコンに実写パートを追加するときは、海外の俳優の起用が多いので、共演者が英語が出来るというのは貴重です。今後ともよろしくお願いしたいと考えています」

 

褒めて頂いている、ということにしておこう。

アイドルで、外国語が扱えるのは少ないのではないだろうか。

何しろ、高等教育の途中でこちら側に引っこ抜いているのだ。

英語が必要な現場があれば、こちらこそ長らくお付き合いさせて頂きたい。

 

 

 

ゲームの大筋が描かれた設定資料と、実写パートの脚本が配布された。

脚本はなかなか分厚く、実写パートだけで3時間映画が撮れそうだった。

VHS上下2本組み!

まるで史上最大の作戦だ。

誰がそんなゲームやるんだ。

 

「主人公の選択肢による、マルチエンディングを採用しています。プレイする上での実写パートは、1時間もありません」

 

あぁ、なるほど。

よくよく見ると、分岐がある。

 

「ゲームパートは製作が進んでいますが、実写パートはキャスティングの遅れから、今日がキックオフになります。設定も脚本も、完全に詰められていない状態です」

 

大丈夫かフラコンP。

確かに、脚本の中には台詞や立ち回りが明記されているものだけではなく、抽象的な表現による指示が残っている部分が散見された。

こちら側の、裁量と認識して宜しいか。

 

「製作側でも考えますが、もし良いアイディアがあったら相談して頂きたい」

 

一応、そちら側に仁義を切る必要があるという事か。

まぁ良い。

幸い、私は他の仕事が無くて暇である。

持てる知識を総動員して、骨組みの脚本に肉付けさせて頂こう。

出来れば、ギャラに反映して頂けるとありがたい。

 

 

 

設定資料と脚本は、関係者外秘という取り扱いであったが、346プロダクションへ持ち帰る事が出来た。

レッスンをパスし、設定資料と脚本を定時間際まで読んだ後、フラコンPと脚本家宛に2、3の質問を書いたメールを送付して、その日は退社することにした。

 

「君が早く帰ってくれるおかげで、定時後仕事をしなくて済む」

 

とは増毛P談。

出来れば、増毛Pの方が早く帰って頂けると、私も気が楽なのだが。

 

「武内は、相変わらず遅くまでやっているようだ。タフだねぇ」

 

人も良いし、よく働く。

まさに、日本的な労働者だ。

 

「出世は、して欲しくありませんね」

 

「ん? 君は私の肩を持ってくれるのか?」

 

口が、滑った。

 

武内Pは良く働く。

彼が出世しても、彼は今と同様に働き続けるのだろう。

彼は人が良いから、部下に自分と同じ仕事量を求めることはないかもしれないが、上司が帰らないというのは、部下にとって帰り辛いものがあるはずだ。

断じて、禿の肩を持つわけではない。

 

「いえ、346プロが、ブラック化しそうで」

 

「違いない」

 

ただまぁ、私としては増毛Pに出世してもらった方が、楽に過ごせそうではある。

 

 

 

「君は、フラコンPと脚本家にどんなメールを送ったんだ?」

 

翌日、出社するなり増毛Pがたずねてきた。

346プロの社内システムは、外部にメールを送信する際、上長承認が必要である。

私がメールを送るためには、増毛Pの確認と承認が必要なのだ。

 

「上長承認時に、確認されませんでしたか?」

 

「読んだが、よく分からなくてな」

 

昨日、主に設定資料集についての質問を送った。

特に、帝国の設定について、政体や思想、歴史、地理等の設定がされていなかったため、私のアイディアを交えて送付した。

 

「地歴公民は、昔から苦手なんだ」

 

もったいない。

その辺りを押さえておかないと、小粋なジョークが出て来ない。

最近は、自主規制などでこういったジョークは避けられる傾向にあるのが残念だ。

 

「フラコンPと脚本家が、君と会いたいと言っている。しかも、早ければ早い方がよいと来た」

 

だったら、今日の午後にでも会えるのでは。

レッスン以外にやる事がないのだ。

トレーナーも、私に付きっ切りというわけには行かない。

 

「君は、私の仕事を忘れていないか。君のライブデビューやCDデビュー、宣伝用の写真等、進めなくてはいけない案件が山のようにあるのだが」

 

なんと。

そんな事はほとんど聞かされていない。

それは、増毛Pの情報共有不足という落ち度ではないか。

 

「346プロの方針として、決定していない事項を、アイドルに伝えるのは良くないとされている。万が一、企画がポシャった場合、アイドルを酷く打ちのめす結果に繋がるからだ」

 

なるほど。

年頃の女の子というのは難しいものだ。

しかし、私までその扱いをされるというのは、少し、くすぐったいものがある。

 

「私が傷つく事を、気にされているのですね」

 

「いや、全く」

 

酷い。

とても傷ついた。

 

「君は心まで鋼鉄に武装しているのだろう? 私はそこを評価してアイドルにスカウトしたのだ」

 

走れ、増毛歌劇団。

であったら、私には情報を寄越してくれても良いのでは。

 

「確かに、君のずば抜けた事務処理能力を腐らせるのは、惜しい」

 

何故、そうなる。

アイドルは事務仕事なんてやらない。

だいたい、在学中は普通のアイドルと同じ契約ではないか。

まだ、346プロの正社員待遇でないのだから、それは給与に含まれていない。

 

「君用の机とPCも用意されている。上は、完全に社員として採用したと勘違いしているようだ。勿論、君が必要だというのであれば、インターンシップという建前で、君を時給1000円で雇う事にしよう」

 

ギャラに、上乗せさせてもらえるのであれば。

 

「ただし、レッスン等のアイドルとしての仕事中は、勤務時間に換算しない」

 

むぅ。

 

 

 

フラコンPと脚本家の元へは、私1人で向かう事になった。

若造1人というのは、失礼に当たるかも知れないが、増毛Pから電話連絡を入れたので、その辺りは目を瞑ってもらおう。

 

打ち合わせ内容は、やはり、設定資料についてであった。

フラコンの過去作と比較しても、詰められていない印象のあった今作の設定資料だ。

製作陣も、気にしていたらしい。

 

「13人のアイドル対1人のアイドル、という構図は、多様性を許容する自由主義国家と、許容しない全体主義国家の対立のデフォルメではないかというご指摘は、今までに無かった視点です」

 

今作のフラコンは、空前のアイドルブームに乗るため、765プロ起用というキャストだけが一人歩きしている状態であったらしい。

それ以外は、大慌てで決めたため、色々とガタがある。

悪役も、ただの帝国というのはありきたりだ。

 

「全体主義国家=帝国という図式は、すんなり来るでしょうか」

 

「全体主義国家とはいえ、様々な形態があります。特に、ファシズムとボリシェビキが有名ではないでしょうか」

 

「ボリ……?」

 

「失礼しました。ナチ系と、共産系です。共産系の場合、帝国を冠する事にはなりにくいかと思われます」

 

カタカナ語は、なるべく使わない方が良いな。

教授曰く、カタカナ語は、自分が事象を理解していないときに、相手を煙に巻きたいときに使用するものらしい。

お互いの意思疎通を図る場面では、不適当だ。

 

増毛Pが居ないのをいいことに、私達3人はかなり深い議論を行う事が出来た。

議題は、上述のように、おおよそ普通のアイドルが話してよい事ではなかったが、フラコンPと脚本家はお気に召したらしい。

 

私と脚本家が様々な世界観を述べ、Pがその内適切だと思われるものを選択する。

 

帝国は、ファシズムに毒されている事。

独裁者には行政手腕はあったが、政治家としての集票能力に欠けていたため、政権奪取のためアイドルを起用した事。

帝国は、隕石の落下による冷害によって、不況に陥っている事。

帝国の臣民は、不況の原因を、自由主義国が築いた現在の世界のルールにあると思っている事。

帝国の国土は、山河や森林により分断されており、統一国家が出来るのが遅かった事。

……等。

 

 

 

ついつい、楽しくなって話し込んでしまい、時計を見れば定時が近づいていた。

 

「安曇さん、今日は私どもの我侭に付き合っていただき、ありがとうございました。基本的に、戦闘機が好きなオタクばかり集まっているので、こんな濃い話ばかりで、申し訳ないです」

 

とんでもない。

あなた方が、今作のフラコンについて、どのような考えを持っているかが理解できた。

製作陣の思考を反映するには、こういった少人数で深い議論が出来る場は、かなり有効だ。

デビュー前のアイドルで、不安に思われるかもしれないが、ご安心頂きたい。

 

あなた方が望む以上のものを、完璧に演じて見せましょう。

 

とりあえず、今日は定時が近い。

資料も製作陣側からのものだけであったし、今日は直帰させて頂くとしよう。

 

 

 

「ずいぶんと、具体的になってきたな」

 

増毛Pが、フラコン製作陣から送付された、改訂版の脚本と設定資料を読んでいる。

 

「前のやつは、君にただのアイドルを演技させるだけであったが、今回のは注文が多くなっている。独裁者の意を汲み民衆を扇動するアイドルを、どうやって表現するか、イメージがあるか」

 

そう、私の役は、民衆の不安不満に火を付け、それを煽る扇動者としてのアイドルだ。

それを、アイドルと呼んでよいのか、疑問の余地があるが、少なくとも、過去に同様のアイドルが居なかった事は間違いない。

だが増毛P、安心して頂きたい。

 

 

 

我々は、歴史に学ぶ事が出来るのだ。

 

 

 




続かない(続かないとは言ってない)

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